噛ませ犬のクラフトワーク 作:刺身798円
現時点のクラフト・ワークの固定する能力は、近接タイプの力のあるスタンドには行動の阻害にはなっても完全な拘束にはなりません。ヴァニラ・アイスの怨念のように固定を力任せに引き剥がそうとしてくる相手も存在するということです。そして固定することだけに専念したり、直接触れてスタンドエネルギーを流し込み続けたりする方が効果が高くなります。ミスタはスタンドにパワーがなかったために拘束されたという設定です。
「2、3、5、7、11、13、15……は違う……。」
エンリコ・プッチは、彼に与えられた部屋でソファーに座って素数を数えていた。まずは、気持ちを落ち着かせないといけない。
エンリコ・プッチは忸怩たる思いで爪を噛んでいた。彼の目の前のテーブルには中身のこぼれたワイングラスが倒れて、カーペットにシミを作ってしまっている。テーブルの下には、敵に喰らったダメージによる吐血で汚れたタオルが打ち捨てられている。今の彼は痛みと不愉快極まりない思いに苛まれ、それらを戻すのすらも億劫だった。
彼が奪って使い道のないスタンドのディスクは、刑務所中庭の倉庫のトラクターの車輪の中に隠してあった。そこにはディスクを守る番人、フー・ファイターズが存在し、そこになんらかの異変を感じ取ったプッチは刑務所の看守たちを引き連れて事態の確認を行っていた。そこでプッチは隠しておいたはずのディスクが無くなり、フー・ファイターズが失踪していることを確認する。
一通り確認を終えて帰投しようとしたその際に、彼のスタンドのホワイト・スネイクは急激に体に異常な負荷を感じ、動きが重くなった。そこを得体の知れない敵が襲撃してきて、ホワイト・スネイクは戦闘を敵に終始有利に運ばれて軽くないダメージを負うこととなった。はっきりと言ってしまえば、敗北寸前だった。
エンリコ・プッチは慌てて理由をでっち上げ、重火器を装備した看守を引き連れて倉庫へと引き返すこととなる。倉庫に戻る理由をでっち上げるのにも一苦労だった。空条承太郎さえ打倒できれば先行きは安泰だったはずなのだが?
エンリコ・プッチは、急激に己の計画に暗雲が立ち込めてきたことを理解する。
「……なんなんだ、アイツは!!クソッッ!落ち着け。落ち着け。まだ手札はある。落ち着け、私。」
エンリコ・プッチはソファーに座って貧乏ゆすりをしている。気が気ではない。
彼を近距離で完膚無きまでに打ち負かしたあの謎の男がプッチの計画を破綻させるのではないか?プッチはそんな風に妄想した。
エンリコ・プッチは知らない。彼は計算高く今まではずっと狩る側の存在であり、今彼が感じているそれは狩られる側の心境だった。
「落ち着け。切り札を切るのはまだ早い。私が動くべきではない。刑務所内にはまだたくさん私の手駒がいる。彼らに任せるべきだ……。落ち着け、私。落ち着け。天国は、目前だ。」
部屋で落ち着きなく貧乏ゆすりを続ける彼のもとに、さほど間を置かずにさらなる凶報が齎される事となる。
◼️◼️◼️
それはサーレーとエンリコ・プッチのホワイト・スネイクが接敵をして戦闘を開始する少しだけ前。
マリオ・ズッケェロ、空条徐倫、エルメェス・コステロ、エートロ(中身はフー・ファイターズ)の四人は刑務所に帰還していた。ズッケェロはそのまま行方を眩ましエンポリオ少年の音楽室に帰還し、徐倫、エルメェス、エートロは中庭で起きた出来事に対する刑務所側の査問会を開かれていた。
マリオ・ズッケェロは一時的に刑務所を脱獄し、承太郎のスタンドのディスクをスピードワゴン財団へと送り届けようとしている。ズッケェロは天敵の探知タイプのスタンドを警戒して、脱獄の際の護衛をアナスイかウェザーのどちらかに頼もうかと思案していた。
そして今現在ズッケェロは、エンポリオ少年の音楽室で脱獄の共同作戦に穴が無いように行動を厳密に練り上げようとしている。そこへエンポリオ少年が三人の会話に慌てて割って入っていた。
