噛ませ犬のクラフトワーク 作:刺身798円
それを見ていたのは、ナルシソ・アナスイだけであった。
アナスイはホル・ホースと戦い、拳銃の金型が曲がって戦闘が不可能になったホル・ホースは戦場から逃走した。
アナスイは戦場から背を向けて逃亡したホル・ホースを追いかけ、敵の姿を捕捉するために高所へと駆け上がった。
結論を言えば、アナスイはホル・ホースを探し当てることは出来なかった。しかしアナスイは、代わりにそこで苛烈な戦いを繰り広げるサーレーを確認する。
ーー馬鹿な……アイツ、何をやっているんだッッッ!!!
サーレーは建物の外壁をどこまでも駆け登り、やがて米粒のようにその姿を小さくして信じられないほどの高所からプッチと絡みながら落下した。
それはいかに強靭なスタンド使いであったとしても飛び降りようとはとても考えられないほどに高所であり、アナスイは落下するサーレーの身を案じる自身の心境に、ひどく戸惑った。
ーークソッッ!!!なぜだ!なぜオレはこんなにも、アイツを心配する!
アナスイは自身に問いかけ、やがて彼の心は一つの返答をした。
嬉しかった。
アナスイは世間では異常殺人を犯した禁忌であり、普通の人間であれば忌み嫌い避ける対象である。
しかしサーレーはアナスイに希望を指し示し、あまつさえイタリアで一人の人間として認められたら徐倫との結婚を応援し友人として祝福するとまで言ってくれた。
ただ嬉しかった。
サーレーの何気ない一言はアナスイの心の中で希望となり、未来を築き上げる可能性はそれを指し示した人間への愛情と感謝へと変化する。
アナスイはその気持ちを、きっといつまでも忘れない。
カンノーロ・ムーロロがジョルノの言葉から感じた気持ちが宝物であるのなら、アナスイがサーレーから感じた気持ちもまた宝物だったのだろう。
フランシスが動かした戦局が、アナスイをその場所へと導いた。
そしてそれは、紛れを起こす。
◼️◼️◼️
二人の帝王とそれに相対する三人の戦局では、徐々にその優劣が表面化しつつあった。
ジョルノ・ジョバァーナのゴールド・エクスペリエンス、グイード・ミスタのセックス・ピストルズ、マリオ・ズッケェロのソフト・マシーン。そしてそれに敵対する二人の帝王によるキング・クリムゾン。
もともとキング・クリムゾンは非常に身体スペックの高いスタンドであり、戦闘における弱点はその能力の持続時間と射程の短さだけであった。
しかしドッピオがスタンドに目覚めたことによりそのうちの持続時間の短さは克服され、キング・クリムゾンというスタンドの力の強さと瞬時の速さ、そして能力の強力さが強みとして前面に押し出されることとなる。三人はそれに対処するために、運動量を強制された。固まって背後からズッケェロがジョルノとミスタをフォローするからディアボロは二人を攻めあぐねているのであり、分断されてしまえばズッケェロがいない方から撃破されて敗北してしまう。キング・クリムゾンという巨大な暴力を防ぐ防波堤が一枚減れば、残った人間が敗北するのも時間の問題だった。
ディアボロはズッケェロの細剣の射程を見切りながら慎重に攻撃を行い、ズッケェロは細やかに移動しながら危機に晒された方をフォローする。
その際ズッケェロはどうしても近接戦闘能力の低いミスタに寄りがちになり、ディアボロと直接拳を交わす機会が多いジョルノがまずはスタンドエネルギーの残量の底が見え始めた。
「……ジョルノ、大丈夫か?」
「……ええ。まだしばらくは戦えます。」
ミスタに寄り添うジョルノの息は確実にあがってきている。
ミスタの脳裏を計算が過った。敵を確実に倒すために、人間の命を消耗する計算をした。しかしどう計算しても、ディアボロを倒せない。
