噛ませ犬のクラフトワーク 作:刺身798円
サーレーはその日、ミラノのスポーツバーでボンヤリとテレビを眺めていた。
気の抜けたというか何というか……。周囲にいる人間たちも彼と同様に、唖然としたような微妙に誇らしいというような、複雑な表情をしている。
今日は、イタリアのセリエAで年間を通した戦いの勝者が決定した日だった。
残念ながら、それはサーレーの応援していたミラノクラブチームではない。
「いいとこまでは行ったんだけどな。惜しかったな。」
となりのズッケェロがサーレーを慰める。
ズッケェロの応援していたチームは、サーレーのチームより一つだけ順位が下で、先々週にはすでに優勝の目が潰えていた。
ミラノの両方のチームとも順位自体は悪くない。むしろ上々だと言える。サポーターたちがクラブチームに望んでいたノルマとも言える順位よりも上だ。
しかし、サーレーの応援していたチームは最後までセリエAの優勝戦線にもつれ込んでいたので、残念感もひとしおだ。来年は胸にスクデットを増やしたチームを応援できるかもしれないと期待していたのだが。
スクデットとは、セリエAのその年の優勝チームに与えられる盾の形をした栄誉のワッペンのことである。
テレビの試合ではミラノクラブチームが対戦相手に勝利しているが、ラジオで聞いた結果優勝の最前線を走っていたチームも勝利を収めていたので残念ながらもう優勝の可能性はない。もしも相手が今節引き分けもしくは敗北だったら、決着は最終節である次節までもつれ込んでいた。優勝チームの地元では今頃祝杯が挙げられていることだろう。うらやましいことだ。
しかし、期待以上の活躍をしてくれた選手たちに拍手を送りたい。これから彼らはしばしの休暇に入って、他のチームに移籍したり来年も同じチームで戦ったりする。戦いはいつまでも終わらないのだ。
「ミラノクラブチームの9番、移籍の噂がありますね。マドリードのクラブチームに行くんじゃないかって言われてるけど実際はどうなんすかねー?」
ドナテロがサラミの乗ったピッツァを食べながら、サーレーに問いかけた。
最近はドナテロも慣れて来て、口調が馴れ馴れしくなって来ている。
「うーん、あの9番を手放したら来年のミラノクラブチームは厳しくなるんじゃないのか?」
選手は役割によって番号で呼ばれる場合も多い。
9番とは主にチームの点取り屋のことで、9番の優秀さは試合の結果とダイレクトに結びつく。
サーレーの応援するミラノクラブチームの9番は、世界的に評価が高い。選手側の意向もあるが、ミラノクラブチームが簡単に手放すとも考えづらい。
有力なフットボールクラブチームには新聞社などがついていて、専門の雑誌や新聞などを刊行する。
彼らは自分たちのクラブチームの後押しをするために、うまく情報を操作しようと画策している。
「噂の出元はたぶんマドリードクラブチームの飛ばし記事じゃないか?ミラノクラブチームは経営に困ってなさそうだし、アイツを手放したらサポーターからバッシングをされるだろ?」
サーレーは考えた末にドナテロに返答した。
「でも選手はマドリードに行きたがってるって噂もあるっすよ。」
「マドリード側の策略じゃないか?まあなんとも言えないが……。」
「移籍はわからねえからなあ……。イタリア出身の選手だけど、名誉を求めて国外に移籍を志願する可能性も高いしなあ。」
三人は食事をつまみながら喋っている。
来年の選手の動向を予想するのもフットボールファンの楽しみの一つだ。
特に選手の移籍市場は摩訶不思議で、予想を全く裏切った動きをする場合も多い。
「移籍で言えば、ズッケェロの応援しているチームの若くして台頭してきた才能ある選手の動向の方が注目されてるんじゃないか?」
サーレーはズッケェロに話を振った。
ズッケェロのチームで注目されている若い選手は、10番と呼ばれるエースナンバーを背負った、チームの攻撃の中心を担う選手である。
点取り屋の9番とエースの10番は、優秀な選手同士が揃うとしばしば強力な攻撃力を発揮する。
