噛ませ犬のクラフトワーク   作:刺身798円

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石作りの海 その2

「んでよォー、この厳重な警備の刑務所にどうやって潜入するよ?」

 

マリオ・ズッケェロがサーレーに問いかけた。

 

「あんましジロジロみんな。今日は取り敢えず潜入先の下見だけだ。変に見て周囲の人間に不審者だと怪しまれたら元も子もないだろが。」

 

サーレーがズッケェロに答え返した。

 

州立グリーン・ドルフィン・ストリート重警備刑務所、別名水族館。刑務所は、アメリカのフロリダ州にある島の敷地を丸々買い取って存在した。二人の目前には、その広大な敷地につながる道路がある。

この刑務所に、目標の空条徐倫は殺人と死体遺棄の容疑で十五年間の刑期で収監されている。

 

パッショーネとスピードワゴン財団は盟友で、スピードワゴン財団所属の最強のスタンド使い、空条承太郎氏がグリーン・ドルフィン・ストリート刑務所に娘に面会に行った際に何者かによる襲撃を受けた。承太郎氏は極めて戦闘能力の高い歴戦の戦士であり、氏に何かが起こったのであれば、それはあからさまに異常事態である。何者かの意図が働いているのであれば、それは相当な下準備と実力、そして事を起こしたことに対するなんらかの見返りが存在するのだと考えられる。

その陰謀を暴くのは、非常に危険な任務だと推測される。

 

「んで、どうするよ?」

「侵入は明日の夜間に行う。パッショーネからの情報によると、徐倫嬢は今現在刑務所の懲罰房に入れられているらしい。」

 

サーレーは刑務所への潜入の方法をいく通りかシミュレートしていた。

所内に搬入される食材等の貨物にソフト・マシーンを使用して紛れ込む。下水管を伝って所内にソフト・マシーンで潜入する。クラフト・ワークで小石を宙に固定して、上空から中庭に侵入する。そこからソフト・マシーンを使用して鉄格子を抜けて所内に侵入する。

いずれにせよ、ズッケェロのソフト・マシーンありきの潜入方法である。

 

所内には各所至る所に監視カメラが設置されている。しかし、ズッケェロのソフト・マシーンであれば監視カメラは誤魔化すことができる。

 

夜間に厚みを無くしたズッケェロとサーレーが所内の床の模様を模した迷彩を使って移動すれば、監視カメラはそれを正確に捉えられるほどに精度が高いものではない。夜間であれば所内の照度は落とされ、少人数で複数のカメラを監視する側の人間の注意力も低下する。

先がけて今日の夜に所内に潜入して、デジタルカメラで所内の床模様を撮影しておく。床模様と同じ色紙を用意する。薄っぺらになった二人が色紙を被って所内を移動する。いわゆる昔のテレビでよくある古典的なニンジャスタイルである。一見馬鹿馬鹿しいやり方にも思えるが、パッショーネで前もってさまざまなタイプの監視カメラに試してみた結果、照度が低いとこれが案外と馬鹿にできない効果があることが発覚した。

加えて言えば、二人の最も大きな強みは万が一看守が監視カメラで違和感を感じたり、二人が所内の何らかのセンサーに引っかかったりして刑務所側が捜索を行ったとしても、ズッケェロのソフト・マシーンであれば普通の人間なら考えないような場所に隠れ潜むことが可能だということであった。

 

「それにしてもよぉー。人生って何が起こるかわかんねーな。まさかアメリカで刑務所の潜入任務を行うことになるなんてよぉ。英語の勉強をしといてよかったぜ。」

「全くだな。シーラ・Eさまさまだ。おかげで英語の教材を刑務所に持ち込まずに済んだぜ。」

「じゃあ、取り敢えずホテルで段取りでも打ち合わせるか。」

「そうだな。今日の夜間から長期の任務になる可能性がある。覚悟をしとかないとな。」

 

二人は刑務所から離れ、パッショーネに用意されたフロリダ州の高級ホテルへと向かった。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

