噛ませ犬のクラフトワーク 作:刺身798円
苦手な方にはおすすめできませんので、ご注意ください。
事態は、思わぬところから予想外の方向へと向かった。
それは、誰かにとってかはあまりにも予定調和であり、誰かにとっては計算外だ。
転機は、シーラ・Eだった。
彼女はパッショーネにメロディオが招聘された事を知り、知らない仲でもないので顔を見せに亀の中へと来訪した。………苦手だが。
そこで彼女がメロディオに事件の情報を聞いた時に、メロディオが発した一言。
『シィラちゃんは、探し人が得意なスタンド使いに心当たりがない?』
それに対する彼女の返答が。
『私のスタンドは探し人が得意よ。』
シーラ・Eのその言葉にメロディオは彼女の能力を根掘り葉掘り聞き出し、矢を行使して進化したより強力なブードゥー・チャイルド・レクイエムの存在を知った。
緊急で亀の中でパッショーネの情報部、首脳陣を交えて会議を開き、シーラ・Eを中心とした事件解明班が組まれることとなる。
◼️◼️◼️
「特命を言い渡す。」
グイード・ミスタが、険しい表情で口を開いた。室内に緊張感が漂っている。
「シーラ・E、サーレー、マリオ・ズッケェロ、ホル・ホース、アルバロ・モッタ。以上五名は、イタリアでここ最近頻発している失踪事件の調査を行え。調査に関してはシーラ・Eが担当し、シーラ・Eは暗殺チームの補佐相談役とする。作戦の総責任者はサーレーとする。なお本件において、パッショーネはシーラ・Eに一時的に矢を貸し出すこととする。」
「どういうことですか?」
シーラ・Eは疑問を感じた。
そもそもの組み合わせが、チグハグだ。暗殺チームと、親衛隊の彼女。
暗殺チームが動くということは、ヤバい案件であるということである。
「それについては、私から説明しましょう。」
パッショーネ情報部現総責任者のベルナトが、一歩前に出た。
「現状イタリアの失踪事件については、雲を掴むような話です。しかし、パッショーネに招聘したメロディオ氏からの情報によりますと、失踪事件の主犯とカタルーニャ生物兵器事件の首謀者は同一人物であるのではないかという可能性が浮上しています。」
グイード・ミスタは、ベルナトの説明に頷いた。
「失踪事件を調査する場合、危険な敵とかち合う可能性が高く、そのために暗殺チームと調査を委任したシーラさんの合同任務となります。」
「総責任者がサーレーである理由は?」
「経験を重視する。判断力と思考の瞬発力は別物だ。サーレーはこれまで幾度も死線を越えて、部下と共に暗殺チームのリーダーを務めた実績がある。調査の過程でヤバい敵とかち合ったときは、その経験がモノを言うと俺たちは考えている。お前に相談役を任せるのは、サーレーの記憶力に不安があるからだ。だが、いざという時はサーレーの判断を優先させる。他に質問は?」
「ありません。了解しました。」
「これがパッショーネが分析した、失踪事件の被害者一覧だ。お前たちは特命捜査班として、俺たちとは別に独自の視点で調査を行え。」
「了解しました。」
ミスタが封筒に入れた資料をサーレーに手渡し、暗殺チームの四人とシーラ・Eは引き下がった。
「………上手く行く可能性はどれくらいだと言っていた?」
「五分五分だと。」
残ったミスタは、ベルナトにメロディオの見解を問いかけた。
パッショーネも、リスクは大きい。
敵の一切の情報がわかっていない現状、矢を持たせた調査班が敗北すれば矢が敵の手に渡り被害が拡大する恐れがある。
実際はすでに敵方に進化したスタンド使いが存在するのだが、彼らにはその情報が入っていない。
メロディオの五分五分という分析は、相手の隠蔽能力と戦力が一切わからないことに由来する。
