噛ませ犬のクラフトワーク 作:刺身798円
「風向きが、変わったわね。フランシス君が倒したドミノは、予想よりもずっと大きな波紋を呼んだ。」
道化が、呟いた。
彼女はこの世界の理を司る存在。ゆえに理から逸脱した存在を敏感に感じ取る。
メロディオはフランシス・ローウェンの友人であり、フランシスが戦闘でどう戦うかを熟知している。
フランシスは根本的にお人好しで器用な男だ。それでいて有能で強かでもある。見えないところでフランスに被害が及ばず、かつパッショーネの有利に働くように戦うだろう。
彼ら暗殺チームの真価は、戦闘の強さではなく戦闘の巧さにある。戦闘の巧さとは、いかに敵を倒すかではなく、いかに目的を達成するかである。もともと彼ら暗殺チームは、使い捨ての人材なのだから。
もしもホル・ホースが生きて戦場から敗走すれば、アナスイは戦場を自由に動けてかつその全ての責任はホル・ホース本人に向かうことになる。フランスに一切の危害が及ばず、パッショーネ側の勝率が上がる。ホル・ホースがもしも死亡してしまえば、ディアボロの疑惑の目は共闘したフランシスへも向かうことになる。
それは、社会から姿を眩まして他者と関わることを嫌ったディアボロに、理解できない強さだ。ディアボロは他人を知ろうとしないゆえに、目先の強さしか知らない。社会の幅のあるしなやかな強さを理解出来ない。彼らは社会を愛し、高い社会性を持つ殺し屋だ。彼ら暗殺チームは他者を十分に理解し、見えていなくとも阿吽の呼吸で戦うことが出来る。
もしもコロッセオで彼女が敵にグイード・ミスタをあてがわれていたら、コロッセオでフランシスとホル・ホースを巻き込んだ乱戦になっていた。ミスタはシーラ・Eほど甘くなく、メロディオも本気で殺しにいかざるを得ない。フランシスの雲で相手の視界を塞いでうまく連携をとって乱戦に持ち込めば、勝ち筋は存在する。もちろんミスタを殺害したいわけではないが、それでもスペインの安寧には変えられない。シーラ・Eだから単体で容易に抑え込むことが可能だった。
戦場とは細かな要素で成り立ち、密やかにフランシスがホル・ホースを戦場から追い払った結果、ローマの市街地で逸脱した力が行使された。これならば、こちら側も駒を動かす価値がある。
「……何を言っているの?」
カフェの床に突っ伏して虫の息のシーラ・Eが聞き返した。
「理不尽な力の波動を感じたわ。それはディオ・ブランドーや空条承太郎と同質の、逸脱した力。私の同胞の存在。……あなたはパッショーネを救いたい?」
「当たり前でしょうッッッ!!!」
「ならばこの道を右にひたすら進みなさい。あのジョルノ・ジョバァーナというボスに積み上げた財産があるのなら、ひょっとしたら生き残る可能性が道端に落ちているかも知れない。」
メロディオはカフェの前の道を指差した。
「財産?」
「人脈、徳、或いは他者との間で築き上げた社会という言い方をしてもいいかも知れない。あなたのボスが不条理な力を制御できているのなら、まだ幸運が残っているのかも知れないわ。」
メロディオはシーラ・Eに向けて微笑んだ。
「……。」
「あなたがイタリアとパッショーネが何よりも大切ならば、敵である私の言うことにでも縋った方がいいわよ。ここがあなたの分岐点。あなたは、このままでは何も為せずに私の言いなりの傀儡のまま。あなたが本当にイタリアが大切ならば、詰まらないものは捨てなさい。形振り構うべきでは無いわ。」
シーラ・Eはメロディオを一瞥すると、立ち上がって駆けだした。
「さて、と……。」
メロディオはカフェの席を立ち上がって、店の奥からメモ帳とペンを持ち出した。
メロディオの左のポケットからは小型の映像機器が取り出された。それは、彼女の配下のスタンド使いのスタンドだった。
地図が苦手な彼女に、配下から渡されたものだ。
