噛ませ犬のクラフトワーク 作:刺身798円
ーーた……高え……!!
イタリアのミラノ、家電製品店のショーウィンドウにへばりつく一人のチンピラ。ショーウィンドウのガラスには彼の姿が映り、あたかも蟹のごとき陰影が浮かび上がっている。鼻息は荒く、ガラスには彼の指紋がべったりと付いている。
彼は、財布の中身を確認した。店員が、そんな彼のそばに近寄った。
「お客様、何をお探しでしょうか?」
「ああっ、いいえ!!!」
挙動不審に慌てふためく奇妙な容貌の客に、店員は首を傾げた。
欲しいものの値段はおよそ300ユーロ。値札が付けられている。
財布の中身は30ユーロ。預金にも残高はない。
貧乏と、笑うがいいさ。彼は自嘲した。
黒くて、ピカピカで、カッコいい。
角ばっていて重厚感のあるそのフォルムは、彼に子供の頃に捕まえたヨーロッパサイカブトを想起させた。
小学生は、ゴツゴツしていてカッコいいものが好きなのである。
ーーええ!物欲が、ムンムン湧いてくるじゃあねーかッッッ!!!おいッ!
それは遠い思い出。
彼はすでに忘却の彼方に追いやってしまっているが、彼が幼少の頃に捕まえたヨーロッパサイカブトは、彼の管理不行き届きにより近所の野良猫の狩猟用のおもちゃになってしまっていた。
彼は都合の悪いことは、決して思い出さない。
基本は脳内、お花畑だ。でも案外それが、幸福に生きるための秘訣なのかもしれない。
まあさすがに、スマートフォンが猫に食べられることはないだろう。(余談だが、ヨーロッパではカブトムシ飼育は一般的にゲテモノ趣味として扱われるらしい。)
ーーしかし、手持ちは30ユーロ。……全然足りない。次に給料が入るまであと一週間。
彼……サーレーは首をひねった。
どうしても今欲しい。ここで欲しい。すぐ欲しい。しかし全然金が足りない。
手持ちの現金で手に入らないのなら、余計に欲しくなるのは人の性。
そもそも食費としてあと一週間を30ユーロでもたせねばならず、すでにギリギリだ。
何かスーパーな解決法はないだろうか?
ことの始まりは、あまりにも単純である。
いつものように飲み屋に行ったサーレーが懐からガラパゴスな感じの携帯電話を取り出したところ、飲み屋の綺麗なねーちゃんが小馬鹿にするように鼻で笑ったのである。ありがちというかベタというか……。
(本来ガラパゴス携帯とは、日本の独自の機能の進化を遂げた携帯のことであるが、ここではあえて広義に周囲から置き去られ消え行く運命の旧式携帯電話を指すことにしよう。なぜならばわかりやすいから。ちなみにガラパゴス諸島の生物は多様性の観点上、種の保全の必要性が公に認められているが、絶滅に向かい行くサーレーの携帯電話が保全の必要性が公に認められているかは不明。)
その反応に恥ずかしくなったサーレーが飲み屋を出た後に
これには、サーレーも驚いた。
相棒はいつのまにか時代の波に乗り、サーレーは一人ポツリとガラパゴス諸島に取り残されてしまっている。由々しき事態だ。
裏切り者に鉄槌を。失われ行く物の侘び寂びが分からない愚か者に、痛みを。
ガラパゴスゾウガメの、ガラパゴスペンギンの、ガラパゴスリクイグアナの力を思い知れ!
『あいてっ!』
サーレーはこっそりズッケェロのすねを蹴って逃げ、翌日近所の家電製品店にブツの値段を確かめに来ていた。
サーレーもぜひとも最新のスマートフォンを手に入れ、うさんくさいチラシの広告のごとく飲み屋のねーちゃんたちにモテモテになるのだ!
