噛ませ犬のクラフトワーク   作:刺身798円

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番外編 チンピラ、フランスに出向する

困った。非常に困った。

 

「副長、俺たちの任期って、いつまでなのでしょうか?」

 

それについて何も考えてなかったわけでは、ない。

しかし、ミスタにとってもジョルノにとっても、色々と想定外だった。

想定外のことが起こるのは当たり前だが、想定外のことが起こると想定してなおも、想定外だった。

 

そもそもなぜチンピラ二人が暗殺チーム行きになったのかの経緯を、思い起こそうか。

二人はポルポの遺産を巡ってカプリ島でブチャラティチームと敵対し、敗北した。

その後にブチャラティチームの新人、ジョルノがディアボロを打倒してパッショーネのボスになったために、彼らには罪を禊ぐ必要が出てきたのだ。

 

何が問題なのか、よくよく考えよう。

ブチャラティチームと二人が敵対した時点では、ジョルノはただのパッショーネの新入りだった。

二人が競ったポルポの遺産は、死人の隠し財産であり、その入手は早い者勝ちだった。

そしてポルポを暗殺したのは、ジョルノである。

 

……。

サーレーとズッケェロは成り行きでブチャラティチームと敵対しただけであり、別に表立ってパッショーネに逆らったわけではない。

ボスであるジョルノが死んだ幹部ポルポの遺産を回収する際チンピラたちと争ったために(周囲にはそう説明している)、罪を禊ぐ必要があった。

 

やったことを客観的に見ると、チンピラとブチャラティチームの所業はどっこいどっこいであり、むしろ組織の幹部であるポルポを暗殺したブチャラティチームの方がパッショーネに叛逆していたと言っていい。事実ジョルノは、パッショーネの乗っ取りを画策していた。

(とは言っても、ジョルノたちには結果としてディアボロを駆除したという功績があるのだが。物事の複雑さがよくわかる事件だったと言える。しかし過程をすっ飛ばして結果だけを論じるのは、ディアボロと同様の思考である。結果としてチンピラはパッショーネのボスに逆らったことになったが、過程では組織の下っ端同士のただの小競り合いだった。人生とは過程の連続で、死後に始めて何を為し得たかの結果が残ると言ってもいいだろう。)

 

二人のチンピラの何が悪かったかを強いて挙げれば、ブチャラティチームより弱かったことであるとしか言えない。

 

それに関しても、ズッケェロは一応ブチャラティチームをギリギリまで追い詰めたし、サーレーにも全く見所がなかったわけではない。

 

新しいジョルノのパッショーネにとって二人は有用な人材であったため、今まで上手く扱って暗殺チームを担当させていた。

暗殺チームはその本質が汚れ仕事であり、自分からやりたがる人間などあまり多くはいない。志願制にすると、他人に対する嗜虐気質を持つ、職務に傾倒してやり過ぎる奴らばかりが集まることになる。暗殺チームが居なくなれば社会が荒廃するにも関わらず、暗殺チームは社会を構成する大多数に倫理的に受け入れられない。矛盾だ。

 

だからこそ神職という綺麗事で飾り、裏社会で庇って誹謗中傷が向くことを防ぐ必要がある。地位を与え、社会に居場所が存在することをきちんと明示する。背後(バック)に社会がついて、彼らをいわれなき非難から守るのである。そこには相互の愛情が、必要不可欠だ。

 

「……落ち着け。」

「「はいッッ!!!」」

 

いや、俺が落ち着け。

グイード・ミスタは、頭をポリポリかいた。

 

素行は悪くても、万死に値することをしでかしたわけでもない。

たとえそれがディアボロのパッショーネであれば万死に値する行為だったとしても、今はジョルノのパッショーネだ。コソ泥風情に死を以って償わせるのは、やり過ぎだ。更生を試みることもせずに刑を執行する愛のない裏社会に、存在意義はない。ルールが人を守るために存在するのと同様に、人は社会のために生き、社会は人のために存在する。