映像機器には、ディアボロと三人の戦いが映し出されている。キング・クリムゾンは非常に瞬発力に優れ、見れば見るほどメロディオにとって苦手なタイプのスタンドだった。あれほど瞬発力に優れているのなら、恐らくは軍用散弾銃やスタングレネードや超長距離狙撃銃などの近代兵器を使用しても対処されてしまうだろう。警戒心の高さから毒殺も難しい。何よりも二人一組というのが、厄介だ。二人で行動されれば、その分隙が少なくなってしまう。個の強さには限界があり、個の限界を取り払える群の強さは厄介だ。それは、人間の限界を取り払うために吸血鬼になったあのディオ・ブランドーですら、配下を集めていることからも明白だ。能力に関しても、攻撃を無効化している節が見受けられる。そもそも強力なスタンドパワーを持つジャックやフランシスでどうにもならないのなら、火力で倒せる相手ではなさそうだ。
暗殺するには、しぶとく隙を待って天秤の世界に巻き込むしかなさそうだった。
それでも、確実に暗殺するには情報を得て戦術を組むために少なく見積もっても後二桁の人柱が必要となる。人柱は彼女が丹念に可愛がって育て上げた人材だ。食べ物の好みだって知っている。彼女たち暗殺チームとはそのために存在している消耗品なのだが、それでもいつも鬱になる。彼女だって当然、部下に死ねという指示は極力出したくない。時間を引き延ばすほどに、一般人が犠牲になる確率も高くなる。下手に仕掛けて警戒されたら、また行方を眩まされる恐れがある。色々と、難しい。
ここでパッショーネが勝ってくれるのが一番いい。彼女一人の首で済むのなら、そっちの方がずっと気が楽だ。
「パッショーネとイタリアに、神の御加護を。」
メロディオは、呟いた。
◼️◼️◼️
シーラ・Eがメロディオに指し示された通りに進んだ先では、血塗れのサーレーが道端で昏倒していた。
「サーレー!!!何やってんの!起きなさい!!!」
シーラ・Eはしゃがんで、道端で仰向けに倒れているサーレーの肩に手を置いて揺さぶった。
「……う。」
「戦いはどうなったの!!!」
揺すられたサーレーは微かに呻き声を上げ、やがてゆっくりと目を開けた。
プッチのメイド・イン・ヘブンとの戦闘で逸脱した力を使用したサーレーは、どこからともなく流れ込んできた力によってそれを使用可能となり、流れ込んできた力をそのまま世界に流用した。その結果サーレーの精神力は急激に磨耗し、激しい虚脱感に襲われて昏倒した。そうでなくともただでさえプッチとの戦闘でサーレーは著しく疲弊していたのである。
「……シーラ・E……ボスは?」
サーレーは頭を振って現状の把握に努めた。倦怠感がひどい。
やがてありありと現状が彼の脳裏に蘇った。
地面に両手を突き、フラつきながらもサーレーは立ち上がった。
「私は敵の女からこっちに行けって言われて来たのよ!私もてっきりこっちでボスが戦っているものだとばかり……。」
「敵の女……。」
サーレーは敵勢力を思い出し、戦場にあのメロディオと名乗る女がいたことを思い出した。
「戻るわよッッッ!!!もう一度あの女を問い詰めて、ジョルノ様たちの加勢に行くわよッッッ!!!」
「待て……シーラ・E、待て……。」
「何よ!急がないとジョルノ様たちのお命が危険だわッッッ!!!」
「……そっちは俺が加勢に行く。お前には別のことを頼みたい。」
「何を馬鹿なことを言ってるのッッッ!!!ふざけないでッッッ!!!」
シーラ・Eは激昂した。
サーレーは全身がボロボロで、高層からの落下により身体中から血を流している。彼一人がジョルノの加勢に行ったところでたかが知れている。
にも関わらずサーレーの口ぶりでは、ジョルノの加勢には自分一人で行き、シーラ・Eにはおそらく戦場の趨勢には直結しないことを頼もうとしている。
「頼む……お願いだ……あの建物の上階で俺の大切な仲間が死にかけてるんだ……一時的にでも延命さえ出来れば、後でボスのスタンドのお力で助けられるかもしれないんだ……。」
サーレーは直前まで戦っていた建物の最上階を指差した。
「そっちはアンタが行きなさい!!!少なくともボロボロのアンタよりは、私の方がジョルノ様のお役に立てるはずだわ!!!」
「頼む……お願いだ。」
サーレーはシーラ・Eの右腕に縋り、真正面からシーラ・Eを直視した。
シーラ・Eはサーレーの眼光の強さに怯み、狼狽した。
やがてシーラ・Eは口を開いた。
「……勝てるの?」
「パッショーネの助けになりたい。俺に行かせてくれ!」
「そうじゃないッッッ!!!あんた一人で行って、勝てるのかって聞いてるのッッッ!!!」
