噛ませ犬のクラフトワーク   作:刺身798円

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幕間劇 それぞれの休日

スペイン、ココ・ジャンボの中。(ココ・ジャンボとは、ポルナレフが居住する亀の名称である)

 

「これはこれは。ずいぶんとご立派な一物をお持ちで。」

「おっ、綺麗なお嬢ちゃん。見る目があるねえ。………妹のシェリーを思い出すなあ。」

「お嬢ちゃん………ウヘ、ウヘヘヘ。」

 

ホル・ホースは、頭痛がした。

さっきからずっと、こんな調子だ。彼らは初めて会った時からなぜか互いに疎通しあい、即座に打ち解けて馴染んでしまった。

メロディオはポルナレフの天に向かってそそり立つ髪型を褒めちぎり、お嬢ちゃん呼ばわりされたメロディオは久々に若者扱いされたことに対して珍妙な笑い声を上げて喜んでいる。

 

「………アンタら初対面のはずなのに、ずいぶんと仲が良いな。」

「おう。俺たちは!」

「生まれた時からマブダチだぜ!」

「「イエイ!!!」」

 

メロディオとポルナレフはハイタッチを交わした。

ホル・ホースの頭痛が増した。

 

「………ノリでテキトーなこと喋んなよ。」

 

二人は肩を組んでいる。なんでコイツらは、初対面でこんなにも波長が合っているんだ?

ホル・ホースは首を傾げた。

 

「え、たまにいない?ほとんど喋ったことなくても、なぜか気が合うって確信できる人。」

「………いない。」

「ホル・ホース。お前案外寂しい男だったんだなあ。」

「………余計なお世話だ。」

 

ポルナレフが、同情するように首を縦に振った。

その仕草が、非常にイラっとくる。

 

「まあディオの部下になるくらいだしなぁ。人間に友人がいなかったんだろう。かわいそうに。そういえばお前の相棒は、J・ガイルのクソ野郎だったしな。」

「………。」

「へー。おじさん、ディオ・ブランドーの手下だったんだ。」

「………。」

 

二人が合わさることで、ウザさは何倍にも膨れ上がる。響きあうウザさ。

彼らは一切の遠慮なく、思ったことを矢継ぎ早に口にした。あくまでも彼らが思ったことであり、それが事実であるかどうかはわからない。

 

「まあ本当に友人や大切な人がいたら、人間の敵の手下になろうとは思わないよねえ。」

「強い奴のおこぼれを与る、コバンザメみたいなやつだったしなぁ。」

 

いい加減にしてくれないものか?いくらなんでも、言っていいことと悪いことがあるだろう?

ホル・ホースの頭に、ちょっとだけ血が上った。

 

「まっ、お前がパッショーネに来たからには、知らねえ仲でもねえし、俺が寂しいお前の友人になってやるよ。」

「だってさ。よかったね。」

 

この二人は、喧嘩を売っているに違いない。

ポルナレフのドヤ顔が途方もなくムカつく。メロディオの優しげな表情も非常に腹が立つ。

 

「いじめられたら助けてやるから俺に言えよ。」

「どっちかというと、いじめられるって言うよりいじられキャラじゃない?組織内のヒエラルキーを気にし過ぎて、安心を得るためにどうにか自分の立ち位置を確保しようと自分から周りに笑われにいくみたいな。性根が小心者なんだよ。」

 

なぜこの二人は、こんなにも協力して俺の心をエグろうとしてくるのだろうか?

前もって打ち合わせしていたわけでもないのに。

 

「逃げ足の速さだけは一流なんだよな。」

「そんなに臆病なら殺し屋なんてせずに真っ当に生きればいいのに、行動に一貫性がないよね。スタンドを手に入れて、調子に乗っちゃったのかな?」

 

二人はどこまでも、好き勝手にホル・ホース評した。

重ねて言うが、これはあくまでも二人が思ったことでしかなく、事実であるかどうかはわからない。

 

「ホル・ホースおじさんも、私たちと一緒に夜通しサッカーゲームやる?」

「………絶対にやらない。」

 

………用件も住んだし、さっさとイタリアに帰ろう。そうしよう。

ホル・ホースはフラついて、亀から退出した。

 

長くここにいたら、イラつき過ぎて疲れきってしまいそうだ。

 

「ところでここって、トイレはどこにあるの?」

 

亀の中から、メロディオの悲鳴が聞こえてきた。

溜飲は少しだけ下がったが、果たして幽霊にトイレは必要なのだろうか?

