Neptune~蒼海の守護者~   作:R提督(旧SYSTEM-R)

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どうも、SYSTEM-Rです。今回で第一章が完結となります。今回はいよいよ本作最初の戦闘描写に入ります。「鎮守府のイージス」シリーズで艦娘の戦闘は描いていますが、艦艇同士の戦闘を本格的に描くのは初めて(実は軍艦と民間船舶の小競り合いしか描いたことがない)なので、うまくリアルな出来にできていれば嬉しいです。それではどうぞ。


第一章:嵐の幕開け(後篇)

 「ネプチューン、スカイヒーラー。オリオンより負傷者3名の身柄回収を完了。なお、機関室での爆発に巻き込まれて、重度のやけどを負った船員の方がおられます。既に国防海軍佐世保病院より、受け入れの承認はとれております。このまま直ちに本土まで搬送します」

 「スカイヒーラー、ネプチューン。了解、佐世保までの無事を祈ります」

 スカイヒーラーことMD902ドクターヘリからの報告に、再度CICに戻った蒼は内心安堵しながら応じた。既に若林と真田を含めた残る19名も、1番艇とオリオンの救難ボートで回収が完了している。後は彼らを乗せたボートが無事ウェルドックに戻ってくれば、ひとまずこの任務における最優先事項は果たしたことになるのだ。

 尤も、それを果たせたとしても今回の自分たちの仕事に100点はつけられまい。つい先ほどまで彼らが乗っていたオリオンは、既に機関室からの火の手が船橋にまで上がり始めている。石油タンカーが持つ不活性ガスシステムのおかげで、積み荷の原油にはまだ火は回っていないが、どちらにせよあの状態では船体はもう長くは持たないだろう。

 いずれ時間の問題でオリオンは海中へと沈没、その後は16万5000トンもの原油が恐らく海へと流れることになる。元々は海洋汚染を引き起こすことなく、この船を自力で日本まで帰れるよう支援するのがこの任務の目的だったわけで、その意味では残念ながら0点と言えるかもしれない。蒼にとってはいまだ海上にいる面々の安否はもちろん、この救出任務の後に控える掃海活動をどう取り仕切るかが重要な問題となっていた。

 (沿岸警備隊の保有する、油除去に使用できる船艇は全部で27隻。そのうち油回収艇は全国でも3隻しかない。やはり絶対数が足りないわよね、海軍の掃海部隊にも頭下げてお願いするしかないかしら)

 蒼はため息をついた。海軍と沿岸警備隊は、それぞれがお互いを補完しあう関係にある。今回のように、沿岸警備隊だけでは能力的に対処しきれない事案については、自分たちはどうしても海軍に頼る必要が出てくる。一方海軍も、グレーゾーン事態発生時にいきなり自分たちが出ていけば、それは国際的な緊張度を無用に高めるだけで誤ったメッセージを発することにもなる。有事への第一義的な対処は、沿岸警備隊が担うからこそ円滑に対処が可能なのだ。その意味で、両者ともお互いさまと言えばその通りなのかもしれない。

 とはいえ、負傷者の治療も海軍病院にお願いし、その上掃海までもとなると流石に蒼も気が重くなるのもまた事実。今回これだけ自らが頼るとなれば、その分はどこかで返さなければならないのだ。一体それがいつになるのかも今は見当さえつかない。もう一度、蒼が大きなため息をついたその時。突然、万が一に備えてモニターを監視していた沢渡が叫んだ。

 「Vampire, vampire, vampire!! 340度、アンノウン小型飛翔体2発高速接近!!艦橋直撃コース!!」

 「何っ!?」

 その一声に、慌てて蒼もメインモニターに目を向ける。確かに、ふそうから見て左舷側の方角から小型目標が2発、こちらに向けて接近していた。万が一直撃すれば、航海科が詰めている艦橋が地獄絵図となることは避けられない。蒼は慌てて対空迎撃を指示した。

