噛ませ犬のクラフトワーク   作:刺身798円

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ドナテロ・ヴェルサス、パッショーネにて 後編

庭木の下にいた初老の男性は、微笑むとともに邸宅の玄関の扉を開いた。

それを確認したミハイルは、不審な現状に困惑した。

 

まず第一に、現時刻が深夜であること。

なぜこんな時間に家主が外にいたのか。

暗がりで判別に若干難はあるものの、男性はパソコンの画像で確認した標的と同一である可能性が極めて高い。

 

第二に、男性は何を考えて笑ったのか。

相手にミハイルの情報が入っているかは不明であるが、こんな時間に家を覗いていたミハイルは傍目に考えて不審者だ。

そんな彼を見て、なぜ男性は微笑んだのだろうか。

 

それらの要素に加えて、日を置くごとに男性に彼を狙うヒットマンであるミハイルの情報が入る確率は高くなり、暗殺における面倒が増える可能性が増す。

真実はとっくにミハイルの情報は流れているのだが、組織の後ろ盾のない現在のミハイル視点ではそれを判別することは不可能だった。

 

諸々の要素を包括的に判断して、本来なら不安要素がある際は暗殺を見送るべきだ。

しかし今のミハイルは、状況がよろしくない。祖国では彼の置かれた状況が芳しくなく、殺し以外にろくな仕事をしてこなかった彼は、ロシアで彼を庇いだてたマフィアの指示を聞かざるを得ない。しかもミハイルはあずかり知らぬことだが、現状ミハイルを庇ったマフィアは、上部組織の不興を買って壊滅状態にある。ミハイルは仕事の際に情報の漏洩を防ぐために、現在は外部との連絡を遮断している。

 

そういったさまざまな要素から、ミハイルは暗殺を継続すべきか迷っていた。

日を置くか、あるいは暗殺の鉄則を覆して彼を派遣したマフィアの指示を仰ぐか。

難しい局面ではあるが、暗殺失敗に伴うミハイルの評価下落についても思案すべきだ。殺しが仕事の彼にとって、殺しができないという風評が立つのもまた致命事であるようにも思える。指示待ち人間であり、指示がないと柔軟に動けないグズであると。

 

「君は、怖いんだね。自分が無価値であると指摘されることが。君は君自身が誰にも省みられずに、むしろ忌み嫌われる邪悪であることを指摘されることを恐れている。………自分の行為が他人にどういった影響を与えるのかを考えないくせに、他人の評価は気にしている。つまらない。君は実につまらない男だ。人でなしと呼ばれてはいても、他人の評価が怖い。君は所詮は、その程度の存在だ。」

「ッッッ………!!!」

 

初老の男性は意味有りげな微笑みと捨て台詞と共に、邸宅へと入っていく。

ミハイルは彼のその言葉に、何か痛切なことを言われた気がした。

 

「君は誰かを殺す事で、その利益を得る人間の仲間でいるつもりなのかも知れない。しかしそれは、間違いだ。君は使い勝手のいい道具に過ぎない。道具は所詮道具であり、それに仲間意識を抱いたりはしないよ。だから君は、そんなにも追い詰められている。臆病な君はたった一人きりで、地面の下で寂しく眠ることになる。………悲しいな。」

 

人でなしであっても、さすがに誰も仲間がいないという状況は堪える。

老人の言葉は残響し、ミハイルの頭蓋の中で幾度もこだました。

 

「………上等だ。そんなに死にてぇかッッッ!!!」

 

不確定要素がある時は、暗殺の機会を先延ばしにする。

それは本来殺し屋の鉄則であったが、怒りに震えて顔を真っ赤にしたミハイルは感情に任せて老人の後を追った。

庭の芝生を走り、邸宅の扉の前に来たミハイルは、彼のその邪悪なスタンドを顕現させる。

 

泥土の呪い(マッド・カース)、ぶっ殺せッッッ!!!」

 

黒と紫の色調をした指先の長いスタンドが現れ、そっと扉へと触れた。

扉はスタンドの触れた先から腐蝕してゆき、それは瞬く間に周囲に伝播してゆく。

木造の邸宅は経年劣化を経たかのようにボロボロになり、扉の金属は錆びてカシャリと音を立てて落ちた。

すでにスタンドの足元の芝生は腐り落ちており、それはさほど時間を置かずに邸宅の内部全体を腐らせる。

 

