噛ませ犬のクラフトワーク 作:刺身798円
夜が更ければ、お別れ。とても面白かったよ。バイバイ。
チョコラータは心の中で、顔も名前も知らない誰かに別れを告げた。
見知らぬ誰かの無差別大量殺傷。チョコラータのスタンド、グリーン・デイは、そういう能力だ。
「うふふっ。自重しないでいい人生って、最ッ高!」
ミラノの街灯に煌々と照らされた夜に、緑色のカビが街並みを蹂躙していく。
建物の一室でイアンの横に居座り、テーブルに腕を伸ばしながらチョコラータは楽しそうに微笑んだ。
「でも欲を言うのなら、外の人間が恐怖する様を間近で眺められないのはとーーーっても残念。」
「君の前任のチョコラータは、それが我慢できずに外に阿鼻叫喚の様を見にいったせいで銃殺された。私の制止を振り切って、ね。」
イアンが横に居座るチョコラータに忠告した。
「どうせあなたが煽ったんでしょう。制止したのかもしれないけど、それは多分形だけだ。」
「それでも忠告は忠告だよ。それを聞かなかったのはかつての君自身だ。いつだって、君の行動の選択権は君にある。」
「わかっていますよ。前の僕は知りませんが、今の僕はバカどもが何もわからずに死に行く悲鳴だけで我慢しますって。」
部屋には木製のテーブルと椅子があり、それにイアンとチョコラータが腰掛けている。
ディアボロとドッピオとリュカはフランスに遠征し不在であり、オリバーは隣の部屋で悲鳴に耳を塞いでいる。
「それで。僕たちはこの後どうするんですか?」
「待つさ。スペインで同様の行為を行ったからには、彼らも前回よりも迅速に行動を起こすだろう。さほど待たずともここは突き止められ、対処を仕込まれた兵隊蟻たちが送り込まれてくることになる。」
イアンは椅子を引いて優雅に立ち上がり、部屋の角に置かれた食器棚からワインを出してワイングラスに少量注いだ。
「待ってどうするんです?」
「うう………。」
苦しげな声が聞こえた。それは彼らの眼前のテーブルの上から聞こえてくる。
イアンはフォークを手にとって、それを彼の腹部に突き立てた。意識がほとんどないフーゴの体は、それでも反射でビクンと動いた。
「あッッッッッッ!!!」
「待てば海路の日和ありさ。彼らは喜劇の舞台役者になるか?それとも何もなせずに朽ち果てるか?もしかしたら私たちが劇の続きを演じれなくなるのかもしれないね。」
「意味がわかりません。」
チョコラータはイアンの言葉の意味がわからずに、首を傾げた。
「まあつまり、出たとこ勝負ということだ。敵の戦力がわからない。戦略もわからない。敵が死ぬかもしれないし、互角の戦いを繰り広げて楽しめるのかもしれないし、私たちが敵に敗れてあっさり死ぬのかもしれない。どうなるのか私にもサッパリだ。それならば雑に過ごして適宜柔軟に対処するのがベストだろう?計算高く計画を綿密に立てる者ほど、不慮の事態に弱いものだ。なあ、パンナコッタ・フーゴ?」
テーブルの上に寝かせられたフーゴの腹部には鈍色のフォークが突き立てられており、傷口から床にツウッと血が垂れていく。
フーゴの色の悪い肌は、わずかに痙攣した。
「自分から敵を呼び寄せておいて………。あなたはもう少し計画性をもって行動するべきでは?」
チョコラータはイアンの物言いに呆れ果てた。
「そりゃあこんなことを続けていれば、いつかは負けて死ぬさ。それは明白だ。………しかし計画性をもって行動してしまえば、保身に執着してしまえば、私の人生は永遠に輝かない。私にとって人生は、つまらないものとして幕を引いてしまうだろう。」
「………。」
「残念ながら凡人の私じゃあ、普通にやっても退屈な劇しか演じることができないんだ。だから己の命をチップに、舞台を輝かせるしかないだろう?ところでそういう君は私に説教できるほど立派で計画的な人生を過ごしたのかい?チョコラータ。」
イアンのような、笑顔で他人を殺傷する人間を凡人と呼んでいいものか?
