噛ませ犬のクラフトワーク 作:刺身798円
小雨が、降っていた。 静かな夜に、息を潜めている。
ここはイタリアのシチリア島。
ソフトマシーンのスタンド使いマリオ・ズッケェロは、仲間のサーレーと共にかつて敵対してしまった
ーーやきが回ったな。
ズッケェロもサーレーも優秀なスタンド使いであり、組織ではそこそこ上手く立ち回って甘い汁をすすっていた、はずだった。
組織の幹部ポルポが死んだ時、彼らはポルポの隠し財産を懐に入れるためにイタリアのカプリ島でジョルノ・ジョバァーナに敵対行動を起こした。本来誰の物でもない死人の遺産を巡った組織の下っ端同士のいざこざのはずが、なぜかボスに対して弓を引いたことになっている。
ズッケェロとサーレーは禊のために組織に反逆心を持たないことを示す必要があり、麻薬チームの処分をすることになっていた。
ーーそれにしても……チンピラの下っ端がいきなりボスだって?どういうこった?
危険な思考であっても疑念は拭えない。恐らくはサーレーも口にしなくとも同じことを考えているだろう。ボスはまさか別人なのではないか?
だがそれを口にしてしまえば間違いなく消される。
ズッケェロもサーレーも 麻薬チームが強いという噂だけは聞いている。ただ、誰の物でもないはずの隠し財産を巡っての下っ端同士のいざこざにしては、あまりにも割に合わない。
たまたま敵対したチームの下っ端にボスが身分を隠して潜んでいただって?そんな訳はないだろうが!
ーーボスにとって、疑念を感じている俺とサーレーは邪魔者だろうな。
状況は、詰んでいる。ズッケェロはそれを正確に把握していた。
麻薬チームは強力なスタンド使いで、ジョルノはさらに強力なスタンド使いである。カリスマを持ったジョルノは組織を強固に纏めており、麻薬チームと戦っても組織に逆らってもズッケェロもサーレーも生きて逃れる確率は甚だ低い。
ズッケェロは、任務にかこつけて自身とサーレーが邪魔者として処分される予感を感じていた。
◼️◼️◼️
スタンド使いは、能力を知られることを嫌う。当たり前だ。能力の詳細を知られてしまえば戦闘で甚だ不利になるからだ。
特に、パッショーネのような非合法組織に所属するスタンド使いは後ろ暗い者たちが多く、親兄弟にも極力能力を秘密にしておきたいという人間が多い。そうなると必然的にスタンド使いは個人プレーに寄りがちになる。強力なスタンド使いは自尊心が高く、共闘を嫌う者が多いという理由もある。そもそもスタンドが無差別攻撃の場合すらある。とりあえず理由は様々だが、彼らはあまり共闘しない。
そしてその御多分に洩れず、サーレーとズッケェロも協力関係は結んでいるものの戦闘は個人で行なう取り決めとなっていた。
ズッケェロが先行して、サーレーと無線で連絡を取り合う。攻撃的なズッケェロと慎重なサーレーは比較的いい組み合わせとして、これまでやってきた。
シチリア島のとあるホテルの一室。
サーレーは考える。
ーー麻薬チーム、強い奴らだとは聞いてはいるが、組織を敵に回すよりは遥かにマシだ。それに部下の前で公言した以上、たとえ俺たちが邪魔であっても麻薬チームの処分さえ成功させればボスは俺たちを許さざるを得ない。
結局、どれだけ危険であっても任務を成功させることだけがズッケェロとサーレーが生き残れる道だった。
逃げても、ボスに不信感を抱いている二人をあのジョルノ・ジョバァーナという恐ろしい男が見逃すとも思えない。
第一にズッケェロもサーレーも、裏社会にしか居場所がないから組織の一員なのである。
しかし、組織でも多大な利権を上げている麻薬チームのメンツが弱いはずがない。噂によれば、あの悪名高い暗殺チームよりも実力が上だという話もある。とは言っても暗殺チームは現在壊滅状態ではあるのだが。こちらも噂なのだが、暗殺チームはジョルノに逆らって処分されたという話がある。幹部のブチャラティが死んだ話といい非常にきな臭いのだが、この辺りの話はきっと知らない方が長生き出来るだろう。
それよりもまずは自身のノルマだ。
