噛ませ犬のクラフトワーク   作:刺身798円

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この話は創作物で、実在の人名地名団体等とは一切関係ありません。


孤独 前編

金曜の夜、サーレーはイタリアのミラノのとあるスポーツバーで遅めの晩飯を摂りながらテレビを眺めていた。

テレビの内容はフットボール。今日の昼間に行われた試合の再放送。サーレーが見そびれていた、ミラノのクラブチームとナポリのクラブチームの試合だ。最近ミラノのクラブチームはオーナーが変わったという噂がある。試合内容も以前より良くなっているかもしれない。

試合は今は前半で、アウェイチームのナポリのチームが今のところ2ー1で優勢だ。だからサーレーは今少し、機嫌が悪い。サーレーは地元のミラノのクラブチームを応援していた。

 

サーレーはビールを喉に流し込み、食事をとる。サーレーの今日の晩飯はスパゲティ・アッラ・ナポレターナで、ミラノクラブチームのライバル、ネアポリスが発祥の地だが、美味いものは美味い。スパゲティ・アッラ・ナポレターナは連綿とイタリアの労働者に愛され続けてきた。

 

ヨーロッパ圏内の人間にとって、フットボールは国技のようなものだ。彼らの多くは地元のチームを応援し、休みの日には金を払って試合を観戦しに行ったりする。人生のささやかな喜びだ。サーレーだって贔屓のチームが勝てば、機嫌が良い。

居心地の良いバー、美味い食事、ラジオからはとても上手な女性歌手の歌声が流れてくる。最近デビューした歌手だ。これで応援しているフットボールチームが勝てば最高なのだが。

 

サーレーが暗殺チームに所属して変わったことといえば、今のところ生活水準が若干向上したくらいだった。もちろん必要となれば命がけで仕事を行う必要がある。しかし基本的にボスのジョルノが幹部に比較的穏健な人間を取り揃えていたために、幸運にも今のところそれはまだ行われていなかった。

直近で行った仕事といえば、国外に移動するvipの護衛を行ったくらいである。たまたま今観ているテレビと関係するのだが、イタリアのクラブチームに所属する有名なフットボール選手をスペインまで送り届けたのである。

そもそも、暗殺チームは今現在サーレーしかいない。チームもクソもない。相棒はよほど凶悪な薬を注入されたらしく、まだ病院でヤクを抜いている最中だ。ボスからは必要になったら人員を回して指示を出すとだけ告げられている。

サーレーはジョルノからジョジョと呼んで欲しいと言われていたが、以前の癖が抜けない。ついボスと呼んでしまう。

 

サーレーがビールを飲みながらいい気分になっていたところに、向かい席にあまり会いたくなかった人物が現れた。

 

「仕事よ。」

「……わざわざお前が出張ってくる必要があるほどのことなのか?」

 

いい気分がぶち壊しだ。

向かい席に座ったのはシーラ・E。ボスの親衛隊で限りなく幹部に近い立ち位置だ。もともとボスと裏切り者の旧暗殺チームの橋渡し役だったため身の潔白を示すために麻薬チームの暗殺に同道したが、彼女に関しては誰が見てもシロである。サーレーと違って、ボスも本気でシーラ・Eに禊を行わせたわけではあるまい。

 

年齢は16〜7くらいだろうか?黒髪で160センチ前後の女性というより少女といった方がしっくりくる相手だ。綺麗な見た目をしているが顔に多少傷があり、相対していると変に威圧感を感じる。

 

一体何があって裏社会の親衛隊なんぞしているのだろうか。気にはなるが不用意に相手の過去を詮索すると思わぬ虎の尾を踏むことになるかもしれない。知らぬが華だ。性格は負けん気が強く、サーレーは苦手だ。どうせなら新進気鋭の歌手、トリッシュ・ウナのような女性がサーレーは好みである。落ち着いた見た目の女性だ。きっと性格的にも落ち着いた女性に違いない。

 

彼女がわざわざ来るということはまず間違いなく厄介ごとだ。

 

「というよりももしかしたら危険になるかもしれないから私が来たのよ。」

「チッ。」

 

シーラ・Eは強力なスタンド使いだ。彼女がフォローで来たということは、つまりそういうことだろう。

 

「ああ、敵がヤバいとかじゃないわ。アンタ今ひとりだから、どっちかというと私は念のためってことよ。」

「ムーロロのやつはどうした?」

 