「向こう10年くらい活躍してくれそうな選手をそうやすやすと売るわけがねえだろうが!」
「まあなー。若いし当分は活躍してくれそうな選手だしな。」
「今売ったら5000万ユーロくらいにはなりそうっすよ。イングランドのチームが興味あるって話を聞きますけど?」
「それでも売らねーよ!あのオーナー、そんな馬鹿げたことしねえよな?」
ズッケェロは心配そうな顔をした。実際のところは、なんとも言えない。
選手に才能があっても伸び悩んだり、怪我に悩まされたりする場合も多い。同じチームに長く所属することで仲間との連携を深める選手もいるが、マンネリでモチベーションを落とす選手も存在する。選手の変化がないと、対戦するチームも対応がしやすい。
選手を育てて高い値段がついているうちに売るという、育成とそれに付随する利益を目的にするクラブチームも結構存在する。
移籍市場とはわからないものだ。
「それにしてもお前馴染むの早いな。アメリカでもフットボールは盛んだったのか?」
サーレーがドナテロに話を振った。
「アメリカではフットボールは主にアメフトのことを指しますよ。でもメジャーリーグサッカーと呼ばれるリーグが発足されて、少しずつヨーロッパのフットボールの人気も高まってますよ。」
「ふーん、そうなのか。じゃあこの先パッショーネは、アメリカの組織とも手を組んでいく可能性があるってことか。」
三人がスポーツバーで話し込んでいると、サーレーの携帯電話が鳴った。
「すまねえ、電話だ。上からのようだ。ちょっと出てくる。」
「オウ。」
サーレーは若干騒がしい店内を出て、電話を取った。
「どうしたんだ?」
『ああ、サーレー、君に用事があってね。電話をかけさせてもらったよ。』
「ボ、ボスッッ!すみません!」
サーレーは慌てて電話の番号を確認した。
シーラ・Eからの番号のはずなのだが、電話口からはボスの声がする。ひどいサプライズだ。
『済まないな。ぼくの番号は知らないだろうから、たまたま近くにいたシーラ・Eの携帯を借りさせてもらったんだよ。今近くに誰かいるかい?』
「い、いえっ。俺一人です。」
『そうか、ならばそちらの方が都合がいい。明日一人でネアポリスまで来て欲しいんだ。簡単に旅行用荷物の用意をしておいて欲しい。重要な任務を言い渡す。それとこれは可能であればズッケェロにも内密にしておいて欲しい。』
「わかりました。早朝の列車で向かいます。」
それだけ告げると電話は切れた。
サーレーは店内へと戻り、ズッケェロとドナテロがいる席へと着いた。
「済まん。今日は俺はここまでだ。明日ちょっと急用が入っちまった。悪いが先に上がらせてもらう。」
サーレーはポケットから飲み食いした分の紙幣を取り出してテーブルに置いた。
「うん?どうしたんだ?珍しいな?」
「ああ、気にするな。野暮用だよ。ちょっと朝が早いから早めに寝ようかってだけだ。」
サーレーはそれだけ告げると席を立った。
去っていくサーレーの後ろ姿をズッケェロが訝しげに見つめている。
「どうしたんすか?」
「いやまあちょっと、な。」
若干おかしな反応をしているズッケェロにドナテロが声をかけた。
「まあ、気にすんな。それよりサーレーのヤロウが帰っちまったんなら、俺たちもあまり長居しても仕方ねえ。テキトーなところで切り上げて帰るぞ。」
ズッケェロはそう言うと、テーブルの上にある食事を胃袋に片付け始めた。
◼️◼️◼️
次の日の早朝のミラノ、ネアポリス間の直行便で、サーレーは自分の荷物の点検を行っていた。
わざわざサーレー一人を指名して、ボスが内密に呼び出すほどの任務である。何を言い渡されるかわからない。
サーレーは準備を念入りに行っていた。
ーータオルよし、着替えよし、何を任されるにせよ旅費はパッショーネから支給されると信じよう。さてとあとは……。
サーレーは自分の荷物を開いて持ってきたものの確認を行っている。
ーー歯ブラシもあるし、洗顔料もある。キチンと折り畳んだペラペラのズッケェロも入ってるし、念のための救急箱も持ち合わせている……ん?
