噛ませ犬のクラフトワーク 作:刺身798円
キュラキュラと歯車は軋み、世界に不協和音が生み出され続ける。
キュラキュラと世界は狂い、社会は密やかに破滅の音を奏でる。
それは世界に干渉し、社会を破滅させる
【クソが……体がいでぇし喉が渇く……ここは一体……俺は何を……?】
スポーツ・マックスのスタンド、リンプ・ビズキットは、死者の怨念で動くスタンドである。
リンプ・ビズキットは死者の生者に対する羨望や怨恨といった感情をスタンドパワーに変換し、死者が生者の世界に関与することを可能にしている。亡者のエネルギー源を本体のスポーツ・マックスやリンプ・ビズキットではなく、蘇る側の死者に依存しているのである。そうでなくては、死者を無数に蘇らせる凶悪なスペックは維持できない。
ゆえに蘇った亡者がパワー切れを起こすことは無い。歯車は、狂ったまま永遠に廻り続ける。
それを止める手立ては、本体であるスポーツ・マックスの亡者を消滅させる以外に手段はない。
【ここは……懲罰房棟……俺はなぜ……こんなところに……?】
リンプ・ビズキットは本体のスポーツ・マックスの怨みという感情に呼応して、本体の死後も世界に対して働き続ける。打倒不可能なノトーリアス・B・I・Gのように、怨念をエネルギー源とするスタンドとは総じて非常に強力なのである。
エンリコ・プッチは怨念で動くスタンドがどれほど危険か知らない。リンプ・ビズキットがどういった原理で運用されているのか、それを露ほども考えたことはなかった。
それを知っていたら、それほど危険なスタンドを用済みだからと言ってスポーツ・マックスに渡したままにしておかなかっただろう。
【……そうだ……確か俺は……ホワイト・スネイクに呼び出されて……それで……。】
怨念で動くスタンドは、使い方を誤れば簡単に社会を滅ぼす最悪の兵器と化す。
ノトーリアスが海上ではなく、イタリア本土に落下していたらきっと今頃イタリアは死都と化していただろう。制御不能、打倒不能の怪物を、一体ディアボロはどうするつもりだったのだろう?なんらかの封じ込める手立てがあったのだろうか?
【そうだ……思い出してきたッッッ!!!……ホワイト・スネイクのヤロウッッッ……恨む……恨むぞッッッ……俺をこんな目に合わせやがってッッッ!!!】
ディオの骨が死者の魂を吸収できないのは当たり前であった。
スタンド同士が矛盾すれば、パワーが強い方が勝利する。
単純にディオの骨という物体は、死んだばかりの人間の生に対する妄執に敗北したのである。
亡者は生者を妬み、怨念は生へとしがみつく。死者は生を他の何よりも望んでいる。
血があれば……。肉体があれば……。脳があれば……。
【闇より……生まれし……リンプ……ビズキットッッッ……ホワイト・スネイクへの……怨みを晴らせッッッ!!!】
亡者の主は、復讐相手を探して地獄と化した刑務所を彷徨っていた。
◼️◼️◼️
クラフト・ワークが地を蹴り、黒鉄のスタンドに突進した。黒鉄のスタンドは半身になって、クラフト・ワークの右拳を左に避けて受け流す。黒鉄の脚がカウンターでクラフト・ワークの頭部を襲い、クラフト・ワークは自分から距離を詰めて、蹴りの勢いを殺した。激突の衝撃で、弾かれた両者の距離が少し離れた。
二人はスタンドが衝突するたびに、ごっそりとスタンドパワーを削られている。
「ハア、ハア。しぶってぇヤローだ!」
「……チッ!!!その言葉はそっくり返すぜッッ!!!」
