噛ませ犬のクラフトワーク 作:刺身798円
「すげえな、まさかこんな方法で……。」
「ああ……。」
この日、サーレーとズッケェロはミラノにある映画館に足を運んでいた。二人は最前列の席でスクリーンにかぶりつきだ。今日はサーレーがエジプト出張から帰ってきて、ズッケェロと恋愛映画を見た次の次の日。
二人が今見ている映画のタイトルは、二人はチンピラMax Heart 2nd。この映画の内容は、固定する能力者のソルトと生物の厚みを無くす能力者のシュガーの二人のチンピラコンビが、裏社会の偉大なボスの下で成長していく話だった。ちなみに家でDVD で映画の1stの内容を予習してきたのだが、チンピラコンビと若い頃のボスの金の奪い合いの戦いという概要だった。
二人はそこから紆余曲折を経てさまざまな経験をし、試練を乗り越えて成長し、今現在は以前敵対していたボスの勅命を受けて麻薬チームの処分を行うところだった。
「すっげえ。でも次の奴らはマジでヤバい奴らだろ。アイツら勝てるのかな?」
「どうだろうな?ドキドキするな。」
サーレーとズッケェロは、画面に見入っていた。
◼️◼️◼️
『来たな。あれが情報屋が言っていた、見境なく他人を麻薬中毒にする災厄の鳥だ。』
ソルトが双眼鏡を眺めながら、傍らのシュガーに告げた。
そこはイタリアのシチリア島。そこで彼らは、麻薬チームの本拠地の近くまで迫っていた。
『どうするよ?情報屋の旦那から聞いた話じゃあ、あれは結構厄介な敵だという話だぜ?』
シュガーがソルトに返事した。
彼らは今現在、イタリア裏社会の支配者の勅命でヨーロッパに麻薬を見境なくばら撒く敵の処分を任されていた。
組織の情報屋から彼らに情報が伝えられ、彼らはそれを元に敵の撃破手段を構築していた。
『情報屋の分析によると、あれは人間の生命力を探知してどこまでも追っかけてくるらしい。あれ自体に戦闘力はないながらも、周囲の人間の冷静な判断力を喪失させる極めて厄介な鳥だという話だ。』
『墜とせるか?』
『能力者同士の戦闘において最も大きな強みとは、能力を隠す秘匿性だ。その点で言えば、情報屋がいて敵の情報が筒抜けの俺たちは奴らに対して圧倒的な優位に立っている。空戦に強く遠距離攻撃の可能な能力者がいれば、アレの始末自体は簡単だ。だが……。』
ソルトはしばし思考したのちに返答した。
『出来れば問答無用の虐殺は控えたい。もう一度奴らにもチャンスを与えるべきだろう。』
『ヌルくねーか?奴らはコッチを殺す気で来てるだろう?』
『……まあ結局はそうなる可能性はたけーが、理想を捨てるべきではない。ベストは奴らが自分たちのやっている事が、他の全ての人間に嫌がられていて、そっちに進む先には殺し合いによる破滅しか待っていないと理解する事だ。』
『まあそうなんだがよぉ。……行けるか?』
『ボスは、俺たちであればそれも可能だと判断なさって俺たちに指示を出した。ボスの期待を裏切れるか?』
『まっ、そう言われちゃあしょうがねーな。いっちょやるとするか。』
シュガーはニヤリと笑った。
◼️◼️◼️
「すげえな。アイツらにやれるのか?確かにあのチンピラは成長してはいるが……。」
サーレーはドキドキして、胸が高鳴っていた。
なんて言うか……チンピラがかっこいい。
でも創作物なだけに、現実味は非常に薄い。
いくらなんでもあんなにデキるチンピラが現実にいるとも思えない。
「……出来るんじゃねえのか?アイツら今までだって、試練をいくつも乗り越えて来たんだろう。」
「やっぱ、できるのかな?」
横のズッケェロもスクリーンに集中していた。
◼️◼️◼️◼️
『おかしいと思わねえか?あの鳥。アレが本当に見境なく魂を探知しているのなら、なぜ本体の側にいる麻薬チームの人員に近寄って行かねえんだ?』
双眼鏡を片手にソルトが呟いた。
『どういう事だ?』
『アレの薬物中毒症状が本当に無差別なら、本体の側にいる麻薬チームの奴らにも全員今頃麻薬の禁断症状が出ているはずだ。』
『なるほど。』
シュガーが腕を顎において頷いた。
『ならばどう考えるんだ?』
『いくつかの仮説はある。一つは麻薬チームの奴らはすでに麻薬で頭がイかれていて、麻薬の症状への耐性を持っている。そしてもう一つは……。』
『……あの能力は本体の近くにいる人間には効果を及ぼさない。もしくは効果を及ぼす範囲になんらかの制限がある。』