『キャー、サーレーさん、ステキ!』
『スンゲ!四角!マジ四角!四角くて、スゲー強そう!私のスマホよりも強そう!赤外線も多分、きっと、ヤベエ。チョーカッケエ!イカす!』
『ウフフ。ボウヤのスマートフォン、とてもセクシーね。お姉さん、嫌いじゃあないわ。』
「ウヒっ、ウヒヒィ。」
不審客は不気味に笑い、周囲の人々は警戒する。暑さに頭をやられたのかもしれない。警察を呼ぶべきだろうか?
家電製品店の客はショーウィンドウに張り付いた緑色の毛の怪しい男を遠巻きに囲み、店員は警戒しつつ今一度サーレーに忍び寄った。
「あの……お客様、何をお買い求めでしょうか?」
買わないならさっさと帰れという文言を飲み込み、果敢な店員は不審者がいつ襲いかかってきても逃げられるように及び腰で接客した。
「いや、すまない。」
サーレーはふと自分の怪しさを客観視した。警官を呼ばれるのもそう遠い未来ではない。
潮時だ。サーレーはいつのまにか寄ってきた客たちを尻目に、そそくさとその場を立ち去った。
◼️◼️◼️
手持ちのユーロに油性ペンでゼロを付け足すのはどうだろう?そうすれば30ユーロが300ユーロにならないだろうか?
……ダメだ。ジョジョに怒られる未来しか見えない。サーレーは肩を落とした。
ーーやはり、プランCしかあるまいか。
ミラノの公園のベンチに腰掛け、サーレーは戦略を練った。
目的は、手持ちの30ユーロを300ユーロにする。その方法。
ベンチに座ってコーヒーを飲みながら、どうにかその方法はないかとない知恵を振り絞ったところ、たった一つ思いついた方法がプランCだった。
ーーしかし……プランCは多大なリスクを伴う……。
リスク無くして、未来は開けない!今こそ戦う時だ!
サーレーの心の香ばしい部分が、諸手を挙げて煽り立てた。
ーーいいや、ジョジョに怒られるかも……。
サーレーの心の真っ当な部分が、サーレーを押し留める。
心の中で天使と悪魔が闘争を繰り広げ、悪魔がサーレーをそそのかす。
サーレーのプランとは、別に人道に反しているわけではない。
しかし、失敗するリスクがあり、失敗した時は周囲に迷惑をかけてしまうかもしれない。
ゆえにジョジョが現れてからこれまで、それをずっと禁じ手にしていた。
しかし目の前にはスマートフォン。どうしても欲しい。
……今こそ封印がとかれし時だ。
サーレーは迷いつつも、自然と足はそこに向かっている。
ガラパゴス製の携帯の時計を見ると、昼日中。開店までまだ時間がある。
サーレーは自宅の周りをぶらつきながら、時間を潰した。
◼️◼️◼️
「リーダー、悪いこたぁ言わねぇから、やめときなって。」
金髪にベストを着用した、壮年の男性がサーレーに忠告した。
彼の名は、ホル・ホース。
イタリアの争乱でサーレーたちと敵対し、ちゃっかりパッショーネの下っ端に収まって処遇を有耶無耶にされた男だ。器用で要領が良く、サーレーとは真逆な男である。
今の彼は暗殺チームの下っ端、サーレーの部下であり、普段はパッショーネ保有のカジノのディーラーとして生計を立てている。
「うるせぇ!男には、やらなければいけない時があるんだ!」
「……それは今じゃないと思うけどねえ。」
ホル・ホースは呆れ返って、ルーレット盤に球を投げ入れた。
サーレーのプランCとはプランカジノ、つまりギャンブルで手持ちを十倍にしようというしょうもない目論見だった。
ここは
ーー赤だぞ!赤だ!赤、来い!