サーレー、ヴィエラ共に一切の加減はせず相手を殺害するつもりで戦っているのだが、スタンドパワーが拮抗しているために戦局はなかなか動かない。サーレーは自分が倒れたらこの戦場で凄惨な結末が待っていることを理解しているために異常なほどに粘り強く、ヴィエラは高揚感が振り切れて脳内麻薬が大量に噴出して痛みや疲労をあまり感じていない。
「グゥッッッ!!!いでえなクソがッッッ!!!」
「ウラッッッ!!!」
クラフト・ワークが紙一重で黒鉄の腕を躱し、黒鉄のスタンドの腹部にクラフト・ワークの拳がめり込んだ。ヴィエラは腹部に力を込めて耐え、生じた衝撃にクラフト・ワークの腕は弾かれて黒鉄のスタンドも後退した。
ヴィエラは空いた距離を走って詰め寄り、黒い巨重が弾丸のように高速でクラフト・ワークに衝突した。クラフト・ワークは全力で体表を固定して防御して長距離を後退り、黒鉄のスタンドが追撃とばかりに走って距離を詰めてクラフト・ワークに殴りかかる。クラフト・ワークは相手の拳の軌道を見極めて、受け流して足をかけた。重量のある黒鉄のスタンドは地面を削りながら転がった。
サーレーは気付いていない。なぜこの戦局でサーレーは敵と互角に戦えているのかを。
それどころか、天秤は僅かではあるがサーレーに傾きつつある。敵スタンドの身体スペックはクラフト・ワークよりも上で、これは本来ならば異常である。しかし現に、彼らは互角に戦っている。
現実で起こった出来事には、必ず何らかの理由があるものだ。
サーレーがイタリアで行なっていた珍妙な鍛錬は、決して無意味ではなかった。サーレーが気付かないうちに、実はサーレーのクラフト・ワークには新たな能力が芽吹きつつある。
サーレーがクラフト・ワークを理解しようと試み、能力を使用し続けることによって、クラフト・ワークの隠された使い道が明かされようとしていた。スタンドは過酷な戦いの中で使い道を理解し、成長する。実力の近しい敵と長時間戦い続けることで、自然とクラフト・ワークの能力が戦闘に対して最適化されていったのである。
戦場は苛烈で、サーレーが目の前の男に勝利すれば、サーレーは他の戦場のフォローに回ることができる。
目の前の男が勝利すれば、目の前の男はきっとサーレーの仲間を殺戮してまわるだろう。
サーレーが目の前の男に勝利できるか否かはこの戦場全体の趨勢に直結し、守るべき弱者の存在がサーレーに極度の集中力を齎した。
サーレーの戦いに仲間全員の命がかかっているという厳然たる事実とそれに伴う極度の集中がクラフト・ワークに進化を強烈に促し、クラフト・ワークが密かに新能力を発動しているにも関わらず本体のサーレーがそれに気付かないという異常な状態へと導いていた。
ヴィエラ・レイナードは今でこそサーレーと全力で戦っているが、最初は手抜きでの戦闘だった。
ヴィエラの能力は強力で、レイジ・バイブレーションの前に今までのほとんどの敵は本気を出さずとも呆気なく崩壊していった。今度の敵も最初は舐めてかかっていて、実際に戦ってみて思っていたよりもずっと手応えがあって愉しかったことからヴィエラはあっという間に戦いに夢中になった。
ヴィエラは冷酷な殺人鬼で、人を殺すことに関しては初心者のサーレーに対して一日の長がある。ヴィエラはスタンドが使えない時も凄惨な殺人を行なっていて、どうすれば効率良く人を殺害できるのか深く理解している。ヴィエラは殺戮に特化していて、本気で戦うヴィエラは攻防に頻繁に効率よく相手を殺害できる急所を狙う危険なものを織り交ぜていた。
なぜそれに、クラフト・ワークが的確に対応出来るのか?なぜ技量が優っているはずの相手にクラフト・ワークが互角に戦えたのか?