 「2番砲、対空迎撃用意!!方位角340度、仰角20度に備え!!」

 「ダメです、2番砲間に合いません!!」

 そう告げる沢渡の表情も顔面蒼白になっている。蒼は思わず舌打ちすると、室内に向けて代替策を叫んだ。

 「CIWS、コントロールオープン!!総員、衝撃に備え!!」

 その一声で、艦内にいた全員が即座に近くにあったデスクなどをつかみ、体を小さく丸める対ショック姿勢をとる。同時に、艦橋の窓のすぐ下あたりに配置されているCIWSこと「ファランクス/高性能20mm機関砲 ブロック1B」が迎撃態勢に入った。射程内に入った目標を、分間3000発という猛スピードで発射されたタングステン弾を用いて、ほぼ確実に撃ち落とすのがこの兵器の仕事だ。

 艦橋にいた佐野倉の目にも、CIWSが左斜め前方に砲身を向けるのが見えた。同時に、その砲身が向いた方向に何やら小さい2つの点が見える。それらが火を噴きながらどんどんこちらに向かってくる、まさしく軍人にとっての恐怖映像であることを理解した時、彼女はそれを振り払わんとCICの面々にも負けないような大声で叫んだ。

 「敵弾、来る!!」

 それからわずか数秒のことだった。小さな点はその姿をやがて対艦ミサイルへと変え、ふそう艦橋へとまっしぐらに襲い掛かる。だが、その真の姿が視認できるくらいの距離まで弾頭が近づいた時、ファランクスが勢いよく火を噴いた。一瞬、まるで眼前に靄がかかったかのような密度で発射された貴金属の塊によって、2発のミサイルは正確に射抜かれたのだった。艦橋からわずか10数mほどの位置で、迎撃されたミサイルが勢いよく爆発する。その衝撃で、艦体が大きく揺れ動いた。

 「グッ…」

 目をつぶった状態で歯を食いしばり、その衝撃に隊員たちが耐える。振動が収まった時、真っ先に我に返ったのは蒼だった。あたりを見回しながら、艦内の状況を急ぎ確認する。

 「報告!!各部、状況知らせ!!」

 「CIWS、迎撃成功!!目標消滅しました。人員も全員無事です!!」

 「火器管制システム、異常ありません!!」

 「対空・対水上レーダー、オールグリーン!!」

 「機関、正常に動作しています!!」

 艦内の各部署から、次々に異常なしの報告が上がる。ただ1つ、電信室だけを除いては。

 「CIC、電信室。船舶無線がやられました。全回線、ノイズがひどく交信できません!!」

 「無線がやられた…。外部との通信は無理ね…。電信室、CIC。了解」

 思わず唇をかんだのもつかの間、蒼はすかさず沢渡の方に振り向く。彼女の眼は、再びモニターの画面上を睨んでいた。

 「今の攻撃はどこから?」

 「今調べていますが…、どうやら先ほどの目標が飛んできた方向に、水上艦艇はいないようです。…、潜水艦発射型対艦ミサイルと思われます!!」

 「潜水艦…!?」

 その報告に、CIC内部がどよめく。その場に、最高レベルの緊張感が走る。「件の潜水艦は、まだこの近海にいるわよ!!」と誰かが声を上げた。蒼が振り返る。声の主は、彼女ともどもこの事案が単なる事故でない可能性を指摘していた、我那覇だった。その表情は、迎撃したとはいえ攻撃を受けた直後とは思えないほど、冷静なものだった。

 「艦長、事前に司令に仰っていた通り本艦は攻撃を受けました。我々全員の命を守る意味でも、躊躇する理由はありません。対潜戦闘への即時移行を具申します」

 「…、えぇ、どうやらそうするしかなさそうね。だけど、その前に済ませるべきことがあるわ」

 蒼はそう答えると、1番艇と救難ボートの収容を待つ艦内後部のウェルドックに向けて呼びかける。彼女の頭には、先ほど播磨に意見具申した際の「あくまでも乗員救出が最優先事項だ」という返答がしっかりと残っていた。