ホル・ホースは、疑問を感じた。

 

◼️◼️◼️

 

フランス、ラ・レヴォリュシオン。

 

「………失礼します。」

 

ローウェンが、娘の遺体を連れて帰ってきた。

 

「ああ。」

 

振り返るのも億劫だ。

しかし彼は一つの組織の長であり、職務を放棄することは許されない。

彼の肩には、大勢の構成員の未来がかかっている。

 

「チームに人材の補填は必要か?」

「………いえ。」

「そうか。」

 

彼は努めて平静を装って、問いかけた。

 

「………申し訳ありません。」

「娘を暗殺チームにやったときから、いつかこの日が来る可能性を覚悟していた。しかし実際に来てしまえば、冷静でいることは難しい。」

 

もとは、彼の不徳から来たものである。人間を見る目がなかった。彼自身はそう考えている。

人格が重視される暗殺チームのリーダーが実は爆弾魔であった時、彼は組織の終焉と自身の破滅を覚悟していた。

 

「………お察しします。」

 

ローウェンも、自身の失策だと考えている。

 

死んだはずのリュカのパリ襲撃事件。

彼はその背後に何者かの存在を推測し、生け捕りにして情報の搾取及び対策を講じることを思索した。

結果論で言えば、最初からリュカの殺害を目標にしていれば、彼女は死ななかった可能性がある。

 

「君には重荷を背負わせている。娘にも、申し訳ないことをしてしまった。」

 

娘のヴィオラートのスタンドが公になれば、彼女の暗殺チーム補佐の適性の高さが周囲に知れてしまう。

敵を探知できるスタンドは貴重であり、暗殺チームに配置すれば作戦成功率が上昇する。

しかし父親は誰しも、娘を命の危険のある場所に置きたいなどと考えない。

 

爆弾魔を暗殺チームのリーダーに指名した彼は組織内での立場が悪くなり、組織内部のその空気を察した彼女は自分から暗殺チームに所属を志願した。ローウェンも何も言わずに、暗殺チームに所属し続けている。

 

「戦力は問題無いのか?」

「不満を言えばキリがありません。現行戦力でどうにでもします。」

「わかった。報告ご苦労。………少し一人にしてくれるか?」

「失礼しました。」

 

ローウェンが部屋を退出した。

娘は、爆弾魔の大勢の犠牲者の一人に過ぎない。それはわかっている。

社会の敵は社会で戦っていかねばならず、彼は一つの社会の長だ。それもわかっている。

 

彼は涙が溢れないように、上を見上げた。

 

◼️◼️◼️

 

フランス、ラ・レヴォリュシオン。

 

ランド・ブリュエルは、恐怖で自宅で毛布をかぶって震えていた。

彼のミスで、暗殺チームの副リーダーを死なせてしまった。

 

「なんで、なんで、なんで………。」

 

そればかりか、リーダーのフランシス・ローウェンは、欠けた暗殺チームの副リーダーに彼を指名した。

 

「俺に務まるわけが………。」

 

震えが、止まらない。

目の前で、上司の胸部が吹き飛ばされた。彼女は口煩かったが、彼とよく話をした仲だ。信じられなかった。

彼は彼女の護衛を任されていたはずが、マヌケな人為ミスをした上にいざという時に体が動かなかった。

眠ると、あの恐ろしい男の青黒い目が、彼を見つめてくる夢で目を覚ます。

 

「なんでこんなことに………。」

 

フランシスがいるから、フランス暗殺チームは安泰だったはずだ。

なぜこんなにも恐ろしいことになっているのだろう?

