噛ませ犬のクラフトワーク   作:刺身798円

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・注意
今回の話は、グロ表現を含みます。


番外編 グイード・ミスタの薫陶

これは、本編では語られることの無い裏側。始まりと二話目の中間。

例えば、サーレーがパッショーネでどのような訓練を受けていたのか。どうしてあそこまで強くなれたのか。その最たる要因。

そんな番外編。

 

そこに、三人がいた。一人は帽子を被り拳銃を構えるグイード・ミスタ、一人はマフラーを巻いてボルサリーノ帽をかぶるカンノーロ・ムーロロ、そして最後に硬くて埃っぽい床に倒れ臥したサーレー。

硝煙が匂うパッショーネミラノ支部の戦闘訓練所、ミラノにあるパッショーネ所有の人気のない路地にある倉庫で、ミスタにムーロロが付き添いサーレーと相対していた。

ミスタは自身の拳銃の弾丸を再装填して、サーレーに告げた。

 

「立て、サーレー。続きだ。」

 

サーレーは服の端々から血が滲み、床にへたり込んでいた。

サーレーは訓練所で、ミスタとムーロロ二人掛かりでの二対一での戦いを強制されていた。

サーレーは訓練が始まってすぐに足下を走り回るムーロロのスタンド、群体のトランプ、オール・アロング・ウォッチタワーに気をとられた隙にミスタに足を撃ち抜かれ、床につんのめった隙にムーロロのウォッチタワーはサーレーの体の各部に張り付いてナイフで攻撃を加えた。

 

「……。」

「立てと言ったはずだ。」

 

サーレーの喉元に、ムーロロのウォッチタワーが刃を突き付けた。

サーレーはよろめいて、立ち上がった。

 

「訓練は戦場のように。戦場では訓練のように。何も積み上げずに、気持ちや絵空事で突然強くなったりはしねえ。強くなるためには、鍛錬と実戦あるのみだ。忘れるな。お前は裏社会の軍人だ。表社会の特殊部隊は、公に認められて敵と戦う。裏社会の特殊部隊には、裏社会独自の戦い方が存在する。しかし、表社会の戦いを侮るべきではない。むしろ大多数の頭脳で突き詰められたその戦闘法は、もっとも効率の良い戦闘法だと言えるだろう。先達には敬意を払え。お前は法から外れた殺し屋だが、その方向性には表社会に通じるものが存在する。」

 

ミスタは弾丸を一発発砲し、サーレーはクラフト・ワークの手の甲で銃弾を弾いて宙に浮かせた。

立て続けに二発発砲し、一発はクラフト・ワークが弾き、一発はサーレーの大腿を撃ち抜いた。

 

「最大の問題は、臆病さと紙一重なお前の慎重すぎる性格だ。……確かにスタンド使い同士の戦いで相手の能力を把握しないまま戦うのは下手だ。それは認めよう。だが、戦況とは刻一刻と状況が変化し、時には顧みずに前だけを見ることが正解となる場合もある。戦場に絶対の正解など、存在しない。現場のお前が、適宜柔軟に判断するしかない。時に引き際を冷静に見極め、時に殺意と狂気に身を委ねろ。」

 

ミスタは残りの三発の弾丸を発砲した。

サーレーは一発を弾き、残りの二発は右肩を撃ち抜いた。

 

「うっ!!!」

「お前のスタンドは本来、強襲、鎮圧用のスタンドだ。前に出続けることがお前のスタンドを十全に生かす使い方だ。戦いの常道とは、相手の弱点を突き続けることだ。しかし、お前のスタンドの長所は、常道を無視してなおもお釣りが来るほどに強力なものだ。どれだけ強いスタンド使いであっても、通常は頭部に弾丸を撃ち込まれりゃあ死亡する。お前のスタンド能力は、それを覆す強力なものだ。硬質な強さと柔軟さを併せ持つ、稀有なスタンドなんだ。……俺のスタンドは紙装甲だから、至近距離で敵の攻撃を喰らえば死んでしまう。だから、俺はお前が羨ましい。お前が目を覚ませば、お前のスタンドは強靭な殺意と共に猛威を振るうだろう。……お前は、イタリアの害敵を喰い殺す猟犬だ。スタンドを理解しろ。不安があるのなら、知恵を振り絞ってアイデアで補え。」

