噛ませ犬のクラフトワーク   作:刺身798円

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狂人達の宴 後編

「イアン教授のー、ワクワク三分クッキングー!」

「ヒー、ハー!!!」

「……またやんのか。」

 

リンドレンデッドの正体不明の機器がある部屋で、イアンとチョコラータがテンション任せに叫び、オリバーが苦笑いした。

部屋の隅には、オリバーが攫ってきた十人ほどの年齢も性別も一貫性のない人間たちが、縛られて猿轡をかまされて床に転がされている。

 

「まずは、私のスタンドの部屋に付属しているこのなんだかよくわからない遠心分離機のような機械に、だいたい十人くらい人間を詰め込みます!」

「だいたい十人くらいって、凄く雑ッ!!!」

 

チョコラータが、イアンの言葉に合いの手を入れた。

 

「……ッッッ!!!」

「………!!!」

「ァァァァッッッッ!!!」

 

狭い機械の中に、オリバーが外から捕まえてきた十人ほどの人間が強制的に押し込まれ、イアンが外から無理やり機械の蓋を閉めた。

 

「スイッチを起動させて、彼らを魂の元と生体タンパク質に分解します。」

 

機械は縦長で円柱状で、イアンがスイッチを押すとともに電源が入り発光した。

内部は際限なく加速し回転し、音速超えて人体をドロドロに溶かしてゆく。

 

「分離した魂の元と生体タンパク質をこの電子レンジっぽい機械に入れて、内部に作りたい人間の細胞を埋め込んで電源を入れてから適当に放置します。」

 

ドロドロに溶けた混濁した色合いの物体が機械の排出口から流れ出して、巨大な別の機械に流れ込んでゆく。

イアンはそこにディアボロの細胞と血液を埋め込んだ。

 

「おい、イアン。私にはサッパリ仕組みがわからんのだが、それは一体どうなってるんだ?電子レンジで人間を造り出すとか、斬新すぎるだろう?」

「さあね。私にも詳しくはわからない。面白ければ、どうでもいいじゃあないか。ただ確実に言えることは、私がそうなると確信したことはこの部屋で現実のものとなる。チョコラータ、君もああやって生まれたんだ。」

 

イアンが凄絶な笑みをチョコラータに向け、チョコラータは身震いした。

 

「最後に、冷蔵庫っぽい機械に入れて冷やして適当な時間固めます。さあ、ディアボロよ。イタリア原産の非道な悪魔よ。煉獄の血で己が罪を再び背負い、生誕せよ!!!踊り、狂い、我らの手先、世界の破滅の急先鋒となれ!!!」

 

電子レンジのような機械は、火花を放って加温した。

狂気の夜は、未だ明けない。

 

◼️◼️◼️

 

彼は、赤茶けた大地にいた。見渡す限り不毛の大地と地平線。

空を見上げれば、黒ずんだ空と不自然に緑がかった雲。

造られた煉獄の中に、一人の男が存在した。

 

ーーここは、どこだ?俺は一体なぜここにいる!!!

 

ディアボロは空を見上げ、前面後方を見渡し、現状を理解できないでいた。

記憶が曖昧だ。自分は何をしていたのか?どうしてここにいるのか思い出そうにも、靄がかかったように肝心なことは何一つ思い出せない。

確実に言えることは、ここは長くいると危険だということだ。それだけは、理屈ではなく本能で理解できる。

 

【煉獄の血で己が罪を再び背負い、生まれ出でよ悪鬼、ディアボロ!!!我らの尖兵となりて、ヨーロッパに破滅を齎せ!!!】

 

唐突に、空に白衣を着た巨大な機械仕掛けの不気味な生命体が現れた。

それの目はネジで出来ている。機械の駆動音のような声が拡声器を鳴らすように、荒凉とした世界に響いた。

 

【命を返せ。】

【それは、私のものだ。】

【お前なんかに渡さない。】

【返せ!!!返せ!!!返せ!!!】

「うッッッ!!!」

 