「………調子に乗らなけりゃあよぉ〜、ジジイ!!!テメエは調査のためにあと二、三日は生きていられただろうによぉ!!!」

 

ミハイルは腐食してボロボロになった木製のドアを蹴飛ばし、邪悪なスタンドと共に邸宅の内部へと侵入した。

怒り混じりに鬱陶しい暗視装置を外して、玄関の床に乱暴に投げ捨てた。

 

「さぁて、あとは死体の確認をするだけだ。」

 

周囲を見渡すと、明かりが灯されていると思しき方向が見えている。

あとはそこで蛆がたかった死体を見届け、火をかけて証拠を隠滅して終了だ。

 

ミハイルは笑った。

面倒だが、万が一でも逃げられてでもいたらそれの確認を行わないといけない。

それはミハイルの殺し屋としての、わずかな矜恃だ。死体を確認して確実に殺害したことを確認し、死に顔を眺めて自身が成し遂げた仕事に優越感に浸る。死の恐怖に怯える顔はいいものだし、何があったのかわからないといった無知な表情もまた嫌いではない。

それが、ミハイルのルーチン・ワークだった。

 

ぐずぐずに崩れた廊下の壁を横目に、ミハイルは暗がりの絨毯をサッサッと歩いていく。

途中で台を蹴飛ばし、それに乗せられた壺を床に落として破片が散らばり、ミハイルは眉を顰めた。

 

ーー怖がりな君は、一人きり。地面の下で寂しく眠ることになる。

 

不快にもミハイルに説教のようなことをした老人も、今頃は腐敗臭を漂わせてボロボロになっているだろう。

結局は、力があるものが勝つのだ。ミハイルが評価されない今の社会は、間違っている。それを正さねばならない。

間違いは血で以ってして、贖われることだろう。

 

頭に血液が上がたミハイルは、走って灯りの差し込む部屋へと向かった。

ドアを蹴破り、室内へと乱暴に入室した。

 

「………なに?」

 

そこにあったのは、彼の予想外の光景だった。

部屋には誰もおらず、テーブルの上には食べかけのファーストフードの包みと飲みかけのカップが置かれている。

そこでは、ただテレビだけが無意味に音声を流していた。

 

「………どこに?」

 

標的はトイレか風呂にでも行っているのだろうか?

暗がりで死体を探すのに億劫な気持ちを感じながら、ミハイルは思案した。

その時、室内の電灯の電線がミハイルの腐食させるスタンドの効果で千切れて、部屋の電灯が落ちて灯りが消えた。

 

「なッッッ………!!!」

 

ミハイルの足下の暗闇を、何か小さな生物がかすめて逃げていった。

ねずみか何か。ミハイルのスタンドを発動したここで、そんなものが生きているのは何かおかしい。

驚いたミハイルは床に顔から倒れ、腐った床を突き破って頬に木片が突き刺さった。

 

「クソがッッッ!!!なんだってんだッッッ!!!」

 

悪態を吐くミハイルを揶揄するようにチラチラと、廊下に静かに薄明かりが灯された。

それはまるで昆虫を黄泉へと誘う誘蛾灯。愚かなミハイルは、すでに死に場所へ誘い込まれている。

 

ーーつまらない。君は実につまらない男だ。

 

撤退を思考の端に置いたミハイルの脳内に、老人が彼を嘲る言葉がリフレインした。

それは強烈にミハイルの自尊心を刺激し、彼から撤退路を塞ごうとする。

 

ーー君は他人の視線が、怖いんだね。人を人とも思わない人間の分際で、一人で生きることには耐えられない。君はたまたま力を持たされただけの、ただの弱者。もう君を怖い世間から庇ってくれる存在は、誰もいないよ。君がただ一人傲岸不遜に振る舞った結果、自業自得だ。地面の下でおやすみ、ミハイル坊や。おやすみ、おやすみ、おやすみ。

 

「ぶっ殺してやるッッッ!!!」

 