 

彼はスタンド使いだ。もともと彼は偶然どこかで怪我をして、スタンドに目覚めた。

彼は目覚めた能力を行使してインターネットに愛玩動物の虐殺動画を投稿しており、それに危険性を感じた裏社会に引き入れられた。

早期に対応しなければ、いつ愛玩動物が人間に変わるかわからない。

 

「………ヤベエ、マジヤベエよ。」

 

彼は重度の統合失調症(スキゾフレニア)の罹患者である疑いが濃く、組織内部でもさまざまな場所で問題を起こしてやがて暗殺チームへとたどりついた。罪状は器物損壊、傷害を筆頭に7件。暗殺チームの任期は4年。

そこでリーダーであるローウェンは彼に辛抱強く接し、やがて彼の精神は安定した。

 

「何が………一体何が起こってるんだよ。」

 

ヨーロッパに不穏な空気が漂う現状、戦力を低下させるわけにはいかず、フランス暗殺チームには彼よりも戦闘に適性が高い人間はいない。

何だかんだ言っても、彼の実力はローウェンに次ぐのである。

 

ローウェンは知っている。苦難を乗り越えた時、獅子は目を覚ます。

自覚する以外に、彼が覚醒することはない。暗殺チームは完全実力主義だ。

すでに根回しは済み、万が一の時は彼をサポートする万全な態勢が整っている。

 

『俺もいつ死ぬかわからない。その時の次のリーダーは、お前だ。』

 

その指名が、彼には死刑宣告のように感じた。

普段であれば、フランシス・ローウェンがいるから気にも留めない。しかし、つい先日サブリーダーのヴィオラートが死んだばかりだ。

 

「どうすれば、どうすれば、どうすれば………。」

 

暗殺チームは、過保護であるべきではない。

他に道がなくどうしようもなく追い詰められたら、才能ある人間であれば案外どうにでもする。

 

と言うよりも、なるようにしかならない。

命を粗末に扱うのを嫌い過保護に接すれば、それは未来に余計多くの死者を出すことになる。

実力の低下は、暗殺チームにとって何よりの致命傷なのである。

死者や老兵が後進を心配して余計な手をかけるのは、後に続く者たちの成長の妨げにしかならない。

 

暗殺チームは、非常にシビアなのである。

 

◼️◼️◼️

 

狂人たち。

 

「イアン、ディアボロちゃんとドッピオちゃんに生体タンパク質を投与するから、スタンドを発動してくれ。」

 

オリバーがイアンに声をかけた。

イアンはソファに座りながら、何やらダンボールをゴソゴソやっている。

 

「ああ。」

 

イアンがクレイジー・プレー・ルーム・レクイエムを発動し、オリバーがスイスでイアンの部屋にストックしておいた生体タンパク質をディアボロとドッピオに投与した。

 

「いや、あなたは何をやってるんですか?」

「君には目がついていないのか?」

「ついてるから聞いてるんですよ。」

 

イアンがダンボールから笛を取り出し、プープー吹いている。上手いも下手も、音さえロクに出せていない。

意味不明な行為を見かねたチョコラータが、イアンに疑問を呈した。

 

「じゃあ視神経が繋がっていないんだな。気が付かなくてすまない。今から私が手術してやろう。」

 

チョコラータはイアンの嬉しそうな表情にドン引きした。

イアンに手術を執刀させたら、どんな魔改造されるかわかったものではない。と言うよりもそもそも、今現在チョコラータは健康体だ。

 

「やめて下さい。普通に見えているに決まっているでしょう。あなたの行動が意味不明だから、聞いているんですよ。」

「笛を吹いてる以外に何がある?」

「何のために?」

 

イアンは音楽をやっているわけではない。その証拠に、音さえまともに出せていない。

どうせ動機は理解不能だろうと思いながらも、チョコラータは質問した。

 

「ドイツの伝承だ。」

「………もしかして、ハーメルンの笛吹き男ですか?」

「ああ。私のスタンドは、私にとって起こりうる最高の事態が起こるだろう?」

「ハハァ。」

 

チョコラータは納得した。

 

