噛ませ犬のクラフトワーク   作:刺身798円

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亜空の狂気

「今回の相手は、恐らくは尋常ではない。できることなら、ぼくたちもサーレーをフォローしたかったが……。」

 

ジョルノ・ジョバァーナがポツリとつぶやいた。

静かなネアポリスの図書館だ。

 

「信じて待つしかないでしょう。俺のウォッチタワーも、アンタのエクスペリエンスも、さすがにエジプトまではカバーしきれねえ。」

 

カンノーロ・ムーロロが答えた。

ムーロロのウォッチタワーは恐ろしく射程距離が長いが、それでもイタリア国内が限界だ。

ジョルノがムーロロをサーレーの補佐としてエジプトに送らないのにはワケがあった。ムーロロのウォッチタワーは、こと情報収集において凶暴な有能さを発揮する。彼をうまく扱うことは、組織を盤石に運営する肝だと言っていい。

 

「ここ最近、イタリアの国内に不吉な風を感じる……。今はムーロロ、君であっても、ミスタやぼくも動けない……。シーラ・Eは残念ながら絶対的に信頼を置けるまでには成長していない……。ほかの人員を送っても、彼らの足を引っ張るだけに終わる可能性が高い。サーレー、残念ながら今回は君が一人でなんとかするしかないんだ……。」

 

ここ最近でパッショーネが対応したスタンド使いたちの出所がわからない。それがここ最近で起きた事件の裏側を精査したパッショーネの見解だった。

パッショーネという強大な組織が力を入れて調査を行ったにも関わらず、結果としてのこれは異常だ。なんらかの意図が裏で動いている可能性が高い。それが判明しない限りは彼らはやすやすとイタリアを離れられない。彼らが散開すれば、敵はその隙を付け狙う可能性がある。

 

ジョルノ・ジョバァーナはネアポリスの図書館で執行人の幸運を祈った。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

「これ……絶対やばいやつですね。」

「……ああ。」

 

空条承太郎とサーレーは、ディオの館の扉を開けて慎重に館内を進んでいる。扉は重厚な造りで、細やかな装飾が施されている。値段がとても高そうだ。サーレーはこんな時にさえも貧乏性だった。

館の中は明らかに日中にしては薄暗く、外気温と比べて圧倒的に寒い。中は外の世界から隔絶されていた。

 

「……承太郎さん。恐らくはこの館、スタンドです。」

 

サーレーは壁に寄り添って慎重に屋敷を進んでいる。

壁には模様が彫られ、時折誰が火を点けたのか理解できない蝋燭も存在する。灯りが灯してあるにも関わらず、炎は不自然な暗色だ。ここまでわかりやすいのもそうそうない。

 

「……根拠は?」

 

サーレーに聞き返しはしたものの、承太郎も恐らくは間違いないだろうと予想していた。

それでも情報を共有することは大切だ。スタンド使い同士の戦いでは、しばしば得た情報が勝敗の鍵を握る。承太郎が気付いていないことにサーレーは気付いていて、それが何かの足がかりになることも可能性としてはありえる。

 

承太郎が館に最初に感じた違和感は、外装が綺麗すぎる。

周囲の建物がことごとく得体の知れない何かにくり抜かれているにも関わらず、この建物のみ外観に傷一つない。

加えて言うと、内部の気温や内装に対しての照度も異常である。

 

「さっき館の中で、何かに使えるかと思って内装をちょっと破壊してみました。そしたら、破砕した破片が勝手にもとの場所にはまって館の修繕を行なっていました。間違いありません。」

「なるほどな。まあ間違いねえだろうな。今のところ館そのものが俺たちに攻撃を加えてきそうな気配はないが……。」

 

承太郎は薄暗い廊下の先を見た。

まだ先は長く、階層もいくつも存在する。それでも進む速度を上げられない。サーレーも同様だ。

ここまでほとんど距離を歩いていないが、可能な限り警戒して進まないとヤバイと二人の本能が喚き散らしているのだ。

 

館は進むにつれて、寒く、暗くなっていく。悪寒も強くなっていく。

 