サーレーは暗い現状を前にため息をつく。
ーーそろそろズッケェロに定期連絡を行うか。
サーレーはシチリア島のホテルの一室で、無線機を手に取る。
「ズッケェロ、そっちの様子はどうだ?敵の確認にはまだ時間がかかるか?」
『ら、れらろら、ららら、ろれろら、、』
「ズッケェロ?、、、ズッケェロ!」
唐突に起きた異変にサーレーは慌てた。
受信機の向こうから、調子っぱずれの不吉が聞こえていた。
◼️◼️◼️
「ら、らら、ろらろれら、、」
「ああん?」
ソフトマシーンのマリオ・ズッケェロはペラペラになって隠れていた港のコンテナから身を乗り出した。
ズッケェロのスタンド、ソフトマシーンは、敵や味方をレイピアのような剣で突き刺して厚みをなくすというものだった。厚みをなくして死角に潜む。故にズッケェロは隠密行動や暗殺に向いている。
ズッケェロは組織のメッセンジャー、カンノーロ・ムーロロから敵はヴィラ・サン・ジョバンニの港にいることを伝えられていた。
港にたどり着き、密かに敵がいると思しき場所に近づいていると、唐突に得体の知れない歌が聞こえてきた。確かイタリアの民謡〝しゃれこうべの歌〟だ。
ズッケェロは唐突に現れた調子が外れたまま歌い続ける得体の知れないものに注目する。
ズッケェロのスタンド、ソフトマシーンは隠密行動に向いている。そう易々と敵に見つかるとも思えない。
しかし、ならばあれはなんなのだ?
空からは小雨が降っていて、夜空には雲が出ている。謡っているものの正体は判然としない。 うっすら空に輪郭が認識できる程度。小さな物体だ。
しかし、確実にスタンドであることはわかる。夜空を謡いながら飛んでいるのだ。あんな得体の知れないものが自然に存在するはずがない。
だがそれにしてもなんのために?
ズッケェロに浮かんだ疑問が氷解した時には、すでにことは終わっていた。
「うぐっっ」
ズッケェロは唐突に吐き気と目眩を感じ、理性が吹き飛んだ。
意識が混濁し、その隙に何者かの攻撃を受ける。
「こいつが追手か。殺すか?」
「今近くにいたのはこいつだけよ。」
「殺すべきだろ。あんたを狙ってたんだろ。」
「いやこいつはもう私のスタンドに囚われている。せっかくだから次の追手の時間稼ぎに使おう。」
ヴラディミール・コカキはマッシモ・ヴォルペに告げる。
今この場に、まともに喋れるのは四人。
麻薬チームのリーダー、マッシモ・ヴォルペ。チームの相談役、ヴラディミール・コカキ。メンバーのビットリオ・カタルディ。同じくメンバーのアンジェリカ・アッタナシオ。
ズッケェロは、アンジェリカのスタンド、ナイトバード・フライングの攻撃により麻薬の末期症状を起こしていた。
ナイトバード・フライングは敏感に周囲に存在する魂の匂いを嗅ぎ取り、半ば無差別に攻撃する。アンジェリカ自身が麻薬の末期中毒者であるために対象の区別がつけられないからである。ズッケェロのソフトマシーンで薄くなって閉所に潜んでも、ナイトバード・フライングは正確に居場所を把握していた。相性が最悪だということもあったのかも知れない。
そして、末期の麻薬中毒者にされたズッケェロにマッシモのスタンド、マニック・デプレッションがさらに麻薬を打ち込み、理性を失ったズッケェロの行動をヴラディミール・コカキのレイニーデイ・ドリームアウェイが固定する。
ズッケェロはヴィラ・サン・ジョバンニに訪れた人間を自動で攻撃するだけの機械にさせられた。
◼️◼️◼️
「オイオイオイ、確かカーレーだったか?ハーレーだったか?あんた。で、どうなんだよ?コカキの爺さんはオレのことを馬鹿にするけどよおー。オレだって鳥葬?蝶々?」
「……諜報。」
「そうそう、それだよ。物知り博士さんよおー。オレだって敵のことを調べるために相手を締め上げてゲロさせてやろうっていう意思はあるんだよ。まあオレのスタンドは爺さんが言うには拷問向けらしいんだけどよおー。ついついウッカリやッちまうんだよなー。んでホーレーさんよおー、死ぬ前に喋んなよ。そっちの方が痛い思いをしなくて済むぜ?まあもっとも、オレは痛みを感じて生を実感してるんだけど。」
