噛ませ犬のクラフトワーク 作:刺身798円
活気のある、港町だ。潮の匂いがする。
そこはポルトガルの首都で、港湾都市だ。都市名はリスボン。
そこの街角のオープンテラスカフェに、目的の女性はいた。イヤリングが陽光を受けて眩しく輝いていた。
女性は大人数が座れるテーブル席をとって、男性と二人で彼らを待っていた。
「やっ、お久し振り。相変わらず緑色だねえ。」
「ああ、久しいな。友よ。今回はどういった案件だ。」
「その前にぃ、私にくれたフットボール観戦チケット、これミラノクラブチームのフリーパスじゃない!わざわざ毎週ミラノまで観に行ったり出来ないよ!」
「うん、スマン。俺がどうかしてた。あの時は勝利した余韻で、思い付きで行動してしまったんだ。今度お前が望む観戦チケットを送るよ。」
テーブルに座り、サーレーはウェイターを呼び出した。
リーダーであるサーレーの周りに部下が次々と席に腰掛ける。
「お前らは何にする?」
「俺、カプチーノで。」
ズッケェロが答えた。
「俺っちはダージリンティーが飲みたいな。」
ホル・ホースも答えた。
ウェザー・リポートとアルバロ・モッタは、今回はお留守番だ。モッタはまだ実戦に耐え得るほどの能力を持ち合わせておらず、能力と知能、人格それら全てに信頼がおけるウェザーに任せてある。
「了解だ。カプチーノ二つと水を頼む。」
「リーダーは水か。吝嗇家だな。」
「お前のに決まってるだろうが!」
「やっぱそうなるのねん。いい加減それ、イジメじゃないかい?そろそろ俺っちを受け入れるべきだろう?」
ホル・ホースはガッカリした。
「ちゃっかりしてんねえ。しれっとパッショーネに収まってやんの。」
「………勘弁してくれ。」
メロディオがホル・ホースを見て意味ありげにニヤつき、ホル・ホースは気まずくて視線を逸らした。
「それでは仕事内容を詰めようか?」
「オッケー。説明お願いね。」
「了解です。」
メロディオの横に座る男性が返事した。
「紹介しておくね。彼は私の部下で副リーダー。レノって言うの。」
「そうか。俺はサーレー。こっちはマリオ・ズッケェロで……。」
「ああ、大丈夫ですよ。パッショーネの暗殺チームは、ちょっと前の事件で名を上げましたからね。みなさん知っています。殺し屋が有名なのはおかしいけれど。武功を立て過ぎると弊害もあるんですねえ。」
レノがにこやかに笑い返答した。
サーレーはレノと呼ばれた男を見た。線が細く優男で、荒事が得意だとも思えない。
暗殺チームというよりも、学者といった知性を感じさせる風貌をしている。
「ああ、言いたいことはわかるよ。でもパッショーネの暗殺チームとウチの暗殺チームは形態がまるで別物なのよ。ウチは暗殺チームは情報部も兼ねているの。組織の暗部という大まかなくくりでね。パッショーネほど組織の規模が大きく無いから、有能な人材がそんなに多く無いの。悩ましいわ。」
「ああ、なるほど。」
サーレーは得心がいった。
このレノという男は兵士ではなく情報部寄りなのだろう。
「うん?ということは戦えるのはお前だけか?」
「あと五人いるよー。」
メロディオはそう言って手のひらを開くとレノに指示を出した。
レノは懐から五枚の木札を取り出した。それには名前が書かれている。
「まあスタンドだよねー。取りあえず仕事の話に入ってもいいかな?」
「ああ。」
レノが咳払いをして、喋り始めた。
「祖国を追われた殺し屋育成組織が、海を越えてポルトガルに入国したという情報が入ってきました。ポルトガルの友好的組織から援軍要請が我々に入っています。殺し屋育成組織は祖国では近隣の子供を誘拐して、少年兵に育て上げたのちに反社会組織に売り渡すといった商売を営んでいました。少年兵の中でも、自爆兵扱いと言えばどういうことかご理解いただけるでしょう。最低のゲス連中です。アルディエンテによる再三の勧告にも聞く耳を持たず、国外に退出する気色も見えません。このままではヨーロッパが被害を被るのも時間の問題です。当該組織には矢が保管されている形跡があり、殺し屋に育てられた少年がスタンドを使用したという情報も入っています。」
「……なるほど。」
サーレーは頷いた。