唐突にディアボロの足元から黒い影のようなものが現れ、ディアボロをどこへともなく引きずり込もうとしてくる。

現状が理解できなくとも、それが危険なものであることは簡単に予想がつく。

 

「さわるなッッッ!!!」

 

ディアボロは纏わりつく黒い影を、必死で振り払った。

 

【あいつを、殺せ!!!】

【蜘蛛の糸は、一人用だ!お前なんかには渡さない!】

【生き返るのは俺だ。】

【いいや、私だ。】

【俺だ、私だ、俺だ、私だ、少なくともお前ではない。】

【お前は地獄行きだ。】

「キング・クリムゾンッッッ!!!」

 

黒い影は際限なく現れ、怯えたディアボロはキング・クリムゾンを行使した。

しかし、キング・クリムゾンは現れない。

 

血で罪を再び背負い、生まれよ。

 

ディアボロは、唐突にその言葉の意味を理解した。

ここは、生と死の狭間の世界。生まれ出でることができるのは、強い一人だけ。

それが生命の理。弱者は、強者の糧となる。他の人間はその人間のための生贄なのだ。

ディアボロは生まれつきのスタンド使いではない。生まれる前の状態の今、キング・クリムゾンが現れないのは当然のことだった。

 

「ぐぅっっ!!!うあッ!!!うああああああああッッッ!!!」

 

ディアボロはがむしゃらに、纏わりつく黒い影を殴った。

蹴って締めて押し倒して投げ飛ばした。しかし彼らは、怯むことなく向かってくる。

 

【必要なのは、強さではない。必要なのは何者よりも強い、漆黒の殺意。他の全てを皆殺しても生まれることに執着した者だけが、私の世界で生の権利を勝ち取ることができる。ディアボロ、果たして保身にその身を焦がしたお前に、身を削って真正面から他者を乗り越えられるか?】

 

空から声が響いた。

空に鎮座する白衣の不気味な存在は、何を考えているかわからない機械仕掛けのネジの瞳でじっとりとディアボロの戦いの行方を見守っている。

 

「うあ、うああああああああッッッッ!!!」

 

ディアボロの脳裏に、ゴールド・エクスペリエンス・レクイエムの死に続ける経験が蘇った。

冗談じゃない。もう死ぬのはまっぴらごめんだ。ディアボロは必死に黒い影に抗い、生を渇望した。

 

◼️◼️◼️

 

「おかしいな。なんか材料が足りない気がする。」

「材料が足りない?」

 

電子レンジのような機械の前で、イアンが首を傾げオリバーが復唱した。

 

「ああ。足りていない。なぜだろう?」

「チョコラータの時と同じ分だけ用意したはずだぜ?」

 

イアンは黙考し、オリバーはイアンに告げた。

 

「いや、足りていない。オリバー、材料もう十人追加だ。」

「ハア?ふざけんな。俺だってリスクがあるんだぜ?」

 

オリバーは文句を言い、イアンの冷酷な視線がオリバーに向かった。

オリバーはその視線に、自身の身の危険を感じた。

 

「……わかったよ。攫って来るからそんな目で見るな。お前に逆らうつもりはねえよ。おい、チョコラータ。行くぞ!」

「なんで私が……。」

「チョコラータ、行け。」

「チッ。」

 

イアンが今にも激昂しそうな雰囲気を醸し、それに恐怖したオリバーとチョコラータは新たな生贄をさらいに外出した。

 

「あいつ人使いが荒くねーか?」

「……お前の同類だ。不興を買えば、明日の朝には俺とお前の頭部がすげ変わっている可能性がある。お前もそういうの、好きだろ?逆らうのはやめておけ。」

「クソが。」

 

建物の前でチョコラータは悪態をつき、ふとあることを思い出した。

 

