噛ませ犬のクラフトワーク   作:刺身798円

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孤独 後編

「ふざけやがってッ!このクソヤローがッ!パッショーネを舐めてんのかッッッ!ぶっ殺してやるッッッッ!」

「待てッ!俺が悪かった。反省する。反省するから。」

 

イタリアの人々は時間にルーズな傾向がある。定説だ。

翌日の朝というより昼時。シーラ・Eはキレていた。

 

シーラ・Eもサーレーが時間にルーズであることを考えて、余裕を持って朝の10時という遅い時間の待ち合わせをした。まあそれでも試合開始の時間には余裕を持たせているのだが。さすがにこれだけ遅い時間であれば、サーレーだろうときっと間に合わせるだろう。

そのシーラ・Eの目論見は、当然のように裏切られた。

ちなみにシーラ・Eは最悪戦闘が起きる可能性を考えて、朝の5時半に起きてスタンドを使う準備運動のようなものまで済ませている。体を動かせば脳が活性化してスタンドの動きも滑らかになりやすい……気がするからだ。さすがにそれにサーレーを付き合わせる気はなかった。

 

そして肝心の翌日、シーラ・Eが朝の運動を終えてシャワーを浴び、朝食を摂る。

時計をチラリと横目で見る。まだ大丈夫だ。気が早い。9時半だ。まさかいくらサーレーといえどパッショーネの仕事を軽く見てるなんて有り得ない。ジョルノ様の強大さを理解しているはずだ。

昼時はフットボールの試合会場にいることになる。どこかの店で軽食でも買って試合会場で食べるとしよう。シーラ・Eは部屋を出て買い物に向かう。買い物はスムーズに終わり、部屋に据え付けられた時計を見る。9時50分だ。まだ大丈夫だ。慌てる時間じゃない。

部屋に立って戦闘をイメージする。スタンドを動かす。興が乗ってしまった。時計を見る。10時5分、アウトだ。そろそろ起こしに行こう。

 

シーラ・Eが自室を出てサーレーの部屋に起こしに行った時、サーレーの部屋から厚化粧の見知らぬ女性が出てきた。香水のにおいがキツイ。まあ部屋に女を呼んだのだろう。仕事に差し支えなければ問題ない。落ち着け、シーラ・E。

それだけならまだしも、部屋の扉を何度も叩いても起きる気配がない。シーラ・Eのコメカミに血管が浮かび上がる。そろそろ限界は近い。

今借りている部屋のチェックアウト時間は10時だが、ホテルの人間はパッショーネの人間だ。おそらく無駄に気を効かせてモーニングコールをかけることもないだろう。シーラ・Eはため息をついて、合鍵を借りるためにホテルのロビーに向かった。

 

「グガアアアアア、フゴ?」

 

シーラ・Eはロビーで合鍵を受け取ると、サーレーの部屋に侵入した。酒臭い。サーレーはベッドで気持ちよさそうに寝ている。

部屋のベッドで顔を赤くしたままグッスリ眠るサーレーを拳で叩き起こした。部屋はキツイアルコールの匂いがする。部屋のテーブルには飲み散らかしたワインの空き瓶が複数本散乱していて、叩き起こされたサーレーは寝ぼけ眼で目をこすっている。

 

「フゴ?じゃねえええ!!この役立たずのイ○ポヤローがあッッッ!テメエ、パッショーネ舐めてんのかあッッッッッッ!」

 

そして、今に至る。サーレーは部屋に商売女を呼んでいたのみならず、深夜まで深酒をして顔を赤くしたままアルコールの匂いをプンプンさせている。

ある程度サーレーの人となりを理解していたはずのシーラ・Eも、さすがにキレた。

 

「テメエッッ!仕事で来てる自覚あんのかッッ!うまい酒飲んで、女を抱いて、いい旅夢気分かッッッ!!アアン!?少し寛容にしてやったらどこまでも付け上がりやがって!!」

