噛ませ犬のクラフトワーク   作:刺身798円

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処刑執行人

「サーレー、君は少し誤解をしている。」

 

図書館に少年の声が静かにこだました。

図書館の本のにおいが若干鼻につく。

 

「君がぼくを恐れているように、ぼくも君を恐れている。同じなんだよ。立場はぼくのほうが上だけどね。」

 

 

 

◼️◼️◼️

 

水曜の午前中、暇を持て余したサーレーは自宅でトリッシュちゃんと遊んでいた。

いい大人が昼日中から自宅で猫遊びである。

 

「ホレ、ホレ。」

『フニャッッ!フギャッ!』

 

右に左に振られる猫じゃらしに合わせて、トリッシュちゃんの体も右に左にと揺さぶられる。

トリッシュちゃんは猫じゃらしに飛びついた。

 

『ニャアッ!』

 

なるほど、これが猫か。

今まで当たり前に知っていた生き物だが、実際に触れ合ってみると違うものだ。

面白いというかなんというか……猫の動きも面白いし、サーレー自身の体の動きも新鮮だ。

 

『フニャアッ!』

 

今度は腹を向けてひっくり返った。面白い。

猫のお腹は洗ってあって、以前よりも綺麗になっている。

サーレーは猫のお腹を撫でる。

 

『ニャアン。フミャ。』

 

猫は気に入ったのかゴロゴロとフローリングを転がる。毛が床に少し落ちたのが気になる。

 

なるほど。

世間一般のペットを飼っている人間は、猫のこういうところがきっと気に入って飼育しているのだろう。

 

……お酒を飲ませたらどうなるのだろうか?

 

サーレーの不穏な好奇心が鎌首をもたげてしまう。

猫を飼育している方なら知ってらっしゃると思うが、猫にアルコールは絶対に与えてはいけない!これは決して冗談ではない。

猫はアルコールを体内で分解できず、アルコールの致死量が少ないのである。

 

ワインを片手にサーレーが思案していると、サーレーの携帯電話が鳴った。

最近組織に命令されて入手した新機種だ。費用もバカにならない。

電話には着信先に情報部のカンノーロ・ムーロロの名前が表示されている。組織の任務だろう。

サーレーはワインをほっぽって、かかって来た電話を取った。

 

「……仕事だ。」

 

ムーロロの声は若干低い、機嫌が悪そうだ。何か良くないことでもあったのだろうか?

 

「了解。仕事内容は?」

「お前の()()だ。火急の案件だ。会って詳細を話す。いつもお前がたむろしているスポーツバーに向かう。3時間後だ。ズッケェロも呼んである。」

「わかった。」

 

それだけ話すと、ムーロロからの通話は途切れた。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

サーレーが時間通りにいつものスポーツバーに向かうと、そこにはすでに情報部のムーロロと相棒のズッケェロが席に着いていた。

時間帯は昼日中で、当然バーは本来こんな時間には開いていない。組織の力を使って、ムーロロはバーを貸し切っていた。

 

「さて、いきなりだが本題だ。お前ら世間には疎いだろうが、当然最近世間を賑わせている首切り《Decapitazione》の話くらいは知っているな?」

 

ムーロロが到着一番、口を開く。不穏な単語が彼の口を吐いた。

首切りは、名前から連想できる通りの犯罪者だ。無差別殺人鬼で、最近新聞を賑わわせている。

すでに四人被害者が出ている。ミラノに一人、ジェノバに一人、フィレンツェに二人、だ。イタリアを南下していっている。

遺体は四つがほぼ同時に発見され、死亡推定時刻から犯人はフィレンツェの殺人を最後に行ったと判断されている。

イタリアの市民はひどく恐怖している。

 

被害者は、首を持ち去られていた。

 

「これだけ話せば仕事内容は理解できるな?」

 

サーレーとズッケェロはうなずいた。

「犯人の犯行は荒く、現場に犯人を示唆する遺品はたくさん残されている。被害にあった人間は皆、若い女性だ。」

 

ムーロロは帽子をかぶり、マフラーを巻いている。

ムーロロは頭に手をやって、かぶっているボルサリーノ帽子の位置を直した。

 