『ああ。可能性として高いのは、あの鳥は自身の進行方向にいる存在に効果を及ぼすのではないか?』
『……なるほど。』
ソルトが頷いた。
『……じゃあどうするよ?』
彼らが話している最中も鳥はどんどん二人に近寄って来ている。
決断までに時間をかけられない。じきに効果範囲に入り、二人にもその効力を及ぼすだろう。
『やりようはいくらでもある。長所と短所は、表裏一体。探知を視野に頼らないということは、視力が退化するということ。視界が効いていないことが、あの鳥の最大の弱点だ。』
ソルトはそう言うなり、シチリアの港に着けてある漁船へと乗り込んだ。
そこには漁に使う投網が乗せられていた。
『能力とは全ては扱う人間次第、俺たちの敬愛する偉大なるボスのお言葉だ。敵を知り己を知れば、百戦危うからず。』
ソルトはそれだけ話すと、投網を広げたまま宙に投げて能力を使用して固定した。
網は空に浮かび、触れたものを固定して絡め取る罠となる。
『これであの鳥が俺たちを追いかけて来たら、目が見えていないあの鳥は進路上にあるこの網に突っ込まざるを得ない。うまく鳥を網に固定できるまで待って、鳥の側面を回り込んでいけばいい。さて、距離を置いて網に鳥が絡まるまで待ってから敵本丸に乗り込もうか。』
◼️◼️◼️
「なるほど。マトモに戦うのが難しい相手は、マトモに戦わなければいいのか。能力をいかにうまく使って、相手の弱点を突いて自身の強みを活かすか、か……深い。」
サーレーが大きくため息をついた。
「ああ、ただの映画じゃあねえぜこれは。敵を知り己を知れば百戦危うからず、か。なるほどなぁ。俺たちにも映画のような情報屋がいりゃあなあ。」
ズッケェロも感心してしきりに頷いている。
「……いや、パッショーネの情報部がいるじゃねーか。」
「あっ、それもそうだった。」
二人が感心しているうちに、映画の場面は切り替わった。
◼️◼️◼️
『どうだ、お前の能力で追っ手を追い払えたか?』
老人が、女性に問いかけた。
ここはシチリア島にある倉庫の一角。そこには、老人、リーダーである体格の良い若者、黒髪の軽薄そうな若者、病に侵された不健康そうな女性の四人がいた。
『……わからない。』
女性が老人に返答した。
『わからない?』
『私の鳥は、半自動だから……。生命力が辺りから消失すれば、帰ってくるはずだけれど……。』
老人は女性を注意深く確認した。
彼女の能力である鳥は彼女の精神と同一であり、それが撃破されたのならば彼女にもなんらかの影響を及ぼすはずだ。
しかし彼女に異変が起きる様子はない。
『体調は大丈夫か?』
体格の良い若者がそっと女性の背中を撫でた。
女性は難病に侵されており、若者の能力で作り出す麻薬が唯一その症状を和らげる手段であった。
『うふふ、ありがとう。』
『なんて言うかよぉー、俺たちは四人揃えば無敵だよなぁー。まあ組織のやつらが来ても、返り討ちにしてやろうぜ!』
女性が若い男に礼を言い、浅薄そうな黒髪の男が己の実力に自信をのぞかせた。
『油断するな。組織の暗殺チームが動いたという話も入って来ている。』
老人が黒髪の若者の浅慮を窘めた。
『でもよー、暗殺チームの噂は眉唾なんじゃあねえの?今まで組織でそんなやつ見たことないぜ?』
『……恐らくはボスの隠し玉なのだろう。抜けばすべてを斬って捨てる、鋭利な伝家の宝刀をそうやすやすと抜いたりはしまい。』
『うーん。』
黒髪の若者はそれを聞いて考え込んだ。
◼️◼️◼️
「そうなんだよぉ。ボスが丹精込めて育てた暗殺チームが、すでに近くまで迫ってるんだ!」
「ああ、アイツら死んだな。」
サーレーとズッケェロは手に汗を握りながら映画館の席で思い思いに感想をくっちゃべっている。
「すみません、少し静かにしてもらえませんか?」
「「……あ、ハイ。すみません。」」
隣の席の人にうるさいと怒られてしまった……。
◼️◼️◼️
『四人で閉じた世界……四人きりの楽園……か。お前らにはきっとそれが心地良いんだろうな。だが、楽園は運営の対価を、他者の苦痛で支払われている。』
『誰だッッッ!!!』
老人が声を張り上げ、倉庫の隅に一人の男が立っていた。
老人はその男に見覚えがある。組織のうだつの上がらないチンピラで、いつも下っ端に混じって雑用をこなしていた男だ。
