噛ませ犬のクラフトワーク   作:刺身798円

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煉獄を抜ければ、そこは

リュカ・マルカ・ウォルコットは、生まれつきのスタンド使いである。

矢や、何らかの後天的な事情でスタンドに目覚めたわけではない。

 

スタンドは暗殺にも適性の高い戦闘に特化したスタンド、ケミカル・ボム・マジック。

水素、酸素、窒素、炭素。

たった四つのどこにでもある元素をもとに、魔法のようにトリニトロトルエンを作り出す、凶悪極まりない能力。

彼は、殺し屋になるために生まれたような人間だった。

 

「ヘイ!!!クソザコ供が!!!俺様のために、道を譲りな!!!踊れ(La danse.)!!!」

 

周囲に爆発が起こり、燻んだ色彩の煉獄で砂塵が舞った。眼窩に砂が入り、思わず右手で目をこする。

彼女は自分の頭部に手を置いた。………大切な、蝶の髪飾りが無い。

 

「弱い奴に、生きている資格はねえ!!!邪魔だッッッ!!!失せろッッッ!!!」

 

困った。アレは亡くなった旦那にもらった、形見だったのに。

無くすわけにはいかない。彼女は、周囲を見渡した。

 

「ヤー、ボム、ボム、ボムッッッ!!!アヒャヒャヒャヒャヒャ!!」

 

周囲では、引っ切り無しに爆発が起こっている。しかし、彼女はそれを無視して髪飾りを探した。

 

【リュカ、私は君に関しては、一切の心配していないよ。さっさと皆殺して、私の下へ戻ってくるといい。】

 

空に鎮座する不気味な白衣の怪物が、満足そうな表情で一方的な虐殺を観察している。

 

死ぬのが怖くないとは言わない。しかし、多分私はもう死んでいる。

旦那も先立ち、ずっと寂しかった。もしかしたら人はそれを諦めと呼ぶのかもしれない。しかし、生きている者は皆、死ぬために生きている。それに必死に縋り付くのは生命として正しい有り様ではあるが、もし仮にそれを覆すことが可能だったとしても、きっとそれは後を続く若者たちの妨げにしかならない。だから終わりは終わりで、仕方がない。ただただ、繋げるために、愛するために、人は生きているのだから。

それでも………。

 

「おいおい、面白くねえからボケっと突っ立ってねえで、必死こいて逃げろよ!!!」

 

残してきた一人息子のことが気がかりだ。

あの馬鹿な息子は、いい年をして未だに彼女を心配させる親不孝者だ。

それでも………顔を見せに帰ってきてくれた時は、嬉しかった。たとえバカでも、クズでも、愚かでも、愛している。

 

「つまんねえババアだ。消えな!!!」

 

スキンヘッドにタトゥーを入れた男の、青黒い不気味な目が彼女を射抜いた。

彼女は最期まで、ただただ息子の身を案じていた。

 

◼️◼️◼️

 

「意味がわかりませんね。彼がまた生まれてきたとしても、それは以前の彼とはもう別人でしょう。」

 

チョコラータが、イアンに語りかけた。

 

「君は詰まらないことを言うのだな。本人が納得してるのなら、そんなことはどうでもいいじゃあないか。この世に天国も地獄も無い。しかし、多くの人はそれを信じ込もうとしている。信じる者は、救われる。」

 

イアンはどうでもよさそうに返事した。

 

「天国や地獄という概念は、大衆を操るための詭弁でしょう。今時本気で信じている人間なんて、いませんよ。」

「私も、天国や地獄がどうなっているかは知らない。しかし、煉獄は存在する。君も知っているだろう?私のスタンドは、造物主のスタンドだ。君もそうやって生まれたはずだが?」

 

イアンの言葉に対し、チョコラータは返答に詰まった。

 

「………つくづく、イかれたスタンドですよね。詭弁、机上の空論、屁理屈であっても理屈さえ通せば、あなたが信じさえすれば、あなたの部屋で妄想は現実のものとなる。」

 

チョコラータは、イアンの能力が発動した部屋に付属した冷蔵庫のような機械に目を向けた。

そこには現在、新たに生まれたリュカが保管されている。

 

「そう。君も私の妄想から生まれたのだよ。量産型妄想戦士、チョコラータ4号。」

「その言い方はへこむので、勘弁してください。」

 

チョコラータが降参して、白旗を揚げた。

 

