噛ませ犬のクラフトワーク   作:刺身798円

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石作りの海 その4

『ジョンガリ・Aという男の身元が判明した。お前にも伝えておこう。そいつは、ディオ・ブランドーと呼ばれる男の手下だったようだ。』

 

カンノーロ・ムーロロが電話口でサーレーに告げた。

 

「ディオ?」

『そうだな。お前ももう知っておいてもいいかも知れない。俺たち裏の住民の界隈では、知る人間は知る有名な話だ。その男は以前エジプトに住んでいて、非常に危険な存在として有名だった。俺たちヨーロッパの組織の多くもそいつを危険視していたが、そいつがあまりにも強大なせいでどこも手を出せない状況だったようだ。』

「ディオってこの間俺たちがエジプトで戦った?」

『そうだ。その男の上司に当たるのが、ディオという名の男だった。空条承太郎氏は、そのディオを倒したことでも裏社会にその名を知られている。』

「……それではそいつの敵討ちに空条徐倫は巻き込まれたということか?」

『……そこまでは俺にもわからねえ。ただ、気掛かりなことがある。』

「気掛かり?」

『なぜ空条承太郎氏をはめて仮死状態にしたのかだ。そこまで出来るんなら、恐らくは暗殺も可能だったはずだ。そいつには優先的に承太郎氏の記憶を入手する必要があった可能性がある。』

「なるほど……。」

 

サーレーは手を顎に置いて相手の思惑を推測したが、特に大したことを思いつかない。せいぜいサーレーに思い付くのは、ディオとやらの隠し財産とかである。相手の必死さを考えれば、もしかしたらそれは十億円くらいあるのかもしれない。

 

「おのれッッッ!!!悪党めッッッ!!!十億円は渡さん!」

 

サーレーたちもポルポの隠し遺産を狙ったはずだが?

チンピラは、自分のやったことを棚にあげるのが十八番である。

 

『十億円?テメエいきなり何言ってんだ?』

「す、すまん。間違いだ。」

『まあいい。これはオフレコだが、そのディオという男は俺たちのボスのジョジョとも深い関係がある。それについては組織でも秘中の秘だ。絶対に誰にも喋るんじゃあねえぞ。この件を担当しているお前にだから伝えてるんだ。……引き続き事件の背景、敵の思惑を探ってくれ。』

「ああ、わかった。任せてくれ。」

 

サーレーはそれだけ告げると、話は終わったとばかりに電話を切ろうとした。

 

『ああそうだ。伝え忘れたが、お前の応援しているミラノクラブチームの9番はスペインに移籍したぜ。』

「なんだと!?」

 

予想外のショックにサーレーは思わず大きな声をあげてしまった。

ミラノクラブチームはチームの中核の有力な選手を手放して、今シーズンを一体どうやって戦い抜くというのか?

 

『他にもヨーロッパフットボールの移籍市場にはいろいろな動きがあった。トリノクラブチームは大型補強をしたし、ローマクラブチームもいい金を出してベルギーから有力若手選手を引っ張ってきている。お前は応援しているミラノクラブチームの新しい9番が誰になったのかも気になるだろ?パッショーネ所有のチーム所属の選手も結構動いたぜ。そうだな、例えば……。』

「待て!待ってくれ!」

 

サーレーは辺りを見回した。

ズッケェロとアナスイとエンポリオがこちらを白い目で見ている。ウェザーは今現在は刑務所の自分に与えられた監房に戻っていた。

 

『どうした?』

「そりゃ俺だって移籍市場は気になるけど、今の時間を考えてくれ!夜間の長電話はみんなの迷惑になる!」

 

なぜムーロロはこんな非常識な時間に電話をかけてきたのか?

