噛ませ犬のクラフトワーク 作:刺身798円
クリームは、ヴァニラ・アイスという名の男のスタンドだった。
ヴァニラ・アイスはディオ・ブランドーという名の吸血鬼を盲信していて、彼のために行動することだけがヴァニラ・アイスにとっての全ての存在意義だった。ディオ自身も彼には珍しく、ヴァニラ・アイスという男を全面的に信頼して腹心として手元に置いていた。
ディオ・ブランドーはかつて、承太郎たちが旅をした目的の相手である。彼らは死闘を行い、結果として死者を出しながらも承太郎たちはなんとか勝利した。
ヴァニラ・アイスはディオの忠実な配下で、今現在彼のスタンドのクリームはディオの住んでいた館で暴れ狂っている。クリームに理性はほとんどない。
彼の主人であるディオ・ブランドーは吸血鬼で、十全に活動するために人間の血液を必要としていた。しかし、今のクリームはなぜかあたりの人間を消滅させてまわっている。
ディオのために存在したクリームの怨念は、ディオのために生きている人間を消滅させてまわっている。彼はすでに自分の主人がこの世に存在しない事を知らない。それでも彼の行動の全てはディオ・ブランドーのためにある。
本来であれば、人間を生かしたまま血液を献上するのがスジのはずであるが、妄執であるクリームには理性がほとんどなくそこまで思考が及んでいない。普段はディオが館にいないことさえ気付いていない。時折、思い出したように主人のディオを探し求めるのである。彷徨う怪物は夜のエジプトで住民を虐殺して周り、朝が近付くと本能で館へと逃げ帰るのだ。
クリームの思考は短絡されて、人間をディオに捧げる、ではなくディオのために人間を殺す、に間違ってインプットされてしまっている。クリーム自体が見境なく相手を殺すことに適したスタンドだという理由もあった。
今のクリームはただ、生きている人間を見境なく虐殺するだけの機構に成り下がってしまっている。
それはなぜなのか?彼は生きている人間に用はない。彼にとって生きている人間に価値はない。
なぜなら彼の主人のディオは吸血鬼であって、生きている人間ではないのだから。
◼️◼️◼️
戦いは佳境を迎えている。
承太郎、サーレーコンビも、クリームも、共に相手に対する決定打を欠いた状況だった。
クリームは暗黒球体で屋敷内を暴れ回り時折インターバルを挟み、承太郎とサーレー側は時折際どい攻撃を受けながらもなんとか相手を捌ききっていた。そして承太郎、サーレー側は幾度も攻撃を試みるが、やはり敵に攻撃が当たらない。それでも彼らは忍耐強く相手を探っていた。
このような過程を辿ったのも、全ては空条承太郎、サーレー共に戦闘の経験が幾度もあり、ジリ貧の現状に決して焦れることがなかったためである。
一見保守的にも思えるが、こと戦いにおいて十分な勝算がないにもかかわらず簡単に命をかける人間は、必ず早死にする。命をかけるならば、敵を打ち破る十分な勝算を見つけ出してからだ。
彼らは焦らず、我慢強く、必死に相手の攻撃を避けながら決定打になるものを探し続けていた。
クリームは一見無敵のようにも思える。しかし決してそうではない。無敵のスタンドなどこの世に存在しない。二人はそれを知っている。
その証拠に、館のスタンドという存在がクリームに対する保護とフォローを行なっている。それは少なくともクリームが日の下に出たら消滅してしまうことの極めて信頼性の高い根拠だと言えた。ならば弱点がそれだけだと決めつけるのは早計だ。まだ相手のメカニズムも判明していない。
「ハア、ゼエ……。」
「おい、そろそろへばったか?」
「ご冗談を。嘘でもなんでも動かなきゃ死んじまうでしょう?」
「まあ、その通りだ。」
相変わらず暗黒球体は、階段前の大広間を無節操に宙を乱舞している。
承太郎とサーレーは、長時間の防戦の末に無駄にクリームの攻撃をかわすのが上手くなってしまった。ほかに使い道はないのだが?