 

上手く懐柔して秘密を口にするようなことさえなければ、チンピラ二人はさほど問題にならないといえる。

ましてや今のパッショーネは盤石で、今さらジョルノが偽物のボスだと喚いたところで誰も信じないだろう。

 

もともとミスタは、そこそこイタリアに貢献して次代の暗殺チームを育てれば、二人を赦すつもりだった。

ジョルノがボスとなってミスタとムーロロが暗殺チームを担当した時に、国内のキナ臭い問題は上手く処理し、そうそう問題は起こらないはず、だった。

 

それが、この有様である。

連続して奇妙な事件が起こり、エジプトに出張させ、アメリカの刑務所に出張させ、挙句にイタリアで各章のボス(プッチとディアボロ。世界を自分本位に一旦終わらせようとする倒錯神父とヨーロッパを蝕む害虫悪魔の最低のタッグ。)がタッグを組んでパッショーネに襲いかかってきた。ひどすぎる。

チンピラはイタリアの戦いで、明確にイタリアに貢献した。特にサーレーは強靭でしぶとく、プッチとディアボロを揃って討ち取るというバカみたいな戦功を挙げてしまった。これでイタリアに貢献していないとは、口が裂けても言えない。

 

有事を想定して実力向上と職務倫理の育成こそ本気で行っていたものの、実際にイタリアで起こった事件が想定よりもハードだった。

本来ならばイタリア国内でさほどの問題が起こらず、そこそこ長い期間を二人に担当させて、その間に人材を暗殺チームに新たに送り込む予定だった。暗殺チームはある程度任期を決めて回さないと、あまり長い期間同じ人間に担当させると担当者が必ず死ぬという不満がいずれ噴出することになる。明確に期間を決めておけば、死者が出ても不運だったで済ますしかない。実力次第で生き延びる余地が生まれる。

ゆえにそこそこの期間を二人に担当させて、機を見てまたやらかした人材を暗殺チームに送り込む予定であった。

 

それが蓋を開けてみれば、本来最終手段であるはずの暗殺チームが獅子奮迅の大活躍。

イタリア国内の問題で暗殺チームの人材補填が後回しになり、二人の価値は青天井で跳ね上がることになった。暗殺チームは自分たちの独力でスピードワゴン財団に特大の貸しを作り、アメリカとの同盟とパッショーネにとって有用な人物を引き連れて帰ってきた。すごいことに、アメリカ裏社会ではチンピラコンビは崇敬の対象らしい。

 

パッショーネは今現在戦いで被害を受けたローマの復興事業に力を入れており、暗殺チームの人材補填にまで手が回らない。手の空いたサーレーとズッケェロも、今現在ローマの復興に回している。

 

「……。」

「「……。」」

 

サーレーとズッケェロのピュアな視線がミスタに向かっていて、針の筵だ。

どうしよう。どうしたものか。

 

二人を暗殺チームの担当にするにあたって、任期を明言しとかなくてよかった。本当によかった。

大人は、ウソつきではないのです。間違いをするだけなのです。

 

ジョルノのパッショーネの暗殺チームの最大の強みとは、ボスであるジョルノのゴールド・エクスペリエンスにある。暗殺チームが生還さえすれば、ジョルノが回復させて何回でも使い回せるのだ。

その点で言っても二人は極めて有能であり、この上ない人材だといえる。二人が暗殺チームを担当している間は、パッショーネは安泰だと言ってもよさそうだ。是非ともなるべく長く担当していただきたい。

 

「おい、お前ら。」

 

ミスタは貫禄たっぷりで、二人に話しかけた。

 

「「はい!」」

「ミラノでもうすぐパッショーネ所有の高級ナイトクラブが開店する。……俺がそこに連れて行ってやるよ。」

「「いいんですか?」」

 

パッショーネの高級ナイトクラブといえば、いい女が所属する政治家やセレブなど著名人の御用達。

本来ならばチンピラ二人には無縁の代物だ。是非とも行きたい!