「そうだ、お前セッコを知らねえか?私の部下で、せっかく生き返ったんだから部下に使おうと思ってるんだが?」

「……そのセッコとやらは、お前の原材料になったよ。」

「ハア?」

「お前の部下だったんだろう?お前の研究成果を持って中国に逃亡しようとしていたから、イアンがひっ捕まえてお前の原材料にしたぞ。」

「ハアア、ふざけんな!あいつは私の相棒だぞ!なんてことをしてくれたんだ!!!」

 

チョコラータは目をひんむいて、オリバーに詰め寄った。

 

「諦めなって。もう細胞も残しちゃいねえし、消えちまったよ。セッコは死んだが、お前の中で原材料として生きてるんだ。」

 

オリバーがいいこと言った風にサムズアップし、イラついたチョコラータはオリバーをぶん殴った。

 

「痛えな!何するんだよ!」

「………チッ。」

 

チョコラータは舌打ちをした。

 

「まぁ、適当に見繕ってかっさらって行くぞ。」

「ああ。さっさと終わらせてイアンに文句を言わねえと気が済まねえ。」

 

オリバーとチョコラータは、夜の街を人攫いとしてウロついた。

 

◼️◼️◼️

 

「うあああああッッッ!!!」

 

血を吸った赤い大地で、ディアボロは恐怖して逃げ惑う。

黒い影はどこまでもディアボロに纏わりつき、いくら戦っても逃げても際限なく追いついて来る。

 

「寄るな!こっちに来るな!クソがッッッ!!!」

 

若い兵士の頃であれば、ディアボロはそれらと戦えたのかもしれない。

しかしスタンドを得て保身に走り、圧倒的な状況で一方的な蹂躙を続けてきた今のディアボロには、それらを正面から乗り越えるしぶとさが残されていなかった。

 

「あああッッッ!!!やめろッッッ!!!」

 

ディアボロの足がもつれ、覆いかぶさる黒い影に押し倒されて地面に倒れこんだ。

 

【捕まえた。】

【弱い奴から殺せ!】

【まずは、こいつだ!】

【こいつから、殺すぞ!】

【こいつが、一番弱い。】

「やめろッッッ!!!頼む、やめてくれ!!!」

 

白衣を着た機械仕掛けの怪物は、ディアボロの戦いを空から眺めて残念そうな表情をしていた。

 

【残念だよ、ディアボロ。ただただ、残念だ。万能の私にだって、存在しない可能性を手繰り寄せることはできない。お前は私の使える駒たり得なかった。弱者はこの世界で、食われて終わる。それが摂理だ。さようなら、不毛に力を持たされただけのただの弱者よ。】

「ああああああああああああ!!!」

 

倒れたディアボロに際限なく影は覆い被さり、やがてディアボロは黒い影に埋め尽くされて影の一部となり終焉を迎える。

運命に逆らえる力を、ディアボロは持たなかった。

 

()()()()()は。

 

「やめろ、お前らッッッッ!!!ボスッッッ!!!助けに来ましたッッッ!!!」

【………?!】

 

空の白衣の怪物が、意外そうな表情を見せた。

突然黒い影に襲われるディアボロの元に一人の青年が現れ、黒い影に立ち向かった。

青年はディアボロに少し似ており、若い頃のディアボロといった容貌だった。

 

「ドッピオッッッ!!!」

「ボスッッッ!!!俺が来たからには安心してくださいッッッ!!!一緒に戦いましょうッッッ!!!」

 

ヴィネガー・ドッピオは必死にディアボロに纏わりつく黒い影をなぎ払い、ディアボロを支えて立ち上がらせた。

 

「………ドッピオ。礼を言う。」

「ボス。二人で、最期まで戦いましょう。帝王には、帝王の誇りがある。」

 

ドッピオは黒い影を見据え、ディアボロに告げた。

 

「俺は最期まで、ボスと共にあります。」

 

ディアボロの体に活力が湧き、二人は黒い影に最期まで立ち向かうことを誓った。

 

