噛ませ犬のクラフトワーク 作:刺身798円
「10位、ドイツ、ディアマンツの暗殺チームリーダー、ゲオルグ・シュベッカー。代表戦功、暴力的反社会組織ハイリガー・クリークの壊滅作戦の指揮。市場推定価格、8000万ユーロ。」
ジョルノは、ビルのオフィスの一室にある円卓で、欠伸を噛み殺した。
今日はノルウェーのオスロで、ヨーロッパ圏裏社会の会議だ。重要事項はすでに終了し、今現在は並み居る老人たちの趣味に付き合っている。
「7位、イタリア、パッショーネの暗殺チーム副リーダー、マリオ・ズッケェロ。代表戦功、アメリカフロリダ州に潜むテロリストとの暗闘、イタリアの事変における活躍。市場推定価格、1億3000万ユーロ。」
物事を数値化することが好きな人間は多い。ジョルノもそれが別段嫌いというわけではない。
本来彼らは秘匿されるべき存在であり、しかし凶悪犯に対する抑止力でもあるためにある程度の情報は社会に流す。この場にいれることがパッショーネがヨーロッパで受け入れられた証拠だ。
しかしジョルノはそれに付き合うくらいなら、フットボールの試合をのんびり観戦していたいというのが正直なところだ。普段は忙しく、疲れがちょっと溜まっている。
「5位、スイス、ウートシュバイツの暗殺チームリーダー、ヨルゲン・ルーベルグ。代表戦功、スイス神隠し事件の解明、チューリヒのシリアルキラーの暗殺。市場推定価格、1億8000万ユーロ。」
各国の暗殺チームの個人の推定評価額を、壇上の老人がマイクとともに発表している。
発表されるたびに、円卓から出席者たちの拍手喝采が湧き上がる。
使い捨てであるにも関わらず生き残り続ける暗殺チームの人間には、馬鹿げた値札が付く。
「2位、スペイン、アルディエンテの暗殺チームリーダー、ジェリーナ・メロディオ。代表戦功、マドリードの乱戦、オランダの麻薬カルテルの壊滅、東から亡命してきた暗殺団の適正な管理。市場推定価格、2億6000万ユーロ。」
数字に大きな意味はない。彼ら彼女らは皆各々の組織の非売品だ。
値札は付けられているものの、実際に買おうとしたら、本気の抵抗に遭うことになる。とても不可能だ。
交渉の席にも着けずに門前払いされてしまう。平和の保障が、安いわけがない。
例えば亡きカンノーロ・ムーロロは、実力と有用性で考えれば恐らく2億ユーロ前後と評価されるだろうが、10億ユーロ積まれてもジョルノは絶対に売らない。
それでは何のために値札を付けているかというと、単純にそれが楽しいからだ。
他の国よりも価値の高い人材がいることを周囲に自慢したいからである。人間の好奇心を満たすという意味合いもある。数値化して競わせることによって、より強靭な人材を育て上げるという目的もある。
「1位、フランス、ラ・レヴォリュシオンの暗殺チームリーダー、フランシス・ローウェン。代表戦功、1998年のEU外患の排除、スイス神隠し事件の解明の協力、北欧の陰謀の殲滅、スペインのマドリードの乱戦の援護、リヨンの爆弾魔の暗殺、ボルドーのテロ組織の壊滅、2002年のパッショーネと諸外国組織間の緊張状態の調停、イタリアの害虫駆除作戦総指揮。市場推定価格、6億6000万ユーロ。」
こうやって俯瞰で見れば、よくわかる。ジョルノはボンヤリと、思考した。
姿を見せたディアボロの暗殺作戦は、処刑執行人であるフランシスとメロディオと引退した処刑執行人のジャックでスリーマンセルが組まれていて、最初にディアボロと接触したフランシスから他の周辺諸国の組織に決して彼らの邪魔をしないように根回しがされていた。