効率的に動いて体力を多く温存できれば、まだしばらくは避け切れる。少なくともサーレーのスタンドパワーが切れるまではなんとかなりそうだ。さすがに館の扉が解放されるであろう夜までは持たないが。
だが戦闘の経験が豊富な二人は、その落とし穴と真実に気付いている。
相手の攻撃を余裕を持って避け切れるということは、裏側では相手への危機感が薄れるということである。決して忘れてはいけない。一手遅れれば、彼らはこの世から跡形もなく消失するのである。危機感が薄れた状態で、相手が不意をつくようなことをしてきたら非常に危険なのである。
二人は未だ乱舞する脅威から身をかわし続けている。
背を預け、時にカバーし合い、一見、時間はさほど意味を持たずに刻一刻と過ぎていくように二人には思えた。
しかし、実はそれには意味がある。
そしてやがて、二人の忍耐が効果を発揮する。時間は無意味に過ぎていたわけではなかった。
いつまでも変わらないように思えた戦闘に唐突に変化が訪れた。クリームが焦れたのである。
いつまでも消えない生命反応に、焦れたクリームはその薄い理性でもっても禁じ手としていた手段を使うことになる。
「ハア、ハア……止まった……どうしますか?」
唐突に停止して館に立ち竦むクリームを前に、サーレーは承太郎に指示を乞う。
サーレーの顔は真っ赤になり、疲労で息はかなり上がっている。
「……まだ動くな!絶対に奴から目をそらすんじゃねえ。何が起こっても対応できるように、集中しろ!」
【オアアアア、ディ、ディ、ディ、ディオサアアアアアア!!!】
得体のしれない叫びと共に、クリームの体は館へと沈んでいく。
館と一体化したクリームのあの咆哮が来るかと二人は身構えた途端。
ガオン!
唐突にあの暗黒球体の攻撃が二人の眼前の館の床をえぐった。前兆は一切なかった。
「こ、これは……!!!」
「奴はいよいよもって切り札を切ってきたようだ!逃げるぞ!!走れええぇぇぇぇ!!!」
承太郎の判断は極めて早かった。これは間違いなく危険な攻撃が来る。
承太郎とサーレーのいる部屋の付近の壁や床、天井が次々に歯抜けになっていく。
まるで何かの噛み跡のように連鎖的に音がなり、見えざる牙が承太郎とサーレーの近辺を次々と抉り取っていく。
「ここから離れるぞッッッ!奴はやたらめっぽうに俺たちを攻撃することに決めたようだ!」
走りだす承太郎とサーレーの後ろの壁から音がなり、館が盛大に抉り取られる。
所構わず牙は辺りを噛み散らし、承太郎とサーレーはなりふり構わずにその場を逃げ出した。
「なんでッッ!!!今になってこんな攻撃をッッッ!!!」
「……考えられる理由は二つある。この攻撃を受けて逃げる俺たちが間違ってコイツの本体と鉢合わせしないようにするため……。」
「もう一つはッッ?」
「こっちが本命の理由だ。この攻撃は精密性が薄い。雑だ。俺たちが敵の攻撃をまだ食らっていないのがその証拠だ。恐らくは間違えて館のどっかしらにいる本体を巻き添えにしないためだろう。いずれにせよ、コイツに本体が存在する可能性が高くなったということだ。」
二人は広大な館の中をはぐれないように逃げ回っていく。敵の攻撃はランダムのようだが、明確に攻撃密度の薄い場所と濃い場所が存在する。当然密度が濃いのは二人のいた階段前付近である。承太郎たちのいた階段前を遠くに離れれば、敵の攻撃密度は薄くなり避け切れる可能性が高まるはずだ。
「グッッ!」
「サーレーッッッッ!!!」
サーレーのかかとを唐突に現れた暗黒空間が掠めていく。サーレーは左足のかかとを大きくえぐられた。
足の一部を欠損して速度の落ちたサーレーを承太郎は抱えてなおも走って逃げていく。
「……テメエのスタンド便利だな。出血も止められるのか。」
「出来るようになったのはつい最近です。俺は以前は自分のスタンドをろくに理解していなかった。」
現在地が館のどこかわからない。とにかく二人は必死で敵の攻撃から逃げ回ってきた。
しかしたとえもとの階段前に戻れたとしても、また敵の同じ攻撃が待っているだけだ。サーレーを抱えた承太郎がいつまで逃げ切れるだろうか?時間を稼いだ結果、状況はなお悪くなっただけだ。
それでも。たとえ現状がどうあろうと、二人は決して生を諦めない。
