噛ませ犬のクラフトワーク   作:刺身798円

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祈りの魔女

何が大切か、何を優先させるべきなのか。

 

ジョースター一族との因縁などもはやどうでもいい。空条承太郎も、徐倫も、どうだって構わない。

必要なのは皮算用では無い。過去の懐古や未来の事を考えることでも無い。

ディオは彼にとって神のような存在であったが、もはや過去の存在であり、全てに優先されるべきは今!

今を無くして、何物も有り得ない。

 

全てはあの得体の知れない天敵だ。

奴らさえいなければ、赤ん坊さえ手に入れば……。

 

天国にさえ辿り着けば目的は達せられる。全てはそこに集約される。

他のことはもはや取るに足らないことだ。

エンリコ・プッチは一度極限まで追い詰められたために、全てに優先されることが何かを理解した。

 

プッチは機内食を口に運び、体力の回復を図った。

プッチの瞳には妄念が溢れ、その異様な形相に誰も近付こうとしない。

 

プッチは今現在ネアポリス行きの機内にいた。替えのカソックからはなおも血が滲んでおり、機内のシートを汚している。フロリダの病院から輸血パックを盗み、執念による強行で赤ん坊を奪い去った二人組を追いかけていた。

 

「2、3、5、7、11、13……。」

 

ミューラーの記憶を盗み見たエンリコ・プッチは、二人の後を追ってアメリカのフロリダを発ってイタリアのネアポリスへと向かっていた。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

世界の歴史を鑑みれば、そのほとんどの国は平和な社会を築き上げるまでの過程においてだいたい幾度もの暗黒の歴史をたどっている。

意味も明確な根拠もなく人は殺害され、蒙昧な権力者や指針を持たない群衆の暴威は無数の嘆きや怨念を生み出すのである。

……たとえ知らなかった方がいい悲惨な歴史であったとしても、知っておけば未来への教訓にできる。

 

もちろんそれは、ヨーロッパも例外ではない。

ヨーロッパにおける悪名高き暗黒史の一つ、それは魔女狩りの歴史である。

 

魔女狩りとはヨーロッパの中世に起きた事実史であり、それの実態は差別や生理的嫌悪などの悪感情と社会の貧困や不満などが複雑に絡み合い、社会的に弱者である人間を標的にして世を乱す魔女だと決めつけて不当に処刑をし続けた歴史である。

 

魔女と決め付けられた人間には正当な控訴が認められず、拷問され、強制的に魔女の仲間を自白させられる。

それは伝言ゲームのように連鎖的に謂れなき罪人を生み出し、社会に数多の苦痛と悲劇を生み出した。

最終的に魔女として火刑に処された人員は、五桁から最大六桁に届こうかという数だと推測されている。実際はもっと多いという説すら存在する。中世ヨーロッパにおいてのこの数がどれだけ多いか理解いただけるだろうか?

 

それだけの人間が不当に処刑され、連日のヨーロッパの空には炭素を燃やした黒い怨念の煙が延々と立ち上り続けた。

平和な社会とは、数多の犠牲の上に成立しているのである。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

空港をタクシーに乗って出立したサーレーとズッケェロは、ネアポリスの街で秘密裏に交通規制が行われていることを理解した。

それは、ボスであるジョルノのいるネアポリスの図書館周辺地帯であり、二人はネアポリスの街で異変が起きていることを理解した。

タクシーを降りて制止する警官にパッショーネの人員であることを示し、図書館に向かう道中でサーレーたちはシーラ・Eと鉢合わせた。

 

「オイ、何がどうなっているッッッ!!!」

 

シーラ・Eは若干慌てた素振りを見せながらも、サーレーの疑問に答えた。

 

「パッショーネの各地の支部が襲撃されたわ。被害は大きくないけど、それに対してジョルノ様がネアポリス図書館周辺地域の人払いをご指示なされたわ。」

「……どういうことだ?」

「……私にもわからない。でも私は、急いで周辺の住民の避難確認を遂行しないといけないッッッ!!!」

 

シーラ・Eはそれだけ告げると、踵を返して任務の続行をしようとその場を去ろうとした。

 

「待て!」

「なに!私は急いでいるの!」

 

去りゆくシーラ・Eの背中を、サーレーは呼び止めた。

 

「お前は、親衛隊のヴィネガー・ドッピオって男を知っているか?」

 

二人は黒から依頼主がパッショーネの親衛隊の男だと聞いていて、その男がイタリアの一連の異変の黒幕ではないかと同じ親衛隊のシーラ・Eに確認を取ろうとしていた。

 

「ドッピオ……。ええ、知っているわ。以前に親衛隊に所属していたマヌケな男よ。でもそいつは、以前任務の最中に殉死したとジョルノ様から聞いているわ。」

「……殉死?」

 

二人は首を捻った。死人から依頼が?

