噛ませ犬のクラフトワーク 作:刺身798円
【闇より、、、生まれし、、、リンプ・ビズキット、、、。恨みを、、、破滅をッッッ、、、。渇く、、、渇くぞッッッ、、、。ホワイト・スネイクッ、、、!!!】
なぜ、こんなことになってしまったのだろう?
ディオの骨とリンプ・ビズキットの能力が、一体どんな理不尽な反応を起こしてしまったというのか?
ディオの骨は懲罰房棟で囚人を喰い漁り、スポーツ・マックスの怨念が骨が喰らった死体をゾンビ化させる。
ディオの骨はゾンビになった魂を吸収できずに、空腹を紛らわすためになおも暴れ狂う。足りない、全然足りてない。空腹が癒されない、、、。
そこにどのような反応が起こったのか詳細は誰にもわからない。
魂などという人に不可視なものに何が起こったかなど、誰にもわかるはずがないのである。
結果だけを言ってしまえば、魂はリンプ・ビズキットの能力が優先され、その一切をディオの骨は吸収できなかった。骨は空腹を我慢できずに生命を求めて懲罰房棟を離れ刑務所の本館へと向かっていき、亡者の行進も同様に血と肉を求めて現世を彷徨う。
スポーツ・マックスのゾンビはホワイト・スネイクの本体を求めて刑務所の本館に向けて亡者を先導し、目に見えない悪鬼の群れはすでに刑務所を取り囲んでいた。
【破滅を、、、。ホワイト・スネイクに、、、。死を、、、。】
スポーツ・マックスはホワイト・スネイクの本体を知らない。だが別にどうだって構わない。ちょうど喉も渇いていたところだ。
刑務所にいる人間を空腹を癒しがてら全滅させれば、そのどいつかはホワイト・スネイクの本体だろう。それでスポーツ・マックスの復讐は達成される。
骨は極罪を犯した魂を求めて刑務所の人間を喰らい続け、悪鬼の行進も渇きを癒すために生きてる人間をその食料とする。
骨はいつまで経っても空腹が癒されず刑務所を彷徨い続け、魂は骨の餌にならずに不可視の亡者の行進に加わることとなる。
誰も知らないところで、事態は最悪の展開へと向かっていた。
◼️◼️◼️
エルメェス・コステロは困惑し、心にはぽっかりと空虚な穴が開いていた。
彼女は与えられた自室で夜も眠れずに、ボンヤリと天井を見上げていた。
ーーあたしのしたことは、一体なんだったんだ?
彼女がグリーン・ドルフィン・ストリート刑務所に服役しているのは、姉のグロリア・コステロの仇を討つためであった。
姉の仇の名はスポーツ・マックス。スポーツ・マックスはエルメェスの姉を不当に死に至らしめ、彼女はその復讐のために犯罪を犯して刑務所に入所していた。
彼女はスポーツ・マックスの行動をつぶさに観察し、何者かによって与えられたキッスという超常の力によってその復讐を成し遂げようと計画を立てた、その矢先だった。
スポーツ・マックスが突然失踪した。
エルメェスは大慌てで憎い仇の行方を捜し、秘密裏に危険を犯して医務室や懲罰房棟の調査も行っていた。
しかし生きているスポーツ・マックスは、すでにこの世のどこにもいなかった。
◼️◼️◼️
ヴィヴァーノ・ウェストウッドは、グリーン・ドルフィン・ストリートの看守である。
ウェストウッドはその日、刑務所の夜間警備を任されていた。
ーー警戒する必要があるのは理解できるが……それにしても退屈だ……。
ウェストウッドはあくびを噛み堪えた。
ウェストウッドはその日、懐中電灯と短機関銃を持って刑務所の夜間の見回りを行なっていた。彼の同僚のソニー・リキールと二人一組でだ。
ここ最近刑務所内でおかしな事が立て続けに起こり、所の警備レベルは引き上げられている。そのために、普段よりも夜間の見回りを厳重に行うようにと上からの通達が来ていた。
中庭で何人もの囚人が行方を眩まし、彼の上司である看守長のミュッチャー・ミューラーまでもがその姿を消した。
確かに、明らかに異常だ。異常だが、彼にはこの厳重警備のグリーン・ドルフィン・ストリート刑務所で何かが起こるとも思えなかった。
来週は姪の誕生日だ。その日には家に帰れるといいが……。現状の警戒体制が解かれない限りは不可能だろう。
「おい、今物音がしなかったか?」
ソニーが、ウェストウッドに問いかけた。
確かにウェストウッドにも物音がしたように思えた。そっちは囚人が農作業を行う農場へと繋がる通路だ。こんな夜間に、刑務所の農場に人がいるわけが無い。風もないのに鉄格子がガタつくはずがないだろう。
「……気のせいだろ。」
「だがもしかしたら、失踪したミューラー看守長かもしれないだろう?」
「仕方ないな。一応見回るか。」
確かに明らかに物音がする。おかしい。なぜこんな時間に?