……今、あからさまにへんなものが混じっていた。ペラペラのズッケェロ?
「よ、よぉ。相棒。」
「ズッケェロ!!テメッッ!」
サーレーは思わず大声を上げてしまった。
「テメエ、なんでついてきやがった!!!」
「あー、昨日お前がさっさと帰ったろ?そうなったらまあほぼパッショーネの任務だわな。俺にさえ詳細を話さないんだから、なんかそーとーやばい任務なんだろうなって思って。」
「テメッッ、それがわかってんならなんで……!!!」
「まあそう言うなよ。俺たちはずっと相棒としてやって来ただろう?本来チームに任せられるべき任務を個人に任せてるんだから、ボスに上申くらいは許されてしかるべきだろう?」
「……俺が暗殺チームのリーダーとして上に怒られるんだぞ?」
「そう言うなよ。叱られるってことは生きてるってことだ。何をするにも生きてこそってのは、俺たちが
あの時とは、もちろん麻薬チームとの戦いで一方的に虐殺されかけたことである。
暗殺チームの哲学としては若干おかしな気もするが。
「……まあそうだが。」
「秘匿案件は暗殺チーム共有の秘匿案件だ。個人の秘匿案件にはさせねえ。俺たちはずっと相棒として戦って来ただろう?俺のためにボスに怒られるくらいは納得しなよ。」
「チッ。」
癪ではあるが完全にズッケェロに言い負かされてしまった。ドナテロはまだ見習いだから暗殺チームの人員に含まない。
仕方あるまい。ボスにはサーレーがコメツキバッタのように頭を下げまくる他はないだろう。
◼️◼️◼️
「サーレー、君はズバリ、調子に乗っているなッッ!!!」
ネアポリスの静かな図書館に、ジョルノ・ジョバァーナの厳かな声がこだました。
調子に乗っている……覚えはない。ないが、どうやらボスの不興をかってしまったようだ。
ズッケェロを連れて来てしまったのがまずかったのかもしれない。とりあえず首が飛ばないように謝る他はない。
「す、すみません。ボスッッ!ズッケェロのやつが勝手に俺の荷物に紛れ込んでしまいまして……。」
「君は、ミラノクラブチームがネアポリスクラブチームより実力が上だとか、ネアポリスクラブチームはミラノクラブチームに勝てないだとか、調子に乗っているだろう!!今年はたまたまミラノクラブチームの後塵を拝しただけで、ネアポリスクラブチームの方が実力は上だッッ!!!ネアポリスクラブチームこそ至高だッッッ!!!!」
?ネアポリスクラブチーム?何を言ってるんだ?
まさかこんなことを言うためにわざわざ4時間半もかけてミラノからネアポリスまで呼び出されたのだろうか?サーレーは首を傾げた。
「何を言ってるんですか?ジョジョ。」
ムーロロが口を挟んだ。彼はジョルノの背後に控えている。
どうやら本題が始まるようだ。
「至高はッッ。ズバリローマクラブチームだッッッ!あの時に俺が感じた熱は本物だったッッッ!!!ジョジョ、いくらアンタだろうとそこは譲れないッッッ!!!サーレー、お前は以前はローマに住んでいたはずだっっ!!なぜローマクラブチームを応援しないッッッ!!」
「ム、ムーロロ!!!」
唐突に離反を起こした腹心の配下に、ジョルノは慄然とした。
……もう帰ってもいいだろうか?