確かソルトとかいう名だったはずだ。
『きさまは……。』
老人が一歩前に出た。
『ああ、そこまでだ。それ以上前に出るな。もし少しでも動けば、敵対行動と見なして即座に攻撃を開始する。』
ソルトが手を出して老人を制止した。
『顔合わせくらいはしたことがあったか?俺はボスの勅命で動いている、お前らが言うところの宝刀だ。攻撃を開始する前に最後通告を行う。お前らの行動は、お前ら以外の人間を害するものだ。大人しく投降することを勧告する。俺も無意味に殺しなんざやりたくはねえ。』
『……きさま一人か?』
老人が四人を代表して会話を紡いだ。
『うん?そんなものどうだっていいだろう。お前らに出来るのはハイかイイエか、答えることだけだ。』
『馬鹿なやつだ。』
老人の瞳に好戦的な光が宿り、四人は立ち上がった。
『ああ待て、戦う前にハッキリと答えを言え。それが済んだら、相手をしてやるよ。』
『……誰がキサマらなんぞに降ると思うか。』
『お前らもか?』
ソルトの視線が残りの三人に向いた。
『降るわけがないだろう。我らは世界の帝王となる存在だ!』
『ジジイ、てめえにゃあ聞いてねえよ。耳触りのいいだけの言葉なんざ、詐欺の常套句に過ぎねえ。お前みたいな訳知り顔な人間に限って、それらしい正論紛いを口にするから余計に手に負えない。若者を破滅の道に誘う老害は、頼むから黙ってろ。』
『……お断りだ。』
体格の良いリーダーの若者が返事をした。
『理由を聞こう。当然お前たちの欲求を全て叶えることは出来ないが、それでもこちら側からいくらか譲歩する姿勢は見せられる。お前たちは何が気に入らなくて組織に反旗を翻した?』
『俺たちは戦って地位と権力を牛耳る。俺たちにはそれが可能で、今の立場が気に入らない。』
『……なるほど。』
ソルトはしばし考えてから再び告げた。
『今の社会とは、先人の血と努力によって築かれたものだ。いかに多くの人間が、互いを尊重して幸福に暮らせるか試行錯誤した末に出来上がったシステムだ。もしもお前たちが力で権力を簒奪することが可能だったとしても、再びお前たちのような者が現れてお前たちから権力を剥ぎ取るだろう。同じことの繰り返しで、そっちに進む先は周囲を巻き込んだ凄惨な殺し合いが待っている。社会はお前たち若造が考えているほどヌルくはなく、世界には信じられないような強者も存在する。お前たちはそれでも我を通すのか?』
『俺たちは強い。』
『お前らも同じ答えか?』
ソルトは浅薄そうな若者と女性にも声をかけた。
『仲間がこう言ってるんなら、それを信じなけりゃあ男が廃るだろ!』
『私は彼に従うわ。』
話は終わりだとばかりに四人は立ち上がり、敵意がソルトに向いた。
体格の良い若者がソルトに向かった。
『残念だよ。ひたすらに残念だ。お前らは理解していない。お前らは頭に銃口を突きつけられて脅されていることにさえも気付いていない。』
ソルトは苦笑いした。
◼️◼️◼️
「うおおおおおおッッッ!!!佳境に入ったぜ。ソルトはアイツらに勝てるのか?なんかやけに自信ありげだがッッッ!!!」
「わからねえ。だがいつのまにかいなくなったシュガーが戦いの行方を握ると俺は踏んでるぜ。」
サーレーとズッケェロはポップコーンをボロボロこぼしながら食べて、コーラで喉を潤した。
「すみません、館内で食べ物をこぼさないでください。」
「「あっ、スミマセン。」」
今度は映画館の職員に怒られてしまった……。
◼️◼️◼️
薄暗くて汚れた倉庫が、終着駅。
そこが麻薬チームの棺桶だった。
『無敵の能力なんて存在しない。たった四人の狭い世界でお山の大将を気取っても、滑稽なだけだ。アリーヴェデルチ、麻薬チーム。お前らの来世の幸福を願っているよ。』
『なッッッ……。』
麻薬チームのリーダーの胸部には、いつのまにか背後から細い剣が突き刺さっていた。
剣が刺さると同時に、リーダーは空気が抜けた風船のようにしぼんでいった。
『社会の強みの極意とは、あらゆる事態に対処する幅のあるしなやかさ。お前たちの能力は、すでに丸裸だ。組織の情報屋から情報が入ってきている。お前たち四人は確かにさまざまな強さを持っているが、純粋に前列で戦えるのはリーダーのその男だけだ。その男がいなくなれば、途端に力業が使えなくなる。それがお前たちの一つの弱点だ。』