もっと明るい昼日中にかけてくればいいのに。

 

『……サーレー、これはお前もやったことだ。これでちったあ俺の不快さも理解したか?この世にゃあ、時差ってもんが存在する。こっちではまだ昼間なんだ。お前がキチンと現状を報告するのは大切だが、深夜に長々と愚痴を聞かされるこっちの身にもなれってんだ。』

「わかった!わかったから!悪かったよ。」

 

……どうやらムーロロは前回長々と深夜に電話したのを未だに根に持っているらしい。

サーレーは深く反省した。

 

『……それじゃあ引き続き調査を頼んだぜ。次からの電話は要件を手短かにしろよ。』

 

それだけ告げると、ムーロロは電話を切った。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

「今日は、空条徐倫嬢たちの護衛を行う。」

「了解。」

 

エンポリオの音楽室でサーレーがズッケェロに告げて、ズッケェロはうなずいた。

 

空条徐倫とエルメェス・コステロはサンダー・マックイイーンの記憶のディスクを入手して、刑務所農園そばにある倉庫のトラクターに黒幕がディスクを隠しているという情報を手に入れていた。

サーレーは黒幕と遭遇した夜以降も敵がまた倉庫近辺に来るのではないかと、農園の近くを夜間幾度も遠巻きに徘徊していたが、再び敵と遭遇することはなかった。サーレーは敵がそんな近くにディスクを隠していたとは、思いもしなかった。

 

農場では二人の囚人が行方不明になっており捜索隊が組まれ、それに空条徐倫とエルメェス・コステロは志願していた。

 

「基本の方針の確認を行う。ズッケェロ、俺たちはどう動く?」

「俺たちは基本周囲に潜伏して索敵を行う。敵と遭遇した場合、俺たちは徐倫嬢とエルメェスのスタンドの戦闘力の確認とその向上のためになるべく手出しを控える。徐倫嬢たちが敗北しそうな場合や監視続行が不可能になった場合は、戦闘のフォローを行う。」

「オーケーだ。」

 

これは、二人が前もって話し合って決めた取り決めだった。

 

敵の数も実力もわからない。徐倫とエルメェスにはスタンドがあり、戦えるのであれば戦力は大いに越したことはない。

サーレーとズッケェロはまだ敵にその存在を知られていないだろうという利点も存在し、なるべくならそれを放棄したくない。

 

スタンド使い同士は引かれあい、この先徐倫たちが強力な敵と戦う機会がないとも限らない。スタンドは生死をかけた戦いを繰り返す中で使い道を理解し、成長する。

サーレーたちの本分は暗殺チームであり、真っ向からのガチンコは可能であれば避けたい。徐倫という若い女性たちを囮のような扱いにすることに抵抗がないわけではなかったが、敵の実力が未知数であり、結局は使えるものは使って手段を問わず敵に対処することとなった。

 

それら複数の理由により、彼女たちが敵と遭遇した場合はなるべくなら手出しを控えようというのが二人の方針だった。

 

「……よし、行くぞ!」

 

サーレーは眠気まなこを擦ってあくびをした後にズッケェロに告げた。

 

「……相棒、もちっとシャキッとしろよ。俺たちは戦う可能性が高いんだぜ?」

「昨日の夜間のムーロロの長電話が……。」

 

サーレーは、再び反省した。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

グリーン・ドルフィン・ストリート刑務所中庭にある倉庫。その中に納められているトラクターの車輪の中に敵黒幕の奪ったスタンドのディスクは保管されている。徐倫とエルメェスは囚人のサンダー・マックイイーンの記憶のディスクによりそれを読み取り、徐倫の父親である承太郎のディスクを奪い返そうと目論んでいた。彼女たちは刑務所から腕輪を嵌められ、それは引率者である看守から一定の距離を離れると警告を発したのちに爆発する囚人を管理する手錠だった。

 

サーレーとズッケェロは徐倫たちが出発するのを確認したのちに、ズッケェロのソフト・マシーンを用いて徐倫たちの後を追うことにした。黒幕がディスクを厳重に保管している可能性は高く、ディスクを奪う際に何者かとの戦闘になる可能性は高い。

二人は、その場で起こりうる考えつく事態を可能な限り想定した上で、徐倫たちの後を追った。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

「……オイ、なんか囚人の数増えてねーか?」

 

ズッケェロがサーレーに問いかけた。サーレーは囚人の数を指差して数えてみた。

 

「1、2、3、4、5……増えてるか?」

「確か刑務所を出発した時は囚人は5人だったろ?今は6人いるぜ?」

 