そう言いながらビットリオは自身の体を短剣で傷つける。
ヴィラ・サン・ジョバンニの倉庫の一室、ここで今、サーレーはビットリオ・カタルディと対面していた。
ビットリオの後ろにはアンジェリカ・アッタナシオもいる。やんちゃな少年と華奢な少女の組み合わせだ。
サーレーにはすでに、ナイトバード・フライングによる禁断症状が出ている。二対一で形勢は甚だ悪い。背後にはコカキとマッシモも控えている。万一ここで勝てても奴らが間違いなく出てくる。サーレーは知らないが、ビットリオとのスタンドの相性も最悪だ。
サーレーは無線でマリオの異変を受け取って、ヴィラ・サン・ジョバンニの港へ向かってきた。
慎重に行動していたつもりが即座にナイトバード・フライングに捕捉され、敵勢力に囲まれた。
サーレーの物体を固定する能力はマッシモ・ヴォルペの物理偏重のマニック・デプレッションとウラディミール・コカキの感覚を固定するレイニーデイ・ドリームアウェイに対して相性がいい。対してビットリオの能力とは相性最悪である。
サーレーと拳を交えて即座に能力の概要を把握したコカキは、サーレーをビットリオ達に任せてマリオの〝処置〟を行なっていた。
「んでどーよ?あんたの他に誰がオレたちを追ってるんだ?それともあんたたちは二人きりなのか?仲良しなのか?ッてゆーかよーく考えりゃーさ。オレたちをたった二人きりで追ってるってバカなんじゃねーか?捨て駒なのか?うはははははははははははははははははははははははははッ。オレってやっぱ頭いいんじゃねーか?こんなことに気づいちまうなんてよー。そりゃ捨て駒に情報なんて持たせねーわな。」
上機嫌のビットリオに対してサーレーの顔色は優れない。
目の前の頭の悪そうな少年はサーレーを捨て駒だと看破した。それはサーレー自身も理解していたことである。
そして、目の前の少年は莫大な利益を上げる麻薬チームの一員として組織でも特権を得ているはずである。
それにも関わらず短絡的で、愚かしく、未来になんら展望を持たない。会話の端端から隠しきれず駄々漏れている。空洞のような人生。恐ろしい。今も笑いながら持った短剣で自分の体に傷をつけている。
どうやったらこんな人間が出来上がるのか、サーレーには理解できなかった。
相手が特権を享受する人間であるにも関わらずの愚かしさ、不明な相手のスタンド能力、そして愚かしいと嘲っているはずの相手に捨て駒だと見抜かれている。サーレーの精神は散々に揺さぶられている。
サーレーは本来慎重な男である。 強力な自身の能力に溺れたりはしない。本来であれば、ズッケェロを見捨ててでも逃走して相手の出方を伺うはずだった。
ーーらら、ら、ららら、ら
サーレーはビットリオの後方に控えるアンジェリカのナイトバード・フライングの影響下にあった。
頭の悪いガキに挑発され図星を突かれたサーレーは、本人が自覚していない内に短絡的な怒りに囚われていた。
未来の価値を理解しようとしないガキと、後ろに控える今にも死にそうな末期の麻薬中毒者の少女。そんなカスに精神的にも肉体的にもどうしようもなく追い詰められようとしている。サーレーはその事実に言いようもなく不快感と憤りを感じている。
「なあ、シャーレーさんよお。さっきから黙っているけどなんか言いたいことはないのか?どうせあんたもうすぐ死ぬんだから最期くらいは好きに喋った方がいいぜ?例えば気になるあの娘とかよー。ほら、誰にも言わないからよお。」
「黙れッッッッッッ!」
「なんだ?ずッと黙ってたから置物かと勘違いしちまってたぜ。いいぜ。だったら来いよ。俺の〝ドリー・ダガー〟とあんたの〝クラフト・ワーク〟、どっちが強いか教えてやろーじゃねーか。」
ビットリオの手にした短剣のピカピカに磨かれた刀身にはサーレーが映り込んでいる。
ーーそうだ、奴が持っている短剣はスタンドだろうが、俺がこんなクソガキに負けるはずがないッ!後ろの女は死に掛けていてものの数に入らない!俺はコイツらを消して戦果を持ち帰らないといけないッ!