サーレーは僅かな時間視線を逸らし、再びシーラ・Eを見据えた。
「……勝つ!絶対にだ。」
「……あああああもう……わかったわ。そっちに私が回るから、そのかわり絶対に勝ちなさい!!!ジョルノ様を死なせでもしたら、私がアンタを殺してやるわ!!!」
「……恩にきる。」
シーラ・Eは建物の上階に向けて走り出した。
走り出したシーラ・Eの背中にサーレーから声がかけられた。
「……おい、シーラ・E。女はどっちにいた?」
「ああもう!あっちよ!!!あっちのカフェ!!!」
シーラ・Eは慌てて振り返ってメロディオがいた方角を指差した。
振り返った際にシーラ・Eは、なにかを蹴飛ばした。それは、ローマの路地でカラカラと乾いた音を立てた。
◼️◼️◼️
頭が痛い。足元も覚束ず、フラつく。吐き気もするし、眩暈も感じる。
どうやら無理をし過ぎたようだ。
サーレーはローマの道端の壁に寄りかかり、それでもシーラ・Eとの約束を果たすべく、ジョルノの助けになるべくよろめきながら道を歩き進んだ。
連戦に次ぐ連戦。サーレーの体には多大な疲労が蓄積しており、たった三日間の休養ではろくな回復にならなかった。
挙句にメイド・イン・ヘブンという本来ならば圧倒的に格上である敵からの防戦。高層からの落下による多量の流血。そして極め付きには不条理な力の初めての行使。
これだけ悪条件が揃えば、どんな猛者であっても戦場で役に立つことは難しい。
しかし、サーレーには切り札がある。先程の戦いで幸運にも切らずに済んだ、たった一度きりの死神の切り札。それはスタンドパワーも必要としない。
切ってしまえばそれっきり。だが彼の心はイタリアの街並みに捧げられている。
サーレーは、手をついたローマの何でもない薄汚れた道端の壁に愛着を覚えた。
サーレーはよろめきながら歩き、やがてカフェへとたどり着いた。そこにはメロディオと名乗った女性はもう居ない。
「……これは?」
しかし、カフェのテーブルの上に紙切れが一枚置いてあった。
『今度フットボール観戦チケットを奢りなさい。』
そこにはその一文と、たった一つの矢印が書かれていた。
それはサーレーにとって、値千金の情報だった。
……間違いない。あの女、わかってる。これは間違いなくサーレーがなによりも欲している情報だ。
「……ディ・モールト・ベネッッッ!!!」
最高だ。
ボスに頼み込んで向こう三年間のフットボール観戦フリーパスを送り付けてやろう。この情報には、至高の価値がある。
ただし、プレゼントするのはミラノフットボールクラブチームの観戦チケットだ。
サーレーは笑った。
◼️◼️◼️
「こんなもの、私にどうしろっていうの!!!」
シーラ・Eの精神を絶望が覆った。
サーレーに頼まれて助けに行った対象者は、上半身と下半身が分かたれてそれをクラフト・ワークの能力で無理に繋げただけであった。
床には多量の血が撒き散らされ、その分量を見ただけで彼がもう長くは保たないことがわかる。
切断面は無惨なものであり、アナスイはクラフト・ワークが無理に命をこの世に固定したために辛うじてまだ息があるというだけであった。
「こんなものッッッ……!!!」
無理にでも延命すればジョルノの能力で助かるのかもしれない。でもその無理な延命さえも施しようが無い。
輸血しようにも相手の血液型さえもわからない。体温も低下してきている。
「、、、俺、、、は、、、役に、、、。」
死にかけたアナスイがうわ言を呟いた。
「……。」
「お前、、、を、、、助け、、、。」
シーラ・Eはそのうわ言を聞いて、涙が溢れて止まらなかった。
アナスイは死の際にありながらなおもサーレーの助けになることを願っている。それは、シーラ・Eが彼女の姉に向ける感情と一緒であった。
シーラ・Eは自分が死んでも泥に塗れて人でなしになったとしても、それでも彼女の姉を助けたかった。
今ここで死にかけている男は、私だ。姉が死んで悲しみに明け暮れ、憎しみの末に殺人を決意した私だ。
私が姉に向けた感情と似たものを、この男はあのしょうもないチンピラに向けているのだ。
「……。」
「俺、、、は、、、お前に、、、感謝、、、。」
どうしてだろう?なぜ自分の能力は他人の陰口を聞くことしかできないのか?