 

「もういいかしら?私は周辺の避難確認を済ませないと。」

「待て!最後にコイツをしばらくだけ預かっといてくれ!」

【あー。】

「……急いでるからあえて突っ込まなかったんだけど……。」

 

シーラ・Eは半目で緑色の赤ん坊を睨んだ。

あからさまに得体の知れない存在だが、今は有事でありそれに何か言うほど暇ではない。

 

シーラ・Eは真実を知らない。すでに周辺の住民の避難誘導は完了している。

周辺住民の避難の確認という口実そのものが、実はジョルノのシーラ・Eに対する戦場からの避難誘導なのである。逃げろと言っても組織に忠実な彼女が素直に逃げるか疑わしい。シーラ・Eはジョルノから亀を渡され、密かに避難誘導されていた。

 

「……まあいいわ。避難している住民の中にパッショーネの人間もいるから、因果を含めて渡しておくわ。それでいい?」

「ああ、済まねえ。」

 

シーラ・Eは緑色の赤ん坊を抱えて周辺住民の避難確認に向かい、サーレーたちはネアポリスの図書館へと向かった。

その頃、ネアポリスの図書館を植物の蔦が覆い、植物を喰らうように赤黒い炎が侵食していた。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

ジャック・ショーンのスタンドの異常な強力さを理解するためには、ヨーロッパの歴史を紐解く必要が存在する。

ジャックという男のスタンドがなぜ女性型なのか?なにを思って彼女は笑っているのか?なぜ炎を象っているのか?なにを祈っているのか?

 

ヨーロッパには暗黒の歴史が存在し、今生きている人間はすべからくその頃に確かに暗黒と関わりそれを生き抜いた彼らの祖先が存在するのである。暗黒は、弱者へと向かって暴威を振るい続ける。怒りの果実が結実し、やがて社会に変革が訪うまで。

ジャックの祖先は、イギリスの国選の魔女狩り執行官だった。

 

社会は混迷し混乱し、そのパニックの矛先は謂れなき弱者へと向かい続ける。

一体誰がそんな事を言い出したのだろう?誰が決めたのか?歴史になにが起こったのか?

もちろん、それはもう誰にもわからない。

 

分かりやすく言葉にしてしまえば、社会の矛盾や軋轢などに端を発したものなのだろう。もちろん真実はきっとそんなに単純では無く、その経過は今の社会を生きる人間には信じられないほどに悲惨なものだ。

もしかしたら食糧難の時代に、他者を殺害して口減らしをすれば自身の食生活が豊かになるという人間の浅ましさを汚れた魔女を処刑するというそれらしい正当性に覆い隠したものなのかもしれない。

 

起こった事をただ述べるなら、多くの社会的弱者が不当に処刑された。そして多くの人間が魔女を憎みその死を願ったにも関わらず、それを間違いだとして不当なそれと戦った人間も少数ながら存在したという事だろう。

ジャックの祖先は国の狗であったにも関わらず、職務を放棄して魔女として捕まった人間を逃し続けた。魔女として捕まってしまえば、もうあとは凄惨な拷問しか待っていない。彼には罪人たちが、普通に日々を暮らす善良な隣人だとしか思えなかったのだ。処刑人である彼は、謂れなき罪人たちに同情したのである。

 

国が相手だ。勝てるわけも逃げれるわけもない。彼が逃した女性たちはすぐに再び捕まり、やがて彼も国に裏切り者として処刑された。

火刑台に登った魔女はイギリス社会を憎み、恨みながらも、彼女を逃がそうとした彼のような人物が社会に確かに存在したことを知り、感謝した。

矛盾とはどこにでもある。魔女は社会の破滅を願いながら、同時に社会の安寧を祈ったのである。

 

ジャックという人物とクイーンズというチームが相思相愛なのは、もしかしたら当然だったのかもしれない。

イングランドのクイーンズというチームの起こりは、実は謂れなき迫害の標的にされた魔女たちの相互扶助組織なのである。

 