「つまり人間を笛で誘き寄せて、捕まえて人体実験しようというわけですね?」

「………正解ではないが、遠からずだ。実に不愉快だがな。」

「正解ではないとは、どの部分が?」

 

チョコラータが、自分の推測の間違い部分を探した。

 

「人体実験しようとしていたわけではない。人を攫うのにも時間と手間ががかかる。リュカをこの世に呼び戻すための材料が自分たちから私の元に来てくれれば、手っ取り早いからな。攫う手間が省ける。」

 

攫うのは俺だけどな、というオリバーの言葉は鮮やかにスルーされた。

 

「そうですか。誰か来そうですか?」

「来そうもないな。」

 

イアンは相変わらず笛をヘッタクソにプープー鳴らしている。

 

「あなたが下手クソだからですか?」

「私が、伝承を創作だとそう判断しているからだよ。事実ではないと思っているから、起こり得ない。」

「じゃあなぜまだ笛を吹いているのですか?」

 

止せばいいのに、チョコラータはさらに突っ込んだ。

 

「暇だからだよ。今になって思えば、大学の研究者というのは職業として悪くなかった。」

 

イアンはソファにだらしなく腰掛け、テーブルに足を乗せた。

 

「何をいまさら。」

「世間の人間は、一体どうやってこの無常感を埋めているのだろうな?チョコラータ、君ちょっと私の笛の音に合わせてギャロップを踊ってみないか?」

 

イアンがわけのわからないことを言い出した。逃げるが吉だ。

狂人(イアン)を暇にすると、ロクなことにならない。

 

「僕も日課の生体タンパク質摂取がありますので。」

「逃げるな。」

 

逃げようとしたチョコラータの服の襟首を、イアンのスタンドがつかんだ。

万力が込められていて、チョコラータは逃走が不可能だということを悟った。

 

「ほら、踊れ。パッカパッカ。」

 

イアンの吹く笛は、意味を成さない音の羅列を奏でた。プー、プピカー。

こんなリズムも情緒もない音に合わせて踊れ?イアンの無茶振りの中でも、一等酷い。

変な好奇心を満たそうとしなきゃよかった。

 

「オリバーさん、助けて下さい!」

「テキトーにやっときゃ、すぐに飽きるよ。」

 

イアンと付き合いの長いオリバーは、適切な助言をした。

チョコラータは腕を交互に動かし、足でリズムをとった。ダンスのつもりだが、当然チョコラータにダンスの心得などあるわけがなく、奇怪な笛の音と合わさってただの不審な儀式としか言いようのない動きだった。踊り手がチョコラータなだけに、きっと誰しもが悪魔崇拝の儀式(サバト)だと思うことだろう。やがて運動神経の良くないチョコラータの足が縺れて、無様に床に転がった。

闇の儀式は終了した。

 

「君はダンスが下手クソだな。私の芸術的な笛を台無しにするな。」

「あなたの酷い笛の音よりはマシですよ。」

 

目クソと鼻クソは、互いに罵りあった。

 

「お前らヒマなら、少しは俺の手伝いもしろよ。」

 

苦労人(オリバー)の訴えは、誰にも届かなかった。

ため息が、部屋の天井に消えていった。

 

◼️◼️◼️

 

イタリア、ミラノ。

 

「珍しいわね。どうしたの、急に会いたいだなんて?」

「とうぶん忙しくなりそうだし、どうにも気がかりなことがあってね。」

 

ミラノのお洒落なカフェの一席で、ジョルノとトリッシュは向かい合った。

客は誰もいない。周囲にも人気が無い。人払いは済んでいる。

 

「気がかり?」

「新聞を読んでいるだろう?スペインの生物兵器疑惑。」

 

トリッシュはハッとした表情をした。

スペインの生物兵器疑惑とは、昨夜未明スペインのカタルーニャ州で大勢の人間が死亡し、その際に生物兵器が使用されたのではないかという事件である。事件の全容は未だ解明されておらず、ヨーロッパ全土に緊張感が漂っている。

情報媒体の多くは、事件をカタルーニャの独立運動と関連づけて報道していた。

 