チョコラータは内心で首を傾げたが、面倒なのでそこを突くのはやめておいた。
きっと狂人には狂人なりの定義が存在し、それこそ凡人に理解できないものだろう。
チョコラータはそう判断した。
しかしそういうチョコラータも、イアンと同様の常人には理解できない人間だ。
「まあ死に際がアレですしね。確かに僕はあなたに何も言えない。でも今ここにいる僕は、死にたくないと思っていることだけは理解してください。」
「それはもう聞き飽きたよ。」
イアンはスプーンを右手に掲げて、外の悲鳴に合わせて指揮者のように宙を揺らめかせた。
悲鳴と悲劇の大合唱、夢見心地の
「悲劇はいつだって君たちの側にあり、にも関わらず君たちは普段はなかなかそれに気付けない。いつだってそれに気付いた時は、もう手遅れなのさ。………魔法が解ける時間になって慌てて舞踏会から駆け足で逃げ出したシンデレラは、お城の階段を下る最中に履き慣れないガラスの靴で足をくじいてピカピカの大理石の床にそのまま脳天から真っ逆さま。哀れ頚椎骨折と脳挫傷で帰らぬ人となりましたとさ。」
「夢も希望も教訓もない、クソみたいな寓話ですね。」
「それが現実というものだよ。」
チョコラータは呆れた。
イアンはワインの瓶を逆さにして、中身をテーブルに横たわるフーゴの傷口にドバドバとぶちまけた。テーブルに流れる血とワインが混ざり合い、あたりに赤黒い液体が尾を引いた。
「まあ出たとこ勝負で構わないですが、最低限の行動の方針を指示してくださいよ。敵が現れたらどうするんですか?」
「まあ落ち着いてくれ。」
イアンが指を鳴らすと、室内は薄青い手術室へと変化した。
フーゴは手術台の上に乗せられ、床から執刀医が現れてモニターを部屋に設置した。
「対策は敵が姿を見せてからで構わない。まだ時間がかかるから、ゆるりと楽しもうじゃないか。」
賃貸マンションの一室に突如現出した手術室で、イアンは薄気味悪く笑った。
◼️◼️◼️
カビでグズグズに崩れていき、体が地面に消えていく住民たち。
ミラノは悲惨な状況と最悪というべき事件だが、パッショーネは何も対策をしなかったわけではない。
「近隣の住民の避難誘導をしろッッッ!!!詳細は会議で通達してあるはずだッッッ!!!」
スペインでの大規模事件を受けて、パッショーネはジェリーナ・メロディオを参謀に招聘して事件への対策を行なった。
ジョルノやミスタによる配下への指示の方針は、事件が起こった際に一般人の被害を最小化するというものだった。
有事の際に速やかで円滑な対処を行うために、配下のスタンド使いたちに情報を共有させて入念な避難誘導訓練を施していた。
グイード・ミスタはローマにて携帯電話を片手に各所に指示を出し、彼の背後にはパッショーネ所属の武闘派スタンド使いたちが付き従っている。
「暗殺チームの現場到着を待てッッッ!!お前たちは無断で行動を起こすな!まずは一人でも多く住民を守ることに腐心しろッッッ!!!」
ミスタは通話を切ると、別の相手に電話をかけた。
「お前たちは今どこにいる?」
『ボローニャ近郊です。』
電話の向こう側で、サーレーがミスタに返答した。
「そのままミランへ直行しろ!奴ら、やりやがった!!!カタルーニャの二の舞だ!!!クソがッッッ!!!」
電話の先で息を飲むような音がし、一拍を置いて返事が返ってきた。
『了解しました。現時刻をもって、一連の事件の首謀者を暗対と断定して、行動に移ります。』
「必要な情報はシーラ・Eに与えてある。殺れ。」
『了解。』
サーレーたちの現在地はボローニャ近郊、ミスタの現在地はローマ。
車に乗っていると仮定して、サーレーたちがミラノに到着するのは二時間後前後だろう。
ミスタたちがミラノに到着するまではそれよりもう少々時間がかかる。
戦力の逐次投入が愚策であるというのは常套句だが、常にそれが最善であるとは限らない。