社会的に弱かった彼女たちは互いに身を寄せ合い、助け合い、社会の裏側でひたすらに平和な社会を祈って逃げ延びた。叛逆者であるジャックの祖先の妻子も国に目を付けられ、クイーンズという組織に保護されてどうにか彼らは生き延びた。

組織のクイーンズという名称は、同じ女性であるにも関わらず彼女たちを見捨てた時の女王に対する彼女たちのせめてもの反骨の表れである。

 

やがて時が経ち、クイーンズの多くのチームは最初の理想を忘れ、社会に嫌われ、不必要と見做されて自然と淘汰されていった。

クイーンズのロンドン支部は、設立から四百年という年月を経てなおもその原初の目的を忘れなかった稀有なチームなのである。

 

パッショーネの盟友であるアルディエンテとラ・レヴォリュシオンにもクイーンズと似た歴史があり、だからこそ彼らはそんなにも平和にこだわっているのである。パッショーネを含めて彼らには、戦いと犠牲の上に平和を勝ち取ったという歴史が存在するのである。例えばラ・レヴォリュシオンの百年の歴史とは実は彼らがフランスの社会に認知されてから百年という意味であり、その真実はフランス革命の裏側で戦争のどさくさで得る武器等の密売の利権にのみ固執して、社会への悪影響を一切省みない不遜な権力者たちとの戦いの歴史が存在した。

 

スピードワゴン財団が台頭する以前は、誰が一体波紋戦士たちの後援者をしていたというのか?彼らにもなんらかの生活の糧を得る手段が存在したはずだ。誰にも認められない戦いにばかりかかずらっていても、腹は減る。

クイーンズは社会の裏側からイングランドの平和を願うチームで、波紋戦士たちはイングランドの裏側で社会を乱す存在と暗闘していた。平和を願う裏社会のクイーンズは、スピードワゴン財団が社会に台頭する以前の波紋戦士たちのパトロンだったのである。

やがて財団という表にも支持された立派なパトロンが現れたことで、組織を維持するために後ろ暗いことにも手を染めていたクイーンズは自分達から身を引いていった。

 

それはただの偶然に過ぎないのかもしれない。そうでないのかも知れない。

結果としてジャックは、不当に処された魔女たちの怨念の力をスタンドとして手に入れた。

ノトーリアスはたった一人の怨念であのスペックである。それが六桁に届こうかという人間たちの怨念の集大成だというのであれば、それは一体どれほどの強大な力なのだろうか?

 

魔女たちは悩み、迷い、矛盾を知りながらそれでも結果として、彼女たちを救おうとした人間を信じて平和な社会を祈って笑いながら火刑に処されていった。ジャックは魔女に平和への祈りを託され、彼女たちの怨念の力を操る権利を得たのである。

 

綺麗なものや正しいもの、素敵な理想だけを追う人間には決して理解できない。

現実を見なければその先には優生思想、選民思想、そして革命を筆頭とした凄惨な戦いが待っている。現実的に虐げられ殺害された魔女たちは、ただ社会的に立場が弱いだけの普通の人間だった。

 

薄暗い裏社会の起こりとは、裏でしか生きられない人間への優しさによるものなのである。レオーネ・アバッキオ、ナランチャ・ギルガ、パンナコッタ・フーゴ、ブローノ・ブチャラティ、グイード・ミスタ。彼らは全員社会の裏側でしか生きられなかった。

裏社会とはそもそも、怒り、悲哀、慈悲、さまざまな人間の感情が坩堝となり、矛盾を抱えて間違いを犯しながらなおも生きることを望む人間の避難場所だったのである。

 

裏社会が理想を見失えば、それは当然社会に不必要と見做されて淘汰されていく。

理想は現実に勝てなくとも、忘れてはいけない大切なもの。多数のさまざまな人間が生きる社会にとって曖昧さや矛盾とは必要なものであり、社会の裏側がそれらの受け皿だった。

社会は理想と現実の狭間で運営され、表は理想に比重を置き、裏は現実に比重を置く。ただそれだけだ。

裏社会の偉大な帝王、ジョルノ・ジョバァーナはそれを知っている。

 

 

 

 

社会の裏側には、時に信じられないほどの強者が存在する。

彼らが強いのは当然だ。彼らは社会を破滅へと向かわせようとする勢力の対抗力であり、社会に本気で育て上げられている。

そして真の強者は決して己の強さを誇示したりはしない。強さとは敵を呼び寄せるのだから。

 

