噛ませ犬のクラフトワーク   作:刺身798円

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何でも屋とオアシスの話をちょっと修正しています。
パッショーネの麻薬で出たスペイン人の死者は、少なく見積もって三桁ではなく少なく見積もって年間あたり四桁に変更しています。


Voliamo nel cielo

「行くぜ、ジョルノ!!!」

「ええ。」

「……。」

 

燃え盛る炎を背景に、彼らは対峙していた。

銃を構えるミスタとゴールド・エクスペリエンスを現出させたジョルノ、そして不敵に笑うディアボロ。

ディアボロはコロッセオから場所を移動し、ローマ市中に存在するガスステーションに彼らは場所(フィールド)を移していた。

 

いつまで経ってもマリオ・ズッケェロはその姿を見せない。

ジョルノとミスタを仕留めることは確実に可能だと判断していたが、不安要素を残したまま攻撃することを嫌ったディアボロはブチャラティがやった方法と近しいやり方でズッケェロの居場所の炙り出しを画策していた。

つまり、人間が生存できる環境を限定することでズッケェロの潜む居場所を絞ろうというやり方だった。

 

ジョルノとミスタはディアボロを放置するわけにはいかない。去り行くディアボロを放置してしまっては、他の戦局から加勢に行かれてしまう可能性が出てくる。そうなれば、二人は敵に囲まれてより状況が悪くなる。

結果としてディアボロはガスステーションを炎上させる選択を取り、ジョルノとミスタは炎上したそこでの戦闘を余儀なくされた。

 

「オラッッッ!!!」

 

ミスタの拳銃が殺意を乗せて銃弾を発砲し、ディアボロに向けて生きているような軌道を描いて迫った。

銃弾を追いかけてジョルノのゴールド・エクスペリエンスがディアボロに肉薄する。

 

「無駄ァァッッッ!!!」

 

銃弾はディアボロを素通りし、ジョルノは時間を飛ばした直後のディアボロに攻撃を加えようとした。

キング・クリムゾンの目がゴールド・エクスペリエンスに向き、キング・クリムゾンは拳を振りかぶった。

 

ーーこれはッッッ!!!

 

ディアボロがジョルノに反撃しようとした瞬間ディアボロの意識はぶれ、キング・クリムゾンの攻撃は空を切った。

 

「無駄、無駄アアッッ!!!」

 

ジョルノのゴールド・エクスペリエンスの拳がいくつもキング・クリムゾンに突き刺さった。

ゴールド・エクスペリエンスの攻撃は相手の意識を暴走させるはずである。

 

「やったか!!!」

「……いえ。」

 

ミスタが銃弾を立て続けに発砲し、ディアボロの額に風穴が空いた。

しかしディアボロは平然とした表情で周囲の警戒を行なっている。

 

「……ジョルノ。お前の攻撃は確かに直撃したはずだ。」

「ええ。」

 

燃え盛るガスステーションで、彼らは五メートルほどの距離をとって対峙している。

ディアボロの目は周囲をせわしなく動いている。それは周囲の何処かに潜む、マリオ・ズッケェロに対する警戒だった。

 

「お前は奴の能力をどう考える?」

「……僕の攻撃は確かに手応えがありました。」

 

ジョルノは思考を重ねる。

ミスタの銃弾を避けるために時間を飛ばした直後のジョルノの攻撃は、確実に当たっていた。

ここではない、コロッセオでの戦闘でもディアボロは確かにジョルノの創り出した獅子を弾き返していた。ジョルノの能力を考えれば、弾き返した反動がディアボロに通っていないとおかしい。しかし、ディアボロは依然として攻撃が通った様相を見せない。

 

「奴は用心深く、よほどのことがない限り人前に姿を見せるような男ではなかったはずだ。ということはつまり……。」

「……ええ。奴は今の自分の能力に自信があるんでしょう。」

 

一方でディアボロも、隠れ潜むズッケェロに対する考察を行なっていた。

ディアボロは先程ジョルノを仕留める絶好の機会だった。にも関わらず攻撃する瞬間に意識がぶれ、ディアボロの攻撃は外された。おそらくはズッケェロが何らかの能力を発動したと考えられる。

周囲は火の海で潜める場所は限られ、にも関わらずディアボロはズッケェロの何らかの能力を受けた。つまり。

 

ーー奴はジョルノ・ジョバァーナのすぐそばにいる。そして奴の能力を考えれば、奴はジョルノかミスタ、どちらかの衣服の下に隠れている。

 