敵はパッショーネに執着する、フランシスも知らないヨーロッパの実力者。フランシスは組織に頼んで調査を行い、対象がパッショーネの前ボスであることを確信した。その暗殺計画は全て、スペシャリストである彼ら自身に任せてある。ジャックもフランシスも、一番若年であるメロディオの生還を目標にしていた。その理由は使い捨てであっても、トップ3が一気に抜ければヨーロッパの戦力の低下が免れないという理由であり、それならば一番先の長いメロディオを生還させようと彼らが考えるのも当然だった。
つまりヨーロッパ全域の敵を、ヨーロッパ裏社会全域で手を組んで撃滅する犠牲を許容した作戦だった。その最中にパッショーネと敵対することになったのである。新参者で事の元凶であるディアボロを輩出したパッショーネに根回しが来なかったことも、仕方のないことだった。万が一にもディアボロに作戦が伝わってしまえば、作戦が台無しになってしまう。実際の戦場でパッショーネのウェザー・リポートという戦士の才能にパッショーネ勝利の可能性を見出したフランシスは、急遽戦略を変更して柔軟に戦局を動かした。
1位で発表されたフランシスに、ジョルノはしばし過去を思い出した。
それはジョルノがパッショーネのボスになって間も無くの頃だ。
人間とは感情に重きを置く生き物だ。歴史がそれを、証明している。
理性ではわかっていても、感情に引きずられて幾度も闘争を繰り返す。本来であればパッショーネがヨーロッパで認められるには、ヨーロッパ圏内裏組織の悪感情を清算するための膨大な時間が必要なはずだった。
裏社会のルールを無視し続けたパッショーネが、国外の組織の悪感情を清算するための足がかり。
国外組織との闘争なしでの融和。
各国社会の麻薬流通量は各国裏組織の暗黙の管理下にあり、それを無視し続けた以前のパッショーネはヨーロッパの鼻つまみ者だった。各国裏組織は社会全体を守るために、パッショーネの麻薬を買い続けて財政が火の車だった。それが大量に表社会に流入してしまえば、社会は破滅する。表裏一体の表社会が倒れれば、裏社会も共倒れだ。抗争しても、強大なパッショーネには敵わない。それでも資金難で買いきれない分が多く表社会に流れ、裏社会の組織は長年苦しい思いを強いられ続けていた。
そもそもがおかしいのである。麻薬によるヨーロッパ圏内の少年少女の死者がパッショーネのせいで本当に20倍になったのなら、ヨーロッパはすでに衰亡の危機に瀕していたはずだし、とっくに表社会の軍隊が動いていてしかるべきだ。ポルナレフが調査していたのは、パッショーネから大量に麻薬が流れ出して慌てて各国裏組織が対応する間の期間のことだった。
各国裏組織が社会を守るために必死に身銭をきって、それでもヨーロッパ圏内で年間十万人超の死者だ。
ディアボロの思想はまさに、自分がよければ他はどうでもいいというものだったのである。ディアボロの最大の間違いは、自身の行動がヨーロッパでどれほどの恨みを買っていたのか正確に把握していないことだった。ヨーロッパのトップ3が、最悪全員の命を捨てることになっても確実に抹殺するという決断を下していたのである。
ディアボロがメロディオに赦されざる者だと判断されたのも、カンノーロ・ムーロロに害虫と評されたのも、至極当然だった。
イタリアを除く周辺の国家は痩せ細り、戦争寸前だったというのもあながち大袈裟ではない。歴史上でも、アヘン戦争という麻薬を発端とした戦争の実例が存在する。
ディアボロ愚行による怨恨は、根深かった。
ではなぜ、それだけ恨まれているはずのパッショーネの周辺諸外国組織との早期の融和が可能だったのか?