ミハイルは、部屋の中のものに手当たり次第に当たり散らかした。

ひと暴れして取り敢えず落ち着きを取り戻したその時、ミハイルは廊下から薄ぼんやりとした灯りが漏れ出していることに気が付いた。

 

「アレは………。」

 

ミハイルは薄く笑って、廊下を走って灯りへと向かった。

廊下を進み、角を曲がり、もう少しで。怒りで思考が短絡的になり、不快で不審なな出来事も標的さえ死ねば何ら問題ない。

 

さっさと標的を殺して、ビールでも飲んで寝よう。

そしてミハイルを派遣したマフィアにはたっぷりと恩を着せて、せしめた金でほとぼりが冷めるまで高飛びしよう。

なぁに、いざとなったら戦う姿勢を見せれば、マフィアも金を出さざるを得まい。

ミハイルは暗がりで、にやけ笑いをした。

 

「皮算用は、マヌケの悪癖だよ。アンダー・ワールド、この先は君の墓場だ。尻尾を巻いて一目散に逃げることをお勧めする。もしもそれが怖くないのなら、向かってくるといい。」

「!?」

 

ミハイルは、驚愕した。

灯りは地下へと下る階段から漏れており、その階段の前の薄暗がりで先の初老の男性がにこやかに笑っていた。

男性はミハイルに一声かけてから、階段をスタスタと降っていく。

 

「………ワインセラー?」

 

おかしな事が起きている。

ミハイルが周囲を手当たり次第に腐食させるスタンドを発動したにも関わらず、男性はピンピンしたまま階段を下りていった。

理知的に判断すれば、暗殺を先延ばしにするべきだ。冷静なミハイルは、脳裏でそう囁いている。

 

向かった先は、ワイン倉庫だろうか?

瀟洒な邸宅であることだし、別段ワイン倉庫があってもおかしくない。

ボルドー辺りから仕入れた、高価なワインでも貯蔵しているのだろう。

 

ーー君は弱者だ。君は他人の評価が怖い。一目散に逃げるといい。

 

一方でミハイルの冷静でない、感情の部分。老人の言葉がミハイルを縛って離さない。

今まで失敗なく多数の人間を殺害してきたミハイルの自負と自尊心は、先へ進めと猛烈に喚いていた。

 

侮辱されたまま逃げる事は許さない。

冷静と激情の狭間に揺さぶられて、結果ミハイルは激情に身を委ねた。

 

「………どんなカラクリか知らねぇが………能力が効かねぇのなら直接ぶん殴って殺してやるよ!!!」

 

ミハイルはカビ臭い空気の階段を音を立てて下りて、先にある扉を蹴破った。

 

「これは………!!!」

 

扉の先は、ワイン倉庫ではない。そこは複数のロウソクの光源によって灯りが保たれていた。

その部屋の中央に、多量に置かれた目も眩むまばゆい何かの上にあぐらをかいて座る一人の男がいた。

 

「アンダー・ワールド。地の下にある、地獄へとようこそ。」

「お前は………?」

 

頭頂部に一本線が入ったようにメッシュをした、一人の男。

彼は不敵に笑いながら、ミハイルに語りかけた。

 

「俺の名は、ドナテロ・ヴェルサス。お前を殺す男の名だ。それくらいは、覚えてから死ね。」

 

ミハイルは、ヴェルサスが座るものを注視した。

それが何かはロウソクのか細い灯りでも判別できる。

黄金色に輝く無数の金貨。一体いくらになるのか、わからない。

 

黄金は、ほとんど腐蝕しない。

それは物を腐食させるミハイルのスタンドにとって、天敵にも等しい存在である。

 

「黄金は錆びない。真実は消えない。お前が何を腐らせて朽ち果てさせようとも、決して負けない人間はいるし、決して消えない真実は残される。地面には、四十六億年間蓄積された記憶が眠っている。これは十三世紀、当時のミラノ公国の支配者の隠し財産の記憶。まあいわゆる、埋蔵金ってやつだ。」

 

ドナテロ・ヴェルサスは貫禄とともに、両手の中指を立ててミハイルを挑発した。

ドナテロ・ヴェルサスのスタンドは、攻めには弱いが受けには滅法強い。

自分から攻める分には場所を選べないが、敵を待ち受ける場合は有利な場所で有利な状況で敵を罠に嵌めて殺す事が可能である。

 