「ズッケェロさんッッッ!!ダメだッッッ!」
「アン?急に血相変えてどうしたんだエンポリオ?」
刑務所には都市伝説のような噂がある。それは以前、エンポリオ少年が耳にした噂だ。スタンドというものがこの世に存在する以上、与太話で済ませることの出来ない噂だった。
エンポリオは視線を伏せがちにして、ズッケェロに恐る恐る告げた。
「このグリーン・ドルフィン・ストリート刑務所にはたくさんのスタンド使いがいる。そのほとんどがホワイト・スネイクによる急造のスタンド使いなんだけど………。」
「なるほど。それで?」
ズッケェロはエンポリオ少年の話に耳を傾け、ウェザーとアナスイも少年の話を聞き逃さないようにしていた。
「……この世にはさまざまな用途を持ったスタンドが存在する。それこそズッケェロさんのように警備の厳重な刑務所にさえ潜入、潜伏することだってできるスタンドさえも。でも、今までこの刑務所は一度だって受刑者の脱獄をゆるしていない。どんなスタンドだって!闇のスタンドが刑務所を守護してるって噂があるんだ。そいつは面会室の先に存在して、それこそ時間を止めるようなスタンドでもない限り脱獄なんて不可能なんだって!」
「なるほどな。でもよォー、エンポリオ。面会室以外のとこから外に出たらなんとかなるんじゃあねえか?」
「……それはわからない。今までそれを試したことのある人間がいるのかもわからないし、敵のスタンドがわからない以上、実際にどうなるのかは見当もつかない。」
ズッケェロは急に降って湧いた難題に口を噤んで押し黙った。
明確な敵の存在が明かされ、晴天の霹靂とも言うべき想定外の情報に、彼は対応に頭を悩ませることとなる。
「……おい、どうすんだ?」
アナスイがズッケェロの判断を伺った。
ズッケェロはしばらく考え込んだのちに、口を開いた。
「……とりあえず俺たちが取れる選択肢を羅列してみるか。まずは俺たちで敵を打倒して強引に刑務所から外に出る。」
ウェザーが頷いた。
「次に、相棒の帰還を待つ。電話を使用してパッショーネ側のアクションを期待するか、相棒も含めた四人で話し合ってどうにか外に力ずくで刑務所を抜ける方法を模索する。」
「……それが現状の最有力候補か。」
「……なんとも言えねえな。これが一見一番理に適っているようにも思えるが、時間と共に状況というものは刻一刻と変化する。敵に俺たちが承太郎さんのディスクを入手したことが筒抜ける前に、こちらで先手を打ってなんらかのアクションを起こした方がいい可能性も存在する。情報が伝わっていないであろう今だったら、おそらくは俺の脱獄に際しての黒幕の介入を防げる。」
「……それもそうだな。」
ズッケェロは頭を悩ませて知恵を振り絞り、なんとか現状の妙手を模索する。しかし、こっちが優位性を保てている時間は有限だ。さほど時間を置かずに黒幕に中庭で起きた事態は伝わるだろう。そうなれば、黒幕は何らかの対応策を練って来る可能性がある。
やがてズッケェロは諦めたようにため息を吐き、二人にある提案をする。
「なあ、いいか?」
「どうした?」
ズッケェロの言葉にウェザーが反応した。
「……一つだけ効果的な案がある。あんまり気乗りはしないんだけどよォー。お前らの意見も聞きてえ。」
「言ってみてくれ。」
アナスイが会話を成立させ、ウェザーが頷いた。
「結局のところ、最大の問題点は相手の能力の詳細がわからないことに尽きるんだ。俺たちにはまるで情報が足りてない。だったら、解決策は単純だ。敵の攻撃を喰らってみればいい。」
「オイ、どういうことだ!」
不穏なことを言い始めたズッケェロに、アナスイが声を荒げた。
「結局俺たちはいつかはここを出て行くしよぉー、きっと俺たちもいつかはそいつと対峙しなきゃあなんねえ時がくる。見えている厄介な敵は、余裕があるうちにさっさと片付けておくに限る。相棒が戻っても、どうせ相手の能力がわからない限りは俺たちは迂闊な行動が取れねえ。なら、時間と人数の利を生かさなきゃよ。」