 「ウェルドック、CIC。状況知らせ!!」

 「CIC、ウェルドック。既に2艇は収容する体制に入っていましたが、先ほどの爆発の衝撃で艦体が大きくずれました。立て直しに時間がかかります!!」

 「あまり悠長に待ってはいられないわよ。3分で戻ってきなさい!!」

 蒼は厳しい口調で黒川にそう命じると、今度は返す刀で沢渡に告げた。

 「副長、1分隊から5分隊まで戦闘配置。6分隊が2艇を収容出来次第、直ちに攻撃に移れるよう即応態勢を取らせて」

 「Aye, ma’am!!」

 その命令に、待ってましたとばかりに沢渡が応じる。艦内マイクに向けて命令を下すまでに、時間はかからなかった。

 「1分隊より5分隊、第一種戦闘配置。対潜戦闘用意!!」

 「対潜戦闘用意!!」

 「これは演習ではない。繰り返す、これは演習ではない!!」

 その復唱とともに、戦闘態勢に入ったことを知らせるアラートがふそう艦内に流れた。万が一戦闘中に転倒して、その弾みで生じた音が敵艦のソナーに探知されることがないよう、CICの面々は一斉に持ち場について手早くシートベルトを締める。その姿を横目で見ながら、蒼は艦橋にいる佐野倉に指示を送った。

 「艦橋、CIC。合図とともに最大戦速で主機起動。ただし、あくまでも6分隊とオリオン乗員の収容が優先よ。私が指示するまでは絶対に動かさないで」

 「CIC、艦橋。了解!!」

 佐野倉が返事をよこす。やがて、艦内各部では対潜戦闘の用意が完了した。

 「各部要員、配置よし」

 「了解」

 沢渡の報告に蒼は頷く。いつものように、通りの良い美しい声での命令が響いた。

 「対潜戦闘、アクティブ捜索始め!!」

 

 「アクティブソナー探知。前方の巡視船からです」

 一方長征2901の側では、ふそうが捜索用に放っていた対潜アクティブソナーを早々とキャッチしていた。

 「アクティブソナー?あの船は日本海軍ではなく、沿岸警備隊の巡視船ではなかったのか?」

 「なんで軍艦でもない船がそんな装備を…」

 艦内がどよめく中、1人その理由に気づいた孫は舌打ちをした。

 「チッ、これは下手を打ったかもしれんな」

 「下手を打った?どういうことです?」

 その呟きの意味を理解できない黄が思わず聞き返す。それに対し、孫は忌々しそうな口調で吐き捨てた。

 「先ほどのCIWSでの迎撃と言い、今のアクティブと言い…。あれは単なる巡視船ではないぞ。沿岸警備艦。海軍籍でこそないが、その戦闘能力は海軍艦艇に匹敵するともいわれる、れっきとした戦闘艦だ。どうやら我々は向こうの外観に騙されていたらしい」

 「戦闘艦って、それじゃあ…」

 「あぁ。こちらが持っているデータに間違いがなければ、あの船には短魚雷やデコイ、対潜哨戒ヘリなど十分な対潜兵装が備わっているはずだ。こちらをいったん発見すれば、海軍艦艇と全く同じように正面から殴りかかってくるぞ」

 孫はそう答えると、一度大きく息を吐きだした。しばし、次の一手について思案する。

 (こちらは原子力潜水艦、ディーゼルエンジンの通常動力型と比べれば航洋性には勝るが、常に発電し続けなければならない分静粛性には劣る。おそらく、それほど時間もかからずに我が方の位置は探知されるだろう。長魚雷と対艦ミサイルという2つの攻撃オプションはあるが、ミサイルが迎撃された以上魚雷がどこまで通じるか次第、か)

 既に、乗員全員が脱出したオリオンは沈没が不可避の状況になっている。孫の内心が「撤退」に傾き始めたその時、ソナーマンの1人が声を上げた。

 「艦長、少々気になることが」

 「どうした、陳?」

 孫が振り向くと、陳と呼ばれたそのソナーマンは奇妙な報告を上げる。

 「ターゲットですが、まだ機関を始動していません」

 「なんだと?全くの無音か?」

 「えぇ。先ほどはガスタービンとディーゼルの機関音がまじりあって聞こえていましたが、今はどちらも我が方には聞こえてきません」

 陳は何やら訝しがるように首をひねった。

 「アクティブを打ってきたということは、向こうも自分の現在位置をこちらに知らせているのと同義です。であれば、向こうはこちらの位置が探知できない間も、かく乱の意味で常に動き続けるのが定石のはずですが…。何故敢えて動かず、あの場に静止したままなんでしょうか…?」