「オイ!どういう事だ!なぜこんなことになっている!」
ソニーが大声を上げた。当然のことだ。
農場へと向かう鉄格子はひん曲がり、何者かが外から侵入した形跡が見られる。
……何が起こっている?このグリーン・ドルフィン・ストリート刑務所で一体何が起こっているんだ?
ウェストウッドが寝ている同僚を叩き起こそうと目を一瞬逸らした隙に、彼と一緒に見回りを行なっていたソニーは居なくなっていた。
「オイ、なんの冗談だ?どこに行った?」
ウェストウッドが短機関銃を構え、彼の頭部が背後から突如何者かに囓られる。
ウェストウッドは痛みを堪え、刑務所で何が起こっているのか判別しようと試みた。
「夜は寒い。光をちょうだい。もっと、もっと、光を。ああぁぁぁ。」
【闇より生まれしリンプ・ビズキット、、、闇より、、、生まれよ、、、。恨みを、、、憎しみを、、、怒りをッッッ、、、絶望をッッッ、、、知らしめろッッッ!】
ーーなんなんだ、コレは?所内で一体何が起こってるんだ?俺は姪の誕生日に……家に……帰るんだ……。
ソニーが得体の知れない植物へとその姿を変え、直後にその姿を崩して消滅した。
それが、生きているウェストウッドが最期に見た光景だった。
◼️◼️◼️
風もないのに、窓がガタついた。
エンリコ・プッチは驚いて椅子から立ち上がり、そっちの方を見やった。しかし、何も無い。きっと彼の気のせいだ。彼は今神経質になっている。
エンリコ・プッチは刑務所敷地内に存在する懺悔室の近くに建てられた自室で、燃え盛る暖炉に目を戻した。
ーーディオの骨は今どうなっている……天国への道は開かれたのか……?懲罰房に今一度確認に向かうべきか……?ラング・ラングラーからは何も報告がない……。クソッッッ!!!
プッチは椅子に座って貧乏ゆすりをしている。
彼に一切の余裕はなく、素数を数える暇さえない。
敵はどうなった?本当に骨は受肉したのか?このまま天国への道は閉ざされてしまうのではないか?破綻者でも形振り構わずに使うべきだったのではないか?
プッチは計算高い人間で、狩る側だと滅法強いが狩られる側だと決して強くない。
と言うよりも、そもそも陰謀とはそのほとんどが紙一重で、計算外のことが起きれば容易く砂上の楼閣のように崩れ去るのである。陰謀とは後ろ暗いものであり、大多数の人間には受け入れがたいものなのだから。明るみに出てしまえば、寄ってたかって潰されるのが必定である。
そのために、本来陰謀を遂行する人間とは同じ目的を持つ同士と徒党を組み、成功率を極力高める。
しかし、社会を築けないプッチは孤独だ。利をチラつかせてその場限りの手駒は手にすることができるが、根本のところでは一人で陰謀を遂行するしか無い。
プッチはあくまでも自分の強みを最大限生かすことが得意な人間なのであって、決して弱点の無い強者ではないのである。社会を築けないということは、全ての行為を独自の知見と実力に頼り切って乗り切るしかないということだ。個人の思考には限界があり、どうやっても穴ができる。計画に瑕疵が生じても、誰も指摘してくれない。
リンプ・ビズキットの能力を把握し損なったこともミューミューの弱点に気づかなかったことも、元を辿れば全てはプッチの孤独という弱点から生じたものなのである。
不安がプッチの心をかき混ぜ、プッチは緊張が過ぎて体が硬直して自室から動けない。今現在の状況がどうなっているのか、彼にも全くわからない。
彼の脳内は現状で起こりうることを必死にシミュレートしていて、スポーツ・マックスを骨の生贄に捧げたこともすでに忘却の彼方へと消え去ってしまっている。
ーー落ち着け、私。落ち着け。今一度素数を数えるのだ。落ち着け。私にやれるだけはやったハズだ。、、、まだ動くべきではない。ディオの骨はまだ魂を集めている最中かもしれない。我慢しろ、私。待てばきっと、天国への道は開かれるッッッ!