空条徐倫は、懲罰房に入れられていた。

 

彼女は恋人と悪徳弁護士に殺人の罪を着せられ、刑務所に十五年間収監されることになった。

そこでずっと会わなかった父親からペンダントを渡され、徐倫はスタンド使いとして目覚めることになる。刑務所行きのバスで相乗りしたエルメェス・コステロという名の女性と友人になり、刑務所内で同室のグェスという女性との戦闘を経てスタンドの使用法を理解し、彼女は自身のスタンドにストーン・フリーという名前をつけた。そしてやがて徐倫に面会が来ることとなる。彼女はてっきり自身の母親が面会に来るものだと考えていたが実際に面会に来たのはずっと会うことのなかった父親であり、父親もろとも徐倫は何者かの襲撃を受けることになった。襲撃を行った何者かは、彼女の父親である空条承太郎が狙いだった。承太郎は何者かに得体の知れないディスクを奪われ、徐倫はそれが承太郎のスタンドであることを推測した。

 

ストーンオーシャンは、そこから始まる。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

「んで、結局どうやって侵入するか決めたのか?」

「そうだな。侵入の決行は明日の夜だ。先駆けて俺が今日の深夜に敷地内の偵察を行う。今日はお前は好きに過ごしといていいぜ。シャバで最後の夜だ。」

 

フロリダの高級ホテルの一室で、サーレーがズッケェロに冗談めかして告げた。

時刻は今現在夜の十一時、サーレーがじきに動き始める予定の時間帯だ。

サーレーの緊張感は高まり、集中した。

 

「オイオイ。怒るぜ?俺たちは一蓮托生だろうが。お前一人で仕事させて、俺だけ呑気に遊んでられるわけがねえだろ。」

「ああ、すまん。じゃあ分業だ。お前は、明日の昼間にどっかのショッピングモールででも高性能なプリンタとスキャナを買っておいてくれ。それでスキャンして刑務所の壁や床と同じ色の色紙を印刷する。今日の夜は俺が単体で仕事を行う。潜入方法はどっかの鉄格子からお前のソフト・マシーンを使用してすり抜けて潜入する。今日は俺が所内の壁の撮影と、監視の薄いところを確認しておく。」

「了解。下見で見つかったら台無しだからな。注意しろよ。」

「ああ。」

 

刑務所でなんらかの陰謀を企む人物が存在すると仮定して、今の二人の最も大きな強みは二人の存在がほぼ間違いなく敵にバレていないことである。下見で見つかって警戒されたりしたら、それが台無しになってしまう。

 

「それで、今日はどうやって下見をするつもりなんだ?」

 

ズッケェロがサーレーに問いかけた。

 

「刑務所は高い壁と高圧電流を流した有刺鉄線に囲まれている。恐らくは夜間も重装備をした連中が周囲の見張りを行なっているだろう。まあ、適当に近付いたら小石を空中に固定して階段を作って監視の薄そうな中庭にでも侵入するよ。」

「問題なさそうだな。」

「誰に言ってるんだ。」

 

サーレーとズッケェロは笑った。

サーレーは立ち上がる。

 

「行くのか?」

「ああ。」

 

サーレーは、グリーン・ドルフィン・ストリート刑務所へと下見に向かった。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

サーレーは、用心深く刑務所の遠巻きから侵入した。

彼の持つ刑務所の見取り図には次々とペンでばつ印が記入されていく。それは、所内の監視カメラの配置図だった。刑務所の屋外でも、塀に備わった監視カメラが複数確認できた。サーレーはそれらに引っかからないように、上空を慎重に進んでいく。監視カメラは普通の人間を想定して、そのほとんどが下を向いている。気を付けるべきは監視塔のようなところから周囲を警戒している人間だが、彼らもまさか人間が空を歩いて侵入してくるとは考えない。距離をとって光源にさえ気を付ければ見つかることはまず無いだろう。

サーレーのクラフト・ワークは、固定の能力で三次元の移動も可能であることが一つの強みだった。

 