そこにジョルノというボスの早急な誠意ある行動が存在したのは確かだ。
しかし、それだけではない。
ジョルノのパッショーネがヨーロッパ各国裏組織に早期に馴染むことが可能だったのは、パッショーネと最初に友誼を結んだラ・レヴォリュシオンという組織の橋渡しになった、フランシス・ローウェンという人物の協力的な姿勢の賜物だった。フランシスがパッショーネを赦すのであれば、自分たちにもパッショーネの罪を問えない。周囲にそう思わせる人物の赦免。
その裏側にある恐ろしい事実とは、ヨーロッパ裏社会では長年ヨーロッパに麻薬をばら撒き続けたパッショーネという組織への憎しみより、使い捨てのはずのフランシスという人物への敬愛の感情が勝っていたということである。
財産とは、金銭だけではない。人徳、他者との関係などもいざという時に役に立つ財産に成り得る。
フランシスの英断と財産は、見えないところでパッショーネとヨーロッパ圏内の大勢の裏社会の人間を救済した。その価値を金銭換算することが、馬鹿馬鹿しい。
ジョルノがディアボロ打倒後にパッショーネを裏切ったはずの彼らの罪を一切問わなかったのも、実はそこに起因するところが大きい。
ジョルノは理性感情両方の面で、フランシスを罪に問うことが出来なかった。問えるわけがない。何しろ相手は、イタリアの守護聖人である。
受けた恩は必ず返すのが、裏社会の組織の流儀だ。
非常に馬鹿げている。数字に意味は無い。
ラ・レヴォリュシオンはたとえ評価額の倍額積んだところで、絶対にあのフランシスという人材を売らないだろう。鼻で笑われてお終いだ。
裏社会の情報通の人間に聞けば、最強の人間に名前が上がるのはジャックでもメロディオでもサーレーでもない。強者は、決して強さを誇示しないのである。ディアボロはジャックの火力とメロディオの底知れない不気味さに目がいって、最も恐ろしい人間に意識が向かなかった。
本物の愛は、決して金で売らない。
金で買えるものは欲望であり、それは愛とは呼べない。
物の推定価格とは、信仰に左右される。ゴッホやピカソ、ダ・ヴィンチといった著名な画家の絵に天文学的な値札が付いているのは、彼らの作品が大勢の人間の信仰を勝ち取っているからである。
処刑執行人とは、存命中に信仰を受けるという奇跡を成し得た人物の別称である。
執行人は神の代理人とみなされ、その言葉は途方もなく重い。
フランシス・ローウェンは、彼を知る者の間では裏社会の法王だとみなされている。法王に値札を付けることが、そもそも不敬なのである。
フランシス・ローウェンという赤毛の青年は、ヨーロッパでもっとも尊敬される裏社会の住民だった。
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「……信じられない。馬鹿げている。」
ウェザー・リポートは、戦慄し、狼狽し、終いには呆れた。
本気でない戦いだとは理解していた。時間稼ぎの戦いだと確かに聞かされていた。しかしまさか、こんな恐ろしい隠し球を持っていたとは夢にも思わない。何が互角の実力だ。とんでもないペテン師だ。嘘八百もいいところだ。
つくづく敵でなくて良かった。こんな技を使われたら、その先には絶望しか待っていない。
ここは、モンテ・ビアンコ。ヨーロッパを広範囲に縦断するアルプス山脈の中でも最高峰である、いわゆる日本でモンブランという名称の山のイタリア語である。モンテ・ビアンコの山頂は、イタリアとフランスの国境線だ。モンテ・ビアンコの八合目で、ウェザーとフランシスは黒いコートを着て眼下の様子を眺めていた。
「これぐらい、おそらくお前にもできるようになる。気候的にもここは適しているからな。」
動くものの存在しない静寂の世界。
ウェザーの横で佇むフランシス・ローウェンの眼下には、信じられないほどに巨大な氷塊が存在した。
氷塊の下には建築物が存在し、そこにいる人々はもう永久に日の目を見ることはない。その施設は、モンテ・ビアンコの登山道から外れた場所に建設されていた。
「……いや。これはもはやスタンド能力というよりは、ただの天災だ。」
「ああ、それは否定できない。しかしこれを天災と呼ぶのなら、お前のヘビーウェザーも十分に天災だろう。」