矢で進化した強力なスタンドは、通常のスタンドよりも汎用性が広い。そして敵に強力な隠蔽能力を持つスタンド使いが存在する可能性とは別に、敵が強大な戦力を保有する可能性も存在する。現実に、そこそこの戦力を保有していたはずのスペイン暗殺チームとスイス暗殺チームは敗北している。
さまざまなケースを想定した場合半端な戦力ではそのまま失踪して終わる可能性が高く、レクイエムの汎用性の広さと暗殺チームの戦力の高さを頼みにして作戦成功を見込んでいる。単純に、高い隠蔽能力を持つ敵には、高い捜査能力をもつスタンドで対抗するということである。
まあハッキリ言えば、成功するか全くわからない作戦だから五分五分なのである。
相手の隠蔽能力に対してシーラ・Eの能力が強力な効果を発揮するかもしれないし、無効に終わるかもしれない。よしんば無効に終わったとしても、彼らを目障りに感じて行動を起こした相手方に対して戦力の高さでどうにか出来るかもしれない。
さまざまなケースが存在し、現状どういった結末に落ち着くか全く予測出来ない。にも関わらず、誘拐事件に対して当然何らかのアクションを起こさねばならない。結果として、強力なスタンドであるレクイエムを行使できるシーラ・Eを軸に調査を行い、他の調査班より期待度の高い彼女の護衛として暗殺チームが付き従う特捜班が組まれることとなった。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか。」
ミスタは戦いを予感し、拳銃を手中で弄んだ。
◼️◼️◼️
冷たく暗い研究室で、拘束衣に身体を拘束されたパンナコッタ・フーゴの意識は朧げながらも戻ってきた。
耳朶にコチコチと鳴り響く時計の音が感じ取られ、近くで二人が会話する声が聞こえる。
「危険なスタンド使いという噂ですよ。身体を拘束した程度で大丈夫なんですか?」
「まぁどうにもならないようなら、最悪ここに放置していけばいい。放っておけばそのうち餓死するだろう。」
「………せっかく苦労して誘拐した人間を、打ち捨てるのですか?」
「そうなるな。」
「あなたの能力で改造して、強制的に手駒にしてしまえばいいのでは?」
「それをやってしまうと、奴のスタンドが弱体化するのだよ。自白剤などで脳を潰してしまっても、同様だ。この部屋の特性を鑑みれば、おそらく弱体化したウィルスではスタンドは進化できない。私がそう考えてしまっているから。」
部屋の中で少年と男の二人組が会話し、男の方がガラス瓶を弄くり回した。
それはテーブルの上でカラカラと音を立て、回転した。
フーゴは薄目で、その様子を観察した。
「………面倒ですね。」
「面倒を楽しむのが人生だよ。」
「あなたに人生を語られるのは、超ムカつきます。ところで、それは?」
少年が、男が弄る二つのガラス瓶を指差した。
「ああ。これは、現時点ではどうしようか迷っているものだよ。喚び戻しても問題があって、戦力に不満がないうちはこのままにしとこうかと考えている。」
「戦力に不満が出てから喚び戻しても、それは手遅れなのでは?」
少年が男に、至極真っ当な指摘をした。
「じゃあ君は、これを喚び戻したいと思うか?」
「………いいえ。一体何なんですか、それは?」
ガラス瓶のうちの一つは、瓶の中で何やら蠢いている。男はそれを指差した。
内部のなにかが外に出ようと、いくつもの触手がガラス瓶の外から見える部分にへばりついた。
「とある男の細胞だ。これはその男が反抗的な部下を支配するために作り出したものなのだが、その男の一部でもある。肉の芽というらしい。非常に高額だったが、まあ手元に置いておいて損はない。」
「高額だったって、真っ当に金銭を支払って購入したのですか?」
「いいや、強奪した。」
「………ならその情報いらないでしょう。」
少年が無駄な情報に呆れた。
「もう一つは?」