「なるほど。これは前もって下見をしておいて正解だったみたいだ。所内では猟犬も飼っているのか。」

 

サーレーは上空から中庭に設置された犬小屋を確認した。あまり近付くと犬に気付かれてしまう。

猟犬を飼っているという情報は、値千金だ。ズッケェロのソフト・マシーンは犬の嗅覚までは誤魔化せない。十分に警戒する必要がある。

 

「ここは……農園か。周囲に耕作した跡が見受けられる。……あれは!」

 

サーレーは何かに気付いて、急いで地上に降りて近くの茂みへと隠れ潜んだ。

スタンドだ。仮面にも見える王冠のようなものを頭に被った、体に奇妙な文様のあるスタンドをサーレーは見かけた。

スタンドは、農園の沼のほとりでなんらかの行動をとっている。不用意に近付けば気付かれる可能性が高く、動けない。

 

ーーうおお……。マジか!?いきなり大当たりじゃあねえか!チッ、いきなりスタンドに遭遇するなんざ、想定外だ。どうする?アイツが完全に敵と決まったわけじゃねえし、能力も未知数だ。いきなり戦いを仕掛けるべきか?

 

【ヤハリココニ置イタディスクニハ使イ道ハナサソウダ。引キ続キ、キミニココノディスクノ監視ヲ任セヨウ。】

 

ーー……ボスは徐倫嬢から情報を得ることが最優先とおっしゃった。奴が黒幕の可能性はあるが、まずは確実に情報を得ることを優先するべきか。

 

サーレーは未知のスタンドの対応にしばし迷った。先手を打てば、戦闘は有利に運ぶ可能性が高い。

しかし仮に相手が黒幕であっても、倒しただけで承太郎氏が元に戻るとは限らない。奴が黒幕ではなくその手先に過ぎない可能性もある。戦いを仕掛けて敗北したら、パッショーネになんら情報を遺せずに任務は失敗に終わってしまう。総じてデメリットの方が大きい。

サーレーは戦いを見送る決断を下した。

 

ーー刑務所の建物の方へと向かっていく。やはり、敵は刑務所内に潜伏しているということか、、、。

 

サーレーはスタンドの向かう先を確認した。

 

ーー取り敢えず今日行うべきことは、刑務所内部の壁の模様の確認と外部監視カメラの大まかな配置図だ。スタンドを使用する敵が刑務所内部に確実に潜伏していることがわかったことも、値千金の情報だ。

 

サーレーは引き続き慎重に己の任務を遂行していった。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

「よお、どうだった?」

「お前寝とけよ。お前は明日必要なものを用意するという重要な仕事があるんだからよ。」

 

サーレーがフロリダのホテルを出立したのは深夜十一時半くらいだった。すでに時刻は朝方の四時近い。

ズッケェロは起きて、部屋でサーレーの帰りを待っていた。

 

「疲れて帰ってくる相棒をほっといて先に寝るなんてできねえよ。それよりどうだった?」

「ああ。いくつか気付けたことがあった。先に下見に行っといて良かったよ。まずは内部の監視カメラの配置と大まかな監視予想図だ。」

 

サーレーは洋服にしまっていた刑務所の見取り図を取り出した。

 

「これに俺が確認できた監視カメラの位置を書き記している。まあわかっているとは思うが、この地図を過信はするなよ。見つかったら作戦がオシャカだ。次に、刑務所内では猟犬を飼っていた。これは当たり前のことだったのかもしれないが、俺たちの前々の予想には組み込んでいなかったことだ。鼻の効く猟犬はお前のソフト・マシーンにとっては天敵に等しい。」

「……確かにな。なるほど。刑務所は犬を飼ってんのか。それは十分に注意しねえといけねえな。」

「最後に、刑務所内でスタンドを見かけた。これでこの件の裏でなんらかのスタンドが暗躍してることの裏付けになったということだ。これは明日ムーロロに電話で報告を行う。」