そこには、精神論だけではない明確な理由があった。
その秘密がクラフト・ワークの新しい能力、のちにサーレーがコマ送り《アヴァンツァメント・デル・テライオ》と名付けた技法であった。
この能力の概要は、ざっくりと説明すれば未来予知である。
その原理は簡単で、戦闘中に網膜に投射される映像を適当なタイミングで固定してピックアップして、サーレーがリアルタイムで見ている相手の動線と脳内に差し込まれる映像の相手の視線や筋肉の形、体勢などから総合して、相手の先の行動や狙いを予測するというものである。
アニメーションや映画は、写真や絵をいくつも繋ぎ合わせて映像として成立している。サーレーはその逆のことをしていると考えればよい。戦いの狭間の時間をカメラで撮るように映像として固定し、サーレー本人が理解も認識もする間も無く脳内に投射された映像から相手の先の行動を高い精度で予知する。サブリミナルのようなものである。
それが拮抗した戦闘の中で、サーレーに頻繁に起こっていた。
本来であれば、レイジ・バイブレーションのみならずほとんどの近接に特長を持つスタンドの拳は視認できないほどに速い。しかし、サーレーにはそれが見えなくとも予測ができる。予測ができれば拙くとも対処ができる。
サーレーは苛烈な戦いの中、不意に訪れる未来予知のような予感に助けられてこの戦場をここまで互角に戦っていたのである。
そこにいたのは金に目が眩んだただのチンピラではなく、社会を守ろうとする一人の戦士だった。
「……つくづく妙な奴だ。なんでお前は戦えば戦うほどに対応や反射が良くなるんだ?普通は疲れて逆になるだろうが。」
「さあな。」
ヴィエラは困惑する。
戦いは愉しく、不満はない。だが敵は戦えば戦うほど、ヴィエラの攻撃への対処が的確になっていく。本体のサーレーがその原因に気付いていないのに、赤の他人がそれに気付けるわけが無い。
痛打は与えられず、逆に自身の行動を読まれているのではないかというようなサーレーの動きにヴィエラはその原因を掴みあぐねていた。
◼️◼️◼️
その異変に気付いたのは、敵意を探知する能力を持つメイサ・レイナードだけであった。
メイサだけがそれに気付いていたが、メイサの目前には人ならざる存在が尋常ではない迫力で立ち塞がり、彼女の話に聞く耳を持つとも思えない。ヴィエラも彼女の話に聞く耳を持たない。他の二人の手駒もそれぞれ覚悟を持ったスタンド使いが対応している。ゆえに彼女にはそれの対処が不可能であった。
メイサはひどく焦っている。どうするべきか打開策を必死で思考しようとしている。しかし、思考に手間を割きすぎると目前の怪物に呆気なく敗北してしまう。
メイサは、自身が危機に陥っている事を理解した。こんなはずではなかった。
彼女は今まで、ディオという超越したスタンド使い以外には負けたことが無かった。彼女のスタンドの犬人は暗闘にも乱戦にも強く、近接戦もそこそこ戦える速度に特長のある武器持ちの万能型だ。しかも相手方は籠城戦であり、人員の損耗の観点から言ってもこちらが圧倒的に有利なはずだった。
自信があったのだ。
敵はいきなり攻められる側で、こちらの手勢は近接戦が滅法強い弟と死んでも別に構わないクソ神父。対する敵は全ての人員を守らねばならない。
当初の予定ではもっと相手を楽に蹂躙して、手駒を好きに扱っていたはずだった。
しかし彼女のその目論見は、戦場に存在するたった一人の怪物により覆されることとなる。
わけのわからない怪物はメイサにとってどうしようもなく不得手な相手であり、下僕と合流しようにも戦場の中央に陣取る援護の上手い厄介なスタンド使いがそれを防いでいる。敵は彼女の予想よりも遥かに強固な意志と多彩な強さを持ち、そのリーダーは社会の裏側で育てられた彼女のような人間に対抗するスペシャリストだった。
そして今現在。戦場に、突如見えざる敵意が多数あらわれたのである。
彼女にそれの対応は不可能だ。目の前の怪物の相手で精一杯だ。ただでさえ、目の前の敵に勝利できるか怪しい。
敵意を剥き出しにする怪物はきっと、彼女の話に聞く耳を持たないだろう。