【いいだろう。特例として二人で戦うことを認めよう。二人で煉獄を血で染め、罪を背負い直して見せよ。蠱毒を這い上がり、私に強者たる証明をしてみせろ。】

 

白衣の怪物は、愉快そうに笑った。

 

◼️◼️◼️

 

「おい、イアン。テメー、一体どういうことだ?」

「おい、チョコラータ、やめろ!」

 

チョコラータがイアンに詰め寄り、オリバーがそれを取りなそうとした。

 

「どうしたんだ、チョコラータ。生理か?」

「んなわけねーだろ。ふざけやがって!セッコだよ!お前セッコを、俺の許可なしに消したらしいじゃねえか!!!」

「チョコラータ、やめろ!」

「セッコ?」

 

イアンは誰のことだかわからないとばかりに、首を傾げた。

その様子にムカついたチョコラータは、イアンの襟首を両手で掴んだ。

 

「チョコラータの材料にした男だよ。ほら、あのチョコラータの研究資料を盗もうとした奴。」

 

オリバーがイアンに言葉をかけて、イアンは思い出した。

 

「ああ、あいつか。そういえばお前の原材料にしたな。」

「テメエ、ふざけんな!あいつは俺の部下だ。俺に断りなく………。」

「黙れ。」

 

チョコラータはイアンの襟首を乱暴に掴んだ。

イアンは見る見るうちに不機嫌になり、額に青筋が浮かんだ。

 

「あ?」

「ま、待て。イアン。チョコラータ、やめろ!」

 

イアンとチョコラータの間に一触即発の空気が流れ、オリバーは慌てた。

 

「頼むよ、イアン。チョコラータを消したら、また俺が材料を集めて来なきゃいけなくなる。チョコラータ、落ち着け。イアンに造られたお前じゃあ、イアンには勝てない。」

 

イアンに掴みかかったチョコラータの腕が、ドロドロに溶けていた。

 

「クソッッッ!!!」

「ほら、あっちで俺がお前の愚痴を聞くから。」

「黙れ!寄るんじゃねえ!テメエ体がイワシ臭いんだよ!!!」

 

チョコラータは怒って部屋を出て行った。

 

「………。」

「イアン、機嫌直せよ。チョコラータも反省しているからさ。」

 

オリバーはイアンを宥めるために、心にもないことを口にした。

イアンはチョコラータの脳を手術していじり、人形にする選択肢を浮かべたが、それを行うとスタンドが恐ろしく弱体化してしまうがゆえに思い留めた。

 

「………一度だけだ。次はないことを告げておけ。」

「わかったよ。」

 

イアンのあまりにも冷たい視線に、オリバーは怯えた。

 

「マジで勘弁してくれよぉ。それよりも、そろそろディアボロちゃん、出来たかな?」

 

ペドフィリアのオリバーは、幼少のディアボロを想像して興奮した。

 

◼️◼️◼️

 

「クソが!あのヤローふざけやがって!!!」

 

建物内の個室に戻ったチョコラータは、腕の手当てをしながらぐちぐちと文句を言った。

 

「そう言うなよぉ。お前も死にたかねえだろ?それよりも、一緒にディアボロちゃんを見に行かねえか?」

「うわぁッッッ!テメエ、勝手に入ってくんな!」

 

個室のドアが開き、外からオリバーがひょっこり顔をのぞかせた。

 

「お前も興味ねえか、ディアボロちゃん。絶対、かわいいぜ。」

「ディアボロ………パッショーネのボスだったな。」

「元、な。」

 

チョコラータの目付きが鋭くなり、オリバーはその視線に危険な意図を感じた。

 

「………おい、イアンに黙って勝手なことすんなよ。アイツがキレたら、ロクなことにならねえぞ。」

「………お前はなぜ、アイツに従っているんだ?」

「まあ、こっちにもこっちの事情があんのよ。」

「私の部下にならないか?」

「それは俺にイアンを裏切れってことか?」

「好きにとってもらって構わない。気に食わない奴に従う義理もあるまい?」

「それは無理な話だ。お前も同類だよ。俺にとっちゃあ、どっちについても同じことさ。」

「………チッ。」

 