サーレーが冷静であったのならば、ズッケェロを無傷で〝処置〟した彼らがビットリオ一人にサーレーを任せた意味に思い当たっていたであろう。しかし夜の鳥の狂気は、どうしようもなくサーレーを蝕んでいた。
「〝心臓〟をッ!固定するッ!喰らえッ!クラフトワークッ!」
クラフトワークとサーレーが力強く地面を蹴った。クラフトワークがビットリオの心臓部に拳を当てる。
ーードンッ!
「痛えええええええッ!チクショウ!三割でも死にそうなほどに痛えッッ!クソ!ガアアアッ!」
ビットリオのスタンド、ドリー・ダガー。それは短剣の刀身に映した相手に攻撃の七割を反射するというもの。三割はビットリオが負担している。クラフトワークの衝撃の七割がサーレーの胸部に向かっている。それは、致命の一撃だった。
ビットリオが叫ぶのを遠くで聴きながら、サーレーは自身の目前にある赤黒い若干ピンクがかった物体を見ていた。
「ああ……。」
胸部から噴水のように血液が流出し、サーレーの体は急速に熱を失っていく。
ーー死にたく……ない。
サーレーは冷たい倉庫の床に横たわる。死に臨むサーレーの思考はシンプルに、ただ生に対する執着であった。
床に横たわるサーレーを、クラフト・ワークがその無機質な目でいつまでも見つめていた。
サーレーのポケットが、仄かに黄金に輝いていた。
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カンノーロ・ムーロロ。
パッショーネの一員でスタンド使い。スタンド名は
ムーロロはかつては物事に興味や執着がなく、ボスであったディアボロと暗殺チームの反目を外野から眺めて嘲っていた。
そもそもムーロロのスタンドは有能過ぎたのだ。コウモリの真似事をして争いを誘発しても、バレないしバレてもどうにでもできる。
ムーロロは世を嘲笑い、組織を馬鹿にしていた。
そんなムーロロに転機が訪れる。ジョルノとの出会いである。
ジョルノはムーロロの内心を完全に看破し、ムーロロに恥ずかしいという気持ちを思い起こさせた。お前の自尊心はつまらない無意味なものなのだと。恥を知ったムーロロは自身の恥を何よりも大切にし、それを思い出させたジョルノに心酔した。
スタンドは、本人の精神の成長次第で成長する。
ムーロロのスタンド、暗殺団〝見張り塔〟は、群体と呼ばれるタイプのスタンドである。群体のスタンドを持つ人間は、心に空洞を抱えていたり社会不適合者であったりする場合が多いと言われている。ムーロロも例にもれず、心に大きな空洞を抱えていた。
ならばもし、その空洞を埋めるものがあったのならば?
ムーロロはジョルノと出会い、 ムーロロの空洞は黄金の太陽によって暖かに満たされた。それはかけがえのないもので、ムーロロはそれが何よりも嬉しかった。
ムーロロは精神的に成長し、スタンドも進化した。ムーロロはただ、己に大切なものを与えてくれたジョルノの役に立ちたかった。
スタンド自体はほとんど何も変わらない。たった一つの変化。
ジョルノのためだけに役に立ちたい。それだけに拠った進化。
暗殺団は成長し、バラバラな心は明確な方針のもとに一つに纏まる。
独立した個々であるにも関わらず記憶や意識などをリアルタイムで共有できるようになった。
たったそれだけなのだが、もともと有能なスタンドが輪をかけて馬鹿げた使い勝手を誇ることになった。
◼️◼️◼️
『ボス、大変だあ!サーレーが心臓を吹き飛ばされたあ!』
「ああ、ありがとう」
ジョルノにスペードの3が報告を行う。ジョルノはそれににこやかに返答した。
イタリアのローマのパッショーネの本部私室で、ジョルノは椅子に腰掛けていた。
サーレーが敗北したのは予定通りである。そのくらいは強い相手でないとフーゴ達の試練にならない。
ーーそれにしても心臓が吹き飛ばされたというのは予定外だ。さて、間に合うか?