「ああ、済まない、サーレー。君の緊張を紛らわそうとしただけのただの冗談だ。実は今回は本当にやばい案件なんだ。……ズッケェロを連れて来てしまったのか。」
「済みません、ボス。コイツ言っても聞かなくて。」
「まあいい。ならば一緒に説明を行おう。そのかわりほかの人間には一切、話を漏らしてはいけない。」
「……ジョジョ、俺は本気でローマクラブチームを至高だと思ってますぜ。」
「ムーロロ、話が進まないだろう。」
「すいやせん。」
ムーロロが奥へといって、しばらくして戻って来た。
手には一匹の亀を持っている。なぜ図書館に生き物を持ち込んでいるのだろうか?
「話はこの中で行う。」
ジョルノはそう告げると亀の上に右手を置いた。
ジョルノは亀の中に吸い込まれるように消えていった。
「な、何が!?」
「気にすんな。危険はねえ。ジョジョの真似をしろ。」
サーレーが亀に指を置くと、中へとめり込んでいく。
サーレーも亀の中に吸い込まれていった。
「オイ、大丈夫なのか?」
「いいからヤレッッ!!!」
続いてズッケェロ、ムーロロと亀に吸い込まれていく。
亀の内部は快適な個室のようになっていた。
個室のソファーにはサーレーの知らないひとりの男が腰掛けていた。
◼️◼️◼️
「紹介しよう。ポルナレフさんだ。本名はジャン・ピエール・ポルナレフ。フランス人だ。」
「ポルナレフだ。よろしくな。」
ジョルノがサーレーたちに目の前の人物を紹介する。
サーレーはまず彼のその髪型に目がいった。スゴい。派手に逆立てている。重力に真っ向から喧嘩を売りにいっている。その髪の屹立する様はまるで、神々に逆らう
彼のステキな髪型の前にはサーレーのしょっぱい髪型の個性などあってないようなものである。
まあそれはいいのだが……。
サーレーには他にもどうにも気になることがあった。
ーーなんかポルナレフさんとやら、体が透けてないか?気持ち存在感が薄い気がする……。
なんか薄くない?
亀の中に住むポルナレフさんに出会った誰もが一度は感じる疑問である。
「ボス、ポルナレフさんの体、透けてませんか?」
ズッケェロを連れてきて良かった。
ズッケェロはストレートにサーレーが感じた疑問をボスに問いかけてくれた。
「ああ、説明が面倒だから省いてたけど、ポルナレフさんは幽霊なんだ。」
「「幽霊ッッ??」」
サーレーとズッケェロの疑問の声が重なった。
「まあそれはいいだろう?それよりも任務の話をしたい。」
「……かしこまりました。」
気にはなるがこれ以上突っ込んでも仕方ない。ズッケェロも今度は黙ったままだ。
「それではポルナレフさん、話を。彼が今回派遣を考えている人物です。」
「ああ。わかった。何から話したものか……。」
ポルナレフは頭の中で概要をまとめた。
「……事の発端はつい先日、承太郎が俺の下を訪れた事だった。承太郎というのは俺の昔馴染みだ。スタンド使いでスピードワゴン財団に海洋学者として所属している。」
ポルナレフはゆっくりと話し始めた。
「……そいつが俺に質問をした。ディオ関連の人物で、空間をえぐり取るような攻撃をするスタンド使いの話が詳しく聞きたい、と。」
空間をえぐり取る、ボスが結構ヤバイというのはそのあたりの話なのだろう。サーレーは予想した。
「俺には昔、かけがえのない仲間たちがいた。空条承太郎もその一人だ。俺たちはディオ・ブランドーと呼ばれる危険なスタンド使いと雌雄を決するために旅をしていた。旅は戦いの連続だったが、比較的順調で、俺たちはやがてディオの下にたどり着いた。」
ポルナレフはそこでひどく悲しそうな顔をした。