エンリコ・プッチは知らない。開いたのは天国への扉ではなく、地獄の門だった。
今なお骨はエネルギーを求めて刑務所内を彷徨い、不可視の亡者の群れはプッチが目をやった窓の外にすでにひしめき合っている。
ーーどうしたというのだッッッ!
突然大きな音が室内に響き、驚いたプッチは慌てて振り返る。しかしそこには誰もいない。
プッチの個室の窓枠が壊れて床に打ち捨てられ、プッチは訝しんだ。
【闇より生まれた、、、リンプ、、、ビズキット、、、生きているもの、、、その全てを、、、喰い殺せ、、、。】
「ウガアアッッッッ!!!」
一体何が起きている?
プッチが突如痛みを感じ右肩に目をやると、そこには人間のものらしき歯型がついている。不可視の力がプッチの腕を掴み、右肩の痛みはなおも増してそれはどんどん骨に喰い込んでくる。
「ホワイト・スネイクッッッ!」
プッチがスタンドを具現して拳を振り回すと、何か生物を破壊した手応えが返って来た。
プッチは冷や汗を流して周囲を見回した。思い当たることは一つしかない。
ーー今のは……まさか……スポーツ・マックスが懲罰房で人間にリンプ・ビズキットを発動したのか?
エンリコ・プッチは己の失態に、顔が真っ青になっていた。
リンプ・ビズキットが今現在も優先して発動しているということは、まさか骨が魂を吸収できなかったのか?何という失態だ!
スポーツ・マックスのリンプ・ビズキットは、それそのものの攻撃能力自体は存在しないから失念していた。役目を終えて使い道の無くなったスポーツ・マックスを骨への生贄に捧げた結果がコレだ。
エンリコ・プッチはリンプ・ビズキットの危険性を正しく把握していなかったと言えるだろう。もしもそれを正しく把握していたのならば、必ずスタンドの使用後はスポーツ・マックスからディスクを回収していたはずである。リンプ・ビズキットとは、本来それほどまでに厳重扱いを要するスタンドなのである。
プッチはスポーツ・マックスが生きてスタンドを発動させていると思い込んでいる。死後も発動し続けるスタンドがこの世に存在するとは夢にも思っていなかった。リンプ・ビズキットというスタンドは、本体のスポーツ・マックスが死亡して初めてその危険性が判明するのである。
ミシ、ミシ、ミシ……。
ーーこ、コレは……。
部屋の床が軋む音がして、エンリコ・プッチは辺りを見渡した。
そこには見た目には誰もいない。しかし、彼はすでに亡者の群れに囲まれている。
◼️◼️◼️
エルメェス・コステロは自室で驚いて、周囲を警戒した。
薄暗いそこにはぱっと見には何も存在しない。しかし何かがいる。
夜間になると彼女たち囚人は、二人組の相部屋に閉じ込められて外から鉄格子の錠をかけられる。
「なにー、どうかしたの?」
相部屋の女囚が目を覚ました。当たり前だ。
たった今、エルメェスの相部屋の鉄格子がもの凄い音を立ててすっ飛んで行ったのだ。目を覚まさないはずがない。
「……何かがいる。」
「何かって何よ?死刑になった罪人の亡霊?そんなものいるのォ?」
「あたしにも分かんねぇ。だがたった今、鉄格子がぶっ壊された。」
「えーそんなはず無いでしょう。鉄格子が簡単に壊れるなら、脱走し放題じゃない。」
「ヤメロッッッ!そっちに近づくなぁぁぁーーーッッッッ!!!」
エルメェスの制止を気にも止めずに女囚は入り口に近付き、彼女の首の肉は即座に頸動脈ごとちぎり取られた。
エルメェスの相部屋に、赤い噴水が飛び散った。
「何だ、一体!?何が起こってるんだ!?徐倫ッッッ!!!」
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サーレーは夜間に物音がして、目を覚ました。彼はここのところ神経過敏になっている。
首謀者をなかなか探し当てることができず、撃破できるのは何も知らされていない末端ばかり。
にも関わらず、大切な本拠地のイタリアでは異変が起こっている。
ーー……喉が渇いた。
サーレーは物音の確認ついでに、刑務所内から何か飲料を失敬しようとエンポリオの音楽室の出口へと向かった。
ーー何だ、コレは?