それほどまでにキング・クリムゾンの能力は脅威であり、命を度外視したところでそれはただの犬死に終わってしまう。
三人はズッケェロの特殊な能力を頼みに戦っているのであり、スタンドの自力のスペックでは圧倒的にキング・クリムゾンの方が上だ。キング・クリムゾンが万が一のズッケェロの一刺しを最大限警戒して戦えば、三人は少しずつ形勢の悪くなるジリ貧の戦いを強制させられる。
ミスタは再び計算し、結論を出した。
「足掻くぞ。今のままじゃあどうやったって奴に勝てねえ。だが破れかぶれで攻めても割に合わねえ。ならば他の戦局が勝利して、ここに援軍が到着するまで何がなんでも生き延びるッッッ!しぶとく戦って隙があれば奴が敗北する可能性を感じさせ続けることが、俺たちが生き延びて勝利する唯一の可能性だ!!!」
「ええ。」
ズッケェロはうなずいた。
ジョルノも僅かに迷い、その後にミスタの言葉の正しさを理解してうなずいた。
キング・クリムゾンが近付いた。
ジョルノが前面に出て、ゴールド・エクスペリエンスとキング・クリムゾンが激突する直前にミスタが銃弾を二発ディアボロに向けて発砲した。ディアボロは迫り来る銃弾を時間を跳ばして避けた。ズッケェロがジョルノの影として寄り添い、いつでも攻撃が可能なようにソフト・マシーンの筋肉が収縮した。ディアボロはそれを確認するとジョルノとの激突を避けて側面へと移動した。そこへ再び銃弾が発砲され、絡みつく殺意の銃弾はディアボロの頭部を撃ち抜いた。入れ替わったドッピオが銃弾を受けた時間を消し跳ばして、近寄って拳を振るうゴールド・エクスペリエンスを捌いてジョルノの背面のズッケェロの攻撃範囲から離脱した。ディアボロは弧を描く膨らむ動きで細剣の攻撃範囲を避けながらミスタに向かい、ズッケェロは最短を突っ切ってミスタに寄り添った。ディアボロはミスタへの攻撃を取りやめてジョルノの方へと向き直った。ジョルノとミスタは互いに近付き、ズッケェロは速やかに両方をフォロー出来てなおかつキング・クリムゾンの攻撃の届かない立ち位置を確保する。
どこかでミスをすれば瞬く間に誰かが陥されて敗北するために、戦歴豊かな彼らは一糸乱れぬ連携をぶっつけ本番で成立させていた。
しかしそれは綱渡りであり、どこかで僅かに誰かの動きが鈍れば次の瞬間には敗北してしまう。そしてジョルノは少しずつ疲弊の色を見せ始めている。
一方で、ディアボロはイラついていた。何よりも厄介なのが、三人の戦闘に対するシビアさである。
三人はその立場を一切無視して、ドッピオに対する有力な攻撃手段であるズッケェロの生存を第一に行動し、前面にジョルノとミスタを押し出してきている。ジョルノを殺せるタイミングはいつでも存在する。ミスタを殺せるタイミングもいつでも存在する。しかしズッケェロを殺せるタイミングだけが存在しないために、ディアボロはいつまで経っても戦闘を勝利出来ないのである。下手にズッケェロに仕掛けてシャボンを踏めば、ディアボロはその時点で敗北してしまうために無理な攻撃も出来ない。
己が存在の保身を第一に置くディアボロにとって、身分の立ち位置を無視した三人の戦術は理解できず想定外だった。
ジョルノかミスタを殺せば、その瞬間に細剣がディアボロを貫いてディアボロは敗北する可能性がある。ズッケェロさえ殺せれば、直後に受けるだろうジョルノとミスタの攻撃はキング・クリムゾンの能力で凌ぐことができる。
三人はディアボロの猛攻を凌ぎながら、少しでも長く保たせるために身を引いていた。
この場所に辿り着くまではジョルノたちがディアボロを追い掛けていたが、今度は三人がディアボロの攻撃を受けながら少しづつ場所の移動を行なっていた。それは身を引きながら戦えば少しでも長持ちさせられるというミスタの判断であり、ズッケェロにまた身を隠されたら厄介なディアボロは今度は三人を追いかける立場となった。