「あっという間だったよ。俺の仲間のモハメド・アブドゥルという男が死亡した。続いてイギーもやられた。俺たちはそいつに三人がかりで立ち向かったんだが、生き残ったのは俺ひとりだった。それまでは誰一人として仲間が欠けなかったのに、だ。」
「それが……?」
「ああ。その時に戦った相手が空間をえぐり取る恐ろしい能力を持った男だった。しかしそいつは間違いなく死んだはずだ。不審に思った俺は、パッショーネの情報部に頼んで調べてもらうことにした。」
「そこからは俺が続けましょう。」
ムーロロがポルナレフの話の後を継いだ。
「俺がスピードワゴン財団の動向を探った結果、今月の頭に4人組みのスピードワゴン財団所属のスタンド使いの調査隊が失踪していることが明らかになった。彼らはエジプトに赴き、なんらかの調査を行なっていた。さらに調べた結果、エジプトのカイロの一部の地域で行方不明者が多数出ていて、秘密裏に戒厳令も敷かれている。付近の建物にはえぐられた跡が残っていて、その中心にはディオの館と呼ばれる建物が存在した。」
だいたい話の概要が見えてきた。
ジョルノがサーレーに告げた。
「空条承太郎氏は一人でカイロの異変調査を行おうとしている。だが、ハッキリ言って非常に危険だ。」
「承太郎は無敵と言えるほど強えが、相手が万が一俺たちが戦ったあの危険な男だと考えたら、、、。」
ポルナレフは苦しそうな表情をした。
空条承太郎には東方仗助や広瀬康一、虹村億泰と言った非常に信頼できる友人が存在するが、今回の件は危険度が非常に高くもともと彼らとは一切関係のない案件だ。空条承太郎は彼らは巻き込めないと考えていた。
「だからサーレー、君がパッショーネの人間として空条承太郎氏のフォローを行って欲しい。パッショーネはスピードワゴン財団とポルナレフさんに友情と恩義を感じている。……しかしハッキリ言ってしまえば今回は命の保証は出来かねる。行ってくれるかい?」
「……ボス、違うでしょう?」
サーレーは静かに、だがハッキリとジョルノに指摘した。
「何?」
「あなたは俺に行ってくれるかい?とお願いをするのではなく、行け!と命令する立場だ。俺はあなたの組織のために命がけで尽くす契約だ。そうでしょう?」
「……その通りだ、サーレー。君が正しい。サーレー、行くんだ。」
「ボス、俺は?」
今まで黙っていたズッケェロが口を挟んだ。
「君は悪いが留守番だ。」
「そんな……俺も……。」
「ぼくは君と戦ったことがあるから言わせてもらう。君の能力は非常にトリッキーで強力だが、初見殺しの上にあくまでも真価を発揮するのは対人戦限定だ。使い道が限定されていて、応用力が高いとは言えない。何があるかわからない今回は、様々なことに対応力のあるクラフト・ワーク一人に任せたい。」
「俺はずっと相棒と戦ってきた……ずっと一緒だったんだ……。」
「君の気持ちは理解できるが、残念だがそれは認められない。サーレーに何かあった時は、君が新たに暗殺チームのリーダーになるのだから。」
「そんな……。」
「大丈夫だ、ズッケェロ。大丈夫だ。」
ムーロロが咳払いをした。
「さて、これから詳細を詰めていく。ズッケェロ、お前はもう帰れ。サーレーの相棒であるお前にはせめてもの誠意として任務の内容を聞かせただろう?本来であれば、これは極秘事項だ。サーレー、いいか?」
「ええ。」
ズッケェロは肩を落とした。しかし彼に任されることは何もない。
ムーロロが話を続ける。
「俺たちは粘り強くスピードワゴン財団に交渉してなんとか人員を送ることを認めさせることに成功した。いくら空条承太郎であっても一人では危険だと。出発は明日になる。敵がポルナレフさんの想像通りならば、敵の能力は口の中に暗黒空間を作り出して、そこに潜んだまま不可視のまま周囲をえぐり取る能力だ。これほど恐ろしい能力はそうそうねえ。考えてみろ。目に見えない削岩機が命を削ろうとどこかから襲ってくるんだ。」