ジャックが強いのは当然だ。ジャックは魔女に愛されている。

ジャックのスタンドの正体は、愛の無い社会への弱者たちの怒りの具現なのである。ジャックのみが唯一、その怒りを宥められる人間だった。

 

ジャック・ショーンが本気を出せば、イタリアは生きる者のいない焦土と化す。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

「君は……そうか。帰ってきてしまったのか。」

 

ネアポリスの図書館に、ジョルノ・ジョバァーナの声が静かに響いた。

ネアポリスの図書館の一角で、ジョルノとミスタはスタンドパワーを消費し続けて著しく疲弊をしていた。図書館の各所は焼け焦げて焼滅している。ジョルノは図書館の隅で床にうずくまっていた。

 

「なにがあったんですかッッッ!!!」

「……正真正銘の怪物だよ。……ちょっとアレは勝てないかな。」

 

ジョルノは目を対象へやった。そこには赤黒い炎を纏った死霊ともいうべきスタンドが存在した。

そのスタンドは内包する膨大な熱量で、周囲の空間を歪ませている。

ジョルノはゴールド・エクスペリエンスで館内に大樹を創り出し、防御に徹していた。そしてミスタは銃弾で敵を攻撃し続けていたが、大樹も銃弾も怨念の炎の前で呆気なく焼滅していった。

 

「アンタは……ジャック!!!」

 

サーレーは記憶を頼りに男の名を思い出した。

死霊のようなスタンドの傍らには、本体であろう男が立っていた。体格が良く、強面で、寡黙な雰囲気を纏った男だ。

 

【……オアアアアアアッッッ!!!】

 

傍の魔女の怨念が呪いの叫びを紡ぎ、ジャックがそれを手を掲げて制止した。その叫びに、サーレーは尋常ではない重圧と心臓を握りつぶされるような悪寒を味わった。

サーレーはその叫びだけで、目の前の怪物が以前戦ったクリームの亡霊よりもさらに強力な相手だということを理解した。

 

「おい、アンタ確かジャックとか言ったな!なんでこんなことをするんだ!パッショーネとクイーンズは盟友ではなかったのか!」

「……これは俺の独断だ。チームとはなんの関係もない。」

 

ジャックはそれだけを告げた。事実、ジャックはすでにクイーンズに破門を宣告されている。

ネアポリスの図書館の蔵書のその多くは燃えて焼滅し、机や椅子なども蒸発して広い空間となり、隅に僅かに燃え残った本棚が存在するだけだった。その部屋の中央で彼らは対峙していた。

 

「……サーレー、君は逃げろ。無駄に命を落とす必要はない。アレに勝つのは不可能だ。おそらくはあれでも全く本気ではない。」

「……ボス、あなたたちは下がっていてください!」

「サーレー!!!」

 

ジョルノの言葉を聞かずに、サーレーはジョルノとミスタの前に立ち着ていたロングコートを床に脱ぎ捨てた。

ジャックは一瞬だけ、サーレーが脱ぎ捨てたロングコートに目をやった。

 

「俺が、相手だッッッ!!!」

 

サーレーは眼前の男がどうしようもなく怖かった。それでも彼は、矢面に立って戦う事を選択した。

ネアポリスの図書館で、魔女の怨念とクラフト・ワークが激突した。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

サーレーは赤黒い怨念の炎を前に、非常に苦しい戦いを強いられていた。それはこの世の理やスタンドの法則を一切無視した、巨大な暴力と言う以外に言いようがなかった。魔女たちの怨念は、難攻不落の鋼鉄の要塞すら容易く炎上させる。

 

前回の手抜きの戦いとは違い、怨念の炎はクラフト・ワークのスタンドパワーを大きく上回り、クラフト・ワークの防御を突き抜けてサーレーに痛手を与えてくる。さらに最悪なのが、それでも敵はあからさまに加減をしているということだった。

 

ジャック・ショーンのスタンドは、社会的な弱者であり不当に殺され続けた魔女たちの怨念を操るという能力であり、魔女の怨念そのものでは無い。

ゆえに祈り女にはそもそも射程が存在せず、ジャックが加減を考えなかったら周囲一帯が焦土となる。

 

強力なスタンドにも関わらず本体がそばを離れているために、ラニャテーラは本体のジャックに届かない。怨念そのものも強力過ぎて固定できない。コマ送りも敵の攻撃を急所を何とか外す以外には効果が見込めない。