「テメエッッッ!!!」

 

ミハイルはいきりたち、ヴェルサスとの距離を詰めて殴り殺そうとした。

 

「おいおい。そんな考えなしに動いていいのかい?お前ははめられたんだぜ?なんか罠があるかとか。もうちょっと慎重に行動しなよ。」

 

ミハイルは、我慢がならなかった。

こんなショボいクソヤローにコケにされたまま、安穏としてはいられない。

彼ら裏の人間は一般的に力を重視し自尊心が強い傾向にあり、ミハイルもその例に漏れない。

力を示せない裏社会の人間は、表にはいられず裏でも軽んじられることになる。

 

「アンダー・ワールド、お前パッショーネナメてるだろ。パッショーネの情報部の力を甘く見ているな?お前の情報は老人の尿漏れのようにだだ漏れ、その弱点も丸裸だ。お前には、もう味方なんて一人もいねェんだよ!お前の情報は底値で売り払われ、誰も彼もがお前を殺せ殺せと怒りと憎しみ………そして殺意の黒い炎で取り囲んでいるッッッ!!!」

 

ヴェルサスに詰め寄ろうとするミハイルの背後から、いきなり槍が何本も突き出されてミハイルを上から押さえつけにかかった。

 

「何?これはッッッ!!!」

「アンダー・ワールド、ここはミラノ公国の大公家の隠し宝物庫だ。こいつが侵入者だ、囲んで取り押さえろッッッ!!!」

 

地面の記憶から宝物庫の警護番が何人も現れ、不審者であるミハイルを武器で取り押さえにかかった。

背後から体格のいい何人もの兵士に取り押さえられたミハイルは、体を押さえつけられて地面に倒れ伏した。

そして、ドナテロ・ヴェルサスは静かに語る。

 

「俺は、暗殺チームの出来損ないだ。だが人には、役割がある。出来ることと出来ないことがある。俺は一人で何でも出来るとか、誰でも殺せるだとか、テメエみてぇにクソみたいな幼稚な思い上がりはしていねぇんだよ。………まぁ、昔の俺だったらわからんがね。俺はよぉ〜、情けないことに、兵士にはなれねぇ。」

「何………?」

 

金貨の山にあぐらをかいていたドナテロ・ヴェルサスはゆっくりと立ち上がり、倒れたミハイルの首に体重をかけて足で踏みつけた。

ミシミシとミハイルの首の骨は軋み、地面と挟まれた気管が圧迫されてミハイルは呼吸困難に陥った。

 

「うぐッッッ………!」

「あの人たちはよぉ、イタリアの外敵を追いかけ回して仕留める尖兵なんだ。俺は兵士にはなれねぇから、残念だがあの人たちの部下にはなれなかった。」

 

ドナテロ・ヴェルサスの瞳が漆黒の殺意に黒々と染まり、ミハイルを冷酷に見下ろした。

まるで虫ケラを見るようなその目に、ミハイルはひどく恐怖した。

 

その目は、ミハイルが標的に向ける目。相手が取るに足らない存在だから、その殺害に対して一切の呵責を抱かない。

普段ミハイルはその視線を他人に向けていたが、自分がそれを始めて向けられて心が芯から凍えた。

 

「だが今の俺は、幸せだ。俺はパッショーネに、幸福な人生をもらった。………ならば、受けた恩は返さなきゃあ道理が通らねぇだろう。なら俺はよぉ、兵士になれねぇのならば、人々の安寧を守る堅牢無比な要塞になるしかねぇだろうが!!!テメエみてぇな外敵を弾きッッッ!!!兵士であるあの人たちが辛い任務をこなして帰ってきたときにッッッ!!!暖かく迎え入れ敵からその身を守る、偉大なる(グランデ)・パッショーネの守りの要(Grande Muraglia)になるしかよぉッッッッッッ!!!」

 

スタンドの適性の問題だった。

ヴェルサスのスタンドは直接的な戦闘力に乏しく、相手を追跡して仕留める猟犬の役割はこなせない。

その代わりに敵を誘い込んで有利なフィールドで戦えば、非常に強力なパフォーマンスを発揮する。

ゆえに暗殺チームでは足手まといでしかなかったヴェルサスは、ジョルノ・ジョバァーナに導かれてミラノ防衛チームの若き不動のエースへと成り上がった。

 