「わ、悪かったよ。ほ、ほら時間、急がないと。」

「ふざけんなッッ!誰のせいでこんなことになったと思ってるんだッッ!」

「ま、待てッ!スタンドはヤメロ。ホテルを壊したらまずいだろうが!」

 

フットボールの試合開始の時間は1時半だ。シーラ・Eがキレたため今11時半。

サーレーの準備や移動時間も考えるともう試合開始に間に合いそうもない。

 

「マジでなんでジョルノ様はこんなゴミのような人間を部下にしたんだか……。」

「オイッ!言い過ぎだぞ!」

 

サーレーとシーラ・Eは言い争いをしながらホテルを後にする。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

スタディオ・オリンピコ・グランデ・トリノ。二人が向かう先の競技場名。トリノ市の所有物である。

パッショーネの所持するトリノのクラブチームも、100年の歴史を持つ。

かつてはグランデ・トリノ(トリノの偉大なチーム)と呼ばれるほどのチームで、その最期は事故による黄金期の終焉という悲惨なものであったものの、今なおトリノのオールドサポーターには素敵で切ない思い出として心に残っている。

近年は成績を落としがちでセリエBにも頻繁に落ちていたが、世界的にはともかく地元のサポーターにはもう一つのトリノのメガクラブよりも人気が高い。単純に愛されているのである。長い年月を人々の心の糧として貢献してきた。

 

トリノの2つのクラブは因縁が大きく、敵対意識が強い。

パッショーネは片方を秘密裏に入手した。歴史のあるチームをマフィアが牛耳っていると知られれば、市民は拒否反応を起こすかもしれない。

シーラ・Eとサーレーは競技場のあるサンタ・リータ地区へと向かう。

道中、昼飯用にサーレーは大手チェーン店のバーガーを買っていった。照り焼きのいい香りが食欲をそそる。

散々寝坊したにも関わらず、図々しい奴だ。いっぱしに腹は減るらしい。

 

「もう落ち着けよ。チケットの入手は済んでるんだろ?試合終了には間に合うだろう?」

「そういう問題じゃあないわよ。調子乗るんじゃないわ。」

 

サーレーとシーラ・Eは競技場へと入っていく。会場は熱気に包まれている。

シーラ・Eから渡されたチケットはかなりいい席で、試合が間近で見れる。

 

「奮発したな。これダフ屋で買えば1000ユーロくらいするんじゃあないのか?」

 

今日はトリノダービーだ。トリノ市が1年で最も熱くなる日の片方で(同じ組み合わせの試合は、年に二回ある)、欲しい人間は大枚を叩いてでも入手したがる。ツテでもない限り、入手はかなり困難なはずだ。

とっくにチケットも完売している。

サーレーとシーラ・Eはチーム関係者からチケットを譲ってもらっていた。

 

「アンタ寝坊しといてよくもまあヌケヌケと言えるわね。」

 

シーラ・Eの返答はトゲトゲしい。

 

「……それで標的は?」

「そうね。ここからだと左前方の方かしら。ネット裏のスペースの席を取ったみたいね。」

 

シーラ・Eは素の肉体スペックも高い。

40ヤード離れたゴールネット裏の席に、すでに標的を見つけている。フィガロ・ジョコヴィッチだ。

 

「そんで、どうするよ?」

「とりあえず観察をするわ。スタンドは一般人には見えないから、私たちが標的がスタンドを使うか確認する。」

「スタンドを使わなかったら?」

「帰りに対象を捕まえて質問を行うわ。相手の出方次第ね。」

「了解。」

 

サーレーは返事をすると、試合に見入る。応援しているチームでなくとも、こんないい席をもらったなら集中しなければフットボールに失礼だ。

シーラ・Eは相棒を任された男の呑気さにため息をついた。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

「やれッッッ!そこだっ!あー。」

 

惜しいところだった。

試合はすでに後半。トリノダービーは前評判で有利な方がすでに得点を3つ決めていて、試合の大勢は決まりつつある。今の9番のシュートが決まってれば4点差だ。惜しくもシュートはポストを掠めていった。