 

祈り女という強力過ぎるスタンドを与えられたのが慈悲深いジャックという男であった事は、きっと幸運だったのだろう。ジャックが周囲に対する配慮を一切考えなければ、ジャックのスタンドは何もかもを蒸発させることが可能だった。ジャックは幸運にも、巨大な力には責任が伴うことを知る人間だった。

魔女の怨念は破滅を願い、社会を喰らい尽くす。そして魔女の怨念の炎は、魔女の寵愛を一身に受けたジャックだけには一切の効き目がない。

 

ジョルノの制止を聞かずに、サーレーはネアポリスの図書館で赤黒い炎を背景に戦っていた。

 

魔女の怨念から渦巻く呪いの炎が放射され、サーレーはそれを横っ跳びに避けた。

立て続けに炎は館内を蛇のようにうねりとぐろを巻いて、回転しながらサーレーを中心に収束しようと迫り来る。それに巻き込まれたら跡形も無く焼滅するだろう。サーレーは急いでその場を離れ、本体であるジャックに攻撃を加えようと迫った。しかし、ジャックは魔女の怨念に愛されている。サーレーの眼前には唐突に超高度の炎の絶壁が現れて、サーレーの行く手を遮断した。炎の絶壁はそのまま上空で収束し回転し、無数の炎の槍となって館内に降り注いだ。サーレーはジョルノたちの前に立ち塞がり、必死に炎の槍をクラフト・ワークで撃ち落とした。撃ち漏らした槍がサーレーの体を掠めて行き、サーレーは体のいくつもの箇所から出血した。

 

「グッッッッ!!!」

「……サーレー。」

 

生命を司るゴールド・エクスペリエンスも、すでにエネルギー切れを起こしていてその能力を発動できない状態にあった。

魔女の怨念は前方に炎で鋭い矢を象り、呪いの火矢がサーレーに向けて放たれた。それは空間を鋭く切り裂き、音を立て、周囲に熱波をまき散らし、背後にジョルノたちがいるサーレーはクラフト・ワークで全力で防御に徹した。ミスタが火矢を撃ち墜とそうと発砲するも、銃弾は中空で蒸発していく。火矢は衝突の直前で怪奇な軌道を描き、クラフト・ワークの左腕を容易く貫き、サーレーの左腕は傷口を中心に炭化した。サーレーは力なく左腕を垂れた。

 

「うぐッッッ!!!」

「……。」

 

ジャックは寡黙に、静かにサーレーを見つめていた。

サーレーは、勝ち目のない敵を相手に防御に徹する他はなかった。サーレーにはその理由はわからないが、敵があまりにも強過ぎるのである。サーレーは耐え忍び、たった一つだけ撒いていた勝利への可能性の種が芽吹くことを祈るより他は無かった。

 

サーレーはイタリアに到着した時は、ロングコートなど着てはいなかった。何のために、いつの間に、ロングコートを着たのだろう?

 

「ハア、ハア……。」

「……終わりにしよう。」

【アア、アア……アアアアアアアアアアアッッッッッッッッ!!!】

 

死霊は祈り、死霊の眼前には信じられないほどに莫大なスタンドパワーを内包した怨念の炎の塊が出現した。

それはジャックが今までに片手で数えるほども使用した覚えのない祈り女の必殺、ジャックが魔女の叛逆の鉄槌と名付けた技だった。それを実際に見て生きている者はこの世に存在せず、最小限に出力を絞ったそれの破壊痕を見るだけで周囲の人間はジャックという人間を恐れ、ジャックは裏社会で暴君という異名を付けられることになった。

 

怨念の炎は凝縮し黒ずみ、小型のブラックホールのように周囲の空間を歪ませ、その暴威にサーレーは自身が図書館ごと消滅する未来を幻視した。

暴虐の焼夷弾はさらに凝縮し、直後に膨張の兆しを見せた。

 

しかしそれは解き放たれずに、消滅していった。

 

「……済まねえな。俺たちは暗殺チームなんだ。」

 

暗殺チームの極意は、敵に反撃する隙を与えずに密やかに始末することである。

空港で敵と出くわした二人はこの先も敵と遭遇することを想定して、有効な切り札として避難の済んで誰もいないブティックからコートを拝借していた。

ズッケェロがそれの裏側に厚みを無くして潜み、敵の意識の外から攻撃するという戦闘方法である。

 