「ソイツとの戦闘は?」

「見送った。能力もわからないし、ソイツが黒幕だって確証がねえ。まずは徐倫嬢から情報を得るのが最優先だ。」

「まあその通りだわな。じゃあ俺はそろそろ寝るとするぜ。」

「ああ。俺は体が汚れたから落としてから寝るとするよ。」

 

ズッケェロはベッドに横になり、ほとんど間をおかずにイビキをかきはじめた。

 

「さて、と。この先、どうなることやら。」

 

サーレーはシャワールームに入りながら、今日遭遇したスタンドのことについて思考した。

現状、敵についてわかることは姿以外はほとんどない。

 

ーー強いて予想するのであれば、何かよほど特殊な能力を持っていることが想像される。接近してのガチンコの戦いでは、承太郎さんが負けるとは思えない。恐らくは対処の難しいなんらかの能力で先手を取り、嵌めたんだろう。

 

サーレーの冷えた皮膚を、暖かいシャワーがつたっていく。フロリダはイタリアに比べたら温暖で湿潤だが、さすがに深夜の時間帯の長時間行動は疲弊したし、体が冷えた。

サーレーは、ベッドで横になった。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

「潜入は今夜から開始する。先駆けて昨夜、単体で偵察を行ったのだが、刑務所内でスタンドと遭遇した。その際は情報を持ち帰ることを優先して見つからないように立ち回った。やはりこの件、あんたらが推測した通りに何らかのスタンド使いが裏で暗躍しているようだ。」

『……ご苦労だ。引き続き偵察を任せるぜ。』

「ああ。」

 

今は昼日中の三時くらいで、相棒のズッケェロはショッピングモールに潜入用の物資の買い出しに向かっている。

サーレーは知らないが、すでにサーレーの携帯電話はムーロロの判断で傍受不可能な専用線に切り替えられていた。

サーレーは組織への定時連絡を終えた後、この先のことをシミュレートした。

 

ーーさまざまな事態に咄嗟に対応するためには、可能な限り予想できる状況への対応を前もって考えて打ち合わせておくことが必須だ。侵入先は警備レベルが高い刑務所。夜間の見回り等も想定されるし、下手したら最悪ばったり暗躍するスタンド使いと遭遇、なんて事態まで考えられる。俺たちの敵に対する優位な点は敵にその存在がバレていないだろうということであり、まかり間違えて何者かと遭遇するなんて事態は避けたい。用心深く、聴覚を研ぎ澄ませて先へと進む必要性がある。

 

ーー仮に敵方に探知タイプのスタンドが存在した場合、ソイツを墜とすことは俺たちにとって最優先の必須事項だ。それは俺のクラフト・ワークでどうにかしないといけない。たとえ相手に俺たちの存在がバレたとしても、探知タイプさえ墜とせればそれはそれで割に合う。いないならそれに越したことはないが。敵方に探知タイプが存在する可能性を想定すれば必然的に、俺とズッケェロが二手に別れるわけにはいかなくなる。ズッケェロのソフト・マシーンはあくまで奇襲、暗殺用のスタンドであって、近接戦はハッキリ言ってしまえば強くない。

 

サーレーは思考を続けた。

サーレーとズッケェロの二人で話し合って出した結論は、結局ソフト・マシーンの弱点である探知タイプに対する対応は、二人が離れずに行動することによりサーレーのクラフト・ワークで補うしかないというものであった。

 

ーー俺が新しく生み出した新技や、二人で互いの利点を活かし合う戦法などもすでに話し合っている。相棒が帰ってきたらそこを詰めて行かなきゃならねえ。時刻は現在昼の十五時、俺たちが潜入に動き出すまではおよそあと八時間てとこか。とりあえず段取りは後回しにして、なんか腹拵えでもしておこうか。

 

サーレーは部屋を出てホテルに入っているビュッフェ形式のレストランへと向かった。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

ーーうーん。やっぱり、俺はあまりここのメシに合わねえな。個人的には、イタリアのメシの方が美味い。

 

サーレーはレストランに入っていた食料から、パンとソーセージとスクランブルエッグにコーヒーを取って食していた。

 