 

ミスタは続けて、サーレーに告げた。

 

「暗殺チームは基本、使い捨ての消耗品だ。……しかし、お前が強者であれば、話が変わってくる。自分で活路を開けば、生き残れる。生を掴め。戦って、生還し続けろ。そうすればいずれ、お前はパッショーネの死神としてヨーロッパ全土を震え上がらせる存在となるだろう。それが出来なきゃ、お前は路地裏で人知れず野垂れ死ぬ名無しの権兵衛だ。」

 

ミスタはサーレーの大腿の傷跡を蹴り飛ばした。

そのまま足を乗せて、傷跡を抉るように踏み付けた。

 

「あああぁぁッッッ!!!」

「……喚くな。死はもっと痛い。死はもっと恐ろしい。麻薬チームとの戦いで、お前はそれを身に染みてわかっているはずだ。忘れるな。……死を想え。死の恐ろしさを理解しろ。誰しもに死は訪れるが、それを覆すために足掻くのが人の生だ。にも関わらず、お前は他者に死をもたらす死神の役割を求められている。……お前に任せられる職務は、半端な生ぬるいもんじゃあねえ。お前が安穏と享受し続けた平穏は、決して安いもんじゃねえんだよ。イタリアの表社会でも、毎年およそ300億ユーロという巨額の軍事予算が組まれている。お前が以前奪おうとしたポルポの隠し財産なんざ、お前の真の価値に比べりゃあ端金なんだ。俺たちはお前に、敵を打ち倒す戦車でありながら、同時に何が何でも任務を達成する対戦車犬であることを望んでいる。無理を通さないと、お前は死ぬことになる。」

 

ミスタが足を退け、ムーロロのウォッチタワーがナイフでサーレーの右眼球を突き刺した。

サーレーの右眼窩から、タラタラと血が流れた。

 

「あああ痛いッッッ!!!」

「暗闇が怖いか?恐ろしいか?」

 

ミスタがしゃがんでサーレーの胸ぐらを掴み、頬を張り飛ばした。サーレーは唇を切って、血を流した。

覗き込むミスタの瞳の底知れない暗さに、サーレーは恐怖を感じた。

 

「……わかっているだろう。たとえ眼球を抉り出したとしても、ジョルノの能力を用いればお前の眼球は再生する。痛みは一過性のものだ。訓練で兵を殺したりはしない。お前が今みっともなく泣き喚いているのは、お前がジョルノや俺に恐怖しているからだ。知らない物を恐怖して泣き喚くガキと同じだ。お前の最大の弱点は、その精神的な弱さだ。そんなんじゃあ暗殺チームで無くとも、お前の先は長くない。」

 

ミスタは、言葉を続けた。

 

「お前は、人間が脆い。家族や国を想う人間は、お前のように強力なスタンドを持っていなくともお前よりも遥かに怖い。お前が以前の俺との戦いで自分から弾丸を喰らいにいったのは、自分の脆さを見せたくないというコンプレックスの裏返しだ。人間の脆さは、戦闘のギリギリの局面で勝敗に直結する。初見の俺の特殊な能力を警戒しすぎたように。ギャング同士の金の奪い合いで、自分の手を汚したくないなどという都合のいい保身的な考えを捨てられなかったように!!!」

「ッッッ!!!」

「精神を強靭に固定しろ。ここで変わらなけりゃあ、お前はまたいつか同じ過ちを犯して敵に殺されることになる。精神的にひ弱なままじゃあ、お前が敵に捕まって拷問されりゃあパッショーネの情報を漏らすんじゃねえかって気が気でねえ。お前が変わるまで、俺たちはお前を無意味に痛め続けることになる。」

 

ムーロロはミスタの横で、成り行きを静観している。

ミスタもムーロロもこれはサーレーのためなどと、狡いことを言うつもりは毛頭ない。これは、明確にパッショーネとイタリアのために行なっている行為だ。サーレーが死ねば、また新たな暗殺チームを一から育て上げないといけなくなる。人員も金も時間も浪費することになる。サーレーのためになったかどうかは、いつかサーレー本人が勝手に判断することだ。