サーレーもズッケェロも、縁がないはずだった世界に興味津々だ。

 

「……月に一回、俺が暗殺チームをナイトクラブに連れて行ってやる。その代わり、任期の話はしばらく忘れろ。……いいな?」

「「はいッッッ!!!」」

 

扱い易くて助かる。本当に助かる。

しかし、ミスタのポケットマネーが出て行くことになる。

まあそれはしかたない。新たに人材を育てるよりは、圧倒的に安上がりに済んだと言えるだろう。

 

ミスタは、ため息をついた。

 

◼️◼️◼️

 

「やっべ、マジやっべ。」

「キャー、超イケメン!」

 

いい女とは、遊びに来た客をいい気分にして帰らせる人間のことである。客はいい気分になって、明日への活力をもらって帰路につく。

対価をもらって客を接待し、決して安くない金をもらいながらその価値があると思わせるプロフェッショナルだ。

 

「こっち来てー。」

「足なっが!身長高っか。」

「ミスタ副長、なんなんすかね、この差別は?」

「……俺が店長に文句言っといてやるよ。」

 

ズッケェロが、ミスタに陳情した。

ミスタもサーレーもズッケェロも、接待されていないわけではない。

しかしウェザーとのそれとは、あからさまな格差が存在した。

 

アナスイは同行を辞退し、ホル・ホースは黙って置いてきた。

ドナテロにはミラノ支部防衛チームという新たな社会があり、いつまでも暗殺チームが先輩ヅラするのは良いことではない。

そういった理由により、ミスタ、サーレー、ズッケェロ、ウェザーの四人でミラノのナイトクラブに遊びに来ていた。

 

「どこに住んでんのー。」

「いや、俺は……。」

「イタリアの人ー?」

「いや。」

「まつげ長!すっげ筋肉質!」

「オメーラ、こっちの接待も真面目にやれ!!!」

「キャー、イヤーッッ!」

 

ミスタが怒って席を立ち、ドレスで着飾った女性たちは笑いながら逃げ出した。

 

「ったく、仕方のねー奴らだ。」

「まあまあ、副長。サボってるわけじゃねーっすよ。ウェザーに過剰接待してるってだけで。」

 

ズッケェロがミスタに笑いかけた。

 

「……客を依怙贔屓するんなら、わからないようにやれってんだ!ったく。うん、どうしたんだサーレー?」

 

ミスタは、不貞腐れた。サーレーは無言だ。

サーレーは女性から時折向けられる、奇妙なものを見るような視線に快感を覚えていた。

 

「まあいい。おい、サーレー。ところで。」

「……はい?」

 

ミスタに呼びかけられて、サーレーは桃源郷から帰還した。

 

「お前らにフランスから合同訓練の依頼が来ている。どうする?」

「合同訓練?」

 

暗殺チームは、基本各国の門外不出品だ。しかしそこには、裏技も存在する。

各国の暗殺チームの実力には差があり、自国の人員の実力に不安があるときは才能ある人間を出向や合同訓練という形をとって、同盟内の他国の暗殺チームに教えを乞うために派遣することがある。

そうすれば暗殺チームの人脈が広がり、実力の向上が見込める。

 

スイスの暗殺チームリーダーやノルウェーの暗殺チームリーダーなどは、過去にフランス暗殺チームに出向していた経験を持つ。

フランスは超人気銘柄で、本来ならば指名される側だ。

 

「ああ。どうにも向こうのチームリーダーの指名らしい。フランスと言えばヨーロッパ最強と名高いスタンド使いが所属している。お前、行ってみないか?」

「なぜそんなところから、合同訓練の依頼が?」

 

サーレーはワインを飲み、空いたグラスに女性が新たにワインを注いだ。

ミスタはツマミを齧りながら、ウォッカを口に含んだ。

 