◼️◼️◼️
サーレーはイタリアの街並みを眺めて、己の内に没頭した。
周囲を縦横無尽にメイド・イン・ヘブンが駆け巡り、直に最高速に到達したそれとクラフト・ワークは激突することになる。
しかし、サーレーはそちらに意識を割かない。
大切なのは、敵ではない。
大切なのは、四枚目の札が使えるか否か。全てはそこにかかっている。
四は死神の数字だ。四枚目の札は、死神の切り札だった。
サーレーはローマの街並みを眺めて、やがて自身のうちに答えを出した。
残念ながら、答えは恐らくは不可能。
もう少しだということは理解している。あと何かが足りれば、恐らくは使用可能になる札だ。
しかし、最後の決め手が足りない。
サーレーは静かに溜め息を吐いた。
どうやらここまでのようだ。
可能な限りは足掻いてみるが、冷静さを取り戻してサーレーへの研ぎ澄まされた殺意を向ける敵に対抗する術がない。
ラニャテーラは張っている。コマ送りも使用している。
敵の行動を可能な限り阻害しているし、敵の動きは見えている。敵に痛手も負わせた。
しかし最後の最後に、容赦なくサーレーを殺すことのみに集中した敵を撃墜する札が無いのである。
初撃は防げるかもしれない。その次ももしかしたら防げるかもしれない。
しかしその次は?さらにその次は?そしてその次の次は?
結局はジリ貧でしかなく、クラフト・ワークは遠からず力尽きる。
とどのつまり敵に一矢報いれたのは、敵が冷静さを失っていたからに過ぎない。
素の能力では、敵のスタンドの方が圧倒的に上なのである。
「死ねッッッ!!!この神に逆らう不届きものがッッッ!!!」
煩い奴が向かってきてしまった。サーレーは一瞬瞬きをし、向かってくる敵に集中した。
メイド・イン・ヘブンは衝突の寸前に不規則な動きをし、サーレーの視界から消える動きを始めた。
メイド・イン・ヘブンは残像と共にサーレーの周囲を自在に飛び跳ねている。
「油断はしないッッッ!!!貴様は何をしてくるかわからん!一撃で確実に首を刎ね飛ばして、終わらせてやろうッッッ!!!」
コマ送りで動いた方向はわかるのだが、敵の素早い動きに目がついていかない。
サーレーは意味を為さなそうなラニャテーラを解除し、必死で敵の動きに集中した。
しばらくは何とか目で追うことができていたが、やがてその姿を見失い、メイド・イン・ヘブンは最高速で上方からサーレーの首を刈り取りに襲撃した。
サーレーは敵の襲撃のタイミングを予測するしか出来ず、当てずっぽうに体を捩った。
しかし恐らくは意味が無いだろう。敵の素早さは尋常では無く、サーレーの抵抗は恐らくは大した意味を持たない。
しかし敵の襲撃の瞬間に、サーレーを予想外の感覚が襲った。
上方からの敵の襲撃に集中して、サーレーは下方からの何者かにその時まで気付けなかった。
◼️◼️◼️
「一撃で確実に首を刎ね飛ばして、終わらせてやろうッッッ!!!」
エンリコ・プッチがメイド・イン・ヘブンとともに上空からサーレーを襲撃した際、サーレーの周囲にはクラフト・ワークが宙に固定した瓦礫片が浮かんでいた。
苦し紛れのそれはメイド・イン・ヘブンという強力なスタンドの行動の阻害にはほとんどならず、しかし大きな役割を果たしていた。
メイド・イン・ヘブンの視線を阻害していたのである。
クラフト・ワークはどこまでも有能で、万能なスタンドだった。ギリギリの戦闘であるほどに、最後は細かい部分が戦闘の趨勢を決定づける。
ゆえにプッチはサーレーの首を刎ね飛ばしに近付く直前まで、気付かなかった。