「そんな相手にどうやって勝てと……!」
ズッケェロが叫んだ。
「……そいつだって完全無欠ってわけじゃあ、ねえ。暗黒空間に潜んでいる間は周囲の確認ができねえはずだ。そいつが顔を出した瞬間が攻撃するチャンスだ。」
「実際に戦った俺からも多少補足させてもらう。」
ポルナレフが会話に割って入る。
「そいつは吸血鬼だった。そいつがもしも以前のままなら日光に弱いはずだ。あとは……そいつはスタンドだけでなく本体もやばい。ディオという男を盲信していて、何をするかわからない危険人物だ。……初見の人間に大切な友人のスタンド能力を勝手に教えるわけにはいかない。だが、助言はできる。チャンスがあれば承太郎を全力でフォローしろ。承太郎のスタンドはまさしく最強と呼ぶにふさわしい。本気でスタンドを運用すれば、どんな相手でも瞬きの間に塵にすることができる。……本来であれば俺が出向くのがスジなのだが……。こんな体だ……。」
「お任せ下さい。ボスと以前交わした契約の下、パッショーネとしてしっかりと仕事を果たしてきます。」
サーレーはその場で宣告した。
◼️◼️◼️
今日はネアポリスにあるホテルに泊まることになった。かなりいいホテルだ。
さすがにボスの勅命ともなると、ボスのメンツのために高待遇が用意されるらしい。
ズッケェロはもう帰った。荷物にこっそりと潜んでいないかの確認も済んでいる。
ネアポリスの夜、さてどう過ごそうか?明日は相当ヤバイ任務を受け持つことになりそうだ。
サーレーは人々の住む建物の灯りを見上げた。暖かな建物の光の中では、きっと人々が穏やかな生活を過ごしているのだろう。
「羨ましいわね。特級極秘任務を任されるなんて。」
「お前、いつの間に?」
サーレーのそばにはシーラ・Eがいつのまにか立っていた。
街灯の明かりの下で、二人は向き合った。
「アンタはきっと知らないんでしょうね。アンタが任されたのはパッショーネの特級極秘任務。〝可及的速やかに解決の必要があり、かつ対外的内外的を問わずその一切を秘匿される事態〟。親衛隊の私にさえ、その内容は知らされないわ。以前の麻薬チーム撲滅と同等級の任務。ボスのジョルノ様がその実力を信頼された人物にしか任されない。麻薬チーム撲滅の時のリーダーは私じゃあない。実はカンノーロ・ムーロロだった。」
麻薬チームの壊滅の裏で、ムーロロは石仮面の破壊という重要な密命を帯びていた。日頃のジョルノのムーロロの重用っぷりから、シーラ・Eは何らかの密命がムーロロに秘密裏に下されていたことを薄々感じ取っている。
今回の件に関しては、ディオという男はボスのジョルノの出自と密接に関わっている。
ジョルノが無慈悲な吸血鬼の息子だと知られるわけにはいかない。それが知られる事はパッショーネという組織の屋台骨をぐらつかせかねない事態だ。当然石仮面の破壊と同等の最上級の秘匿事項である。
「……命の危険がある任務だと聞いている。」
「アンタはジョルノ様にその実力を買われているわ。前回のテロリスト殲滅だって、実はパッショーネの上級極秘任務にあたる。〝可及的速やかに解決の必要があり、かつ内部の一部の人間を除き秘匿がなされる事態〟。おそらく今後暗殺チームに任される任務は、結構そういうのが増えるのでしょうね。」
シーラ・Eは羨ましそうな、寂しそうな顔をした。
「何もない平穏な人生が一番だ。人殺しなんざ、ロクデナシにも劣る。」
サーレーは理想だけでは生きていけないという言葉を飲み込んだ。本来ならば、暗殺チームなんか存在しない方が好ましい。
「そうなのかもしれないわね。任務頑張んなさい。」
サーレーは用意された寝室で、夢を見る。