「単純に、私が嫌いなんだ。君は年がら年中、喧しいキリギリスの喧騒を聴き続けていたいと思うかい?」
男は人差し指で、もう一つのガラス瓶をテーブルの端に突き放した。
「ああ、なるほど。」
男が、立ち上がる音が聞こえた。歩いてフーゴに近寄ってくる。
「さて、どうやら目が覚めたようだが。」
イアンはフーゴの前に立って指で瞼を開けて、眼球運動からフーゴの意識が戻ったことを理解した。
フーゴはユックリと目を開けた。目の前には彼の行動を制限する鉄製の拘束具があり、その下には拘束衣が着せられている。
体を動かそうと腕に力を入れるも、拘束衣が僅かに膨らむだけに終わった。二重の厳重な警戒に、フーゴは唇を噛んだ。
「理解していると思うが、君はどうやっても逃げられない。」
イアンは、優しい表情でフーゴに語りかけた。
フーゴはイアンのその表情に、ひどい違和感と不快感を覚えた。
「私に協力してくれるなら、すぐにでも君を逃してあげよう。私の情報さえ漏らさないのなら、私は別に君などどうだっていい。」
「断る!!!」
唯一自由に動かせる口で、フーゴは声を上げた。
「おおう、びっくりするほど気の早い男だな。内容を告げる前から断られるなど。あまりに早過ぎると、女性にモテないぞ?」
目の前の男の後ろで、面白そうに少年がニヤケている。
「まだその男のスタンド能力が、ウィルスだと決まったわけではありませんよ?」
「決まっているんだよ。クレイジー・プレー・ルーム・レクイエム。この部屋では、起こりうる事象は私の最も都合の良い方へと推移する。箱の中の猫は、私が望むから必ず死んでいる。彼のスタンドは、ウィルスを使用するものだよ。なぜならそれが私にとって、最も都合がいいのだから。もともと彼のスタンドが何であろうと関係ない。この部屋では私が信じれば、空想は現実のものとなる。」
「本当にインチキな能力ですよねえ。ズルくないですか?でも都合の良い事実という割には、その男はずいぶんあなたに反抗的ですが?」
「私の部屋では、起こり得ない事象や理屈の通らないことは起こらない。彼が私に従順に従う可能性が、そもそも存在しないのだろう。」
「なるほど。」
チョコラータはうなずいた。
「或いはそれが、私が本心から望んでいることなのかもしれない。過程を楽しむのが目的の私にとっては、それもそれで面白い。」
イアンの執刀医がメスを手にして、邪悪に口元を三日月型に曲げた。
「拷問するのなら、僕にやらせてくださいよ。」
「君は楽しくなってやり過ぎるクチだろう?痛みで脳が壊れれば、私の望みが叶わなくなる。」
「あなたもやり過ぎる人間でしょうに。」
フーゴは目の前で背筋の凍る会話をする二人組に、冷たい汗をかいた。
執刀医が指切りばさみと電極を持って、フーゴの前に立っている。
フーゴは間近で、ネジ製の瞳にじっとりと見つめられた。
◼️◼️◼️
「調査を始めるわ。まずは直近の、パンナコッタ・フーゴ失踪事件から。」
「………ああ。」
シーラ・Eがサーレーに宣告し、サーレーは首肯した。
その様子は心ここに在らずといった様相で、なにがあったのかとシーラ・Eは疑問を感じた。
「おい、どうしたよ相棒、なんか変だぜ?」
「………いや、何でもない。始めてくれ。」
ズッケェロもサーレーの様子に異変を感じ、言葉をかけた。
パッショーネに渡された失踪者一覧を確認してから、ずっと様子がおかしい。
「私のスタンドで失踪者の情報を得て、アンタのスタンドで調査を行う。何か情報が入れば、戦闘を想定してアンタを除いた総員で向かう。」
「ああ。」
シーラ・Eがアルバロ・モッタに方針を告げて、彼は頷いた。
「まずは、パンナコッタ・フーゴの居住するマンションに向かう。一番最近の事件だから、調査にかかる時間も短縮できる。居なくなったのはおとといの午後過ぎ。それまでを巻き戻して、部屋で行われた会話から情報を収集する。」