「チッ、やれやれだぜ。敵がこっちに向かってきているようだ。」
「どうしますか?」
「ここは地理的に不利だ。とにかく逃げれるだけは逃げるよりほかはない。」
逃げ回っている間に敵の無差別攻撃は止んだようだ。今の承太郎たちはどこともわからない廊下に立っている。
承太郎のスタープラチナは、遠くから敵が館の壁をえぐって近付いてくる音を敏感に聞きつけていた。
承太郎は敵に対応がしやすいひらけた場所を探してなおも移動する。
「チッ……。」
やがて承太郎は廊下の行き止まりに着いてしまった。狭い廊下で周りは壁に囲まれている。
クリームは一度暗黒空間から身を出して、二人の位置を確認する。すでに彼我の距離は目と鼻の先だった。
「クソッッッ!」
クリームは暗黒球体へと変化し、二人を襲おうとしている。
右か左か下か、いずれかの壁か床をぶち破って逃げることを承太郎は思索した。後ろの行き止まりは恐らくは館の外壁だ。攻撃は効かないだろう。
どんどん訳の分からない場所に、二人は追い詰められていく。サーレーは走るのに支障をきたすダメージも負った。いずれどうしようもない袋小路に追い詰められてしまうことは、想像に難くない。
「いいえ、上ですッッッ!!!承太郎さん、俺を上に投げてください!」
「なんだと?」
クリームはすでに球体へと変化している。二人をこそごうと、最短距離を突っ切ってきた。
考える時間はほとんどない。承太郎は一瞬迷ったが、共に戦ったサーレーを信じることを決定した。
上に放られたサーレーは天井に手をついて固定させ、体を回転させ足を天井に固定した。そのまま天井に立って承太郎に手を伸ばして、承太郎を上へと引き上げた。暗黒球体は何もない場所を素通りする。袋小路へと到達した暗黒球体はクリームに形態を戻した。館の外壁にスタンドパワーを吸い取られたためである。
「承太郎さん、来た道を戻りましょう!」
二人に行く宛はない。少しでも延命するためにせめて構造のわかっている来た道を逃げようとサーレーが提案しようとしたその時。
【キサア、イイーア?】
クリームの口調が変化した。
それは記憶だ。理性が薄く、記憶もほとんどないクリームに残された僅かな、しかし確かな記憶。
クリームの本体ヴァニラ・アイスは、ポルナレフをイギーが天井にかばったために敗北した。
視覚の存在しないクリームは、天井に逃げたサーレーの位置を生命力で判断している。
天井に仲間を連れて避けたのは、ポルナレフの仲間のイギーだったはずだ。その時とはまた微妙にシチュエーションが異なっているが、理性の薄いクリームはそのことに思いあたらない。
……そうか……貴様は、イギーか。イギーだったのか!!!
【キサア、イイーアァァァァァ!!!コオ、トチクショオアアァァァ!!!!】
理性の薄いクリームの脳裏に、己の主人の形をしたものを攻撃させた憎い敵の記憶が鮮明に蘇る。
クリームは暗黒球体にならず、地面を蹴って上空のサーレーに殴りかかった。
「ウグッ!!!」
「サーレーッッ!!!」
サーレーは唐突に殴りかかってきたクリームに虚を突かれて、対応しきれない。両手も承太郎を抱えて塞がっていた。
サーレーはクリームに殴り飛ばされた。相手の強烈な膂力とあまりに予想外の行動に驚きのあまり天井から足の固定が解除され、床を転がされた。承太郎はサーレーが手を離したために館の床に着地した。
【ドウア、ドウア、ドウア、ドウア!!!!コオ、トチクショオアアァァ!!!】
「グッッ!ウグッ!!」
激昂したクリームの口角から液体が周囲に飛び散った。
クリームは地を転がるサーレーを何度も何度も蹴り飛ばした。
サーレーは肋骨がいくつも折れ、床を転がされ、口から血反吐を撒き散らした。サーレーはそれでも転がされながら必死にクラフト・ワークで体内を固定して、ダメージを最小限度に抑えようとした。
「サーレーッッ!!!」
承太郎のスタープラチナが、サーレーを救出するためにクリームに近付いて殴り飛ばした。
クリームはスタープラチナの拳に殴られて、遠くの床へと吹っ飛んだ。
「オイ、大丈夫か?」
「グッ、も、問題ありません。外表を固定して防御するのが遅れましたが、なんとか戦えます。それより……。」
「ああ。」