「……承太郎さん。ポルナレフさんから聞かされた相手の弱点は日光だということですが、、、。」

「……なるほどな。だからこの屋敷はこの暗さと、勝手に自動修復する能力を持ち合わせていると言いたいわけか。」

「符号が一致しますね。この屋敷は、恐らくはその日光に弱い邪悪な存在を守護するためのスタンドということでしょうか。」

「……さっさと本体を仕留める、と言いたいところだが……。」

「まず隠れているでしょうね。」

 

二人がそうこう話しているうちに、やがて分岐点がやってきた。

上階に登る階段と降る階段が存在した。そこは階段のある、ひらけた場所だった。大広間とでも呼ぼうか。

サーレーは上階を仰いだ。

 

「……わかりやすいですね。これは助かりますね。」

「やれやれだぜ。」

【オオオオヲヲヲヲォォォォォォォンンン。】

 

上階層に向かうにつれて、得体の知れない音が聞こえてきた。

啼き声がする。寒気のする啼き声だ。静かな館に魂を凍らせる絶望の啼き声が響いている。

どうやら上が当たりらしい。

 

「どうしますか。」

「待て!!」

 

承太郎がサーレーの前方に手を伸ばして制止した。

 

【ディ、ディオサアアアアアア、イイイイズコニオアエエエエウオアアアアアアアアアアッッッッッ!!!】

「近付いて来てるぞ!」

「……どうしますか?一旦館を退散しますか?」

 

不気味な啼き声がどんどん近付いてくる。そして、その啼き声は唐突に消滅した。

危機感を感じたサーレーが承太郎に指示を仰いだ。

 

「いや、奴は暗黒空間に隠れている間は姿が見えないらしい。ここで一目散に背を向けて逃げちまったら、背後から追って来た不可視の死が俺たちの命をこそいでいくかも知れねえ。スピードワゴン財団のスタンド使いも複数人、やられちまっている。そこそこ手練れだったはずだ。そいつらがなんら手がかりを残せずに、な。」

「……まずは相手の確認をするということですね。……来ます!!」

 

ガオン、ガオン、ガオンと館の中を凄まじい音が幾度も鳴った。響くその音だけで敵のヤバさがうかがえる。

承太郎とサーレーは上階の挙動を集中して凝視している。

その直後、二人のいる大広間の天井の一部が消滅した。

 

「引くぞッッ!近くの部屋に一時待機する!」

「はいッッ!」

 

二人は致命の一撃を警戒して現在地から一時退避を行い、直後に二人のいた地点の大広間の床がこそがれた。

得体の知れない敵は、なおも止まらずにあたりの壁や床を手当たり次第に抉り取った。

 

「チッ、俺たちが侵入したのに気付いたらしいな。」

「厄介ですね。ポルナレフさんの話と総合すると、あの状態になっている敵は逃げる他に打つ手はなさそうです。」

 

承太郎とサーレーはえぐられる床や壁から敵の位置を推測する他はない。

えぐられた床は、恐るべきことにどんどん修復されていく。この館は、完全に目の前で飛び回る不可視のタチの悪いスタンドのために存在するスタンドだ。

二人が部屋に隠れて待機して様子を伺っていると、やがて敵の攻撃は止んだ。

 

【ヲエエエエエエディオサアア、イズコニ、イズコオアアアア。】

 

敵は啼きながら意味のわからない言葉を発している。気持ちが悪くなる啼き声だ。二人は隠れている部屋から少しだけ顔を出してその姿を確認した。どう見てもスタンドだ。本体は見当たらない。

 

「承太郎さん、奴のスタンドパワーは異常です。あれだけのパワーを持つ敵だったら、絶対に近くに本体が存在しないとおかしい!」

「一理あるが、そもそも奴の本体は死亡しているはずだ。ポルナレフの奴が間違えたり嘘をついてる可能性は考えづらい。なんらかのおかしな力が働いている事を想定したほうがいい。最悪、本体は存在しない事を想定しておけ。」

「アレを仕留めるのか……厄介極まりないッッ!!!」

 