シーラ・Eが先頭を歩き、暗殺チームが彼女の後を追随した。
シーラ・Eは大人数が乗れるボックス車に鍵を差し込み、運転席に乗り込んだ。
助手席にサーレーが座り、残りの人員は後部座席に乗り込んだ。
「向かうわよ。」
彼女は鍵を差し込み、車にエンジンをかけた。
◼️◼️◼️
フーゴは拘束衣を二重に着せられ、椅子に座らせられている。
イアンが横に座って、ニッコリと微笑んだ。
「君は、幸運だ。私は、君を傷付けることをしない。痛みで脳を潰すわけにはいかないし、私は野蛮な行為が………別に嫌いというわけでは無いな。」
「うおぇっっっっ!」
………なにが幸運なものか。最悪だ。これなら直接肉体を傷付けられた方が、よっぽどマシだ。
パンナコッタ・フーゴは涎を垂れ流しながら、心の中で毒づいた。
暗くて冷たい部屋の隅では、逆さに吊るされた物体が、ピチャリ、ピチャリと滴る音を立てている。
青を基調とした落ち着いた雰囲気の部屋で、壁に飛び散る液体が鮮やかな赤色を主張している。
退廃の宴と、無駄に鮮やかなコントラスト。薬品の匂いが漂う手術室で、無機質な鉄製のテーブルに食器が並べられている。
「それどころか、食事会を開催してこんなにも君のことを歓待している。そろそろ君も気が変わったのではないか?私の仲間になりたいという気になっているのでは?」
「ぶえ、おえぇええぇっっっ!!!」
悪魔が、間近でフーゴに無邪気な笑顔を向けている。
フーゴの隣にイアンが座り、彼が手にするスプーンからは見たくないものがはみ出している。
彼の隣には執刀医の生命のヴィジョンが、満足げに頷いている。執刀医は拘束されたフーゴの背後に回り、電極をフーゴの頭部に差し込んだ。
「もう結構な時間、食事会を続けているからね。そろそろ君も眠くなる頃合いだろう?ホストである私に、恥をかかせるものではないよ。」
「ああああぁぁぁぁぁッッッ!!!」
コチコチと時計が時を刻む音が、現実感を奪おうとしてくる。
体内に電流が流され、遠のきそうになる意識が痛みで覚醒した。
顎には筋弛緩剤が微量注入され、口を閉じることができない。涙と鼻水と涎と胃液を延々と垂れ流しっぱなしだ。
「さて、次の料理だ。これは、◼️◼️の◼️◼️◼️だ。当方自慢の調理人チョコラータが、君のために精魂込めて料理してくれたものだ。是非ともゆっくり、味わって欲しい。」
得体の知れない蛍光色の液体の中に、見覚えのあるものが浮かんでいる。
液体は上部に油泡を浮かべ、見る者に嫌な粘性を主張していた。
イアンはそれをスプーンですくい、拘束衣に拘束されて動けないフーゴの口内に流し込んだ。
是非ともゆっくり、味わって欲しい。是非とも。是非とも。是非とも。
フーゴの頭蓋内で、イアンの邪悪な声が残響した。
「おええぇぇぇぇぇぇッッッ!!!」
「君は実にお行儀がよろしくないな。さっきから吐いてばかりだ。」
フーゴの腹筋が痙攣し、唾液と口に入れたものと嘔吐しすぎによる血液が混ざりあって顎から滴り落ちた。
イアンはナプキンでフーゴの口周りを拭いて、自身の指先も綺麗に拭き取った。
部屋の隅では逆さ吊りの材料が、未だ赤い液体を滴らせている。フーゴはそれが視界に入らないように、目を逸らした。
イアンは、よりによってフーゴの拷問に肉体を傷付けるものではなく、食事会を開催した。
痛みで精神を折るのではなく、罪悪感で精神を折りにきた。
所業が、とても同じ人間のものとは思えない。
しかし、たとえ死んでも屈するわけにはいかない。
相手ははカタルーニャ生物兵器事件の首謀者である可能性が濃厚で、フーゴが敵に屈してしまえばどれほど恐ろしい悲劇が齎されるかわかったものではない。その思惑は不明だが、推測するに恐らくはパープル・ヘイズ・ウィルスを使っての恐ろしい何かを企んでいるのだろう。