サーレーはダメージを受けて血反吐を吐きながらも勝負どころが来たことを理解していた。
承太郎もサーレーが言いたいことを理解していた。
スタープラチナの攻撃が当たった。
値千金の情報である。これは承太郎にとっても予想外であった。
「……奴は一見理性がなさそうに見えますが、何か激情のスイッチがあるってことです。奴が激情に駆られてこちらを攻撃している間、俺たちは奴に攻撃を与えることができる!」
サーレーが折れたあばらを固定して承太郎と情報をまとめ合う。
「ポルナレフによると、奴はディオ・ブランドーという男の忠実な部下だったらしい。恐らくはその関係だろう。」
ここでクリームがなぜこんなことになっているのか、クリームの真相を記しておこう。
クリームはスタンドではあるが、同時に怨念でもある。普通のスタンドとは微妙にカテゴリーが異なる。クリーム自体を誰かが使役しているわけではない。
スタンドは、その地に潜む怨念や悪霊を具現させるスタンドであり、その特性は、悪霊が殺意を抱いた時にこの世に干渉する権利を与えるというものであった。
クリームが殺意を抱けば相手を消滅させる無敵の暗黒球体となり、実体化しているが攻撃を加えることができない。殺意が収まって感情がニュートラルになったら、クリームはこの世に干渉できなくなる。クリームに攻撃は当たらない。それが無敵のクリームの真相だった。
クリームは、ヴァニラ・アイスがこの世に遺した怨念だ。ヴァニラ・アイスは、この世のありとあらゆる人間に殺意を抱いている。彼らは皆すべからく、主人のディオに捧げられるべき供物である。
お前ら、皆殺しだ。ディオ様の糧となれることに感謝しろ。
【オオアアアア……。キサアア、セッアイニコオシエヤウウウウウウウッッッッ!!!!!!】
クリームは感じた激情のままに暗黒球体へと変化していく。
「……承太郎さん、作戦を思いつきました。」
「勝算は?」
「あなた次第です。ポルナレフさんに聞かされた、あなたが瞬きの間に敵を塵にするというのが事実であれば、どうにかなるはずだ!」
空条承太郎は最強のスタンド使いであり、その速度があまりに早すぎて光速を超えてしまったために時間すら止めることが可能になったスタンド使いである。瞬きを出来るほどの猶予を与えられれば、スタープラチナはあらゆるものを塵にする。
「やれやれ、たしかに自信はあるが、お前は俺を信頼できるのか?」
「できるも何も、しないと二人とも消滅するだけです!あなたが俺を信じてくれるのなら、あなたの為に俺の血を以ってして道を拓くッッッ!!!」
「……いいぜ。やるか。俺の命、お前の作戦に預けたぜ。」
「とりあえず奴が次に顔を出した時が、最大の勝負どころです。」
暗黒球体は二人が先ほどまでいた周辺を狂ったように乱舞している。承太郎とサーレーは、相手の攻撃範囲から距離をとった。
やがて怒りが収まったのか、暗黒球体はクリームの形態へと戻ることになる。そこが最大のチャンスである。
すでにサーレーの覚悟は決まっている。
何が何でもこの敵を消滅させる。サーレーは敵の攻撃を受けて手酷い痛手を負っている。あばらが複数本折れ、左のかかとは抉られて欠けている。もうさほど戦闘を長続きさせられない。勝算がありスタンドパワーも残されているここでどうにもならなければ、おそらくはもう勝ち目は存在しない。
サーレーの漆黒の殺意が、覚悟と呼応した。
サーレーの瞳が一瞬、奈落よりもなお昏く、しかし最上の宝石のようにとてつもなく美しく煌めいた。それはまるで全てを内包する無間の宇宙のような輝きだった。
サーレーは静かに、しかしハッキリとクリームに告げた。
「貴様の敬愛するディオ・ブランドーはすでに死亡している。ディオはこの世に害なすものとして、怒りを買って虫けらのように無様に消滅した。貴様もパッショーネの名の下に、俺が処刑を宣告する。」
【グガッ!!!!ガガガガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッッッッ!!!!!!】
クリームに理性はほとんどない。しかしクリームはディオという言葉には何があっても反応する。
今コイツ、なんて言った?ディオ様が虫けら?ディオ様が死亡した?