音楽室の出口付近に、何か変なものが落ちている。サーレーはそれを拾ってみた。それはくすんだ灰色をしていた。
ーーうッッッ!
それを拾った途端、サーレーは何やら得体の知れないものがサーレーの体内に侵入しようとするのを感じ取り、クラフト・ワークで急いで自身の内部を固定して防御した。それはサーレーの手を離れて勝手に刑務所内へと戻っていく。
ーー何だ、今のは!?一体、何だったんだ!?
サーレーは音楽室から外へ顔を出した。
所内からは悲鳴が響き、サーレーは声がした方の様子を探りに向かった。
「アアアアアアアッッッッッッ!!!助けてッッッ!!!」
「痛い痛い痛いきゃあああああッッッ!!!」
「撃てっっ!!!撃てえええッッッ!!!」
「ああああッッッ!!!」
そこには、予想外の阿鼻叫喚が広がっていた。
夜間にも関わらず所内は明かりが灯されていた。囚人や看守たちは不可視の亡者に噛みちぎられ、生きている人間は痛みを感じて悲鳴を上げて逃げ惑っていた。刑務所の壁に生々しく血が飛び散り、生者は倒れて新しく亡者の行進に加わることになる。刑務所内の亡者は、鼠算的に増殖していった。
サーレーは慌てて音楽室に帰還した。
「起きろッッッ!!!」
「何だ、一体どうしたんだ?」
サーレーの大声に、アナスイが眠気まなこを擦った。
今ここにいるのはエンポリオ、ズッケェロ、ミューミュー、アナスイ、ミラション、それにサーレー。
アナスイ以外の人間も続々と目を覚ましている。
「所内で異常が起こっている!!!非常事態だ!!!お前は急いでウェザーをここに連れてこい!ズッケェロ、無理を承知で言うがお前は万が一の時のここの防衛要員だ!俺は徐倫たちの安全の確保に向かう!」
「どうしたんですか?」
サーレーのあまりの剣幕に、ミューミューが怯えながら尋ねた。
「見えざる敵がいるッッッ!俺にも何が起きているのかわからねえッッッ!アナスイ、急げッッッ!」
今現在、エンポリオのバーニング・ダウン・ザ・ハウスは男性用監房と女性用監房の中間地点に展開している。
異常事態に対応するには、戦力を集めて仲間内で守り合うしかない。
サーレーは即時に指示を出し、急いで女囚の監房に徐倫、エルメェス、フー・ファイターズの身柄の確保へと向かった。
◼️◼️◼️
ーーなんということだッッッ!私は、なんて愚かなミスを……。
エンリコ・プッチは身体の各所に亡者の歯型を付けて、血を流しながら所内の廊下を走っていた。
また何者かがプッチのくるぶしを掴み、左足の太腿に喰らい付いた。ホワイト・スネイクが拳を振るい、亡者たちは消滅していった。
エンリコ・プッチは恐れている。今現在、どれだけの亡者が所内にいるのか見当も付かない。刑務所には看守も含めて千三百名弱の人間がいたはずなのだが?亡者は亡者を創り出し、早急に対応を行わないと天国どころの話ではなくなる。もはや刑務所内は、絶望的だ。
絶望的にも関わらず、未だにプッチは天国を諦められない。
エンリコ・プッチは、スポーツ・マックスのリンプ・ビズキットの恐ろしさを侮っていた。もはや不必要で徐倫たちに対する刺客に出来るだけの戦力もないと捨て置かずに、ディスクを回収するべきだった。まさかこんな厄介な事態になろうとは。
リンプ・ビズキットは本体の死後も発動し続け、延々と亡者を生み出し続ける。ディオの骨もそれに一役買い、その被害は早期に手を打たないと止まるところを知らない。被害者は加速度的に数を増やし、本体のスポーツ・マックスのゾンビは行方が分からない。プッチにはスポーツ・マックスが亡者になってスタンドを発動させ続けていることを知る由もない。リンプ・ビズキットの射程次第だが、もしかしたらその被害はアメリカ全土に広がるのかもしれない。現状は考えうる最悪の事態と言えた。
ーークソッッッ、クソッッッ、クソッッッ!台無しだ!何もかもが!何もかもが台無しにされた!クソがッッッ!!!