「犯人は思慮の浅い若造だ。年齢的にではなく精神的にな。自分のやったことの意味や、社会に与える影響。他人への優しさや思いやり。そういった人間ならば当然持ち合わせているはずの大切なものを見失っている。唐突に降って湧いた力に溺れて、全能感に酔いしれていやがるんだ。他のことなどどうでもいいと思うほどにな。」

 

ムーロロは一旦、言葉を切った。テーブルに置かれた水差しから水をあおる。

 

「当然、地元の警察も気付いている。ソイツが犯人だってな。状況的に確定だし、なによりも俺のスタンドが犯行現場を押さえている。反吐が止まらなくなるような犯行の現場を、な。同族に興味本位で手をかけてしまった以上、もうソイツは決して赦されることはねえ。」

 

ムーロロは話を続け、サーレーとズッケェロは真剣に聞き入っている。

 

「本来ならば、表で裁かれるべき案件なのだが……証拠がねえ。首を刈った凶器というなによりも大切な物証がな。被害者の頭部でも見つかればまた話は別だが……現状では証拠が足りてねえ。表では物証がないと罪人を裁けねえ。証拠を固めるのにも時間がかかるし、何より対応に当たる奴らの命が危険だってこともある。このままでは被害者は増える一方だ。それで俺たちにお鉢が回ってきた。ヤツはスタンド使いで、スタンドを使って犯行を行なっている。元はミラノにあるとある組織の下っ端、俺たちの競合者だな。チンケなところだが。だったが、組織にそいつをかばう気はねえ。むしろ早く処分して欲しがっている。」

 

ムーロロは一息に喋り、 サーレーとズッケェロは頷いた。

 

「対象の潜伏先はフィレンツェだ。すでに地元のサツや政治家にも話は通してある。……だが、一つだけ問題がある。」

「それはなんだ?」

 

サーレーがムーロロに尋ねた。

 

「これは俺のミスなんだが……俺が現場を押さえたとき、どちらにしろ組織で処分が下される対象だと考えてつい逸って独断で暗殺を行っちまった。だが、ソイツのスタンドは皮膚が昆虫のように固く、俺のスタンドの刃が通らなかった。それ以来ソイツは、用心してこもっちまってやがる。今は危険を感じてこもっちゃあいるが、またすぐにでも動き出すかも知れねえ。業腹だが、お前たちに任せる。これがソイツの今の潜伏先だ。」

 

フィレンツェのシエチ地区のはずれに、その人間の潜伏先は存在した。

ムーロロは懐から写真を取り出し、二人に差し出した。若い男で痩身で高身長、派手な金髪をしている。

「コイツが標的だ。名前はラグラン・ツウェッピオ。スタンドは金属のような灰銀の鈍い光沢を持った、メタリックな昆虫みたいなやつだ。コイツを消せ。情け容赦は一切必要ない。」

「了解した。」

 

サーレーとズッケェロは一通り詳細を聞くと、席を立った。

 

二人が去った後、スポーツバーにはムーロロ一人が残される。ムーロロは懐から電話を取り出し、番号を打って耳に当てた。

 

「ええ。言われた通りにしました。ええ。ハイ。しかし、よかったんですか?こんなことを言うのもアレですが、シーラ・Eに任せた方が確実だったんじゃあ?」

 

電話の向こうから声が聞こえてくる。若い少年のような声だ。

 

『ムーロロ、勘違いしているよ。これは彼が適任だ。彼以外に任せるべきではない。』

 

デカピタツィオーネはイタリア語で罪人の首を落とす行為を指す。本来ならばどちらかというと、その異名はサーレーにこそ相応しい。

ジョルノはそう考えている。

 

「そうですかい。ジョジョ、アンタがそう言うのなら俺は従いますぜ。」

『ムーロロ、君とミスタとポルナレフさんだけだよ。ぼくの考えた〝ジョジョ〟って愛称を呼んでくれるのは、さ。フーゴも最近はなんか遠慮しちゃってるんだ。』

 

ジョルノは受話器の向こうでため息をついた。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

出発は一時間半後、ミラノを発って、フィレンツェに向かう。

 