サーレーは目を瞑って記憶を辿った。どうにも思い出せない。

徐倫とエルメェスは間違いなくいた。看守も1人。ここまでは問題ない。

残りは4人。気の弱そうな女とカリアゲと黒髪と日焼けだ。4人とも最初からいたような気がするし、そうでないと言われればそういう気もする。

 

「確かなのか?」

「うーん、そう言われると俺も少し自信が無くなってくるんだよなあ。」

 

ズッケェロは自分の頭を掻いた。

二人は中庭の倉庫のそばにある、樹木の生い茂った茂みに潜んでいた。

 

「まあいい。引き続き俺は周囲に他のスタンドが現れないか索敵を行う。お前は注意深く徐倫たちの成り行きを見守っていてくれ。」

「了解。」

 

二人は役割を分業している。サーレーが動きを見せた徐倫に対して黒幕が何らかのアクションを起こすかどうかの周囲への索敵、ズッケェロが徐倫たちの行動に対して目の前で起こることの確認。もしも本当に人数が増えていたのならば、敵がなんらかの行動を起こした可能性が高い。

 

敵が目前に現れたとしてもそれが敵の全てだとは限らない。暗殺チームの二人の認識だ。目前の敵の行動に気を引かれた隙に背後からブスリというのは暗殺の基本戦術であり、暗殺という役割を求められた二人にとってそれを警戒するのは至極当然だと言えた。

ズッケェロは、注意深く徐倫たちの成り行きを見守っている。

 

「オイ、こっちの雲行きが少し怪しくなってきたぜ。」

「……。」

 

ズッケェロの言葉につられて、サーレーも徐倫たちの行動に意識を割いた。

女囚の一人の腕輪が突如爆発し、看守の姿が見えなくなった。恐らくは敵の襲来だ。

彼女らは揉めた末に空条徐倫が女囚の一人を殴り、三人の女囚はその姿を崩して一つの生命体に変化する。

 

「チッ。アイツらすでにやられてたのか。どうするよ?」

「……まだだ。徐倫たちの戦闘力の確認と周囲の索敵が優先だ。まだ俺たちは動かない。観察を継続する。」

 

生命体は己の名をフー・ファイターズと名乗り、徐倫たちとの戦闘が開始された。

 

「オイ……アレ。」

「ああ。」

 

ズッケェロは彼らの戦闘を食い入るように眺め、サーレーは周囲の警戒を怠らないようにしながらも戦闘に意識を割いた。

 

「空条徐倫、あの糸のスタンド……。お前のクラフト・ワークに少し似ているな。おもしれえ。ありゃ結構強えぞ。」

「ああ。戦闘に関して言えば、さすがは承太郎さんの娘だと言ったところか。」

 

空条徐倫は糸を編んでしなやかに沼の上を走っている。敵に水場に引きずり込まれたエルメェス・コステロを助け出していた。

徐倫のストーン・フリーは敵に対する柔軟な強さを持ち、様々なことに対応が可能だということがサーレーのクラフト・ワークに少しだけ似ていた。

 

「敵は水場での戦闘に特化したタイプのようだ。アイツら水の中に引きずり込まれたら瞬く間にやられるぜ。まだ様子見か?」

「ああ。徐倫嬢たちには申し訳ないが、ギリギリまでは戦ってもらう。」

 

二人の至上目的はイタリアとパッショーネの安寧である。空条承太郎と徐倫は出来ることなら助けたいが、それに傾注して本来の目的を忘れるつもりはない。少し危険になったからと言ってすぐに乱入してしまっては、承太郎を陥れた目的も実力も未知数な黒幕に先手を取らせてしまうという最悪の失態に繋がりうる。

 

「……不気味なスタンドだ。周囲に本体も見当たらねえ。恐らくは一体のスタンドだと思うが、、、徐倫とエルメェスを同時に相手取っていやがる。」

 

敵はすでにフー・ファイターズと名乗り、徐倫たちに自分の出自を明かしていた。

ズッケェロはそれを確認していたが、サーレーは周囲の警戒を兼ねていたためにそれを聞き逃していた。

 