怪物にメイサに対する情け容赦は一切ない。弟は戦いに夢中で、他の二つの手駒はそれぞれ抑えられてしまっている。
メイサに出来ることは、祈る事だけであった。突如戦場に侵入してきたその見えざる者たちが彼女にとって都合よく動く事を。破綻者には仲間がおらず、誰も彼女の言葉には耳を傾けない。
アドバンテージはある。吹けば飛ぶようなアドバンテージだが。
彼女だけが、見えざる侵入者たちの存在に気付いている。戦場の混沌の中であらかじめ知っていた彼女だけが真っ先に行動を起こすことが出来る。それが彼女の唯一のアドバンテージだった。
祈りは、意味を成さない。誰の目の前にある問題も、彼或いは彼女だけのものだ。
メイサの目の前の問題は、メイサが解決しないといけない。
彼女の弱点は、プッチと同じであった。彼女の問題は全て彼女独りの知見と実力で乗り切るしかないのである。
社会を築けないから、フー・ファイターズという天敵が存在することを知らない。プッチからの情報があれば、彼女はそれの存在を警戒出来るはずだったのに。彼女に出来ることは紛い物の配下を集めることだけであり、結局彼らは全員揃って個の強さ以上のものを持たないのである。彼女がプッチを嘲笑っていたのは、その実は鏡に映る己の姿だった。
破綻者の社会は、孤独に閉じてしまっている。
彼女の祈りは……永遠に誰にも届かない。
◼️◼️◼️
懲罰房棟で惨死した刑囚の亡者の群れは、先導者であり唯一理性を色濃く残したスポーツ・マックスの亡者に導かれて刑務所の本館へと侵入していた。
亡者の多くは理性が薄く、生への執着から生者の血肉を欲している。先導者のスポーツ・マックスは、復讐相手のホワイト・スネイクを探して刑務所の本館を彷徨っていた。
【……アン?なんだコリャ?】
スポーツ・マックスの亡者をエンポリオの音楽室に導いたのは、奇しくもヴィエラ・レイナードが引き摺ったエンリコ・プッチの流した血の跡だった。
刑務所の床には線を引くエンリコ・プッチの血の跡が残り、あるところでそれは雫となり、そしてそれは唐突に途切れていた。亡者に襲われて出血したのだとしても、その跡のつき方はおかしい。
亡者で唯一知性を残したスポーツ・マックスはそれを不審に思い、周辺の探索を行った。そして彼はエンポリオの音楽室を見つけ出す。
【ホワイト・スネイクッッッ!!!こんなところにいやがった!!!ぶっ殺してやるッッッ!!!】
しかし音楽室内は複数のスタンド使いが戦う戦場で、亡者のスポーツ・マックスが単体で特攻してもアッサリと消滅してしまうだけだ。スポーツ・マックスは周囲の知恵の薄い亡者を集めて、エンポリオの音楽室に先導した。
そして、戦場に唐突に変化が訪れる。
◼️◼️◼️
【ア、アアアア、アアアアアアアッッッッッッ!!!!!】
【お前ら!そいつの脳みそは俺が喰うんだからなッッッ!お前らは手足の先っぽから齧りとれッッッ!!!囲んでそいつを弱らせろッッッ!!!】
それまでだんまりを決め込んでいたエンリコ・プッチのホワイト・スネイクが、唐突に感じたあまりの痛みに悲鳴を上げた。エンリコ・プッチは、スポーツ・マックスが指揮を執る亡者たちに生きたまま喰われようとしていた。
真っ先にプッチと対峙するエルメェスがそれに気付き、続いて戦場の中央に陣取った徐倫が、そして悲鳴に反応したサーレーとヴィエラを除く全員がその理由を理解した。
エンリコ・プッチの肩や腕にはたくさんの歯型が付き、傷口から盛大に出血している。
プッチのその状態に、それを見た全員が外から見えざる脅威が戦場に侵入してきたことを理解した。戦場に緊張が走り、それを想定していたウェザー、アナスイ、目の前の敵に集中しているサーレー、ヴィエラの四人を除いて全員が固まった。
空白の時間が生まれ、戦場はそれを発端にドミノ倒しで連鎖反応を起こす。
「逃げるぞッッッ!!!そいつを助けろ!!!」
真っ先に反応してその声を上げたのは、もちろんメイサである。