ジョルノもミスタも共に丈の長い服を着ている。

ディアボロは、敵の隠れ潜む場所を確信して笑った。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

「おおおおあああああッッッ!!!」

「ふっ!!!」

 

ウェザーがフランシス目掛けて走り、フランシスはスタンドの体表から周囲に雲を撒き散らした。

雲に巻かれるフランシスの姿をウェザーは見失い、突風が直後に雲を吹き飛ばしていく。敵の位置を見失ったウェザーの頭上から、フランシスのスタンドが拳を振り上げて急襲した。ウェザーは敵の位置を瞬時に予想して、上空から質量を伴って振り下ろされるハイアー・クラウドの拳をウェザー・リポートで腕を上方に交差させて防御した。

 

「……なぜだ!なぜイタリアに害を為そうとする!お前からは邪悪な意思は感じ取れない!!!」

 

ウェザーが叫び、フランシスは横目でホル・ホースに目をやった。

 

「……世の中はままならないように出来てんのさ。時に人間は、いやでも戦わないといけない時もある。痛みに怯えて戦うべき時に戦わなければ、大切なものが蹂躙されるだけだ。」

 

ウェザーのスタンドとフランシスのスタンドは至近距離で両手を組み合って拮抗する。彼らの実力は、ほとんど互角と言えるものだった。

周囲は暴風雨が吹き荒れ、その中心ではエネルギーの塊が相手を打ち破ろうと拮抗してせめぎあった。

 

「さあーて、俺っちも仕事をしますかねえ。」

「ちっ!!!」

 

アナスイの額目掛けて、ホル・ホースが拳銃の照準を合わせた。アナスイは脚を撃たれていて速度が落ちている。

アナスイは敵の銃弾を弾き落とそうと集中した。

 

カチン。

 

アナスイとホル・ホースは何が起こったのかわからずに、思わず顔を見合わせた。

 

カチン、カチン。

 

……?

再び二人は顔を見合わせた。

 

「じゃッッッ、そういうことで。」

「待てやコラァァァッッッ!!!」

 

ホル・ホースの拳銃はなぜか不発を続け、アナスイは突然背を向けてコロッセオから逃げ出したホル・ホースの後を追いかけた。

ホル・ホースに何が起こったのか理解していたのは、天候を支配するスタンド使いであるウェザーとフランシスの二人きりだった。先程から、ずっと皮膚がピリピリと痛み、気温は低下し、大気中を電流が走っている。

 

「……お前、どういうつもりだ?」

「さて、な。」

 

ウェザーが気づいていたこと。

周囲に降り頻る雨は、鉄すらも腐食させる強酸性の雨だ。PH値が4を下回れば、雨は鉄を腐食させ始める。

低下した気温は拳銃機構内部で水分を氷結させる。

そして大気中には電流が流れ続けている。電気が金属に長時間流れれば、電食を引き起こす。

 

雨はコロッセオに横殴りに降り注ぎ続け、静電気が大気を走り続け、長時間それに晒され続けたホル・ホースの回転式拳銃は密かにフレームが歪み、作動に支障を来していた。ホル・ホースの回転式拳銃は性能よりも外見を重視した、本人の趣味全開の鉄製の年代物の骨董品だったのである。

この戦場において雲を操る能力はフランシスの方が上であり、結論を言えばフランシスが強酸性の雨を降らせ続けてホル・ホースの行動を阻害したということになる。

 

「何がしたい?戦う気がないのならば、退けッッッ!!!」

「残念ながら、そういうわけにはいかないな。」

 

フランシスは笑い、コロッセオを雲が覆って行く。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

「参ったッッッ!!!」

「はい?」

 

シーラ・Eは眼前の女が唐突に何を言い出したのか理解ができずに、固まった。

目の前のメロディオと名乗る女は、両手を上に上げて降参のポーズを示している。

 

「だから参ったって。」

「はあ?じゃあアンタ、何のためにこんなところに顔を出したの!」

 

理解ができない。

眼前のメロディオという女性はいかにもか弱い女性といった風体で、シーラ・Eは自身が弱者をいじめている錯覚に囚われた。

 

「私も困ってんのよ。私はただスタンドが使えるってだけで、あの変てこな男に無理矢理ここに駆り出されたのよ。人質を取られて脅されてんの。」

 

シーラ・Eは相手の表情を吟味した。真偽の判別がつかないが、事実であれば攻撃することは躊躇われる。

 

「……嘘じゃないでしょうね?」

「私が強そうに見える?私は脅されて従わされた、ただの数合わせよ?」

 