 

「理詰めで考えろ。お前を嵌めれるスタンドが存在したとして、そんな特殊な能力を持ったスタンドが近接戦闘でめっぽう強いなんてことがあり得るか?特殊なスタンドがお前の固定を打ち破るほどのパワーを持ってるなんて、稀だろう。仮にそんなスタンドが存在したとしても、お前が攻め続けて相手を後手に回し続ければ、戦闘で敵は冷静に能力を使う余裕がなくなる。お前は対応する側じゃあねえ、対応させる側だ。敵の判断する時間を奪い、精神的に優位に立って翻弄しろ。……お前は敵を最前線で蹂躙する戦車だ。警戒すべきは、対複数戦かカウンターで発動するスタンド能力くらいだ。それを補うために俺たちは、暗殺者にチームを組ませて、ムーロロをお前のサポートとして情報部の仕事に専念させるんだ。前もってある程度敵の情報がわかれば、お前の生還率はグッと上昇する。」

「……。」

「目を覚ませ。自覚しろ。お前は死神だ。前を向いて、袋小路を突き破れ。お前が生を掴むためには、お前が自分のスタンドを理解して死線を乗り越えるしか方法がない。知恵を振り絞れ。必要なのは生への執着、そして冷静な判断力。最後に最も大切なことは、何のために戦っているのかというモチベーションだ。」

「……はい。」

「パッショーネはブラックで、有給休暇も労災も役職手当もねえが、不誠実な嘘はつかねえ。お前がイタリアに貢献して後進をキッチリ育て上げれば、組織にお前の価値が証明される。お前の裏社会のボスに逆らったという罪は、綺麗に禊がれる。お前がいつの日か、暗殺チームから足を洗うことを認めてやる。退職金に色を付けて、お前の幸福な人生を組織が保証する。……だからそれまでは、死に物狂いで生き残れ。」

「はい。」

「……ギャングには、ギャングのルールが存在する。お前の暗対は、社会の暗部の最奥に巣食う奴らだ。最低限のルールから外れた、もはや人と呼ぶのも憚られる存在だ。幼いガキを誘拐してヨーロッパに人肉市場を開拓しようだとか、平和に暮らしてる市民を誘拐してバラして臓器を闇で高額で売り捌こうだとか、人の多いところで無関係な人間に社会への不満を晴らそうと銃を乱射する乱射魔(シンギアレ)だとか、そういう頭のネジがぶっ飛んだ奴らだ。そいつらは市民に擬態し、見つかったら躊躇わずにお前を殺しにくる。少しでも油断すれば、お前は拷問されて出荷されることになるだろう。……僅かな隙も赦されない。」

「はい!」

 

ミスタは傷付いて血を流したサーレーの右眼窩に親指を突っ込んで、掻き回した。それはドロリと、床に垂れ落ちた。

今度はサーレーは、一切の悲鳴を上げなかった。

 

「ベネ。今日の訓練はここまでだ。治療が終われば帰っていい。俺の言葉の意味を、絶対に忘れるな。」

「はいッッッ!!!」

 

訓練は、毎日のように続けられた。

 

◼️◼️◼️

 

そして日々は過ぎる。

 

夢のような時間、遊園地の前。

夢が覚めれば、誰しも夢の内容を覚えている時間は長くない。

キラキラと電飾が瞬く回転木馬の前で二人、否、三人は対峙していた。

 

「さあ、我が忠実な配下、ヴィネガー・ドッピオよ。戦闘教練だ。目の前の敵を蹂躙してみせろ。……ただし殺すな。殺せば、足が着く可能性が出てくる。」

 

ディアボロが傲岸不遜に笑い、人格がヴィネガー・ドッピオと入れ替わった。

 

「ええ。偉大なるボスよ。あなたのために、勝利を捧げましょう。」

「アン?何言ってんだ、お前。なんだ、ここは?」

 

サーレーは周囲を見渡した。ここはイタリアとオーストリアの国境線付近の景観美しい閑静な町、ボルツァーノ。

サーレーはオランダから入国した麻薬の密売人の足跡を追い、今現在この地で対面していた。強大なパッショーネが小者の麻薬密売人に警告するだけの、簡単な任務だったはずだ。