筋骨隆々で体躯が大きい割には、非常に血色が悪い。本来なら眼球があるべき眼窩は窪んでおり、奈落を連想させた。眼窩から血のような赤い液体を垂れ流しにしている。口は歯茎がゾンビのように露出しており、唇は存在しない。頭部に二本のツノが生えていて、それらは傷だらけだった。それは、可視できるほどに強力なスタンドパワーを内包している。

それは、クリームと呼ばれるスタンドだった。

 

【イ、イキエル、イキエルモオオオオオ!!!コオシテヤウウウウウ!!】

「ヤバイ!気付かれた!」

「チッ!」

 

敵の存在しない眼球が二人を射抜いた。サーレーはそれだけで臓腑の奥まで氷を突っ込まれるような寒気を覚えた。

今のクリームは視覚が存在せず、生命力を探知して手当たり次第に相手を襲っている。クリームは見えざる暗黒球に形態を変化させた。あたりをこそぐ前兆である。

二人の背筋を悪寒がつたい、敵に気付かれたと判断した二人は、さらなる移動を判断した。

 

「アレは非常に厄介だ。少なくとも狭い部屋じゃあ、戦いにならねえ。チッ。」

「承太郎さん、今奴のいる階段前の大広間に戻りましょう!」

「……とりあえずはそれしかなさそうだな。やれやれだぜ。」

 

二人は階段のある大広間に戻った。クリームは二人が部屋を出たのと入れ替わりに暗黒球として最短距離で壁を抜いて突貫した。しかし二人はすでにそこの部屋にはいない。階段のある大広間であれば、こそがれる壁や床を見ることで相手の移動の軌跡を距離をもって判断することができる。

しかし承太郎には、一縷の懸念があった。

 

ガオンという音がして、再び壁がくり抜かれる。抜かれた壁は瞬く間に再生していく。

クリームは一旦暗黒空間を解除して、二人の生命反応を探知する。まだ二人とは少し距離があいている。

 

【アアイイイイイアイアイアミウエア!ミウエアオオオオ!!!】

 

クリームはなおもわけのわからない啼き声を発しながら、筋肉が付いているものの脂肪の一切ない骨張った右腕を二人の方に向けて差し出した。左手首をクルクル回し、舌のない口を開けて体液らしきものをダラダラと垂れ流しにしている。

そしてまたもや暗黒球へと形態を変えて、二人をこそごうと突貫してくる。

 

「チッ!直線的な最初の一撃は避けられるかも知んねえが、敵に不規則な動きをされたら厄介だ。攻撃が見えなくなる!敵の攻撃が必ず床や壁を巻き込むとは限らねえッッ!!」

「任せてください!ウラッッッ!」

 

サーレーはクラフト・ワークで床を砕いて、周囲に細かく砕いた瓦礫片をばら撒いた。

ばら撒かれた瓦礫片はクラフト・ワークによって、空中に〝固定〟されている。

 

「この館、修復力は異様に高いようですが、巨大なためか部分的に込められているスタンドパワーは強いとは言えません。」

 

サーレーは、敵のスタンドが館をえぐって移動しているのを見て、クラフト・ワークで瓦礫を固定することが可能ではないかと予想していた。敵がえぐった部分は、自動的に無尽蔵に修復されている。

クラフト・ワークが破壊した屋敷の床は、空中に瓦礫が浮いたまま勝手に修復されていった。

 

「承太郎さん、空中に細かい瓦礫片を置いておけば、奴が向かってくる方角がわかります。」

「……俺のスタンドはパワー型だ。スピードも自信がある。たしかに避ける事は可能だ。持久戦になりそうだが、お前は大丈夫か?」

「問題ありません。」

 

クリームの暗黒球の初撃を二人は横っ跳びに避けた。

暗黒球はそれで止まらず、弧を描き、円を描き、上下動し、不規則に周囲をえぐり取る動きをする。

床が音を立てて喪失し、天井は穴が空いて、壁は瞬く間に蜂の巣のようになっていく。そしてそれらは見る見る間に気持ち悪い速度で元どおりに戻っていった。

承太郎とサーレーは、暗い館でそれでも自分を攻撃範囲に巻き込んでいる軌道のものをうまく見極めてことごとく避けていく。

相手のスピードは決して遅くはないが、承太郎もサーレーも共にスタンドは近距離パワータイプで極めて速いスピードを持っている。

 