「……続きを。」
「誰かが単体でわざと相手の攻撃を喰らって、残りが敵の能力の分析と本体の洗い出しを行う。シンプルだろ?」
「そ……れは……。」
アナスイがズッケェロの提案に頷くことに躊躇した。相手の能力如何によっては、攻撃を喰らうことがすなわちそのまま致命の事態に直結する可能性も存在する。
「……ならば、俺が敵の攻撃を喰らうのに適任だろう。」
「ウェザー!」
ウェザー・リポートが自分から危険な囮役を志願した。
本体の洗い出しを行うならば、あらゆる場所に潜行するアナスイのダイバー・ダウンとあらゆる場所に潜伏できるズッケェロのソフト・マシーンはこの上ない適任だ。周囲に潜んで警戒、捜索を行うことができる。
「あんがとよ、ウェザー。だがそれはお前の役目じゃあねえ。」
「なに?」
ズッケェロの瞳に仄かに覚悟の焔が宿った。
「……それは俺の役割だ。俺が攻撃を喰らってお前らがそれに対応を行う。」
「馬鹿な!指揮官自らが最前線に立つ奴がいるか!」
荒唐無稽なズッケェロの指示に、冷静なウェザーでさえも思わず声を荒げてしまった。
「……俺のスタンドが敵から隠れて逃げ延びるのに一番適している。俺だったら銃火器による斉射を喰らっても、隠れて逃げ延びられる可能性が一番高え。ウェザー、お前にゃあ無理だろ?……それにこれは俺がやるべきなんだよ。」
「なぜだ!」
「俺たち暗殺チームはよォー、イタリアの社会とパッショーネのために存在する。」
「暗殺チーム?」
「ま、それの詳細は追い追いな。リーダーの
「それが俺たちと何の関係が……!」
「お前らは未来のパッショーネの一員で、いつかはイタリア市民だ。俺たち暗殺チームがイタリアの市民のために体を張るのは何らおかしなことじゃあねえ。ようやく俺にもそれがわかってきた。暗殺チームとは、そのために存在する。」
天国は人々の日々のささやかな幸せの中にあり、神は人の心の中にのみ存在する。
暗殺チームは人々の社会の安寧を社会の裏側から密やかに守るために存在し、矛盾と苦悩に苛まれながらも必要に迫られて刑を執り行う。
それが、裏社会の暗殺チームの在り方であった。
暗殺チームとは平和のために真っ先に捨てられる社会に身も心も捧げた捨て駒であり、だからこそ敬われ畏れられる神職なのである。ジョルノが彼らにも麻薬チーム暗殺の試練を課したのは、実は捨て駒が力を付けて少しでも長く生き残って欲しいというジョルノなりの親心であった。
「……お前が脱獄の要のはずだろう?」
「徐倫とエルメェスとフー・ファイターズ。それにサーレーとお前たち。これだけ多様なスタンド使いの人員が揃えば、俺抜きでも脱獄自体はなんとかなるだろう。戦場のその全てが己にとって都合良く、万全なことはほとんどありえねえ。戦いとは、どこかでリスクを負う必要がある。」
「しかし……。」
「アナスイ、お前が現場で俺に起きたことの確認をしてくれ。承太郎さんのディスクはひとまずエンポリオ少年に渡しておく。サーレーへの伝言とこの先のお前たちへの指示も伝えておく。ウェザー、アナスイ、攻撃を喰らったあとの俺に不自然に近づく奴を洗い出して、気絶させて確保しろ。万が一敵の攻撃で俺が死んだら、それも含めてサーレーに伝えておいてくれ。お前らは敵の攻撃を喰らわないよう、絶対に面会室に近づくな。出来うる限り看守と囚人の動きに目を光らせろ。」
「……お前はそれでいいのか?」
ウェザーがズッケェロに問いかけた。
「いいもクソもねえ。こちらから先手を打てるうちに仕掛けるべきだ。兵は神速を貴ぶが常道だ。相棒の帰還を待っていたらどちらが囮をするかで揉めて、無為に貴重な時間を浪費することになる。俺たちは目的を持って戦いをしていて、戦場では時間とは何物よりも価値がある。ここで戦いを見送って、次にそいつと対峙せざるを得ないときの状況が今よりもいいとは限らねえ。奴らは承太郎さんに手出しをするほどに必死で、場合によっては仲間内に死者が出ることも視野に入れとかなきゃあならねえ。だからこそ人員が豊富な今のうちに、先手を打って敵の頭数を削るんだよ。」