「ならば詰まらないことをぐちぐち言うのはよすんだな。藪を突いて蛇を出すのは、感心しない。」

「………あなたも好奇心で藪を突くタイプの人間でしょうに。」

 

チョコラータが呆れた表情をした。

 

「おおい、俺にばっか仕事させずに、お前たちも手伝えよ!」

 

部屋の隅で汗をかいたオリバーが声を上げた。ほのかに室内にイワシの香りがする。

 

「あなたは彼に関しては、一見雑なようでいて案外大切に扱っていますよね。危険な戦闘には参加させない。」

 

チョコラータの疑問に、イアンは急に不機嫌になって返答した。

 

「………代えの効かない駒というのも存在するのだよ。非常に癪だがな。………おそらくは奴は一度死ねば、二度と還らない。」

「そうなんですか?」

 

チョコラータは小首を傾げた。イアンはその仕草に、吐き気を催した。

 

「そのかわい子ぶった仕草はやめろ、反吐がでる。………私のスタンド能力は、他人を喰い殺してでも生を望む強い人間しか蘇れない。奴はおそらく、帰ってこない。一度死ねばそれっきりだ。」

「なるほど。」

 

チョコラータが頷いた。

 

イアンはオリバーの本質に気付いている。その苦悩に気付いている。しかし、何も言わない。

彼が使える駒に徹する以上は、彼をそれなりに尊重するし、藪を突いて蛇を出すような真似は絶対にしない。

狂人だって、突いてもいい藪と突いてはいけない藪があることを理解している。

 

オリバーは恐ろしく有能だ。

イアンはオリバーにいなくなられたら、困るのだ。

オリバーはイアンの唯一の弱点であり、イアン自身それを自覚していた。

 

「………この話題はここまでだ。蒸し返したら消す。」

「おお、怖い怖い。僕は、別の僕が同じ人間だとは思えないので黙りますね。死にたくないから。」

 

チョコラータはお口にチャックの仕草をして、黙り込んだ。

イアンをこれ以上不機嫌にしたら、別のチョコラータが彼にとって代わることになる。彼は平気でやる。

沈黙は、金と等価値である。

 

「あのガキどもはどうなっている?」

「もうそろそろいいんじゃねえか?」

 

イアンは不機嫌なままオリバーに問いかけ、オリバーは返事した。

 

◼️◼️◼️

 

煉獄を抜ければそこは天国だった、なんてことはありえない。

煉獄を抜ければ、そこは監獄だった。

 

「やあ、ディアボロちゃん、ドッピオちゃん。今日もクッソ可愛いな。日課のタンパク質投与のお時間でちゅよ。」

 

気持ちの悪い臭い男が、目の前に現れた。

ディアボロもドッピオも、生まれつきのスタンド使いというわけではない。

スタンドがないことがこんなにも心細いことを、彼はずいぶんと長いこと忘れていた。

 

目の前の男の名は、オリバー・トレイル。茶色の髪の、三十歳を過ぎても軽薄そうに見える男だ。

ディアボロもドッピオも、イタリアで一緒に戦ったこの男のことを覚えている。

 

「ちっ………!!!」

 

ディアボロは、毒付いた。非常に不愉快だが、従うしかない。

と言うよりも、この男が来ている間はまだ全然マシだ。本当にヤバいのは………。

 

「なるほど。だいぶ大きくなったな。十四、五といったところか。」

「ふーん、これが元パッショーネのボスですか。こうなってしまえば、もう何も怖くないですね。」

「君も知らなかったのか。」

「こいつ、ずっとどっかに隠れてましたんで。」

 

新たに入室した二人組。こいつらだ。

奇妙な色と髪型の少年と、黒髪で神経質そうな男の二人組。

 

一人は、ディアボロが知る中でも最低最悪の下衆男、チョコラータ。

もう一人は、ディアボロの生殺与奪のその一切を握る狂人、イアン・ベルモット。

イアンに関しては、チョコラータよりも情報が少ない。

 

「確かにそろそろ良さそうだな。」

「何をするッッッ!!!」

 

イアンがディアボロに近付き、ドッピオがディアボロを庇うように前に出た。

 

「君たちは、今の状態でいいのか?戦って権利を勝ち取りたいと思わないのか?」

 

イアンが無邪気な笑顔で笑い、ドッピオはそれに本能的な危険を感じた。

 

「何が言いたいッッッ!!!」

「………落ち着け、ドッピオ。」

 