サーレーは今、ミラノ中央付近に存在するサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会で神に祈りを捧げていた。隣でズッケェロも同様に、黙って目を瞑っている。

 

サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会は由緒正しいカトリック教会の聖堂で、ユネスコ遺産に登録されている。長い長い歴史を持ち、幾度か焼失し幾度か再建されている。敷地内の修道院にはレオナルド・ダ・ヴィンチの最後の晩餐の壁画が飾られている。

 

最後の晩餐ーーーサーレーの仕事内容を考えれば、これ以上なくそのタイトルは合致している。

ダ・ヴィンチはそれを描いた時何を考えていたのだろう?サーレーはボンヤリと考える。

 

教会は裏社会の組織の処刑執行人の依頼で、特別に短時間貸し切ることを許された。

 

サーレーに信心はない。

神は信じていないし、物事をこなすのはいつだって自分だ。問題はいつだってサーレーのものだし、神はお呼びでない。

しかし、物事に形から入るのも重要だ。サーレーはそう考えた。

 

裏社会の組織の汚れ仕事とはいえ、人間の命を扱い神の代行者として同胞に裁きを齎すのである。

大袈裟かもしれないが、スポーツ選手の瞑想にも近い。自身が特別な何かを行うという使命感は、サーレーに高い集中力を齎した。

ーーこれから私は罪深い行いをします。神よ、どうか私をお許しください。

 

20分ほどで祈りは終わって、サーレーは一斤のパンとワインを口にした。今現在の時刻は昼の2時。フィレンツェに到着するのは夕方頃になるだろう。

今日は昼食を取っていないから物足りないが、これで我慢しないといけない。飽食は集中の妨げになる。

シャワーを浴びて身を清めて静かな心持ちで外出する。

 

サーレーのクラフトワークは、断頭台の刃となった。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

「サーレー、オメエよお、以前はこんなに時間をかけて面倒なことをするんなんて無かったろうが?一体どんな心変わりだ?」

 

向かいの急行の座席でズッケェロがサーレーに問いかけた。

リクライニングシートは倒してある。

 

「まああんま気にすんな。ゲン担ぎみたいなもんだ。せっかくパッショーネが全面的に協力して便宜を図ってくれるんだから、出来る限り失敗の可能性は無くすべきだろう。万が一トチったりしたら、役立たずとして組織に処分されちまうかもしれねえ。」

「ま、そうだな。それより俺のトリッシュちゃんは元気にしてるか?」

「ああ。元気にしてるよ。案外と可愛いもんだな。お前の気持ちが少しわかったよ。今度酒でも飲ませてみようかと思ってる。」

「テメエ、ふざけんな!酒をトリッシュちゃんに飲ませたらぶっ殺す!!!」

 

ズッケェロはあの後、サーレーに怒られたことをチョビッとだけ反省して、新たに手に入れた携帯で猫の飼育方法を検索していた。

当然そこには、猫にお酒はNGだと書いてある。

 

「お、おい。悪かったよ。猫に酒は飲ませねえ。誓う、誓うよ。」

「テメエ、絶対だからなッッ!!!」

「あ、ああ。一体どうしたってんだ?」

「猫に酒は毒なんだよ。飲ませたら死んじまう。やるんだったらマタタビにしろ!」

「ああ、わかった。わかったって。悪かったよ。そうするよ。」

「フン!」

 

ズッケェロはソッポを向く。

その間にも列車は進み、フィレンツェが近付いてくる。

 

「んでよーー?実際のところどうすんだ?」

ズッケェロがサーレーに問いかけた。当然仕事のことだ。

 

「ああ、問題ない。暗殺は確実に成功する。」

「いや、そうじゃなくて……作戦だよ。俺たちでどうやってヤるかだよ。」

 

ズッケェロの疑問は至極当然である。

暗殺の極意は、いかに自分たちに危険を犯さずに一方的な殺害を行うかにある。当然の話だが、相手に反撃や逃走の余地を与えるだけ成功率が下がり、危険性は上がる。

相手を舐めて手を抜けば、今日は問題なくてもいつかはヘマをやらかして路地裏でのたれ死ぬ事になる。

その証拠は、 その実力をヨーロッパの裏社会全体に大々的に恐れられていたパッショーネの前任の暗殺チームが全滅したことからも明らかであると、ズッケェロはそう考えていた。