「コイツ……スピードは避けるのに問題ない程度ですが……この攻防一体の状態はどうにもなりませんね。」

「くっちゃべってないで仕事しろ。」

「了解。」

 

クリームが空間を通過するたびにサーレーの固定した瓦礫片が消滅していく。サーレーと空条承太郎は敵の軌道を避ける。

瓦礫が消滅するたびにサーレーは床を砕いて瓦礫片を再び空中にばら撒いている。

そして、穴の空いた床はさほど経たずに修復されていく。現状は千日手だ。サーレーのクラフト・ワークのスタンドパワーが切れたら、かなり危うい戦いになる事は想像に容易い。

しかしそれでも今はクリームが再び顔を出すまで我慢するしかない。

 

「クソ、面倒な奴だ。オイ、サーレー。テメエのその能力で壁に穴を開けてそのまま固定する事は出来んのか?」

 

承太郎はサーレーに問いかけた。

相手が日光に弱いなら、弱点を突いた攻撃をするのが手っ取り早い。

言葉足らずだが、サーレーは承太郎の言いたい事を正確に汲み取った。

 

「この館のスタンド……非常に厄介なことに外壁と内部の床や天井は異なる法則で運営されている可能性が高いです。さっき外で館の外壁にスタンドを試してみましたが、俺のクラフト・ワークのスタンドパワーを吸い取られただけでした。恐らくはあのえぐるスタンドが間違えて日中に館の外に出て消滅しないための防御柵のようなものだと思われます。」

「チッ……つくづく面倒な敵だ。」

 

二人が会話している間も戦闘は続いている。

サーレーの上方の瓦礫片が削れて、縦に弧を描いて暗黒の削岩機がサーレーの命をこそごうと獰猛に襲いかかってくる。

 

「サーレー!!!」

「大丈夫、問題はありません。」

 

サーレーは相手の円を描く動きを床を横っ跳びに蹴って避けた。

空条承太郎と合流し、二人は背中合わせで周囲を警戒する。サーレーは再び床を砕いて周囲に瓦礫片をばら撒いた。

暗黒球は空間に斜めに無限大を描いて二人の周囲を飛び交っている。二人は次々に消滅していく瓦礫片を見て軌道を予想した。

 

「チッ、我慢比べというか……ジリ貧というか……。本当に馬鹿げた相手だ。」

 

承太郎のスタープラチナも床を砕いて破片を宙にばらまいている。

宙に浮いた破片をサーレーのクラフト・ワークが固定している。

 

ようやく敵の攻撃が止んで、暗黒空間から敵のスタンドが姿を現した。

承太郎は、ずっとその時を待っていた。相手の速度が落ちた瞬間に、相手が顔を出す可能性が高いと判断して下肢に力を込めていた。

 

『オラアッッッ!!!』

 

承太郎のスタープラチナが躍動する。

スタープラチナは誰も反応できない速度でクリームに殴りかかった。

スタープラチナの拳が、敵の頭部を打ち抜いた、はずだった。

 

「なにッッ!?」

 

スタープラチナの拳は宙をかすめていく。敵の頭部に当たっているはずなのだが、クリームは煙のように揺らめいただけで攻撃が当たらない。

クリームの口もとは邪悪に歪んだ。その意図は理解できない。

しかし承太郎も、彼の攻撃を目視していたサーレーにも冷たい汗が流れた。

 

【キサアアアア、ディオサアヲイスコ、イスコヘヤッアアアア!!!カッカッカッカエセエエエエエエ!!!】

 

敵の吐く荒々しい息遣いが聞こえてきた。

理解ができない。辺りを消滅させる存在に、なぜ攻撃が当たらない?なんらかのスタンド能力の特性なのだろうか?