「まあそうかもしれないが……未だに信じられない。……これを使用していれば、あの男にも勝てたのではないか?」
ウェザーが訝しげに、フランシスに目を向けた。
パッショーネの前ボスであるディアボロは、もともとスタンドを使う暗殺者を恐れて姿をくらましていた。
それは裏を返せば、ディアボロが脅威を感じるほどのスタンド使いがヨーロッパに存在するという証明でもある。戦いを思い返してみれば、フランシスは先陣をきって自然界の雷を発生させている。よく考えればこれはとんでもない。
「勝てるという確証がない。もしも敵の能力が広範囲を移動可能な瞬間移動能力だったとしたら、逃げられる可能性がある。下手に強力な能力を使ってしまえば、失敗した時にあの男にひどく警戒されることになる。本気を出して逃げられたら元も子もない。社会の未来は、ギャンブルの賭け金にできるほど安いものじゃないさ。切り札を使用するのなら、殺害できるという確信を得てからだ。」
「……。」
ディアボロのキング・クリムゾンは未来に時間を飛ばす能力であり、実際に相対したフランシスがいきなり移動するディアボロに瞬間移動の能力の可能性があると判断したのも無理はなかった。ディアボロの能力の詳細がわからないことには、簡単に動けない。本気を出して警戒させてしまえば、用心深い害虫にまた逃げられる可能性がある。
そうなれば必然、敗北追従の選択肢しかない。ほどほどの実力者を装いディアボロをいい気にさせて、確殺できると判断した時に行動を起こす。
ウェザーは黙り込んで、眼下に広がる信じられない光景を眺め続けた。
「それに俺のこれは、広範囲を巻き込む能力だ。強大な力には、責任が伴う。下手に使用すれば周囲に多大な破滅の爪痕を残すことになる。倒した敵の数よりも、死なせた味方の被害の方が甚大になる。それに敵の詳細がわからないあの時は、俺が出しゃばるよりもメロディオに任せた方が確実だった。」
◼️◼️◼️
氷塊の中に閉ざされた施設では、とある富豪が大金を出資した研究を行っていた。それは前時代、20世紀初頭の負の遺産。
歳をとった富豪は己の死を認めず、自身の死後も世界に影響を与えることを望んでいた。誰もが一度は夢見る、不老不死願望である。わかりやすく、誰にも理解しやすい。
間近な己の死に狂乱した富豪は、その当時始めて成功したクローン技術に目を付け(一番最初に成功したクローン技術は、1891年のドイツでのウニの受精卵の分割である。)、己の細胞をストックして自身のクローンを大量に作り出すことにより世界に自身の死後も影響を残せるのではないかと目論んだ(そこには富豪の身近にいた、研究者の入れ知恵があった。富豪自身は、ウニの受精卵の分割がそんな技術に応用可能だとは夢にも考えていなかった。研究者はクローン技術に将来性を見出し、富豪に擦り寄って大金を出資させた。もちろん彼自身の出世欲のためである。)。
馬鹿げた野望である。
その当時成功したクローン技術は棘皮動物のウニであり、哺乳類が始めて成功したのはその九十年後だ。
富豪は人間から遠くかけ離れたウニのクローン技術成功に希望を見出し、いつ成功するともわからない研究に大枚を叩いたのである。当然、富豪の体細胞の保管とか、年月を経ることによる目的の喪失だとか、金銭面だとか、倫理面だとか、問題は山積みである。
しかしそれだけならば、まだマシだった。
クローンの人権とか、倫理とか、差別とか、人として大切なことを無視さえすれば、それだけならばまだフランシスが動くような事態にはならなかった。それらは表で詳らかにして、大勢の人間に公平に判断されればよい。表社会の判断は、裏社会に優先される。処刑人が動くのは、いつだって早急に解決しなければならない最悪の事態だけだ。
問題は、その組織の目的が原初から程遠く乖離して、クローン兵を育ててその技術を少しでも高く買い取ってくれるところへと売り捌くことへとシフトチェンジしたことだった。
