噛ませ犬のクラフトワーク 作:刺身798円
「ふざけんなッッ!!今のはシミュレーションだッッ!!!」
「いいや、今のは足が掛かってたね。PKが妥当な判断だ。」
フットボールの判定は、判定基準が曖昧だったり誤審が起こることが結構多い。
走行距離が多く、試合展開が早いために審判にも非常に高い身体能力が要求されるのである。だから近年VAR判定が導入された。
疲労もするし、試合によっても人によっても国によっても判定の基準が微妙に違う。
未成熟と言うなかれ。
それを楽しむのも、フットボールの醍醐味だ。
「アイツにシミュレーションでイエローカードが出されるはずだッッ!」
「いや、ほら見な。PKだ。審判はわかってる。」
「ちくしょう!審判、金もらってるんじゃないのか?」
「見苦しいぜ。選手も自分でわかってるから審判に抗議しないだろ?」
今日は、病院に長期間入院していたマリオ・ズッケェロの退院日だ。ズッケェロは、半年以上入院していた。
ズッケェロは荷物をトランクに詰めて、病院からミラノの街に帰ってきた。
「ふざけんなッッ!!今のは演技だッッ!!!!審判はどこ見てやがる!」
「見苦しいぜ。ほら、これで2点差だ。今日の試合はもらったな。」
今日は、今年の下半期のミラノダービー。
ズッケェロの快気祝いに、いつものスポーツバーでミラノ風ドリアを食べながら試合観戦をしていた。ズッケェロの好物だ。ちなみに試合結果にお金も賭けている。サーレーの応援するチームとズッケェロの応援するチームは同じミラノの街でも別のチームで、今現在はズッケェロの応援するチームが2ー0で勝っている。試合時間はあと15分とロスタイム。ここから逆転するのは少し厳しいかもしれない。
「あの、お客様……。」
ーーだよなあ。
店員がズッケェロにおずおずと声をかけてきた。サーレーはフットボール熱で茹だった頭を冷やし、冷静にまあそうだろうなと納得する。サーレーもずっと気になっていた。
別にズッケェロがうるさいとか、マナーが悪いとか、そんなんじゃあない。
「あン?何の用だ?」
「あの……。」
店員がどう切り出そうか迷っている。まあそうだろう。
サーレーだってどう反応したものか困っている。いつまでもスルーするわけにもいかない。
ズッケェロの荷物のトランクが頻繁に動いているのだ。
ガサゴソだとか、小さくてよく聞こえないが生き物の鳴き声らしきものだとかがしている。
「ああ、どうしたんだ?」
「あの……その……そちらのトランク……先程から動いているような……。」
「ああ……すっかり忘れてたぜ。」
ズッケェロはそういうと、トランクの留め金を外した。
中から焦げ茶色の毛玉が出て来た。
『ニャー!』
「お客様!!困ります!!」
「あん?なんでだ?」
ーー当たり前だろうが!!飲食店に生き物を持ち込むな!!
マジかよというサーレーの心の声とともに、猫がズッケェロのトランクの中から勢いよく飛び出した。
雑種だろうか?茶色くて毛の長い猫だ。猫は店内を勢いよく逃げ惑っている。
「つ、捕まえろーー!!!」
「あん?俺のトリッシュちゃんに文句あんのか?」
大有りだ!というよりも突っ込みどころが多すぎる。
店内は軽くパニックに陥っている。
なんでトランクに猫を入れてるんだ!、とか。
猫を飲食店に持ち込むな!、とか。
なんだ猫のその名前は!、とか。
その猫オスだろうが!、とか。
そういう突っ込みをひとまずはサーレーは飲み込んだ。
「〝猫〟を、固定しろ。クラフトワーク。」
『フニャッッ!』
サーレーはボソッと呟く。サーレーの背後から幽鬼のようにスタンドが現れ、猫を突っついた。
猫は四足を固定されて、店のテーブルにへばりついている。
「ああ!?テメエ、俺のトリッシュちゃんを固定しやがったな!?動物虐待だ!!動物愛護団体にチクって、暗殺してもらうぞ!?」
……動物愛護団体は暗殺稼業なんて多分請け負っていない。
パッショーネですらそんな危険な業務、最近廃業したはずだ。金目的で行う殺しは短期的な実入りは良くても、長期的に見れば金の卵を産むガチョウを殺す行為だ。他人に恨まれる人間ほど付け入りやすく、組織としては金にしやすい。
それに、そんなことしてては必ず誰かにいつかは恨まれる。非常に危険だ。
一体なんなんだろう?ズッケェロは馬鹿だが、別に動物が好きとかはなかったはずだが?