「お、おい、相棒。お前頭大丈夫か?アイツさっき自分で正体を明かしてたじゃねえか。」

「……動くぞ!」

 

彼らがしばらく戦った後に、戦局が動いた。

敵は唐突にどこかへ向かって走り出し、敵本体を追う徐倫と敵分体に捕まったエルメェスは分断された。

戦局が二手に分かれてしまっては、観察は続行不可能である。周囲に他の人間の気配も感じない。

サーレーはこの辺りが潮時だと判断を下し、ズッケェロに指示を下した。

 

「俺が徐倫側のフォローを行う。お前はエルメェスのフォローをしろ。観察はここまでだ。」

「了解。」

 

サーレーとズッケェロは二手に分かれて、敵と対峙する。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

徐倫の監視用の腕輪は警告音を発し、フー・ファイターズと名乗る敵は倉庫へと向かって走りディスクを別の場所に隠そうと目論んでいる。ここで敵を逃してしまえば、恐らくは彼女の父親のディスクはもう二度と彼女の元へ戻ってこない。徐倫は腕輪が爆発するリスクを覚悟で、敵の後を追っていた。

そして、唐突に彼らの進路に男が躍り出る。

 

「この先は、通行止めだぜ。」

【なんだキサマはァァァーーーッッッ!!!】

「アンタは……。」

 

彼らの戦闘に何者かが割り込み、徐倫は即座にその男が以前懲罰房で彼女に接触した男だと気が付いた。

フー・ファイターズと倉庫を結ぶ進路にサーレーが立っている。サーレーは自分に向かって走ってくるフー・ファイターズを指差して、カッコよく(あくまでもサーレーにとってはであるが)ポーズを決めた。

 

「喰らえ!これが俺のクラフト・ワークの新しいわ……。」

【邪魔だッッッ!!!どけっ!】

「グエェェッッッ……。」

「何がしてえんだテメエはぁぁぁぁッッッッ!!!」

 

サーレーの新技初お披露目は不発に終わり、フー・ファイターズに思いっきり顔面をブン殴られたサーレーはカエルが潰されたような悲鳴とともに畑に突っ込んだ。

徐倫は何のために乱入したのかわからないサーレーに激しくツッコミを入れた。

 

これはサーレーが後に気付いたことだが、フー・ファイターズが細かな生物の群体であること。そしてフー・ファイターズに本体が存在しないことがサーレーの新技が不発に終わった原因だった。サーレーは相手の正体を聞き逃している。

 

「クソが!テメエ!よくもやりやがったな!!!」

 

サーレーはフー・ファイターズに殴られて鼻血を出したまま急いで立ち上がり、なんとかフー・ファイターズの進路に割り込んだ。

 

【なんだキサマはッッッ!!どけっっ!】

「ウラッッ!」

 

サーレーのクラフト・ワークとフー・ファイターズの間で拳の応酬がなされる。

フー・ファイターズは気付かない。

フー・ファイターズにとって……否……スター・プラチナのようなごく少数の例外を除く多くのスタンドにとって、クラフト・ワークに接近戦を挑むのは愚かなことである。

 

「なんだ、こりゃあ……?」

 

サーレーは困惑した。

サーレーがクラフト・ワークで拳を交わして固定するたびに、サーレーの拳には得体の知れない物体がくっ付いてくる。

サーレーは相手がまさか微生物の群れだとは想像もしていなかった。

 

【キサマ……。】

 

困惑しながらも、サーレーは相手の反応から相手にとって戦闘がよろしくない方向に向かっている事を理解した。

クラフト・ワークとフー・ファイターズの拳が交わされるたびに群体であるフー・ファイターズの微小な個体がクラフト・ワークの拳に固定されてゴッソリ削り取られ、フー・ファイターズはその体積を減らしていく。すぐ背後には追ってきた徐倫も存在し、フー・ファイターズは水の無い陸上で挟撃されている。

 

「諦めな。お前に勝ち目はねえ。」

 

サーレーは鼻血を流したまま、懲りずにポーズをとってフー・ファイターズに宣告した。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