エンリコ・プッチが苛立ち交じりに男囚の監房へと駆け抜けていく。そこがプッチの目的地だった。
「ハロー、神父様。やっときたか。待っていたぜ。ま、ハローって時間帯じゃあねえけどな。」
エンリコ・プッチは僅かに安堵した。
破綻者の片割れ、ヴィエラ・レイナードだ。まだ生きていた。男囚の監房の上のベッドに寝そべっている。入り口の鉄格子が亡者に壊されているのに、よく無事でいられたものだ。
現状の最悪の事態に対抗するためには、少しでも多くの戦力が必要だ。役目が終わったら、隙をついて消してしまえばいい。
しかしエンリコ・プッチのその思考は、彼にとって都合のいい妄想に過ぎない。そいつは易々と消されるような人間ではなかった。
プッチにもそれはわかっていたが、天国に対するプッチの執着心が彼の目を曇らせる。
「……貴様、それは……。」
「仕方ないだろう。非常事態なんだぜ?こんくらいしねーとスタンドもねえ俺は生き残れないだろ?」
エンリコ・プッチはヴィエラの所業に絶句した。
彼は右手に何かを持っていて、新鮮なそれは滴っている。
彼はそれを不可視の亡者の群れに投げ込み、肉と血を求める亡者たちはそれに群がった。
「んで、ここに来たってことは、俺にスタンドを返してくれるんだろう?」
ヴィエラはベッドの上段から飛び降りて、プッチに近寄った。
「そ……れは……。」
エンリコ・プッチはことここに至ってもヴィエラにスタンドを返してしまっていいものか悩んでいる。
同室の囚人をあんな目に合わせる人間にスタンドを返してしまってもいいものなのか?今が切り札を切るべき最悪の事態では無いのか?まだ返すべきではないのではないか?
しかしプッチには、他に現状を打破する手立てが思い付かない。
「おいおい、見損なうなよ。俺だって心苦しいんだぜ?死にたかあないし、こんな状況じゃあ一緒に暮らしてきた奴を囮にするくらいしか生き延びる方法が無かったんだよ。緊急避難だよ。なあ、神父様。ここは協力して危機を乗り切るしか方法がねえだろ?」
エンリコ・プッチは震える手で懐に手を入れて、ヴィエラのスタンドのディスクに触れた。
それはプッチにはとてつもなく重く感じられる。
ーー本当に、こいつらにこれを返してしまって良いのか?恐怖に駆られてここに来てしまったが、ほかに何か手段は……。
エンリコ・プッチは迷い、目が泳いだ。
「アンタってほんと、マヌケだよな。」
「キサ……。」
ヴィエラはプッチの葛藤を見抜き、隙をついてプッチの懐に手を入れて勝手にディスクを掠め取った。
次の瞬間、ホワイト・スネイクの腹部には黒鉄の腕が突き刺さっていた。
「グ……ァ…………。」
「さ、ホラ。死にたくなかったら早く姉ちゃんのスタンドのディスクも出しな。ホラ、早くしないと死んじまうだろ?」
「キ……サ……マ……。」
ーー私以外だったら手に余るだろうね。
ヴィエラのスタンドがプッチの首元を掴み上げた。
エンリコ・プッチは次の瞬間、
◼️◼️◼️
「アナスイ、これは一体何が起こっている?」
「オレにもわからねえよッッッ!」
アナスイが大声で叫んだ。
亡者一体一体はさほど強くない。ダイバー・ダウンやウェザー・リポートといったパワーのあるスタンドであれば処分が可能だ。
問題は、災害が止まるところを知らずに拡大し、その全部の敵が不可視であるところにあった。
見えざる敵の存在を感じ取ったウェザーは周囲に強風の壁を作り出し、亡者の監房への侵入を防いでいた。アナスイのダイバー・ダウンが床下を潜行して、ウェザーの監房の前にいる亡者を攻撃して消滅させている。
アナスイにとって幸運だったのは、サーレーの行動が早く、彼がウェザーとの合流を命令された時にはまだ他に生きている男囚が存在したことだった。他に男囚が生存している間は、亡者の攻撃は分散される。