サーレーの上半身から、別のスタンドがサーレーを守るように飛び出していたのである。
それは下階に潜む、ナルシソ・アナスイのダイバー・ダウンだった。
アナスイは自身に芽生えた感情に従って、サーレーの助けになろうと行動していた。
しかしサーレーは建物の屋上に登り、敵は恐ろしく素早いスタンドで、アナスイがただ駆けつけても何の役にも立てずに足手まといにしかならない。
ゆえにアナスイは建物の屋上の真下の部屋に侵入し、戦いのギリギリの局面で助けになろうと考えた。
しかし先程まではサーレーのクラフト・ワークが屋上の床にラニャテーラを張っていて、アナスイのダイバー・ダウンは潜行不可能だった。
メイド・イン・ヘブンがサーレーを警戒して不規則な動きをしたことにより張られていたラニャテーラは解かれ、激突の直前にダイバー・ダウンはサーレーの助けとなるべくサーレーの足下から潜行することが可能となった。
プッチはサーレーの首を刎ねる直前に唐突にサーレーの上半身から出てきた別のスタンドに戸惑って、思わずダイバー・ダウンを攻撃してしまった。ダイバー・ダウンは拳をプッチに向けており、メイド・イン・ヘブンの腕は鎌のようにしなりダイバー・ダウンの上半身を刎ね飛ばした。
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宙に何かが刎ね飛んだ。
サーレーはそれが自身の首だと考えたが、感覚がある。首がある。
サーレーは何が起こったのか判別するために周囲を見回し、すぐにそれを発見した。
「アナスイ!!!お前……!」
それは下半身を失い屋上の床を沈みゆくアナスイのスタンド、ダイバー・ダウンだった。
「お前、何しに来た!!!」
メイド・イン・ヘブンはダイバー・ダウンに攻撃を加えた後再び周囲を駆け、サーレーの視界から逃れるべく不規則な動きをしていた。
サーレーは走って屋上から飛び降り、下階の窓を蹴破って室内に侵入した。サーレーは必死で気にかける余裕が一切なかったが、そこは実はローマの高等学校の校舎だった。
「馬鹿!!!お前、何やってるんだ!!!」
下階には、散乱した机と上半身と下半身のなき別れたアナスイがいた。
サーレーは急いでアナスイに近寄って、アナスイの上半身と下半身を繋げて一時的に固定した。
それはあくまでも緊急措置であり、サーレーが死ぬか長時間放っておけば出血多量で命を落とす緊急救命措置でしかなかった。
「お前……。」
「、、、よお、、、オレは、、、役に、、、立てたか?」
「喋るな!!!なぜこんな……。」
窓の外には高速で移動しながら中の様子を伺うメイド・イン・ヘブンが存在した。
プッチは先の墜落で懲りており、敵が策を練っている可能性を勘案していた。
「嬉しかったんだ、、、。」
「それはいい。お前は……!!!」
サーレーは必死に頭を働かせた。
さほど間を置かずにプッチは強襲してくるだろう。なんとかアナスイだけでも生かす方法は無いかと、サーレーは必死になって思考している。
「役に、、、立ちたかった、、、。お前はオレの希望を、、、笑わなかった。、、、応援してくれると、、、。オレは、、、お前の希望に、、、。」
「喋るなと……!!!」
「恩を、、、返したかった、、、。」
その瞬間、サーレーの中で衝撃が走り何かが噛み合った。
恩には恩を。愛には愛を。ひどく簡単な事だった。それが全ての答えだった。
ショバ代回収と称して一般人と関わらせて社会を学ぶ機会を与え、生活に困窮して犯罪を犯すことのないように飲食店に密かに根回ししてくれた。外交部門と接させることによってパッショーネの諸外国での立ち位置を理解させ、密やかに腹心として扱っていこうと尊重してくれた。