「まあそうなると当然私たちに白羽の矢が立つよねぇ。」
「俺たちが呼ばれたということは、敵は相当なのか?」
「うーん……そこまででも無いんだけど……。」
メロディオがカップに残った飲み物を飲み干して返事をした。
「デリケートなんだよねー。敵を敵として皆殺しにするだけなら私たちだけでも簡単なんだけど、出来れば捕まっている子供を何とかしてあげたいじゃない。暗対は便所の反吐以下の幹部連中と、もうどうにもならないやつだけに留めたいのよ。だから過剰戦力が欲しいの。こーゆー時のための同盟じゃない?」
メロディオはにっこりと笑いかけた。
「なるほど。」
サーレーが頷いた。
「それで、私が作戦の総指揮官で良いのかしら?」
「ああ。俺たちはいつも組織の情報部に支えられてきた。功績が欲しいわけではないから、情報部を兼ねているお前に指揮を頼みたい。」
「了解。襲撃の決行は今夜22時。一時間前の21時に集まって最終指示を出すわ。そっちの方がわかりやすいでしょう?さすがに敵の能力まではわからないけど、お願いできるかしら?」
「フットボール観戦チケットはこれでチャラだな。」
「オッケー。時間までリスボンを楽しんできて。」
メロディオは、明るく笑った。
◼️◼️◼️
人はどこにいても大きくは変わらない。
リスボンでサーレーはそのことを痛感していた。
リスボンの住民たちは週末にフットボールクラブチームを応援し、日々の仕事の合間に自身の幸せを探し、若者たちは流行を追いかけてやがて社会に根付く大人になっていく。
潮の匂いが心地よい。テージョ川のほとりを歩きながら、サーレーは観光を楽しんだ。
リスボンはとても観光向きの良い場所だ。
遠くにベレンの塔を見やりながら、サーレーは思考した。
ベレンの塔は大航海時代に厳しい航海から帰還した船乗りたちを暖かく祖国に迎え入れた象徴だ。
社会には、歴史があるのだ。
「なんて言うか、こーゆーいいところにもよぉー、子供を攫って人殺しに使おうって奴らが存在するなんてよぉー。人間の業の深さを感じずにはいられねえなぁ。」
「……ああ。」
「暗殺チームにはモチベーションが大切なんだろうなー。なんのために戦っているのか細かく確認しないと、すぐに道を誤ってしまう。」
サーレーの傍にズッケェロがいた。
ホル・ホースは彼らの背後で、観光のお土産の荷物持ちをしていた。
ボスのジョジョにお土産を買って帰れば、暗殺チームの組織内の待遇が良くなるかもしれない。シーラ・Eもなぜかしつこくお土産を要求してきた。普段暗殺チームを支えるパッショーネ情報部の皆様にもお礼が必要だろう。暗殺チームに交流の場を提供してくれるミラノフットボールクラブの所有者ペリーコロさんにもお礼を欠かしてはいけない。スポーツバーの店長にも労いが必要かもしれない。ドナテロを引き取ってくれたミラノ支部防衛チームにも差し入れを贈ろうか。外交部門も、普段暗殺チームの仕事がないときに護衛仕事を回してくれてお世話になっている。
彼らは社会に生きる一員で、義理を欠いてはいけない。サーレーは深く頷いた。
土産品は山を成し、圧迫されたホル・ホースはうんざりしていた。
「うぐぐ、おのれ……。でもあのリーダーやったら強くて逆らえないんだよなぁ。」
ホル・ホースのため息が、リスボンの空に消えていった。
◼️◼️◼️
目的地は、リスボンの郊外に存在する廃墟だった。
合同暗殺チームは、リスボンの外れにあるホテルの一室に集合していた。
「さて。まずは先だってパッショーネに都合を依頼していた、潜入特化の人員にお願いするわね。見取り図はあるから、建物内部の細かな構造や人員の配置なんかを把握して欲しいの。」
「俺だな。」
ズッケェロが一歩前に出た。
「うん。これを持っていって。」
メロディオはズッケェロにハンディカメラのような機械を手渡した。
「これは?」
「中でどんなことがあるかわからないわ。もしかしたら監視用のスタンドがいて見つかるかもしれない。それでこっちに映像を送ってちょうだい。」
ズッケェロは渡されたハンディカメラを矯めつ眇めつ眺めた。
「というわけで、内部に潜入したら各所の映像を送って。それを元に作戦を立案するわ。」