もっと自分が有能ならば、スタンドの能力の幅が広ければ、もしかしたらこの男を助けられたかもしれないのに。
シーラ・Eはアナスイに過去の己の願いを重ね、彼が助かることを願った。シーラ・Eはアナスイに共感した。
鮮やかな光景が彼女の脳裏に蘇る。
姉と通った学校の思い出。姉が作ってくれた朝食の味。愛犬のトトォが死んだ時、落ち込む彼女を姉は励ましてくれた。その全てはやはり、彼女にとって色褪せない宝物だった。
私は、この男を助けたいッッッ!!!
祈りは意味を為さない。彼女の前の問題は、彼女がなんとかする他はない。
……果たしてそれは真実だろうか?
祈りとは強い欲求、それは一見現実に何ら影響を及ぼさないように見えても、全ての奇蹟の原動力である。
もしも世界に奇跡が起こるのならば、その時は必ず誰かが強く祈っている。
彼女の最後の成長の鍵は、死んだ姉以外に、外に友愛を向けること。
それは、彼女の最後の飛躍のための試練だった。
無意識に強く握る彼女の手からは血が滴り落ちている。
彼女の手には……階下の道端で拾った矢が握られていた。
レクイエムは、静かに奏でられる。
鎮魂歌は死者であるカンノーロ・ムーロロへの手向けであり、それはまだ生きているアナスイのためのものではない。
シーラ・Eのブードゥー・チャイルドは、矢の力を借りて彼女の強い祈りに呼応した。
◼️◼️◼️
戦いは、終局を迎えようとしていた。
ローマのどことも知れない薄暗い路地裏で、戦いは終結する。
膂力に優れたキング・クリムゾンは、終始ジョルノたちを圧倒している。
三人が今までもっていたのは、ズッケェロの不確定要素である能力をディアボロが警戒していたためである。
地力に圧倒的に勝る二つのキング・クリムゾンは獲物を慎重に、確実に追い詰めていった。
三人の連携は鮮やかであっても綱渡りであり、誰かのスタミナが切れればミスと共に敗死が待っているだけのものでしかなかった。
「フン、よくぞ保たせるものだ。多少手こずらせてくれたが、ここまでのようだな。」
ディアボロが笑う。
「ボスに逆らわずに奴隷のごとく従えば、お前たちにもまだ少しは生を望めただろうにな。」
ヴィネガー・ドッピオも笑った。
キング・クリムゾンがジョルノを襲撃し、ミスタが側面から死の弾丸を発砲した。ディアボロは時間を跳ばしてそれを避け、ジョルノの背後からズッケェロのシャボンが宙を漂った。ディアボロはそれを嫌いミスタの方へと転回する。ズッケェロはジョルノの背後からミスタのそばに寄り、ディアボロは足元のコンクリートを砕いてミスタへと投げつけた。それはセックス・ピストルズの黄金回転の銃弾に砕かれ、ズッケェロとミスタが砕かれたコンクリート片に意識を取られた隙にディアボロは再びジョルノへと向き直る。背後から銃弾がディアボロの頭部を撃ち抜き、それは入れ替わったドッピオのキング・クリムゾンにより攻撃を受けた時間を消し跳ばされた。
「終わりだ。」