サーレーの脳裏にラニャテーラを使用して不正しようかという思惑が過ぎるも、ここはパッショーネのカジノだ。
カジノにスタンド使いがいたりして、ジョジョやミスタ副長に不正がバレたら目も当てられない。しこたま怒られてしまう。というよりも、目の前の男がすでにスタンド使いである。
サーレーの手持ちの金は30ユーロが20ユーロになり10ユーロになり、もうこの一投が全てを決めてしまう。
ーー赤!赤!赤!!!
「そんなに身を乗り出しても、出目は変わりゃあしねえよ。」
「うるさい!!!」
サーレーの携帯電話が、音を立てた。
「ちっ、こんな時に一体誰が……。」
『やあ、サーレー。仕事だ。』
サーレーが電話に耳を当てると、聞き覚えのある、というかボスであるジョジョの声が聞こえてきた。
「ルーレットは、黒の26で確定しました。」
「ボ、ボスッッッ!!!」
サーレーは文無しになると同時に、慌ててカジノを後にした。
ミラノ駅で特急列車に乗って、ネアポリスへと向かった。最近では暗殺チームには特務の際、公共機関に対する便宜がはかられるようにパッショーネから根回しが行われていた。暗殺チームには表社会における警察手帳のような、特殊なカードがパッショーネから支給されていた。
「……なぁんか既視感があるんだよなぁ。」
ホル・ホースは、ボヤいた。既視感とは、現在の大ボス、ジョルノ・ジョバァーナのことである。
ホル・ホースは、どこかでジョルノと似た人物と出会った気がしていた。
自分より年下の人間だが仕えていて、不思議となんの違和感も抱かない。なぜだろうか?
「まっ、今の立ち位置もそう悪いもんじゃねえかな。こうなったら、パッショーネでNo.2を目指すとしましょうかね。人生は楽しんだもんが勝ちよ。」
とは言っても実質的な現No.2のグイード・ミスタは、強敵だ。そう簡単には成り上がれそうもないが、まあ少なくともやり甲斐はあると言っていい。
ホル・ホースは携帯電話を懐にしまい、笑った。
◼️◼️◼️
そろそろ収穫どきだろう。種は撒いた。
ジョルノはネアポリスの図書館で、思考した。
思考することは、亡きカンノーロ・ムーロロの後釜となりうる人材の補填だ。目星はつけてある。
「ジョジョ、サーレーがカジノに来てますぜ。」
携帯電話の先から声がした。通話相手は最近パッショーネに入団した、ホル・ホースと言う名の男。
頭の回転が速く、そこそこ使い勝手のいい男だ。人当たりが良く、賢く、暗殺チームと兼任させてカジノに勤務させている。
サーレーがカジノに来ているのなら、ちょうどいい。
この任務は彼に任せよう。対価を提案し、彼は労働力を差し出す。経済の基本だ。
どうせサーレーは、ギャンブルに勝てないだろう。
それにしても……ジョルノは笑った。
サーレーは扱いやすくて助かっているが、彼は分かっているのだろうか?