クリームは激情に駆られてサーレーに殴りかかった。
クラフト・ワークが具現して、クリームの右の拳が突き刺さった腹部を固定する。サーレーは、またあばらが複数本持っていかれた。しかし、ここが勝負どころだ。
全身を痺れる電流のような痛みが流れ、サーレーはその痛みを必死に覚悟でねじ伏せる。
「うグッ!!!」
【アアアアアアアアアアア!!!!】
クリームは刺さって動かない自身の右手を放って、左手でサーレーの首をつかんだ。
不愉快な相手を己が暗黒空間に消滅させようと口を大きく開いた。
「グウッッ!!!」
サーレーはクラフト・ワークの左手の〝存在〟そのものをこの世に固定して、自分からクリームの口腔内に突っ込んだ。
サーレーのクラフト・ワークとクリームの暗黒空間のスタンド能力が互いに矛盾を起こし、スタンドパワーを侵食し合う。クリームの暗黒空間のスタンドパワーは尋常ではなく、瞬く間にサーレーの固定されているはずの左手は侵食されてボロボロに崩れていく。
しかし、僅かに猶予が与えられた。左手がこの世に存在している間は、それが捨て石となってつっかえ棒の役目を果たしてくれる。
「承太郎さんッッッッ!!!」
意図を汲んだ承太郎はサーレーのすぐ近くに存在する。
近付いてくる承太郎は強大なスタンドパワーを内包していて、それに本能で脅威を感じとったクリームは床と一体化して逃げようとした。
「無駄だッ!もう遅い!お前の〝存在〟をこの世に固定したッッ!!!お前は危険すぎる!絶対に逃さない!!!!!」
すでにクラフト・ワークの空いた右腕がクリームの首元を掴み返している。
クラフト・ワークはクリームにスタンドパワーを送って、強制的に実体化させている。
クリームの右腕はクラフト・ワークの腹部に、左腕はサーレーの首元に。クラフト・ワークの右腕はクリームの首元に、左腕はクリームの暗黒空間に。それらは互いにせめぎ合った。
そしてクリームとクラフト・ワークが互いの首元を掴んで拮抗している中、サーレーの眼前を光速のスタープラチナが横切った。
クリームのスタンドパワーは強大だった。以前サーレーが対応したノトーリアス・B・I・Gさえもはるかに上回るほどに。サーレーがクリームのスタンドパワーに対抗できたのは僅か五秒。
しかしこの五秒はこの場の誰にとっても永遠と同等の意味を持つ。
サーレーはこの僅かな時間の間で、永遠かと間違うほどの苦痛を相手によって与えられた。クリームのスタンドパワーはあまりに強大で、サーレーは僅かな時間すら拮抗するために死力を振り絞らざるを得なかった。
承太郎にとってのこの僅かな時間は、永遠と同等の価値を持つ。時間すら止める承太郎に与えられた五秒はあまりに価値が高く、ここを逃して二人まとめて生還できる可能性は極めて薄い。
そして、、、クリームにとってこの僅かな時間は、処刑台に送られる猶予だ。この時間が過ぎた後、クリームは永遠に目覚めない。
『スタープラチナ、〝ザ・ワールドッッッッ!!!〟』
瞬間、世界が色と音を失った。
動くもののない灰褐色の世界で、たったひとりの例外である空条承太郎は絶対の暴君と化す。
「サーレー、ただのチンピラかと思いきゃあ、ほんのちょっとだけ気に入ったぜ。根性あるじゃあねえか。その名前、覚えといてやる。」
空条承太郎のスタープラチナが時間を止められるのはたったの二秒である。
しかし、光速のスタープラチナにとってその二秒という時間は、あまりにも長い。
『オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!!!!!!!!』
スタープラチナの超光速の拳は最初の0、1秒で百発を超え、次の0、1秒で千発を超え、次の0、1秒で一万発を超える。
『オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!!!!!!!!』
スタープラチナは静止した時間の中で際限なく加速した。
止まった時の中で数えるのも馬鹿馬鹿しくなるほどの拳がクリームに叩き込まれ、やがて世界は色と音を取り戻す。
「やれやれだぜ。」
承太郎はかぶっている帽子のつばに手をやった。
「処刑完了、固定を解除する。」
戦いは終わった。
サーレーは固定しているクリームに、尋常ではない負荷がかかっていることを瞬時に理解した。
今のクリームが形を保っているのは、サーレーがクラフト・ワークでこの世に固定しているためである。固定を解除するとともに、クリームは砂となって宙に消えていった。
それにしても……サーレーは考える。
承太郎さんはたしかにポルナレフさんの言った通り瞬きの間に敵を塵にした。間近で見ていたはずのサーレーに理解できない間に。
というか、瞬きすらしていなかったはずだが?どういうことだ?