ドッピオのキング・クリムゾンが拳を振りかぶり、ジョルノはそれに対応するべく拳を固めた。
しかし、キング・クリムゾンのパワーは尋常ではない。
「貴様はまだ殺しはしない。貴様にはまだ組織の引き継ぎという重要な役割が残っている。半殺しにして全てが終わった後に、断頭台の露となって消えてもらおうかッッッ!!!」
「グゥッッッ!!!」
ゴールド・エクスペリエンスはキング・クリムゾンの最初の二発の拳をなんとか弾いたが、次の一撃でジョルノはコンクリートの壁に強かに背中を叩きつけられ、壁は陥没した。ジョルノは痛みで呼吸もままならずにうずくまる。
「さて、こいつさえ存命ならば、お前らは用無しだ。」
キング・クリムゾンは再び入れ替わり、ディアボロがミスタとズッケェロに振り返った。
ディアボロの視線がズッケェロに向いた。ズッケェロも疲弊しており、自身を守るために周囲に浮かべたシャボンの数は先程までと比べて随分と少なくまばらになっていた。
「馬鹿な男だ。貴様は俺が使ってやろうと慈悲をくれてやったというのに。俺にさえ従っておけば生き延びれたものを。」
「奴隷として他人の屍の上に生きるくらいなら、戦った方が遥かにマシだろうがよッッッ!!!」
「……愚かの極みだな。」
ディアボロが地を蹴って、ミスタを突き飛ばしてズッケェロに拳を振りかぶった。ミスタも疲労と痛みで足が動かない。
まずはコイツだ。散々手こずらせてくれたコイツを、確実に抹殺する!殴った瞬間刺されてはたまらない。時間を跳ばして背後に回って、確実に首を落として仕留めるッッッ!
ズッケェロは死を覚悟した。キング・クリムゾンの近接戦闘のスペックは圧倒的だ。残念ながらソフト・マシーンでは大した抵抗が出来ない。
死にたくない。……しかし彼らは、こんな時のために生かされた。
社会は矛盾し、真っ当に生きて日々の細やかな幸せを楽しむイタリアの市民を裏から助けるために、ズッケェロは偉大なるジョジョの慈悲を賜ったのである。
ズッケェロはキング・クリムゾンの拳から目を離さない。ディアボロは時間を跳ばしてズッケェロの背後に回った。ズッケェロはディアボロを見失う。ズッケェロはキング・クリムゾンを見失った瞬間、相手の攻撃を避けるために必死で路地裏に転がった。キング・クリムゾンの手刀が背後からズッケェロを襲った。
しかしそれは一瞬不自然に硬直したキング・クリムゾンとともに明後日の場所に振り下ろされ、ローマの裏路地の地面を砕いた。
「キ……サ……マ……ッッ!!!」
ディアボロは怒り狂って振り返った。
……信じられないッッッ!!!!!
あの役立たずのクソ神父は、矢の力を借りてなおもこのチンピラ風情に負けたというのかッッッ!!!最も警戒する敵だったから、わざわざ矢を貸し渡してやったというのにッッッ!!!この帝王の踏み台にさえなれないとは、使えないにも程があるッッッ!!!
どこまでも暗殺チームは、このディアボロの足を引っ張ってくれるッッッ!!!