シーラ・Eは相手の体を観察した。

メロディオと名乗る女の体は細身で筋肉がさほど付いておらず、戦士には見えない。

 

「……。」

「時間を稼がないと人質を殺すって脅されてんの。だからさっきから会話を続けて時間を稼ごうとしてたのよ。」

「……ここからさっさと消えなさい。あなたの話が真実だったとしても、私だって大切なものを守るために戦っている。」

 

道化が、笑った。

 

「いいえ、あなたは戦っていない。あなたは逃げているだけ。あなたはあなたが本当に戦うべき戦場を知らず、大切なものが何かもわかっていない。あなたがここでコロッセオに戻ったとしても、あなたは味方の足を引っ張るだけであなたの姉は返ってこないわよ。ねえ、シィラ・カペッツート。」

 

メロディオが突如豹変し、シーラ・Eは相手の発言に意表を突かれた。

なぜこの女が私の姉様のことを?

 

シーラ・Eはメロディオの目を見てしまい、深淵に覗かれた。

メロディオは社会の裏側の深淵に潜む、化生の類の人間だった。深淵の視線にシーラ・Eは思考を飲み込まれ、硬直する。

シーラ・Eに決定的な隙が生まれ、道化は宣告する。天秤が、静かに傾いた。

 

「人がルールを守るのではない。ルールが人を守るのだ。しかしここでは限定的に、ルールは私のためにある。前は後ろに、上は下に、右は左に置換される。」

「あぐっっ!!!」

 

道化が宣告した瞬間、シーラ・Eの体の神経は擬似的にめちゃくちゃに繋がった。

シーラ・Eは自身の体の変化に対応しきれずに、倒れて地に伏した。

 

「……人生って不思議よね。私の能力は私が怠けたいがために発現したものなのに、私はそのせいで大して怠けることが出来なかった。私は私に発現した危険な能力を完璧に制御するために、血の滲む苦労を負う羽目になった。」

 

メロディオの天秤はメロディオにも効果を及ぼしている。しかし彼女は長年の鍛錬によって、自身の施行する能力に完璧に対応できるようになっていた。

 

「卑怯者ッッッ!!!」

「なぜ?」

「アンタは降参したはずだッッッ!!!」

 

メロディオは余裕のある表情で、静かに笑っていた。

 

「卑怯とは、殺人に劣る行為なの?」

「何を言ってッッッ!!!」

「シィラ・カペッツート、殺された姉のクララ・カペッツートの仇を討つためにパッショーネに所属。幼い頃に愛犬を殺されて以来、人間に対する不信感を持つ。」

「なぜ……それを……。」

 

シーラ・Eの背筋が寒くなった。

この会ったばかりのはずの女は、なぜ自分のことを知っているのだろうか?

 

「あなたはまじめで、あなたは表社会で普通の人間になれるはずだった。でもあなたは今は陽の差さない裏社会の住人。それはなぜ?」

「そ……れは……。」

「あなたは真っ当な感覚を持った普通の人間よ。その証拠に、降参した私に攻撃を加えようとしなかった。でも今、あなたはここにいる。」

「……。」

「真っ当な人間であるあなたが今現在裏社会にいるのは、あなたが殺人を決意したから。あなたはあなたの倫理をかなぐり捨てて、愛するものの復讐を決意した。あなたは死んだ姉のためだったらなんでも出来る。違うかしら?」

「……。」

「私もよ。私も私が愛するもののためならば、なんだってできる。這いつくばってどろ水をすすることだって、嫌な男の足の裏を舐めることだってね。あなたは自分が愛するもののために殺人者になることを許容できても、他人が愛するもののために卑怯者になることが許せないのかしら?」

 

シーラ・Eは言葉に詰まった。

 

「……だとしてもッッッ!!!」

 

シーラ・Eは自身の体の感覚を探り、なんとか立ち上がろうとした。

右手を動かそうとすれば左足が動く。左足を動かそうとすれば右手が動く。動く方向もめちゃくちゃだ。

生存に直結する神経を除いて、その全ての神経がおかしな繋ぎ方をされてしまっている。

しかしそれでも彼女は手探りで、なんとか椅子に掴まり立ち上がろうと試みた。

 

「私はジョルノ様のお役に立つッッッ!!!」

 