ズッケェロは固定された猫をそっと抱えてトランクにしまう。
しまうな!そっちの方がよほど動物虐待だ!
店の店員はどう対応するべきか困っている。サーレーもズッケェロもカタギではない。あまり関わりたくはないのだろう。
これから店は保健所に連絡して色々面倒を行わないといけないのだろう。サーレーは米粒のようなわずかな良心が痛んだ。
「あ、サーレー。テメエその目つき……仕方ねえ。話してやるよ。」
何を言ってるんだろうコイツは?サーレーは白い目でズッケェロを見ているだけである。
「辛かったぜェー。病院での生活は。メシもまずかったし。あの麻薬ヤロー、キッツイの打ち込みやがって退院するまで苦しくて苦しくて仕方なかったぜ。はじめのうちは暴れるし自傷するからって拘束衣だなんだで身動きも取れねえしよォー。そんでよォ、俺が苦しい時にいつでもそばにトリッシュちゃんがいてくれたんだよォ。」
何言ってんだコイツ?まだ脳内が麻薬漬けのままなのだろうか?
あまり詳しくないのでわからないが、病院は衛生管理が大切なんじゃあないのか?
それとも最近の病院では麻薬中毒の患者に、アニマルセラピーとかを行っているのだろうか?
「いやマジで今回の任務死ぬところだったろ?助かったけど病院の見舞いにほとんど誰も来てくれなくて、麻薬は苦しいは誰も見舞いに来なくて寂しいわ時間を持て余して退屈だわで、そんな時病院の窓からコイツを見かけたんだよ。そんでコイツ痩せて寂しそうだったし、俺はずっと見舞い客もいないのは寂しかったから、捕まえて来て病室で俺の飯を食わせてやったんだよ。そんでこのまま俺は誰にも気に止められずにいつか死ぬのかなぁって思ったらさ……。せめてコイツだけでも食わしてやりてえなって。」
サーレーは今度こそ卒倒しそうになった。
孤独な老人のようなことを言っているが、ズッケェロの話に共感できる点がないわけではない。サーレーも社会不適合者だ。
しかしそれとこれは別問題だ。どうやら病人の沢山いるところに不衛生な野良猫を勝手に連れ込んだらしい。いくらチンピラといっても、やる事に限度がある。
非常識が止まるところを知らない。糞尿は撒き散らすし、ノミも病原菌もいるだろう。体毛も散らしているはずだ。鳴き声だって嫌がる人間はいる。これは相当病院に迷惑かけているはずだ。パッショーネ関連の病院でなければいいのだが……。さもないと二人は、パッショーネで余計肩身の狭い思いをする事になる。今度からズッケェロが入院したらもう少しお見舞いの頻度を増やそう。
サーレーは怠惰でダメ人間だが、身の回りに彼以上のダメ人間がいると不思議としっかりするものである。
まあ実際は、目くそと鼻くその差程度であるが。
「んでよー、俺がいない間はどんな感じだってんだ?」
「……ああ、それは河岸を変えて話そう。とりあえずお前は猫を家に置いてこい。」
サーレーたちの話は後ろ暗い裏社会の話だ。時間もかかるし人目のあるところではあまり話すべきではない。
第一に、猫を置いてこい。
「ああ、それがよー、俺が住んでるアパート、動物禁止なんだ。」
……コイツはどれだけイラつかせれば気がすむのだろうか?