ヴェルサスはミハイルの首に容赦無く荷重をかけ、ミハイルの首はミリミリと音を立てて意識は朦朧としていく。

 

「………た………助けっ………。」

「人でなしのミハイル、テメエのことは手に取るようにわかるぜ。人を蹂躙することに喜びを見出すテメエは、さぞかしその通り名が気分良かったんだろうな。つまらない強者の英雄の幻想に浸って、己は人の範疇を超えた存在だと。だがよぉ、お前が人でないのならばッッッ!!お前は殺人者ですらなく、人里に降りて人を喰う熊や虎と同じただの害獣だ。害獣ならそれを排除することは殺人ではなく、駆除だ。殺害することになんの躊躇いもいらねぇだろうが!」

 

未だ怒りと殺意に満ちた目で、ヴェルサスは冷酷にミハイルを見下ろしている。

遠ざかり行く意識の中で、ミハイルは恐怖した。

これは、本当に殺される。

 

金銭関係でもめて殺人を犯しても、異性関係でもめて殺人を犯しても、それはまだ人である。

同じ人間の感情として、それはまだ人として理解が可能な範疇だから。

ゆえに、公正に法の裁きに委ねれば良い。

 

しかし大した理由も無く他人を殺せるようになってしまえば、それはもう人では無い。

ただの人に似た、人を喰らう害獣である。ゆえにそれは殺人ではなく、ただの駆除である。

害獣駆除には、暗殺チームのような駆除専門業者が呼ばれることになる。

 

結局それなりの強者であったミハイルは、自身が殺される可能性が低かったために生に対する感覚が希薄だった。

しかしそれが間近に実感を伴って迫ってきたとき、始めてそれと同じ感覚を彼が殺してきた人間も感じていたということを理解した。

 

「………あ、あぁ………。」

さよならだ(アリーヴェデルチ)、人喰いの獣、ミハイル・レヴァノフ。パッショーネの恩人を付け狙うテメエは、クソだ。テメエのことなぞ、覚えておく価値も無い。」

 

必死になってミハイルの伸ばした腕は虚しく宙をきり………体を押さえ付けられたまま頸椎と気管を圧迫され続けた彼は気絶した。

 

◼️◼️◼️

 

「………俺の、黄金。」

 

ミハイルは、周囲を見渡した。

どこに行ったのか、目も眩む金貨の山。

 

地獄の沙汰も、金次第。ツァラトゥストラはかく語りき。

善悪の彼岸など、黄金の鼻薬で容易くひっくり返る。

 

愚かしい雇い主が、恐怖心に駆られてミハイルを売り飛ばした。

黙っていればバレなかったのに、あれは愚行だったと言えるだろう。何が無辜の被害者への補償金だ、クソったれ!

あれだけの金があれば、ミハイルの今の窮状などどうにでもやりおおせる。ミハイルはそう考えている。

 

間を置いてミハイルは目を覚まし、結局あの男は人を殺す覚悟を持てない弱者なのだとほくそ笑んだ。

ならばあの金貨の山をいただいて、粋がった小僧を今度こそ惨めに殺してやろう。

 

「どこだ、俺の黄金………?」

 

床に落とした消しゴムを探す学生のように、ミハイルは辺りの地面を這いつくばって金貨の山を探し回った。

しかし、黄金はどこにもない。それどころか、辺りからは光源すらなくなってしまっている。

気が付いたら、周囲は真っ暗闇になっていた。

 

「残念、不正解。君は最後の課題さえ間違えた。苦しい時に本当に必要なのは、金では無く人間の力、忍耐力だ。苦しい時ほど、感情よりも理性に重きを置く。直視したくない現実であったとしても、グッと我慢して砂を噛んで次の挽回の機会に備える。その力が、君には足りていない。やはりというか、何というか………君は本当に、マヌケだな。機会を無駄にする、わずかにも学習しない愚かしい人間。君がすることは、一目散に逃げて悔い改めることだけだった。それが君が今命を繋ぐための唯一の方法であり、パッショーネの最後の優しさだった。そうすればせめて、死ぬにしても君は祖国のロシアの地で死ねたのに………。」