今の二人は、目の前のこの嫌な雰囲気をしている男に命を握られている。

ディアボロが、いきり立つドッピオを落ち着かせた。

 

「君たちには生きる目的がないのかね?自由が欲しいとは思わないのか?」

 

狂人は笑った。白々しい。

ディアボロもドッピオも、彼に生存権を握られている。笑顔が悪鬼にしか見えない。

 

「………回りくどい。言いたいことをさっさと言え。」

「世の中は、契約で回っている。君たちが私の役に立てるのならば、私も君たちを尊重しよう。自由の翼で、どこへなりとも飛び立ってしまえばいい。苦しみも、嘆きも、怒りも、喜びも、悲しみも。その全てが君のものだ。」

 

イアンの魅力的な提案が、ディアボロの耳朶に纏わり付いた。

 

「………何を望む?」

 

人の世のみならず、悪魔の世界も契約で回っている。

上位の悪魔が下位の悪魔を誑かし、そっと契約書を差し出した。

 

「一つの情報と二つの仕事をこなせば、君たちは自由を獲得できる。どうだろう?」

 

イアンの唇が、いやらしく弧を描く。

ディアボロは唇を噛んだ。この男が差し出す契約など、どうせロクなものではない。その人物像を知るわけではないが、考えるまでもなくあからさまだ。

それでも、従うという他に選択肢が無い。すでに一度逃走を試み、溶かされて死にかけた。

狂気の魔法が解けてしまえば、彼らはただのタンパク質の塊に戻ってしまう。この男に命を握られていることを痛感させられている。

 

「………スタンドは?」

「契約書にサインしてからだ。」

 

イアンの執刀医が、注射を収めたケースを二つ手にして部屋に現れた。

ディアボロもドッピオもその存在は見えないが、部屋に重圧がのしかかったことを敏感に感じ取った。

 

「貴様が契約を守るという、保証がない。」

「保証があってもなくても、お前たちは私を信用するしかない。わかっているくせに、詰まらない駆け引きをするな!!!」

 

イアンの額に血管が浮かび上がり、部屋内の重圧が一層強くなった。

ディアボロは、己が身の危険を理解した。

 

「………望みを言え。」

「えーと、なんだったか?ブ、ブ、ブ何とか。」

「ブチャラティチーム。」

「そう、それだ。」

 

イアンがチョコラータを振り返り、チョコラータがイアンに助言した。

 

「ブチャラティチームに所属する、大量虐殺が可能な男の情報と、そいつの誘拐。それとローウェンの暗殺。その三つの仕事をこなせば、君たちに自由を与えよう。」

 

先ほどの激昂が嘘のように、イアンは優しげにニッコリと微笑んだ。

 

「ブチャラティチーム………。」

 

不愉快な名前だ。

ディアボロがブチャラティチームについて覚えているのは、リーダーのブローノ・ブチャラティ、それと不愉快なジョルノ・ジョバァーナとグイード・ミスタ、それだけである。大量虐殺が可能な男の名前など覚えていない。

 

「ボスッッッ。確か、パンナコッタ・フーゴです。ブチャラティチームがパッショーネに離反する直前に、チームを離脱した男がいます。」

 

考え込んだディアボロに、ドッピオが助言を贈った。

 

「ほら。もう自由を獲得する条件の三分の一は満たしたじゃあないか!素晴らしい!!!あとたった二つ。そいつの誘拐と、ローウェンの暗殺だ!簡単じゃあないか!」

 

イアンは上機嫌に両手を挙げて、二人に拍手を贈った。

 

「………もう一度確認する。それをこなせば、俺たちが自由に行動することを認めるのだな?」

「ああ。君たちを尊重する。目的がかち合ったとしても、君たちに譲ろうじゃあないか。」

「スタンドを寄越せ。」

 

イアンの執刀医がディアボロとドッピオに近寄り、二人の首筋に注射した。

 

「目覚めよ、悪魔!!!私の望み通りに、躍り狂えッッッ!!!」

 

分離した二体の暴虐の覇王(キング・クリムゾン)が、ここに誕生した。

 

「………スタンドの試運転をする。行くぞ、ドッピオ。」

「はい。」

 

ディアボロとドッピオは、久々のスタンド行使のために能力を掌握するために部屋から出て行った。

 

「奴との契約を守るんですか?」

「うーん、まあそうなるな。別にいいんじゃないか。私は、喜劇や未知のものが大好物だ。奴が好き勝手に動いて周囲に災禍を撒き散らすのを見るのも、それはそれで面白い。」

 