「知性があることがよォ……。戦闘において必ずしも有利に働くとは限らないぜェェ。」

 

沼のほとりにはシャボン玉が浮かんでいる。幻想的な光景だ。幻想的な光景だが、そのシャボンは他者に麻薬の中毒症状を引き起こすタチの悪いものだった。

敵に沼に引きずり込まれかけているエルメェス・コステロは辺りを見回し、そこにサンダー・マックイイーンとの戦闘で彼女を手助けをしたマリオ・ズッケェロと名乗る男がいることに気が付いた。

 

「ああ、お前はそれには触れんなよ。それはそいつへのプレゼントだ。」

「何を……。」

 

周囲を漂うシャボンはエルメェスを引っ張るフー・ファイターズの分体にぶつかり、破裂した。

 

【グ、グギャオァッッッッッッ!!】

「初めてだろ?何が起こったのか理解できないだろ?知性が無けりゃあよォー。きっと本能で戦闘を続行できただろうによォー。」

 

フー・ファイターズの分体は初めて感じる麻薬の中毒症状に驚いて、エルメェスを掴んでいた手を離してしまった。

 

「よっ。今のうちに向こうと合流しようぜ。」

 

ズッケェロが沼のほとりで横たわるエルメェスの手を引いた。

 

「……待ってくれ。そいつがいないと腕輪に内蔵された爆弾が爆発しちまうんだ。」

「ああ、なるほど。」

 

エルメェスが看守の死体を指差した。ズッケェロは一考してサーレーの様子を伺うために振り返った。

 

「あっちも決着がつきそうだぜェ。ま、アレなら問題ねえだろ。」

 

その言葉にエルメェスもつられて徐倫の様子を眺めた。倉庫に向かう進路上でサーレーとフー・ファイターズが対峙し、周囲に水の無いフー・ファイターズの体積はだいぶ少なくなっている。徐倫があそこにいるのであれば、距離的に腕輪が爆発することはないだろう。

 

「じゃあ俺たちはここであっちの決着を眺めるとするか。」

 

ソフトマシーンのシャボンに本体よりも知性が劣るフー・ファイターズの分体は麻薬の中毒症状に対応しあぐねて、その隙にエルメェスが看守の遺体を回収した。沼から少し離れた地面に座りながら、二人はサーレーたちの戦いの決着を眺めていた。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

【キ……キサマァーッッッ!】

「お前の負けだ。もう諦めろ。」

 

フー・ファイターズの本体はクラフト・ワークに削がれ続けて、すでに当初の十分の一ほどまでに体積を減らしていた。体高も三分の一ほどしかない。残り少ない体積で、フー・ファイターズはろくに戦えず縮こまって自分に与えられたディスクを必死に守っている。

 

【わ、私はディスクを守るッッッ!ディスクは、私に知性を与えてくれたッッッ!!】

「残念だが……アリーヴェデルチ(さよならだ。)。」

 

戦闘は終始クラフト・ワークに有利に進み、すでに決着はついたも同然だった。

得体の知れない敵にとどめを刺そうと、クラフト・ワークがその拳を振り上げた、その時だった。

 

「……待って。」

「どうした?徐倫。」

 

徐倫の声に反応してサーレーは振り向いた。

 

「そいつは黒幕に騙されているだけよ。そいつは自分に知性を与えた確かな恩があるディスクに恩を返したいと考えているだけ。殺害すべきではないわ。」

「……しかし、コイツはすでに囚人をたくさん殺してしまっている。」

「確かにそれはそう。確かにそいつは法に照らせば死刑になるほどの殺人を侵しているのかもしれない。でも法律とは人間に適用されるもの。そいつは人間ではなく、敵の存在を考えれば仲間は多いに越したことはない。そうでしょう?」

 

サーレーは少し考えた。

確かに仲間に引き込めるのであれば、戦力は多いに越したことはない。そして殺害せずとも今後危険がないのであれば、生かしておくことに文句はない。さらに言ってしまえば、せっかく手を組めそうな空条徐倫という強力な戦力と仲間割れをすることは、現状で最も愚かしい選択である。