ズッケェロとサーレーが禊を行う必要があるのは予定通りだ。部下に示しを付けないといけない。
しかし、ジョルノにはジョルノの考えがある。
ジョルノは、密かにムーロロに指示をしてサーレーに持たせていたテントウムシのブローチにスタンドエネルギーを送りこみ、ブローチは急造で心臓を象った。
ジョルノの手が黄金に輝く。
レクイエムを経験したジョルノのゴールド・エクスペリエンスもまた、成長していた。
◼️◼️◼️
「シーラ・E、仕事だ。フィレンツェの病院に寝たきりで組織の金を食いつぶしている奴らがいる。叩き起こして来てくれ。」
「消せばよろしいのですか?」
「いやいや違うよ。起こして来て欲しいといってるんだ。」
「しかし奴らは裏切り者ではありませんか?よろしいのですか?」
「ああ、僕にも考えがあるんだ。」
「出過ぎた真似をいたしました。」
パッショーネの本部、ネアポリスの図書館でシーラ・Eはジョルノの指示を受けた。
シーラ・Eはジョルノの腹心で、ミスタと並ぶほどに信頼を置く部下である。彼女は仲間を率いて、サーレーたちが失敗した任務の引き継ぎを行なった。
シーラ・E達はすでに麻薬チームの処分を終えていた。任務をこなす際彼女もひどい傷を負ったが、傷を治すとすぐさま復帰した。
それにしてもシーラ・Eは信じられないくらい頑丈で、使い勝手がいい。
いい部下に恵まれたとジョルノは一人ごちた。
「しかしジョルノ様、起こして来いとは一体どうすれば……。」
「ケガはもう治ってるはずなんだよね。外から刺激を与えれば起きないかな?シーラ・Eのスタンドとかちょうどいいんじゃあないか?」
まあそれで起きても自殺しそうだな、ジョルノは内心で不謹慎なことを考えた。
シーラ・Eのスタンドは、相手のトラウマを掘り起こすものである。眠っているサーレーの精神に与える刺激としてはちょうどいいかもしれない。
「それで起こせるかは確約できかねますが……わかりました。」
シーラ・Eは病院へと向かった。
◼️◼️◼️
サーレーは、港から海を眺めていた。
空には鳥が飛んでいる。カモメか、ウミネコか?サーレーにはわからないしどっちでもいい。
ーーここは……。
なぜ自分がここにいるのか?理由が分からずサーレーは困惑した。
記憶を辿れば、見覚えがある。ここは確かカプリ島の波止場。ミスタに敗れてサーレーの運命の分岐点になった地である。
しかしサーレーはシチリア島にいたはずだ。どうしてここにいるんだろう?
サーレーは海を眺めながらボンヤリと考えていた。
「よう、サーレー。お前もいたのか。」
「ズッケェロ……。」
「お前ここがどこかわかるか?」
「ああ、ここはカプリ島だ。ポルポの隠し財産が隠されていた場所だ。」
「チッ。なんだってそんなところが夢に出て来やがる。それともここは天国か?俺はてっきり地獄に落ちるもんだと思っていたがよ。」
ズッケェロは夢だと思い込んでいる。無理もない。覚えている限り最後はシチリア島にいたはずだ。サーレーも目の前が理解できない。現実感もない。
「ずっとここにいれば組織に始末されることもないのかもな。」
「ああん?確かにそうかも知れないが……。」
ズッケェロはそこまで言って辺りを見回す。
なぜか誰もおらず、とても寂しい。
「こんな人っ子ひとりいないところにいてどうするよ?こんなところにいるくらいなら追手に恐怖しながらでも女がいるところがいいぜ。」
「ああ、まあそうだな。冗談だよ。」
「ツマンネー冗談言いやがって。」
「まあお前たちにはそんなに悪くはないかも知れんぞ。」
「「誰だっ!」」
唐突に得体のしれない第三者が二人の会話に割って入る。
「誰だ、か。無意味な質問だ。俺は社会のつまはじき者で、俺を知る仲間たちももういない。俺の名前にもう価値はない。」
「テメエっ!何者だ!いつの間にそこに居やがった!」
「ズッケェロ、落ち着け!そいつから離れろ!」
唐突に男は、サーレーの目の前に現れた。
高身長に黒い髪、落ち着いていながらも相手を威圧する空気を纏っている。
「何者、何者か。そうだな。俺は過去の亡霊であり、お前たちの未来だ。」
「何を訳のわかんねえこと言ってやがる!ハッキリと分かりやすく言いやがれ!」
慎重なサーレーは距離を取り、ズッケェロは相手に突っかかる。
「思い出は遣る瀬無い、社会に馴染めない、人生に意味を見出せない。」
「だから何をっ!」
「分かりやすく言っている。俺という存在の自己紹介で、お前たちの未来の自己紹介でもある。お前たちに希望はない。せっかく似た者同士だから一緒に連れて行ってやろうかと思ってな。」
ーーロオオオオオオド、、、。
「連れて行くって、どこに!」
「オイ、アレ!」
ズッケェロが波止場の一角を指差す。そこには一艘のボートが置いてあった。
ズッケェロはそれに見覚えがある。
「どういうことだ?なぜあのボートがここにある?アレは確かもう沈んだはずだ!」
それはズッケェロがブチャラチィたちを襲撃したはずの、、、。
過去の亡霊、、、、。
自分たちの最後の記憶、、、。
ーーマジかよ!黄泉の水先案内人ってことか?チクショウ!