チョコラータは舌打ちして、オリバーはチョコラータの部屋を出てディアボロの元へと向かった。

 

◼️◼️◼️

 

物事は時に、予想もしない深い部分で繋がっていることがある。

スイス暗殺チームのリーダー、ヨルゲン・ルーベルクがかつて解決した事件、スイス神隠し事件。

人間を攫って、バラして臓器を密売する事件。

 

その事件の首謀者である酸を使うスタンド使いは、ヨルゲン・ルーベルクに敗北して死亡した。

しかし、その事件で誘拐を担当していた人物、そして執刀を担当していた人物。

彼らは自身の身代わりを用意立て、逃亡を完遂させていた。

 

誘拐を担当するスタンド使いの一人、オリバー・トレイル。

臓器の移植を担当し、難易度の高い手術を行う闇に巣食う執刀医、イアン・ベルモット。

彼らは隠密裏に裏の暗殺チームが動いたという情報を仕入れ、潮時を見誤らずに危険を敏感に察知して逃亡した。

 

因縁の根を残したまま事件は闇へと葬られ、それは新たな事件の苗床となる。

 

闇は、消えない。

 

◼️◼️◼️

 

「ここだな。」

 

黒い長髪の男が、くわえていたタバコを携帯灰皿に捨てた。

スイス、ウートシュバイツ所属の暗殺チームのリーダー、ヨルゲン・ルーベルクは、部下を率いてスイスの地方に赴いていた。

向かい先はリンドレンデッドという名称の組織、ウートシュバイツの下部組織にあたる。

 

今この地では短い期間に大量の人間が失踪している。しかしその多くはルーベルクと同業のいつ行方不明になってもわからないような人種であり、まださほど騒がれていない。それに異変を感じたルーベルクは、その地の裏社会の組織であるリンドレンデッドに情報収集のために訪れていた。

リンドレンデッドの所在地は、古いビルを一棟買い取って存在した。

 

「何があったんすかね?」

「わからん。しかし、水面下で何か危険な陰謀が動いている可能性がある。早期対応は事件の早期解決につながる。」

 

彼は二人の部下を引き連れている。一人は茶色い短髪の若者、もう一人は金髪の女性。

若者がルーベルクに質問をして、ルーベルクが返答した。

 

「先方には、すでにアポイントメントを取ってあります。」

「ああ、ご苦労。」

 

金髪の女性がルーベルクに報告し、ルーベルクは建物の呼び鈴を鳴らした。

 

◼️◼️◼️

 

「ヨルゲン・ルーベルク。当たり(ヒット)だ。」

 

檻のある部屋で、リュカが檻の中からイアンへと告げた。

 

「計画始動か。ずいぶん待たされたものだ。」

「待ったのは、俺だ。ようやく、ようやくだ。ようやくこれで、ローウェンに復讐ができる!!!」

 

部屋の中のモニターに黒髪長髪の男が映され、イアンが手を膝においてつぶやいた。

彼らがこの地で誘拐を行なっていたのは、スイス暗殺チームが動き出すのを待っていたのだ。

 

ヨルゲン・ルーベルクはフランシス・ローウェンの元部下であり友人であり、捕らえて改造を施せばローウェンに対する切り札となる。

信頼できる部下に刺されて、あの忌々しい男は死ぬ。有りがちだが、悪くないシナリオだ。

その劇を貴賓席で、高みの見物をさせてもらおう。

 

「付いて来い、リュカ。」

「そこの気絶している女はいいのか?」

 

リュカがメアリーを指差した。

 

「彼女は、彼らをこの部屋に呼び込む撒き餌だよ。」

 

イアンは、リュカの檻の鍵を開けた。

 

◼️◼️◼️

 

「逃げてください!ここは、あの男は危険です!!!」

 