メイサはプッチの状況を即座に理解し、このまま戦って万が一勝てたとしても死の未来しか有り得ないと、そう判断した。遊ぶための強力な手駒は欲しいが、欲をかけば自身の破滅が待っている。ここさえ凌げれば、数を頼みにいくらでもコイツらを蹂躙できる。一旦逃走して手駒を増やしてから再襲撃するべきであると。
メイサに対応するフー・ファイターズのみならず、集中した二人と想定していた二人を除く全員が突如起きた出来事に僅かな時間固まっていた。見えざる敵たちがどう動くか予想付かず、皆が自分の次の行動を決めかねていた。そのタイミングで事態が動いたのである。
アナスイがウェザーとの戦闘を離脱し、ウェザーはスタンドを使用し続けたせいで疲弊していて上手く動けない。アナスイはエンリコ・プッチに纏わり付く亡者たちをダイバー・ダウンで次々に薙ぎ払った。
メイサがプッチを助けた理由は簡単である。
ヴィエラは戦いに夢中で言うことを聞かず、高確率で外にまだたくさん見えざる脅威がウロついているこの状況では、逃亡に際して亡者対策になるべくたくさんの護衛兼囮が必要だ。ゆえにメイサはアナスイにプッチを助け出す指示を出した。
助け出されたプッチは真っ先に音楽室の出口に向かい逃走し、アナスイがプッチの後に続いた。
ウェザーは疲弊していてろくに動けなかったが、それでも必死に声を張り上げた。ここで声を上げなければ、恐らくアナスイは永遠に帰ってこない。
「徐倫ッッッ!!!アナスイの身柄を確保しろッッッ!!!」
「ッッッ!!!アナスイッッッ!!!」
徐倫は離れていくアナスイにとっさにストーン・フリーの右腕を解いて、アナスイの足に糸を巻き付けた。
糸が巻き付いたアナスイは行動が阻害され、躓いて足が止まったアナスイをフー・ファイターズが抑えつけた。徐倫が走ってアナスイに近寄り、瞬く間にストーン・フリーでアナスイを縛り上げて拘束した。そのままフー・ファイターズが二人の護衛に寄り添った。
「チイッッッ!!!」
それを見たメイサが歯噛みする。
囮が一枚減った。ヴィエラが言う事を聞かない今、外の亡者たちに対して囮はメイサの生命線だ。メイサは徐倫から囮であるアナスイを奪い返せるかほんの一瞬だけ迷い、足を止めてしまった。
そしてそれは、死に至る間違いだった。戦場ではほんの僅かな時間が、時に生死を決定付ける。
【捕まえた、、、捕まえた、、、捕まえたッッッ!!!】
「ッッッ……!!!」
メイサの犬人は敵意を嗅ぎ分ける。それはあくまでも彼女に向けられた敵意を、だ。そして、彼女は音楽室に侵入した敵意の臭いを嗅ぎ分けていた。
その理由は、説明するまでもない。
リンプ・ビズキットは怨念の力で動いていて、この戦場に現れた亡者の中には実はプッチ以外にも優先する対象が存在する者たちがたくさんいたのである。
死者たちは怨念で動いている。怨みは、理性の薄い死者たちがこだわる唯一の感情だった。
犬人は足を捕らえられ、メイサの顔は真っ青になった。
【あたしは、、、アンタに突き飛ばされて、、、喰われて、、、死んだ、、、。】
【私は、、、お前に、、、足を刺されて、、、見えない奴に、、、喰われた、、、。】
【俺は、、、生きている時に、、、お前に、、、拷問されて、、、死んだ、、、。】
【私は、、、お前に、、、生きたまま、、、解剖された、、、。】
【僕は、、、この監獄で出来た、、、大切な友人を、、、お前のせいで、、、殺してしまった、、、。】
【見つけた、、、。こいつだ、、、こいつだ、、、こいつだ、、、。こいつを、、、殺せッッッ!!!私たちは、、、こいつを、、、殺したいッッッッ!!!】】
闇の祈りが言祝がれ、破滅の犬人に終焉が訪れる。
【闇より、、、生まれし、、、リンプ、、、ビズキット、、、。怨みより、、、生まれし、、、、亡者たちの、、、主よ、、、。我らが、、、怨みを、、、晴らす、、、事を、、、どうか、、、、、、赦し給えッッッ!!!】
怨念は蠢き、エンリコ・プッチが姿を消した後それは戦場の別の一点に集中した。
生を冒涜する深淵の犬人に、死者の怨念は一極集中して纏わり付いた。
【俺は、、、私は、、、あたしは、、、わしは、、、僕は、、、。お前を恨んでいるッッッ!!!】
「なッッッ!!!」
メイサの足が何者かに掴まれた。