「どうにも向こうのチームリーダーが、ウェザーのことがいたく気に入ったみたいなんだ。フランスは超人気で、他国からの合同訓練の依頼を頻繁に受けている。そんなチームからの逆指名だ。どうするよ?」

 

サーレーは考えた。気になる。行ってみたい。感情で言えば行くという選択肢しかあり得ない。

しかし。

 

「期間はそんなに長くはならねえ。来月から一週間程度だ。そのくらいの間なら、俺が穴埋めをしておいてやる。ウェザーと二人で行ってこい。」

「二人?」

 

イタリアを離れることに危機感を感じたサーレーは、ミスタの言葉に疑問を感じた。

サーレーはイタリアの事件が実際に起こったことで、イタリアを離れることに対して慎重になっていた。

 

「ああ。向こうは近接戦闘のプロフェッショナルだからな。ズッケェロやホル・ホースには向かねぇだろ。お前がいねぇ間は、俺がお前の代わりをしておくよ。」

 

サーレーはズッケェロの顔を見た。

 

「いいよ。俺たちはおいといて、お前たちで行ってきな。俺にはペットの猫の世話もあるしさ。」

「キャー、ズッケェロちゃん、男前、カッコいいー。」

 

ズッケェロがサーレーに言葉をかけた。

ズッケェロの傍には黒髪の女性が座って、接待している。

 

「ま、そういうわけだ。無理強いはしねえが、先輩から学ぶこともあるだろう?」

 

ミスタの横に小柄な女性が腰掛け、グラスにウォッカを注いだ。

 

「ウェザー?」

「受けるかどうかはお前が決めてくれ。個人的には、アリだと思う。」

 

頬にキスマークをつけたウェザーが、サーレーに返答した。

 

「わかりました。その話、受けさせてもらいます。」

「ああ。行ってこい。相手がどれくらい強いのか、体感してくるといい。」

 

ミスタが隣の女性にウィンクしながら、サーレーに返答した。

 

◼️◼️◼️

 

「……雲を展開する速さ、能力を使用する練度、身体能力、自身を最大限有利に生かす戦術の確立。まさしくバケモノだな。」

 

ウェザーは冷静に、俯瞰で分析した。

ここはパリ郊外にあるフランス暗殺チームの訓練場、フランス暗殺チームは育成に金をかけており、表社会からさまざまな最先端の技術を供与してもらっていた。

さまざまなトレーニング器具があり、食事にも制限を課し、生活にもサイクルを義務付けている。

 

ここはその中でも、室内のひらけた実戦用訓練場だった。

そこではサーレーとフランシスが模擬戦を行なっている。

 

模擬戦開始と同時に訓練場の中央を雲が覆い、フランシスは天井から下の様子を伺っている。

サーレーは雲に巻かれて視界を失い、フランシスは天井を凍らせて足場にして張り付いていた。

フランシスは模擬戦の様子を周囲に見せて勉強させるために、あえて雲の展開範囲を狭めていた。

 

◼️◼️◼️

 

サーレーと対面する男は、フランシス・ローウェンという名の男。

赤い髪に青い目、彫りが深く、長身で190センチ前後、筋肉質な割にはスマートな体型をしている。

服は、黒いシャツを着て紺のジーンズを履いている。

 

模擬戦が始まった。

訓練場の広さは、三十メートル四方、高さは三メートルといったところ。

フランス暗殺チームの副リーダーが試合開始の合図を発するとともに、フランシスのスタンドから周囲に雲が撒き散らされた。

 

「くっ……!!!」

 

あっという間に訓練場を覆う雲にサーレーは瞬く間に視界を失い、敵の不意の攻撃に対処するためにラニャテーラを展開する。

フランシスはしなやかな筋肉で訓練場の壁を駆け登り、天井から真下のサーレーの様子を確認した。

 