カンノーロ・ムーロロ。暗殺と諜報に特化したスタンド使い。サーレーと仕事で組むなら彼の方が適任のハズだ。

なぜ情報部のムーロロを寄越さずに親衛隊のシーラ・Eを寄越したのか、サーレーは疑問だった。

 

「ああ、アンタが知る必要はないわ。ただの仕事よ。」

「お前は親衛隊だろう?ボスのそばに居なくていいのか?」

「副長のミスタ様がいらっしゃるわ。」

 

ムーロロは新たにパッショーネと友誼を育む予定のフランスの組織、【ラ・レヴォリュシオン】との折衝のために、パッショーネの幹部の護衛としてフランスへと赴いていた。ジョルノはムーロロを情報部の人間というよりむしろ、なんでもこなせる便利屋として扱っている。

 

ラ・レヴォリュシオンは命名をフランス革命にあやかった地域密着型の組織で、名門だ。パリに本拠地を持つ。さすがにフランス革命の頃から存在するわけではないが、それでも100年の歴史を持つ。歴史は宝だ。

ラ・レヴォリュシオンは過去の戦時中に、一般人の避難誘導を積極的に行っていたり、沈む市民を元気付けるためにフットボールの試合を主催したりといった実績を持つ。地域の人々はそれを忘れられない。組織に感謝して、いい感情を抱いていた。しかしいくら評判が良くてもパッショーネにとっては敵地だ。用心の為にジョルノは最もその能力を信頼するムーロロを向かわせていた。ムーロロであれば万一敵地で囲まれたとしてもどうにでもできるであろう。

 

知能の高いパンナコッタ・フーゴも幹部候補生としてムーロロに付き添っていた。パッショーネの同盟組織は、ヨーロッパ圏内に他にもそれなりの数点在する。

もともとIQが152もあるフーゴは、破綻している人間性さえ治せれば組織にとってこれ以上にない有意義な人材になり得る。裏切り者のレッテルを貼られた人間に対して性急ではあるが、幹部にして重要な仕事を任せることができれば組織の財政面での多大な貢献が期待できる。大学に通わせて組織の専属弁護士として活躍させるのも選択肢として悪くない。

利益が全てではないかもしれないが、利益を産まない組織など脆く、求心力を持たない。組織にとって利益を生み出す人物というのは重要だ。たとえスネに傷を持つ人材であっても。

 

「それで、俺は誰を消せば良いんだ?」

「ああ、まだそんな段階ではないわ。とりあえず調査を行う。相手はスタンド使いじゃないかって疑いがある。だから私が付き添いに来たというわけ。」

「どういうことだ?」

 

シーラ・Eの言うことはいまいち判然としない。

 

「ジョルノ様の意向よ。今まで諜報はムーロロが一手に行ってきたけど、他の人員も育てる必要があるって。なんでもムーロロに任せるのは良くないっておっしゃってたわ。」

 

実際のところ、ジョルノはムーロロを若干酷使していた自覚があったため、慰安旅行も兼ねて国外の仕事を任せていた。

それにあまりに一人に仕事を任せきりでは、いざという時に替えが効かない。組織として弱点を抱えることになる。

 

「解せないな。お前一人でも出来そうな仕事だが?」

「あのねー、アンタそれで良いわけ?これはジョルノ様の御慈悲よ?今のままじゃアンタが任される仕事は少ないままよ?そんなんじゃ近々首を切られるわよ?」

「……それは……困る。」

 

組織に捨てられたらサーレーに行くあてはない。困る。

そうなってしまえば住所不定無職の行き倒れか犯罪者に身を落とすのががオチだ。どちらにしろ半年も経たずに、組織の刊行するミラノの新聞に三面記事として小さく載ることになる。

 

サーレーは仏頂面をする。さすがにそれは御免被りたい。

 

「じゃあアンタ私について来なさい。」

「オ、オイ。今からか?」

「今すぐよ。」

「待って、待ってくれ。まだ飯も食ってない。」

「そんなん後にしなさい。行くわよ。」

 

シーラ・Eは席を立ってさっさと店を出て行く。

テーブルの上には食べかけのスパゲティ・アッラ・ナポレターナとビールが残っている。

フットボールの試合はミラノのクラブチームが点を返して2ー2になって面白くなったところだ。ミラノのクラブチームは逆転するかもしれない。

 

サーレーは後ろ髪を引かれながらも、会計を済ませて慌ててシーラ・Eを追いかけた。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

「オイオイ、どこへ向かうんだ。」

「トリノよ。」

 