恩には恩で返したい。ただ、それだけだった。
サーレーは最後の札が使用可能になったことを理解し、同時にクラフト・ワークはそれとは全く別の力を得た。
漆黒の殺意が無間の宇宙を描き、覚悟がそこに彩りを与える。そこにイタリアに住む人々の営みが瞬く星々のように煌めき、生を知り死を知り社会を識る処刑人の精神は完成する。
最後にどこからともなく得体の知れない力が強烈に流れ込み、完成した宇宙に生命の輝きを与えた。その力は、なぜだかわからないがとても暖かかった。
それは、世界だった。精神が世界を描くとき、処刑人は完成する。
サーレーの精神は世界を描き、その世界の中心では黄金の太陽がひときわ眩く強烈な存在感を放っている。
クラフト・ワークは、到達点に到達した。
「……
恩には恩を。愛には愛を。ならば、、、罪には罰を。
赦されざる者には終幕を。
応報刑論は、決して理想では無い。
犯罪者は更生するのが理想なのだが、しかしこの世に死刑制度は存在する。
社会とは矛盾していて、社会とはそうやって成り立っている。
そして裏の処刑人は、社会の矛盾が飽和点に達した時に怒りの代弁者として動き出す。
表の処刑人は、テニスコートに落ちるボールの彼我には立ち入らない。社会を形成する大勢の合意が、罪人を死に値するとみなすのか否か。ボールが自分のコートに落ちても相手のコートに落ちても、それは神の思し召しだとそう自分を納得させる。
しかし裏の処刑人は、
それは決して、個人が決定してはいけない。大勢の合意を得られなければならない。
大勢の合意とは、その本質は大勢の人間が信仰する何者かの意思を指し示す。だからこそ処刑人は、神職なのだ。
つまりそれは本来であれば、神の領分なのである。
社会的に地位のある人間とは、その行動により多くの責任が伴う。裏の処刑人は裏社会でボスと対になるほどの高い地位を得ていて、その判断に並々ならぬ重圧が伴うのである。スタンドの存在するこの世界では、大勢の合意を待っていては多くの場合は手遅れになってしまうのだから。ディオ・ブランドー、吉良吉影、エンリコ・プッチ、チョコラータ、麻薬チーム、そしてディアボロ。彼らのせいで、罪無き市民の血が一体どれほど流れただろうか?
幼くして死んだ少年の魂は?赤子を宿して亡くなった妊婦の魂は?日々を仕事に勤しむ男性の魂は?人生を堪能し実り豊かな老後を送っている老人の魂は?
ローマでチョコラータのカビに殺された彼らの死後の魂はどうやって安寧を得る?
麻薬チームの処分の過程で命を落とした人間の死後の魂の安寧は?
死後の魂に生きている者が出来ることは、死者を悼み同じ過ちを繰り返さないことだけである。
一般人にスタンドは見えず、降って湧いた自分だけの力に溺れる者は多い。何らかの対策を講じねば、悲劇は何度でも繰り返される。……何度でも。
ゆえに社会の裏側は、一振りの刃を丁寧に鍛え上げる。
殺人という忌避と、無辜の民の安寧という狭間に苦悩した社会は、矛盾の解消の為の断罪の刃を育てるのだ。この人材であれば力の行使の際に間違いを起こさないという、極限まで研ぎ澄まされた刃を。
すなわち裏の処刑人とは人柱でありながら同時に、大勢の暗黙の合意の下に神の領分に立ち入る存在でもあるのである。暗殺チームは決して、雑に扱っていい存在ではない。
彼らは何者よりも強く、誰よりも社会を愛し、そして慈悲深い人間でなければならない。社会に強くある事を義務付けられ、その総体の怒りを代弁する存在。
慈悲深いが故にイタリアの無辜の市民が害されることを望まず、社会と自身の矛盾を知ってなおも必要に迫られて刑を執行する。
「お前はもう喋るな。運が良ければお前は助かるかも知れない。俺はお前が生還することを心より願っている。」