サーレーが投げたコートの裏側にはズッケェロが隠れ潜んでおり、ジャックと祈り女が目を切った瞬間にそこから這い出して館内の燃え残った本棚の裏側に潜み、敵に隙が出来る瞬間を待ち続けていたのである。

 

「……いや、構わん。お前たちは大切なものを守る戦士だったというだけだ。」

 

ジャックの背後から細剣がジャックを突き刺していた。魔女の怨念と焼夷弾はジャックが刺されると同時に、消滅していく。

その時ズッケェロは、確かに見た。ジャックはズッケェロに刺される瞬間、確かに笑っていた。

 

「……やはり貴様ら暗殺チームは、警戒の必要があるようだな。ジョルノ・ジョバァーナを痛めつけるように指示を出していたが、よもやその化け物を打ち倒すとは。」

 

ネアポリスの図書館に、乾いた拍手が響いた。

 

「誰だッッッ!!!」

 

図書館の入り口側から一人の男が歩いてきた。逆光を背にし、頭髪は金色に輝いている。

サーレーはその男に見覚えがあった。その男は、以前サーレーが警告を行ったオランダから入国した麻薬の密売人に酷似していた。

 

「……キサマは……。」

「ディアボロッッッ!!!なぜだッッッ!!!お前はなぜ生きてここにいるッッッ!!!」

 

ジョルノの声が図書館にこだました。

 

「なぜ……なぜ、か。さて、何故だろうな。疑問があるならば、自身で解き明かすべきだ。そうだろう?ジョルノ・ジョバァーナ。」

 

ディアボロは不敵に笑っている。

ディアボロにとってジャック・ショーンは、人質を取って強制的に従えたいつ裏切るかわからない強大な力を持つ手駒だった。すでに図書館襲撃の最大の目的であったレクイエムの矢の破壊はなされ、いずれジャックは始末しようと考えていたためにこの結末はこの結末で歓迎すべきものであった。

 

「敵か!!!」

 

ズッケェロはサーレーのそばに寄り添い、サーレーはジョルノたちを庇うように前に出た。

 

「ああ、待て待て。今日は戦いに来たのではない。宣戦布告に来たのだ。」

「宣戦布告だと?」

 

ミスタがディアボロに銃口を向けながら聞き返した。

 

「ああ、その通りだ。元下っ端よ。俺とキサマらの決着は神聖な決闘で行う。逃走は、許さない。」

「なぜ俺たちがそんな事を受ける必要がッッッ……!」

「あるんだよ。グイード・ミスタ。俺だって理解しているさ。ここでキサマらを殺したところで、俺の気が晴れるだけで失ったパッショーネは俺のもとには戻ってこない。だから俺たちとキサマらの決闘なんだよ。」

「どういう事だッッッ!!!」

「決闘で勝利したものの総取りだ。俺が勝利すれば、ジョルノ・ジョバァーナ、キサマは俺がパッショーネの正当な王である事を保証したのちに、首を落とさせてもらう。グイード・ミスタ、キサマもだ。」

「ふざけるな!!!俺たちにそれを受ける理由がねえ!!!」

「それがあるんだよ。キサマらが決闘を受けるのであれば、シーラ・Eとトリッシュ・ウナというキサマらに近しい二人の命を保証しよう。もしもキサマらが決闘を受けないのならば、仕方ない。手に入らないものは目障りなだけだ。この場でキサマらを根絶やしにして、パッショーネとイタリアは破滅させてやろう。どうだ?破格の条件だろう?俺もなるべくなら無傷のパッショーネが欲しい。お前らもイタリアが害されるのは望まない。互いの落とし所としては悪くないと思うが?」

「キサマがシーラ・Eとトリッシュの命を生かしておく保証がどこにあるッッッ!!!」

「考えてものは言え。俺が帝王として返り咲いた後、その地位の正当性を保証する人材は必要だろう?親衛隊のシーラ・Eとパッショーネに近しいトリッシュ・ウナは、それにうってつけの人材だ。」

 

ディアボロは愉しそうに笑っていた。

 

「……いいだろう。その決闘の申し出、受けよう。」

「ジョルノッッッ!!!」

「ベネ!日にちは三日後の正午。場所は因縁の地、コロッセオだ。それまでにキサマらはパッショーネを俺に引き継ぐ準備をしておけ。コロッセオもキサマらが貸し切っておけ。決闘に仲間を連れてきてもいいが、連れてきた人間は俺が勝った暁にはその首を落とさせてもらう。そこをよく考えて人材を選ぶんだな。」