唐突にサーレーがシーラ・Eに連れられて辿り着いたのは、ミラノ中央駅だった。

薄暗い夜間のミラノ中央駅は、多少人が少なくてもそれでも活気がある。

「マジかよ。そんな遠くに向かうのか。」

「パッショーネはイタリア全土に根を張っているわ。これくらい当たり前よ。」

トリノはミラノの西方約130キロメートル。特急でも1時間弱はかかる。

サーレーとシーラ・Eは料金を払って高速列車のイタロに乗り込んだ。一人当たりだいたい25ユーロだった。

組織から手当は出るのだろうか?サーレーは貧乏だ。

 

「それで?対象はどいつなんだ?」

「こいつよ。名前は、フィガロ・ジョコヴィッチ。名前からしてスカンジナビア半島あたりからの移民かしらね。」

 

シーラ・Eはサーレーに写真を渡した。

写真にはメガネをかけた冴えない若い男性が写っている。年齢は25〜30くらいだろうか?中肉中背で特に特徴もない。

サーレーは高速列車の座席に座り込んでシーラ・Eに問いかけた。

 

「それで……こいつは何をやって組織の不興を買ったんだ?」

「こいつは無法者(フーリガン)よ。トリノのクラブチームで問題視されてるわ。」

 

無法者(フーリガン)

フットボール界の頭痛の種だ。集団で暴れ、多くはクラブチームに脅迫などを行い甘い汁を啜ろうとする。

彼らの暴力行為に一般の人々は嫌気がさし試合会場から足を遠のかせ、彼らが暴れることでときおり死人が出る。

 

「それはわかったが……何故それをパッショーネが対応する必要があるんだ?クラブチームがやるべきだろ?」

「なんというか……それがアンタとフーゴの差よねえ……。」

 

シーラ・Eは哀れむように何も知らない子(サーレー)を見つめる。

幹部候補生(フーゴ)下っ端(サーレー)、差は如実に現れている。

 

「あのねえ、考えてもみなさい。なぜパッショーネはこんなに強大なの?麻薬チームがなくなって組織の規模が縮小したかしら?」

「いや……それは……。」

 

サーレーは考える。

麻薬を禁じ手にしたにもかかわらず、パッショーネは依然強大だ。麻薬は組織に莫大な利益を産んでいたはずだった。しかしむしろジョルノが姿を現して、パッショーネは余計に権勢を誇っているようにも思える。麻薬の利権とは一体何だったんだ?

 

どこから金が出ているかなど、下っ端のサーレーには知る由もなかった。しかし現実的に、どこかからは金が出ていないとおかしい。まさかスピードワゴン財団のヒモをしているなんてことはないだろう。

 

「近年積極的にヨーロッパ内の組織と同盟しているのは知っているでしょう?それも組織の業務の一環よ。アンタがさっきまでバーで見ていたミラノのフットボールチームのオーナーは、パッショーネ大幹部のペリーコロさんよ。」

 

サーレーは目玉が飛び出そうなほどに驚いた。

ああいったクラブチームの経営者は現実の超vip で、サーレーが考えるにどこかの王族のように四六時中セキュリティポリスに護衛されているような人物だ。多分。サーレーとはまるで縁がないと思っていた。

実はその考えは案外的外れではない。事実、組織運営の要となったペリーコロは、組織からガチガチのスタンド使いの武闘派護衛集団をダース単位で派遣されている。地位はパッショーネ内でも副長ミスタのすぐ下、ジャン・ピエール・ポルナレフを除けばナンバー3だ。

 

ミラノのクラブチームの資産価値は安く見積もって5億ユーロ(日本円換算、650億前後。)と言われている。

以前にサーレーが命懸けで奪おうとしたポルポの隠し財産の価値は約6億だ。二桁違う。サーレーが先ほどまで食べていたスパゲティ・アッラ・ナポレターナに至っては、約5ユーロだ。5億ユーロあればスパゲティ・アッラ・ナポレターナが1億食も食べれる。あまりにも絶望的すぎる格差だ。

おのれ、セレブめ。これが格差社会か。

 

「以前から行なっていた業務に加えて、ボスはフットボール産業にも力を入れているわ。これがパッショーネの資金の出所よ。」

「そんなこと俺に話してしまっていいのか?」

「問題ないわ。後ろ暗いこともないし乗っ取りも不可能よ。」

 

ジョルノを中心としたパッショーネの首脳陣は、麻薬に代わる組織の新たな資金源を模索した。以前のみかじめ料や旧態の利益だけでは巨大な組織は運営できない。協議の結果、組織の重鎮ジャン・ピエール・ポルナレフのツテを使い、スピードワゴン財団から資金を借りてフットボール産業に介入した。