チョコラータが疑問を感じ、イアンは返答した。

 

◼️◼️◼️

 

ディアボロの望みである永遠の絶頂。人は、当然永遠には生きられない。

ディアボロはイアンが乗っ取ったイタリアにあるとある一軒家の一室で、面白くもない夢想を思い浮かべた。

 

【強者が弱者を喰らい、私の煉獄より生まれ出でる!!!屍の山を越えて、生まれよ!イタリア原産の悪魔!!!】

 

「………。」

 

ディアボロは思案した。もしも彼の望みが叶う方法があるとすれば。

 

「ふん。馬鹿馬鹿しい。」

「どうしました、ボス?」

「気にするな。」

 

奴が契約を履行する保証はない。それにイアン自身の寿命もある。

それなのに幾度も生まれ落ちて永遠の絶頂を堪能する自身の姿を思い浮かべたディアボロは、自分の愚かさを嘲った。

長い髪をたなびかせた男と、後ろで髪を縛ったソバカスのあるよく似た二人組。ディアボロとヴィネガー・ドッピオ。

 

「奴の言う事に従うのですか?」

「………現状、他にどうにもできない。」

 

本能で理解していた。

イアンが死ねば、奴の機嫌を損ねれば、二人はあっという間に肉の塊だ。否が応でも、ディアボロは彼を守らねばならない。

奴は何をしてくるか、行動が読めない。好き勝手に動けば、どこから筒抜けになるかわかったものではない。

ディアボロでさえ、奴が恐ろしいのだ。

 

「ボス………。」

「ちっ。」

 

煉獄を抜けても、そこは監獄だった。

振り撒いた災禍に対する憎しみが収束して、悪魔を逃さない檻となる。

 

レクイエムの呪縛から逃れた先に待っていたのは、新たなレクイエムの呪縛だった。

永遠なんて存在しないと言った男の永遠の呪いは、形を変えて悪魔を捕らえて離さない。

 

自由はどこにある?希望はどこにある?

俺の人権は?奴は本当に約束を守るのだろうか?

 

閉じきった世界で悪魔を苛む永遠に解けない呪いに、ディアボロは天井を見上げた。

 

◼️◼️◼️

 

トリッシュからの連絡があった。

 

『少し話したいことがあるから、ミラノで待ち合わせましょう。』

 

トリッシュは、脇が甘い。自分が有名人であることを、もう少し自覚するべきだ。

フーゴは、彼女に苦言を贈った。そんなんだから、週刊誌にすっぱ抜かれるんだ。

 

「それをリークしたのは、パッショーネよ?」

「は?」

 

フーゴは、面白い顔をした。

 

「私のところには、キチンと話が来たわよ?議会で通したい法案があるから、大衆の目先を逸らすトピックが欲しいって。今日の話は、そんなどうでもいいことではないわ。」

「どうでもいい………。」

 

それにチンピラが見事に釣られていた。ちょっと面白い。

 

「どこか適当な店に入りましょう。」

「あ、ああ。」

 

トリッシュが、どんどん豪胆になっていく。フーゴは彼女の後を追って、近くの軽食チェーン店に入った。

彼女は椅子を引いて腰掛けると、フーゴに本題を話し始めた。

 

「それで今日会いに来たのは………。」

「ちょっと待ってくれ。何か買ってくる。何がいい?」

「………カプチーノで。」

 

フーゴは列の客の最後部に並び、トレーにカプチーノを二つ乗せて戻ってきた。

 

「今日会いにきたのは、先日のカタルーニャ生物兵器事件についてよ。」

「ちょっと待ってくれ!」

 

いきなり重要そうな話を持ち出したトリッシュに、フーゴの顔は青くなった。

 

「その話題は、ここで話しても大丈夫なのか?」

「落ち着いて。」

 

フーゴは落ち着きなく、周囲を見回している。

 

「誰も聞いてないわ。よしんば聞いていたとしても、私たちは世間の共通見解を覆すほどの発言力をもたない。」

「そうかもしれないがッッッ!!!」

 

気が気でない。フーゴは神経質に、周囲の様子を伺っている。

 

「何もなかったように構えていなさい。そうすれば、私たちに注意を向ける人間なんていない。」

「だが、君は有名歌手だッッッ!!!」

「だから多少過激な言動があっても、新曲の歌詞を推敲していたで誤魔化せるわ。仕事の合間に来てるんだから、さっさと続きを話させてちょうだい。」

 