フランシスのスタンドは雲を生成し自在に操る能力であり、雲内を流れる気流による微細な雲の動きから敵の動きを敏感に察知する。

フランシスの雲に巻かれたサーレーは敵の出方を伺えずに、このまま消耗の激しいラニャテーラを展開したままでいるか、闇雲に突っ込むべきか迷っていた。

天井のフランシスがサーレー目掛けて飛び降りた。その様は獲物を狙う肉食の猛獣のようにしなやかで俊敏で、サーレーは慌てて突然背中に跳び乗ったフランシスを固定しようとするも、体に雲内の電流が流れて痺れて遅れをとった。必死に対応しようとするも時遅く、フランシスのスタンドの拳はサーレーの首筋に当てられていた。

 

「……参った。」

 

サーレーの敗北宣言を受けて、フランシスがサーレーの背中から飛び降りた。

訓練場の雲は、かき消えた。

 

驕っていたつもりはない。

ミスタ副長はサーレーに勝てるし、ズッケェロのような初見殺し的な厄介なスタンド使いもいる。世界にはたくさんのスタンド使いがいて、その中にはサーレーが及びもしないスタンド使いがいてもおかしくない。サーレーはそう考えている。

それでも、真っ向力勝負であれば誰が相手でもそこそこ戦えるつもりでいた。

 

「すげえな。あっという間に負けちまった……。」

 

サーレーはつぶやいた。

 

「もう一回やるか?」

「是非ともお願いする。」

 

一本目は互いの能力を知らない状態での戦い、二本目は多少相手の情報が知れている状態での戦い。

それぞれ違った意味合いを持つ。

 

二本目の合図が出された。

フランシスが雲を高速で展開し、サーレーはそれに対応して周囲の気流を固定した。

 

「ほう。」

「同じ手は、食わねえ!」

 

中途半端に雲が展開され、サーレーはフランシスに詰め寄った。

フランシスに拳を伸ばそうとするも、サーレーの腕の関節を薄氷が覆い、掴もうとする隙にフランシスはゆらゆらと逃げて行く。

慌ててラニャテーラを展開するも、後の祭り。フランシスは雲の中に姿をくらまし、気流を固定された訓練場内をフランシスが展開する雲が緩やかな速度で増えて行った。

 

「そっちじゃないな。」

「てめっっ!クソ!!!」

 

フランシス・ローウェンは変幻自在の怪物。

戦闘における引き出しは奥が深く、対峙する者はその実像を掴むことが非常に困難だ。

 

声のした方にサーレーは突っ込むも、まるで的外れでフランシスを見つけられない。

そうこうしてるうちにも、未だ訓練場内を緩やかに雲は増えて行く。場所(フィールド)は、どんどんフランシスにとって有利になっていく。

 

「出てきやがれッッッ!」

「自力で見つけてみせろ。」

 

サーレーが声がした雲の中に突っ込み、上方から再びフランシスがサーレー目掛けて降ってきた。

 

「……参った。」

「二度も同じ手にかかるのは感心しないな。」

 

フランシスは涼しい顔でサーレーに告げ、サーレーは憤慨した。

サーレーは訓練場の床で、フランシスに組み敷かれていた。

 

「凄いな。うちのリーダーも、決して弱くはないはずなのだが。」

 

ウェザーは素直に感心した。

 

「まあ、フランシスさんはちょっとおかしいっすからねー。」

 

ウェザーの横に座る、フランス暗殺チームの人間が返答した。

茶色い髪をした、20歳前後くらいの男性の若者だった。

 

「そうなのか。」

「ええ。近接戦闘でもめっぽう強いくせに、遠距離で強力な攻撃も可能。さらに自分をもっとも活かせる戦法をとってきますからね。以前は俺も自分が強いと考えてましたが、完全に鼻っ柱を折られました。恥ずかしかったっす。」

 

茶色い髪の若者は、恥ずかしそうに笑った。

 

◼️◼️◼️

 

「週に一回の、コレが楽しみなんすよ。」

 

茶髪の若者がウェザーに笑いかけた。

フランスの暗殺チームの人員は、全部で9人。サーレーとウェザー合わせて11人だ。

11人で、食卓のテーブルを囲んだ。

 