サーレーもズッケェロも身元が不確かな人間だ。住んでる場所はパッショーネの息がかかっている。
ズッケェロも流石にパッショーネに喧嘩を売る気はないのだろう。
……その気遣いをもっと早めに示してほしいものである。
「……お前それ、どうする気だ?」
「なあー頼むよー、お前俺のトリッシュちゃんを預かっててくれよォー。」
「ふざけんな!もといた場所に捨ててこい!」
「そう言うなよー。お前も歌手のトリッシュ・ウナ好きだったろ?トリッシュ本人だと思えばいいんだよ。」
ーー役立たずの、イ◯ポヤロー。
猫を見るたびに、脳内を罵倒がリフレインすることになる。
ここで預かるワケにはいかない。そのいわれもない。
第一、オスのペットに好きな歌手の名前を付けてる変態なんて誤解されたら、もともと地の底のサーレーの評価が地球の裏側のオーストラリアあたりまで突き抜けてしまう。それはズッケェロの性癖だ!!!
「ふざけんな、捨ててこい。」
「そう言うなよ。これからも組むだろ?長い付き合いのよしみで預かってくれよ。なるべく早くペット可の物件探すからさー。」
「おい待てお前!組むって。」
「さっさとその話もしないといけないだろう?」
サーレーはしばらく考える。
こんな常識のない男でも、長年手を組んでお互いのことをよく理解している。なるべくなら相棒を変えたくない。
「……チッ、仕方ない。俺の住居で話をするか。さっさと食って移動するぞ。」
「助かるぜ!」
サーレーはミラノ風ドリアをかき込む。猫の毛は混じってないだろうな?
試合は結局2ー0で、残念ながらサーレーの応援していたチームは負けてしまったようだ。
賭けの負けは猫を預かることでチャラにさせよう。
◼️◼️◼️
「真面目な話をする前に、お前に最低でも一つは言っとかないといけないことがある。」
「なんの話だ?」
ここはサーレーの住む共同住宅。ミラノのバローナ地区郊外。ズッケェロの住居と違い、ペット可の物件である。
独り身の部屋で物が少なく、小ざっぱりしている。
サーレーは帰りにペットショップに寄って、猫の飼育グッズをズッケェロに揃えさせた。
猫のエサ、猫のトイレ、猫の爪とぎ、猫の遊具。当然サーレーが費用を捻出するいわれはない。
ズッケェロは出されたお茶をのんきにすすっている。
「まあ長い付き合いだ。今回に限り猫は預かってやる。お前に常識がないのも昔からだ。今更どうこう言わん。だが……猫をトランクに入れるな!!!今回はたまたまなんとも無いみたいだが、長時間入れとくと窒息死しかねん!!専用のケージで運べ!!!」
当たり前である。
ズッケェロはサーレーの怒りの剣幕に気圧された。
「オ、オウ。そうか。悪かった。」
「とりあえずペットとして飼うつもりならかわいそうだからトランクから出してやれ。」
「ああ。」
『フギャッ!』
トランクから出されて固定を解除された猫は、勢いよく部屋の隅に逃げていく。当然だ。
……面倒だが早いうちにトイレのしつけと、病院に連れて行って去勢や体を洗ったりもしないといけない。
これからは以前より頻繁に部屋の掃除を行う必要もある。アタマが痛い。
サーレーは降って湧いたいわれのない謎の任務に天を仰いだ。
「ま、まあ悪かったよ。お前の言う通りにする。それで、俺のいない間の話を聞かせてくれ。」
「ああ。」
ここからは多少真面目な話だ。サーレーとズッケェロは居住まいを正した。
「そうだな。俺が引き続きパッショーネの任務を請け負っているのは聞いてるな」
「ああ。」
「俺はボスの鶴の一声で暗殺チームに異動になった。一応それから半年経つが、まだ実際に暗殺は行われていない。」
「それで?」
「お前が帰ってくるまでに俺が行った仕事は、今まで行なっていた店舗回りからのみかじめ料の回収、複数回の要人の護衛任務、社会で起きたトラブルの解決……あとは、オランダの組織の奴らがヤクの売人を送り込んできやがったからパッショーネの人間として警告に向かった。その際はそいつらは素直に頭を下げて逃げて行ったから戦闘にはならなかった。まあこんなところだ。しかし……。」