「とにかくエンポリオんトコに合流だ!力を合わせて、現状に対処する!」
「了解した。」
「お、おい!あれ!」
その時、刑務所の廊下でアナスイは彼らと目が合った。
金髪の高身長の男性が、刑務所の教誨師の神父の襟首を掴んで所内を引きずっている。引きずる跡には、血が床にこびり付いていた。
「……非常事態だ。今は他人よりも仲間との合流を最優先にするぞ。」
「あ、ああ。」
幸か不幸か、彼らはその場では激突しなかった。
ウェザーとアナスイは彼らが探している敵だと知らずにエンポリオの下へと急ぎ、破綻者は己の姉の身柄の確保を優先した。
◼️◼️◼️
クラフト・ワークのスタンドパワーがサーレーの体内に流れ込み、集中したサーレーの体は鋼鉄と化していた。
サーレーは女囚用の監房へと到着している。
生きているサーレーに亡者が群がり、近場のキッスとストーン・フリーがサーレーに歯型の跡が付いた位置に拳を振るって亡者を次々に消滅させた。
「なんなんだ?一体、何が起こっている?」
「……俺にも何が起こっているのかサッパリわからない。もしかしたら敵は、これが目的だったのかも知れない。」
エルメェスが問いかけて、サーレーがそれに返答した。
所内で何が起こっているのか、敵が何をしたいのか、サーレーにはさっぱり理解ができない。
もしかしたら敵は目的を諦めて逃亡しているのかもしれないし、このドサクサでなんらかの目的を達成しているのかもしれない。
まさか敵にも予想外の事態が起きたとは、サーレーには想像もつかなかった。
サーレーが合流したのは、徐倫、エルメェス、フー・ファイターズ、それにグェスと名乗る徐倫と同室の女囚だった。
「これからどうするのッッッ?」
「一旦エンポリオの音楽室で合流する。そこに戦力を集めて拠点にする。その後のことは、現状を乗り切ってからだ。」
「了解。」
防御力の高いサーレーを先頭に、彼らはエンポリオの音楽室に向かっていた。
クラフト・ワークに亡者の攻撃が集中すれば、彼らは比較的楽に抜けられる。
「待って下さい!」
「アン?」
誰かが声をかけて、サーレーは振り返った。
「助けてください!ここで今何が起こってるんですか?みんな、、、殺されて、、、。私も、、、私も連れて行って下さい!」
女囚の監房から一人の女性が走ってきた。女囚はサーレーに縋り付いた。体が震えている。
サーレーの好みの、蠱惑的な女囚だった。
「ホラ、この非常事態に鼻の下を伸ばさない。さっさと行くぞ!」
エルメェスがサーレーを叱咤した。
「ああ。アンタ、俺たちに着いてくるのは勝手だが、俺たちはアンタの身の安全の保証は出来ない。俺たちにも何が起こっているのかわからない。それでもいいなら勝手に着いてこい。」
「……ハイ。」
サーレーは女囚にそれだけ告げると、六人はエンポリオの音楽室へと向かって走っていった。
サーレーは一瞬違和感を感じていたが、エルメェスの叱咤によりそれを思考の隅に追いやっていた。
女囚の監房は男囚の監房よりも亡者の襲来が早く、本来であれば女囚の生き残りがいるのはおかしい。
サーレーは事態の切迫のあまり、非力なはずの女囚がどうやって亡者の襲来を防いでいたのかを考え損なっていた。
◼️◼️◼️
ミュッチャー・ミューラーは、エンポリオの音楽室で心の底から後悔していた。
所内では得体の知れない見えざる敵が徘徊し、生きている者のその尽くを喰らっている。すでに生きているものはほとんどいないだろう。彼女は見えざる亡者が生者に喰らいつく様を、直に目の当たりにしてしまった。
ホワイト・スネイクの目的に興味を持たずに、金銭目的で言いなりになった挙句が刑務所のこの惨状だ。
ミューミューは音楽室から顔を出し、所内で何が起こっているかの大まかを把握していた。
ミューミューは、心の底から震えている。