クリームは再び暗黒球へと形態を変化させた。

 

「チッ。オイ、サーレー。今のままじゃあ攻略法が見つからねえ。癪だが、一旦退散するぞ。コイツはそーとーやべえ。」

「了解!」

 

唯一幸運なことに、クリームは暗黒球の形態では敵の居場所を察知することができない。

承太郎とサーレーは、部屋の中で無敵状態で好き放題に暴れまわるクリームを一旦放置する事を決定した。

この敵を倒すには、ドイツ在住の知人に頭を下げるのが手っ取り早い。彼らは吸血鬼に効果がある紫外線照射装置を保管していたはずだ。

 

「廊下に出ろ!館の入り口に向かうぞ!」

「ええ!」

 

承太郎とサーレーはディオの館の一階の廊下を入り口に向かってひた走った。

遠くであのガオン、という削れる音が聞こえている間は問題ない。スタープラチナは視覚だけでなく聴覚も超人だ。

二人は入り口の大扉の前に戻った。承太郎は扉に手をかけた。

 

「クソ!やられた!」

「どうしたんですか?」

「扉が開かねえ。恐らく日中は外からは開くが、中からは開かねえようになっていやがる。食虫植物の罠みてえなもんだろう。出口のない迷宮の彷徨える怪物(ミノタウルス)だとでも言いてえのか?やはり館はアレを補助することに特化したスタンドのようだ。オラアッッッ!!!」

 

承太郎がスタープラチナを発現させて、扉を力任せに破壊しようとした、が、扉にスタンドパワーを吸い取られるだけで亀裂も入らない。

スタープラチナの拳を受けたにも関わらず軋む音一つ立てない扉に、サーレーも館のスタンドの特異性を理解した。

 

クリームがエジプトで暴れ回るのは夜間だが、館自体は実は夜間よりも昼間の方が圧倒的にヤバい。昼間は扉が外からしか開かず、退避することが不可能なのである。

 

「……やられた。俺たちは閉じ込められている。これがコイツらの戦い方だ。つくづく厄介な敵だ。俺のスタープラチナはパワーとスピードに絶対の自信を持っている。これでも開かねえんなら、開ける事は不可能だと考えた方がいい。」

「どうしますか?」

「ここじゃ狭え。とにかくもう一度さっきの広い場所に戻る以外に取れる手立てはねえ。」

 

スタープラチナの聴覚は、敵が壁をえぐり抜いてどんどん近付いて来る音を捉えている。

 

実は先に調査を行なっていたスピードワゴン財団の調査隊も、敵に対応のしようがないと判断してなんとかこの大扉の前までは戻ってきていた。そして、開かずの扉に立ち往生している間に狭い空間を凶悪に無軌道に暴れ回るクリームの暗黒球体に巻き込まれて消滅していた。

承太郎の頭を素早くいくつもの選択肢が横切った。ここでの決定が二人の先行きを大きく左右する。クリームに襲われている間は避けることに集中する必要があるため、ろくに思考できない。

 

考える時間はさほどない。二手に分かれて本体を探すか、二人であのスタンドをなんとかするかが現有の最有力選択肢だ。

どちらにもメリット、デメリットはある。しかし脱出が不可能な現状、戦力を分散させる方がより悪手に近いように思える。

敵がその全てを見せているとは限らないし、そもそも本体が存在する保証もない。バラけて各個撃破されるのも馬鹿げている。

総合的に考えて、二人まとめてやられるリスクよりも二人でフォローしあえるリターンの方が大きいと、承太郎はそう判断を下した。

 

スタープラチナは目を閉じて敵と自分の現在のおおよその距離を推し量る。

しかしなぜか、直後にスタープラチナの聴覚はクリームの壁や床をえぐる音を見失った。

 

「やべえぞッッッ!!!警戒しろッッッ!!敵の攻撃の音が聞こえねえ!新たな攻撃を繰り出してくる可能性がある!」

 

承太郎とサーレーは慎重に元来た階段前の大広間に戻ろうとする。

一切の違和感を逃さないように最大限集中して、背中あわせで廊下を静かに歩いている。

 