リゾット・ネエロ然り!カンノーロ・ムーロロ然り!そして目前のマリオ・ズッケェロと……。
「ラニャテーラ、俺の必殺です。ジョジョ、あんたのパッショーネが俺に与えてくれた力だ。」
コツコツと、足音がした。
ローマの裏路地の脇道には階段があり、そこからサーレーが壁に手をついて降りて歩いてきた。
「サーレー……。」
「目先の金銭目的の馬鹿みたいなスタンドの使い道しか知らなかった俺に、あんたは社会の一員として生きる意味を教えてくれた。つまらない戦いしか出来ない俺を、意味のある一端の戦士に育ててくれた。何も築けない万年金欠のチンピラの俺に、密やかに便宜を図ってくれた。」
本当に役に立つ暗殺チームは、手塩にかけなければ育たない。
金で動く人間は容易く金で裏切り、節操のない殺し屋は社会に嫌われて惨めな死を迎えるのが道理である。
そもそも殺しをやる人間は当然殺されるリスクも高く、弱者であればすぐにオシャカになってしまう。
前任の暗殺チームが強かったのは、恐らくはリーダーのリゾット・ネエロという人間の器だろう。
強くはあったが、少なくとも雑に扱ったディアボロにとって役に立つ暗殺チームではなかった。
もしも危険な力を粗末に扱えば、それは災禍となって己に返ってくる。
「……。」
「恩には恩を。ジョジョ、あなたに敬愛を。そして……罪には罰を。確かディアボロだったか?……お前は自分が理解していないほどに、追い詰められている。お前の勝利は永遠に幻想だ。」
サーレーの視線がディアボロを鋭く射抜いた。
クラフト・ワーク・オルクスは発動しない。
オルクスはサーレーが対象を赦されざる者だと確信しなければ発動せず、スタンドパワーもまったく足りていない。
「このクソったれのチンピラがあああァァァッッッッ!!!」
怒り狂ったキング・クリムゾンの拳がサーレーの腹部を貫き、周囲にサーレーの血と臓物が飛び散った。
ディアボロはサーレーのあまりの手応えのなさに困惑した。以前ドッピオが戦ったときは、この男は極めて厄介な近接特化のスタンド使いだったはずだ……。
……次の瞬間、困惑するディアボロを信じられないほどの悪寒が襲った。
◼️◼️◼️
「お前は逃げられない……もうどこへへも……俺は終わりの鐘を鳴らす者……ここは死体安置所……お前はここにいる……今ここにいるお前に、お前は固定される……。」
四は死神の数字。
ディアボロのキング・クリムゾンの拳がサーレーの腹部を貫いたその瞬間、死神の最期の札が発動する。
ディアボロの拳がサーレーの腹部を破った瞬間、サーレーは彼のこれまでの人生の全てを理解する。
死の瞬間にサーレーの頭を走馬灯のように様々な思い出が過ぎり、それはジョジョのパッショーネの思い出だけではなかった。
子供の頃、学生時代、下っ端のパッショーネの一員として組織に所属した後。相棒との出会い。金の奪い合い。そしてジョジョのパッショーネ。
サーレーは理解する。理解することこそが、スタンドの極意であり奥義である。
サーレーは素行の悪いしょうもないチンピラだった。嫌なことはたくさんあったし、イタリア社会に対する不満もたくさんあった。喧嘩もしたし、パッショーネでも鼻つまみ者扱いされることもあった。
……だがそれでも、楽しいことや嬉しいこともたくさんあった。フットボールは大好きだし、パスタも大好物だ。学が無くとも、金が無くとも、そこに幸せは存在した。ズッケェロとは随分長く一緒だったし、パッショーネ以外の一般人にもしょうもないチンピラに良くしてくれる人々がたくさんいた。シーラ・Eは口では何だかんだ言いながら便宜を図ってくれたし、カンノーロ・ムーロロは気の合う先輩だった。
サーレーはイタリアに愛されていたのだ。社会は、素行の悪いチンピラにも寛容だった。イタリアに愛されたサーレーは、イタリアを深く愛した。
何のことはない。麻薬チームとの戦いでそれが過ぎらなかったのは、サーレーがまだ死ぬ時ではなかったからだった。
サーレーのイタリア社会への愛情は社会の平和への執着へと変わり、そしてそれは社会を害なそうとする者への怨念へと変貌する。
ノトーリアス、リンプ・ビズキット、クリーム、そしてジャック・ショーンのスタンド。