メロディオは深くため息をついた。

天秤が、揺らめいた。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

サーレーが足の裏の固定と解除を繰り返して、超高層ビルの壁面を駆け上がった。

それを追い、メイド・イン・ヘブンとそれに乗ったエンリコ・プッチが速度任せにビルの壁面を駆け上がる。

メイド・イン・ヘブンはついに音速を突破し、周囲に衝撃波を散らしながらビルを破壊しながら縦横無尽にサーレーに攻撃を加え続けた。

サーレーは敵の迫り来るタイミングだけをなんとか見計い、防御に徹しながら高層ビルの壁面をどんどん高みへと登っていく。

 

ーーつくづく人生ってわからねえな。ムーロロに散々笑われて馬鹿にされたビル登りの訓練が、今になってこんな重大な局面で効力を発揮することになるとは。

 

サーレーはムーロロのことを思い出し、胸に一抹の哀愁が過った。

しかし今はそれを考えている場合ではない。サーレーは頭から感傷を追い出して、ビルをさらに高みへと駆け上がる。

 

「うおああああああッッッ!!!」

「チッ。」

 

ビルの壁面上方を駆けていたメイド・イン・ヘブンが落下速度を追加しながら速度任せにサーレーを襲撃した。

サーレーは全力で防御に徹し、四肢でへばり付いてビルの壁面から剥がれないように強固に固定した。

メイド・イン・ヘブンはサーレーに痛打を与え、サーレーはそれを無視してさらにビルを駆け上がる。勢い任せに地上に到達したメイド・イン・ヘブンは方向を転換して、再び周囲に衝撃波を散らしながら下方からサーレーに向かい来る。

 

サーレーはメイド・イン・ヘブンに対して防戦一方だが、無敵のスタンドなど存在しない。完全無欠の存在など、この世には居ない。

サーレーはそれを知っている。

 

偉大なるパッショーネのボス、ジョジョでさえも、しょうもないチンピラ(サーレー)の協力を欲したのだから。

 

サーレーは下からの攻撃を受けてクラフト・ワークの足の固定を解除し、攻撃の勢いを受けてアクロバティックに宙を回転しながらビルのさらに上方の壁面に張り付いた。

もう少しだけ、もう少しだけだ。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

「奴の能力、どう思う?」

「あなたの銃弾はすでに幾度も命中しています。それを考えれば攻撃の無効化の可能性が高い。しかし……。」

「奴は時間も跳ばしている。スタンド能力は一人一つのはずだ。」

「ええ。それに奴はズッケェロを警戒する素振りも見せています。あれが演技である可能性は低い。ならばそこに突破口があるかもしれない。」

「ああ。」

 

ジョルノとミスタはディアボロの能力の考察を行い、ディアボロはズッケェロを安全に炙り出す攻撃方法を思案している。

ズッケェロの能力はつくづく厄介だ。単体でも奇襲を喰らえばひとたまりもないし、自身の弱点を理解してからはさらにその厄介さが増している。動きながら攻撃を加えてくるジョルノとミスタ、そのいずれかに致死の猛毒が潜んでいるようなものである。迂闊に二人を攻撃しようものなら、その瞬間にブッスリという可能性が高い。

 

さて、どうしたものか。

ディアボロは自身に問いかけた。答えが返ってきた。考えは、纏まった。

 

ディアボロはガスステーションの給油レジに紙幣を突っ込んで、給油口から周囲にガソリンを撒き散らした。

注がれるガソリンにステーションは火勢を増し、炎は伝って給油口へと引火した。炎は給油口の内部を進み行き、やがて地下の給油タンクにも引火した。ガスステーションで爆発が起こり、ジョルノとミスタは爆風に吹き飛ばされた。

 

「ジョルノオオッッッ!!!」

「グウッッッ!!!」

 

二人はガスステーションの床に強かに背中を打ち、転がった。

笑うディアボロは火が勢いを増す中で、平然とした表情で転がるジョルノへと向かった。ディアボロがジョルノに攻撃を加えようとした瞬間、ディアボロの背後で細剣が煌めいた。

 

「そこにいたか。」

 

ディアボロが振り向いて能力を行使して確実にズッケェロを仕留めようとした瞬間、ディアボロの意識は再びブレた。

ディアボロは能力を行使してズッケェロの攻撃を回避しようとするが、意識の一瞬の混濁で能力が上手く発動しない。慌ててキング・クリムゾンの身体スペックにあかせて背後に跳躍した。間一髪で細剣は直前までディアボロのいた場所を通過した。

 

「どうだい、自称ボスさんよォ。アンタがばら撒き続けた麻薬の味は、気に入ってくれたかい?」

「キサマッッ!!!」

 