◼️◼️◼️
「ポルナレフ、俺はたしかにお前に友情を感じちゃあいるが、コイツで本当に大丈夫なのか?」
空条承太郎はサーレーを睨んだ。サーレーは強い圧迫感を感じた。
空条承太郎は日本人にしては身長が高く、非常に体格がいい。
学者と言われるよりも軍人と言われた方がしっくりくる。
「ジョルノの人を見る目はたしかだ。コイツが適任だっていうんなら、コイツ以上の適任はパッショーネにいないんだろうよ。」
ポルナレフは承太郎にそう答えた。
ジョジョと読んだら、ジョルノと空条承太郎が被ってしまう。
「そうか。お前、名前は?」
「サーレーと言います。」
「俺は空条承太郎だ。はっきりと言っておくが、今回の任務は命の危険がある可能性が高い。一応はポルナレフの顔を立ててみせたが、足を引っ張る人間を連れて行くわけにはいかねえ。降りるんならさっさと降りろ。」
「いえ、お断りします。俺はボスの指示でアンタのフォローを言いつけられている。アンタだけを死なせたりしたら、俺はボスに顔向けができない。」
「フン、いっちょまえに吠えるじゃねえか。その威勢が嘘じゃなきゃあいいけどな。」
会話はイタリア語で行われている。空条承太郎は、語学も堪能だ。
「先に言っておきます。俺のスタンドは〝固定〟する能力だ。固定する対象は融通が利き、結構色々な使い方が可能だ。」
「フン。それがどうした?お前が能力を明かしたからといって、俺がお前を信用するとは限らない。」
「知ってますよ。ただ、俺のクラフト・ワークは他人に能力が割れたところで応用が利くためにさほど痛手ではない。アンタが上司で俺はアンタの指示を聞きながらの戦いになる。アンタは最低限俺の能力を知ってた方が、戦いやすいでしょう。」
「……さっさと向かうぞ。」
今現在のエジプトはスピードワゴン財団とパッショーネの圧力により、外国人の入国を受け入れていない。必然的にエジプト行きの便は全て一時停止されている。
二人はスピードワゴン財団所持のプライベートジェットでエジプトへとフライトした。
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昼日中のエジプトはかなり暑い。イタリアと比べることの出来ないくらいに。
サーレーはイタリアの気候に慣れているために、はやくもへばり気味だ。
「やれやれだぜ。」
そんな情けないサーレーを横目に、承太郎はため息をついた。
カイロの昼日中は一見、いつもと変わりないように思える。異変が起こるのはいつも夜だ。
しかし、わざわざ夜に調査を行う必要はない。異変が起こるのが夜だとしても、先に昼中に館の調査を行う意義は存在する。
「ここっすね。」
「ああ。」
カイロを進むと立ち入り禁止テープが貼られている一角が存在した。その先を進むとディオの館へとたどり着く。
その一角は不自然に静かで、不気味な雰囲気を醸している。周囲の建物にはたしかに、何かに抉られたような無惨な跡が残されていた。
「進むぜ。」
「ええ。」
承太郎とサーレー、二人は進んでいきやがて、ディオの館と呼ばれる建物へとたどり着いた。
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本体
ヴァニラ・アイス
スタンド
クリーム
概要
ディオの腹心中の腹心。ジョジョ三部に出てきたキャラクター。ディオが非常に高い信頼を置いていた。スタンドのクリームは暗黒空間を口の中に展開し、そこに触れたものはその一切が崩壊する。スタンドが口の中に裏返ることで、周囲に暗黒球体とでも呼ぶべき空間を展開して無敵状態となる。ただし外の様子は伺えない。
ポルナレフに敗北して死んだはずなのだが……?