 

眼前には得体の知れない回転木馬、ほぼ間違いなくなんらかのスタンドだ。サーレーは現状と目の前の筋骨隆々な男を認識して、警戒心が跳ね上がった。

 

「チッ、テメエがなんなのか知らねえが、一度きりは警告で済ましてやるッ!そこを動くな!動いたら敵とみなして、攻撃を開始するッッッ!!!」

「そいつはどうも。だがこっちとしてはそうもいかない。俺はボスが奪われたものを、取り返しに来たのだッッッ!!!」

 

戦闘は合図もなく、ヴィネガー・ドッピオの先制で開始された。

ヴィネガー・ドッピオのキング・クリムゾンがサーレーに近付き、右腕を振りかぶってサーレーに振り下ろした。

サーレーはそれを距離を詰めて避け、クラフト・ワークの右拳が至近距離からキング・クリムゾンの顔面を殴りかかった。キング・クリムゾンはそれを、左腕で防御した。

 

「キサマッッッ!!!」

「テメエは俺の動くなという警告を無視して、攻撃を仕掛けてきた。テメエをパッショーネの敵だとみなして、排除する!!!」

 

キング・クリムゾンの左腕にクラフト・ワークの右拳が固定され、クラフト・ワークは右拳を引いてキング・クリムゾンの体勢を崩しにかかった。キング・クリムゾンは反射で逆方向の体幹に力を込めて、それを認識したサーレーは右拳の固定を解除した。突如固定を解除したためにドッピオのキング・クリムゾンは体勢を崩し、クラフト・ワークが追撃とばかりにキング・クリムゾンの腹部を左拳で殴り、再びそこを固定する。

 

「グウッ!」

「逃がさねえぜ。この距離が、俺の距離!鼻を突き合わせるほどの決闘の距離が、俺のスタンドが真価を発揮する距離だッッッ!!!」

 

いきなり始まった決闘は、最初から火花を散らした。

クラフト・ワークは空いた右腕でドッピオに喉輪を喰らわせ、そのまま固定した。

クラフト・ワークの指がキング・クリムゾンの喉にギチギチに喰い込み、息が出来ないドッピオは慌てて過去に向けて時間を消し跳ばした。

脳に酸素が戻る僅かな時間に、ドッピオはキング・クリムゾンのスペックに明かせてクラフト・ワークの固定を引き剥がし、必死に敵の距離からの退避を試みる。

 

サーレーは、逃げるドッピオをあえて追撃しなかった。

 

「……これが最終警告だ。お前がなんなのか知らねえが、今すぐにここで投降しろ。それが為されなければ、俺はキサマをパッショーネとイタリアの害敵だと認識して、本気で殺しにかかることになる。スタンド使いに手心を加えることはできない。」

 

サーレーの瞳に殺意の炎がちらつき、サーレーはドッピオを指差して宣告した。

 

「ボスゥ、どうしますか?奴は本気で向かって来るようです。」

「……戦え、ドッピオ。スタンドはギリギリの戦いを経験しなければ、使い方を理解出来ない。最悪、殺してしまっても構わない。本当にまずい時は、俺がフォローする。」

「わかりました。ヤッてヤります!」

 

キング・クリムゾンを具現したヴィネガー・ドッピオとクラフト・ワークを具現したサーレーは近づき、拳を交えた。

キング・クリムゾンの右拳がクラフト・ワークの左拳に固定され、クラフト・ワークは左足でキング・クリムゾンの右足を蹴りつけた。

キング・クリムゾンは左腕に力を込めて、クラフト・ワークの腹部を狙った。クラフト・ワークは自身の左足を敵の右足に固定し、左足を軸にして宙に跳んで右足をキング・クリムゾンの左腕に当てて固定した。

キング・クリムゾンは短時間の間両腕を塞がれ、クラフト・ワークの右腕だけが自由になっている。

 

「心臓を、固定するッッッ!!!」

 

サーレーは右拳を固めて、クラフト・ワークがドッピオの胸部を力任せに殴った。

心臓が固定され、体を突き破ってテカテカ光る血塗れのドッピオのピンク色の臓器が宙に浮かんだ。

 