 

どこからともなく、憐れみの感情を帯びた初老の男性の声がした。

 

「………ッッッ!!!」

「ああ、無駄だ。もう本当に手遅れだよ。君は勘違いをしているようだが、君の今の窮状はもう金ごときではどうにもならない。どれだけ命乞いをしようとも、人を喰った獣は殺処分。それが道理だ。みんなブチギレてるんだからね。当初の予定通り、そこが君の棺桶だ。勝手に土葬にするが、まあ宗教上の理由とかがあったとしても納得してくれ。天国は日々の幸福の中にのみ存在し、神は人の中にのみ住む。君は、不当に他人の幸福を奪って生きてきた。君は天国を追われた罪人、因果応報、地の底のさらに底である地獄行きだ。そこは、幸福の一切存在しない地獄だよ。」

 

地面が質量を伴ってグラグラと揺れた。

ミキミキという音がして、ミハイルの頭上からパラパラと砂礫と石飛礫が降ってきた。

次第に強くなる揺れに足を取られて、ミハイルは無様にすっ転んだ。

 

「アンダー・ワールド。地面には、コツコツと四十六億年かけて積み重ねた記憶がある。それは猿人を含めてもせいぜい五百万年ぽっちの歴史しかこの惑星で生きていない私たち人類にとって、人智の及ばない領域だ。母なる地面は長い長い間ずっと、平等に生きとし生けるものを優しく抱き続けてきた。ズバリ君に足りていないのは、その同胞に対する優しさ。その積み重ねの重みを噛み締めて、地球の垢を煎じて飲ませてもらいなさい。」

「あぐッッッ!!!」

 

アンダー・ワールド、天国から地獄へ。(All´inferno.)

ドナテロ・ヴェルサスの真価。地面の奥底には、地獄が眠っている。

 

ヴェルサスが望んでいたものは、安寧と幸福に満ちた日常。

ゆえにヴェルサスは、安寧と幸福を妨げる敵に容赦しない。

 

ジョルノ・ジョバァーナはそれを正確に見抜き、防衛チームのリーダーに言いくるめて彼と接してきた。

厳しく育てるのではなく、孤独にイタリアにやってきた異国の異母弟を大切にして自発的な飛躍を促そう。

彼らはヴェルサスを可愛がり、ヴェルサスはイタリアを愛し、やがてドナテロ・ヴェルサスはイタリアの日々を守護する強固な意志を獲得した。

 

スタンドは出来ると思えば、それは出来ることとなる。

イタリアのためになるのならば、地獄の悪魔だって屠ってみせよう。

 

ヴェルサスが長年求め続けてきた幸福とは、童話で言うところの青い鳥。

見えなくとも、本当は彼のすぐそばにある。

 

それをドナテロ・ヴェルサスが敏感に感じ取りさえすれば、心が満たされたドナテロ・ヴェルサスはその幸せの青い翼でどこまでも高く飛躍できる。そして人が日々の幸福を感じ取るためには心に余裕が必要であり、心の余裕とは安心に満ちた日々の積み重ねから生まれる。

ジョルノ・ジョバァーナはそれを熟知していた。

 

今のドナテロ・ヴェルサスは、過去の彼とは一線を画するスタンド使い。

アンダー・ワールド、地面の蓄えた記憶の全ては、ドナテロ・ヴェルサスの力となる。

 

見えない背後から、人間に振るうにはあまりにも巨大過ぎる断罪の鉈が降りてくる。

ミハイルは暗がりにうつ伏せに倒れて、強震で身動きもままならない。

しかしミハイルは、上方から何かとてつもない力が迫っていることだけはわかり、ひどく狼狽した。

 

地層がずれて、倒れたミハイルの背中はそれに巻き込まれていく。

アンダー・ワールド、今からおよそ四十億年ほど前に起こった、イタリアの地殻変動の記憶。

地面には斜めに亀裂が入り、ミハイルの上半身と下半身の間を境目にしてずれていった。

 

「ぁ………ぁぁ………。」

 

地面の重さ、それは何万トン?あるいは、何億トン?