クラブの所持する負けている方のチームも、当たり前だが勝負を投げずに必死に食らいつこうとする。フットボールはいい。

 

どうせなら勝った方が気持ちいい。特に応援しているチームにこだわりのないサーレーは勝っている方のチームを応援していた。

 

「……アンタねえ。ハアー。」

 

シーラ・Eはため息をつく。

サーレーはまじめに仕事をしないだけでなく、組織のチームでない敵のチームの応援をしている。いつのまにか片手には売り子から買った紙コップのビールも持っている。こいつはマジにパッショーネの任務を舐めてるんだろうか?

 

というよりも、サーレーはダメ人間だから裏社会の下っ端にしか居場所がなかったのである。

サーレーは典型的なダメ人間思考、そばにしっかりもので頼りになるシーラ・Eがいるから全部任せればいいか、を遺憾無く発揮していた。サーレー一人ならもっと真面目に任務に取り組んでいたはずである。多分。

ーーもし泥酔するようだったら始末してやる。

 

シーラ・Eの目が鋭く光り、不穏なことを考える。その時。

 

「オイ、あいつ帰っていくぜ?」

「なに!?」

 

シーラ・Eは慌てて標的のいたはずの場所を見る。

標的はすでにそこにはおらず、いたはずの場所には白い靄のようなものが漂っている。

 

「アンタ、奴がスタンドを使っているのを確認した?」

「いや、確実には見ていない。だが、アレ……。」

「ええ、そうね。」

 

サーレーとシーラ・Eは白い靄を注意深く観察する。

去っていった本体も気になるが、まずは目の前の現象に対応しないといけない。

 

「さて、どうなるのか……。」

 

シーラ・Eは眉を顰めて靄のある席の付近を注意深く眺める。

 

「テメエッッ!さっき俺の足を踏んだだろうが!」

「アンタの体臭がキツイのよ!あっち行きなさい!」

「クソッ!!応援してるのにしっかりしやがれ!ぶっ飛ばしてやるッッ!」

「お前らみんなムカつく顔しやがって!クソどもが!」

「ふざけんな!簡単なシュートを外しやがって!テメエら給料いくらもらってやがるッッッ!」

 

白い靄のある座席の付近で揉め事が起きる。観客たちが取っ組み合いの諍いを起こしている。

 

「確定ね。標的を追うわよ。」

「オイ!アイツらが揉めているのは放っておいていいのか?」

「人には領分があるわ。アレは競技場の警備員に任せた方がいい。」

 

シーラ・Eはそれだけ言うと、サーレーをひっ連れて競技場の外へと向かおうとする。

まず間違いないだろう。あの白い靄が周りの人間の怒りを誘発している。

 

「オイ、待てよ。席を立つなんてもったいない。まだ試合は終わっていない。負けてる方も試合を投げてないぜ。こんないい席で試合を見ることなんて、そうそうないぜ?」

「ふざけんな!クソ下っ端が!!テメエなんのためにトリノまで来たと思ってやがるッッッッッッ!!!」

 

シーラ・Eの絶叫が、スタディオ・オリンピコ・グランデ・トリノにこだました。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

「そこのアンタ、ちょっと待ちなさい!そこのメガネをかけたアンタよ!」

「あーあ、試合見そびれちまった。」

 

愚痴るサーレーとシーラ・Eはティッレーノ通りでフィガロに追いついた。

念のため、クラブ関係者にフィガロの後をつけるように指示を出しておいたのが功を奏した形だ。

 

フィガロは突然声をかけられてビックリして振り返る。

 

「そう、アンタよ。ちょっと話があるわ。」

「……私になんの用でしょうか?」

 

フィガロはサーレーとシーラ・Eをまじまじと見る。近くで見ると神経質そうな男だ。ビクついている。

シーラ・Eは顔に傷があり、サーレーは洋服を着崩している。とてもカタギには見えない。フィガロは、二人をひどく警戒した。

 