「あれはカタルーニャの反独立勢力によるテロリズムだって………。」

「それは一般大衆向けの、パニックを防ぐためのカモフラージュだ。真相はまったくの不明で、敵から一切の接触や要求が無い。」

「………スタンド使い?」

「おそらく。しかも敵は、チョコラータを擁しているのではないかという疑惑が上がっている。」

 

ジョルノは真剣な表情をして、トリッシュはその名前に嫌な汗をかいた。

 

「アイツは死んだはず………。」

「奴は確かに死んだ。しかしカタルーニャの生物兵器、そしてサーレーからの報告。」

「確かにアイツのカビは、生物兵器として大量虐殺を行うのに適している。アイツだったらやりかねない。」

 

トリッシュはジョルノの生物兵器という言葉から、敵がチョコラータであることの信憑性の高さを理解した。

 

「現場に向かわせたサーレーからの報告によれば、敵の一人が実際にチョコラータを名乗っていたそうだ。」

「一人?」

「………ああ。だから危険なんだ。あのチョコラータが、誰かの手駒に過ぎない可能性がある。」

 

トリッシュはジョルノのその言葉で、この日ジョルノが彼女に会いに来た理由を察した。

チョコラータがただの部下で、チョコラータ以上に危険な何者かが存在する。そしてチョコラータはかつてパッショーネの一員で、僅かとは言えパッショーネの内情を理解している。少しでも気を抜けば、イタリアに災厄が降りかかってくる可能性が高い。

 

「理解してくれたようだね。今、ミスタも情報部も必死に動いてくれている。でも、出来ることには限界がある。くれぐれも気をつけて欲しい。」

「………ええ。」

「君から、フーゴにも伝えておいて欲しい。気をつけるようにと。」

「わかったわ。」

 

ジョルノの瞳に覚悟の光が宿り、トリッシュは現状の危険性を理解した。

 

◼️◼️◼️

 

スペイン、アルディエンテ。

 

「何をやっているんですか?」

 

背後から聞き覚えのある声がした。

ウェザーを背後に連れたレノの言葉に、ベルーガは震え上がって顔が真っ青になった。

 

「どうしたんだ?」

「いえ、こちらの用件です。」

 

レノと少年の間のただ事ではなさそうな雰囲気にウェザーが問いかけ、レノは返答した。

レノはベルーガの腕を掴んで捻り上げ、ベルーガは持っていたものを取り落とした。

それは、ビニールに包装されたパンだった。

 

「ああ。お腹が減っていたのですね。次からは私に言いなさい。」

 

レノはベルーガが万引きを行った店に、謝罪と代金の支払いに向かった。

レノはベルーガが不審な挙動でカタルーニャの商店から出てくるところを見ており、彼が何をやっていたかに大体の当たりを付けていた。

 

「………俺を殺さないんですか?」

「無許可でのスタンドの使用。命令無視。あなたを消す条件は、その二つだ。子供がお腹を減らすのは、仕方のないことです。ただし次からは、決して万引きなどせずに私に言いなさい。」

「………はい。」

 

見逃された。

レノは店に金を支払い、ウェザーとの打ち合わせのために去って行った。

ウェザーは未成年と思しき彼が暗殺チームに所属していることに思うところがあったが、他人のことに口出ししたりはしない。

 

「スタンド使いで、上手く育てれば亡くなったメロディオの後釜になり得る人材です。」

「そうなのか?」

「先はずいぶん長いですけどね。まあ彼の任期は無期なので、それまで生きていればいつかどうにかなるでしょう。気長にやるしかありません。苦労して忍耐を重ねないと、なかなか人材は育ちません。それが結局、死者を減らす一番の近道です。暗殺チームに所属するために生まれてきたような人間も稀にいますが、そういうのは特例です。」

「苦労してるんだな。」

 

レノは、目の前のウェザー・リポートがその特例であることを後に知る。

 

◼️◼️◼️

 

イタリア、ミラノ。

 

「先日の事件は、一体なんなの?何が起こっているの?私のところにも、一切情報が入ってこないわ。」

 