ソフト・マシーンが細剣を構えた。

ズッケェロの背後で爆風で吹き飛ばされたジョルノとミスタが立ち上がってきた。

 

「すいません、ボス。奇襲は万全にとはいきませんでした。」

「いや、奇襲はあのタイミングしかなかった。現有戦力で誰か一人でも欠けたら、一気に戦局は悪くなる。誰かが命を落とすならば、それは奴の命と引き換えでなければ僕たちに勝ち目は無い。」

 

判断が難しい局面だった。

ディアボロの攻撃が仮にミスタに向いていたのなら、ズッケェロはミスタの命と引き換えにディアボロを刺す判断を下していただろう。キング・クリムゾンは攻撃の瞬間には、この世に姿を現さざるを得ない。

しかしそれはズッケェロが潜んでいないジョルノに向いたものだった。ディアボロがどういった判断を下したのかは定かでは無いが、ジョルノが攻撃されればジョルノは無為に命を落とすことになる。

ゆえにズッケェロはミスタの側を離れ、姿を現わす必要に迫られた。

 

ソフト・マシーンの細剣が鋭利に宙を舞い、燃え盛るガスステーションで彼らは対峙した。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

「待てやコラァァァッッッ!!!」

「待てと言われて待つ奴はいないのねん。じゃっ、サイナラ!」

 

ホル・ホースはローマの街並みを遁走する。

ホル・ホースは逃げ慣れていて、いやに逃げ足が早かった。

 

アナスイが逃げるホル・ホースの背中を追うも、ホル・ホースは民家に置かれていたバイクに跨って一目散に逃げていく。なぜ民家に置かれたバイクをホル・ホースは使用できるのかアナスイには理解不能だったが、それは老獪なホル・ホースが前もって敗北の可能性を想定して用意しておいたものだった。ホル・ホースは用心深い男だった。

 

「ハア?なんなんだ?」

 

アナスイはバイクに乗って逃走するホル・ホースを捕捉するために近場の家屋の屋根に登った。

アナスイはホル・ホースの足跡を追うことはできなかったが、そこで彼は別のものを見かけることになる。

 

一方その頃、ウェザー・リポートとフランシス・ローウェンの戦局にも変化が起こっていた。

 

「……何のつもりだ?」

 

ウェザーがフランシスに問いかけた。

 

「何のことだ?」

「とぼけるな!お前が言ったはずだ。俺たちのうちで勝った方しか願いが叶わないと!」

 

周囲に雲が撒き散らされ、ウェザーはその度に突風を起こして雲を吹き飛ばす。

ウェザーは姿を眩ましての奇襲に備えるも、敵は一向に襲撃をする気配がない。フランシスは攻撃に出ずに、時間稼ぎに徹していた。

ウェザーが走ってフランシスに向かっていっても、その度にフランシスはウェザーを煙に巻いて逃げ去ってゆく。

 

フランシスは暗殺者であり、真っ向の戦いよりも相手を幻惑して奇襲する戦いを得意としていた。しかし今の彼はあからさまに時間稼ぎに徹している。実力の伯仲する敵が時間稼ぎに徹してしまえば、ウェザーもそれに付き合わざるを得ない。一方的に攻め立ててもそれを軽やかにはぐらかされてしまっては、ウェザーが消耗するだけだからである。

 

ウェザーはフランシスの意図を掴めずにいた。

対するフランシスは値踏みするようにウェザーの表情を覗き込んでいる。やがてフランシスは静かに口を開いた。

 

「……お前、フランスに来ないか?」

「いきなり何をッッッ!!!」

 

フランシスから唐突にますます意図の掴めない質問が飛び、ウェザーは困惑した。

 

「いや、無意味に死なせるのは惜しいと思ってな。お前コッソリフランスに逃げて来ないか?」

「ふざけるなッッッ!!!お前は一体何が言いたいんだッッッ!!!」

 

普段はあまり感情を表さないウェザーだが、その質問には激昂した。

 

「……俺にもリスクがあるんだがな。万が一にも強制的に他人の口を割らせるスタンドが存在しないとも限らない。だがまあ、あの他人を信用しない男に忠実な部下がいるとも考え難い。」

「どういうことだ?」

「まあさっきまではあの男とその部下の拳銃使いが近くにいたからああ言わざるを得なかったというだけの話だ。スマン、ありゃ嘘だった。俺とお前の勝利条件は、実はまるで異なる。お前は俺を打ち倒す必要があるんだろうが、俺は実はそうではない。」

「何を言っている?」

 