100年も研究すれば富豪の財産だって底をつき、研究資金が無くなればここまで続けた研究の成果は二束三文で他人の手に渡ることになる。富豪の子孫は非人道的な研究が明るみに出て世間に非難されることを嫌い、とっくに施設とは縁切りをしている。国や政府は富豪よりも遥かに大きな資産を持っており、わざわざ個人の人道に悖る研究成果を漏洩のリスクを犯して高値で買い取らずとも自分のところで極秘裏に研究施設を設ければ良い。研究に携わった者たちは、今更長年の努力が無意味だったと引き返せない。
背後にそういった、様々な要素が存在した。
そうなれば結果として、暴力主義的破壊活動を主な目的とした組織に足下を見られて、研究成果を買い叩かれることになる。そういった組織は、表裏問わずにフランス社会の不倶戴天の仇だ。
研究者たちは、自分たちの価値が証明されるのならば、研究成果を悪魔に売り渡すことも止むなしという最悪の選択をしてしまった。
目先の困窮は、いつだって容易く人間の目的と価値観をすり替える。人は空腹のために盗みを働くし、時に殺しを行うこともある。
「
フランシスはモンテ・ビアンコの中腹にある施設を八合目から寂しげに眺めて、静かにつぶやいた。フランシスの傍らに、波打つ形状の水色の人型が現れた。
山の中腹で散乱した周囲の雲が施設を中心に収束し、終わりのない雪混じりの雨を降らせ続けた。雨は降る端から凍っていき、いつのまにか建物を覆う形で絶壁の氷塊を成す。建物全域が完全に氷解に覆われるまで、ほとんど時間がかからなかった。
ウェザーがはたと気付いた時には、モンテ・ビアンコの中腹に閉じられた静謐の世界が完成していた。景観としては非常に美しいが、その真実は施設に携わる人間がことごとく氷塊に閉じ込められて凍死するという背筋が凍る凶悪な光景だ。氷塊は分厚く、容易く解けたりはしない。氷河の中に、生あるものの時間は存在し得ない。氷が解けるのは、きっとそこに何があったのか誰しもが忘却の彼方に置き去るくらいの遠い未来だろう。いつか彼らは誰かに化石として発掘されるのかもしれない。施設に携わる人間は、人の営みから遠く切り離された彼岸の住人と成り果てた。
社会に愛されて育成された才能あるスタンド使いのごく一部は、研鑽の末にやがて神域へと至ることがある。
暗殺チームでもトップクラスの実力を持つ処刑執行人は、入神した人間だと周囲に認識されている。
処刑執行人は、ヨーロッパ圏内にサーレー、メロディオ、フランシスの三人しか現存しない。
そして天災とは、神の怒りだ。
ウェザーはその現実味の無い様を、夢見心地で眺めていた。
◼️◼️◼️
「あの施設の出資者は、元は俺たちの組織の
フランシスが悲しげに語った。
「知り合いなのか?」
「いいや、俺は知らないよ。百年も前に死んだ人間だ。でも地元のパリでは、それなりには有名人だった。」
フランシスは懐から新聞を取り出して、ウェザーに手渡した。
「……これは?」
「パリにある出版社が敢行している新聞だ。今はもうオーナーが一族から変わってしまったが、元はその人物の所有する会社だった。他にも大手ショッピングモールと飲料メーカーを持っていた。地元でそこそこ名の知れた会社だ。」
「そうか。」
「パリの名士だった。社会に貢献した人物だと、パリジャンは誰もが信じている。今回の依頼は、国の上層部からだ。地域に貢献した素晴らしい人物の、晩節を汚す行為を誰にも知られたくないとな。地元の名士が創設した組織に、テロ対策法が適用されただなんて誰にも知られたくない。その子孫にも誹謗中傷が向かうことになる。パリの市民もひどく落ち込み、ショックを受けるだろう。それで俺に、秘密裏の処分命令が下された。」
ウェザーは黙って考え込んだ。
「なまじ100年も研究できる資産があったのが、不幸だったんだろう。普通ならもっと早くに行き詰って引き返している。国は再三の施設の閉鎖勧告を行っていたが、先日施設からフランス政府に対して犯行声明が出された。」
「……それは。」