彼の給与がカジノに落とされるのならば、それはパッショーネの資金の一部になり、そこからサーレーの給与が支払われる。
サーレーはパッショーネの飲み屋に金を落とし、パッショーネの店で日用品を購入する。
金は上手に循環しているが、簡単すぎる。もう少し回収に手間取っても良さそうなものだが。まあ彼に経済の話をしてもしょうがない。
確実に言えるのは、彼は有事に凄まじく役に立ち、イタリアとパッショーネにとって有用な人材だということだろうか。
いざという時に真に役に立つのであれば、普段の多少の素行の悪さに目をつぶっても、ドッサリとお釣りがくる。備えあれば憂いなしであり、普段役に立たずとも確保しておく意味合いは非常に大きい。
普段はあまり役に立たない無駄飯ぐらいであったとしても、本当に苦しい時に助けてくれるのは死に物狂いで戦ってくれる兵士である。武力は、行使しないほうがよくても、決して軽視するべきではない。武力の無い組織は、張子の虎も同然だ。
そして危険な力であるゆえに、丁寧に扱い手間暇をかける必要性がある。必要になる前に用意しておくから意味があり、必要となった後で用意したところで手遅れである。
そもそも軍備とは、そういうものなのである。
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「君は文無しで、あと一週間どうやって過ごすつもりだい?」
「いっっっっ!!!」
ジョルノは悪い笑みを浮かべ、サーレーは懐事情がジョルノに筒抜けていることに驚愕した。
「まあいいさ。ちょうど君に頼みたいことがあったんだ。金銭を対価に支払うから、頼まれて欲しい。」
ジョジョの頼みを、サーレーは断れない。
金がないのもあるが、金があっても同じことだ。
「頼み事とは?」
「ローマにネズミが出るんだよ。パッショーネが保有する物件が、窃盗被害に遭っている。」
ジョルノは指を組んだ。
ネアポリスの図書館でジョルノは座り、サーレーはジョルノの前に立って指示を待っている。
「場所はローマの郊外。相手はパッショーネの盗難対策をくぐり抜けて窃盗する腕利きだ。君にその泥棒を捕まえてきて欲しい。ただし、相手を決して傷付けないように。」
「傷付けないように?」
サーレーは首を傾げた。
「簡単に事情を説明しておこうか。組織には、暗い部分が存在する。目的を同じくしても、たどる道は決して同じとは限らない。」
といってもこの程度は、闇の部類にも入らない。
しかし綺麗好きな人間は一定数存在し、当然彼らのことも尊重しないといけない。その結果、サーレーやカンノーロ・ムーロロのように暗黙の裡に懐に飲み込むという選択肢が採用される。裏側のことなど、知らないほうが幸せに生きられる。時に明るみに漏れて大衆が知るのは、社会の裏側があえて流した知らせても構わないおとりと言うべき情報だ。彼らはおとりの情報に社会を知った気になり、好奇心を満足させる。ゆえに裏社会はメディアを重宝し、情報部を重要視する。暗殺チームはその中でも、闇の最深奥だ。
ジョルノは、指を回した。
「どういうことでしょうか?」
「まあ言ってしまえば、組織には共有されない情報があるというだけだ。僕はその泥棒を、パッショーネの情報部の人員に欲している。なにしろどれだけ対策を練っても、盗みを成功させる手腕を持ち合わせているのだからね。使い方次第では、非常に有能な人材になりうると言える。警備の情報が向こうに筒抜けになっていると考えてまず間違いないだろう。でも引き抜きを画策しても、パッショーネ内部にはパッショーネから盗みを働く人間なんて信用できないという人間だってたくさんいる。」
ジョルノは少し目線を上げた。
「なるほど。」
「人がたくさんいればさまざまな価値観があり、それらは決して軽んじるべきではない。組織内部の不和のリスクになる。しかし、そのリスクをのんでなおもあまりある価値があるのなら、時にはそれを曲げる場合もある。言ってしまえば、僕はその泥棒に価値を見出しているんだよ。だからヘソを曲げられないように、乱暴をせずに相手を尊重してこっそりと僕の前に連れてきて欲しい。出来るね?」
出来るか、ではなく出来るね、とジョジョはサーレーに問いかけた。
出来ませんなどと言えるはずがない。
「お任せください。」
「これが作戦を行う建物の場所と構造だ。ローマの情報部に話をつけているから、現地で彼らから作戦を聞いてくれ。」
ジョルノはサーレーの前に資料を出した。
サーレーはざっと流し読みをした。
「それじゃあ頼んだよ。」
サーレーはネアポリスを後にした。
◼️◼️◼️
パッショーネも、案外マヌケだ。それとも彼に発現している超常の力に、単に対応の術がないだけなのか?