檻のある部屋で、花嫁衣装を着た頭部の存在しない女性が叫んだ。

 

「君は一体、何者だ?」

「私は………。」

 

メアリーは頭部のない奇怪な自身の姿に、名乗ることを躊躇った。メアリーはすでに死んだも同然の自身に、さらなる辱めを受けたくなかったのである。

ルーベルクは、相手の意志を敏感に汲み取った。

 

「………最近この近辺で、人間が消失する事件が多発している。君はその被害者ということで間違いないか?」

 

ルーベルクたちがリンドレンデッドの建物に到着した時、建物内部からは何ら応答がなかった。

不審に感じたルーベルクたちは内部に無断で侵入し、誰も見当たらない建物内部を慎重に捜索した。

その結果、一室で檻に閉じ込められた頭部に機械を装着させられた不可解な人物を発見した。

 

「わかりません。」

「君にも思うところがあるだろう。しかし、たくさんの人間が消失しちまっている。苦しいだろうが、何があったか俺に話して欲しい。」

 

カメラ越しに、人と呼ぶには奇怪な自身の姿を正面から見つめてくるルーベルクに、メアリーは全てを話すことを決意した。

 

「イアン教授。本名は、イアン・ベルモット。スイスにある大学の教授です。私は彼に攫われ、気が付いたらこんな姿になっていました。」

「そうか。他には何か覚えていることは?」

「用務員のオリバーさんも彼の仲間だったみたいです。」

「他には?」

「……すみません。これ以上は、私には何も………。」

「そうか、ありがとう。」

 

メアリーは、申し訳なさそうな返答をした。

 

「ところで、君はどうする?」

 

ルーベルクがメアリーに問いかけた。

 

「どうすれば!こんな姿になって、私!」

「………もう君は、人前に出ることは難しいだろう。よければ、俺の所へ来ないか?俺たちの組織が、君の受け皿となろう。君の余生をなるべく良いものにする。」

 

ルーベルクの言葉に、メアリーは人の善意を感じ取った。

 

「ありがとう。その言葉は嬉しいですけれど、おそらくはそれは不可能です。私がこんな姿になっても生きているのは、あの男の支配する場所だからだと言ってました。私には意味がわからなかったけど。」

 

スタンド使いでない彼女には、スタンドの概念は理解出来ない。

しかし、普通であれば生きていられない状態だということはわかる。

 

「あの男の支配する場所?」

 

ルーベルクはメアリーのその言葉に、猛烈に嫌な予感を感じた。

 

【初めまして。スイス、ウートシュバイツ暗殺チーム所属の、ヨルゲン・ルーベルクと愉快な仲間たちで間違いないですね?】

「誰だッッッ!!!」

 

ルーベルクがメアリーと会話している最中に、唐突に部屋に設置されたモニターの電源が入った。

モニターには、機械仕掛けの不気味な白衣の怪物が映し出されている。

 

「サイモン、急いで入り口を確認しろ!!!」

「ルーベルクさん、部屋が開かないッッッ!!!」

 

サイモンと呼ばれたルーベルクの配下の若者が、部屋の入り口を確認して焦った声を上げた。

 

「罠かッッッ!!!セレネ、スタンドを使用しろ!!!」

「無理!!!能力が発動しない!!!」

 

セレネと呼ばれた金髪の女性がスタンド能力を行使しようとするも、能力が発動しない。

彼女の能力は離れた場所に手紙を届ける能力であり、彼らが少数で行動する根拠たりえるものだった。彼女さえいれば、彼らに何かあった場合も外部に情報を残せる。

しかし、部屋の中は外部から隔離された異界だった。そこは内外が分断され、独立した異界。

 

【おやすみ、いい夢を。】

 

その言葉を最期に、モニターの電源は切れた。

部屋の換気口から、微かにシューという気体が注入される音が聞こえてきた。

 

「どうするんすか!ルーベルクさんッッッ!!!」

 

ルーベルクはわずかな思考と寡黙のうちに、彼のスタンドを発現させた。

 