ことスタンド使い同士における戦闘では、単体で大量虐殺を得手とするスタンドが存在することが戦術の常道を捻じ曲げている。
おそらく敵方にいるであろうチョコラータは大量殺人目的のスタンド使いだし、敵に拉致されたと思しきパンナコッタ・フーゴも同様だ。
チョコラータのグリーン・デイは死体を苗床として繁殖するカビのスタンドだし、フーゴのウィルスをばら撒くパープル・ヘイズは空気感染を引き起こす。大量殺人目的のスタンド使いがこの世に存在する以上は、数による蹂躙は下手としか言いようがない。むしろ数が邪魔になるだけの可能性しかない。そのための少数精鋭の暗殺チーム。
先行させた暗殺チームが敵の首級を上げればそれがベストだが、敵の戦力の全容がわからない以上敗北を想定しておくべきだ。
暗殺チームの勝利が現状の最善、次善が暗殺チームに付属したシーラ・Eが敵の詳細な情報を持ち帰ること。
正確な情報さえ持ち帰れば、それに則して必要な戦術と戦力を組み立てることが可能だ。
最悪は何もなせずに暗殺チームが全滅し、かつ敵を逃すことで、それだけは避けなければならない。
稀であるが、起こりうるこの手の凶悪事件。
なぜこのテの事件が稀なのかと言えば、無差別殺傷など起こしても誰一人として得もしないし幸福にならないからである。
そして何より最悪なのが、たとえ凄惨な戦争であったとしても存在するはずの最低限の落とし所が存在しない。
痛み分けという言葉が存在せず、どちらかが完全にこの世から退場するまで戦いは終わらない。
痛みを教訓に出来ない。うやむやにならない。曖昧さを許容できない、その恐ろしさよ。
歴史で繰り返され続けた戦争はあくまでも人間と人間の戦いであり、それには不毛な争いを終わらせるための最低限のルールが存在する。
例えば宣戦布告もない戦争は、相手の感情を逆撫でにして必要以上の虐殺を正当化させてしまう。
相手のことを言葉が通じる、感情を共有できる人間だと考えるべきではない。敵が行ったのは問答無用の無差別大量殺人。意味も理由もない。後手に回るほどに被害は拡大し、屍の山が高くなり続けていく。
破滅のみを望む最悪の邪神、人間社会の害的でしかなく、何が何でも仕留めねばならない暗対だと裏社会はそう判断した。
そのために、シーラ・Eを暗殺チームのサポートとして送り込んだ。彼女にはパッショーネの保持する情報を持たせてある。
ミスタは、起こりうる先々の状況と最善、次善、最悪の状況をシミュレートした。
もちろん暗殺チームが敵を根こそぎ仕留めてくれればベストだが、むしろ至上命題は起こりうる最悪を避けることだ。
諸々考えれば暗殺チームを捨て石にして、時間差でミスタ率いるパッショーネのスタンド戦闘班が後続で到着して対応するのが現状取りうる最適な選択だ。ゆえにミスタは、暗殺チームに戦力の補填を行わない。
社会を人体に例えて一個の存在だと考えてみれば、わかりやすいかもしれない。
一個の生命には、数々の部位と数多の免疫が存在する。それらは統合され一つの意思を持ち、それを害することを目的とする敵も存在する。ただの病気であれば自然治癒で完治させることも可能だが、酷くなると場合によっては手術で患部を切除する必要も出てくる。放置すれば患部は膨れ上がり、それはいずれ総体を食い滅ぼす。
暗殺チームの価値は高いが、それでもイタリアという巨大な総体の末端でしかない。副長のミスタであってさえも、あくまでも王であるジョルノの替えのきく右腕に過ぎない。それが彼らに立ち位置であり、彼らはそれを互いに了承している。
彼らパッショーネの武闘派は、有事になればイタリアを守護し、右腕のさらに末端の指先である暗殺チームは真っ先に捨て駒として使い潰されるのが道理である。
しかしたとえ使い捨てであってたとしても、丁寧にケアすれば価値が高くなるし、長く使うことができる。
稀に技術が洗練された指先から至宝が生み出されることだってある。