「お断りだぜ!俺は生きる。俺は戦う!」
「何を言ってるんだサーレー?」
「どういう理屈かは知らねーが、奴はおそらく死神!敵だ!」
「貴様らはそう言うであろうことは理解していた。メタリカッ!」
「ウッ、グッ。」
「どうした、ズッケェロ!」
突然マリオ・ズッケェロの左太腿が膨れ上がり、体内から血管を突き破ってハサミが出てきた。
「ヤロウッ!」
サーレーは相手を敵とみなして攻撃を仕掛けようとするも、敵はすでにどこにもいない。
敵の名はリゾット・ネエロ。リゾットのスタンド、メタリカは鉄分を操る。
今のリゾットは砂鉄を体に纏い、周囲に同化している。
「どこだ!どこ行きやがった!」
「フフフフフ。お前たちに勝ち目はない。」
「何を馬鹿げたことを!」
「向かうなら遊んでやろう。」
リゾットの近くにいたズッケェロはたちまちにうちに体から何本もハサミが飛び出していく。
ズッケェロは瞬く間に血だるまとなった。
「ところでお前は神を信じるか?」
言葉とともにサーレーの右腕の中に
「出てこい!訳わかんねーこと言いやがって!」
ズッケェロは言葉のするあたりに闇雲に拳を突き出す。
拳は虚しく宙を切り、流血しているズッケェロの体力は無くなっていく。
「こんな考え方があるそうでな。神は人の心の中に住むらしい。俺はその時思ったよ。スタンドの目指す先は神なんじゃないかと。」
「何を馬鹿げたことを……。」
「馬鹿げてなどいないさ。お前たちのボスのジョルノは生命を創り出す。正しく神のごとき所業ではないか?噂によると時間すら止めることが出来るものもいるらしい。スタンドの最終地点は、きっと神なんだ。」
ーーロオオオオオオド、、、。
「うぐあっ!」
「ズッケェロ!」
サーレーと違い敵の攻撃を防御するすべを持たないズッケェロは、右足もハサミに貫かれて波止場に倒れこむ。リゾットの声だけが波止場に響く。
「神はいつも俺たちのそばに居た。しかし神は俺たちの苦境をお救いにならない。俺もお前も神に嫌われて、疎まれている。」
「グッ!」
メタリカの攻勢は増している。
サーレーは固定する能力で防御するも体の中の違和感が拭えない。
ズッケェロは見えない敵に打つ手がない。血まみれで地に落ちている。
「俺もお前も居なくなるべきだ。俺たちは嫌われている。自分からすらも愛されない。」
「それでもッ!俺は俺のために戦うッ!」
「慈悲をやろう。ジョルノ・ジョバァーナは強大だ。あいつに疎まれたお前たちに居場所はない。お前たちはボロ切れのように酷使され、やがて使い潰されて死ぬことになる。」
手足はひっきりなしに体の内部から生えてくるハサミに針のムシロにされ、サーレーに打つ手はない。
体から流血が増え、どんどん体が気だるくなって行く。
「諦めろ。疲れるだけだ。お前たちは何も出来ずに死んで行く。」
リゾットは哀れむように二人に声をかけた。
「いやいやそれが、案外とそうとも限らねーぜ?」
ーーら、らら、れらろら、らら
突如なにかを理解したズッケェロは地に伏したまま不敵に笑う。
「何だと?」
「スタンドは成長する。先に一度死に、ここで今またお前のような敵わない相手に出会ったことで、俺のスタンドはどうやら出来ることが増えたらしい。」