トリッシュはフーゴの神経質さに呆れた表情を見せた。

 

「君はずいぶん大雑把になったな。」

「もしもマフィアのボスの妻になりたいのなら、肝が小さくては不可能よ。」

「それは。」

「脱線したわね。本題を話すわ。」

 

トリッシュは真面目な表情を作った。

 

「ヨーロッパに、不穏な気配が漂っている。先日のカタルーニャ生物兵器事件、あれは反独立勢力のテロなんかじゃない。真相が解明されておらず、次に何が起こるかわからない。社会の裏側には、異常なほどの緊張感が漂っている。」

「………それは本当なのか?」

 

フーゴは、つい先日の新聞記事を思い出した。

そこに乗っていたのは、カタルーニャで生物兵器を使用したテロが起き、市民が大勢亡くなったというかものであった。犯人は反独立勢力の組織の人間で、犯行グループと主犯格は現場で射殺されたと報道されていた。

 

暗殺チームは、人柱だ。

メロディオと彼女の四人の部下は、市民のパニックを防ぐために架空の組織所属のテロリストという謂れなき汚名を被って闇へと消えた。

異変に対して市民がパニックを起こせば、敵の思うツボである。市民が納得できる筋書きを提供しなければ、異変に対して個人で好き勝手な行動を起こす分子が出てくる。そうなれば社会は機能不全を起こし、より悪い事態へと繋がっていく可能性が高い。

敵に負けた時は、罪を被って消えるのも彼らの仕事の一つなのである。

 

「ええ。ジョルノの口から直接聞いたから、間違い無いわ。いつ何が起こるかわからない。気を付けて。」

「………ああ、ありがとう。」

 

トリッシュはそれだけ告げると、次の仕事へと向かった。

 

◼️◼️◼️

 

実家に帰ると、そこはもぬけの殻だった。

 

「ええ、わかりました。お任せ下さい。」

 

サーレーは最寄りの警察署に向かい、母親が失踪した旨を告げた。

頼り甲斐のなさそうな年配の警官は、胸を張って引き受けた。

 

田舎特有の長閑な風景を、サーレーは沈んだ心持ちで歩いた。

母親が失踪する理由は、彼には何ら思い当たらない。誰もいない実家に上がって、テーブル席に座って心に空いた穴を自覚した。

あまり長くここにいるべきではない。サーレーは椅子から立ち上がり、家を出た。

今は不穏な時期だ。

 

「こんにちは。」

「ええ、こんにちは。」

 

最寄駅に向かう途中で、買い物袋を下げた茶色い髪の同年代か少し上と思われる男と挨拶を交わして、彼はミラノへと戻った。

ミラノに帰っていく男と、ミラノから帰ってきた男が、道端でたまたますれ違った。

 

「俺ばっかり、働かせすぎじゃねえか?」

 

視点はサーレーと道端ですれ違い、挨拶をした男に切り替わる。

買い物袋を床に置いたオリバーが、玄関扉を開けるなり不満を言った。

それは誰の失策か、何の奇運なのだろう?パンナコッタ・フーゴを攫えと言われても、彼の行方がわからない。

 

『ボスッッッ!!!コイツですッッッ!!!コイツが、パンナコッタ・フーゴですッッッ!!!』

 

イタリア国内のゴシップ誌で、トリッシュ・ウナの逢い引きはそこそこに大きなトピックであり、ディアボロはトリッシュの父親だ。

乗っ取った民家に置かれたゴシップ誌の表紙に、悩む彼は目を止めた。

 

『これは………。』

 

そこには彼の娘である有名歌手トリッシュ・ウナの記事が掲載されており、モノクロのページには彼女と男が連れ添っている写真が添付されていた。

 

クレイジー・プレー・ルーム・レクイエム。

起こり得る事態であれば、部屋の中で物事はイアンの都合の良い方へと推移する。

 

イアンはあまり目立たないオリバーに、記事に載っていた周辺地点の捜索を命令し、捜索開始からおよそ十日後の今日、彼はたまたま高級車から降りてきたトリッシュ・ウナを発見する。もともと捜索自体がイアンの無茶振り同然だったが、現状他にフーゴの足取りを追う手立てがなかった。しかしそこには娘のだいたいの居場所を直感で理解できる、ディアボロという存在がいる。