指先が何を成すのかは、それの努力次第であろう。
もしも生き残って戦功をあげるようであれば、今度こそ給与を上げないといけない。
生き残れるかどうかは、本人の実力と判断能力次第だ。
「………頼んだぜ。」
ミスタは先行した使い捨ての部下に呟いた。
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ズッケェロが車を運転し、サーレーとシーラ・Eはそれぞれ電話で各所と連携をとっている。
夜灯りが残像のように、次々に車窓を後ろへと流れていく。
「了解しました。現時刻をもって、一連の事件の首謀者を暗対と断定して、行動に移ります。」
助手席に座るサーレーの瞳に、静かに漆黒の殺意が灯された。
ライトを灯したボックスカーは最高速に近い速度でミラノ都市部へと向かい、サーレーは上司のミスタと連絡を取り、シーラ・Eはパッショーネの情報部と連絡をとっていた。
『敵の推定拠点はミラノの街中、中心街だ。』
「それは………相当数の被害が出てるはずですね。」
シーラ・Eは電話でパッショーネ情報部の責任者ベルナトに連絡を取りながら、現状に頭を痛めた。
詳細な被害状況を聞き出したわけではないが、イタリア最大の都市ミラノ中心部でのスタンド使いの無差別凶行、三百万都市の被害が軽く済むわけがない。
通話先のベルナトは、悲惨な状況を把握しながらなおも冷静にシーラ・Eに情報を提供した。
『敵の推定拠点の詳細図をそちらに送付する。現時点の被害状況や事後処理はお前の仕事ではない。それは考えるな。それはジョルノ様を筆頭に、表社会や国に対して権限を持つパッショーネの幹部たちの仕事だ。』
「………ええ。わかっています。」
パッショーネがスペインで起こった凶事に対して行った対策の一つに、事件が起こった際に速やかに敵の拠点を探る試みが行われた。
かつてのローマでのチョコラータの無差別殺傷、そして先日のカタルーニャでのチョコラータを名乗る人間の無差別殺傷。
この二つの事件の首謀者を同一人物と仮定して、近隣の被害状況から首謀者の拠点を探り当てるという試みである。
過去の二回の凶事から、ヨーロッパの裏社会は事件が起こった際に対する対応にただ手をこまねいていたわけではなかった。
チョコラータのカビの能力は低所に向かうことにより強く発現し、首謀者の拠点を中心に高低差によって歪円を描いていた。
パッショーネは過去の事件を参考に高い精度でチョコラータの居場所を推定し、その拠点をかなり狭い範囲まで絞り込むことが可能となっていた。その成果がベルナトからシーラ・Eに送付された拠点の詳細図である。
『自分の役割はわかっているな?』
「………ええ。」
サーレーもベルナトもシーラ・Eも、それぞれ己の役割を理解している。
サーレーは敵への尖兵であり、ベルナトは情報を分析する係、シーラ・Eは可能な限り多くの情報をパッショーネに持ち帰る役割だ。
シーラ・Eは仮に暗殺チームが目の前で凄惨な拷問をされたとしても、それを見捨ててパッショーネに生還しないといけない。
最初からパッショーネ全体で、暗黙の合意は為されている。
それなり以上に高い確率で暗殺チームを見捨てなければいけない自身の役割に思うところがないとは言わないが、我が儘が通る事態はとうに過ぎている。パッショーネは極力被害者を減らすために練度の高い訓練を行っていたが、すでに現地では相当数の死傷者が出ている。
カタルーニャの事件での被害者が一万人超、今回の事件でも被害者数は見積もりである現時点で二千人は下らない。
狂気の夜に、あたかも流星群か枯れ落ちる木の葉のように命の瞬きは次々に地に落ちる。
大気の摩擦でたやすく消えていく、無数の儚き輝き。
危険度が理解できるうちは、どんな敵であってもまだマシだ。
数千から万に至る規模で死者が出る事件など、本来ならば戦火か疫病、天災以外に想定し難いのだから。