「アンタ、これが見えてるでしょう?」

 

シーラ・Eはそう告げると、彼女のスタンド、ヴードゥーチャイルドを彼女の前に現した。

 

「ッッッッ!」

 

その瞬間、男の警戒は頂点に達して、あたりを男から噴出した白い靄が覆った。

 

「チッ。スタンドを使いやがった!」

「クソッ!マズイ!軽率だったかッッ!」

 

靄が二人を覆った瞬間に、シーラ・Eを怒りの感情が支配した。

親衛隊の私がなぜサーレーのようなだらしがない男とチームを組まされないといけないのだ?今朝もパッショーネを舐めたような態度を取りやがってッッ!組織の役立たずの穀潰しの寄生虫がッッ!始末してやるッッ!

 

シーラ・Eは怒りのままヴードゥー・チャイルドを具現化させる。

シーラ・Eが振り返ると、サーレーも憤怒の形相でシーラ・Eと同じようにスタンドであるクラフトワークを構えていた。

 

「このションベンたれの小娘がッッッッ!!親衛隊だなんだと偉そうにしやがってッッ!どうせなら歌手のトリッシュのように色気を付けやがれッッッ!!テメエに年上の威厳てモンを教えてやるよ!!!」

「威厳もへったくれもない人間のゴミが!!カニみたいな髪型しやがってッッ!!どうせかっこいいとか勘違いしてわざわざスタンドで〝固定〟してるんだろ!そのおかしな笑える髪型をッッ!!帽子をかぶる時は一体どうやってるワケッッッ?アンタなんか路地裏で野垂れ死にがお似合いよッッ!!!」

「ウラウラウラウラッッッッ!!!!」

「エリエリエリエリッッッッ!!!!」

 

シーラ・Eのヴードゥー・チャイルドとサーレーのクラフトワークがぶつかった。

近距離のパワーとスピードではシーラ・Eのヴードゥー・チャイルドが圧倒的に上だが、サーレーはうまく固定する能力を使ってくる。

シーラ・Eはスタンドを固定されるたびに力任せに拘束を振りほどき、体勢を崩したシーラ・Eを追撃するクラフトワークを持ち前のスペックの高さでいなしている。

 

「ジョルノ様ジョルノ様言いやがってこのボスの金魚の糞が!!テメエみたいな鬱陶しいストーカー女、ボスもうんざりしてるだろうよッッ!!」

「組織の癌が!!言わせておけば調子に乗りやがってッッ!ジョルノ様に変わって私が始末してやる!!」

 

ヴードゥー・チャイルドの拳がサーレーの肩を擦り、能力が発動する。サーレーの肩に唇のようなものが生まれた。

シーラ・Eのヴードゥー・チャイルドの能力は思い返したくないトラウマを掘り返すものである。

 

『乱暴者のサーレー、お前はみんなに嫌われている。お前の考えは自分本位で独りよがりで、お前は敬遠されている。お前は永遠に掃き溜めの住人だ。』

 

中学時代の教師の言葉だ。このあとサーレーはカッとなって教師を痛めつけてしまった。

これがサーレーの人生を決定的にした転機だったのだろう。組織に身を置く人間はだいたい、似たり寄ったりだ。

 

サーレーはみんなと馴染まず、短絡的ではないものの怠け者で、裏では暴力を振るっていた。

悪童同士でつるみ、カツアゲをして、易きに流れ続けた。

結果、みんなから弾かれ疎まれ、こんなところにいる。勉強もあまりできない。慎重なのは、根が臆病だからだ。

自分には無理だと思いながらも、心の中では普通の人生に憧れている。

普通に勉強して、どこかの企業に勤め、家族をもって、日々のささやかな幸せを謳歌する。そんな人生にだ。

 

「黙れッッッ!!俺の人生だッッ!!俺の勝手だろうがッッッ!!!」

「ハッ!情けないわね。狼狽えて。喰らいなさいッッ!!エリエリエリエリッッッッ!!!」

 