フーゴの瞳に、覚悟の光が宿った。
「これはあまり君の口に合わないようだ。ならばこちらにしよう。◼️◼️◼️の◼️◼️だ。」
さらに禍々しい灰色の物体を、イアンはスプーンですくった。
それは僅かに抵抗し、スプーンの上でプツリとプリンのように切れた。
口に入れずともわかる。それはロクなものではない。
フーゴは口に入れられる前から、吐き気を催してえづいた。
「おーい、イアン。ディアボロから苦情が来てるぞ?俺の出番はまだか、さっさとしろって。」
手術室の扉が開き、オリバーが顔を見せた。
「ちっ、あの早漏が。」
「勘弁してくれよ。俺にアイツの相手をさせんなよ。アイツとは気まずいんだから。」
オリバーは以前ディアボロの部下として潜入してたことがあり、二人の間には嫌な緊張感が漂っていた。
「………そいつを拘束しておけ。」
イラついたイアンは立ち上がってディアボロの元へ向かい、オリバーがフーゴのそばに寄って耳元で囁いた。
手早く抱え上げて、器用に拘束具に乗せて鍵をかけた。
「哀れだな。アイツに捕まっちまったら、もうお終いだ。意地を張らずに、さっさと諦めちまったがいいぜ。」
オリバーはフーゴを拘束する器具を押して、別の部屋に運んだ。
そのままフーゴを放置し、研究室で開催された食事会の後片付けをした。
◼️◼️◼️
「いつになったら、最後の仕事を指示する?」
「オリバーから告げられているはずだ。お前の出番は半月後だと。」
ディアボロはイラついた仕草を見せ、その態度にイアンも僅かに頭に血を登らせて返答をした。
「その半月に、一体何の意味がある?」
「お前が知る必要は無い。お前は最後の仕事を果たせば、自由を獲得できる。それまでは、無聊を慰めにその辺でもほっつき歩いてくるといい。」
イアンがディアボロを雑に扱い、ディアボロのイラつきは増した。
「ふざけるな!イタリアはパッショーネの支配下だ!俺が単独で好き勝手に行動して、奴らに見つかったらどうする!」
「お前も大人なのだろうから、そうなったら自分の手落ちは自分で穴埋めするべきだろうな。」
「貴様ッッッ!!!」
ディアボロは激昂し、対するイアンの殺気も膨れ上がった。
「………調子にのるなよ!お前が今ここでこうしているのは、自業自得だ。元はお前のパッショーネ陥落作戦の戦略がひどく杜撰だったからだ!今生きていることに、ひたすらに感謝しろ産廃がッッッ!!!」
狂った造物主の傲慢な物言いに、
あと半月我慢して仕事を達成し、造物主が気変わりを起こさないことを祈るばかりだ。
それでもディアボロは、イアンが死ねば肉塊に戻ってしまう。悪魔の契約は一方的で、ディアボロの行動にひどく枷をかける。
「チッ。」
不愉快な相手の顔を見たくなくて部屋を出ようとしたディアボロの眼前で、ドアの取っ手が動いて内開きに開いた。
その動きにディアボロは即座に反応して、警戒した。
【ウバシャアアアアアア!!!】
「………見つけたぞッッッ!!!」
「………。」
服と顎を黄色い吐瀉物で汚した焦点の怪しいパンナコッタ・フーゴが、部屋の中へと乱入した。
長時間嘔吐を続けて、体力が著しく低下して足取りがフラついている。
「………拘束しておけと言ったはずなのだがな?」
イアンは首を傾げ、ディアボロは黙ってイアンの前に立って臨戦態勢を整えた。
キング・クリムゾンが、重圧を伴って部屋に出現した。
「ああ、いい。私がやる。」
「………お前が死ねば、俺も死ぬ。」
大変不愉快だが、ディアボロは目の前の狂人を守るために戦わざるを得ない。
「脳まで筋肉のお前じゃあ、力加減に不安が残るのだよ。二度は言わない、下がれ。」