「その犯行声明の手法により、施設がテロ行為を目的とした組織と繋がっている可能性が浮上した。フランス国家からラ・ レヴォリュシオンのもとに話が来た。俺たちの組織は行動を起こし、施設への潜入任務を請け負った俺の部下は、俺の下に帰ってこなかった。スタンド使いで、そこそこ戦える奴だったはずなんだが。施設の裏手には地面を掘り起こした形跡が見つかり、そこからは複数人分の人骨と拷問された形跡のある俺の部下の遺体が見つかった。俺の部下は素行が決して良くはなかったが、サッカーゲームが大好きで、俺が対戦相手をすると嬉しそうに笑う奴だった。葬儀の遺体は、全身が揃わなかったよ。……悲しいもんだな。きっと行き先がどうにもならない遣る瀬無さが、フランス社会への憎しみに変わったんだろう。長年の研究は無意味だった。金はない。今更引き返せず、悪魔に魂を売り渡してしまった。人間としても研究者としても、周囲からの評価は何をするかわからない理解できない人間の集まりだ。結局、誰にとっても不幸な結末で終わってしまった。」
フランシスの憂いの眼差しが虚空に向けられ、ウェザーの吐く息は白く宙に消えていった。
「人間のクローン技術自体、問題がたくさんある。」
至極当然な、誰でも思いつく問題だ。
外見が人間でも普通の人間とは異なる出自の生命がいれば、当然どこかで差別の対象になる。人権が軽んじられればそれは奴隷制度へと繋がり、その先にさらに過激な考えをする人間が出てきてもなんら不思議はない。
人間とよく似てはいても、人間ではない。人間が管理する家畜と同様だと。
そうなれば人間全体のモラルが低下し、下げてはいけないハードルが下がってしまう。
医学の発展のためという立派な御題目の元に、平気で非人道的実験が行われる可能性が存在する。
兵士の命の価値も下がり、クローンは人権を無視した訓練を施されて消耗品として真っ先に戦地に送られる。
それらはいずれ世界の争いの火種となることが、想像に容易い。
少なくとも理想を掲げる表社会に、簡単に存在が許されていいものではない。
医療の発展という素晴らしい可能性を秘めながら、同時に破滅を齎す悪鬼となる可能性を秘める存在だ。
「そこは俺たちが踏み入っていい領域じゃないよ。俺たちは軽々に言葉を発するべき存在じゃあない。俺たちはただでさえ、対象の生死を判断しないといけない。その上他のことを何もかも決めようなどと、傲慢の極みだ。」
先ほどまでに一所に集まっていた雲はすでに周囲に散乱し、輝く氷が陽光を反射して虹色に煌めいている。
「なぜ俺をここに連れてきたんだ?」
ウェザーが疑問を感じて、フランシスに問いかけた。
「スタンド能力には、先がある。」
「先?」
意味を理解しきれずに、ウェザーは首を傾げた。
「戦いに相性があるからには、共闘にも相性があるのは当然だ。」
フランシスのその言葉に、ウェザーはアメリカのグリーン・ドルフィン・ストリート重警備刑務所で見せたサーレーと徐倫の驚異的な相性を思い起こした。
「……それで?」
「お前、アレできるか?」
フランシスが自分の行為を指差した。山の中腹に大量に雨を降らせて、凍らせた行為だ。
「……真似事は出来るが、あそこまで大規模には不可能だ。何故だ?」
ウェザーはフランシスに問いかけた。
「お前にアレが出来るのならば、もっと面白いことも出来る。もっとも誰が面白いと表現するのかは、俺にはわからないが。」
「何を言っている?」
「イングランドではかつて石仮面のせいで、都市が死都と化した過去の事例が実在する。有事に備えて、暗殺チームは決して研鑽を怠らない。俺一人ではアレが限界だ。しかしお前にもアレが出来るのなら、切り札が一つ増える。とにかくアレが出来るようになったなら、俺に教えてくれ。」
ウェザーは首を傾げた。
「……ガム、食うか?」
「……アンタはよくわからない人間だな。」
フランシスは何となく、ポケットからウェザーにガムを差し出した。特に意味は無い。
フランシスは他人とのコミュニケーションに、若干のコンプレックスを抱いていた。フランシスは、ウェザーを気に入っていた。
ウェザーはフランシスの言葉の意味を理解出来ずに、二人はモンテ・ビアンコを下山した。
◼️◼️◼️
「どういうことだと思う?」
ウェザーはサーレーに問いかけた。
「あー。」
サーレーは額の汗を拭って、返事した。
ここはローマの工事現場。今日の緑色のサーレーは、組織の下っ端や近隣諸国の移民に混じって小銭稼ぎの肉体労働に勤しんでいた。
今月は、飲み屋のネーチャンに金を使いすぎてしまった。金がない。マジでない。貧乏暇なし。文句あっか!