 孫の顔にも、しばしはてなマークが現れる。だが突如、彼の頭に何事かが閃いた。目の前にある状況の真相を理解した時、再び彼の口元に邪悪な笑みが浮かぶ。

 「()()()()んじゃない、()()()()んだ…」

 その声に、司令所内の全員が振り向く。

 「あいつらはボートとヘリで、あのタンカーの乗員を救出しようとしてる。ヘリはどこかに飛び去ったが、おそらくボートの方はまだ回収ができてない。それが完了するまでは、あいつらはあそこから動くわけにはいかないということだ」

 孫はニヤリと笑った。相手が逃げ回っていれば、デコイを放ったりわざと波をたてたりと誘導魚雷であろうとも躱す手はある。だが、静止目標ならば当てるのはこの上なく容易い。なおかつ、潜水艦の長魚雷はたった一発で水上艦艇を真っ二つにへし折り、船としての機能を完全に失わせるほどの破壊力があるのだ。

 黄は艦長の横顔にちらりと目をやる。そこに浮かんでいたのは、獲物を眼下に捉えた狩人の顔であり、まぎれもない畜生の笑みだった。

 「魚雷、1番から4番まで装填急げ。あいつらが機関始動するまでが勝負だ。動き始める前に確実に叩くぞ!!」

 

 「ソナー探知、ドップラー音高い。この目標、先ほどの潜水艦と思われます」

 ほどなくして、ふそう側でも目標と思われる潜水艦を探知した。ただちに水雷長の我那覇が命令を下す。

 「了解、音紋照合始め」

 「音紋照合始め」

 命令を受けたソナーマンの安河内桔梗一等海曹が、探知した際にリアルタイムで取り込んだデータをふそうに内蔵されている音紋データベースと照合する。このデータベースには、日本国沿岸警備隊や日本国防海軍の所属艦艇はもちろん、世界中のあらゆる艦船(それは軍艦だけではなく民間の商船に至るまで)の音紋データが登録されている。

 音紋とは各船に固有の波長パターンで、2つとして同じものが存在しない、いわば人間の指紋と同じものだ。これが分かれば、相手の船が何者かが一発で分かるというわけだ。とりわけ、構造上音だけで周囲にいる相手を判別せねばならない潜水艦にとっては、まさに命綱である。

 「出ました。データベースと一致!!」

 「艦名は?」

 思わず我那覇が勢い込んで身を乗り出す。

 「東亜連邦共和国海軍、晋級原子力潜水艦『長征2901』!!」

 「やはり、相手は東亜の原潜ってわけね…」

 安河内の報告に、蒼の表情がより厳しくなる。潜水艦発射型対艦ミサイルを使える時点で、相手が原子力潜水艦であることはすぐに見抜いていた。そして、技術面と法制面の両方をクリアしなければならない関係で、原潜を開発し運用できる国は実は限られている。日本は高い原子力技術を持つ一方、軍事利用を禁止してきた背景から潜水艦は通常動力型しか運用していない。アジアで唯一原潜を運用しているのは中国、そしてその後継たる東亜連邦ただ一国である。

 「本ターゲットを攻撃対象に設定する。測敵始め!!」

 

 真田を筆頭に、オリオン乗員のうち半数の11名を乗せた救難ボートは、ふそう後部にあるウェルドックに無事たどり着いた。ドック内に完全に収容されたのを見計らって、黒川が「CIC、ウェルドック。救難ボート先に戻った、1番艇これから!!」と叫ぶ。

 「皆しゃんどうもお疲れしゃまやった。こちらへどうぞ」

 ボートを降りて周囲を見回す真田らに、普段は別部署ながら上司を手伝いに来ていた灰原が声をかける。

 「あぁ、すいません。ありがとうございます」

 真田は丁寧に礼を言うと、ふと天井裏が何やら騒がしいのに気が付いた。忙しそうに駆けずり回る足音や、何やらプロペラの回転音も聞こえてくる。思わず「この上は?」と彼は灰原に尋ねていた。