 

ズッケェロがその疑問を発すると同時に、サーレーの瞳に漆黒の意思が宿った。

 

「簡単な案は考えてある。ズッケェロ、お前に確認をとるがお前のスタンドのシャボン玉の効果を教えてくれ。」

「ああ。まあ簡単に言うとシャボンに触れた生物に軽微な麻薬の中毒症状を起こす。とは言っても実際に麻薬を打ち込むワケじゃあねーから、効果はさほど大きくないし、効果時間も短い。幻覚みたいなモンだ。」

「わかった。作戦はシンプルだ。凝りすぎると失敗の元になる。お前のシャボン玉で対象の気を引いて、俺が処分を行う。近づきさえできれば、確実に処分できる。」

「とは言ってもよー、敵は硬い皮膚で覆われてんじゃねーのか?」

「関係ない。俺のクラフトワークの前に、防御は無意味だ。」

「そうかよ。ま、長い間一緒に戦って来たしな。信じてるぜ。」

「ああ。」

 

急行列車は、音を立ててイタリアを縦断している。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

サーレーとズッケェロが急行を降りてフィレンツェの地に降り立った時、すでにあたりは夕暮れ時だった。

これからよりあたりは暗くなることだろう。

 

暗殺を警戒している対象に、時間帯は関係ないかもしれない。

向かう先はシエチ地区にあるホテルの一室。

余計なことはせず、手っ取り早く終わらせてしまう予定である。

 

「っと、ここだな。」

「ああ。」

 

サーレーとズッケェロは対象が潜伏しているホテルを見上げた。

ホテル・フィレンツェ・グランデ。年季の入ったホテルだ。

 

「標的の居場所はこのホテルの6階。602号室。パッショーネの幹部がホテルに声をかけて、秘密裏に宿泊客はすでに避難を済ませている。ホテルにもすでに話を通して、全面的な協力を取り付けている。」

 

ズッケェロがパッショーネから得た情報を復唱する。

 

「さて、どうやって鍵をかけているだろう部屋に忍び込む?」

 

ズッケェロがサーレーに質問する。

 

「簡単だ。どれだけ警戒しようが生物は食事なしには生きられない。恐らくはそいつはホテルのルームサービスを利用しているのだろう。お前の能力で厚みを無くして、ルームサービスのワゴンに紛れ込めばいい。もしそうではなく外出するようなら、なおさら話は簡単だ。」

「なるほどね。」

 

ズッケェロは感心した。

 

スタンド能力がバレることは、実は必ずしも全てが悪いことではない。

本人が気付かなかった新たな使い道が判明することも、しばしばある。

ズッケェロはソフト・マシーンの厚みを無くす能力を頻繁に罠のように待ち伏せで使用していたが、不自然でないカタチで誰かに運ばせるという発想はなかった。

 

「あとは時を待つだけだ。対象が腹を空かせて行動を起こす時を、な。」

 

サーレーは静かに、時を待つ。

 

 

◼️◼️◼️

 

ラグラン・ツウェッピオは、憤っていた。

ラグランはミラノの小さな組織のうだつの上がらない下っ端だ。一生底辺の人生だろう。若くしてそれは決定づけられていたと言っていい。組織の金を着服した嫌疑もかけられている。(事実である)

それだけでも腹が立つのだが、輪を掛けて不愉快なのが最近勢力を増しているパッショーネだ。

 

もともと奴らの方が組織の規模が圧倒的に上なのだが、最近頓に勢いを増している。

同じ社会不適合者の集まりのはずだが、この差はなんなんだ!