最近はサーレーに対して珍獣でも見るような飲み屋のネーチャンの視線がだんだん気持ちよくなってきてしまって、ついつい通い詰めてしまった。
一度だけウェザーも連れて行ったら、ウェザーだけがやたらとモテた。サーレーもズッケェロもミスタもモテなかったが、なぜかウェザーだけモテた。サーレーとズッケェロとミスタに、言葉に出来ない奇妙な連帯感が生まれた。ついでにミスタの暗殺チームにモテない呪いがかかっているという言いがかりは、残念ながら否定された。余談だが、徐倫大好きアナスイは同行を辞退した。ホル・ホースは、黙って置いてきた。
ウェザーもサーレーも、目は二つで鼻は一つ、もちろん口も一つだ。
一体何が違うというのか?一種の人種差別か何かだろうか?
……とにかくウェザーはもう二度と女性のいる店に連れて行かん!
いつものイカした髪型にヘルメットを被り、上半身は白いTシャツに汗が滲んでいる。サーレーは首から下げたタオルで、再び汗を拭った。
「おい、馬鹿が!アブねーだろーが!!!」
「すみやせん!」
「……ちっ、しょーがねー奴だ!次からは気をつけろよ!」
上空から一人の作業員が取り落としたスパナが落ちてきて、サーレーはそれを宙に固定して怒鳴った。
上階の足場からうっかりスパナを取り落とした作業員が降りてきて、サーレーに頭を下げた。
「……。」
ウェザーは暑さにかかわらず、こめかみに冷たい汗をかいている。
何故イタリアの都市伝説であるはずの裏社会の組織の暗殺チームのリーダーが、組織の下っ端に混じって工事現場で日雇いの労働をしているのか?意味がわからない。そもそも暗殺チームとは何ぞや?
ウェザーの中で暗殺チームという言葉が、ゲシュタルト崩壊を起こしていた。
「俺の仕事が終わるまで、どっかで待ってなよ。」
「お前は意味がわかっているのか?」
「まあ大体なぁ。」
ウェザーがサーレーのその言葉にミラノのカフェで待っていると、やがて仕事を終えたサーレーがやってきた。
「お待たせ。」
「ああ。」
汗をかいた服を着替え、清潔な服装のサーレーはカフェの席でくつろぐウェザーに声をかけた。
「それで、何の話だったか?」
「氷漬けの施設の話だ。アイツは何故俺に同じ事が出来るか聞いたんだと思う?」
ウェザーはサーレーに、問いかけた。
「切り札って言ってたんだろう。ならば新しい技とか、協力した必殺ってことだろ?」
「それはわかる。しかしそれが一体どういったものなのか?」
ウェザーは首を傾げた。サーレーは沈思黙考の末にウェザーに言葉をかけた。
「ちょっと訓練倉庫行くか。」
「ああ。」
ウェザーには理由がわからなかったが、なんらかの意味がある行為なのだろう。
ウェザーとサーレーは、戦闘訓練のための倉庫へと向かった。
◼️◼️◼️
「お前これに電流を通してくれるか?」
サーレーがウェザーに依頼した。
緑色のクラフト・ワークの右手には、鉄パイプが乗っている。
「ああ。」
ウェザーは小型の雲を作り出し、鉄パイプに微弱な電流を流した。
「いや、もっと強くだ。」
「強く?」
「ああ。別に本気でやってしまって構わない。」
「それは……。」
ウェザーは躊躇した。仲間に使う技ではない。間違いなくサーレーはダメージを受ける。
「いいからいいから、試しにやってみろって。」
「……ああ。」
ウェザーは躊躇いながらも、ウェザー・リポートの能力で鉄パイプに強力な電流を流し込んだ。
「
熱量を固定する……熱量を固定する?サーレーのセリフを、ウェザーは脳内で反芻した。
それはそんな簡単に固定できてしまっていいものなのか?ウェザーは心の中で、突っ込んだ。
ウェザーが流し込んだ電流は、家庭用の軽いものではない。