ズッケェロはしてやったりと笑う。
周囲の空間に大量にシャボン玉が浮かんでいた。
「これは!」
ーーバチン、バチン。
気付いたらリゾットの周囲にも隙間なくシャボン玉が浮かび、リゾットに触れたものから破裂する。
「うぐっ!」
シャボン玉が割れた瞬間、リゾットは強烈な目眩と吐き気を引き起こす。
「ソフト・マシーン。どうやら俺はヤク漬けにされて死にかけたことで、薬の中毒症状を理解したらしい。」
リゾットはズッケェロが食らったナイトバード・フライングと似た症状を引き起こしていた。
唐突に引き起こされた精神の異常にリゾットはスタンドの操作を誤り、透明化が解かれて本体が露出する。
「オラ、お膳立てはしたぜ。これは一回こっきりの奇襲だ。スタンドパワーも使い切っちまったし俺は動けねーしお前の方がパワーがあるんだからお前が決めな。」
露出したリゾットへとサーレーが殺到する。リゾットのメタリカは近距離格闘には全く向いていない。
「うおおおおおおっ!」
「クッ、メタリカッ!」
ーー俺の方が早い!こうなったらスタンドパワーを全開にして心臓にハサミを突き立ててやる!
「勝ったっ!即死だ!……何?」
リゾットは口から血塊を吐く。
サーレーの心臓部に ハサミを創り出した手応えがあったにも関わらず、クラフトワークの拳はリゾットを貫いていた。
サーレーは心臓をハサミでぶち抜かれながら攻撃をしていた。
「……どうして?」
「スタンドは成長するんだよ。」
クラフト・ワーク、物体を固定する能力。
クラフト・ワークはビットリオとの戦いを経て、死を経験した。
死にたくないという必死の願いと追い詰められた状況からクラフト・ワークは成長した。かつてジョルノがベイビィ・フェイスとの戦いで追い詰められて成長したように。
「、、、どうやら貴様はまだ自身の神に見捨てられていなかったようだな。」
リゾットの亡霊は笑いながら消えていく。
追い詰められたクラフト・ワークは、物体のみならず生命や精神といった曖昧なものすらも固定した。
◼️◼️◼️
「やあ、随分と眠ってたね。残念だけどパッショーネに有休はないよ。実はブラックなんだ。」
「ボ……。」
サーレーは病室のベッドに寝かされていた。
体がうまく動かない。ずいぶん眠ってたようだ。
ベッドの横にボスが座っている。サーレーは体を起こそうとする。
「ああ、いいよ。横になったままで。まだ病み上がりなんだから。まずは任務ご苦労様。大変だったみたいだね。いきなり心臓を吹き飛ばされたって聞いて少し焦ったよ。」
その言葉にサーレーは胸部に手をやる。
死の恐怖。喪失感。文字通りポッカリと空いた空洞。あまりに生々しい感覚がまだ残っている。
それが今は塞がっている。
溢れ出す黄金の生命エネルギー。
ジョルノの強大さを感じ取って、サーレーは自然とこうべを垂れる。
「これは……ボスが?」
「ああ、それはちょっと待って。まだ決まってないから。」
「決まってない?」
「君たちのことさ。シーラ・Eは任務を果たせていないから処罰すべきだって言ってるよ。君たちはどうしたい?」
それを聞いてサーレーは青くなる。反逆者を見せしめに公開処刑するために生かされたのだろうか?