「おう、任せてくれ。」
ズッケェロはニュルニュルと、廃墟へと侵入していく。
廃墟は放置されたビルで、三階建てだった。
「さて、あとは映像が送信されるのを待つか。そう言えば、スペインからはあと五人いるという話だったが?」
「うん。ほかの五人は私の護衛用に控えてる。レノは木札と人間を入れ替えるスタンド能力者だよ。」
「……能力を明かしても構わないのか?」
「合同任務なんだし、ある程度の情報は開示しないと信用されないでしょ?戦地で仲間割れなんて最悪だし。」
「ああまあそれもそうだな。」
サーレーは納得して、頷いた。
◼️◼️◼️
廃墟は一階が少年兵の育成所であり、寝所も兼ねていた。上の階層が幹部の根城だった。
敵は逃走の末の一時的な仮寝所のつもりでいるから、警備は緩く潜入は簡単だった。
「何をやっているんだ!!!役立たずに食わせるメシは無い!!!立て!!!」
「うあッッッ……!!!」
ーーなんともなあ……。
ズッケェロは十歳前後だと思われる少年たちが戦闘訓練をしているのを見て、溜息を吐いた。
大の大人たちが少年に暴行を加えている。
少年は反社会組織に買われて、消耗品として若くして命を落とすことになるのだろう。
国が違えば常識も変わる。どこの組織かは知らないが、未だにこんな組織が幅を利かせている国家が存在するのかもしれない。
ズッケェロの任務は敵人員の配置の確認だ。ズッケェロは見なかったことにして階上へと向かった。
「使えないガキは、死んだ方がいい。」
鉄板の入った男の靴のつま先が少年の腹部に入り、少年は血を吐いた。
ーーオイオイ、商品として売り出すのなら、使い物にならなくなるほどの手荒な真似はしねえと思ったが……。
ズッケェロは、己の見通しの甘さを悟った。
男たちは祖国を追われており、不安を抱えていた。不安を抱えた人間が、自分よりも弱い立場の相手に強く当たるのは必然だった。
暴力には弾みがあり、男たちに倫理は無い。
「立て。立てないのなら、命は必要ないだろう。お前たちがもっと有能な戦士なら、俺たちが祖国を追われることも無かった。」
非常に馬鹿げた意見だ。男たちが祖国を追われたのは、男たちの行為が祖国に許容されなかったためである。
少年たちをどれだけ有能に仕立て上げても、相手はそれを超える人材を育て上げて反撃するだけである。彼らの敵は、より多くの人材を有する国家なのだから。終わりのないしかばねの山を越えて、彼らはどこを目指しているのだろうか?
男の懐からナイフが取り出され、薄暗い廃墟で照明を反射した。
ーー1、2、3、4、、、4人か。スタンド使いが混じっていたらマズイが……まあやってみるか。すまねえな、相棒。
マリオ・ズッケェロは、男の背後から奇襲をかけた。
◼️◼️◼️
「しくじったわね。」
「……敵に探知能力を持つスタンドがいたのか……。」
メロディオが告げた。
サーレーはズッケェロの弱点を思い起こし、頷いた。
「いやなんか、ズッケェロさん自分から姿を見せて敵に攻撃を仕掛けちゃったよ。」
「マジかよ、ズッケェロ……何やってんだ……。」
サーレーは頭を抱えた。
「もー、しょーがないなー。強行突入でいい?」
「まあ見捨てられないからな。そこまで切羽詰まった敵でもないんだろう?」
「うん。じゃあ指示だけ出しておくね。私たちが捕まってる少年の保護を担当するから、そっちでズッケェロさんの救援と幹部の始末を担当してもらっていい?」
メロディオがサーレーに指示を出した。
「……なんか雑だな。もうちょっとこう………。」
「細かく立案しすぎると、不慮の事態で融通が効かないのよ。細かいところまで私が決めるよりも、リーダーのあなたの方が部下をよくわかっているでしょ?」
「まあそれもそうか。よし、わかった。ホル・ホースは俺について来い。何かあったらその都度に柔軟に対応する。」
「へいへい。」
ホル・ホースは頷いた。
◼️◼️◼️
ーーふぁー、寝みぃ。
ズッケェロは、欠伸を噛み殺した。
ここは廃墟の二階にある一室だった。
「ーーーーーーーーーッッッッ!!!」
相手が何を言ってるのか、ズッケェロには全く分からない。どこの言語だ?