連鎖してメイサの体が次々にたくさんの何者かに掴まれて、動きの止まったメイサの肩に徐倫の空いた左腕の糸が絡み付いた。
メイサは亡者に集られ、そのまま床に倒れ伏した。
「な……や、やめろ……助けて……ああああああああ痛いぃぃぃぃぃぃ!!!」
命令の効くアナスイは今現在徐倫の糸に雁字搦めに縛られ、逃走を指示されたプッチはすでに命令の届かないところまで逃げている。ここでもメイサの自身で気付いていない弱点が露出した。彼女のスタンドが拷問の用途を兼ねているがための、弱点。
メイサのスタンドの操作は、彼女自身が考えているほどには万能では無い。意識が不能になることがなくとも、酷使するほどに下僕の操作精度は下がるのである。
今のプッチは疲弊しきっていて、メイサの命令の正確な意図を汲めるほどに思考の余裕が無い。ゆえに命令をただ聞くだけのロボットは、主人を無視して逃走する。彼女は支配した使い捨ての下僕の末路に興味をほとんど持たず、そのためにその弱点に気付かなかった。彼女にとって他人は玩具であり、玩具が疲労することなど考える人間はいないのである。他者を人間として見ていれば、それは容易に気付けた欠陥だった。
有事に際して明確な行動指針を持たない人間は数がいても脆く、己の能力に対する油断や過信は死を招く。
彼女の鍍金の強さは、ギリギリの戦場でボロボロと剥がれ落ちて行く。鍍金が剥がされてしまえば、築き上げたものが何も無い彼女には当然何も残らない。
メイサの肌は次々に亡者に喰い破られていく。音楽室の魅力的な女性の背景に、赤い花が咲いた。
「ああああああぁぁぁぁぁッッッ!!!痛い……痛い……痛いッッッ……お願い……助けて……助けてッッッ!!!」
その声は憐れみを誘うものだったが、誰一人としてその声に反応しない。
ざまあみろだとか因果応報だとか、そういった偉そうなことや詰まらないことを言うつもりはさらさらない。助けられるのであれば、命だけは助けてやっても構わない。
人間には多くの場合、大切なものに序列が付けられている。
手の空いた徐倫とフー・ファイターズは拘束して倒れたアナスイの護衛に回り、エルメェスはズッケェロに寄り添いエンポリオたち非戦闘員の護衛を補強した。優先されるのは、仲間の命。
敵であるメイサの命は、この凄惨な戦場では残念ながら序列外だった。そんな余裕があるわけないのである。
ゆえに誰かが彼女を助ける可能性は、絶無であった。
「ぁぁぁぁぁッッッ!!!」
「チッ……あのクソアマ、役に立たねえな。いつも偉そうなことを言ってるくせに。」
声は小さくなっていき、やがて床に倒れたメイサの悲鳴が止んだ。アナスイの体が自由を取り戻す。
戦場が混ぜ返されてしまったことを理解し、ヴィエラの集中が途切れた。このままでは余計な奴らに愉しい戦いにチャチャを入れられるだけである。
サーレーはヴィエラから目を離さない。
「終わりだよ、終わり。白けちまった。ここまでだ。」
ヴィエラは両手を上げた。そのまま続けてサーレーに話しかけた。
「……おい、サーレーとか言ったな。教えといてやる。エンリコ・プッチの目的は現生人類の消滅だ。今いる人類をこの世から消滅させて、未来を識る新たな人類を生み出すことが目的だ。」
「エンリコ……プッチ……?」
「さっきまでここにいた神父だよ。アイツが一連の事件の黒幕だ。」
「……そんなことが可能なのか?」
「さあな。少なくともプッチはそれが可能だと考えて、こんな大それたことをやっている。そのために必要な何かを手に入れるために、罪人を大量に虐殺したみたいだぜ。」
ヴィエラは興味本位で独自にコソコソと動き回るプッチの目的を探っていた。
ヴィエラはサーレーにそれだけ告げると、踵を返して戦場を去っていく。
「おい、待てッッッ!!!」
エルメェスが敵であるヴィエラを引き止めようとした。
「……やめろ、エルメェス。」
「オイッッッ!そいつ、敵だぜッッッ!!!」
「確かにそうだが、そいつを留めたら共倒れだ。まずは見えない奴らから仲間を守ることが優先だ。それに俺たちの目的はそいつではなく、エンリコ・プッチとかいう神父だ。」