もともとサーレーのクラフト・ワークはミスタ戦でそうだったように、運動エネルギーが固定可能だった。物理法則に喧嘩を売っているスタンドである。
それが緑色の赤ん坊と融合したことにより、より強大で曖昧なエネルギーを固定することが可能となっていた。
ウェザーの流した電流は小型の雷で100万ボルトを超えており、しかしクラフト・ワークはそのエネルギーを容易く固定した。エネルギーは鉄パイプに固定されており、それを持つクラフト・ワークになんら影響を与えない。
「それ。」
サーレーはそう呟くと、クラフト・ワークが倉庫の壁に向かって鉄パイプをブン投げた。
鉄パイプは倉庫の壁に突き刺さってその瞬間に固定が解除され、放電して周囲の壁が焼け焦げて弾け飛んだ。
「まあつまり、こういうことだ。」
「いや、さっぱりわからん。」
ウェザーは素で解答した。
「まあつまり、俺個人で鉄パイプで攻撃することができる。お前個人で電流で攻撃することもできる。俺とお前をかけ合わせて電流を流し込んだ鉄パイプで攻撃することもできる。戦闘において選択できる幅が広がるということだろう?」
「それはわかる。わからないのは、アイツが何をやろうとしているかだ。」
「あーっと、確か建物を氷漬けにしたんだっけか?」
サーレーがウェザーに、問いかけた。
「いや、建物を覆ったのは氷塊のごく一部だ。単体で強力極まりない能力だった。そこから先に一体どんな凶悪な能力があるのか、見当もつかん。」
「うーん。」
サーレーは、普段はほとんど使用することのない頭脳を全力回転させた。
ウェザーはサーレーの頭から湯気が立ち上がる様子を、幻視した。旧式の勘ピューターが、フルスロットルだ。サーレーの緑色の脳細胞がショーペロ(ストライキ)を起こすのも、そう遠い未来のことではない。
「……そうだな。そこから俺に思い当たるものは、ヨークルハウプスくらいだな。」
「ヨークル?」
「アイスランド語だ。氷河湖決壊洪水と訳する天災だ。火山の活動により氷河湖が決壊し、周囲に膨大な量の水を撒き散らす。」
「それはそんなに凶悪なものなのか?」
「水害は実際に経験したことの無い人間には被害が想像しづらいかもしれないが、まあ何もかもを押し潰して流す無差別な天災だな。フツーにスタンドの域を超えている。どっちかと言うと世界を破滅させる悪役側の能力だ。氷河が作れて天候を操るスタンド使いがいるのなら、理屈上は擬似的な再現が可能なのかもしれない。」
サーレーは思考を巡らせた。
氷河と大量の水があれば、あとは火山の役割が必要なだけだ。しかしウェザーもフランシスも天候を操るスタンド使いであり、特にフランシスは雲を操り雷を自在に発生させるトンデモスタンド使いだ。氷は絶縁体だが、全く電気を通さないというわけではない。最大で10億ボルトにも達すると言われる自然界の雷の膨大な熱量があれば、氷を解かすことも可能だろう。
高圧電流を伴う膨大な水流が、周囲を蹂躙する。天災以外に言いようがない、広域殲滅能力だ。
サーレーは想像して、身震いした。
「……絶対やんなよ!練習でも!フリじゃねえぞ!その土地が大変なことになる。」
「ああ。ていうかできるとも思えない。」
「出来てもやるな!ったくあの男は用心深いんだか馬鹿なんだか……。トンデモヤロー共が。」
「というか、倉庫の壁を破壊してしまって良かったのか?」
「あっ、やべっ!」
サーレーは慌てた。
また給料を差し引かれてしまう。
さすがに天災が必要な敵が出てくるとも思えない。というか出て来て欲しくない。
フランシスの用心と備えを怠らない姿勢は評価できるが……。
サーレーは小声でブツブツ呟いた。
ウェザーは「お前が一番のトンデモヤローだ。」と、サーレーに指摘しそびれた。