周囲を雲が覆い、ウェザーは声がした方を振り向いた。声は四方にこだまし、ウェザーが雲を吹き飛ばすたびにフランシスはまるで予想のつかない方角から姿を現してくる。

 

「時間を稼げれば俺は勝利できるんだよ。俺の勝利条件は、フランスが守られることだ。」

「それが時間稼ぎとどう関係する?」

「あのふざけた男は、ここで勝とうが負けようがどっちみちそう長くはないということだ。」

「ふざけた男?」

「リーダーヅラしてパッショーネに戦いを仕掛けた、あのバカな男のことだ。」

「……なぜだ?」

「メロディオがキレてるからさ。」

「メロディオ?」

「女だ。一人いただろう?あのディアボロって男は欲に目が眩み、自身の能力を過信して、パッショーネに攻撃を仕掛けた。無敵のスタンドなんざ、この世に存在しないのにな。以前はあの男の用心深さに手を焼いたもんだが、こうなってしまったらあの男はもう何ら脅威ではない。」

 

フランシスは静かに微笑んだ。続けて言葉を紡いだ。

 

「あの男はかつての栄光に縋り、欲に目が眩んで、引き入れるべきではない死神を懐に呼んでしまった。おそらくはずっと他人と積極的に関わってこなかったから、他人を見る目がないんだろうな。以前のパッショーネがばら撒く麻薬は、概算で年間に十万人の死者をヨーロッパ圏内で出していた。自分がどれだけの恨みを買っているのか理解していないはずはないんだがな。俺もジャックさんもすでに暗黙で合意しているよ。俺たちのやることはメロディオが行動を起こすまで極力周囲への被害を減らし、命をかけてメロディオを守ることだ。そうすれば、俺の目的は達成される。」

 

古来より要人の暗殺とは、まずは暗殺対象の信頼を勝ち取る事を必要とさせられた。

地位のある人物の多くは用心深く、ほとんどの場合は影武者を用意していたからである。暴君は一様に保身に余念が無く、己が身の安全を第一に考える。暗殺に一度失敗すれば、暴君の警戒心は跳ね上がりその攻撃性は罪無き弱者に八つ当たりとして向かう。決して失敗は許されない。

 

暴君暗殺は暗殺者にとって多大なリスクを伴い、自身の命を度外視して初めて暗殺成功の可能性が開かれる。行きしかない、片道切符だ。万が一暗殺に失敗すれば、社会は悲鳴を上げて、多大な血を流す。

回りくどくとも犠牲が生じようとも、暴君暗殺には唇が嚙み切れるほどの忍耐が必要だ。

スタンド使い同士の戦いにおいて言えば、ディアボロがどういうスタンド能力を持っているかもわからないのに攻撃したところで、暗殺が成功する可能性は極めて低い。

 

ゆえに暗黙裏に被害を減らし時間を引き延ばし、ある程度の信頼を得て成功を確信してから行動を起こす。

それが至上目的である社会の平和のために手段を選ばない、彼ら暗殺チームの戦い方であった。

 

敗北は、許されない。賞賛は、必要無い。矜持も、存在しない。

人質も残念ながら、彼らには大きな意味を成さない。

たとえ死んでも、名無しの骸は省みられることなく路傍に朽ち果てるだけ。

唯一の誇りは、彼らが全てを捨て去ることにより救われる存在がいるという厳然たる事実のみ。

 

人は嫌でも戦わないといけない時がある。目前の人間の命は大切だが、それに囚われてしまっては未来のより大勢の破滅を招きうる。未来の否定とは、より良い社会を目指して歩んできた人間の歴史と社会そのものの否定であり、社会の否定とはテロリストの思考そのものだ。テロには毅然とした対応が必要なのである。

 

…………絶対に逃さない。

怒りを知れ。恨みを知れ。

社会の流した血に報いを。赦されざる行為に贖いを。

そのために必要なのは理想を叫ぶことではない。綺麗事を盲信することでもない。

何もかもを捨ててでも冷徹に事を成す、漆黒の殺意。理想からは程遠い、現実を重視した暗殺。

 

周辺諸国の裏社会はパッショーネのばら撒く麻薬で多大な被害を被りながら、なおも戦争という最悪の事態を避けるために長年の忍耐を強いられた。

パッショーネを嫌っていたにも関わらず、戦争でより大勢の無実の表社会の市民が犠牲になる事を避けるために麻薬の出所を隠蔽する作業に加担せざるを得なかったのだ。その出所が割れれば表社会で戦争という論調になる可能性があり、最悪の場合自国の破滅の可能性まで存在する。