 

ディアボロはそれだけ告げると、ジョルノたちに背を向けた。

 

「ああ、そうだ。そこの暗殺チームの二人組。キサマらは俺の手下にならんか?俺の手下になれば、現パッショーネよりもずっと良い待遇で迎えてやろう。金も女も思いのままだ。もともとはキサマらは、俺のパッショーネの人材だ。ジョルノ・ジョバァーナは偽りの王で、真の王はこのディアボロだ。」

 

後ろを向いたディアボロは、振り返って思い出したようにサーレーたちに告げた。

ジョルノとミスタは静かに事の成り行きを見ていた。

 

「なるほど。確かに良い提案だ。」

 

サーレーはディアボロの勧誘を吟味した。

いい生活はしたいし、女が思いのままというのは魅力的だ。

 

「だろう。ならば……。」

「……だが、断るッッッ!!!俺はジョジョのパッショーネの、暗殺チーム所属のサーレーだッッッ!!!それに、俺の友人のカンノーロ・ムーロロをヤッたテメエなんぞに付き従うわけがねえだろうがッッッ!!!」

 

サーレーはハッキリと断り、ディアボロは僅かに失望した表情を見せた。

 

「……マリオ・ズッケェロ、キサマもか?」

「俺と相棒は一蓮托生だよ?ポッと出の自称ボスなんざについていくわけねえだろうがよッッッ!!!」

「……チッ。」

 

今度こそ本当に、ディアボロは図書館を去って行った。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

本体

ジャック・ショーン

スタンド名

笑う祈り女(ラフィング・プレイヤー)

概要

その正体は、不当に刑に処された歴史の怨念の集合体。社会の破滅を願って莫大なエネルギーを内包し、社会の安寧を願ってジャックという男に操られている矛盾したスタンド。スタンドエネルギーの総量だけで見れば、この世に足元に及ぶものすら存在しない。ジャックからは独立した意識を持っており、ジャックが制御しなければあらゆるものを焼滅させてしまう。ジャックのスタンド能力を正確に説明するのなら、怨念をこの世に具現させて制御する能力である。

 

射程距離が無限大で、エネルギーが莫大であるために持続時間もほぼ無限大。破壊力も言うまでもない。存在することが悪夢としか言いようのないスタンドである。ただし、無敵では無い。ジョルノたちは知る事はないが、彼女たちに非業の死と、助けようとして命を落とした人間たちの思い出を思い出させることができるシーラ・Eのブードゥー・チャイルドが実は天敵である。以前の戦いでは、シーラ・Eは本体のジャックにトラウマを思い出させようとしたために能力が通用しなかっただけで、スタンドに攻撃を当てさえすれば祈り女が処刑のトラウマを思い出して勝利可能だったという事である。というよりも、シーラ・Eのブードゥー・チャイルドは怨念系の強力なスタンドに対して特効を持っており、だからこそジョルノはシーラ・Eに戦力的な価値を見出し成長を願っているのである。

……キング・クリムゾンはこれに勝利したという事だろうか?

 

祈り女はジャックの強大な力には責任が伴うという信念のもとに、本気で運用されることはまずない。

ジャックはクイーンズの暗殺チームあがりの親衛隊長であり、名実ともにイングランド最強と恐れられている。

 

概要

ジョルノがレクイエムに進化した矢。ジョルノによって亀の中に保管されていたが、今回の図書館襲撃によってその場所が敵にばれてしまい焼滅した。

 

補足事項

勝利とは、ただ敵を討ち取れば良いというものではない。敵を倒すことができても、被害が甚大であったのならばそれは敗北と同義である。

ジョルノは裏社会の帝王であり、社会に対する責任がある。全容が分からず能力も定かでない目先のディアボロという敵を討ち取るために豊富に人員を送り込むことは愚行であるとそう判断した。

その最たる理由は、スタンド使いには単体で大勢を虐殺可能なフーゴやチョコラータのような人員も存在するためである。そのためにジョルノは近隣住民の避難と戦力の拡散による被害の最小化を優先させた。

 

戦闘に置いて情報は命に等しい。パッショーネの最大の強みはカンノーロ・ムーロロという有能な情報部の人材であり、そのムーロロですら敵の情報が全く入ってこなかった。回転木馬のスタンドがいかに厄介だったかご理解いただけるだろうか?

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