 「あぁ、ヘリ格納庫とヘリ甲板ですばい。ちょうどこれから、対潜哨戒ヘリば飛ばす準備ばしとりますけん」

 「対潜哨戒!?まさか、潜水艦がこの海域に!?」

 「今回、あんた方ん船で機関室が吹っ飛んだんなただん事故やなか。通商破壊、つまり潜水艦による雷撃が原因ばい」

 そこで、灰原は急に真顔になった。

 「本艦も、先ほど同じ船て思わるー潜水艦からミサイル攻撃ば受けました。迎撃には成功したけん被害は軽微ばってん。戦闘中ばいけん、あまりお構いできんですが勘弁してくれんね」

 予想もしなかった返答に、真田たち乗員はお互いの顔を見合わせる他なかった。

 

 (ロクマルが発艦した…。これ以上時間は浪費できないわね)

 若林ら残る8名を乗せた1番艇を率いる柳田は、対潜哨戒ヘリのSH-60Kが飛び立ったのを見て、内心そう呟いた。SH-60Kは、上空でのホバリングやディッピングソナーと呼ばれる装置を投下することによって、海中を逃げ回る潜水艦を見つけ出すのが仕事だ。また、通称「対潜爆弾」と呼ばれる航空爆雷を用いて、自らとどめを刺すこともできる。

 「対潜戦闘用意」の号令とブザー音は、先ほど柳田自身も耳にした。この機体が飛んだということは、交戦相手である潜水艦を仕留めるための準備がふそうの側でも完了しつつあることを意味する。だが、自分たちがまだ海上にいる状態では我々の指揮官はそれを決断することは多分ないだろう。攻撃を受けたのならもちろん自衛は必要だが、それ以上に我々には沿岸警備隊として果たさねばならない使命があるのだ。それを何より分かっているのが真行寺蒼という軍人である。

 その時だ。ちょうど正面に見えるウェルドックの方から、うっすらとだが空いた後部扉を通じて艦内無線の音声が聞こえてきた。必死にそれに耳を傾ける。

 「魚雷音聴知!!340度、4発高速接近!!本艦との距離、7000ヤード!!」

 「魚雷!?」

 思わず乗り込んでいた乗員たちがざわめく。自分たちがこれから戻ろうとしている船が、魚雷で狙われているという事実に恐怖を覚えた者も当然いただろう。だが、柳田はそれを半ば強引に振り払った。

 「魚雷から逃げるのは、ふそうに戻ってからですよ!!全員しっかり掴まって。悪いけど、時間がないから荒っぽくいくよ!!」

 そう言ってから、乗員たちがボートのヘリを掴んだのを確認すると、柳田は操縦士にギアを最高まで上げるよう命じた。ウェルドックに向かって、1番艇が勢いよく海上を滑り始める。水しぶきが何度も柳田たちに襲い掛かるが、10名の乗員たちは無我夢中でそれに耐えた。柳田はそのさなか、手元にあった舫のロープを握りしめる。

 「1番艇高速接近!!見張り員退避!!」

 ふそう側で様子をうかがっていた黒川が、慌てて大声で叫ぶ。その彼女に向かって、1番艇がウェルドック内に差し掛かると同時に柳田は舫を勢いよく放り投げた。

 「警備長!!」

 その声に気づいた黒川が、自分に向かって投げられたロープをしっかりと右手で掴む。あまりにも勢いよくボートが戻ってきたので、弾みで思わず足元を取られた彼女はその場に転倒した。だが、それでも立入検査や逮捕術の訓練で鍛え上げた、自慢の握力で舫は決して放さない。我に帰るや否や、黒川はヘッドセットに向かって大声で怒鳴った。

 「CIC、ウェルドック。1番艇収容終わり!!」

 それが、CICにいる蒼に対してようやく鳴らされた号砲となった。

 「今!!艦橋、最大戦速!!おもーかーじ、20度ヨーソロー!!」

 「最大戦速!!おもーかーじ、20度ヨーソロー!!」

 艦橋でその時を待ち構えていた佐野倉が復唱するのとほぼ同時に、艦内ではディーゼルとガスタービンの両機関による爆音の二重奏が始まった。ふそうの大きな身体が、静止状態からゆっくりと動き始める。