次の瞬間、意識が暗転したドッピオのキング・クリムゾンが自動発動する。致命傷を受けた時間は、消し跳ばされた。

 

「ドッピオッッッ!!!」

「大丈夫です!」

「……なんだ、テメエのその能力?」

 

サーレーは目を細めて、ドッピオを睨んだ。

 

「チッ!予想よりも遥かに厄介な敵だ。本気で戦う。代われ。」

「わかりました!」

 

ドッピオのキング・クリムゾンは、一度能力を使用するとインターバルが必要となる。

パッショーネが送り込んできた尖兵はディアボロの予想よりもずっと強力で、ディアボロは当初のドッピオの戦闘教練という目的を放棄した。ここで万が一にも敗北してしまえば、計画の何もかもがおじゃんになる。

 

固定を力任せに引き剥がしたディアボロは時間を未来に向けて消し跳ばし、サーレーの背後へと回り込んだ。

 

「キサマは、危険だ!ここで確実に消すッッッ!!!キサマは、俺の絶頂を脅かす可能性を持つ、危険な敵だッッッ!!!」

 

キング・クリムゾンの拳が、背後からサーレーを襲った。

しかしそれはサーレーの背中をブチ抜かずに、クラフト・ワークの拳で防御された。

 

「敵がよぉー、一体どんな能力を持っているかもわからねえんだよ。んでよぉー、俺のボスは俺におっしゃった。俺のクラフト・ワークは万能で、俺のペースに巻き込めばどんな敵も大体は戦い方のアイデア次第で撃破出来るって。例えばよぉー、こんな戦い方なんてどうだ?」

「なにッッッ!!!」

 

キング・クリムゾンの右腕からは、いつのまにかピアノ線が伸びている。サーレーがキング・クリムゾンに攻撃した際に、敵の腕に固定してくっつけたものだ。それは逆の端をクラフト・ワークの左腕に固定され、張力がサーレーに敵の攻撃してくる方向を教えていた。

それは、サーレーが強敵を仮想して試行錯誤した末に思い付いた戦い方の一つだった。

 

「強大なパッショーネに逆らおうなんざ、イかれたヤローか、マジでヤバい奴かのどちらかだ。俺は危険な敵と真っ先に戦うパッショーネの兵隊だからよー、ミスタ副長に言われて俺なりに必死に死なずに済む方法を考えたんだ。俺が強ければ俺は死なずに済むし、ズッケェロも死なねえ。パッショーネにも被害がいかなくなるだろう?万事解決だ。そんでよ、もしかしたら攻撃を反射してくる敵がいるかもしれねえ。もしかしたら瞬間移動してくる敵がいるかもしれねえ。もしかしたら少しでも油断した隙になんかの能力で嵌められるかもしれねえ。もしかしたら……。」

 

サーレーの漆黒の殺意が、ディアボロをとらえた。

 

「敵が俺の想像もつかない方法で攻撃してくるかもしれねえ。」

 

ピアノ線伝いにクラフト・ワークの固定する能力が、キング・クリムゾンに伝播する。

一瞬動きが固まったキング・クリムゾンの右拳がクラフト・ワークの左腕に固定され、クラフト・ワークが自身の左腕を手前に引っ張った。体勢を崩したキング・クリムゾンにカウンターでクラフト・ワークの右拳が入り、ディアボロの心臓を再び固定してブチ抜いた。

しかしそれは、ヴィネガー・ドッピオのキング・クリムゾンによって復元されていく。

 

「助かった、ドッピオ。しかしこれは……予想外に厄介な敵だ。一旦退避する!」

 

ディアボロのキング・クリムゾンは意識の外から攻撃するから、簡単に一方的に致命傷を与えることができる。それを前もって判断されてしまえば、敵がポルナレフのようにカウンターで攻撃してくる恐れが出てくる。ドッピオはスタンドに目覚めてさほど時が経っておらず、ディアボロはスタンド使いとして下り坂だ。ここで無理して戦ったところで、僅かでも敗北の可能性がある上に、勝ってもパッショーネに不審がられて守りを固められるだけである。さらに付け加えれば、回転木馬を誤って視界に入れてしまえばその能力はディアボロにも効果を及ぼすという制限も存在する。