女はロクにモノにできず、金はない。上の人間からは不当に当たり散らされ、ラグランは憤っていた。

非合法組織に入って成り上がるはずだったのだが。

 

そんなある日、ラグランの憤りに呼応するように、ソイツは現れた。灰銀の甲虫のような不可思議な生命体。彼は気付いていなかったが、彼の手にはどこで出来たのかわからない、引っ掻いたような傷があった。

 

体は彼より少し大きく、手足に節がある人間大のカナブンのような生き物。

ラグランはソイツを自由に操れたし、ソイツはラグランの言いなりだった。

ソイツはラグランの暴力を信奉する思考に呼応するように、頑健な体躯を持っていた。

その口は鋭く強靭で、いとも容易く人間の頭部を刈り落とした。

 

ラグランはソイツを理解して手始めに、彼を冷たく扱った女を処分した。頭部は記念に保管した。

味をしめた彼は続けてジェノバ、フィレンツェで見た目の気に入った女に同じ行為を繰り返す。

ラグランはなんでもできるとそう、錯覚した。

 

しかし、そんななんでもできるはずのラグランの前に、ある日奇妙な物体が現れる。

フィレンツェで四人目を処分している時だった。

 

トランプの一枚が肩に張り付いていたのだ。なぜ?いつの間に?

トランプはよく見ると短剣のようなものを持っている。

驚いたラグランは、慌てて身を守ることだけを考えた。

 

気付いたら、甲虫がトランプを握りつぶしていた。

ラグランはトランプが彼を始末しに来た超常の何者かだと判断し、自分の行った行為を反芻して自身の命が狙われていることを推測した。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

「ふー、どうすっかな。取り敢えずあのトランプがなんなのかわからないことには、なあ。」

 

時間帯は一般家庭の夕食を少し回った頃、ラグランはお腹を空かせていた。

彼は部屋の外にルームサービスのワゴンを置かせて、中に自分でそれを持ち込んでいた。

警戒しないとどこかからまたあの短剣を持った変なトランプが紛れ込んでくるかも知れない。

ラグランはさっさとトランプの問題を解決して、またあの快感に浸りたい。でもアレがなんだったのかわからない。

 

ラグランの精神状態は尋常では無い。

もともと殺人鬼の素養はあった。暴力を信じ他人を蹂躙することが生を感じることだと、そう思っていた。

そして彼はスタンドが常人に見えないことがわかるや否や、己の殺戮衝動を抑えるつもりが毛頭なくなった。

快感と興奮はあっても、怯えは無い。罪悪感もない。だって誰にも見えないのだから。誰にも裁けないのだから。

 

同類に会うまでスタンド使いは、時に自分を無敵だと誤解を起こす。しかし、それは長くは続かない。なぜならスタンド使いは引かれ合うのだから。

 

近年忘れ去られつつあるが実は、昔からこの手のスタンド使いによる犯罪は後を絶たず、パッショーネのような裏の組織はそのための処刑人として社会に必要とされ続けて来た。パッショーネの本質は、社会の防衛機構なのである。

矢はディアボロが発掘したものがこの世の全てではないし、石仮面も秘密裏に人々の手を渡ってきた。まれに生まれつきのスタンド使いも存在する。彼らは決して、聖人などではない。

 

ディアボロは麻薬をばら撒いて社会をかき乱したが、裏社会の組織のそもそもの成り立ちは表社会を守るためなのである。間違えて目覚めたスタンド使いを正しく導き、どうにもならない因子を秘密裏に処分する。そして、暗殺チームは汚れ仕事でありながら神職である処刑執行人として、組織の多大な敬意を受けて来た。

4部に出てくる片桐安十郎や音石明、吉良吉影などに対抗するための組織だとイメージすれば納得しやすいかもしれない。

 

ラグランに怯えは無い……それは暗殺者の可能性が高い不気味なトランプが現れるまでだった。

今のラグランは僅かな高揚の残滓と、ソコソコの怯えと、思うままに行動できないイラつきに支配されている。

 

部屋の扉を少しずつ開けて、最大限あたりを警戒する。辺りにはトランプは見当たらない。

中に引き込んだワゴンは、やっぱりトランプが忍び込んでいないか最大限警戒を行う。

 

「まあパッと見る限りは居なそうだが……。チッ。」

 

ワゴンにクロスはかけるなと、電話でホテルのフロントに命令したはずなのだが?