「承太郎さんッッッ!!!!こっちだッッッ!!!」

 

サーレーが承太郎の肩に手をかけた。サーレーの眼前の館の壁からクリームの頭部の上半分が生えている。

クリームの頭部は館の壁へと一体化して沈んでいった。

 

【オオオオオオオオオオヲヲヲヲオオオオオオンンンンッッッッッ!!!!】

 

「グッ!」

「コイツ、、、!!!」

 

直後に、館が吼えた。壁が音を立てて揺れ、天井から埃が落ちてくる。

鳴動し、共振し、振動が承太郎とサーレーの鼓膜を直撃し、承太郎はあまりの騒音に耳を押さえた。

 

「コイツッッ……!館と一体化も出来るってことか?」

 

音波を受けて承太郎の視界はぐらついている。頭が痛く、吐き気を感じる。

直後、クリームは壁からぬるりと姿を現して、暗黒球に変化した。

 

「おい、サーレーッッッ!!!」

 

サーレーは唖然とした様子で突っ立っている。承太郎の声はサーレーに届いていない。

承太郎よりもクリームに近い位置にいたサーレーは、振動が鼓膜を直撃して脳を揺らしたせいで立ちくらみを起こしている。

 

「クソッッ!!!」

 

暗黒球体の軌道は瓦礫が浮いてない今は見えない。

承太郎は意識が半分飛びかけたサーレーを掴んで勘で横っ跳びに逃げた。球体は承太郎の足を掠めていった。

承太郎のふくらはぎから出血する。

 

「すみません。」

 

サーレーは床に横っ跳びに倒された時、衝撃で意識を取り戻した。

サーレーはそっと承太郎の足に手を置いて出血しないように血小板で傷口を固定した。

 

「謝るより今はお互いやることをやるぞ!」

「はい。」

 

クリームが暗黒空間から顔だけをのぞかせる。相手の生存を確認したクリームはやはり球体に変化した。

暗黒球体は周囲をやたらめっぽうにくり抜き出した。いよいよもって相手の殺意の凶悪さがうかがえる。

 

「単純極まりないが、とにかく厄介だ。広間に逃げるぞ!走れ!」

「はい!」

 

えぐられる床と壁と天井からなんとか相手の軌道を予想して二人は狭い廊下を大広間の方へと走っていく。

今のところ暗黒球体はさすがに慣性を無視した動きなどはしていない。さすがにそれは不可能なのだろう。それを無視して速度を保ったまま直角行などをやり出したら絶望的だ。そうでなくとも現状は十分悪い。

暗黒球体はサーレーの右を掠めていった。ギリギリだったが、狭いここでは余裕がない。ここでは瓦礫片を浮かせても、早いタイミングで相手の軌道を見切ることが出来ない。さほど長時間は避け続けられない。

 

「どうしますか?もう本体をなんとか見つける以外に手立てはないんじゃあ?」

「しかし、この館は広大だ。見つけようにもまずアレがどこまでもしつこく追ってくるはずだ。狭い廊下で唐突に床や天井に穴が空く状態でいつまでも避け切れるか疑問だし、さっきの咆哮を使ってきやがったらそーとーやべえ。しかも、仮にあいつをスタンドとして使役している本体がいるのだとしたら、恐らくは俺たちの居場所も把握しているはずだ。俺たちが追っていっても逃げられるだけに終わる可能性が高い。」

「八方塞がりじゃないっすか。」

「なんとかして奴を倒す方法を見つけ出すしかねえ。さもないとこの陰気な館でお陀仏することになる。」

「……生きているうちは足掻く他はないですね。」

「違いねえ。」

 

承太郎とサーレーは今一度、階段のある大広間へと戻った。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

マリオ・ズッケェロは、家で一人で苦しんでいた。

相棒として長年ともに戦ってきたサーレーが今、死地に赴いている。にも関わらずズッケェロはなんの手助けも出来ない。任務はボスの勅命で、あのボスがヤバイと言っていたほどの相手である。サーレーが帰ってくる保証はどこにもない。

 