二人は際限なくヒートアップしていくように思えた。

しかし仲間割れの終わりは唐突に訪れた。

 

「クッ!なんだ!?」

「痛っ!」

 

サーレーとシーラ・Eは首筋に痛みを感じて攻撃していた手を止める。

シーラ・Eの携帯が鳴っていた。我を取り戻したシーラ・Eは携帯の通話ボタンを押して、耳に当てる。

 

『オイオイ、テメエらいつまでやってんだ?本体はとっくに逃げちまってるぜ?』

 

フランスにいるカンノーロ・ムーロロからの電話だった。

シーラ・Eは性格的に危なっかしいために、ムーロロは念のためにオール・アロング・ウォッチタワーをシーラ・Eに潜ませていた。先程はトランプに短剣で二人を刺させて、正気に戻させていた。

靄のスタンドの本体は、互いを罵り合うために二人が向き合った瞬間に脱兎のごとく逃げていった。

 

「アンタ一体どうやって!?」

『あーあー、それは別にいいだろうが。そんなことよりお前ら、任務はどうすんだよ?』

「奴を追いかけるわ!」

「おい、待てよ。あの能力に対策はできるのか?」

 

サーレーも復活して会話に混ざってくる。

 

「相手がスタンドを発動する暇なく気絶させて拘束する。」

「……いや、それはやめたほうがいい。」

 

シーラ・Eの弱点は引き際に疎く、しばしば視野狭窄に陥りがちなところだ。組織のためとなると猛牛みたいになる。

実力はともかく、サーレーはスタンド使いとしての年季がシーラ・Eよりも上である。シーラ・Eの案の危なっかしさに気づいていた。

 

敵のスタンドはまず間違いなく無差別型である。対象を定めず条件を満たした相手に無差別に襲いかかる。ただ今回の相手を見る限り、その効果は本体だけには例外で効かないようだ。スタンドパワーは強力で、対応に困る厄介なものが多い。

このタイプは、成長する以前のフーゴのパープルヘイズウィルス、チョコラータのグリーンデイのカビ、カルネのノトーリアスB・I・Gなどが挙げられる。

このうちグリーンデイのカビは本体の死亡とともに解除されたが、パープルヘイズウィルスは本体やスタンドが死んでも猛威を振るうだろうし、ノトーリアスB・I・Gに至ってはそもそも本体が死んでから発動するタイプである。

能力解除条件が曖昧である場合が多く、気絶させて敵の靄が解除されないようだったら最悪であるし、その可能性は否定しきれない。怒りに任せて何をしてしまうかわからない。さらに言うと本体がスタンドを御せていない可能性も高い。気絶させて能力が暴走したら手に負えない。

 

「それじゃあどうするって言うの!?」

「スタンドには相性がある。相性がいいスタンド使いをぶつけるのが一番なのだが……。」

「わざわざパッショーネに戻って連れて来るってワケ?」

『・・・。』

 

サーレーとシーラ・Eはティッレーノ通りの路上で話し合い、電話先のムーロロは静観している。

 

「いや、とりあえずアレだったらなんとかなりそうだ。打ち合わせをするぞ。」

「アンタがどうにかするってわけ?」

「ああ。だがそのためには俺のスタンドを信頼してもらう必要がある。」

「……とりあえず聞かせてちょうだい。」

 

 

 

◼️◼️◼️

 

翌日の午前6時、サーレーとシーラ・Eはトリノのグルリアスコ地区でフィガロを待ち伏せていた。

フィガロの家はこの近くにあり、通勤路を確認してここを通ることは調査済みだ。

 

「オイオイ、さみーしねみーよ。まだ朝早くじゃあねえか。」

「黙りなさい。穀潰しが組織の役に立てるんだからアンタは喜ぶべきよ。」

 

サーレーは愚痴り、シーラ・Eは相変わらずの組織の狂信っぷりだ。

サーレーが道端にしゃがみ込み身を震わせていると、やがてそいつは現れた。

 