「サイモン、セレネ、覚悟を決めろ。君は、どうする?」

 

ルーベルクがメアリーに問いかけた。

相手は外見からして、恐らくはカタギではない。メアリーはルーベルクのその質問の意図を、正確に読み取った。

 

「………お願いします。これ以上の辱めを受けたくない。」

「わかった。」

「ううっっ。」

 

サイモンと言う名の若者はしゃくり上げ、セレネという名の女性も俯いた。

ルーベルクのスタンドが腕を上げ、毒針を射出した。

 

◼️◼️◼️

 

「やられたな。」

 

イアンは、舌打ちをした。

ルーベルクとその配下を捕獲して、改造して手駒にしようと考えていたのだが、ここにあるのはグズグズに溶けた四つの肉塊だ。

ルーベルクのスタンドは相手を溶かす毒針を射出するスタンドであり、毒の回りきった死体の細胞から人間生成を行うのはさすがにイアンにも不可能だ。正確にはイアンの能力に不可能なことは存在しないのだが、イアンが不可能だと考えた時点でそれは不可能となってしまう。

 

彼らは、社会に身も心も捧げた人間たちだ。

ルーベルクはイアンに捕まった時点で、即座に自害した。せっかく手術したメアリーまで巻き添えにして。

 

「おい、イアン!俺はもう我慢できないぞ!」

「ああ。………仕方ない。わかった。最後に証拠隠滅のために建物を消していってくれ。リュカ、行くならわかってるな?」

 

イアンはリュカという名のフードの男に、確認を取った。

 

「わかっている。負けた場合も、絶対にお前たちの情報を吐かない。即座に跡形も残さず自殺する。」

「………行ってこい。」

「いいのか?」

 

赤ん坊を二人抱えたチョコラータが、イアンに質問した。

 

「計画に不備はつきものだ。それも含めて楽しもう。」

「ところであのオリバーって男は、どこに行ったんだ?赤ん坊の世話は、私じゃなくてアイツにさせるべきだろう?」

 

ディアボロとドッピオの赤ん坊を抱えたチョコラータは、イアンに文句を言った。

 

「イタリアに飛ぶぞ。」

「おい、無視すんな!人の話を聞け!なんでいきなりイタリアに?」

「ルーベルクを消した。スイスの裏組織が大々的に動くことになる。緊急のでかい案件のない今、連動してフランスも動く可能性が高い。リュカでどれだけ足止めができるか、わからん。次の目的はパッショーネだ。早く逃げないとここは危険だ。」

 

リュカはすでに立ち去り、オリバーは不在だ。

彼らが根城にしていた建造物は、リュカの能力ですでに跡形もなく消滅している。

イアンとチョコラータは、ディアボロとドッピオを抱えてイタリアへと向かった。

 

◼️◼️◼️

 

悪魔に魂を売ってしまった。もう引き返せない。

 

「こんにちは、トレイルさん。今日も息子さんのお見舞いですか?」

「ええ。こんにちは。」

 

年配の女性がニッコリと微笑み、オリバーは笑顔で挨拶を返した。

 

ここはスイスにある大学病院だ。

病院の庭を、オリバーは日傘を差して歩いている。目的地は、すぐそこだ。

もう息子に会えるのは、きっと最期になるのだろう。俺の先はもう、そう長くはないはずだ。

ディアボロを笑えない。

 

オリバーは、前の職業は地方の警察官だった。

それがなぜ今ここにいるのかは、誰しもが聞けば理解する。

 

『金が払えないのなら、働いて支払ってもらおうか?』

 

開示された情報は、三つ。

オリバーはもともと警察官で、スイス神隠し事件を追っていた。オリバーの息子は、先天的な内臓疾患で臓器移植が必要だった。スイス神隠し事件の全容は、金銭目的の臓器密売だった。