 「短魚雷1番から3番、攻撃始め!!」

 「てぇっ!!」

 蒼、次いで我那覇の号令の後に発射ボタンが押され、あらかじめ準備されていた68式三連装短魚雷発射菅から短魚雷3発が海中へと旅立った。「短魚雷よし!!」の声がCICに響く。だが、もちろん敵への対処はこれで終わりではない。

 「敵魚雷、さらに接近!!残り3500ヤード!!」

 安河内が叫ぶ。蒼は直ちに、艦橋にいた佐野倉に大きく旋回するよう指示した。わざと海上に波を起こし、その音で敵の魚雷をかく乱するためだ。

 「艦橋、回避運動始め。もどーせー、取り舵いっぱい、急げ!!」

 「もどーせー。とーりかーじいっぱぁーい、いそぉーげー!!」

 佐野倉の号令に従い、航海士が勢いよく左方向に舵を切る。唸りをあげながら、ふそうの艦体は大きく反時計回りに回転し始めた。白波の中を、これまた白に塗装された艦首が勢い良く切り込んでいく。だが、魚雷はなおもこちらに向かって近づいてきた。

 「魚雷さらに接近!!残り1000ヤード!!」

 安河内がまたも絶叫する。

 「総員、衝撃に備え!!」

 蒼の声に、再び艦内にいた全員が対ショック姿勢をとる。思わず全身をこわばらせた彼女たちの耳に、安河内のカウントダウンが聞こえてきた。

 「残り10秒、接触します!!5、4、3、2、1、今っ!!」

 全員が覚悟を決めて、思わず目をぎゅっと閉じる。だがその声の後には、爆発音も振動も続いては来なかった。予想外の静寂の中、我に返った隊員たちが何事かとあたりを見渡す。安河内が、手元のモニターに目を落とした。

 「クリア、クリア!!魚雷、全弾躱しました!!」

 その声は、安堵の色で染まっていた。ふそうに向けて放たれた4発の長魚雷は、その全てが幸運にもふそうの真下を通過。こちらは一発も被弾せずに済んだのだ。「よっし!!」との声があちこちから上がった。だが、蒼はもう1つ大事なことを見逃していなかった。

 「こっちの魚雷はどうなった?」

 

 「艦長!!魚雷、全弾躱されました!!」

 「敵魚雷3発、こちらに接近中!!」

 想定外の報告に、孫は目を見開いた。相手が動き出す前に叩く。それを我々は狙っていた。そして間違いなく、あの船が動き出す前にこちらは正確なエイムを以て4本の矢を放ったのだ。どう見ても計画通りのはずだった。だが、相手はそれを見計らったかのように動き出し、自らも3発の魚雷をこちらに向けて放ち、そして我が方の魚雷はあろうことか全弾躱してみせたのだ。思わぬ事態と屈辱に、孫は歯ぎしりした。

 「くそっ、取り舵いっぱい!!全速退避!!」

 大急ぎで逃げ始める長征2901。そこに向かって、ふそうが放った3発の短魚雷はどんどん近づいてくる。本来なら、魚雷を避けるべく急速潜航を指示して、可能な限り深く潜り込むのを狙うところだ。だが、ここは大陸棚が広がる東シナ海。水深たった200mの海に、これ以上潜水艦が深く潜れるような場所はない。魚雷が長征2901を捉えた。爆発と衝撃に見舞われる直前、孫が吐き捨てたのは渾身の憎悪を込めた捨て台詞だった。

 「クソッタレがぁ!!」




やっぱり艦艇での戦闘を描くのって難しいですね。海自の対潜戦闘訓練や、アメリカのドラマ「ザ・ラストシップ」などを参考にしながら書いてみましたが、なかなか難儀しました。何か間違っている点等あれば、誤字修正や感想などでお気軽にご指摘ください。

次回は新しい人物が登場する予定です。そろそろ国防海軍側のキャラクターも出したいと思っているので、どうぞお楽しみに。それではまたお会いしましょう。

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