「なるほど、確かに美味いな。」

 

フランス暗殺チームの晩餐は、フランシスが調理したブイヤベースだった。

ブイヤベースとはフランスのマルセイユ発祥、魚介類をハーブやオリーブオイル、ニンニクなどで煮込んだ料理である。

 

普段は簡素な食事をとる暗殺チームには、週に一回フランシスが手がけた料理が提供される。普段食事が簡素な理由は、いざ苦境に立たされた時になんでも食べられるようにするためである。それは部下を想うフランシスが、暗殺チームが生き残るためのモチベーションの一つになればと努力したものだ。週に一度美味い料理を出せば、部下はそれを目的に生還しようという気になる。

フランシス・ローウェンは戦闘に関しては天賦の才を持っていたが、料理や語学の才能は人並みである。

 

天国は、日々の細やかな幸せの中に存在する。

それは表現の仕方や文化は違えど、裏社会の暗殺チームの共通見解である。

理想(それ)を見失えば、暗殺チームはそもそもの存在意義を失う。生還のモチベーションも低下し、社会の害悪と見做されて民衆から石を投げられ淘汰される存在へと成り下がる。

 

「リーダーが俺たちのために努力して作ってくれたと考えたら、頭上がんねっすよ。」

「味はどうだ?」

「非常に美味だ。」

 

少人数でテーブル席を囲み、フランシスはウェザーに料理の味が舌に合うか問いかけた。

若者向けにあえて若干塩気を強くしたその料理に、ウェザーはフランシスの苦労を感じ取った。

 

「そうか、よかった。」

「ちっ、完璧超人気取りか!料理ができた方が、女にモテるってか?」

「サーレー、僻みは良くないぞ。」

「うるせえ。自分でわかってんよ!」

 

サーレーがブツブツ文句を言い、ウェザーがそれを窘めた。

文句を言いながらもサーレーのフォークは止まらず、フランシスはサーレーの小言を笑って受け流した。

 

「それにしても、本当に強いな。まさかサーレーが手も足も出ずに敗北するとは。」

「そうでもない。二人いたら、勝てたかわからない。」

 

フランシスは、さらっととんでもないことを言い出した。

 

「テメッッ、二人がかりでもないと負けないってか!」

「暗殺チームは、あらゆる事態を想定する。多対一なんて、戦闘では基本中の基本だろう?」

 

言われてしまえば、その通りかもしれない。

サーレーは敵が全員フランシスで、大人数で襲いかかってくる様を想像した。

 

「絶望だな。」

 

少なくとも現時点の実力では、とても勝ち目がない。一人でも軽くあしらわれてしまっている。

 

「模擬戦が鎮圧目的だという理由もあるだろう。殺傷目的の戦闘であれば、また過程も結果も変わってくる。必死の戦いは、模擬戦ほど簡単なものじゃない。どちらが先に仕掛けるか、味方側の索敵能力なども戦闘の結果に密接に関わってくる。」

 

フランシスのその言葉に、サーレーは納得した。

以前サーレーたちが麻薬チームに破れたのも、その最大の理由が敵に索敵に優れたスタンド使いがいたという一面がある。

 

「だからこそ、あらゆる事態を想定しておくべきだ。俺が敵だったら、お前はどうしていた?」

「テメッッッ!!!」

 

フランシスは、サーレーに向けてニヤリと笑った。

 

「それを常に考えておくべきだ。味方に強い人間がいるから自分たちは安泰だ、は一般市民にのみ許される思考だ。それでは戦士失格だ。」

 

ぐうの音も出ない正論だ。

いつまた強力な敵が現れるかもわからないし、前回の戦いではフランシスは成り行き上パッショーネの敵に回っていた。

パッショーネがフランスと敵対した場合、サーレーは必勝の確信が持てない。それどころか、非常に苦しい戦いとなるだろう。

 

食事はお開きになり、一同は就寝した。

 