この三つを繋げれば、オリバーに何があって、どうしてここにいるのか誰だってわかるだろう。

対価は恐ろしく高かったが、手段を選べない。毒を食らわば、皿まで。引き返す道は、どこにも存在しない。

 

『お父さん、とても楽しかったよ。』

『そうか、それは良かった。』

 

人間の大切な物には、序列がつけられている。社会に生きる人は、皆良き未来を目指して生き、子供とは未来の結晶だ。

見知らぬ他人よりも我が子。それは、普通の父親の感覚だ。

オリバーは社会に身を捧げた暗殺チームではなく、家族に身を捧げたただの父親だった。

 

オリバーのスタンドの回転木馬は、亡き妻と息子との数少ない思い出だ。

オリバーは遊園地での家族の団欒がとても楽しくて、何があったのかまるっきり忘れてしまった。

 

スタンドとは、心の形。回転木馬は、最後に残った愛の証。

回転木馬よ、忘れさせておくれ。辛いことも、悲しいことも、苦しいことも、何もかもを。

忘れなければ、俺はもう生きられない。しかし、それは彼の儚い願望に過ぎない。

回転木馬は、煉獄を彷徨う亡者の愛のよすが、亡者は苦しむものであると相場が決まっている。

 

回れ回れ、狂気と共に。何もかもを忘れて溶けてしまうまで、回り狂え。

回転木馬が老朽化して、壊れて朽ちて果てるまで。その時はもう、近い。

 

「ここ最近の容体は安定していますよ。」

「よかった。次はいつ来れるか、わかりません。当分は仕事が忙しくなりそうで。」

 

オリバーは、もともと狂人ではない。ペドフィリアというのも、実は真っ赤な嘘だ。

小児性愛者を装えば、悪魔からせめて子供だけは救えるかもしれない。その一心で、父親は必死に嘘をつく。

………殺された他の被害者から目を背けて。

 

オリバーが使える駒であるうちは、イアンに最低限の意志は尊重される。どこまで許されるかは、怖くて試す気にならないが。

悪魔は残虐で時折嘘もつくが、契約は破らない。

 

狂ったフリをしないと、やっていけない。マトモな神経では、自殺するしかない。

しかしたとえそれがフリであったとしても、続ければいつの間にか本当に狂ってしまっているのだ。

 

狂人イアンはオリバーの息子の執刀を担当し、オリバーの息子を知っている。

イアンに表立って逆らったら、奴はオリバーの生きる理由を躊躇なく奪い去ることだろう。

治療にも金がかかり、薄給なオリバーに綺麗な手段で大金は手に入らない。オリバーは有能なスタンド使いで、利害は一致した。

子供の見舞いは、狂人イアンとの契約でオリバーに認められた正当な権利だ。………正当性に意味があるとも思えないが。

 

悪魔に魂を売ってしまった。対価はひどく、高くついた。

俺はもう長く生きられない。………しかし、それでも構わない。

 

誰も臓器提供者(ドナー)のことを聞かない。執刀医のことを聞かない。

たとえ闇と繋がっていようが、呪われた手段だろうが、子供に罪は無い。誰しもが、子供を愛している。

 

オリバーがイアンを納得させる形で闇に溶けて消えれば、きっと我が子の未来は守られる。

主治医は優しく微笑み、オリバーはベッドでやすらかに眠る我が子の頬にキスをした。

 

◼️◼️◼️

 

補足事項

イアンのスタンドで造り出された人間は、生体タンパク質を投与し続けることでおよそ一ヶ月で成人する。

オリバーの小児性愛は、実は偽りだった。

 

名前

ヨルゲン・ルーベルク

概要

フランシス・ローウェンの元部下で、腕の下の暗器から毒針を射出するスタンド使い。死亡した。

 

名前

セレネ・メーリカ

概要

ルーベルクの部下で、離れた場所に手紙を届けるスタンド使い。死亡した。

 

名前

サイモン・セルガッティ

概要

ルーベルクの部下で、空間に階段を作り出すスタンド使い。死亡した。

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