そういえばどこかで時間すら止めるスタンド使いの噂を聞いたことがあるな。
サーレーは戦いが終わった安堵とともに、どこで聞いたのか思い出せないどうでもいい与太話を思い出した。
◼️◼️◼️
「いでええええええええ!!!チクショウッッッッ!!!クソッッ、いでえええええッッッ!!!」
「……やれやれだぜ。」
サーレーがディオの館の床を転がりまわっている。
戦いが終わってアドレナリンが切れたサーレーは、左手の崩壊とともに猛烈な痛みを感じて床を転がりまわっていた。残った右拳で床を叩いている。
幸運なのは、クラフト・ワークで出血を抑えていたために、出血で死ぬ可能性はほとんどないことだろう。
「どっちにしろ、この館を解除しないことには出られねえ。ほら、あと少しだ。」
「うう、すみません。でもいでえええええッッッッ!!!」
痛いのは当たり前だ。左腕が消滅して左足のかかとがえぐられてあばらも何本も折られている。痛くない方がおかしい。むしろ痛くなかったらそれは死の前兆だ。
承太郎は早い所館の調査を行いたい。しかし怪我人でもある戦いの功労者を置いていくのもはばかられる。
「ほら、我慢しろ。」
承太郎にしてはものすごくソフトにサーレーの尻を叩きながら探索は進み、やがて二人は館の最上階に到達した。
承太郎はそこで、誰が黒幕だったのかを理解した。
「……すまねえ、サーレー。これは俺の落ち度だ。まさかこんなことになるとは……。死んだスピードワゴン財団の人間にもエジプトの住人たちにも申し訳が立たねえ。」
そこにいたのは、精神が崩壊して干からびたヌケサクとケニー・Gだった。
ヌケサク、ケニー・G共にディオの配下だった男である。以前ディオと戦った承太郎は、この二人は明確な脅威になり得ないと判断して放置してしまったのだ。
ケニー・Gは相手に館の幻覚を見せる攻撃能力のないスタンドで、ヌケサクはただの吸血鬼だ。
ケニー・Gは再起不能で、ヌケサクは輪切りにされたはずだった。本来であれば、この二人はディオのいない今さら邪な何かが出来るはずがなかったのである。
顛末を記しておこう。
ケニー・Gは、承太郎たちとの戦闘においてイギーの攻撃を受けて気絶した。彼が再び目覚めた時、屋敷内での戦いは終わった後だった。
彼は館で何が起きたのか訝しみ、明らかに異常な館内部の探索を行った。何しろ彼が気付いた時はヴァニラ・アイスが暴れ回ったあとで、館内部は荒廃していたのである。そして探索を続けるうちに最上階で輪切りにされたヌケサクを見つけることになる。
見下していた相手だったが、それでもケニー・Gは同じ存在を崇拝していた相手に情けをかけた。館を探索して、吸血鬼であるヌケサクの養分になりそうなものを探し出した。やがてそれを見つけ出し、ヌケサクに与えた。それが全ての間違いだった。
ケニー・Gが見つけ出したものは、ヴァニラ・アイスがディオに忠誠を示すために差し出した、首を落とした時の出血を収めた甕だったのである。知らずにヴァニラ・アイスの血を与えられたヌケサクは、ヴァニラ・アイスの妄念に取り憑かれた。
常にヴァニラ・アイスの妄念に取り憑かれ、脅迫され続け、やがてヌケサクの精神は崩壊する。ケニー・Gもヌケサクに吸血鬼にされ、一緒に地獄を見ることになった。
やがて二人の精神の崩壊と共に、二人はヴァニラ・アイスの妄念にとって都合の良いスタンド使いに無理やり仕立て上げられる。
都合のいい彼らを生かさず殺さず。二人はそのための吸血鬼化であり、死んではいないものの干からびている。
「……コイツらにも哀れなことをしちまったな。」
承太郎はポツリと呟くと、スタープラチナは拳を振るった。
辺りはじょじょに綻んで行き穴の空いた壁から光が差し込んでくる。
跡には崩壊した館だけが残った。
◼️◼️◼️
「オイ、相棒大丈夫かッッッ!!!」
全てが終わったあと、承太郎はパッショーネに連絡してサーレーの迎えを頼んだ。