床や壁に飛び散る赤が非常に目に痛く、現実感を持って彼女がそれらの片棒を担がされたのだと嫌でも理解させられた。自身のスタンドが刑務所を制する無敵のスタンドだと酔い痴れている間は、それは彼女に罪状の在り処を問わない。
無敵のスタンドなんて、存在しない。
ミューミューのスタンドが刑務所で今まで無敵だったのは、囚人たちが互いに信用せず手を組めずに、誰も自分から危険な囮をやりたがらないという、ただそれだけの理由だったのである。
ゆえに戦術を組みより強固な社会を育む敵が現れれば、彼女が敗北するのは必然だった。
ミューミューもプッチも、そこを図り違えていたのだ。
所内に侵入した不審者たちに言い訳のしようもなくあっさり敗北したために彼女の幼稚な万能感は消え去り、巨大な死の恐怖と罪悪感が津波のように彼女を襲っている。
酔いは、いつかは覚めるものだ。酔いが覚めて現実と相対してしまえば、彼女に残されたのは同胞の殺害に加担してしまったという罪悪感だけであった。ミューミューは、大量虐殺の片棒を担がされた。
ミューミューは、震えていた。
ーー私が間違えていました。ごめんなさい……。助けて下さい……死にたくない……。
ミュッチャー・ミューラーは昨日まで生きていた所内の同僚や囚人たちが全滅したことを理解して、懺悔した。
◼️◼️◼️
「ヒュウ、さすがは姉ちゃん。」
ヴィエラ・レイナードは口笛を吹いた。刑務所はすでに静まり返っていて、生きている者がいれば嫌でも目に付く。動くものはたくさんいるが、それは不可視で生きているものでは無い。
ヴィエラは女囚の監房に向かう途中で足音を聞きつけ、物陰に隠れていた。プッチはすでに気絶して、横に寝かせてある。
女囚用の監房の方向から六人組が歩いてきていた。先頭が男性で、残りが女性だ。その中に彼の姉、メイサが混じっていた。
彼の姉、メイサ・レイナードは敵の集団に亡者に襲われた被害者としてまぎれこみ、敵の拠点へと向かっていた。このままヴィエラも隠れて彼らの後をついて行けば、敵の拠点へと辿り着くって寸法だ。
すでに所内に彼ら以外に生存しているものはほとんどいない。亡者は不可視で看守はその対応に手も足も出ず、銃火器を持ち出しても同士討ちになっただけであった。ほとんどのものが寝静まる夜間の急襲であったために、刑務所側はエマージェンシー警報もアメリカ政府に知らせることが出来なかった。
海に浮かぶ刑務所は、見えざる亡者が跋扈する孤立した地獄と化してしまっている。
ここから先は、レイナード姉弟にとっての極楽が待っている。ヴィエラ・レイナードのスタンドにとっては、亡者はなんら脅威では無い。
ヴィエラはプッチを締め上げて、姉のメイサのスタンドのディスクも取り返していた。
プッチの計画を台無しにしよう。プッチの計画に敵対するものもついでに片付けよう。せっかく自由の翼を手に入れたのだ。好きに生きる以外の選択肢はない。
すでにプッチは用済みだが、せっかくだから姉におもちゃとしてプレゼントしよう。きっと喜んでくれるはずだ。姉のスタンドは拷問に適している。エンリコ・プッチがどんな表情をするのか今から愉しみだ。
ヴィエラは、邪悪に笑った。
不可視の亡者がヴィエラに噛み付いて、亡者の口は崩壊した。次々に理性の薄い亡者たちはヴィエラに噛み付き、次々と崩壊していく。
床に倒れたプッチにも亡者が噛み付きプッチは出血するが、ヴィエラはそれを気にもとめない。
ーーうん、いや待てよ。プッチは姉ちゃんの拷問用のおもちゃにするんだから、イキがいい方が喜ぶか。
ヴィエラはプッチに群がった亡者に拳を振るって消滅させた。
ーーさーて、拠点もわかったことだし、どう動くかね?せっかくだから即座に乗り込むよりも、ビックリパーティーの方が面白い。その方が姉ちゃんも好みだろう。どうやったらみんなが楽しめるか、せっかくだから考えようか?
エンポリオの音楽室の外で、邪悪が笑っていた。