 

「……頭部を、固定する。」

 

サーレーは左手で、退避しようとするディアボロの肩を掴んで固定した。サーレーは至近距離で右拳を固めて、クラフト・ワークの右腕の筋繊維がギチリと音を立てて収縮し肥大した。サーレーの長袖から見える右腕の血管が不吉に赤黒く浮かび上がり脈動し、それはディアボロの頭部を吹き飛ばそうと金剛力が込められている。死神の右腕が、高く掲げられた。

 

「は……離せッッッ!!!」

 

死神の漆黒の殺意は臨界点を超えて、悪魔(ディアボロ)に収束する。

悪魔は、死神に魅入られて戦慄した。

 

ディアボロのキング・クリムゾンの強さとは、常に自分が狩る側にいるという精神的な優位性に支えられている。強力なスタンドを繰り出し一方的に敵を蹂躙できるスペックを持つからこそ、戦闘で判断を誤らない。

しかし、精神的な優位を失い追い詰められた時、時間を跳ばすタイミングを誤るのではないか、自分の頭がザクロのように弾け散るのではないか、という恐怖が津波のようにディアボロを襲った。誰も信じないディアボロは、極限状態に於いて自分さえも信じられなかった。唯一絶対の信を置くヴィネガー・ドッピオのキング・クリムゾンも使用したばかりで、連続発動できない。

 

戦闘は際どい局面であるほどに、最後は経験や人間の強さといった数値化できない何かがモノを言う。

死から逃げ続けたディアボロと、死を乗り越えたサーレー。格下相手にどれだけ無双の強さを誇ろうとも、その経験はギリギリの戦いでは役に立たない。永遠の絶頂などと宣い他者と向き合うことから逃げ続けたディアボロは、初めて至近距離で真正面から他者の明確な殺意を向けられて、精神的に敗北した。

 

ディアボロは死神の殺意を明確に感じ取り、脅威を感じて形振り構わない逃走を決意した。

ディアボロは固定されたピアノ線をキング・クリムゾンの膂力で引きちぎり、潜む回転木馬の本体に能力解除の合図を飛ばした。

回転木馬は消滅し、サーレーの戦闘の記憶も削除された。

 

「アン?んでよぉー、テメエ、どうすんだ?」

「すみません。パッショーネに逆らう気はサラッサラありません。勘弁してください。」

 

ドッピオはサーレーに頭を下げた。

 

「二度目の警告はねえぞ?」

 

なぜか体に違和感があったが、サーレーは気にせずに逃げていく麻薬の売人の背中を見送った。

パッショーネの敵にもならない、チンケな小者だ。警告で逃げていく程度の敵なら、気にする必要もないだろう。

 

「ボスゥ、どうしますか?」

「エピタフが無い今、新たな戦い方を構築して突き詰める必要がある。あんな敵が今のパッショーネにゴロゴロいるようなら、計画を大幅に変更せざるを得ない。」

 

こうして、ディアボロのパッショーネ奪還計画は初手から大幅に狂っていく。

 

◼️◼️◼️

 

「今回は、引き抜きが出来なければ最初から殺しに行く。俺がメインで戦う。ドッピオ、お前は保険だ。」

 

ディアボロが己の中のヴィネガー・ドッピオに、告げた。

ミラノの町の裏路地、美しく電飾が煌びやかな回転木馬の前で、時間を置いて二人は二度目の邂逅を果たしていた。しかしサーレーには、前回の戦いの記憶が無い。

 

「テメエは……?」

 

脈絡無く眼前に展開された回転木馬に、サーレーの警戒心は高まっていた。

 

「片付ける前に、慈悲をくれてやろう。キサマは、役に立つ。俺の手駒になってジョルノ・ジョバァーナの身柄を攫って来れば、キサマを俺の腹心の部下として扱ってやろう。」

 

ディアボロは、サーレーを勧誘した。

 