彼はそのまま秘密裡にトリッシュを追跡し、やがてパンナコッタ・フーゴと落ち合うところを確認した。オリバーはそのまま別れた彼らのうちフーゴの追跡に切り替え、住居を確認して彼らの現在地点へと帰還した。

 

「俺って、有能すぎねえ?」

「黙れ!ゴミクズ!!!」

 

誇らしげなオリバーにイラついたイアンはいつものように罵り、ディアボロがのっそりと立ち上がった。

 

「………攫ってくる。案内をしろ。」

「チョコラータも付いていけ。」

「ええッッッ!?何で僕も?」

 

驚愕したチョコラータを無視して、イアンは命令した。

 

「ヴィネガー・ドッピオは残れ。他の人間は誘拐に向かえ。」

「なぜだ!」

「向かえ!!!」

 

ディアボロはイアンの不審な様子に疑問を呈するも、返ってきた答えは拒絶だった。

何のことはない。イアンは弱点であるオリバーを、信用していないディアボロに同行させざるを得ないのが不快だっただけである。

ドッピオはせめてもの人質で、チョコラータはとばっちりだ。

 

「さっさと行け。契約を履行して欲しいのなら、お前が怒らせるべきではないのは誰だ?」

 

イアンが怒りを露わにし、ディアボロとチョコラータは黙って玄関へと向かった。

 

◼️◼️◼️

 

「あー、いるね。間違いなく。」

「………ですね。」

 

眼鏡をかけたメロディオが渡された資料に目を通し、彼女の見解にパッショーネ情報部のベルナトも頷いた。

イタリアの年間行方不明者は、およそ四万人弱。もちろん行方不明者が増えるシーズンなどもあり一概には言えないが、一日あたりで割るとおよそ百人、一ヶ月で三千人という数字が算出される。

これは人口五千万の国家の全域の話であり、そのままの計算をすると一日あたり五十万人に一人が失踪する計算になる。

 

「これ、これ、これ。」

「これも怪しいですね。」

 

しかし、その多くはさほど騒がれることがない。その理由は、事件性が認められないからである。

失踪した人間の多くは、失踪する理由があったり、失踪する兆候があったり。或いは目撃情報があったり。

わかりやすく言えば借金からの逃走、愛の逃避行、山岳地方での遭難、外国籍者が生活に行き詰って子供を置いての帰国。そういった理解可能な理由がある。まあ言ってしまえば、サーレーもつい先日までは行方不明者だった。さらに乱暴な言い方をすれば、裏社会の大部分は行方不明者で成り立っている。そういうのは、別段騒がれることはない。

 

問題は、事件性が認められる場合である。

争った形跡、抵抗した形跡、血痕。社会に根付き、何ら問題がない家庭がある日突如蒸発した。それらは大きな問題だ。

新聞で大々的に報じられる可能性があるのは、こちらである。

現時点では人間の消失になんの証拠も手がかりも残っておらず、後手に回されている。明確な殺人などと違い失踪は、事件発覚までに時間がかかる場合が多いために非常に対処が困難だ。

 

パッショーネの情報部はメロディオの助言を元に、誤差の範囲を超えて失踪者が多い地域から順に事細かに調査した。

 

「ベネツィアの一家失踪。これもクサイね。」

「ローマの学生失踪、これも怪しいですね。」

「………参ったなー。数字の増加からほぼいることは間違いないのに、こいつ居場所を悟られないように細かく移動している。狙いが見えてこない。愉快犯の可能性が高い。」

 

数字自体は問題ではない。

せいぜい一ヶ月のイタリア全域の失踪者人数が三千人から三千百人になっているだけで、それだけなら誤差の範囲でしかない。

問題は偏り。狭い地域で日替わりで複数件の失踪者が出る地域があり、それが移動していることである。

そしてその目撃情報が、一切上がってこない。

 

さらに言ってしまえば、対象はカタルーニャ生物兵器事件の首謀者と同一である可能性が高い。

いつ大規模な事件を起こすか、肝を冷やしている。パッショーネ情報部は必死だ。

下手に空路や陸路の封鎖、検問の設置などを行えば、対象を刺激して最悪の事態を誘発する可能性がある。

 

メロディオは入国管理局から入手した名簿に目を通して、頭を抱えた。

普通ならばこの中に黒幕の人名が載っているはずだが、敵が隠蔽能力を有している可能性が高い以上、名簿に記載されていない可能性が高い。実際、メロディオは譲渡された名簿からチョコラータの顔も自称黒幕の顔を見つけ出すことが出来なかった。