「……わかった。」
「チッ。」
「アナスイ、任せたぜ。お前のダイバー・ダウンが頼りだ。不用意に敵に近付き過ぎて攻撃を喰らうなよ。」
「……わかってんよ。」
ズッケェロはアナスイの肩に手を置いた。
こうして、エンポリオ屋敷の三人組は行動を開始した。
◼️◼️◼️
ミュッチャー・ミューラー、通称、ミューミューはグリーン・ドルフィン・ストリート刑務所の女性主任看守である。
彼女は刑務所所属の教誨師のエンリコ・プッチのスタンドであるホワイト・スネイクの依頼で囚人の脱獄を防止する職に就いている。スタンド使いだがプッチの思想に賛同しているというわけではなく、ただ単純に彼女のスタンドがそれに非常に高い適性を持つ天職だったからという理由である。別段ホワイト・スネイクの本体の思想になんざ興味ないし、金が入って人並み以上の生活が出来るならならばどうでもいい。
その日の夕方、彼女は刑務所面会室の先に潜ませていた己のスタンドになんらかの反応があったことに気が付いた。
ーーまた脱獄を試みたバカがいるようだ。
ミューミューは溜め息を吐く。無駄なことをするものだ。
たとえスタンド使いであろうとも、彼女の無敵の牢獄から逃げる事は能わないというのに。
「どうしました?ミューラー看守長?」
「ああ、少し外から物音がしましてね。念のためです。武装した人員を連れてきてください。」
彼女は銃火器で武装した部下とともに、脱獄を試みた愚か者のツラを拝みに看守室を後にした。
◼️◼️◼️
エンリコ・プッチのホワイト・スネイクとの戦闘が終わった後、サーレーは外から監獄へとつながるカードロック式の鉄格子へと戻ってきた。サーレーはポケットから鉄格子をロックをしているカードキーを取り出して、カードリーダーに通した。扉の開閉の記録は残るだろうが、刑務所側にその理由はわからないだろう。カードキーは、ズッケェロが所内のどこかの看守室から盗み出したものである。盗まれた看守は厳罰ものだろうが、まあ手早く返しておけばバレずに済むかも知れない。
サーレーはエンポリオ少年の音楽室へと帰還した。
「……どうした?」
「それが……。」
音楽室に戻ると、エンポリオ少年が暗い顔をしている。音楽室の隅で誰かが横になっていた。音楽室の人員を確認して、即座にそれがマリオ・ズッケェロだということにサーレーは気が付いた。
アナスイがサーレーに近寄って、サーレー不在の間に起きたことを告げた。
「ズッケェロが刑務所の外に脱獄を試みたが、敵のスタンドの能力を喰らって負傷した。」
「ズッケェロ……!!!」
サーレーは音楽室の隅に寝かされたマリオ・ズッケェロに近寄った。
「どうやら、脱獄防止のためのスタンドがここには存在したらしい。」
ウェザーがズッケェロの手当てをしていた。サーレーもズッケェロの近くによって、スタンドでズッケェロの出血を一時的に固定した。
「詳細を。」
「ああ。ズッケェロは余裕のあるうちに敵の頭数を減らそうと、見えている敵の情報を得るためにわざと敵の攻撃を喰らった。ズッケェロは攻撃を喰らった後に所内を逃げ回り、俺たちがフォローしてなんとかここに帰還した。今は手当てして薬で眠らせている。」
「それで?」
「ズッケェロはどうやら、どこかで看守の短機関銃による射撃を喰らったらしい。体内に残った弾はアナスイのダイバー・ダウンが潜行して取り除いてある。俺たちはズッケェロの指示で本体を探すように言われていた。」
「ズッケェロのダメージは?」
「重要な器官などの、致命的なダメージはなんとか避けたようだ。右肩に一発、脇腹部に一発、左足太腿の付け根に一発。」
サーレーは床に眠るズッケェロの傷を確認した。
「わかった事は?」