「まっ、そういうこった。俺に殺されるまでは死ぬなよ、サーレー。」
今度こそ、ヴィエラは戦場を去っていった。
【チイッッ!ホワイト・スネイクには逃げられたが、まあここにゃあたくさん食料がある。腹拵えをして、ホワイト・スネイクの探索を続けるとするか。】
戦場に残ったスポーツ・マックスの亡者の口端が吊り上がった。
「……やるぞ、徐倫。」
「サーレー、大丈夫なの?すごく疲れてるみたいだけど。」
疲弊したサーレーが徐倫に近寄った。
「……まあひどく疲れたが、一休みは取り敢えず中に居る奴らを全部片付けてからだ。その後に、お前の糸の結界を念のために音楽室の入り口に張っといてくれ。」
「了解。」
【アァ?こんなもんで俺たちを抑えられるとでも?】
一箇所に固まった非戦闘員の周囲に徐倫が糸の結界を縦横無尽に張り巡らせ、サーレーがそれにクラフト・ワークのエネルギーを全力で流し込んだ。
糸の結界は鋼線の結界に変化し、それに触れた亡者は次々に固定されて動けなくなっていく。
「そこ、そこ、そこ!」
【了解した。】
「任せろ。」
【うっ……はずれねえッッッ!!!】
徐倫が結界に反応があった場所を指示し、フー・ファイターズとエルメェスとアナスイとウェザーが連携して亡者を次々と葬り去っていく。
やがてリンプ・ビズキットの本体のスポーツ・マックスも消滅し、石作りの地獄は終焉を迎えた。
◼️◼️◼️
エンリコ・プッチは今にも消えそうになる意識を繋ぎとめながら、必死に逃走していた。
計画がどうなったのかわからない。ディオの骨が受肉できたのかも。
彼に確実に言えることは、刑務所に現れた得体の知れない敵に彼の計画をめちゃくちゃにされたことだった。
「2、3、5、7、11……。」
今はとにかく逃げ延びないといけない。血が足りていない。疲労も尋常ではない。気を抜いたら瞬く間に気が遠くなっていく。
取り敢えず安全圏に逃げ回復を優先してから、その後のことを考えよう。
プッチは必死に足を動かす。プッチに知る由はないが、プッチにとって幸運なことに、彼の逃走を防ぐ亡者たちはすでにスポーツ・マックスと共に消滅している。
エンリコ・プッチの体を突き動かしているのは、天国への妄執だった。
◼️◼️◼️
「はあ……はあ……はあ……。」
ヴィエラ・レイナードはひどく疲労していた。
それは、ヴィエラの想定外だった。
戦闘が想像以上に長引き、降りしきる雨は密やかに戦士たちの体力を奪い精神力を削っていた。そして相反する敵と衝突するそのたびにクラフト・ワーク、レイジ・バイブレーションともどもスタンドパワーをゴッソリと持っていかれていた。今は歩くことさえ億劫である。戦闘中は脳内麻薬がたっぷりと分泌され、今の今までそれに気が付かなかった。
戦闘が終わった今、それはしわ寄せとなってヴィエラを突然襲い、体を蝕んでいた。全てを崩壊させるはずのスタンド使いは、ひどく疲弊していた。自身の限界とは、実際に極限まで追い詰められた経験が無い者にはわかりづらいものであった。
「クソ……体が重てえ……。」
ヴィエラは背中に汗をかきながら、血の滲む刑務所の壁に寄りかかった。
座り込んでしまいたい。しかしいつまでもここにいるわけにはいかない。いつまでもチンタラしていたら、異変を感じとったアメリカ政府が刑務所に調査隊を送り込んでくるだろう。今のヴィエラは疲弊著しく、さほどでない敵であっても戦闘したら敗北してしまう可能性が高い。アメリカの国家の力は強大で、裏社会にもたくさんの有能なスタンド使いが存在する。彼らが精査すれば、何が起こったのか恐らくは全てバレてしまうだろう。そうなれば、ヴィエラが刑務所内で行ってきた殺人も明るみに出てしまう。
ことここに至って、さすがにヴィエラも自身の置かれた苦境を理解していた。いっそ調査隊に全面的に投降して、回復してから敵の隙を待った方がいいかも知れない。ヴィエラの思考にそれが過った。刑務所で何が起こったのかわからない今現在の段階では、事情を知っているヴィエラへの問答無用の射殺はないだろう。
その時、彼の足元を灰色の何かが通り過ぎて行った。