「お断りだ。出会ったばかりのやつに唆されて、ボスの首を差し出せとかいう自殺行為に手を貸すつもりはねえ。」

「よく考えてみろ。お前は強く、ジョルノ・ジョバァーナに警戒なしで近寄れる稀有な人材だ。今の立場に不満はないか?」

「……問答無用だ。ボスが居なくなれば、俺は路頭に迷うことになる。出会ったばかりの人間の口約束なんざ、勘案するに値しない。」

 

ミラノの裏路地で、二人の二度目の戦闘が開始された。

 

「……今度は油断しない。初手からキサマを殺しに行く。」

 

ディアボロのキング・クリムゾンが、時間を消し跳ばした。

存在しない時間の中で、キング・クリムゾンはサーレーの背面左後方へと回り込んだ。

キング・クリムゾンの筋肉が膨張し、サーレーめがけて拳が振り下ろされた。

 

「……イッテェな。なんだ、テメエのその能力は?」

「な……ッッッ。」

 

しかしキング・クリムゾンの筋肉は、攻撃のために姿を現した瞬間に不可解な力を加えられて硬直し打点がずれ、その上敵のスタンドはディアボロの予想よりもずっと硬かった。攻撃を体で受け止めたサーレーは振り返ってディアボロ目掛けて拳で殴りかかった。

クラフト・ワークの拳をキング・クリムゾンは時間を跳ばして躱して、ディアボロは次に姿を現した瞬間自身の体に異様な負荷がかかっていることを理解した。それはクラフト・ワークの必殺、地に潜む蜘蛛の決闘場、ラニャテーラだった。戦闘時に発動する蜘蛛の糸はキング・クリムゾンの筋肉に細やかに絡み付き、行動を阻害する。

 

「なんだかわからねーが、テメエが敵だってことはよくわかった。パッショーネに楯突く敵だってな。」

 

キング・クリムゾンの右拳は、未だにクラフト・ワークの体に固定されて張り付けられている。クラフト・ワークは嵩にかかって立て続けにキング・クリムゾンに殴りかかった。

ディアボロは再び時間を跳ばして殴りかかるクラフト・ワークの攻撃を避けて、力任せにクラフト・ワークの固定を引き剥がした。

 

「……ドッピオ、しばしお前に任せる。念の為だ。俺のキング・クリムゾンが時間切れを起こせば、万が一の事態が起こりうる。」

「わかりました、ボス。」

 

ディアボロとヴィネガー・ドッピオが入れ替わり、クラフト・ワークが攻撃を仕掛けた。

サーレーはラニャテーラの効果に、緩急をつけた。及ぼされる能力の強弱の緩急に戸惑い、ヴィネガー・ドッピオは混乱する。

 

「落ち着け、ドッピオ!スタンドのスペックでは、決して劣っていない!一撃を喰らう覚悟をして、その直後に攻撃を受けた時間を消し跳ばして反撃を喰らわせろッッッ!!!」

 

クラフト・ワークはヴィネガー・ドッピオに向かい、唐突に向きを変えて固定と解除を繰り返し裏路地の壁を走り始めた。

 

「ボスッッッ、奴はなにか奇妙な行動をしていますッッッ!!!」

「敵の行動を見極めろ!攻撃の方向さえわかれば、確実に仕留められるッッッ!!!」

 

ヴィネガー・ドッピオは、上方の壁面を走る敵に集中した。しかしいつまでたっても敵は攻撃してこない。

いつの間にかサーレーは、路地裏から姿を消していた。

 

「……やられたな。」

「どういうことですか?」

「逃げられた。奴は俺たちを仕留めることよりも、俺たちの情報をパッショーネに持ち帰る方が優先だと判断したのだろう。しかし。」

 

ディアボロが合図を出して、回転木馬は消滅していった。

これで敵の戦闘の記憶も消滅する。

 

「追いますか?」

「奴は俺の攻撃を受けて、記憶が無くとも恐らくは不可解なダメージに警戒している。やめておけ。……つくづく厄介で恐ろしい敵だ。まあ俺たちの存在はバレてはいないが、出来れば戦いたくない。何をしてくるか、見当が付かん。奴の行動を見計らって、居ないうちに計画を進めるのが上策だろう。」

 

この戦闘の直後に、サーレーはアメリカのフロリダ州立グリーン・ドルフィン・ストリート重警備刑務所へと飛んだ。

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