ここはポルトガルなのだから、ポルトガル語かせめてヨーロッパ圏内の言語で喋れ。
「ーーーーーーーーッッッ!!」
目の前の男が、ズッケェロを殴った。
ズッケェロは、痛みを堪えるふりをした。
ーー能力は、使い方次第だなあ。麻薬は、麻酔にもなる。ちょっと時間を稼げりゃ、相棒たちが行動に移るだろう。……アメリカの刑務所では、この使い方に気付かなかったなあ。
男たちはズッケェロを拷問にかけているつもりだが、その実はまるで効いていない。
自身の能力、麻薬の症状を引き起こすシャボンで痛覚を麻痺させているのである。
何のための拷問なのか?そもそも言語が通じてないのが明白であり、ズッケェロを拷問にかけたところで情報の擦り合わせもできない。男たちの行為は彼らの不安の一時的な憂さ晴らしでしかない。ならばさほどの問題はない。これはパッショーネの正式な任務だから、死にさえしなければ体の部分的な欠損くらいであればボスが労災として治療してくれるだろう。
外には仲間が控えており、さほど間をおかずに突入するはずだ。
ズッケェロの小指が、ペンチで圧し折られた。足を拳銃で撃ち抜かれた。
ズッケェロは、四人の男に囲まれて拷問にかけられていた。
◼️◼️◼️
「それじゃあ俺たちは上階に向かう。ここは任せたぞ。」
「ええ、任せといて。」
合同暗殺チームは速やかに一階を占拠し、スペイン暗殺チームの人員が一階を受け持った。
クラフト・ワークは強襲、鎮圧に非常に高い適性を持ち、特にラニャテーラは反則的に強力な効果を発揮した。
サーレーの能力を受けて敵が困惑している隙に、クラフト・ワークがスタンドを使えない敵を次々と固定し、ホル・ホースが敵を縛り上げた。スタンドが使える敵は速やかに気絶させる。連携は手馴れていて、瞬く間に一階は制圧された。
「さて、と。」
メロディオは少年たちを、眺めた。
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ーーつくづくクラフト・ワークは優秀だな。ラニャテーラは不可視で奇襲向きで、対多数戦闘でも大きな効果が見込める。弱点と言えば消耗が激しく、長期戦に向かないことくらいか。しかしクラフト・ワーク自体が防御力が高く、長期戦にも強い。総合的に見て、さまざまな局面に対応できる。俺は本当に能力の無駄遣いをしていたんだなあ。
廃墟の二階の廊下を歩きながら、サーレーは痛感した。周囲には無力化された敵が転がっている。
相手が困惑している隙に速やかに敵の近くに寄り、サーレーは敵の血流を止めて昏倒させる。ホル・ホースが素早く敵を縛り上げた。
「俺っちまで来る必要、あったのか?リーダー一人で十分だっただろ?」
ホル・ホースが、つぶやいた。
「お前をイタリアに残しておくと、何するかわからねえんだよ!暗殺チームに監督責任があるんだ!」
「俺は敵わない相手には逆らわねえよ。俺の哲学はNo.1よりNo.2だ!」
「それは信じてないわけじゃねーけど、お前がパッショーネから逃げ出すかもしれんからだ!」
サーレーは承太郎からホル・ホースの逃げ足の速さを、嫌と言うほどに聞かされていた。
「勘弁してくれよ、全く。年上を敬えってんだ。」
「年上なら年上らしくしろ!」
「……敵のアジトであまり大声を出すちゃダメだろ。」
ホル・ホースが耳を塞いで、サーレーの小言を受け流した。
彼らは制圧した端からどんどん先へ進んでいく。
「よう、助けに来たぜ。命令無視の罰則で、減給1カ月だ。」
「………スマン。了解だ。」
サーレーが扉の一つを開けると、そこには後ろ手に縛られて屈強な男たちに囲まれたマリオ・ズッケェロがいた。
サーレーが能力を行使して部屋内を瞬く間に制圧し、怪我をしたズッケェロを助け出した。