◼️◼️◼️

 

「俺がそんな挑発に乗るとでも?」

「ああ。アンタは乗るね。」

「おい、サーレー!」

 

翌日の朝の朝食後。

訓練場でフランシスは涼やかに笑い、サーレーは挑発し、ウェザーは困惑している。

周囲では、フランシスに押し止められた部下がことの成り行きを見守っている。

 

「アンタは昨日、多対一なんて戦闘の基本だといったろう?」

「まあな。」

 

サーレーの挑発は、二対一であればフランシスにも勝てるという口上だった。

二対一とは、当然サーレーとウェザー対フランシスである。

 

「俺一人じゃあアンタを満足させられなかった。だが、ウェザーと二人がかりならアンタにも勝てる。アンタにとっても、いい戦闘経験になるだろう?アンタは自分で、もしアンタが敵だったらどうすると言ったはずだ。ガッカリはさせないぜ。」

「おい、よせサーレー!!!」

 

ウェザーはサーレーの失礼な態度に慌てた。

 

「いや、そいつの言うことはあながち間違いではない。ギリギリの戦いを経験することは、いざという時の財産になる。ただし……。」

 

フランシスは、獰猛に笑った。

 

「そこまで言うのなら、ちゃんと手応えのある敵であってくれよ?」

「……ッッッ!!!」

 

フランシスの威圧が、サーレーを襲った。

 

「上等ッッッ!!!」

 

戦いが、決定した。

昨日と同じ審判が、試合を開始する合図を告げた。

 

「ウェザー、雲の対応を任せた!」

「了解!」

 

訓練場に雲が展開され、ウェザー・リポートの逆巻く風が訓練場に吹き荒れ、フランシスの雲を拡散させた。

ウェザー・リポートはフランシスにとって数少ない、天敵と呼べる存在であった。

サーレーとウェザーのシルエットは重なり、サーレーは前面に出てフランシスと己の距離を詰めた。

 

「……やっぱそう来るか。」

「たりめーだろーがッッッ!!!」

 

サーレーは周囲にラニャテーラを展開し、絡め取る蜘蛛の糸がフランシスの行動に枷をかける。

フランシスは近接戦闘の技量はサーレーに勝るも、ラニャテーラとコマ送りの補正により、サーレーは至近距離でフランシスのハイアー・クラウドと互角に拳を交わした。僅かな時間にサーレーとフランシスの間にいくつもの拳の応酬がなされ、あえてサーレーはフランシスの拳を固定しない。

サーレーは至近で、蜘蛛の土俵上でクラフト・ワークと真っ向から互角に撃ちあえるフランシスに、本当に強い相手だと感心した。

 

「……厄介だな。」

 

フランシスは目の端でウェザーの動向を追い、試合開始すぐに敵との距離を取り損なった己の失着を悔いた。ウェザーは膨らむ動きでフランシスの背後を取り、挟撃しようとしている。フランシスは退避という選択肢を思考した。

ウェザーの動きにフランシスが気を取られた瞬間に、サーレーはフランシスの右拳を唐突に自身の左拳に固定して、拳を手前に引いてフランシスの体勢を崩しにかかった。

 

ここまでサーレーが一方的にやられる展開だけだったために、フランシスはサーレーのクラフト・ワークの能力分析が出来ていない。サーレーはここまでフランシスに知られていないクラフト・ワークの能力をひた隠し、ここ一番で切ってきた。戦闘に変化をつけて、対応させる。

フランシスはウェザーの動きに気を取られ、唐突に自身の拳を固定され体勢を崩しにかかられ、挙句にラニャテーラで体に負荷がかかっている。

 

一気呵成にクラフト・ワークの得意な能力を全て喰らい、フランシスは致命的な隙を見せた。

ウェザー・リポートの拳が、背後からフランシスに突きつけられた。

 

「……参った。」

 

フランシスは訓練場に片膝をつき、敗北宣言を出した。

 