経営の思わしくないクラブチームの安価での買い取り健全化、代理人業務(クラブチームの資産である選手のマネージメント、移籍、その際にかかる諸々の手数料)、フットボール賭博などだ。そしてそれは、大当たりした。

 

そしてそれらをジャンルッカ・ペリーコロ、以前に組織に忠誠を示して自殺したヌンツィオ・ペリーコロの息子だ。彼に任せた。

彼は子供の頃に組織に命を救われた過去を持つ。組織に絶対の忠誠を誓っており、ジョルノに心酔していてジョルノが姿を現した時他の幹部にジョルノを認めるように積極的に働きかけた功績をもつ。その功績の見返りだ。

彼はパッショーネ幹部でありながら表社会の名士で、真っ当な生業で組織に金を収めていた為に表社会にも顔が効き、クリーンなイメージを持ちながらフットボールクラブ経営を任せるのにもうってつけだった。

 

「フーゴはそれをすぐに看破したわよ?」

 

以前パッショーネはフーゴたった一人への対応のためにジュゼッペ・メアッツァを貸し切ったことがある。本来ならばフットボールの試合が行われているはずの日時だ。

パッショーネが平然と試合当日のジュゼッペ・メアッツァを貸し切っているのであれば、フーゴほどの知能があれば当然何かのカラクリがあることに気付く。ジュゼッペ・メアッツァとは先ほどまでサーレーがバーのテレビで見ていた試合が行われている競技場だ。本来ならばそんなこと有り得ない。

ジュゼッペ・メアッツァはミラノ市所有の競技場で、イタリア中の人間がそこで行われるフットボールの試合を楽しみにしているのだ。特に本来ならばその時、ジュゼッペ・メアッツァではミラノダービーが行われるはずだった。ミラノダービーとはミラノに本拠地を持つ宿敵のクラブチーム同士が火花を散らす特に人々が熱くなる試合だ。

 

フットボール産業は、年々肥大化している。フットボールは多くのヨーロッパに住む人々の、生き甲斐だ。

彼らは日々を働き、週末の試合を日々のささやかな楽しみにしている。少年達の多くは、幼い頃にフットボール選手になることを夢見る。

フットボールの試合を見るために小遣いを叩いてチケットを買い、お気に入りの選手のユニフォームを購入する。

地元の企業も文化であり歴史であるフットボールを守るために積極的にスポンサーを名乗り出る。

近年はヨーロッパだけでなくアジアの市場開拓も進んでおり、中国あたりは巨大なお得意様になってくれそうだ。

 

毎年のように選手の移籍にかかる金だけで兆を超える金が動き、選手に払う給与やその他諸々様々な諸費用は想像もつかないほどに莫大な額だ。サーレーがつい先日護衛したフットボール選手も、スペインのカタルーニャのクラブチームに5年契約で3000万ユーロ(日本円換算、およそ40億円。)という莫大な額で買われていった。

ヨーロッパ圏内の他の組織と積極的に同盟を行うのも、そこに理由がある。他の組織は成功を収めたパッショーネをフットボール産業介入のモデルにしその手練をこい、パッショーネは国外のクラブチームの入手と選手の移籍をスムーズに行うツテを得る。ウィンウィンの関係だ。

 

「トリノのクラブチームもパッショーネのチームよ。だから私たちの仕事になるの。」

 

いつのまにか信じられない程に巨大化していたパッショーネに、サーレーはめまいを感じた。

組織は非合法なので一応表社会に対しては存在しないという体裁になっているはずなのだが……とても秘密にしてるとは思えない。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

トリノはイタリア共和国のピエモンテ州にある都市で、今は衰退しつつあるがそれでもイタリア有数の大都市である。イタリア国内でもミラノに次ぐ工業都市で、自動車産業と共に発展してきた。地理的にはすぐ西方にアルプス山脈を控えており、フランスとの国境に近い場所に位置している。

ヨーロッパの大都市の多くは複数のクラブチームを国の一部リーグに持ち、トリノも例にもれず今現在セリエAに二つのクラブチームを保持している。そのうちの片方がパッショーネのクラブチームだ。

 

「ミラノほどじゃあないが、なかなか巨大な都市だな。」

「アンタ仕事で来てるんだから緊張感を持ちなさい。」

 