 

「……それがお前の選択か。なるほどな。確かに一理あるかも知れねえ。だがお前がそいつを懐に入れるってんなら、そいつが人間に馴染むまではお前が責任をもってキチッと管理しろよ。じゃないと俺が処理する必要性が出てくるかもしれないからな。」

「……そんなことはわかってるわ。」

 

……コイツは本体が人間ではなかったのか。道理で周囲に本体が見当たらず、殴るたびに手にもれなく変な物体がくっついてくるわけだ。

サーレーは本体が人間でないスタンドと初めて出くわして、世界は広いものだと感心した。

 

「ねえあんた、聞いて。私たちはあんたのディスクを奪わない。あんたにディスクを与えた人間は、それを使って邪悪なことをしようとしているの。私は奪われた父さんのディスクを取り返したいだけ。あんたには、私を手伝って欲しい。」

「……オイ、テメー。テメーみたいななんなのかよくわからない存在は、正体が人間にバレたら敵視されて襲撃されることになる。徐倫の言うことに従って俺たちの仲間になるってんなら、その功績をもって俺たちもお前の正体がバレないようにお前に対して色々便宜をはかってやれる。今起こってる事件が終わっても、お前の生は続くんだ。お前は俺たちの配下に付け。」

【……私にはもう勝ち目がない。こんな私に情けをかけるというのであれば……。知性のない生命は決して敗者に情けをかけたりはしない。それは知性を持つものの特権だと言える。空条徐倫、お前はどうやら高い知性を持った人間のようだ。いいだろう。私はお前の知性に敗北した。お前の部下になろう。】

 

フー・ファイターズは敗北を認め、非情に徹さずに情けをかけた徐倫に感銘を受けて傅いた。これより空条徐倫は、フー・ファイターズの絶対のボスとなる。その様は、サーレーがジョルノに傅いたのと似ていた。

 

「一件落着みてえだな。」

「徐倫……そいつを仲間にするのか……。」

 

そこに別れて戦っていたエルメェスとズッケェロも合流した。

 

「さて、ここは終わったみたいだが……相棒。俺たちは次はどう動くよ?」

 

ズッケェロがサーレーに問いかけた。

 

「……ここで戦闘が起こったことは、すぐに黒幕に伝わるだろう。俺はここの近くに潜伏して、ここに近づく怪しい奴を探る。同時進行で承太郎氏のディスクを外に持ち出すのも俺たちの仕事だ。」

 

同時進行で行動を分業する理由は、迅速にディスクを刑務所の外に持ち出すためであった。迅速に行動を起こせば黒幕側に倉庫で起きた異変が伝わらず、ディスク持ち出しに対して黒幕から何らかの邪魔立てをされることを防ぐことができる可能性が高い。

 

「……父さんのディスクを外に持ち出せるの?」

 

徐倫がサーレーに問いかけた。

 

「ああ。問題ねえ。俺たちが外から来たってのは話しただろう?同じようにやりゃあ、ここの外にディスクを持ち出すのは容易だ。」

「わかったわ。それはあんたたちに任せる。」

「俺たちを信用してくれるのか?」

「私たちはどうやったってどこかでリスクを負わざるを得ない。ならばあんたたちを信用するのが、私たちにとって最も手っ取り早い。」

 

徐倫がディスクを所外に持ち出すのであれば、まずはどうにかして財団に連絡を取らないといけない。よしんばそれが上手くいったとしても、今度はディスクを外に持ち出す際のリスクが発生する。外への電話が刑務所に内容を録音されているであろうことは確定的だし、徐倫たちがどうこうしようとしたらどうやっても黒幕側に筒抜けになる。

サーレーとズッケェロは素性が不確かではあるが、徐倫は結局はどこかではリスクを負わざるを得ないのである。

 

「……さすが承太郎さんの娘だ。肝が大きい。」

「……父さんのことを詳しく知っているの?」

「俺が知っているのは少しだけだ。承太郎さんがもとに戻ってから自分で話せばいい。」

 

ズッケェロが徐倫と会話するサーレーに声をかけた。

 