「アンタ昨日は逃げ出したわね。話があるんだからとりあえず落ち着いて聞きなさい!」

 

サーレーは考える。

シーラ・Eは理解していないのだろうか。彼女のような人間に威圧感タップリで上から言われると……。

 

「ヒィッ!」

 

ほら、悲鳴を上げて逃げ出した。やっぱりこうなるんだなぁ。面倒だ。

サーレーは内心で愚痴りながら、逃げるフィガロを追うシーラ・Eを追いかける。

シーラ・Eは足も早く、あっという間にフィガロに追いついた。

 

「な、やめてくれっ!ヒッ!」

 

シーラ・Eが逃げ惑うフィガロの背広の襟首を掴む。

怯えるフィガロの体から白い靄が噴出した。

 

「ハアーやっぱやんねーといけねーか、気が乗らねーが。ほらやるぞ、シーラ・E。覚悟はいいか?」

「ええ。」

 

シーラ・Eの後から追いついたサーレーが彼女の頭に手を置いた。

 

「『感情』をッッッ、固定するッッッ!クラフトワークッッッ!」

「エリィッ!!」

 

白い靄が二人を覆いきる直前に、サーレーはシーラ・Eのフラットな感情を固定し、シーラ・Eはスタンドでサーレーの両足の骨を叩き折った。

 

「グウウ、痛え……よくもやりやがったなこのクソアマがアアアアッッッ!」

「サーレー、アンタに感謝するわ。アンタのクラフトワーク、案外使えるじゃない。」

 

サーレーは、シーラ・Eの感情を固定して、彼女が怒りに飲み込まれることを防いだ。サーレーの新しい能力はまだ発現したてで燃費が悪い。サーレーとシーラ・E、二人分の感情を固定するスタンドパワーはなかった。

シーラ・Eがサーレーの両足を破壊したのはサーレーを動けなくするためではなく、痛みでなにかをする余裕を与えないためだ。クラフトワークであれば、両足の骨が折れても固定して行動できる。だがそれは少なくとも痛みが引いてからだ。

サーレーの能力は固定するもので、一度能力で固定されたものは痛みくらいでは解除されない。それはすでにミスタとの戦いで証明されている。

 

怒りを誘発する、単純だが対応が難しく、暗殺するならともかく無力化するのは難しい。一つ対応を誤れば大惨事が待っている可能性が高い。相性がいいスタンド使いをぶつけるとサーレーは言ったものの、実際は難しいだろうと考えていた。ゆえの対応である。

 

サーレーが痛みから復帰する前にこちらをさっさと終わらせないといけない。

シーラ・Eはフィガロの背広を掴んだままだ。ここで逃がすつもりはない。

 

「アンタ、自分のやってることがわかってるの?白い靄が自分の体から出てるのわかってるでしょう?」

「ヒィッ。た、助け……。」

「ほら、しっかり話しなさい。さもないとアンタの人生ロクでもないことになるわよ。」

「見えてはいる、見えてはいるけど私にはどうしようも出来ないんだあッッ。」

「アンタに選べる道は二つよ。テロリストとして始末されるか、ソレを乗り越えるか。ソレは他人の感情を刺激して怒りを呼び起こすものだわ。放っておくと被害は拡大する一方よ。」

「乗り越えるって言っても、どうすればいいか……。」

「私のツテでソレを研究している機関に声をかけることができるわ。スピードワゴン財団という名称なんだけどもアンタそこに行って、ソレを制御出来るようになって来なさい。悪いことは言わない。協力してくれるはずよ。さもなくば社会の害悪として暗殺されるか、良くても私たちみたいに裏社会に身を落とすか。アンタみたいな人間に裏社会が向いてるとも思えないわ。」

 

シーラ・Eは後ろで痛みで蹲るサーレーを振り返る。

 

「クソガアアアッッ、痛えッッ!テメエの五体をバラバラにしてやるッッッ!」

「そこの男は社会のゴミだけど、拷問されても組織のことを喋らないくらいの覚悟はあるわ。今回はアンタへの対応をするためにわざわざ自分から提案して両足の骨を砕いたのよ。アンタには多分それは無理ね。せっかく表で生きてるんだし、財団に行って来なさい。」