ーーフロリダは景色はいいし、気候も温暖で過ごしやすいのかもしれないけど、やっぱり俺はイタリアの方が好みだな。

 

「よお、相棒。」

「お前も今からメシか。目的のものは見つかったのか?」

「ああ、問題ねえ。作業もすでに終わらせといた。あとでお前も確認をしておいてくれ。」

「了解。」

 

ズッケェロもビュッフェから好きなものをとって、皿に乗っけていた。

 

「さて、メシを食い終わったら一眠りする。二十三時前に起きて行動を開始する。その先はアドリブで、何が起きるか未知数だ。覚悟はいいか?」

「まっ、やるだけやってみるしかねーな。とりあえず最初の行動は確か懲罰房に向かって空条徐倫嬢に接触することだったな。」

「ああ。囚人に対する懲罰房だから、そこの警備レベルも軽視できねえ。今から一眠りして、起きたらもう集中力を切らすことはできねえ。最悪、道中で何者かと鉢合わせるようだったら戦闘が勃発する可能性もある。その場合は仮に相手に勝利できても所内になんらかの痕跡を残してしまう可能性が高く、ただでさえ厳重な警戒態勢の刑務所内の警備レベルが跳ね上がる可能性が高い。最大限に集中しないといけねえ。」

 

サーレーは口にコーヒーを含んで、目を閉じてしばし刑務所内の警備を想像した。

至る所に鉄格子が存在し、所内を武装した所員が忙しなく捜索をしている絵図の想像だ。

そうなればソフト・マシーンで隠れ潜むことは可能だろうが、移動するとたやすく見つかってしまうだろう。所内不審者探索のために猟犬を持ち出されても、非常に困ったことになる。

 

「なるほどな。そうなってしまえば俺のソフト・マシーンだったとしても所内をバレずに動くのがなかなか難しくなるわな。」

「侵入がバレるのであれば、せめてお前の天敵である探知タイプのスタンドは最低でも墜としたい。まあ敵方にそれが居ないのが一番いいが、楽観はしない方がいい。」

「……ああ。」

 

ズッケェロは麻薬チームに殺されかけて、天敵という存在の恐ろしさを身に染みて理解している。

探知タイプのスタンドが存在したら、二人の優位性が存在しなくなってしまう。敵の数も能力もわからない現状、最悪のケースは想像し尽くしてもしたりない。

 

「……しかし、必要以上に今から警戒して、本番で集中を切らすのは愚かな行為だ。とりあえず今は腹が満たされたら、部屋に戻って眠ることを考えよう。」

「そうだな。」

 

人間の体力や集中力には限りがある。それらは相互に密接に関わっており、当然の話、体力が低下すれば疲労がダイレクトに頭脳に影響して相乗的に集中力も低下する。現在の時刻が十七時。動き出す二十三時までにはあと六時間ほどの余裕がある。

食事を終えた二人は、部屋のベッドで横になった。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

「ここから先は無駄話は厳禁だ。俺たちの命運、お前に任せたぞ。」

「ああ。」

 

サーレーとズッケェロの二人は、州立グリーン・ドルフィン・ストリート重警備刑務所の所内潜入経路の鉄格子のそばまですでに辿り着いていた。これから二人が行うのは刑務所の潜入任務、しかも警備レベルはアメリカ最高レベルの刑務所だ。普通に考えたら自殺志願の人間の所業である。

 

サーレーはズッケェロの攻撃を受けて平たくなり、ズッケェロも平たくなってサーレーを運びながら刑務所内の潜行を行う。夜間といえども所内では警備が行われていることが想定され、足音やなんらかの異変を感じたらズッケェロはすぐに閉所に隠れることに取り決められている。その他も、スタンドと鉢合わせたりしたら即座にサーレーに使用した能力を解除する手筈だし、なんらかの想定外の事態が起こったら日を改めて出直すことも前もって取り決めてある。

 

ーーまあとりあえず……今のところはなんら想定外な事態は無さそうだ。さて、と。

 