 

三角測量から居場所を探る試みも行われたが、徒労に終わった。

何よりも事件を霧に覆い隠しているのは、黒幕のその狙いが一切見えてこないことにある。

現状は足を使って、偶然行き当たる以外に敵を見つける手立てがない。

 

人間の行動原理は一定で、金が欲しいならば金があるところに、怨恨であれば恨みがある対象へと殺意が向く。

それは人間の歴史を経た教育の賜物であり、社会の一つの意義であり、敵の行動原理が理解できれば殺意の収束する矛先が推測できる。

 

最悪なのは、目的と過程がすり替わってしまっている場合。

何かを目的に罪を犯すのではなく、罪を犯すこと自体を目的としてしまっている場合。

そうなってしまえば相手の行動が推測不可能となり、後手を踏み続け、敵の存在が闇の帳へと隠蔽されることとなる。

 

最も厄介な敵は味方に擬態し、容易に尻尾を掴ませない。

イアン・ベルモットは喜劇と称し、気分による己が行動の結果として起こる他人の狂態を鑑賞することを目的としている。

 

「敵にチョコラータがいるのではないかという情報からパッショーネへの襲撃も想定していましたが、それもない。奴らは一体、何を目的に行動しているのやら。」

「あの男を知っているの?」

 

チョコラータと直接対峙したメロディオは、ベルナトに問いかけた。

 

「以前同名の人間がパッショーネに所属していたというだけです。しかし、行動原理がその男と酷似している。その男は現在、死亡が確認されています。」

 

パッショーネがこれだけ労力を費やしても見つけ出せないとなれば、なんらかの隠蔽能力を持っていることが確定的だ。

 

「………人探しを得手とするスタンド使いの情報を私にちょうだい。作戦を立案する。」

「それは………。」

 

ベルナトは少し迷った。相手は組織に引き入れたばかりで、まだそこまでの信頼はない。

 

◼️◼️◼️

 

買い物を終えて、帰路についていた。

パンナコッタ・フーゴは卒業を間近に控え国家試験も受かり、就職も決まっていた。

トリッシュから危機を告げられていたが、パッショーネから明確な指示のない現状は、今まで通りに過ごすしかない。

 

「こんばんは。パンナコッタ・フーゴ。とても大勢を虐殺するのが得意な、危険なスタンドの使い手には見えませんね。」

 

ミラノのマンションへの帰り道に、一人の少年がいた。

少年は何が面白いのか、不愉快なニヤケ面を晒している。

 

「お前は誰だッッッ!!!」

 

フーゴはもうずっと、スタンド能力を使用していない。彼がスタンド使いであることを知る人間も、限られているはずだ。

 

「あなたを迎えに来たものですよ。自分から私たちの下へ来てくれるのなら、そっちの方が話が早い。」

 

衆目のある中で、堂々と人攫い宣言をされた。

眼前に煌めく回転木馬が展開され、フーゴは夢心地を味わった。

しかし、現実的に身の危機だ。フーゴはパープル・ヘイズが行使可能か、自身に問いかけた。

 

「目的と正体を話してもらおう。僕のスタンドを知るのなら、今現在お前自身が危機にいることを理解しているはずだッッッ!!!」

【ウバシャアアアアアアッッッ!!!】

 

拳にカプセルを付属させた、凶暴なスタンドが出現した。

 

「端的に聞きます。あなたのスタンドとは、ウィルスですか?」

 

少年は、パープル・ヘイズを眺めてなおも気味の悪い笑顔で笑っている。

その薄気味悪さ。フーゴのスタンドの危険性を理解していないはずがないのに。

 

そして、唐突に時間が跳んだ。

 

「問答無用で構わんだろう。あとはイアンの仕事だ。」

「あなたのスタンド、完全に暗殺向きですよね。あなたはボスなどではなく、実は暗殺チーム向きだったのでは?」

「かはッッッ。」

 

フーゴの背後に時間を跳ばしてディアボロが現れ、キング・クリムゾンの右腕上腕の筋肉が膨れ上がりフーゴの首を絞め上げた。

キング・クリムゾンの膂力で締め上げられ、フーゴの首はミシミシと嫌な音を立てて軋んだ。

 

フーゴの顔面が鬱血し、赤黒く変色した。

フーゴは気絶し、パープル・ヘイズは静かに消え去った。

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