アルバロ・モッタは夕焼けに笑った。
彼は生まれつきのスタンド使い。金髪の二十代前半、そばかすヅラに中肉中背の若者。
スタンド名は
スタンドは常人には見えず、彼のスタンドは建物内部の警備をザルにする。
小人は警報を無効にし、先んじて警備巡回の情報を得ることができる。
いくら強大なパッショーネといえども、超常の力にはなす術がないらしい。
「これは、当然の行為だ。」
報いだ。
パッショーネはかつては麻薬をばら撒き私服を肥やし、今は高い商才によって権勢を誇っている。
彼の所属する組織はパッショーネより歴史が長く、今現在は隆盛するパッショーネにおされて存亡の危機にさらされている。
パッショーネさえなければ、彼の所属する組織はもっと裕福だったはずだ。
だったらパッショーネから盗難を働いたとしても、当然の権利だろう?
アルバロ・モッタは、そう考えている。
◼️◼️◼️
「お待ちしておりました。」
パッショーネのローマ支部で、情報部の人間がサーレーを出迎えた。
情報部の人間ということは、亡きカンノーロ・ムーロロの部下ということだ。
サーレーはビルのオフィスの一室に入室し、因果を含められた情報部の人間はサーレーを立ち上がって出迎えた。
事務机が並び、そこには五人ほどの人員がいた。
「状況と作戦を。」
彼らを代表して、眼鏡をかけた一人の男が話を始めた。
「次に被害に遭うのは、パッショーネ所有の美術館。ローマの新進気鋭の若手画家たちの作品です。パッショーネは彼らの後援者であり、ヨーロッパでは無名ですが、国内ではそこそこの額で作品の売買がされています。」
「なるほど。」
「盗難をしているのはローマに本拠をおく同業者、
「いや、ちょっと待て!待ってくれ!」
意味がわからない。犯人はすでにわかっているのか?
犯人がわかっているのなら、さっさと捕まえてしまえばいいのではないか?
「どうか?」
「犯人はすでにわかっているのか?」
「ええ。」
「……どういうことだ?」
サーレーは首をひねった。
「まあ少し事情があるんですよ。……ジョジョは試しておられたのです。情報部の人間には、高い知能と能力が求められます。特に群体のスタンド使いは非常に情報部の適性が高い。亡きカンノーロ・ムーロロは、本当に優秀な人間でした。」
「ああ。」
サーレーはうなずいた。
「情報はあらゆる局面で役に立ち、どのような部門とも密接に関わってきます。近代戦は情報戦だ。情報部の人間が優秀であることは、そのまま強い組織であることと同義であると言っても過言ではない。」
「なるほど。」
「ジョジョは所有物件の警備レベルを操作し、相手の能力を探っておられました。どの程度の人材なのか。結果として判明したことは、泥棒はパッショーネで使えば非常に有用な人物である可能性が高いということでした。」
「……。」
なるほど。
つまりジョジョは、カンノーロ・ムーロロの後釜となり得る人物を探していたということか。
そのために泥棒にあえて手出しをせず、試していた。だから傷を付けるなと。
「我々が犯人の正体を知る理由は簡単です。泥棒は、現行犯で逮捕するだけとは限りません。盗品の行方がわかれば、そこを遡って誰が盗んだのかを探ることが可能です。裏でのパッショーネの発言力は、絶大だ。誰も敵対したくない。皆が協力的でしたよ。だから我々は次に窃盗の被害に遭う場所も把握している。」
「なるほど。」
理由はわかった。しかし、他にも気にかかることはある。
サーレーは男に問いかけた。
「……ジョジョはその男を情報部の人材に欲している。アンタは、パッショーネから盗みを働く人間が同僚になっても構わないのか?」
サーレーの疑問に、男は静かに笑った。