「ウフフフフ。ごめんごめん。ちょっと意地悪だったね。僕個人としては君たちは組織のために忠誠を尽くしたと思ってるよ。」
サーレーはひとまず安堵する。とりあえず最悪は避けられたらしい。
ジョルノは続ける。
「ここからが本題なんだが、実は僕は今困っててね。」
「……。」
このボスが困ることなんかあるのだろうか?この全てを見通す全知のような印象を受ける少年が。
「合法、非合法に限らず、組織には武力が必要だ。会社にだって警備員というものが存在する。ましてや非合法組織の僕たちは特に、ね。組織を乗っ取っていい暮らしをしたいというはねっかえり、罪のない市民の命を侮辱するゴミにも劣る輩、敵対組織。僕たちはそういったものと渡り合う必要がある。」
「はい。」
「それで困ったことというのは旧暗殺チームが丸々全滅してシーラ・Eやムーロロのような有能な部下の負担が増えているんだ。特に暗殺チームは危険が大きく損耗が激しく、技能が必要な割には誰もやりたがらない。」
暗殺は危険の大きい汚れ仕事だ。よほど奇特な人間でない限りは誰も自分からやりたがらない。さらにスタンド使いである必要もある。
ジョルノは息を止め、正面からサーレーを見つめる。
「君に就任しほしい。君が危険な部署を自身で志願したとなれば、組織の君への風当たりもよくなるだろう。」
「……一つ聞かせてください。」
「なんだい?」
「俺は使い捨てですか?」
サーレーは夢で男が言った言葉を思い出していた。
サーレーはジョルノを見つめる。ジョルノは目を逸らさない。
「せっかくの部下をなるべくなら消費したくない。だが、必要があれば死んでもらう。」
きっと嘘はないだろう。どうせ一度死んだ身だ。
自身の置かれる現状は良くない。でも最悪ではない。なぜなら今サーレーは生きている。
どこへいってもまともな待遇が望めそうにない以上、どうせいつか使い捨てられるのなら大事に使ってくれるところで使い捨てられたい。
「わかりました。その話、お受けします。」
「君のスタンド、いいスタンドだね。君のスタンドが必死に生にしがみ付いたから僕の救援が間に合った。」
ジョルノは笑った。
ジョルノには人誑しの才能がある。サーレーはそれを痛感していた。
◼️◼️◼️
「まあ、死人がそれ以上死ぬわけないわな。」
リトル・フィートのホルマジオが笑う。
ここは船の上。行き先も現在地もわからない。
「本当に。リゾットは案外と人がいいんですね。」
ベイビィ・フェイスのメローネも笑う。
「……なんのことだ?」
メタリカのリゾット・ネエロは仏頂面をしている。
「なんのってお前そういうところあるよな。人がいいっつーか。」
ザ・グレイトフル・デッドのプロシュートは微妙な顔をしている。
ソルベとジェラートは船の隅でニヤニヤし、ビーチ・ボーイのペッシはみんなの分の飲み物を運んでいる。
「あいつら
ホワイト・アルバムのギアッチョが言った。
「俺はあいつらが羨ましい。あいつらは〝赦された〟。俺たちは・・・赦されなかった。」
マン・イン・ザ・ミラーのイルーゾォが悲しそうな顔をする。
「お前はパッショーネの敵というだけでなくシーラ・Eにも恨まれていたからな。どうにもならんよ。」
「……そうだな。」
船の舳先でカモメが鳴いている。陸はまだきっと遠いのだろう。
「俺たちは皆運命の奴隷だ。俺たちは役割を終え、舞台を降ろされた。もう誰かに思い出されることもないだろう。……………しかしあいつらは赦されて助かった。あいつらにはまだなにがしかの役割が残されているのだろう。ならば俺たちはただ祈ろう。我らの後輩に幸あれかし。」
船の行き先は地獄だろうか?まさか天国ということはあるまい。
彼らは輪廻から外されてしまったのだろうか?
答えも意味もなく、ただ船は進んでいた。
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クラフト・ワーク・〝boia〟・・・成長したクラフト・ワーク。従来の物体を固定するクラフト・ワークに加えて、精神や生命といった曖昧で不定形なものまで固定出来るようになった。ただし、短時間でも恐ろしくスタンドパワーを消費する。何が固定できるのかは、本体であるサーレーのさじ加減次第。一見いい加減なようだが、これは必要に迫られたら空間や時間すらも固定できるようになる……かもしれないということである。ちなみにサーレーはジョルノを全知と表現しているが、これはサーレー自身があらゆるものことを深く理解して固定できるようになる可能性を示唆している。
ソフト・マシーン・〝drogato〟成長したソフトマシーン。長時間薬物中毒に陥っていたため、麻薬の中毒症状に対する理解を深めたためにこのように進化した。従来のソフトマシーンに加え、生物が触れたら破裂して麻薬の症状を引き起こすシャボン玉を飛ばせるようになった。ただし症状はまだ比較的軽度。ちなみに本体のズッケェロは未だ病院で麻薬の禁断症状と戦っている。