会うなり、シーラ・Eがサーレーに詰問した。

彼女の元にはカタルーニャ生物兵器事件の現状わかる限りの情報が集まっており、にも関わらず事件の全容が一切見えてこない。

現場に向かったサーレーに、彼女は情報の開示を請求した。

 

「俺にもわからない。何かヤバいことが起こりそうな気配がするとしか言えない。」

「アンタにもやっぱりわからないの?」

「ああ。お前に行ってる情報は、恐らくは出元が俺だろう。多分情報を擦り合わせても無駄だ。」

 

サーレーは椅子に座り、テーブルに紙袋を置いた。ここはいつもサーレーがたむろする、ミラノのスポーツ・バーだ。

シーラ・Eは昨夜の事件に不安を感じ、彼女なりに何か出来ないかと情報を持っている可能性が高いサーレーへと連絡を入れていた。

 

内容が内容だし、サーレーが彼女に用もあったため、彼らはミラノで待ち合わせた。ボスであるジョルノがミラノでトリッシュと落ち合う約束をしていたために、親衛隊である彼女もミラノまでは付き添っていた。あとは二人だけの会話で、邪魔するのは野暮だ。

彼女は周囲の人払いを他の人間に任せ、サーレーと待ち合わせた場所までやって来ていた。

 

「それでもいいわ。何か気になることとか、不確かな情報でも。」

「………メロディオが死んだ。」

 

その情報に、シーラ・Eが衝撃を受けた。

彼女はスペインの暗殺チームリーダーであり、それは極めて秘匿性の高い情報だ。

シーラ・Eが彼女の知り合いだから、サーレーはここだけの情報で彼女に告げた。

 

「それは本当にッッッ………!」

「まあとは言っても、なんかよくわからないが幽霊になったみたいだがな。誰にも言うなよ。まあわかりやすく言えば、アイツがやられるほどにまずい状況だということだ。」

「………幽霊?」

 

意味がわからない。幽霊とは、一体?

 

「それは俺にもわからん。幽霊ってなんなんだ?そんなものが本当にいるのなら、そこら中幽霊で溢れかえってるんじゃないか?」

 

サーレーも首をひねった。

 

「まあわからんものは考えても仕方ない。ああそうだ、俺の用件はこれだ。」

 

サーレーはそう告げると、シーラ・Eにテーブルに置いた紙袋を渡した。

 

「これは?」

「この間相談に乗ってもらった礼だ。今日会うならとついでに持ってきた。つまらないものだが。」

「そう。開けても?」

「ああ。」

 

シーラ・Eは渡された紙袋をあけた。

中から水色を基調とした、鳥をモチーフにした綺麗な髪飾りが出てきた。

 

「幸せの青い鳥だ。」

「モーリス・メーテルリンクね。センスの悪いアンタにしちゃあ、悪く無いわ。」

 

シーラ・Eは、面白そうな表情をした。矯めつ眇めつ、彼女はそれを手の中で遊んだ。

 

「でも、やっぱりアンタね。値札が付いたままなのは、マイナスポイントだわ。………それにしても、貧乏なアンタにしちゃあ結構奮発したじゃない。」

 

シーラ・Eは髪飾りに付いた値札を、楽しそうに引きちぎった。

 

「似合うかしら?」

「普通だな。」

「やっぱりアンタね。」

 

シーラ・Eは髪飾りを自分の頭部に当ててサーレーに尋ね、サーレーのしょっぱい返答にため息をついた。

 

「それにしても、金を貯めなさいって言ってるのにこんなものに浪費して。貯蓄がないと結婚できないわよ?」

「………あ、ああ。」

 

歯切れの悪いサーレーの返答に、シーラ・Eはキョトンとした。

 

「どうしたの?言いたいことがあるならハッキリ言いなさいよ。」

「………大したことじゃない。」

「いいから言ってみなさいって。別にアンタが多少おかしなことを言おうが、今さらでしょ。」

 

強引に聞き出そうとするシーラ・Eに、サーレーはしばし躊躇ったのちに口にした。

 