ズッケェロはゆっくりと刑務所の床を這いずりながら先を進んでいる。時折ソフト・マシーンが床の色紙から顔を出して辺りを用心深く伺っていた。

刑務所の床に足音が響いた。ズッケェロは、近場にあった鉄格子のある通路へと隠れ潜む。

 

ーー機関銃を持った見回りか。あんなんを乱射されたら相棒のクラフト・ワークならともかく、俺のソフト・マシーンじゃああっという間に蜂の巣にされちまう。

 

ズッケェロは緊張した。用心深く長時間潜伏し、やがて足音は遠ざかって行った。

 

ーーふう。気を使うぜ。とりあえず地図によると、懲罰房棟の場所はこっちの方角だったな。

 

ズッケェロは慎重に、刑務所内を這って進んでいった。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

空条徐倫は、刑務所の懲罰房に入れられていた。

彼女は父親の承太郎と面会室にて面会し、そこでジョンガリ・Aと得体の知れないスタンドの二人組に襲撃された。

彼女の父親の承太郎は得体の知れないスタンドの攻撃を受けて記憶とスタンドを奪われ、仮死状態でスピードワゴン財団所持の潜水艦へと逃がされた。彼女は父親が奪われたものを取り戻すためにここに残っている。徐倫は面会室を勝手に抜け出した責を問われ、懲罰の対象になっていた。

 

徐倫は手足を手錠で拘束されたまま、懲罰房内の床に突っ伏している。

 

「空条徐倫だな。」

「誰ッッッ!!!」

 

唐突に声がして、懲罰房内の徐倫は緊張した。父親を襲撃した人物が、彼女を亡き者にしようと襲撃しに来た可能性が高い。

 

「待て。俺は敵ではない。バレないように静かにしてくれ。話を聞いてほしい。」

 

声は部屋の外から聞こえてくる。徐倫は転がって体勢を変えて部屋のドア上部に取り付けられた鉄格子に目をやった。

そこから、男が房内を覗いていた。

 

「アンタ何者よ?私に何の用?」

「俺の名前はサーレー。スピードワゴン財団の盟友、パッショーネという組織に所属する人間だ。お前の親父さんとも面識がある。」

「……証拠は?」

「ない。しかし、俺たちはここまで忍び込むためにもリスクをはらったし、お前を問答無用に攻撃していないことからも信じて欲しい。」

「……簡単には信用できないわ。」

 

徐倫は男が告げた内容を頭でまとめた。

 

「俺たちがわざわざここまで侵入した理由は、俺たちの組織と財団が盟友関係にあることと、この件の背後で何らかの邪悪な意思が動いている可能性を感じたためだ。そのために、情報を持っているであろうお前に接触を行なった。」

「邪悪な意思?」

「承太郎さんは、ある一部の界隈では非常に有名人だ。尋常ではない実力者だと。」

「それって!」

 

徐倫にも心当たりがあった。彼女は最近、スタンド能力を身につけたばかりだ。もし彼女の父親が実力者として有名だということが事実なら、それと無関係であるとは思えない。

サーレーと名乗る男の脇にも、亡霊のようにソイツが立っている。

 

「やはりお前にも見えるのか。」

「アンタもそれ、使えたのね。」

 

サーレーは徐倫の視線が、彼のクラフト・ワークの方へと向いたことに気付いていた。

 

「これは俺たちがスタンドと呼ぶ存在で、俺はその能力を使用してここまで潜入してきた。信じてほしい。俺たちが能力を使用すれば、お前に気付かれずに問答無用での攻撃も可能だった。しかし俺は、今危険を犯してお前の前に姿を現している。」

「……アンタたちが私に接触した理由は?」

「承太郎氏の身に起きたことの詳細、敵の正体、敵の狙いなど、その場にいたお前に知っていることを教えて欲しい。」

 

徐倫は少し悩んだが、相手の言に筋が通っている上に相手の言葉の端々に外国人らしい訛りがあったために、男の言うことをある程度は信用することに決めた。

 