彼は唐突に異様な悪寒を感じて、自分のくるぶし近辺を確認した。
「な……んだ……これはッッッ!!!」
ヴィエラの足から、植物が生えていた。或いはヴィエラの足が植物に変化したと言った方が正しいのか。
ヴィエラの体に得体の知れない感触が走り、彼の体は植物へと変化していく。ヴィエラは即座にそれがプッチの仕業だと看破した。
「クソ!クソ!クソ!クソ神父がッッッ!!!わけのわからねえことしやがってッッッ!!!さっさと殺しておくべきだったッッッ!!!」
ヴィエラはプッチに悪態を吐いた。
ヴィエラの足から根が伸びて、ヴィエラの目は花を咲かせた。
「太陽は……暖かい……レロレロ……。」
明けない夜は無い。凄惨な夜は明け、朝と共に彼は太陽の恵みに感謝する。
ヴィエラだったものの場所には、緑色の瘤が発生していた。
戦場の真の勝者とは、実は目的を達成したものとは限らない。仮に生還したものが真の勝者だとするならば、彼は敗者と言えるだろう。たとえ一時の高揚感に喜んだとしても、帰り道に地雷を踏んでしまっては何も意味が無い。孤独な彼は、帰路にプッチの仕込んでいた地雷を踏んでしまった。彼が万全であれば、なんら問題ないはずだった。戦場とは、理不尽なものである。
サーレーのスタンド、クラフト・ワークとヴィエラのスタンド、レイジ・バイブレーションは相反するようでいて、実は非常に似通っている。サーレー、ヴィエラ共に殺人者であり、クラフト・ワーク、レイジ・バイブレーション共に近距離の攻防に非常に優れている。
しかしサーレーは生き延び、ヴィエラは去った。
サーレーは音楽室の仲間を大切にし、ヴィエラは姉のメイサの死に興味を持たなかった。
サーレーは徐倫やフー・ファイターズの意思を汲み取って、彼らの思いを尊重していた。
そのためにフー・ファイターズを生かしておくという徐倫の判断に従ったし、手に入れた誰のものともわからないディスクを時間が無くても黒幕に対する囮捜査に使わなかった。サーレーは、ジョルノというボスやズッケェロという相棒から他者を尊重し社会を育むという行為を学んでいたのである。
結果としてフー・ファイターズは友誼に従い音楽室で死に物狂いで戦い、徐倫はサーレーを学ぶところの多い師であると認めて生死を賭けたギリギリの戦場でその指示に従った。
もしかしたら二人の命運の差は、真に苦しい時に彼らを助けてくれる社会を築けていたか否かの差だったのかも知れない。
◼️◼️◼️
エンリコ・プッチ、、、逃走。
メイサ・レイナード、、、恨みを持つ亡者に殺害された。反社会的な存在である彼女が、社会の体現とも言える超個体の一種であるフー・ファイターズを天敵としていたのは、もしかしたら当然だったのかも知れない。
ヴィエラ・レイナード、、、ディオの骨の養分となった。
名称
州立グリーン・ドルフィン・ストリート重警備刑務所
概要
一夜にして、ごく一部の人間を除き内部の人間が全て失踪した。その数は、千三百人弱。生存率一%未満の、まさに地獄であった。生き残ったごく少数の人間も、行方を眩ました。事態が政府に伝われば、周辺地域に戒厳令が発令されて当たり前である。
名称
リンプ・ビズキット
補足事項
死者の怨念で運用されているスタンド。本体のスポーツ・マックスの亡者が行方を眩ませば無敵となる。
しかし矛盾するようだが、この世に無敵のスタンドなど存在しない。感情をエネルギー源にして動いているだけに、本体のスポーツ・マックスの亡者が自身の恨みを抑えきれないことが唯一にして致命的な弱点である。
リンプ・ビズキットが消滅すれば、亡者は感情をスタンドパワーに変換できなくなり消滅する。
射程の半径Bとは、その範囲に入った人間が蘇るという意味であり、蘇った後の亡者の射程はさらに広くなる。ディオの骨は、この射程範囲外の人間の魂を吸収した。
補足事項
アメリカの国家力は強大で、裏社会にたくさんスタンド使いが存在する。その中には、アバッキオのムーディー・ブルースのような調査に特化したスタンド使いも当然存在する。そういった一芸を持つスタンド使いたちは、アメリカの裏社会で国防機構として重宝されている。