「……脱獄しようとしたズッケェロに近付いたのは看守だけだった。ズッケェロの隠密行動の能力と看守の対処の速さを合わせて考えれば、看守の中に敵の本体が混じっている可能性が高い。それと脱走者が出ようとしたことで、所内の警備レベルが少し引き上げられている。」
「わかった。ありがとう。」
「……すまない。」
「なぜ謝る?」
「危険な仕事をしようとするコイツを止められなかった。俺たちのスタンドの方がパワーがあるというのに。」
ウェザーが申し訳なさそうに、頭を下げた。
「気にするな。それよりお前たちにはこれから先、ズッケェロの穴を埋めてもらうことになる。覚悟しろよ?」
「ああ、任せてくれ。」
「チッ、仕方ねえな。」
◼️◼️◼️
「……お前か。ズッケェロを撃ったのは。」
ミュッチャー・ミューラーは恐怖していた。
彼女の体は突然動かなくなり、彼女の背後には一人の囚人が立っている。振り返るのが怖く、体は金縛りにあって動かない。
囚人を拘束するはずの地獄の門番は、刑務所に潜伏する蜘蛛の糸に絡め取られていた。
「う、撃ったのは私じゃないッッ!」
「命令を出したのはお前だろう?お前は看守長だったはずだ。もう喋るな。お前の尋問は別の場所で行う。」
サーレーはクラフト・ワークを使用して、ミューミューが大声を出さないように口を閉じさせた。
看守の中に本体が混じっていることに気が付いた彼らの行動は、迅速で的確だった。看守の前でウェザーがスタンドを発現させ、それに反応した人間をサーレーが襲撃する。スタンドは、スタンド使いにしか見えない。ウェザーが判別し、アナスイが周囲の人払いを行い、サーレーが攫うという連携した三位一体だった。
ウェザーのウェザー・リポートの動きを思わず目で追ってしまったミューミューは、自分がスタンド使いであると相手にバレてしまったとそう判断し、今現在起こってることは慌てて看守室に逃げ帰るその道中での出来事だった。
「黙って俺についてこい。少しでも抵抗するそぶりを見せたら、その場で暗殺する。」
サーレーはミューミューの腕を掴んで、エンポリオ少年の音楽室へと連れ込んだ。
「さて、まずはズッケェロにかけている能力を解いてもらおう。」
サーレーの頭の血管が膨れ上がったことに危険を感じたミューミューは、急いでサーレーの言う通りにした。
「解きました。もう、解きましたッッッ!!!」
ミューミューは大慌てでズッケェロにかけてある能力を解いた。ズッケェロが誰かは知らないが、十中八九昨日の脱獄未遂者のことだろう。
ミューミューのスタンドは相手をはめれれば強力だが、戦闘力が低く本体が割れてしまえば脆いという特性を持つ。
サーレー、アナスイ、ウェザー。周囲には屈強な男三人とエンポリオ少年だ。少年はともかく、他の三人はとてもではないが戦闘タイプでないミューミューに勝ち目はない。彼らに逆らったら、どんな目にあわされるかわかったものではない。ミューミューは自分が金髪美人だと認識している。とても口では言えないようなことをされるのかもしれない。
「んでコイツ、どうすんだ?」
アナスイがサーレーに問いかけた。
「どうするかなあ。とりあえず本体はわかったものの、コイツの能力の詳細もわかんねえしなあ。」
サーレーは悩んだ。
ズッケェロに能力がかけられていたが、それがどういうものか検分する前に本体を捕らえてしまった。ズッケェロは大きなダメージを負い、まだ薬で眠らせたままである。この女を解放してしまったらまたなんらかの能力でサーレーたちをはめようとしてくるかもしれない。
「ズッケェロの能力でペラペラにして手出しできないように下水道にでも流すか?」
「そ、それだけはご勘弁をッッッ!」
ミューミューは大慌てで制止した。ペラペラが何のことかはわからないが、下水なんぞに流されてしまってはたまらない。
「でもなあ。お前信用できないんだよ。噂によると能力自体はそーとー厄介みてえだし。解放したところでまた俺たちの邪魔をしないとも限らない。こっちとしてもどうにもできずに持て余してんだよ。」
本当に厄介者だ。どうしてくれようか?