「もう一回やるか?」

「これ以上部下の前で恥をかかせるのは、勘弁してくれ。」

 

フランシスは涼しげに、笑った。

 

「……済まないな。」

 

サーレーの強引さを、ウェザーは詫びた。

 

「いや、構わんよ。」

「それにしてもこっちにこんな有利な状況で戦わせてしまって……。」

 

ウェザーは相手のリーダーに恥をかかせてしまったのではないかと、恐々としていた。

 

「いいや?何のために暗殺者がチームを組んでいるのかを考えれば、当然の戦術だ。競技であれば、ルールがあってしかるべきだ。しかし暗殺チームは、失敗が許されないからな。それに万が一パッショーネが敵に回った時のことを考えれば、こんなにも強い奴らがいると知れただけでも俺にとっては十分な収穫だ。」

「テメエ……。」

「いいチームだな。」

 

フランシスは笑い、余裕を崩さない。

その鉄面皮を崩してやろうと思ったのだが、フランシスの精神は強靭だった。

 

◼️◼️◼️

 

「じゃあまた来てくださいねー。」

 

茶色い髪の若者が、パリのオルリー空港までサーレーたちの見送りに来ていた。

サーレーたちはデパートで、マドレーヌを筆頭にお菓子を山ほど土産として渡された。

 

「リーダーもまた遊びに来て欲しいと言ってたんで。」

「ああ、ありがとう。しかし……遊びではなく合同訓練だったはずなのだが?」

 

ウェザーは首を傾げた。

 

「リーダーの口癖なんすよ。」

 

茶色い髪の若者は、明るく笑った。

 

「ウェザー、乗り遅れるぞ!」

「ああすまない。……じゃあ、またな。」

 

サーレーがウェザーを呼んだ。もう行かないといけない。

ウェザーは笑って、若者に手を振った。

 

◼️◼️◼️

 

「二回目をやってれば、多分負けてたな。俺たちに華を持たせてくれた。」

「ああ。」

 

一週間の合同訓練が終わり、サーレーとウェザーはイタリア行きの飛行機に搭乗していた。

 

フランシスは、強敵だった。

二対一でも奇襲で勝ったようなものであり、クラフト・ワークの能力の詳細が知れた二戦目はフランシスも対応してくるだろう。

少し戦っただけでもわかる練磨された動きであり、次の戦いでは間違いなく新しい引き出しを開けてくるはずだ。戦闘経験が増えるほどに、あらゆる状況に対処する思考の速さと柔軟さが増す。それは生死を賭けた戦いでこそ、より強烈に存在感を示す。

 

フランシスは精神も強靭で、二対一とはいえ敗北した後に微塵も表情を崩さず、強がりにも見えなかった。単純に、自身に勝つために手段を変えてきたサーレーに驚嘆と賞賛を贈っているようにも見えた。

あれほど精神的に強いリーダーがいるのなら、部下が弱いとも考え難い。精神に大きな支柱があるのなら、人はなかなか倒れない。

 

「強い奴がいるもんだなあ。俺たちもまだまだだな。」

「まったくだ。」

「前日にアイツが俺が二人いたら危なかったと言ったのは、俺たちに二人がかりでかかってこいという意味合いだったんじゃねえか?」

「どうだろうな?」

「……いつアイツがイタリアの敵に回るかも知れねえ。油断は禁物だ!」

「多分、それはさすがに考えすぎだと思う。」

 

サーレーの真剣だがちょっとズレた言葉を、ウェザーは軽くいなした。

しかしフランシスは敵ではないと思うが、強い敵が現れないとも限らないというのは同意しておこうか。

ウェザーはサーレーの言葉の一部分には、同意した。

 

「……一対一でもいつか勝てるようになりてぇな。」

「ああ。」

 

フランス、パリからイタリア、ミラノまでのフライト時間は一時間と少々だ。

サーレーとウェザーは窓際の席に並んで座り、帰還まで眼下の光景を楽しんだ。

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