 

ゆえに彼らは暗黙で合意し、最初からその目的はたった一つ。彼らは一様に賢く、ディアボロが何者で何のためにパッショーネに戦いを仕掛けたのか見抜いていた。

 

「……お前もあのディアボロという男が敵なのか?ならば俺たちと共に戦えば……。」

「すまんがそれは無理な相談だ。人間の大切なものには序列がつけられている。俺の何よりも大切なものはフランスで、イタリアは助けられるのなら助けたい良き隣人に過ぎない。残念だが、俺の判断ではお前たちに賭けるのはメロディオに賭けるよりも確実性が低い。すまんがパッショーネは自力で平穏を掴み取ってくれ。」

 

フランシスはウェザーを幻惑し続け、ウェザーはフランシスのその戦い方に得心がいった。

 

「なるほど。お前の考え方は理解できた。だがお前自身はどうなのだ?パッショーネ側が勝利したら、お前は叛逆の責を問われることになるだろう!」

「その時は俺はお前たちを祝福するよ。叛逆については、実行犯の俺たちの首をパッショーネに差し出せばいい。パッショーネは無意味な争いを好む組織ではない。だからこそ俺たちの組織は友誼を結んだんだ。組織間にしこりが残ったとしても、あの偉大なボスであればそれを飲み込んで未来に進むだろう。」

「そうではない。お前自身の命のことだ!お前は命を落としても構わないとでも言うのか!」

 

ウェザーのその叫びに、フランシスは落ち着いて答えを返した。

 

「……人間の大切なものには序列がつけられている。人間にとって犬は大切な家族だが、人間の命には代えられない。」

「何を……?」

「俺たちは社会に飼われた犬なのさ。有事に真っ先に切り捨てられて、犬は死んだが人間の命は守られたと整合性をつける、そんな存在だ。」

「バカな!お前は人間だ!!!」

「ありがとう。でも俺自身が犬でいたいと思っているんだ。それでフランスが守られるのであれば、俺は別に犬で構わない。」

「何が……一体どういう理由でお前はそこまでする?」

「友人でもない知らない人間にそこまで話すつもりはないよ。明確なのは、お前は俺を倒して何が何でもイタリアを守りたい、それだけだろ?」

 

ウェザーはため息をつき、距離を置いたフランシスを強い眼差しで見据えた。

 

「そうだな。悪いが俺はお前を倒して平穏を勝ち取る。」

「そうだ。それでいい。何も悪くない。お前も俺も大切なものを守るために必死で戦っている。俺はそのために育てられた、フランスの猟犬だ。」

「……道理で強いわけだ。」

「俺たちが強いのは当然だよ。猟犬が弱かったらなんの役にも立てずにただ命を落とすだけになってしまうだろう?俺たちは社会を守るために、組織に手間と大金をかけて育成されている。お前も俺と互角に戦えてる時点で、ヨーロッパでも有数の実力者だよ。」

 

フランシスは、静かに微笑んだ。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

「あなたはスピードワゴン財団専属の処刑人、空条承太郎を知っている?」

 

メロディオは落ち着いた様子で、カフェの椅子に座りながらシーラ・Eに問いかけた。

 

「……名前だけは知っているわ。でも、処刑人?」

 

シーラ・Eは椅子に掴まりながら相手の言葉を吟味した。

 

「空条承太郎は確かに自分で処刑人と名乗っているわけではない。スピードワゴン財団も表社会の真っ当な組織。でもその根本の理念は、私たち裏社会の処刑人と相通ずるものがある。彼の戦いの始まりの目的は違ったのかもしれない。でも彼が日本(ハポン)のキラヨシカゲと戦った時、彼は確かに杜王町に住む人々の安寧のために戦っていた。私たちは彼を私たちより広域で戦う財団所属の処刑人だと、そう認識しているわ。」

「なぜ、それを……。」

「彼がディオ・ブランドーを撃ち破った時から、私たち裏社会はずっと彼を監視し続けていたのよ。それだけの力を持つ人間が、その力を間違えた使い方をすれば社会は破滅しかねない。降って湧いた唐突な力に溺れる者は多い。まあ杞憂だったけどね。彼は与えられた力を人々のために扱う人間だった。」