「情報部の人間の能力は、組織の兵隊の損耗率と密接に関わってきます。我々がその男を受け入れることで同胞が助かるのなら、私たちの矜持など取るに足らない些細なことです。だいいち……。」
男は眼鏡を指で持ち上げた。
「亡き我らのリーダー、カンノーロ・ムーロロも、決して素行のいい人間ではありませんでした。それでもジョジョのパッショーネで、きっと彼に救われた人間も大勢いることでしょう。」
彼は寂しそうに、笑った。
◼️◼️◼️
アルバロ・モッタは大衆居酒屋で、酒を頼んだ。店員がやってきて、彼の前にグラスを置いた。
仕事の前は、軽く高揚しているくらいがちょうどいい。飲みすぎてしまっては支障をきたすが。
何だかんだ言っても、モッタは強大なパッショーネに恐怖している。万が一盗みがバレれば、どんな目にあわされるか考えるのも恐ろしい。捕まれば、身の安全の保証はない。恐怖を酒で誤魔化しているのだ。
モッタは酒を一息にあおった。
唐突に、彼の目の前に奇妙な男が現れた。男は椅子を引いて、モッタの前の席に腰掛けた。
モッタと同じくカタギではなさそうな雰囲気をまとっている。
モッタは警戒した。
「よお。お前に凶報だ。パッショーネが対応に本腰を入れてくるぜ。」
「……アン?誰だテメエ?」
モッタも小さな組織とはいえ、ギャングの端くれだ。
目の前に同業と思しき年上の男が座り、モッタは彼に負けぬように威圧した。
「……お前のボスに雇われた協力者だ。今回の仕事の手伝いをしろと言われてきた。」
「ウチの組織のどこにそんな余裕がある?金もねえのに用心棒を雇えるわきゃねえだろうが。消えな。」
「まあ待ちな。対価は金だけとは限らねえ。パッショーネに恨みを持っている人間だっている。金のためではなく、自分のために協力を申し出る奇特な人間もいるってことだ。」
「はあ?意味がわからねえ。」
モッタは首をかしげた。
「こっから先、時間を置くほどにパッショーネはさらにデカくなって手がつけられなくなるってことだよ。もう銭金がどうこういう次元じゃねえんだ。俺たちだって、組織存続のためになりふり構ってられねえ。」
モッタは男の顔を凝視した。見覚えがない。緑色の毛髪の、変な髪型の男だ。
モッタは懐から携帯を取り出して、彼のボスに電話した。
「おい、オヤジ。どういうことだ?協力者とはなんのことだ?」
『パッショーネが盗難対策に力を入れてきたと、友好組織から通達があった。そいつを連れて行け。』
「ハァ?」
『わかっているだろう?パッショーネがちょっとマジになりゃあ、ウチの組織なんて消し飛んじまう。しかしデカイ組織には、敵がつきものだ。パッショーネの敵対組織が、巨大なパッショーネに手を組んで対抗してるってわけだ。そいつは反パッショーネ勢力の急先鋒だ。パッショーネと水面下で渡り合ってきた実績を持つ。連れて行って間違いはねえ。』
「オイ、ちょっ!」
彼のボスはそれだけ告げると、一方的に通話を切った。
モッタは目の前の男を睨んだ。
「まっ、そういうわけで俺が来たんだよ。パッショーネが今まで対応がザルだったのは、対応できないんじゃなくて他のことに手がかかりっきりだったってだけだよ。そっちの問題も片付いたようだし、本腰を入れてくるぜ?ビビって盗みをやめるってんなら話は別だが。」
モッタの目の前に座る男は、ニヤつきながら挑発してきている。
「テメッッッ!!!ざっけんな!誰がビビってるって!!!」
「わかってんだろう?パッショーネはヤベエぜ?お前は自分で考えている以上にアブない橋を渡っている。」
「……。」
「酒でごまかさずに冷静に考えなよ。悪いこた言わねえ。俺も連れてきなって。」
「テメエ、ナニモンだ?」
「俺はソルト。ネアポリスに本拠地を置く反パッショーネ連合に所属する人間だ。」
「反パッショーネ連合?」