トランプはワゴンのクロスの下にだって忍び込めるだろう。まさかホテルも敵なのか?

退去するときそいつらも血祭りに上げてやろう。ラグランはそう決意した。

 

油断はできない。食事を退けて、ワゴンにかけられたクロスを持ち上げてその下を調べようとした時……。

 

ーーパチン。

 

変な音が聞こえて、ラグランは自分の意識が一瞬ブレるのを感じた。目眩を感じ、少し気分が悪くなる。わずかな間、彼はトリップした。

 

「何が……?」

 

驚いたラグランがその言葉を発したときは、すでに処刑執行人は彼の背後に立っていた。

 

「お前はもう終わりだ。なんら与えられる慈悲はなく、なにかを言い遺すことも赦されない。お前には最後の晩餐は、与えられることはない。」

 

ラグランにとってはゾッとするほど冷たい声だった。

本能で危険を感じるも、彼がなにかをできる余地は存在しなかった。

 

サーレーはそれだけ告げると、ラグランのスタンドの背後から背中にソッと静かにクラフトワークの拳を当てた。

心臓から全身に廻る血流が止まり、ラグランの意識は急速にブラックアウトする。

糸を失った操り人形のように、床に不自然に崩れ落ちた。

 

「心臓の鼓動を〝固定〟した。もうお前の心臓は永遠に脈打つことはない。」

「完璧だな。任務完了か。」

 

スルリとズッケェロがワゴンにかけられていたクロスの下から現れ、サーレーの横に並び立った。

 

「これで終わりか。明日には新聞に載るのかね?」

「今の時点ではただの変死事件だ。載るにしても小さくだ。コイツが連続殺人鬼だという証拠が出れば、ミラノの新聞でも大々的に報じられることになる。」

 

ズッケェロの疑問に、サーレーがそう答えた。

 

「まあ、とは言ってもコイツが犯人だということは確定してるからそれもそう遠くはないだろう。」

「じゃあ仕事も終わったしせっかくフィレンツェまで来たことだし、なんか食って帰るか?夜の街に繰り出すのもいいな。」

「ダメだ。トリッシュちゃんが家で待っている。」

「ああそうか。なら俺だけなんか……。」

「それもダメだ。ズルい。お前の猫だろう?」

「チェッ……。」

 

ズッケェロは不満そうだが、人に面倒を押し付けて自分だけ祝杯とか許せない。

任務を終わらせたサーレーとズッケェロは帰りの列車に乗った。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

後日、サーレーはジョルノに呼び出された。ネアポリスは遠いけど当然ボス直々の呼び出しを無視するわけにはいかない。

なにか不興を買っただろうか?戦々恐々とするサーレーは連絡を寄越したシーラ・Eに問いかけるも、要領を得ない。

 

『なんでジョルノ様がこんなカスなんかに謁見を……。』

 

謁見て、、、王族か!

サーレーはツッコミを心の奥底に仕舞い込んだ。沈黙は金だ。

謁見は下の人間が身分の高い人間にお目にかかることである。間違いではないが、若干大げさだ。

 

ミラノから列車に揺られてネアポリスに到着した。しばらく移動して、サーレーは以前来た図書館へとたどり着いた。

館内は静謐で、若干薄暗い。本の匂いを嗅ぐと、サーレーはいつだって眠くなる。

 

「ボス、到着しました。」

「できればジョジョって呼んで欲しいんだけど。」

 

ジョジョは馴れ馴れしすぎる。周りに聞かれたらなんて言われるやら……。

特にシーラ・Eなんか所構わずに暴れるかもしれない。

 

ジョルノは図書館の奥で、長机に座りながらダ・ヴィンチの絵画集を眺めていた。

サーレーが到着して、ジョルノは絵画集を閉じた。

 

「ゴメンね。本来なら話がしたいぼくが君の下に向かうのが筋なんだけれど……まあ立場的に、ね。」

「いえ、お気になさらずに。」

 

穏やかに、会話は切り出された。

どうやら不興を買ったわけでもなさそうだ。サーレーは安堵した。

 