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だいたい状況は把握した。
レノと他のメロディオの部下たちが、少年たちの相手をしている。
メロディオは、じっとりと少年たちを観察していた。
「みんなで力を合わせて、ここから逃げ出して真っ当な人生を送ろう!」
少年のうち、リーダーらしき一人が声をあげた。
………おそらくはあいつだ。
メロディオが今回の任務を積極的に引き受けたことには、理由がある。
敵は祖国を追われており、統率していた彼らのボスは祖国から暗対としてすでに暗殺されている。
組織は離散してしかるべきはずだった。にも関わらず、彼らは卒なく逃亡してここにいる。
その情報が、彼らの祖国の上層部から国を通じてアルディエンテに入ってきている。
「ずっと逃げたかったんです。みんなを助けたかった。でも僕には力がなくて………。」
おかしいのである。
頭を失い烏合の衆として弱体化するはずの組織は、速やかに危機を察知して国外へと逃走した。
それは逆説的に言えば、統率者は生きている。彼らが暗対として暗殺した対象は影武者であった可能性が高いということだ。
「あなた方が僕たちを救ってくださるとおっしゃるのでしたら、僕たちはあなた方のいう通りにします。」
やはりおかしい。
メロディオは危機管理能力と危機察知能力が高く、常に相手を警戒している。しかし、あの少年に対して警戒を抱けない。
おそらくは、スタンド使い。その能力は、可能性として高いのは弱性の思考誘導。商品である少年たちに混じって周囲の思考を緩やかに誘導すれば、組織の運営を円滑に進められる。他人を支配できるほどに強力なものではなく、故に今までは誰にも感づかれなかったのだろう。非常に厄介な能力だ。
少年の名前は、ベルーガ。茶色がかった髪の、ツリ目の少年だ。
周りの少年たちよりも頭一つ大きく、おそらくは十代後半。見立てでは十八くらいだろうか?
歳を重ねた人間から売り物として使い潰される組織で、なぜ彼だけそんな年齢まで育成部門に残っているのか?
考えられる理由は、一つしかない。
メロディオの義眼が、ギョロリと奇怪な動きをした。
「僕たちに償いをさせてください!死んでいった彼らのためにも!!!」
洗脳とは、強固なものだ。
人間は他者との関わりの中でしか生きられず、真っ当な倫理を持たない大人の中で生きた少年が真っ当な倫理を持てるわけがない。子供は精神が未成熟で、大人よりも扱い易い。
ねじ曲げられた道は時間をかけて、ゆっくりと真っ直ぐに戻していくものである。何年も組織にいる少年が、真っ当な倫理を持っていることなどあり得ない。大根役者も甚だしい。
あらゆる状況が、彼を指し示している。
「ねえ、一つ教えて。あなたは人知を超えた力を持っている?」
メロディオが、ベルーガという名の少年に質問した。
「……何のことですか?」
メロディオの手中に突然天秤が現れた。
ベルーガという名の少年は、それに気を取られて注視した。
「やはりあなたが、首謀者ね。暗殺されたボスには、行方不明になった息子がいた。スタンドが見えるということは、あなたはスタンド使いだということ。自分に被害が来ないように、周囲の思考を微細に誘導した。そして安全圏から、周囲の狂態を嘲笑う最低最悪のゲス野郎。ここまで臭いのは久し振りだわ。レノ、他の子たちを連れてこの部屋から先に出てなさい。」
「了解しました。」
「い、痛いッッッ!!!何をするんだッッッ!!!」
メロディオがベルーガの右腕を掴み、キツく捻り上げた。腹部を膝で蹴り上げ、少年はかがんで悶絶した。
レノが先導して、ベルーガとメロディオを除く人間は速やかに部屋から退出した。
『愚者が囀り、目立ちすぎたわね。………
道化が、笑った。
天秤が破裂し、周囲の色彩が反転した。
◼️◼️◼️