リーダーの体格の良い男に、能力を使用してすでに倉庫に潜んでいたシュガーが背後から奇襲をかけて無力化した。
シュガーはそのまま移動して、ソルトの横に並び立った。
『最後通告はすでに済ませてある。お前たちは力に酔ったただの愚者に過ぎない。たとえそのリーダーがいなくなっても、再び同じようなやつに擦り寄って同じことを繰り返すのだろう。』
『そんなことはないッッッ!!!私たちは彼を王にするために……。』
老人の体から霧が噴出し、倉庫に小雨が降り出した。
老人はまだ白旗を上げておらず、目前のこの二人さえ始末すればリーダーを復活させられると判断した。
『残念だよ。己の欲望のためなら他者の存在を顧みない赦されざる者よ。お前たちの意見は現代社会ではまるで通用しない、子供の癇癪だ。お前たちは社会から切り離されて、時代に乗り遅れた孤島の住民に過ぎない。孤島で大人しく過ごしているうちは特に言うことは無かったが、欲をかいて他人の家の台所を漁って隣人を殺害した時、お前たちは赦されざる者となる。』
ソルトはそう告げると懐から一つのカプセルを取り出した。
それは内容物が漏れ出さないように、ソルトの能力で厳重に固定してあった。
『情報屋が俺たちに情報をくれ、友人が俺たちにお前たちを始末する力を貸してくれた。ボスは俺たちの能力の正しい使い道を指し示し、先輩は俺たちのゆるい意識の改革に一役買ってくれた。社会を築いて他者と手を取りあえば、俺たちのようなしょうもないチンピラであったとしてもお前たちのような危険な奴らにすら容易く勝利することが可能だ。敵を知り己を知らば、百戦危うからず。』
ソルトは親指でカプセルを弾いた。それは老人の足下で砕け、そのまま二人は倉庫を退出していく。
それはソルトが今回の任務に先駆けて、組織の友人から借り受けた危険物だった。
『……本当はこれは使いたくはなかったんだがな……。』
獰猛、それは……爆発するかのように襲い、そして消え去る時は嵐のように立ち去る。
それはカプセルに内包されたウィルスの特徴であり、暗殺チームの彼らの特徴でもあった。
ウィルスは本来ならば厳重に保管し、使用するべきではないものだ。しかし常に理想通りに物事が動くとは、限らない。麻薬チームの存在はヨーロッパで年間十万人を超える死者を出しており、被害のあまりの大きさから今回は特例として組織のボスから使用許可が出された。
倉庫の扉は出て行ったソルトに固定されて開かないようになっており、それを唯一力業で破れるリーダーはすでに無力化されている。
ウィルスが狭い倉庫で猛威を奮い、四人はさほど経たずに跡形も無く消滅した。
『つまらない任務だったな。とりあえず倉庫は念のために一時間ほど封鎖する。あとは情報屋の手伝いをして、仮面の行方を洗い出すだけだ。』
『まっ、俺たちにかかりゃあこんなもんよ。とりあえず一仕事終えたし、帰りにスポーツバーでいつも通り一杯やって、情報屋の手伝いは明日からでいいだろう?』
シュガーが笑い、ソルトも頷いた。
二人は十字を切って僅かに黙祷し、麻薬チームの死後の安寧と来世の幸福を祈った。
◼️◼️◼️
「すっげえ……。」
サーレーは感嘆していた。
敵は相当ヤバい奴らだったはずなのだが、ソルトとシュガーは能力と人脈を鮮やかに使ってあっさりと完封してしまった。
「能力は扱い次第、か。」
横のズッケェロもしきりに頷いている。
「……これは次回作のサードシーズンも見るっきゃあねえな。次は刑務所出張編らしいぜ。なんでもアメリカの刑務所に潜む危険な陰謀に、二人のチンピラが立ち向かうんだってよ。」
「マジか……。」
映画館の席を立つサーレーとズッケェロの背後で、エンディングのスタッフロールが流れていた。
協賛
パッショーネ
総監督
ジョルノ・ジョバァーナ
助監督
カンノーロ・ムーロロ
◼️◼️◼️
「効果ありますかねえ?」
「どうだろうねえ。まあなんでも、試してみるべきだよ。二人は勉強が好きだとも思えないし、わかりやすい映画なんかのほうがよっぽど意識改革に役に立つかもしれない。理解しづらいいかにも高尚そうな難解なものより、キチンと伝わる簡単な物の方が得てして価値がある。まあもしもこれがダメでも、次の手段を考えるだけさ。」
ネアポリスの図書館で、ジョルノとムーロロが笑っていた。