「仕事の方の報告は入ってるよ。どうやら君は有能なようだ。ぼくも安心できる。」

「恐れ多いです。」

「ああ、硬くならないでいいよ。ミスタは君を知ってるようだが、ぼくは君とマトモに話をするのは初めてだ。会うのは初めてじゃあないけどね。ああ、病院ではチョコっとしか喋ってないから、ノーカウントだよ。実は君を組織で使いたいと言い出したのは、ミスタなんだ。」

「ミスタ副長ですか?」

「ああ。君と直接戦ったミスタは、君の能力は結構やっかいで、君がパッショーネで部下を続けてくれれば組織の役に立つと言ってたよ。ぼくは迷っていたんだけどね。」

「迷って、ですか?」

「ああ。君は今、ぼくを恐れてかしこまっているけども、ミスタから君のスタンドの話を聞いた時、実はぼくも君が怖かった。」

「ボスのスタンドは強力です。今も俺の胸にボスのスタンドの生命力の残滓が残されている……。」

「ほら、またボスって言う。……ねえ、突然だけど、生きることってなんだと思う?」

「生きること……ですか?」

 

唐突にジョルノから投げかけられた質問に、サーレーは意図が読めずに困惑する。

 

「うん。哲学的なことじゃあなくって、生きる事そのものの定義さ。どういう状態を生きていると表現するか。」

「ムズカシイですね。思考することとかですか?」

「簡単なことだよ。生きることは、動いていることだ。常に泳ぎ続けるマグロじゃあないけど、生き物は常に動いている。寝てても心臓は脈打つし、肺は酸素を求めて呼吸する。植物だって常に茎を水が伝ったりほんの僅かでも成長したりしおれたりしているんだ。」

「なるほど。」

「種明かしをすると、大体は知っているかもしれないが、ぼくのスタンドは生命を創り出し、生命力を操ることだ。」

「ええ。」

「サーレー、気付かないかい?君とぼくの能力はコインの裏表なんだよ。君の能力は物体を固定して強制的に運動エネルギーをゼロにすることができる。生命の運動が停止したら、それは死と同義だ。……だからこそぼくは怖かった。君に任務を言い渡した時、君がもしも死という絶対的な試練を乗り越えるようならば、君はぼくの対になる存在に覚醒するかもしれない、とね。スタンドは試練を超えた時、成長する。」

「……。」

「だからぼくは迷っていた。君のスタンドはその実、君が考えているよりも多分はるかに恐ろしい。君を任務にかこつけて〝処分〟するか、もう一度〝拾い上げる〟か。結果はミスタの助言に従って正解だったようだ。君は天性の〝処刑人〟だ。パッショーネに対する一層の忠勤を期待するよ。」

「俺の命はボスのためにあります。」

「だからジョジョだって。」

 

ジョルノは苦笑いした。

 

ボスが姿を現してまだ1年経ってない。

いつの間にだろう?サーレーはいつの間にか、ジョルノに仕えることになんの違和感も覚えていない。ボスが強力だとか、かないっこないとか、そんな理由じゃあない。サーレーは頭をヒネる。サーレーは気付かない。

 

精神が成長すれば、スタンドは成長する。それは裏を返せば、スタンドが成長したということは本体の精神が成長したという証拠でもある。死を身近に感じてその一端を理解したサーレーは、同時にその裏にある人間の生への理解も深まっている。

憧れていた普通の人間に近付き、ジョルノの言う人間が何かを築きあげることの意味に彼なりの答えを出しつつある。

組織の仲間を守り、平穏を愛し、日々の幸せを楽しむ人生。サーレーは自然と、ジョルノの組織の理想に共感していた。

 

サーレーはパッショーネに仕え、いつの日にか決定的な敗北を喫するか、必要となった時に命を燃やすことだろう。

その時まではパッショーネの下っ端兼処刑人として自分なりの人生を楽しむのも悪くない、サーレーはそう感じていた。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

本体

ラグラン・ツウェッピオ

スタンド名

アイアン・アニメイト

能力

暴力を信奉する本体の影響を色濃く受けて、強靭な体躯を誇る。特殊な攻撃には弱い。なにか特殊な能力を持っていたのかもしれないが、すでに死亡してしまっているために不明。

 


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