「じゃあ具体的にこれからの行動内容を詰めるとするか。」

「ああ。ズッケェロ、お前がディスクを外に持ち出して、パッショーネに連絡を取ってくれ。俺がここの監視を受け持つ。」

「お前が監視すんのか?俺の方が適任じゃねえか?」

「いや。万が一敵が探知タイプや犬を駆り出してきたら、そのまま戦闘に突入せざるを得なくなるかもしれない。悪いがお前では若干近接の戦闘面で不安が残る。……スマンな。」

「……いや、気にすんな。俺たちが負けたら俺たちはおそらくその場でそのまま死ぬことになる。お前がそれで少しでも勝率が上がるって判断したんなら、それでいいよ。」

 

サーレーとズッケェロは、役割を分担した。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

【……ナンダ貴様ハ?】

「さあな。なんだと思う?」

 

狭くて薄暗い倉庫の中で、サーレーと黒幕のエンリコ・プッチのスタンド、ホワイト・スネイクは向かい合っていた。

戦闘が終わった後、中庭の倉庫に到着したのは刑務所の捜索隊だった。サーレーは犬を警戒して倉庫の風下に陣取り、彼らを倉庫から遠くの茂みに隠れて注意深く長時間観察し、やがて彼らの中にスタンドが混じっているのを確認した。

サーレーはそれを絶好の機会だとみなして、サーレーたちの存在がバレるのを承知の上で新技を使用して敵を隔離し、捜索隊に混じっている誰だかわからないそれの本体は捜索を終えてすでに刑務所に向かって帰投しようとしていた。

 

徐倫が敵の目的を知らなかった以上、サーレーたちは敵の黒幕と対峙せざるを得ず、次に黒幕がその姿を見せるのはいつになるかわからない。エンリコ・プッチは刑務所でことを起こそうとしているのであるが、それは読者方の視点だからこそわかる事である。サーレーたちは敵のその目的を一切知らない以上、敵がいつ刑務所から行方をくらますかわからないと、そのことをかなり警戒しているのである。

それならば敵がその姿を見せた時に先手を取って仕掛けてしまった方が、いくらか目的達成確率が高い。サーレーはそう判断した。

 

「問答は無用だ。お前は承太郎さんのスタンドと記憶を奪った薄汚い盗っ人だ。捕らえた後に目的を洗いざらい吐いてもらおう。」

 

サーレーとクラフト・ワークは走ってホワイト・スネイクに近付き、拳を握った。

 

「ウラッッ!!!」

【クッ!】

 

クラフト・ワークの右拳がホワイト・スネイクの左方から襲い掛かり、ホワイト・スネイクは左腕でそれをガードする。ホワイト・スネイクの左腕はそのままクラフト・ワークの右拳に磁石のように吸い付き、クラフト・ワークは続いて左拳で殴りかかった。クラフト・ワークの左拳もホワイト・スネイクの右腕に吸い付いた。

 

ホワイト・スネイクはクラフト・ワークの能力の対処に迷い、困惑した。相手の得体の知れない能力によって両腕が塞がれてしまっている。クラフト・ワークの新技も発動したままだ。クラフト・ワークの新技は著しくサーレーに有利に働き、ホワイト・スネイクに甚だ不利な効果をもたらしている。

 

クラフト・ワークの膝がホワイト・スネイクの腹部に突き刺さった。衝撃で腹を折り曲げて頭部が下がったホワイト・スネイクの後頭部に鋼鉄に固めたクラフト・ワークの頭突きが炸裂する。脳を揺らされホワイト・スネイクの動きが鈍った隙に、クラフト・ワークは右拳の固定を解除してホワイト・スネイクの頬を殴打した。

 

【グウッッッ。】

「ウラッッ!」

 

固定と解除を近接で繰り返すクラフト・ワークは、至近戦においては空条承太郎のスター・プラチナのような異常とも言えるほどに強力な例外のスタンドを除けば、攻防共に優れた強力な部類のスタンドに分類される。

サーレーは以前グイード・ミスタに敗れたが、スタンドのクラフト・ワーク自体は強力で有能なスタンドの部類に入るのである。

 