何もかもが歪み揺蕩う毒々しい色彩の世界で、神に通じる道化は粛々と裁きを履行する。
ベルーガは、いきなり変化した周囲の状況が理解できずにいた。
「裁きの時は、来たれり。さあ、あなたの罪を数えましょう。両の指で足りるのかしら?あなたは、あなたに覗かれる。神は人の中にのみ住み、誰しもがいつかはそれと向き合う時が来るの。」
万華鏡のように彼の目に映る女性は、遥かな高みからベルーガへと宣告した。
ベルーガは体に力が入らず、四肢をうまく動かせず、うつ伏せに倒れ伏して動けない。彼はその状況に、恐怖した。
突然、倒れた彼の周囲から薄ぼやけたいくつもの白い手が生えてきた。
「………ッッッ!!!」
「さあ、あなたの罪を正面から一つ一つ確認をしていきましょう。もう、逃げられないわ。その白い手は、ビルという愛称で呼ばれた齢十にして爆弾として扱われて死んでいった少年の魂。テレビでアメフトを観戦するのが趣味だった。」
「うおえええッッッ!!!」
細くて小さな白い手が倒れたベルーガの腹部を通り、冷たい手が胃をかき混ぜた。
ベルーガはその感触の気持ち悪さに蹲って嘔吐した。
「その手は、無差別な爆破に巻き込まれたサラという名の妊婦の魂。小さな方の手はお腹の中の赤ちゃんね。お菓子を作っている昼下がりに、何もわからないうちに爆死したみたいね。」
別の手がベルーガの腕を掴み、彼は掴まれた箇所が死んでいく感じを受けた。
「あなたのせいで戦って死んだ兵士の魂。老人の魂。青年の魂。まだまだ、無数にあるわ。よくもまあ、こんなにも恨まれるまでやらかしたものね。」
「うあッッッ!!!やめろッッッ!!!」
「魂って、存在するのかしら?私にはわからない。でも私の世界では、こんなことができる。ここは、誰も知らない世界。神は、人間の中に住む。その白い手は、あなたの心が生み出した自身の罪科。あなたはあなたが創り出した世界で、あなた自身に裁かれて死ぬのよ。」
メロディオが、優しく微笑んだ。
それは死にゆく罪人への、慈悲の微笑みだ。
「やめろッッッ!!!やめてくれッッッ!!!死にたくないッッッ!!!僕はまだ未成年だ!!!この国の法律では、未成年に死刑は適用されないだろうッッッ!!!」
というよりも、そもそもポルトガルに死刑制度は存在しない。
千八百年代の後半には廃止されている。
「あなたに殺された人間も、きっと誰しもが死にたくなかったはず。それが認められるのは、社会の表側の話。裏社会はそんなに、ぬるくはないわ。あなたのせいで、一体何人の罪のない人間が死んだと?………そもそもがおかしいのよ。」
「一体何がおかしいんだッッッ!!」
「年齢なんて不可視なものを数値化することに、そもそも無理があるの。それは社会の不備で、どこかでなんらかの線引きしないといけないからそうせざるを得ないというだけ。厳然たる事実は、あなたが赦されざる者だということ。
出来の悪い子を諭すように、道化は穏やかに微笑んだ。
冷たい腕がベルーガの体を無慈悲に幾度も弄り、彼はゆっくり死んでいく自分を幻視した。
吐き気と寒気が止まらず、えずこうにも体のどこにも動く部分が無い。
「やめろ!!!やめてくれッッッ!!!お願いだ。助けてくれッッッ!!!」
床から無数の白い手が伸びて、ベルーガの体中に纏わり付いた。
それらが触れるたびに、ベルーガは死の冷たさを感じて体温がどんどん低下していく。
「うあああああああああああッッッッッッッ!!!」
ベルーガは絶叫し、道化の世界は冷たい棺桶となる。
◼️◼️◼️
ベルーガは、目を覚ました。頭が痛く、意識がボンヤリとする。寒気と吐き気が引かず、体温はひどく低下していた。
彼のそばではメロディオと名乗る恐ろしい女性が、拳銃を片手に冷ややかに彼を見下ろしていた。
「スタンドを、見せなさい。」