数々の怨念で動くスタンドと戦ったことにより、サーレーは怨念で動くスタンドの存在を理解していた。
彼らは皆何かを愛していたのだ。怨念で動くスタンドは、その根底に愛情と紙一重の妄執が存在する。
それは自分だったり、生きることだったり、
力に善も悪もない。正も邪もない。力とは、その全てが使い方次第である。
使い方に意味があったか?価値があったか?それが全てである。
サーレーが力の意味を知った時、スタンドの成長よりもむしろ本体の人間的成長の方が、よりクラフト・ワークの戦いの幅を広げた。
そして、サーレーは天性の死神だった。エンリコ・プッチもディアボロも死神の大切なものを侮辱し蹂躙しようとしたために、死神に嫌われてその殺意の標的となってしまった。
ディアボロは己が保身に執着する男であり、だからこそ全てを捨てて向かってくる敵がいることを理解出来ない。
クラフト・ワークの四枚目の札。
アメリカのグリーン・ドルフィン・ストリート重警備刑務所で、他人を死に引きずり込むサンダー・マックイイーンのハイウェイ・トゥ・ヘルのスタンドのディスクから着想を得てから、いつか使えるかもしれないとずっと伏せ続けた隠し札。能力が能力だけに練習できるわけもなく、出来るか出来ないか本番限りの一発勝負。
絡め取る蜘蛛の胎から終わり無く怨念が糸を引き、それは胎を破ったディアボロとヴィネガー・ドッピオの二人へと濃厚に纏わり付いた。
怨念で動くクラフト・ワークの最期の能力、
ディアボロもヴィネガー・ドッピオも、レクイエムで死に続けたあの苦しさを思い出して身を硬直させた。
何が何でも逃さない!!!絶対に、引き摺り込む!!!
イタリアとパッショーネを害することは、絶対に許さないッッッ!!!たとえ卑怯と罵られても、汚いと蔑まれても、死んででも!!!ここで敗ければ、目の前の男にイタリアが蹂躙されてしまう!汚いものを全て請け負って、引き摺り込んで終わらせるッッッ!!!
何もかもを捨てて向かってくる人間とは、文字通り死ぬほど恐ろしい。
ディアボロもドッピオも、怨念に固定されて逃げられない。過去へも、未来へも。彼らは強制的に死の化粧を施され、死装束を着せられる。
彼らは今ここに居る彼らに固定され、止めどない死の予兆にディアボロたちは体を硬直させた。
「おおおおおおおお
【イエエェェェェーーーーッッッ!!!】
ディアボロが硬直した瞬間をミスタは見逃さず、すかさず拳銃の弾倉に弾を込めて弾丸を連射した。
それはディアボロの両腕、両足、両肩に着弾し、漆黒の殺意の螺旋がディアボロの手足の神経をズタズタに引き裂いた。
ディアボロはよろめき、崩れ落ちる。
「おおおおおおアアアアアアアアアアアッッッッッ!!!無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァァァッッッ!!!!!!!!!」
「キ……キサマラァァァァァァァッッッッッッッッッッッ!!!!!!」
ディアボロが体勢を崩した瞬間に、ジョルノは必死に体を起こしてディアボロに詰め寄った。
ゴールド・エクスペリエンスの両拳でディアボロに向けて全力のラッシュを放った。それはディアボロの体に無数に突き刺さり、ディアボロは吹っ飛ばされていく。
燃えるゴミは月・水・金。
吹っ飛ばされたディアボロは、ゴミ収集車へと乗せられて運ばれていった。
◼️◼️◼️
名称
シーラ・E
スタンド
ブードゥー・チャイルド(レクイエム)
概要
ディアボロがプッチに渡した矢が、サーレーがプッチを処刑したために巡ってシーラ・Eの手元へとたどり着いた。
陰口だけでなく、シーラ・Eが望んだ情報を得る事や、死に瀕した人間を内部から励まして現世に繋ぎ止めることも可能。
名称
ゴミ収集車
概要
ご存知、ジョジョ5部の名物。これ抜きに5部は語れない。なぜ、市民の避難誘導が済んだはずのネアポリスにゴミ収集車が存在したのか?それは次の話にて。
スペインナンバー。
名称
ディアボロ、ヴィネガー・ドッピオ
概要
四対一でかつ全員捨て身で、ようやく致命打が通った。強い。
次回で本編完結です。