「お前、敵の正体知らねえか?なんか体に模様があるスタンドの本体。」
「い、いえ。おそらくそのスタンドと接触したことはありますが、本体が誰かまでは……。」
「……本当に使えねえな。解放しても人間的に信用できねえし、しょうがねえからもうお前、行方不明になっちまえよ。」
ミューミューは頭から血の気が引いた。
行方不明になれ、つまりお前はここで消すと相手が言っているとそう判断してしまった。ミューミューは目の前の男の仲間を短機関銃で撃ち抜く指示を出してしまっている。相手はミューミューの知らない能力で逃げたが、現場には血痕が残っていた。その復讐で殺すと言われたとしても何ら不自然なことではないように思えた。何しろ相手は脱獄を目論むような凶悪犯の仲間なのである。
「ご勘弁をッッッ、ご勘弁をッッッ!!!命だけはッッッ!!!何でもします。何でもしますからッッッ!!!」
「ああいや、落ち着け。何もお前をここで消そうとしてるわけじゃねえ。一時的にここで過ごして俺たちの監視下に置かれるか、仕事をバックれて広大なアメリカのどっか遠くに行っちまえってことだよ。お前じゃあここにいても、首謀者のスタンドに上手く扱われて捨てられるのがオチだ。恐らくはいま刑務所内で水面下で進行している陰謀はお前の想像よりも深く、恐ろしいものだ。市民の安全を守ってるはずの刑務所看守長のお前が、気付いたらテロの片棒を担がされてたなんて事になりかねねえぞ?この程度で泣きを入れるぐらいなら関わんねえ方がいい。さてお前、どっちにする?」
ミューミューは悩んだ。
仕事をバックれてもここに隠れても、いずれにせよ仕事を干されてしまっては生活ができない。たしかに所内に残ったままでは、いずれホワイト・スネイクが接触してきてミューミューに無理難題を押し付けようとするのが目に見えている。コイツらに逆らうのも、ホワイト・スネイクに逆らうのも、どちらもあまりいい手だとは言えない。こいつらも次に逆らえば、さすがにもう容赦しないだろう。ミューミューは両方ともに本体がバレてしまっている。
「……ひが。」
「アン?」
「仕事を干されてしまってはッッッ!生活費が!車のローンが!家のローンが!カードローンが!支払えませんッッッ!」
ミューミューの魂の慟哭に、サーレーは衝撃を受けた。生活に苦慮しているのはサーレーだけではなかった。
ミューミューはグリーン・ドルフィン・ストリート刑務所の主任看守であり、社会に出すわけにはいかない危険な人間の管理の職責を負っている。ホワイト・スネイクに協力してはいるが、それは刑務所内に存在する危険なスタンド使いを外に出さないためなのである。ミューミューは、彼女に指示を出すホワイト・スネイクが所内で急造のスタンド使いを増やしている元凶だとは知らない。その事について深く考えたりもしていなかった。
ミューミューも、サーレーと同じように刑務所の看守長という日々の仕事をして生活の糧を得ている。それはサーレーと同じで、きっと決して余裕のあるものではないのだろう。サーレーは彼女にも生活があり、ホワイト・スネイクから金は受け取っているが、彼女自身はアメリカ社会のために仕事をしていることを理解した。
「……わかった。お前はしばらくここで暮らせ。生活費は、ボスからもらった金から支給してやる。お前は怪我をしたズッケェロの看病をしろ。それの対価で金を支払う。」
「……看守長の仕事は?」
「それに関しては、ここで進行している陰謀の首謀者に責任を全部なすりつけてしまえ。黒幕に監禁されていたとでも言やあ、周囲はお前に同情してくれるだろう。それでも健気に仕事をしようとしてるとなりゃあ、むしろお前の株は上がるだろ?俺たちはそいつを探し、陰謀を暴こうとしている。お前が接触した体に模様のあるスタンドの本体だ。そいつが刑務所内で、スタンド使いを量産している。正体が分かり次第お前に伝える。」
サーレーはメチャクチャなことを言い出した。
エンリコ・プッチにはいずれ、身に覚えのない婦女暴行の罪がなすりつけられるのだろう。
「そ、それでは看守室に化粧品や着替えを取りに戻っても?」