ミラノからの高速列車、イタロから降りた二人はトリノ・ポルタ・スーザ駅に降り立つ。

時間帯はすでに夜の11時を回っている。街には灯りがともり、トリノの雑然とした街並みは味わいがある。

 

「明日から行動するわ。とりあえずパッショーネの幹部が経営しているホテルに向かうわよ。」

「おい!明日から行動するんなら明日来てもよかったんじゃあないか?」

「アンタ時間にルーズだし携帯もまだ持ってないじゃない!わざわざ探すのは非常に手間なのよ!さっさと携帯を買いなさい!」

 

サーレーはマリオ・ズッケェロと組んでいた時からずっと無線機を使って行動をしてきた。わざわざ携帯に変える意味が見出せない。

古い考えと言われようと使い慣れて信頼しているものを手放すには抵抗があった。

 

二人は雑談をしながら夜のトリノを歩く。

サーレーはシーラ・Eの後を追い、やがて駅の近くにあるホテルに二人はたどり着いた。

 

「とりあえず明日の行動を説明するわ。」

 

シーラ・Eはロビーで受付を済ませると近くのソファーに座り込む。

サーレーも付き添ってシーラ・Eの正面に座った。

 

「対象はさっき説明したコイツ。どこかの組織の息はかかっていない。トリノの製薬会社に勤めているわ。」

「ああ。」

「明日はコイツが贔屓しているフットボールチームの試合が行われる。コイツはそこに毎回顔を出すわ。」

「それで話を聞くわけか?」

「そう……そうなんだけど……。」

「なんだ、随分歯切れが悪いな。なんかあるのか?」

「そうね。クラブチームからコイツの情報は入ってきているわ。でも腑に落ちないことがあるの……。」

「腑に落ちないこと?」

 

そもそも相手がスタンド使いの可能性が高いというからサーレーたちに白羽の矢が立ったのである。

しかしシーラ・Eは奥歯にものが挟まったような言い方だ。何か気になることでもあるのだろうか?

 

「ええ。最近トリノのクラブチームでフーリガンの暴動が起こることが多いの。それで毎回のようにこの男が目撃されているのだけれど……。」

「それで?」

「この男自身は暴動には参加していないのよ。周囲で暴れる人間がいるにもかかわらず、毎回無傷で帰宅しているらしいわ。」

「じゃあ何かの間違いじゃないのか?たまたまとか。」

「警察に捕まったフーリガン達は決まって、急に訳もわからず怒りがこみ上げてきた、何でこんなことをしたのかわからない、と言っているらしいわ。全員よ。」

「罪を逃れるための常套手段じゃないのか?」

「そういった捕まった人間達の身辺調査や背景の洗い出しなども済んでいるわ。特に不審な点は見受けられない。」

「なるほど。」

 

サーレーは考える。

たしかにそれがスタンドによる現象だったら説明がつくかもしれない。

だがそうだとしてもそんなことをする理由がわからない。その男は暴動を起こして何かの得をしているのだろうか?何かの利益を?

世を恨んでのテロ行為にしては、ショボくて非効率な感が否めない。その予行練習にしても見つかってしまっては意味がない。やっていることがチグハグだ。

 

「製薬会社に勤めてるんなら、なにかの薬物の可能性は?」

「その可能性も調査済みよ。現場からはなんの薬物も検出されてないわ。」

「なるほど。いずれにせよやってることの意味がわからないな。お前は何かわかるか?男からクラブチームに脅迫でも来たか?」

「脅迫とかは一切ないらしいわ。そうね。これはスピードワゴン財団の超自然現象部の受け売りだけど……。」

 

シーラ・Eは少し考えて、前もって情報として仕入れていたスピードワゴン財団の見解をまとめた。

 

「スタンドの形は基本的に本体の精神の影響を受けているわ。私にしても、あなたにしても、必要だからその能力が発現したわけだし。でもそれはあくまでも基本。何事にも例外はある。実際に戦う意志を持たない一般人にスタンドが発現して本体の命を脅かした前例もあるらしいわ。」

「じゃあそいつはシロで、スタンドが勝手に暴走しているということか?」

 

それにしてもどっちにしろ危険なスタンドが暴走しているのであれば、残念だが暗殺対象だ。

サーレーはそう考える。

 

「それはわからない。さっきの例も、身内のような人間にスタンドが発現した影響だという話だし。でも……そうね。コイツが仮に悪意を持った犯人だとしたら、やっていることの意味がわからない。」