「……。」

「彼のスタンドは、世界(ザ・ワールド)と呼ばれているわ。それはもともと彼が撃ち倒したディオ・ブランドーが自身のスタンドに名付けた名前。でも、もともとの意味合いは違う。もともと、〝ザ・ワールド〟とは〝あたかも世界を創造する神の如きスタンド使い〟という意味合いの、裏社会で連綿と受け継がれ続けてきたある一定の到達点に達したスタンド使いに与えられる敬称なのよ。ディオはそれにあやかって自分のスタンドを名付け、空条承太郎はディオ・ブランドーという誰も討滅できなかった人間社会の敵を撃ち破った功績を以てその名を名乗ることを認められている。タロットの名称は後付けなの。」

「一体、何が言いたいの!」

 

シーラ・Eは相手の言の意図を図りかねて声を荒げた。

メロディオはそっと、テーブルの上の天の秤に指先を触れた。

 

道化の世界(エル・モンド)。』

 

メロディオの宣告とともにテーブルの上の天秤が小刻みに揺れ、やがて世界は破裂した。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

無敵のスタンドなどこの世に存在しない。

矢の力を得て際限なく加速するメイド・イン・ヘブンは無尽の馬力を持ち合わせ、一見倒すすべのない無敵の存在のように見える。しかしそうではない。サーレーはそれを知っている。

それはコマ送りという技法を身につけたサーレーだからこそわかる、メイド・イン・ヘブンの致命的な弱点。

 

コマ送りで映像を固定しているサーレーにさえ敵スタンドの像がブレているのに、その本体であるエンリコ・プッチがそれに万全な対応が出来ていることなどありうるのだろうか?仮にスタンドのサポートがあったとしても?

 

長所と短所は表裏一体。メイド・イン・ヘブンはその速度を増せば増すほどに本体のプッチの視界は狭まり、不測の事態に対する対処の思考時間が減る事となる。

ゆえに冷静さを失ったメイド・イン・ヘブンという強力なスタンドは、小石に躓いて死ぬのだ。

 

サーレーは笑った。

ここはビルの最上階付近の壁面。二十五階建てのそこは、地上からおよそ九十メートルにもなる。

重力と風でサーレーの髪は靡き、眼下は吐き気を催すほどに何もかもが米粒の小ささになっていた。

さあ、飛ぼうか。

 

「アアアアアアアアアアアッッッッッ!!!殺してやるッッッッッ!!!」

 

眼下からはメイド・イン・ヘブンが呪いの言葉を紡いでビルの壁面を破壊しながら迫りくる。

残念ながらその口上はもう聞き飽きた。

 

サーレーはコマ送りで敵が近付いてくるタイミングを計り、ポケットに隠していた小石をメイド・イン・ヘブンの顔面に向けて弾いた。

それは本来ならば音速の壁を超えたメイド・イン・ヘブンの衝撃波によって弾かれて砕かれるだけのものでしかない。

しかし、視界が狭まり思考時間を失ったメイド・イン・ヘブンは唐突に目の前に投げられた何かに反応して、反射という生命の如何ともしがたい反応によって体勢を崩してしまう。

サーレーはすれ違いざまに体勢を崩したメイド・イン・ヘブンの胴体に触れて固定する。足も壁面に固定してメイド・イン・ヘブンを空へと引っ張った。メイド・イン・ヘブンがサーレーの固定を引き剥がす力を持つのは、地面という脚力を生かす地形があってこそである。

それのないビルの壁面で固定したまま水平方向に力を加えれば、クラフト・ワークのように能力で壁面に張り付いているわけではないメイド・イン・ヘブンはいとも容易く壁面から剥がされて落ちていく。

 

さあ、空を飛ぼうぜ。(Voliamo nel cielo.)

「おおおおおおおおッッッッッ!!!」

 

地上およそ九十メートルのビルの壁面から、サーレーとエンリコ・プッチは剥がされて落ちていく。

 

「クソがッッッッッ!!!」

「語彙力ねえなあ。ま、俺も人のことを言えないけどな。」

 

宙に放り出されたメイド・イン・ヘブンに出来ることは少なく、とっさの怒りに任せてサーレーに殴りかかった。しかし残念ながらそれは、下半身を活かせない力の無い手打ちの攻撃に過ぎない。

サーレーは敵の攻撃の拳を自身の体に固定して、空中で器用に体を回転させて敵の体の背面に張り付いてそのまま固定した。

 

「離せッッッ!!!この神を愚弄する愚か者がッッッッッ!!!」

「諦めな。俺が死刑だと言ったら、お前は死ぬ運命にある。」

 

クラフト・ワークに羽交い締めにされて身動きの取れないプッチを下にして、二人は地上九十メートルを落下していった。


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