「……わかってるとは思うが、逃げたら即敵対行動とみなすからな。その時は容赦するつもりはねえ。どうせ逃げるのなら、刑務所の外のどこか遠くに逃げろよ。」
「ハッ、ハイイイイイッッッ!」
ミュッチャー・ミューラーのスタンド、ジェイル・ハウス・ロックは闇のスタンドだが、本体は根性無しである。
ミューミューは怯えながら大急ぎで看守室に私物を取りに戻った。
「もしもし、俺だ。」
『どうした?』
サーレーはムーロロに電話をかけた。
手元にある承太郎のスタンドのディスクの回収を依頼するためである。
「こっちでは空条承太郎氏のスタンドのディスクを手に入れた。しかしズッケェロが負傷し、回復するまでは隠密での脱獄が難しくなった。そっちでなんとかディスクを回収する手立てを思いつかないか?」
『……それはご苦労だ。しかしこっちも今ちょっと動けねえ。俺が財団に連絡を入れておくから、そいつらからの連絡を待ってくれ。そっちの夜間の時間帯に電話が行くようにそいつらにも因果を含めておく。』
「動けない?そっちで何かあったのか?」
『……ヴェロッティがやられた。昨日の朝、ローマで遺体となって見つかった。遺体には何者かの攻撃を受けた痕跡が遺されていた。』
「……何があった?」
ヴェロッティは、パッショーネローマ支部、支部防衛チームに所属するスタンド使いだ。サーレーがノトーリアスを処分する際に協力を頼んだ、スタンドエネルギーを探し出す広域探知タイプのスタンド使いである。
『こっちでもまだはっきりしていねえ。だが、イタリアでも何かの不穏な陰謀が水面下で動いている可能性が高え。お前はまだしばらくはそっちに専念しろ。俺たちはそっちの調査を行うが、お前もそれを覚えておいてくれ。』
パッショーネ所属のスタンド使いが何者かの襲撃を受けて死亡した。
イタリアでも、なんらかの不穏な事態が起こっている。
遠いアメリカの地で、サーレーは帰るべきパッショーネとイタリアの平穏を願った。
◼️◼️◼️
「2、3、5、7、11、13、17、19、21……違う。23、27……も違う、クソッッ!」
エンリコ・プッチは私室でイラつき爪を噛んで体を震わせていた。
大変なことになった。グリーン・ドルフィン・ストリート刑務所の防衛の要、ミュッチャー・ミューラー看守長が失踪したのである。
彼女のスタンド、ジェイル・ハウス・ロックはこのグリーン・ドルフィン・ストリート刑務所においてエンリコ・プッチが気兼ね無くスタンド使いを増産できる根拠であり、彼女が居なくなったと知られれば刑務所から脱出を試みるスタンド使いが後を絶たなくなるだろう。そうなれば所内はそっちの対応に追われ、所内の警備レベルが最高レベルにまで引き上げられてしまって目的を達成することに甚だ支障を来すこととなる。
そして実は他にも、ミューミューの失踪にはプッチの計画にとって致命的な問題がある。
ミューミューは、実はプッチの計画に必要不可欠な手駒だった。
ホワイト・スネイクを蹂躙した得体の知れないスタンド使いの問題もある。
エンリコ・プッチは手の内にある二枚のディスクを見た。
「……いや、まだだ。まだ、所内には私のいうことを聞く手駒が存在する。これから空条承太郎の記憶に沿って行動を起こさねばならない。今はまだ、これを使うべきではない。」
手の内にある二枚のディスクは、エンリコ・プッチの切り札だった。切り札だが、使わずに済むのならば使いたくない。使うには問題が多過ぎて、使うのは本当にどうにもならないギリギリまで控えたい。
「クソッッ!一体何が起こっている!私の計画を邪魔立てしようとする人間は、一体何者だ!」
エンリコ・プッチはイラついて、私室のテーブルを蹴飛ばした。
◼️◼️◼️
本体
ミュッチャー・ミューラー
スタンド名
ジェイル・ハウス・ロック
概要
金髪で色白のグリーン・ドルフィン・ストリート刑務所の女性看守長。スタンドは闇のスタンド()だが、本体は根性無し。金に釣られてホワイト・スネイクの協力をしていた。現在刑務所では行方不明扱いとなっている。
名前
マリオ・ズッケェロ
概要
刑務所看守所持の短機関銃に撃たれて負傷。命に別状はないが、当面の戦闘は不可能。のちにフー・ファイターズの細胞で傷を埋めて治療した。