「し、しかし自信が……。」

「自信があろうがなかろうが、アンタは自分のソレと向き合わないといけないのよ。戦いなさい!アンタの応援しているフットボールのクラブチームも戦ってるわ!アンタが応援をやめて諦めて帰ったあとも戦い続けて一点返していたわよ!」

 

フィガロは衝撃を受けたように目を見開き、項垂れる。

シーラ・Eはフィガロにスピードワゴン財団の知り合いの携帯の電話番号を差し出した。

 

 

 

 

◼️◼️◼️

 

「そんで結局どうしてそいつはそんなことをしたんだ?」

 

ムーロロはシーラ・Eに聞いた。

 

あのあと、フィガロはおとなしくシーラ・Eの忠告に従った。本質的にはただの善良な人間なのだろう。

フィガロのスタンドは本人の防衛本能に反応していたようで、フィガロの精神が落ち着くとともに収まっていった。

 

今は、帰りの列車の中だ。ムーロロとフーゴとも申し合わせて、同じ便で帰っている。フランスからトリノを経由している列車だ。

サーレーは窓際の席で新聞を読んでいた。スポーツ新聞だ。足はまだ折れたままだがシーラ・Eが力任せに駅まで運んで来た。相変わらずの猛牛っぷりだ。もしかしたら骨折による熱が少しあるかもしれない。だがまあ斬った張ったは慣れっこだ。

結局試合はあのあとさらにパッショーネのチームが一点を追加して3ー2で終わったらしい。新聞の一面の見出しに大きく書いてある。いい試合をしても、負けたらポイントはもらえない。世知辛いものだが、だからこそ彼らは必死に戦うし、その姿が胸を打つのかもしれない。八百長はクソくらえだ。

 

「そうね。本人に聞くところによると、職場であまり人間関係がうまくいってないみたい。地域にもあまり馴染めず、疎外感や孤独を感じるって。そんな彼が唯一元気付けられるのがあのクラブチームが活躍していたときみたいね。だからチームがこっぴどく負けたりすると、能力が発動していたようね。ストレスでスタンドが発現したのかもしれないわ。」

「なるほど。世の中に不満や怒りや寂しさを抱えている。だけど本人はそれを世の中に向かって発散する度胸もない。ストレスは溜まる一方。防衛本能みたいなものか。ありがちな話ではあるが。」

 

フーゴが考えて、彼なりの見解を纏めた。

 

「虐げられている弱い自分の立ち位置をなかなか勝てないクラブチームに重ねていたのかもな。」

 

最近は成績が安定してきたが、以前のトリノクラブチームはなかなか勝てなくて1部2部間を行き来するチームだった。

とはいえ、そもそものセリエのレベルは高いのだが。ムーロロがそう述べた。

 

サーレーはトリノの駅構内で買ったスパゲティ・アッラ・ナポレターナを食べながら考える。駅弁もなかなか美味い。

サーレーはフィガロの気持ちにイマイチ共感できない。カタギに憧れようと、当然カタギにはカタギの苦労がある。嫌な人間に頭を下げる必要も時にはあるし、勝手なことをしたら批難を浴びることになる。それに耐えられないからサーレーは今ここにいる。

家庭に憧れるし、仕事帰りに仲間内で飲む酒は格別に美味いのかもしれない。でもそれはサーレーにとっては青い鳥のようなものだ。

 

どうやっても手に入らないものをねだるより現状から幸せを探すことが、建設的なのかもしれない。

5ユーロのスパゲティ・アッラ・ナポレターナには5ユーロの幸せがある。サーレーは5ユーロの幸せのために戦っている。

 

サーレーはボンヤリと列車の窓を流れ行く景色に目をやった。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