「………いつ死ぬかわからないのに、金を残す意味が見出せなかったんだ。」

「………ッッッ!!!」

 

シーラ・Eはサーレーのその言葉に、初めて彼も苦悩していたことを理解した。

アメリカに飛んだ時も、イタリアで戦った時も、彼は殺意で恐怖を覆い隠して必死に戦っていた。

 

スタンドとは、心の形。

クラフト・ワークは本来、守りに突出したスタンドだ。

サーレーは本来臆病であり、一生懸命自分を騙して勇猛果敢な戦士のふりをしているだけなのである。

 

一度真正面から正視してしまえば、戦うたびにそれがチラつくことになる。殺意に酔い狂って、誤魔化すしかない。

常に死が隣にあることを自覚しながら、それでいていざ敵と向き合ったら自身の死を誤魔化して戦うという矛盾を為さないといけない。

殺意が恐怖にとって代わられれば、恐怖に竦んでしまえば、彼はきっと敗死する。

 

暗殺チームの本業は、非常にシビアだ。

今回の事件でスペインの暗殺チームは、総数のおよそ四分の一の人員を損耗している。

それは決して、他人事ではない。サーレーはそれを理解していた。

 

パッショーネの暗殺チームから人材が五人いなくなれば、すなわち消滅だ。

暗殺チームは任期が終わるまで、常に覚悟が必要なのである。

 

「アンタ………。」

「今回の事件は、おそらくは相当にヤバい。お前も気を付けろ。最も恐ろしいのは、敵のその行動原理が一切見えてこないところだ。いつどこで凶悪な爆弾が炸裂するか、現時点ではまったくもって予測がつかない。対策不可能だ。」

 

サーレーはそう言い残すと、席を立った。

シーラ・Eは今にも消えそうな彼の背中を、見えなくなるまで眺め続けていた。

 

◼️◼️◼️

 

イタリア、ミラノ。

 

「おい、なんでダメなんだよ!アンタだってあいつにゃ、普段さんざん苦労かけられてるだろ!」

 

アルバロ・モッタが毛の長い猫を撫でながら、マリオ・ズッケェロに陳情した。

 

「ダメなものはダメだ!」

「ちぇ、面白そうなのによぉ。」

 

ここはミラノのズッケェロの自宅。床にはたまに、猫の長い毛が落ちている。

猫はモッタの膝から飛び降りて、受け皿から水を飲みにいった。

 

モッタはどこからともなくサーレーがシーラ・Eと待ち合わせするという情報を仕入れて、スタンドで密かに盗み見をしようとしていた。

あのアホ(サーレー)がどんなツラして女と待ち合わせをするのか、見ものだ。

それをズッケェロが押し留めた格好だ。

 

「絶対笑えるぜ?アンタも楽しんでくれると思ったんだがなあ。」

「あんなんでも、どれだけ苦労したとしても、相棒だ。」

「そうかよ、人のいいこって。それにしても。」

 

モッタは服に毛が付くのを構わずに、ズッケェロの家の床に寝転がった。

 

「ウェザーはいなくなるし、警戒令は発令されるし、一体何がどうなってんだ?なんか情報部もすげぇ動いているようだし。」

「………。」

 

暗殺チームも副業の仕事が免除され、待機命令が出されている。

ズッケェロは新聞に目を通した。

一面には、つい先日起こったカタルーニャ生物兵器事件が掲載されている。馬鹿げた数の死亡者を出した、ヨーロッパ近代史上最悪の事件だと報道されている。

 

「何もないといいけどなあ。」

「仕事が無い方がいい部署なんて、暗殺チームくらいだ。」

「そだな。」

 

彼らのため息は、宙に紛れて消えていった。

 

◼️◼️◼️

 

サーレーがシーラ・Eにプレゼントした髪飾りは、彼が母親にプレゼントしようと買い物したついでに買ったものだ。

しかし、サーレーの携帯電話から彼の母親への連絡が通じない。サーレーは不審に思った。

 

彼女の行方が………わからない。


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