モッタは胡乱げに、男を見た。
オヤジのことは信用しているが、見知らぬ人間を不用意に信用すれば痛い目にあうというのは表社会でさえも常識だ。
「デカイ組織はどんだけ丁寧に運営しても、そこら中に反抗勢力が湧くって話だ。パッショーネは少し前まで抗争中だったからな。その隙に反勢力同士で集まって、連合を組んだってわけよ。真っ向から戦っても勝ち目はねえし、しぶとく経済で戦おうってことだ。お前のオヤジも、俺たちの仲間になるのに乗り気だぜ。」
「……勝手なことを。」
ドゥエ・ステラは歴史ある組織だ。パッショーネごときの傘下につくなんてお話にならねえ。
かと言って、ポッと出の勢力に加担するのも気が乗らねえ。
「まあ仕事が終わったら見にくるだけきてくれよ。俺の仕事っぷりが気に入ったらの話だが。」
目の前の男は、明るく笑った。
「……邪魔したらただじゃあおかねえぞ?」
「パッショーネに捕まったらどんな目にあわされるかわかってんだろう?俺だって必死だぜ。」
「ちっ。」
モッタは舌打ちをした。
◼️◼️◼️
すでにローマは日が落ちており、あたりは暗くなっている。
パッショーネ所有の美術館はローマの郊外にあり、二階建ての瀟洒な建物だった。
大理石で建築され、昼日中は赤い屋根と壁の滑らかな白さがとても綺麗だ。しかし今は闇とともに静寂に佇んでいる。
モッタは昼中にすでに下見を済ませている。彼らは美術館から少しだけ距離をおいた路地で様子を伺っていた。
「パッショーネは警備の数を増やしてきてるぜ。スタンド使いも投入してきているらしい。」
「スタンド使い?」
「お前も多分使えるだろう?こういうのだよ。」
ソルトと名乗る男はそう告げると、傍に幽鬼のように彼のスタンドが現れた。
「テメッッッ!!!」
モッタは非常に驚いた。彼はスタンド使いだが、今まで同類に出会ったことがない。
スタンド使いは引かれ合う。しかしそれは、多くのスタンドの資質が本人の攻撃性の高さに依存しているからである。
攻撃性の高い人間は、似たような人間同士で縄張り意識を持ち、揉め事を起こすから衝突するのだ。
「まあとりあえず、気をつけな。」
「ちっ。」
モッタのスタンドは攻撃能力が低い。モッタは自分の弱さを自覚していて、揉め事を控えていた。スタンド使いであっても、戦力を持たないだけに本体を銃撃されれば呆気なく死んでしまう。
モッタのスタンドは七人の群体で、大きさをある程度自由に操作できる。自立思考能力を持ち、本体に近い精度で行動を起こせる。
モッタはスタンドを具現した。
『行ってくるやー。』
『任せときれ。』
小人は思い思いに喋り、美術館内部の探索へと向かった。
四人を本体のもとに置き、三人が内部侵入を請け負う。これは、小人の能力を活かすための作戦だ。
内部の安全が確認できたら増員して、スタンドで絵画を盗み出す。
「なんか能力持ってるのか?」
「……初見の人間にバラすわけねえだろうが。」
「まあそれもそうだな。」
小人は、モッタと同等の行動と思考能力を有する。特殊な能力も持ち合わせ、七人の小人の位置を任意で入れ替えることが可能だ。
彼らは、小人が美術館内部を確認して帰還するのを待った。
◼️◼️◼️
『おかしいのれ?』
小人は首を傾げた。あからさまにこれまでより管内の警備の数が多い。
いつかは対応してくるだろうと思っていたからそれはいい。しかし。
「いたぞ!あっちに一匹!」
「回り込め!ちっ!ちょこまかしやがって!」
「消えたぞ!どこ行った!」
パッショーネの警備が探しているのは、彼と同時に美術館に侵入した小人の別の個体だ。
今までは彼らには、小人たちが見えている形跡はなかった。
今日から唐突に、彼らは自分たちの姿を認識し始めたということだ。