イアンはディアボロにそう告げると、スタンド能力を発動した。
イアンの執刀医が音も無く部屋の中に沈んで行き、部屋の中は異界と化す。
「喰らえッッッ!!!」
【シャアアアアアァァァァァァァァァァッッッッッッ!!!】
凶暴性そのままにパープル・ヘイズとフーゴはイアンに向かって詰め寄り、フーゴの右足が部屋の床から突如生えてきた手に掴まれた。
床からそのまま執刀医が現れ、フーゴに纏わり付いて背後から首筋に筋弛緩剤を注射した。
「あぐっっ。」
フーゴは、力なく床に倒れこんだ。
フーゴが意識を失うと同時に、パープル・ヘイズも消滅した。
「誰の手落ちだ?」
「お前がそれを気にする必要はない。ちっ。」
筋弛緩剤も薬物の一種だ。
過剰投与すると中毒症状などの弊害があり、スタンド能力の弱体化に繋がる可能性があるため出来るならば使いたくなかった。
しかし、粗雑なディアボロに対応を任せたくもない。奇襲ではない真正面の戦闘で、彼がイアンが望む力加減をやってのけるという信頼はない。
「オリバー!!!」
「ハイハイ、聞こえてますよっと。」
オリバーが開いているドアから、ひょっこりと顔を覗かせた。
オリバーは部屋の中の状況を理解して、黙ってフーゴを抱えて運んだ。
「馬鹿が。なんでそのまま逃げ出さなかった?」
オリバーの囁き声が、誰にも聞こえずに廊下に消えていった。
◼️◼️◼️
やはり、弱点以外の何物でもない。
拘束具に拘束されて眠るフーゴの隣に置かれた膂力で引き千切られた鉄製の拘束具を見て、イアンは自覚した。
証拠は無い。しかし確信がある。
二重の拘束は頑丈で、近接戦闘に特化したスタンド使いのリュカですら引き千切れない設計なのは証明済みだ。
イアンはこれでも元大学教授で、畑違いであってもその程度の力学は理解している。
「………。」
もしもそれが破壊されるのであれば、それは拘束している器具あるいは衣服が何らかの瑕疵を抱えていたということだ。
言ってしまえば、拘束衣であれば切れ込みが、拘束具であれば欠損があったはずだ。
それはパープル・ヘイズにグシャグシャにされてしまった今は、確認ができない。
曖昧な部分、読めない心の裡、口にすべきではない事象。
オリバー・トレイルはイアンの見えない部分でイアンに反逆していて、しかしイアンはそれをオリバーに追及できない。
どう転ぶかわからない、藪を突いたら現れる蛇の動向。
これは、オリバーの主張だ。時折、こういったことが起こる。
あまりにもイアンの行動が目に余る場合、オリバーは見えないところでイアンに逆らい、しかしオリバーに反旗を翻されたら致命的なイアンはそれを強くは追及できないのだ。イアンはそれが明確な反逆だという証拠を見つけたことはないが、理解している。
人質はとっている。使い捨ての駒をいくつも持ち、イアン自身の実力もそこそこある。
今日明日敵が襲ってきても、それなりに戦える戦力は保有している。
しかしオリバーに開き直られて表立って逆らわれてしまえば、イアンにとってそれはあまりにも致命的だ。
オリバーがいなくなれば保有戦力、所業、弱点、それらが敵に筒抜けになってしまい、敵はこちらを上回る戦力で作戦を組んでくる。
逃亡に関しても、その一切がオリバー頼みだと言っていい。オリバーは現状、イアンの生命線そのものだ。
ディアボロやリュカほどの戦力を持たない。知能はイアンに及ばない。
それでも替えの利かないオリバーという手駒はイアンの急所であり、見えないところでの反逆は気付かないフリをして曖昧なままにしておくしか取れる手立てがない。追い詰めすぎた結果オリバーがイアンに表立って逆らえば、イアンもオリバーの弱点を攻めるしかなく、互いの不毛な破滅が待っている。オリバーを改造して自由意志を奪えばスタンドが弱体化し、それはそれでイアンにとって不都合な状況になる。