オランダの売人は、パッショーネの暗殺チームの恐ろしさを聞き及んでいた。前任者の遺産と言えるかもしれない。
サーレーの目つきが少し鋭くなる。
「ボスとの口約束だが、俺は必要となったら組織のために真っ先に捨て駒になる。鉄砲玉のようなものだ。ただの下っ端でいた以前よりも若干危険性が高い。」
「なるほどな。まあ仕方ねえのか……。」
ズッケェロは上を向いて少し考える。
嫌な役割だが、誰かはやらないといけない類の汚れ仕事だ。ジョルノに一度背を向けたサーレーにお鉢が回ってくるのも仕方ないのかもしれない。
それとは別に、ズッケェロは自身の身の振り方も考えるべきだ。ズッケェロは今まで通りパッショーネに所属したままでいれば楽かもしれないが、簡単に片付けていい問題とも思えない。何しろこのままだとまず間違い無くズッケェロもサーレーと同じ鉄砲玉だ。
サーレーについていくのか、ほかに糧を得るのか。しかし、ほかに糧を得るにしても組織にどう筋を通すかと言う問題がつきまとう。ズッケェロの今回の入院費は、パッショーネから出ているのだ。地に足がついてないズッケェロに払うあてはない。問題は山積みだ。
「ああ、それと、少し話を変えるが今後は戦い方を変えようと思う。お前の身の振り方の参考にしてくれ。」
「どういうことだ?」
唐突にサーレーがズッケェロに告げた。
「今まで俺たちは好き勝手にバラバラに戦ってただろ?その戦い方を変更する。流石に死にかけて懲りたんだよ。もうあんな思いはしたくない。命あっての物種だ。だから俺の能力をお前に詳らかにするから、お前の能力も教えてほしい。まあ今までの考え方と相反して抵抗があるだろうが、前もって連携した戦闘手段を構築することには意味があると思う。」
「まあなー。ま、確かに俺ももうあんな苦しい思いはしたくねえしな。」
サーレーはシーラ・Eとの共同任務で、少し考え方が変わっていた。
ズッケェロはズッケェロで入院中のことを思い出す。つらくて苦しくて、退屈だった。もうあんな思いは二度としたくない。
「まあそれはどっちにしろお前がパッショーネに残ってくれるという判断をしたらの話だがな。」
「うーん、それにしてもボスとの交渉、もうちっと上手くやれたんじゃねえのか?」
「仕方ねえだろ。ほら、口には出せねえが、お前もあん時のことを思い出せばわかるんじゃねえか?」
「あーー。」
ズッケェロは納得した。
口には決して出せないことだ。
二人はボスに不信感を抱いていた。ボスが本物では無く、組織を乗っ取って台頭した強力な若いスタンド使いなのではないかと。
だが、これは考えるべきではないし、考えてはいけないことだ。突き詰めたらほぼ間違い無く変死することになる。わずかでも疑いを抱いていることを悟られるべきではない。
さもないと、ムーロロのような恐ろしい男が処分のために際限なくサーレーの下に送り込まれることになる。
ジョルノのスタンド使いとしての強大さと、パッショーネの組織としての堅固さを、サーレーは身をもって感じていた。
知りすぎた人間は早死にする。
ズッケェロはジョルノとサーレーの交渉する姿を思い浮かべる。
わずかでも疑いを抱いているサーレーに、何もかもを見通すような雰囲気を持つ少年、ジョルノ・ジョバァーナ。
とてもサーレーに交渉なんてできる精神的な余裕は無かっただろうと、ズッケェロは納得した。
「ま、いいさ。なっちまったモンは仕方ねえ。ボスはボスだわな。俺も付き合うぜ。」
ボスはボス。
一見意味のない言葉だが、ズッケェロなりのサーレーに対する今後ジョルノを一切疑いませんという宣告だった。
ズッケェロだって死にたくない。
「……構わないのか?」
「ああ、長年の付き合いだろ?今まで生死を共にしてきたんだから、大して変わりゃしねえよ。」
「そう言ってくれると気が楽になるよ。」
『ニャ〜。』
こうして、暗殺チームの二人目が誕生した。
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トリッシュちゃん
概要
茶色の長い毛を持つ、ただの猫。多分雑種。スタンドを使いそうな気配は今の所、ない。歌手のトリッシュ・ウナとは一切関係ない。