知能を持つ小人は、理由がわからずに首をひねった。
「オイ、あそこにも一匹いるぞ!」
「捕まえろ!」
体格の良い男の視線が、彼に向いた。
小人は恐怖を感じ、その場を逃げ出した。
「今までよくも盗んでくれたな!パッショーネを舐めやがって!」
「剥いて街中に吊るしてやる!」
小人は言語を解する知能があるだけに、向かってくる相手の激情に恐れおののき一目散に美術館の外に逃げ出した。
「さて、あとはサーレーさんとジョジョのお仕事です。」
小人を追いかけている男は、小人がいなくなった後に笑った。
男はズレた眼鏡を元の位置に持ち上げた。
◼️◼️◼️
『大変エス。』
『アイツは。』
『僕たちが見えているのれ。』
小人たちはモッタの元へ逃げ帰り、思い思いに喋った。
美術館のそばにある目立たない路地で、モッタは小人によってもたらされた情報をまとめた。
「テメエ!!!」
モッタはソルトと名乗る男の胸ぐらを唐突につかみ上げた。
「おい、なんだいきなり?」
「とぼけんじゃねえ!テメエが来てからいきなり美術館の警戒態勢が跳ね上がった。テメエはどこからその情報を仕入れたんだ!テメエが俺の情報を流したんじゃねえだろうな!」
「待てよ。俺はお前を助けに来ただけだぜ?」
「だったらテメエのその情報の出所を言ってみろや!」
ソルトと名乗る男は、胸ぐらをつかんでいるモッタの手をどけた。
彼は少し考えてから口を開いた。
「どこからともなくいつのまにか流れてきた噂だ。俺も確証があったわけじゃない。しかし予想だが……一枚岩に見える組織でも、思惑が完全に統一されているとは限らない。パッショーネの幹部連中は組織に忠誠を誓ってはいるが、温和な人間も多い。俺が思うに、パッショーネの幹部連中が、若いお前がむやみに痛めつけられるのをかわいそうに思って情報を流したんだろう。」
「はあ?」
「お前がビビって盗みをやめてくれるのを期待したんだろう。さすがにパッショーネのヤバさがわからねえ奴はいねえ。」
「……。」
モッタは混乱した。
「世の中の裏側とは、案外そんなもんだ。」
ソルトと名乗る男は、肩をすくめた。モッタは爪を噛んで思考した。
ソルトと名乗る男は信用できないが、彼の組織のドゥエ・ステラは資金繰りに火がついている。
モッタは自分の所属する組織に誇りを持っており、力を持たない人間から窃盗を働くのは矜恃に反している。
パッショーネが強大な力を持つ同業者だから、盗みを働いても構わないという理屈を無理にでもでっち上げることができていた。
尻に火がついた人間は、焦りのあまりに時に判断を誤ることがある。
「俺が手伝ってやるよ。」
「……テメエ!」
モッタは協力を申し出たソルトという男を睨んだ。
パッショーネは、モッタの特殊な能力に対応してきた。他の場所で盗みを働こうにも、そこにも能力が見える人員が配置されている可能性は高い。パッショーネ以外のところから盗みを働くのも罪悪感が刺激される。ローマと共に過ごしてきた誇りがあるのだ。
仮にソルトという名の男に任せて首尾よくことが運ぶようであれば、今回だけでなく次回の窃盗もうまく行く可能性が出てくる。その思考が、モッタの頭をよぎった。
「まあ見てなって。初回無料サービスだ。俺としちゃあ、連合に共にパッショーネと戦う仲間が少しでも増えてくれると助かる。」
そう告げるとソルトは美術館に向かって歩き出した。
「お、おい!」
「まあ見てなって。」
ソルトと名乗る男は笑い、モッタは慌てて彼の後を追った。
◼️◼️◼️
名前
アルバロ・モッタ
スタンド
リトル・セブン・ボーイズ
概要
ローマの裏組織、ドゥエ・ステラに所属する若者。生まれつきのスタンド使いだが、戦闘能力は低い。
名前
ソルト
概要
一体、何者なんだ!?