結局スピードワゴン財団に丸投げしてしまった形にはなったが、ひとまずは事件は片付いた。

さっそくパッショーネの本部で報告を行わないといけない。

サーレーは翌日、シーラ・Eに連れられてネアポリスに向かった。ミラノの南方、およそ800キロ近い場所に位置する。急行列車でも5時間近くかかる。

非常に遠くて面倒だったが、ボスには逆らえない。生きていけなくなる。

 

うっかり車内で食事をし過ぎたサーレーは、乗り物酔いをして危うくゲロを吐きそうになった。

 

「今日は本部に来客があるわ。粗相が無いようにおとなしくしていなさい。」

「俺まで本部に報告に出向く必要あんのか?」

 

実際のところ、サーレーまで本部に来る必要はない。

サーレーをシーラ・Eが連れてきたのは、功労者であるサーレーの両足の治療を考えていたのである。サーレーは普通に歩いているが、スタンドで誤魔化しているだけで完治しているわけではない。

サーレーの功績を報告すれば、ジョルノは治療することに嫌な顔はしないだろう。

 

「本部っつーかよー、大学の図書館じゃねーか。」

 

もともとジョルノの前のボス、ディアボロは幹部であろうと人前に一切姿を見せなかったため、パッショーネは本拠地というものが曖昧だった。

今もボスと顔を合わせられる人間はさほど多くない。ペリーコロやミスタ、ポルナレフといったごく一部の人間だけだ。そのごく一部にシーラ・Eは含まれている。それはジョルノが隠れているわけではなく、ただ無意味に人と会うのが煩わしいという理由だ。

ジョルノはネアポリスの中学、高校、大学共通の図書館に頻繁に身を置いていた。当然そこを管理する人間にも組織の息がかかっている。シーラ・Eは平然と公共の建築物、図書館をパッショーネの本部扱いしている。

 

「ここにジョルノ様がいらっしゃるのだから、ここがパッショーネの本部よ。」

「メチャクチャ言うなあ。」

 

サーレーは自分の常識のなさを棚に上げて、あきれ返った。

 

図書館の本の匂いを嗅いでると眠くなるな、サーレーはそんなことを考えながら館内を歩いている。

その時、女性が二人とすれ違う。

 

「あら、シィラじゃない。久しぶりね。」

「トリッシュさん。お久しぶりです。」

 

見たことある女性だ!……間違いない。新人歌手のトリッシュ・ウナじゃねーか。まさか彼女がボスの客なのだろうか?

 

サーレーは興奮する。ボスの顔の広さに感服した。是非ともお近付きになりたい。ほら、ここに俺がいるだろ?

 

「それでそちらが?」

 

そうそう、ソレだよソレ。

 

「はじめまして、歌手のトリッシュ・ウナさんですよね。いつも雑誌で拝見しております。わたくし、サーレーと申します。」

 

サーレーは誰だお前はというほどに礼儀正しく挨拶した。ただしシャツのスソがズボンからはみ出ている。

 

「ああ、あなたがサーレーさんね。シーラ・Eからお名前を聞いたことがあるわ。」

「ええ、そのサーレーです。」

「役立たずのイ◯ポヤローのサーレーさんね。」

 

シーラ・Eは一足先に電話してトリッシュにサーレーのことを伝えておいた。本部に今日ジョルノの客として彼女が来ることは知っていたからだ。

年が比較的近く女性が少ない職場上、彼女たちは仲が良かった。シーラ・Eは失った姉とトリッシュを重ねているのかもしれない。とは言え、トリッシュはパッショーネの人間というわけではないが。

 

初対面の憧れの女性に罵られたサーレーはガックリと、膝を折ってネアポリスの図書館の床に崩れ落ちた。

 

◼️◼️◼️

 

本体

フィガロ・ジョコヴィッチ

 

スタンド名

アングリー・ソサエティー

 

能力

靄のようなもので、吸い込んだ人間の不平不満を肥大化させて感情のままに行動させる。靄は実際は生物で、小さな生物の群体。影響を及ぼすのは本体のみで、スタンドに対する攻撃能力はない。

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