「……どうするんだ。」

「結局調査を行うしかないわ。危険はあるし、対策も何ができるかわからないけど……。」

「手っ取り早くそいつを暗殺すればいいんじゃないか?」

「それはダメよ。」

 

シーラ・Eが眉を顰めて、苦しそうな顔をする。

最悪、たとえ悪意のない人間だったとしても、社会に害をばら撒くならその判断を下す可能性はつきまとう。そしてそれはシーラ・Eの役割だが、それは今ではない。

シーラ・Eは裏社会に所属しているものの、感性は真っ当な人間だった。一般人の暗殺などしたくない。

 

「ジョルノ様はおっしゃったわ。裏社会は表があるから生きられる。裏は表の上澄みのようなおこぼれをいただくことで、かろうじて存在できる脆いものだと。だから暴力に頼る裏の人間であろうと、むしろだからこそ……表の人間の生命と生活を守らなくてはいけない、搾取ではなく共存を目指すべきだと。暗殺は最後の手段だわ。」

 

シーラ・Eは一息をついた。

彼女は真剣な様子で、サーレーを見つめている。

 

「アンタの人生を否定するつもりはないわ。私も裏の人間だし。でも筋は通さないといけない。それを踏み外せば、外道に落ちるわ。暗殺をするにしても、きちんと調査してどうしてもその必要があるという判断を下さざるを得ない時だけだわ。」

「……俺は下っ端だ。ボスがそういったんなら従うよ。」

「明日の試合は昼からよ。10時前にはホテルを出立するわ。」

「了解した。」

話が終わった二人は、各々の個室に向かって行く。

 

 

◼️◼️◼️

 

窓の外はトリノの夜景が一望できる。悪くない。

さすがはパッショーネだ。格式高くてとても居心地のいいホテルだ。

 

ホテルの個室でシーラ・Eは考える。今回の件とは無関係なことだ。

 

シーラ・Eはもともと、組織に姉の復讐のために入団した。彼女の本名は、シィラ・カペッツート。

彼女はもともと気立てのいい普通の人間で、クララという名の優しい姉と暮らしていた。

それがどうして今現在裏社会にいるのか?どこにでもあるような話だ。

ある日、その大切な姉が何者かに殺された。姉は彼女にとってかけがえのない人だった。

彼女は何を捨てても復讐を果たすことを誓う。

 

シーラ・EのEはエリンニ(復讐)という意味で、敵に対してはどこまでも無慈悲であることを誓った名だ。

 

彼女がパッショーネに入団して姉の復讐相手を探しているうちに、ジョルノがパッショーネのボスとして姿を現した。それは唐突でセンセーショナルだったが、シーラ・Eの目標とは無関係だ。

さらに調査を続けているうちに、対象が暗殺チームのイルーゾォという男だったと判明する。スタンド使いで、罪のない一般人を死に至らしめるゴミ以下のゲス野郎だ。

それが判明した時には、すでにイルーゾォは死亡していた。

 

『彼はこの世で最も無惨な死に方をしたよ。』

 

目標を失い宙ぶらりんな彼女にそう伝えて、安らぎを与えてくれたジョルノにシーラ・Eは心酔した。

彼女は強靭な精神を持つ人間だったが、長年復讐を考えて疲れ果てていた。

復讐のことを考えなくてよくなったシーラ・Eだが、肩までドップリ裏社会に浸かってしまっては抜け出せないし、今更抜ける気もない。

それまでと同じように組織に仕えていたのだが、つい先日彼女に匿名の手紙が届けられる。

 

『サーレーは、真実に気付いている。』

 

ただ、それだけだ。たったの一文。匿名の手紙になんて信憑性はないし、意味もわからない。真実?

ただ、妙に気にはなる一文だ。

 

これまで通り、ジョルノに尽くせばいいという思いとは裏腹に、時折その一文が頭をよぎる。

仮に手紙の内容が事実なら、真実とはなんなのだ?都合の悪い真実だったとしても目を背けるべきなのだろうか?

 

今回はたまたま、サーレーとチームを組んでの調査だ。それを知るにはうってつけなのかもしれない。

彼女がトリノに前乗りしたのは、衝動的なものだった。迷っていたのだ。前日から来ればサーレーから話を聞き出す時間が取れる。

しかし、シーラ・Eの本能は彼女に危険を呼びかけていた。

 

これまでのようにただ任務をこなせば良いのか、危険な匣に手をかけてこじ開けてみるべきなのか、、、。

 

任務に集中すれば気にならなくなると、シーラ・Eは降って湧いた懸念に頭を振った。


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