身近にズッケェロという一刺しで相手を行動不能にする初見殺しのスタンドがいて、ミスタのスタンドの特殊な能力を必要以上に警戒してしまったこと。

怠け者のサーレーが研鑽を怠って、己のクラフト・ワークがどういったことができるのかいまいちよく理解していなかったこと。

ただのチンピラに過ぎないサーレーが、大金の奪い合いの過程で殺し合いになるのは仕方ないにしても、命を奪う際に相手の体温や血肉のこびりつくスタンドの拳を直接振るうことを嫌ったこと。

 

ミスタ戦でサーレーが敗北した事実の裏側には、そこにそういったさまざまな要因が存在したということを無視するべきではない。これらの要因が取り除かれれば、クラフト・ワークが強力なスタンドとして猛威を振るうのは至極当然でもあった。

 

スタンドの成長性の項目はあくまでも目安であり、鵜呑みにするべきではない。そもそも本体の人間の成長が一定ではないのである。

何かのきっかけで精神的に大きく飛躍することもあるし、成長性が低いということはそれは最初からスタンドとしてほぼ完成しているという言い方もできる。そこから先は、扱う本人次第。

 

クラフト・ワークの能力の本質は、地に巣を張り獲物を絡め取る悪辣な蜘蛛に酷似している。

クラフト・ワークの肘がホワイト・スネイクの腹部に突き刺さり、たて続けにホワイト・スネイクの頭部にクラフト・ワークの蹴りが入った。

 

ーーナンダ、コイツハッッッ……ツヨイ!!!クソッッ!!!

 

ホワイト・スネイクはクラフト・ワークのラッシュにさらされながらも、必死に空いた腕をサーレーの頭部へと伸ばした。

クラフト・ワークは先程から、ホワイト・スネイクを至近距離から逃さないように左手で固定して触れ続けている。それにより、サーレーのスタンドと記憶がディスクに変化して頭部から排出されようとしていた。

 

「成る程な。こうやって承太郎さんの記憶とスタンドを奪ったというわけか。」

 

ホワイト・スネイクはディスクを奪って敵を無力化しようと試みた。しかし、サーレーの頭部から排出されかけたディスクは、手を伸ばすホワイト・スネイクから逃げるようにサーレーの頭部へと戻っていく。

 

サーレーの目玉がギョロリと動き、ホワイト・スネイクを鋭く射抜いた。

 

【ナニッッッ!!!】

「無駄だ!他人の大切なものを掠め取る薄汚い盗っ人風情に、固定された俺からは何も盗めないッッッ!」

 

クラフト・ワークはホワイト・スネイクの天敵だった。クラフト・ワークの固定する能力はスタンドと記憶をガッチリと固定して、ホワイト・スネイクの相手からスタンドと記憶を奪う能力を無力化した。

クラフト・ワークの拳がホワイト・スネイクの右胸を穿ち、ホワイト・スネイクは急所だけは避けて必死に防御する。

蜘蛛の巣に絡め取られたホワイト・スネイクに、為すすべはない。

 

「どうしたんですか、神父様!」

「神父様!」

 

遠くから声が聞こえてきた。何を言っているかまでは聞き取れないが、恐らくは本体がスタンドを救出するために戻ってきたのだろう。重火器で武装した看守を複数連れているはずだ。サーレーは新技も使用して疲労している。

仕留める絶好の機会だったのだが、残念だがここまでだった。

 

「チッ。テメエを仕留めきれなかったのは残念だが、覚えておけ。俺がいる限りテメエの目的は達成されない。」

【……。】

 

サーレーはホワイト・スネイクにそれだけ告げると、敵に手も足も出ずに精神的にも肉体的にも痛手を負ったホワイト・スネイクをおいて中庭の倉庫から逃げ出した。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

名称

フー・ファイターズ(エートロ)

概要

知性を与えられた微生物の群体。水場では強いが、水分が少なくなると戦闘能力が著しく低下する。徐倫の仲間になったあと、エートロという名前の女囚の死体を乗っ取って徐倫の仲間として所内で生活する。


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