ズッケェロに出来ることはせいぜい、祈ることくらいだ。

 

ーークソッッ!落ち着かねえ。サーレー……。

 

ズッケェロは、膝に乗っている猫の背中を撫でながら猫用のチーズを与えた。

猫は鳴き声をあげてズッケェロに頭をすり寄せる。テレビがついているが、そんなものズッケェロの頭に一切の情報は入ってこない。

 

ーー俺も……もっと戦えるようになる必要がある。スタンドには応用力が必要だ。サーレーはクラフト・ワークの万能性をかわれて、そのせいで俺を置いて死地に送られることになった。俺は……。

 

マリオ・ズッケェロは、サーレーに置いていかれたことに忸怩たる思いを抱いていた。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

【オオアアオアアア……オオッッオンンンン!】

 

敵スタンドは相変わらず時折不気味な声で啼いている。

 

相変わらず状況は好転せず、サーレーの体をゆっくりと疲労が蝕み始めている。

階段のある大広間での長時間の一方的な防戦、サーレーの動きは精彩を欠き始めていた。

承太郎の額にも汗が玉になって浮き上がっている。

 

ーークソッッ!これは、パッショーネに特別手当をもらわねえと、割に合わねえ。

 

サーレーは虚勢をはる。

サーレーは心が折れたら、集中力が切れたら、跡形もなく消滅するのみだと理解していた。

 

「チッ、すまねえ。お前の言う通り、本体を探しに行った方が良かったのかも知れねえ。」

 

承太郎が一向に改善されない現状に、わずかな弱音を吐いた。

承太郎は背後にステップを踏んで、床下から襲い来るクリームを避けた。

下からの攻撃が一番厄介だ。進み来るわずかな振動と床がこそがれる音を頼りに避ける他に方法はない。それは気を抜いたらあっという間に二人を消失させる。いつまでも緊張感を緩められない状況は、加速度的に二人の体力と心を削っていく。

 

「焦っても承太郎さんの言った通り本体が見つかるとも思えませんよ。結果論を嘆くよりも、まだお互いに生きていることを喜びましょう。」

 

サーレーは意識して笑った。床を砕いて承太郎の周辺に瓦礫片をばら撒いて補充した。

 

「……焦りが出るとまずい状況で、お前は案外と我慢が効くんだな。」

「以前調子に乗ったせいで、マジで死にかけたんですよ。あの絶望は二度と味わいたくない。本当に怖かった。もともと小心者でしたが、それ以来さらに臆病な性格になっちまいました。」

「……臆病さと、我慢強さはまた別だ。」

 

承太郎はただのチンピラだと思っていたサーレーの我慢強さに感心していた。サーレーが本当に臆病なだけなら、パニックになってておかしくない。最悪パニックを起こすようなら見捨てることも視野に入れていただけに、これは予想外の僥倖だ。

今のこの現状、普段冷静な承太郎でさえもしびれを切らして本体を探しに向かうことが脳裏をよぎり始めていた。

 

しかし、それは賭けだ。うまくいく可能性もあるが、その実割に合うのかと聞かれると首を傾げざるを得ない。

今現在拮抗している天秤を大きく傾ける行為であるが、賭け金は二人の命になる。そして、館の住人でもない二人は館の構造など当然理解していない。承太郎が以前この館に来たのは、もう十年以上昔のことである。偶然首尾よく本体を捉えるよりも、袋小路などに追い詰められてのっぴきならない状況に追いやられる可能性の方が圧倒的に高い。そしてそもそも本体が存在する保証すらない。

 

「フン、やるじゃねえか。」

「まだ何もやっていませんよ。」

 

サーレーの冷静さに引きずられて、承太郎の思考も普段に近い状態に落ち着いた。

 

「この一歩間違えれば消滅する状況で、なおも冷静に敵を観察してどうにかする手立てを探し出せってことか。やれやれだぜ。」

「見つかるといいですね。」

「……テメエも他人事じゃあねえだろうが。」

 

承太郎とサーレーは背中を互いに預けあう。

承太郎は絶望の館で、静かに笑った。


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