「、、、オレも役に、、、。」
「十分役に立ったよ。お前のおかげだ、アナスイ。後は心配せずに待っていろ。」
サーレーはアナスイの手を優しく握り、彼が助かることを一心に願った。
アナスイは出血多量で意識が朦朧としていた。それでも、心に残ったことがあった。
それをきっと、アナスイは一生忘れられない。
アナスイは、確かに見た。罪人は、死の狭間で神を見る。
アナスイは静かに笑って去るサーレーの横顔に、神を見た。
◼️◼️◼️
エンリコ・プッチは建物の中から出てきたサーレーの表情を観察していた。
静かな表情だった。とても戦いに臨んでいるとは思えない。
ーーフン、痴れ者め。死を目前にして気が触れたか。
プッチは建物の中にサーレーの仲間がいることを理解しており、何かまた奇抜な策を練っているのだろうと疑っていた。
しかしそれは恐らくは杞憂だろう。
敵の仲間はすでに上半身を跳ね飛ばし、サーレーは今現在建物の外壁を登り最前のように屋上の中央に陣取っている。
きっと諦めて観念したのだろう。しかし油断は禁物だ。
今一度最高速で敵を幻惑し、何が起こったのかわからないうちに首を刎ね飛ばしてくれようか。
メイド・イン・ヘブンは黒い殺意と共に躍動した。
しかし、メイド・イン・ヘブンは唐突に停止した。
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メイド・イン・ヘブンは周囲を忙しなく動いている。
相変わらずピョコピョコと落ち着きのないバッタみたいなやつだ。そんなに生き急いで、一体どうしようというのか?
彼ら暗殺チームのつまらない私見では天国とは日々の細やかな幸せの中に存在し、各々がそれを堪能することが幸福へと至る道だ。急ぐ必要性がさほど感じられない。
ビールを片手に好きなフットボールチームを応援している時、気に入った女とたわいもない会話をしている時、気の合う友人と休みに映画を見ている時、道端で出会った先輩の意外な一面を見て共感した時、それらは全て天国の一端だ。
それらを不当に奪おうとする敵から、イタリアを守護することが彼ら暗殺チームの存在意義である。
まあそれは、たかが人殺しの戯言だ。それはどうでもいい。
つまり何が言いたいかというと、生き急ぐこと自体は本人の勝手で否定はしないが、それで社会に決定的な被害を与えてしまうのであれば、他者を殺害するのであれば、それは決して赦されない。
サーレーは笑った。サーレーは静かにつぶやいた。
『
空間が歪み、世界は変容し、終幕のカーテンが下ろされる。
処刑人は、彼の世界を創造する。
◼️◼️◼️
世界は、静かな黄昏光に満ちていた。
それは厳かな光であり、同時に寂しげでもある。終わりを連想させる、落日の輝きだった。
それは終わりの無いレクイエムと対を為す、終焉を告げるスタンドの世界だった。
落日の次には宵闇が訪れ、漆黒の夜が訪れる。そして次の朝、黄金の暁はやってくる。世界はそれを繰り返す。
あらゆる神話において死と終焉を司る神は、生命と豊穣を司る神と対を為す。
死を象徴する忌まわしき神であっても、終焉がどれだけ寂しかろうとも、必要だから決して淘汰されることがない。
夜を否定してはいけない。終わりを否定してはいけない。
終わりがあるから生は輝き、昏い夜があるから朝焼けは美しい。
覚悟が暗闇に道を切り拓く行為だとしたら、そこには暗闇もまた必要なのである。
黄金の太陽は漆黒の闇に包まれて、信じられないほどに美しく輝く。
そこは、神聖なる処刑場だ。
同じ種に生まれた赦されざる同胞に、せめて死後の安寧と来世の幸福を願う場所であった。