エジプトまで迎えに来たのは、彼の相棒のマリオ・ズッケェロだ。ズッケェロは片腕を失っている相棒に驚いて近寄った。
「……いでえええッッッ!!!触るな!!!いでえいでえいでえッッッッ!!!」
「ああ、済まねえ。」
「……済まない。お前たちに預かった人員をひどく傷付けちまった。治療費と慰謝料は俺たちが持たせてもらう。出来る限りの補償はしよう。」
「ああ、気にしなくていいっすよ。なんとかなるあてはあるんで。」
「……オイ!くれるってんなら慰謝料は貰っておけよ!」
ズッケェロは軽い。サーレーは貧乏を拗らせ気味だ。
今回はボスの勅命だ。サーレーがどれだけ怪我をしようと、生きてさえいればボスは何も言わずに治療をしてくれるだろう。
やはり、ジョルノ・ジョバァーナの能力は反則だ。死にさえしなければどうにでも出来る。あながち神のごときというのも、もしかしたら大袈裟ではないのかもしれない。
「……ふん。今回はお前らの組織にでけえ借りをつくっちまった。この借りは、いつか必ず返すぜ。」
「俺たちはあんたらスピードワゴン財団と、いい関係を築くことを望んでるよ。」
サーレーは痛みを堪えて空条承太郎に告げた。
今のサーレーはジョルノの狗だ。
「ふん、チンピラ風情がいっぱしに生意気な口を聞きやがって。……オイ、サーレーとか言ったな。テメー覚えとけ。もしテメーが今の組織をクビになるようだったら、俺たちスピードワゴン財団が使いっ走りとして雇ってやる!」
「残念ながら、俺たちはボスの手駒なんです。首輪をかけられちまってる。」
ついてるなぁ。万が一の時の再就職のアテが出来た。これで餓死する心配は無くなるかもしれない。サーレーは笑った。
空条承太郎とサーレーは、静かに笑ってエジプトの空港で別れを告げた。
◼️◼️◼️
本体
ヌケサク
スタンド
エンドレス・ナイトメア
概要
もともとスタンドを使えないただの間抜けな吸血鬼だったが、ヴァニラ・アイスの妄執に取り憑かれて脅迫され続けたせいで精神の崩壊と引き換えにスタンド能力を得た。その能力は、その場に存在する悪霊を具現化させるものである。
本体
ケニー・G
スタンド
ティナー・サックス・〝マッドネス〟
概要
もともとは屋敷の幻覚を見せる攻撃能力を持たないスタンドだったが、ヴァニラ・アイスの妄執に取り憑かれて脅迫され続けたせいで精神の崩壊と引き換えにスタンド能力を強制的に成長させられた。成長させられたにも関わらず相変わらず攻撃能力は皆無である。その能力は、クリームをサポートすることに特化したものである。ちなみに館内部に僅かでも光源があるのは、館が獲物を誘き寄せる罠も兼ねていて、真っ暗だと誰も侵入しようとしないからである。
クリーム・〝エンドブリンガー〟
概要
スタンドでありながら悪霊でもある。ヴァニラ・アイスのスタンド。ヌケサクによって具現化されている。ヴァニラ・アイスはヌケサクの精神に憑依していたが、クリームの消滅とともにこの世から消え去った。
生命力を探知して、生きている人間を手当たり次第に消滅させる。暗黒空間にいる間は探知不可能。防衛本能は存在して、本能で危険を感じたら逃げる習性を持つ。視覚が無くなったのは、生きているものを手当たり次第に消滅させるために生命力を探知することが可能になったからである。今回の戦闘に関して言えば以前にも増して非常に対応が難しくなっており、承太郎とサーレーを繋いだポルナレフが影のMVPである。
本体
空条承太郎
スタンド
スタープラチナ
概要
最強のスタンド使いと名高く、スタンドのスタープラチナは尋常ではないパワーとスピード、それに精密性を併せ持つ。その速度はあまりにも早すぎて、ついには光の速度を超えるに至ってしまった。そのために時間すらも停止させる能力を持つ。現在は、海洋学者としてスピードワゴン財団に所属している。