「私の父さんが実力者だと言うのが事実だと仮定して、それが邪悪な意思とどう関係するの?」

「スタンドを得てそれで邪な行為を行おうとする者が、昔から後を立たないと言う話だ。承太郎さんはそういった奴らの、対抗力として有名だったらしい。俺は直接それを知っているわけではない。これは、組織から俺に与えられた情報だ。邪悪な奴らが承太郎さんを目の上のタンコブとして始末しようとしたり、あるいは財団を乗っ取って世を乱そうとしているのではないかというのが、俺たちの組織の見解だ。」

「……なるほど。」

 

徐倫にその話の裏付けは不可能だが、男の話の筋自体は通っている。

彼女に与えられたストーン・フリーも常人には不可視で、いくらでも悪し様な使い方が考え付く。

 

「だから俺たちは、お前から何らかの情報を得るためにここに来た。財団が乗っ取られでもしたら、ヨーロッパで俺たちの組織と財団の戦争が始まるかもしれない。俺たちは財団と深い仲だし、俺個人としても承太郎さんとは知り合いだ。……再就職先の問題もあるし……。」

「再就職先?」

「いや、何でもない。聞かなかったことにしてくれ。とにかく徐倫、お前が知っていることを教えて欲しい。」

 

徐倫はしばし瞑目して、決意した。

 

「私の父さんを襲ったのは、あなたのいうスタンドよ。二人組で、一人はジョンガリ・Aという名の男。もう一人が、正体不明の体に文様のあるスタンド。」

「それは!」

 

恐らくはサーレーが昨夜遭遇して、戦闘を見送ったスタンドだ。

 

「どうしたの?」

「……そいつは昨晩、刑務所内の中庭の倉庫近辺で見かけたぞ。」

「……何ですって?」

「まあとりあえず、昨晩刑務所の偵察の際に偶然見かけたというだけだ。それよりも話の続きを聞きたい。お願いできるか?」

「……わかったわ。そのスタンドは父さんの頭部からディスクを奪って行ったわ。恐らくはスタンドと記憶を奪われたのではないかしら?敵の目的は不明だし、どいつが操っていたかもわからないわ。」

「それが全てか?」

「ええ。私が今わかっている全てよ。」

「わかった。ありがとう。……ところで徐倫、話は変わるが、俺たちのスタンドを使用すればお前をここから逃がせるが、どうする?まあ、俺たちを信用してもらってのことになるが。」

 

敵の目的は不明であるが、今後刑務所内では戦闘が起こる可能性は高い。

その時、空条徐倫という存在をどうするかは、サーレーたちも頭を悩ませていた問題だった。最悪戦闘に巻き込まれて命を落とされるくらいなら、いっそのこと刑務所から逃がしてしまった方がいい。

 

「俺たち?アンタ一人じゃあないの?」

「ああ。もう一人は周囲の索敵と警戒を行なっている。ところで、どうだ?」

「そうね。気持ちは有り難いけど、私は自分の手で黒幕をぶちのめさないと気が済まないの。父さんも助けてぶん殴ってやりたいし。遠慮するわ。」

 

敵意が氷解したとしても、それと感情は別物だ。

徐倫はこれまで母親と彼女を放置した承太郎を、絶対に殴ってやることを決意していた。

 

「……刑務所内で恐ろしい戦いが起こるかもしれないとしてもか?」

「そうだとしてもよ。」

「……そうか。俺たちはもうしばらくは刑務所に潜伏して事件の裏側の詮索を行うつもりだ。俺の顔を覚えといてくれ。それと気が変わって逃げたくなったら、俺にいつでも言ってくれ。」

 

それだけ告げると、男は懲罰房棟から去って行った。

 

男たちが懲罰房棟に潜入するところを、一人の少年が目撃していた。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

名前

空条徐倫

スタンド

ストーン・フリー

概要

空条承太郎の娘。承太郎と彼女の母親は離婚しており、徐倫は承太郎にいい感情を抱いていなかった。スタンドは糸を束ねたようなスタンドで、しなやかさと強靭さを併せ持つ。


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