処刑台の刃とは、いつも平和の祈りと共に落とされる。
なんだ、ここは?どうしてここに?一体どういった理由で?プッチは周囲を見渡した。
先程までローマの昼日中の市中にいたはずなのに、唐突に夕方になって大理石作りの神殿にいる。
エンリコ・プッチには理解が出来ない。それも当然だ。
そこは、大いなる何者かが住まう場所なのだから。
「……。」
サーレーは静かに昏い瞳でプッチを見つめている。
プッチはその視線に怖気付いて、一時的な逃走を試みた。しかしなぜだか動けない。
メイド・イン・ヘブンの強力なスタンドエネルギーを以てしても、逃れられない。指一本動かない。
プッチは見えざる理解できない力によって、雁字搦めに拘束されている。
「遺言はあるか?」
「何をッッッ!!!」
「そんなつまらない言葉が最期の言葉で構わないのか?」
それはクラフト・ワーク・
クラフト・ワークはどこからともなく流れ込んできたエネルギーで、強烈に高みに押し上げられた。
クラフト・ワークの固定する能力は、赦されざる罪人を捕らえて逃さない処刑台の能力へと変質した。
クラフト・ワークの右腕が一振りの無骨な剣へと変化する。それは赦されざるものの首を刎ねる断罪の刃だった。
プッチは一切の虚飾のないその剣を見て、本能で根源的な死の恐怖を感じた。
「キ……キサマッッッ!!!これはなんだッッッ!!放せッッッ!!!私は
「神は、人の心に住む。天国は、日々の細やかな幸せの中にある。お前は神の御使などではなく、ただの赦されざる大罪人だ。」
プッチは焦って足掻いた。しかし微動だにしない。プッチは得体の知れない力に磔られている。
メイド・イン・ヘブンがどれだけ速かろうとも、今のクラフト・ワークの固定する能力の前では無意味であった。
プッチは必死に叫んだ。
「綺麗事をッッッ!!!この世のどこに、天国があるというのだッッッ!!!」
「人々を正しく導くはずの神父が綺麗事を放棄するなんざ、世も末だな。お前神父に向いてないよ。理想はたとえ現実に敵わなくとも、忘れてはいけない大切なものだ。」
「キサマッッッ!!!」
サーレーは静かに笑った。
「遺言はもういいか。さて、こっちも時間がおしてるんでな。死にかけている仲間がいるし、まだ戦っている仲間もいるから助けにも行かないといけない。略式で悪いな。罪状と刑名だけ告げておこう。罪状は大量殺人、刑は斬首刑だ。」
「や……やめろぉぉぉッッッ!!!」
「せめてお前が来世で幸福になることを願ってるよ。俺は来世を信じていないけど。」
その言葉は、己が目的のために無慈悲な行動をとったプッチに対するサーレーの怒りだった。
処刑人は、どれだけ強大な神の如き力を持とうとも心ある人間でなければいけない。
「はなっッッッ放せぇぇぇぇぇぇッッッ!!!」
「
「や、やめろッッッ!!!天国にさえ到達すれば、誰もが救われるのだッッッ!!!そのあとならば、いくらでも……いくらでも命をくれてやるッッッ!!!だ…だから頼むッッッ!!!」
「……残念だよ。ことここに至ってまだそんな馬鹿げた世迷言を。」
プッチはなんとかその場から逃れようと必死に汗を流して抗うも、やはり体が動かない。
処刑人は目を閉じて、厳かに十字を切った。間を置かずに速やかに刑を執行した。
クラフト・ワークの右腕が滑らかに動かされ、床に重量のあるものが落ちて鮮血が舞った。
プッチの意識は漆黒の闇へと包まれ、やがて黄昏光はくすんでいった。
生あるものに、終焉は必ず訪れる。
エンリコ・プッチの脳裏に今際の際に過ったのは、
◼️◼️◼️
名称
サーレー
スタンド
クラフト・ワーク・オルクス
概要
クラフト・ワークの
名称
エンリコ・プッチ
概要
刑を執行された。アリーヴェデルチ。