イアンもオリバーも互いの立ち位置をよく理解していて、オリバーは時折こういった行動を起こすことがある。
「………。」
イアンは無言で、拘束されて眠るフーゴと破壊された拘束具に背を向けた。
◼️◼️◼️
「どうするんですか?計画に瑕疵がある。問題点がある。それはあなたには、最初からわかっていたはずだ。」
研究室でチョコラータがいやらしい笑みを浮かべて、イアンに疑問を呈した。
「問題点がなければ、計画を省みることがなくなる。油断が生じる。変化する現状に対する柔軟な対応を怠ることに繋がる。問題点というものは、案外必要なのかもしれないな。」
イアンはチョコラータよりも、さらにいやらしい笑みを返した。
「なるほど。そう切り返しますか。しかしあなたに生殺与奪を握られている僕としては、実に気が気でないのですが。」
「君の今の生は、ロスタイムのようなものだろう?本来は死んでいる。それとも君もディアボロのように仕事をこなして、私と自由を獲得する契約をするかい?」
「………やめておきます。あなたとの契約は、恐らくは分が悪い。ロクでもない条件を突きつけられるのが、目に見えている。」
計画の瑕疵とは、オリバーの行動だ。
イアンはチョコラータを呼び出して、話し合いによる自身の思考と方針の整理を行った。
人間は案外、自分の考えを明確に理解していない場合も多い。
そういう時は他人と喋ることで、自分の思考が明確に理解できる。
イアンはこれまでの経験で、そういう結論を出していた。
「………ところで、それをなぜ僕に明かしたんですか?あなたは誰かを信用するような人間ではない。」
オリバーの反逆は、イアンの致命傷となる可能性がある。
そんな重大事をイアンがチョコラータに漏らしたのが、チョコラータにとっては不思議だった。
「君の思考が、私に一番近いからだよ。君は何より、自分の興味と愉悦を優先する。私の抱える弱点は、いずれ致命傷に直結する可能性がある。しかしそれは、即座に見えている破滅ではない。」
「ええ。」
「オリバーは問題外。リュカとディアボロは脳が筋肉でできている。となれば、話せるのは君だけだ。言葉にして、自分の考えをまとめるのには君が最適だ。」
イアンは、チョコラータに相談したわけではない。
あくまでも自分の思考を明確にして、自身の行動の指針を獲得するためである。
「弱点をどう克服するのですか?」
「克服のしようがない弱点だよ。神経を尖らせて、致命傷になりそうな道筋が見えたら先回りするしかあるまい。」
「オリバーを半殺しにして、脅迫してはダメなのですか?」
「無理だな。それは藪蛇だ。結果として不利になるだけに終わる可能性が高い。」
もともと、際どいバランスの上に成り立っている関係だ。
オリバーは我が子が大切で、頭がおかしい人間を装ってイアンの手伝いをしている。罪悪感を刺激されながら、非人道的行為に手を染めている。イアンは、オリバーに居なくなられたら困る。オリバーに開き直られたら、非常に状況が悪くなる。
オリバーの子供の手術の執刀を担当したのはイアンだ。
オリバーは恐れている。イアンが手術の際に、彼の子に一体どんな行為を施術したかわからない。
それが現状、オリバーをイアンの下に繋いでいる枷だ。最悪、イアンの死亡と共に我が子も死亡するかもしれないと。
「実際、何をしたんですか?」
「それは秘密だよ。………さて、拷問の続きを行おうか。」
イアンはこれ以上話しても得られるものはないと判断して、立ち上がった。
「見えている弱点を放置するなんて、僕には考えられませんよ。」
「穴が無いと油断するよりも、適度な緊張感があったほうが案外と物事はうまく進むものだよ。それも含めて、楽しもうじゃないか。」
イアン・ベルモットは静かに、微笑んだ。