「………。」
「今ここで死にたくないなら、さっさとしろ!!!」
「はい。」
メロディオが放心状態のベルーガの脇腹を蹴り飛ばし、怒鳴りつけた。
ベルーガは、戦力を持たない自身のスタンドを具現した。それは人型で、頭部からアンテナのようなものが生えている。
「よろしい。………あなたの罪は、永遠に消えない。あなたの命の価値は、犬のクソにも劣る。それだけのことをしでかした。あなたは死ぬまで、延々と賽の河原で
「………。」
虚ろに黙り込むベルーガに、メロディオは懐から拳銃を取り出して床に向けて発砲した。
「返事は!!!」
「………はい。」
「声が小さいッッッ!!!」
「はいッッッ!!!」
暗殺チームは使い捨ての消耗品で、損耗が激しい。細かく補充していかなければ、あっという間に壊滅してしまう。
メロディオはディアボロのせいで幾人も部下を失い、人員の補填の必要性に迫られていた。
彼らはこうやって、チームを維持しているのである。
◼️◼️◼️
「お疲れー。」
メロディオがサーレーに手を振った。傍には、意気消沈した少年を引き連れている。
サーレーはズッケェロに肩を貸し、後方にホル・ホースを引き連れて上階から降りてきた。
「ああ。こっちは制圧完了だ。捕まえた人員は、どうしようか?」
「そっちで問題ないのなら、こっちにちょうだい。後始末も込みで、任せてくれると嬉しいな。」
「そうか。そっちの方が情報が入ってるだろうし、お願いしよう。………そいつは?」
サーレーはメロディオの傍の少年に、目をやった。
「ああ、なんか捕まっていた少年を私が颯爽とカッコよく助け出したのだ!ねー。」
メロディオがベルーガにニッコリと笑いかけて、ベルーガは恐怖で失禁しそうになった。
「あらら。やっぱり今までの恐怖が抜けきれていないみたい。かわいそうに。」
メロディオの白々しい表情に、ベルーガは相手を逆らってはいけない人間だと再認識した。
「そうなのか。」
「うん。捕らえた大人は、吟味して処分するか私が捨て駒として使うわ。ちょうど人員がいなくて、困っていたの。」
先に少年たちを連れて退出したレノが、少年たちを組織の人員に引き渡して建物内部へと戻ってきた。
「レノ。このクソガキはあんたが監督なさい。もしも無断でスタンドを使用するようなら、その場で殺して。」
「畏まりました。」
彼らはそのまま、建物の外部へと退出した。
外は夜が明け、白み始めていた。
◼️◼️◼️
「そんじゃあ、またね。なんかあったら、またお願いねー。」
「あんま人使いが荒いのも、勘弁してくれ。」
「ちゃっかり拳銃おじさんもまたねー。」
「誰がおじさんだ!!!」
最初から最後までマイペースに、メロディオは去っていった。
おじさん扱いされたホル・ホースはブツブツ文句を言ったが、ホル・ホースはどう見てもそこそこの年配だ。
「さっさと帰るぞ。観光はまた今度だ。ズッケェロ、荷物持ち。」
「おう。」
怪我を治療したズッケェロが声を上げた。
「誰が荷物持ちやねん。」
ホル・ホースは抗議した。
サーレーはメロディオが連れて行った少年に、思いを馳せた。あからさまに他の少年と、扱いが異なった。
あの少年はメロディオの配下として、遠からず使い捨てられるのだろう。
サーレーと似た境遇ではあるが、決定的に違うのはサーレーよりも明らかに扱いが悪く、怪我をしても治してくれるボスもいない。
「まぁ、暗殺チームはそんなもんか。」
社会は矛盾していて、理想通りに行くことは稀である。
他人の境遇に同情をするよりも、まずは自分の明日のことを考えよう。
ズッケェロは怪我人だし、ホル・ホースも少しは活躍したし、たまにはリーダーらしく今日のみんなの晩御飯くらいは奢ってあげようか?
イタリアに向かう飛行機の搭乗口に向かいながら、サーレーはそんなことを考えた。