それはそんな安っぽい、人間の単位の範疇に収まらない。

人間に把握できないものが無限、永遠なのだとしたら、それもきっと無限の力なのだろう。

 

あたかも、粉を挽く石臼に巻き込まれた蟻のように。

瞬く間にミハイルの背骨はベキベキと音を立てて、鳴動する巨大なすり鉢にぐちゃりとすり潰された。

ミハイルの上半身と下半身は泣き別れとなって、地殻変動に巻き込まれて消えて行った。

それはまた一つの地面の歴史となり、ミハイルは遠い未来に化石となって発掘されるのだろう。

 

「戦いとは、準備段階で既に勝敗は決している。俺たち防衛チームと情報チームの共同勝利だ。これにて任務完了。」

 

ドナテロ・ヴェルサスは、わずかな時間黙祷を捧げた。

この後は邸宅の応接間に戻り、中断していた食事の続きをする。

この程度の戦いは、偉大なる暗殺チームが普段相手にしている危険な敵と比べれば児戯、子供騙しに等しい。

それでもヴェルサスは尊敬する暗殺チームに、少しは近づけたのかも知れない。

 

なんてことない、大したことのない日常任務だった。

そしてそれを可能としてくれるパッショーネの情報部に、ヴェルサスは感謝した。

 

◼️◼️◼️

 

一方その頃。

ミハイルが襲撃する直前の、ミラノ郊外のマルペンサ空港付近の路上にて。

 

「ま、待てッッ!!俺は怪しい人間ではないッッッ!!!落ち着け、その引き金に指をかけた拳銃を下ろせッッッ!!!応援を呼ぼうとするなッッッ!!!」

 

不審人物がいるとの、周辺住民による通報があった。

警備員の手にする懐中電灯の灯りは暗がりに隠れ潜む、怪しい一人の男を煌々と暴き出す。

 

「年齢はおいくつかな?君の身元を確認できる相手は?どこでお仕事をなさってるのかな?」

「………ミラノの工事現場で働いています。身元引き受け人は………えぇと、シーラ・Eになるんですかね?」

 

暗殺チームの大エースであるサーレーは、空港の警備員に職務質問をされていた。

 

◼️◼️◼️

 

人物紹介

 

名前

ミハイル・レヴァノフ

スタンド

マッド・カース

概要

ボソボソとした、枯れた木のような見た目のスタンド。スタンドが触れたものは、腐蝕して周囲にそれを伝播させる。金属も例外では無いが、安定した金属である金には極めて効果が薄い。軍人崩れのロシアの殺し屋であり、権力者に雇われて汚れ仕事を請け負っていた。

ちなみに老人とミハイルはロシア語を喋っており、ヴェルサスはイタリア語を喋っている。

 

名前

ドナテロ・ヴェルサス

スタンド

アンダー・ワールド

概要

暗殺チームが何かの手違いでアメリカから拾ってきた。元暗殺チームの下っ端で、現ミラノ防衛チームのエース。彼のスタンドは地面の記憶を掘り起こす能力であり、ジョルノと出会った彼は飛躍してその能力の幅が非常に大きくなった。彼の能力の範囲は彼の帰属意識に依存しており、パッショーネに所属してイタリアに骨を埋める意思のある今、彼のスタンドの効果範囲はイタリアのミラノ周辺である。ちなみに、作中に出る初老の男性はヴェルサスに依頼されて言動を録音した。初老の男性は「ワシ、そんなことを言うの?大丈夫?付け狙われたりしない?」と言ったとか。ボロボロになった邸宅は、ロシア側がミハイルにかけた懸賞金で補修された。




良いお年を。
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「アハハハハッ!始まり、始まりぃー♪パンフレット買った?ポップコーン持った?早くしないと世紀の戦いを見逃しちゃうよ?」▼ Fakeのあのキャラに転生したオリ主が、スバル君の奮闘を眺めてケラケラ笑いながら観賞をする話。▼「……あれれー?もしかして、このスバル君。放っておいたら正史から簡単に外れちゃうぅ?」


総合評価:4687/評価:8.79/連載:3話/更新日時:2026年05月07日(木) 18:00 小説情報


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