◼️◼️◼️
しとしとと、冷たい夜に雨が降る。
周囲を霧が覆い空気は湿り、視界は霞みがかって少し先さえもおぼろげだ。
フランス、パリの北西に位置するル・アーブルとオンフルール間に架けられた全長二千メートルを超えるノルマンディー橋は、とても美しい外観を誇る斜張橋であり、観光地として有名である。
しかしその日の夜は霧が濃く、恋人たちの逢瀬には向かない。夜間の不気味なほどに人気のない橋の上を、暗闇に人影が奇妙に揺らめいていた。
「………お前が、なぜ生きてここにいる?」
ローウェンが、背後に声をかけた。
ローウェンのその質問に敵は返答せず、時間を跳ばしてディアボロのキング・クリムゾンが背後からローウェンに襲いかかった。
キング・クリムゾンの筋肉が膨張し、悪鬼の形相の帝王の拳が風を切って音を立てた。
「………ッッッ!?」
「もう一度問おう。死んだはずのお前が、なぜここにいる?」
周囲は水滴が結露し、霧を象ってゆく。
気温は低下し、それは加速度的に濃度を増して風を巻き起こして回転し、抜け出せない分厚い雲となって三人を包んでいった。
ディアボロもドッピオも知らない。それはヨーロッパで最強の名をほしいままにするローウェンが展開する、二つの世界のうちの片割れだった。
「ボスゥ、コイツ、本気出さねえと多分ヤベエっすよ。」
「………ああ。」
有り得ない。奇襲は完璧だったはずだ。
ディアボロもドッピオも間違いなく暗殺を完遂させたと判断したはずが、ディアボロが攻撃を加えようとした瞬間に敵は信じられないほどの速度で反応した。振り返ったハイアー・クラウドはキング・クリムゾンの拳に手のひらを当て、膂力任せの一撃を同じく強靭な膂力で受け止めた。
ディアボロとドッピオの警戒心が、一足に最上まで跳ね上がった。
周囲で幾度となく稲光が白く迸る。僅かな光に照らされたそこで確認できたのは対峙する三人。
スタンドを具現しキング・クリムゾンの拳を握るフランシス・ローウェン。
背後から強襲してローウェンの暗殺を試みたディアボロ。
ディアボロの背後に付き従う忠実な配下、ヴィネガー・ドッピオ。
ドッピオの忠告と同時に、ディアボロは掴まれた拳を力で引き剥がして距離を置いた。
二人は用心深く距離を置いて、敵を観察している。
「………お前は確かに死んだはずだ。なぜここにいるのか吐いてもらおうか。」
周囲は、ハイアー・クラウドの支配する分厚い雲海に包まれていく。
向かい合う三人の間で戦意は火花となって、いきなり燃え上がった。
フランシス・ローウェンのスタンド、ハイアー・クラウドがバネのような強靭な筋肉とともに橋梁を駆った。
◼️◼️◼️
「………ここか。」
大型のボックスカーからコンクリートの地面に降り立ち、サーレーは呟いた。
カビを使う敵の推定所在地は、夜も営業している業種を持つ繁華街の近隣。ビルの高層で遊んで帰る客が、低層に移動するとカビが繁殖して死体が緑のカビの苗床となる。それが連鎖することで、死者の数を飛躍的に増殖させていた。
ここから細かく敵の現在地を絞っていかないとならない。
「気を付けて。低所に移動すれば、カビは爆発的に繁殖する。」
「………これは。」
ボックスカーの後部座席からシーラ・Eがサーレーに警告し、サーレーは自身の脚部に張り付いた赤いカビに目をやった。
「パッショーネに入っているカビ使いの情報は、二つ。低所に移動することで爆発的に繁殖する即効性の高い緑のカビと、時間経過で生息域を広げていく時限式の赤いカビ。緑のカビは殺傷能力で、赤のカビは生物を乗っ取る能力。」
「………なるほど。」
サーレーは与り知らぬことであるが、パッショーネが有事の際の訓練を密に行なっていたことが功を奏し、ミラノにおける緑のカビの被害者はチョコラータやイアンの想定よりも圧倒的に少なく推移していた。それを受けたイアンが、チョコラータにカビを緑から赤に切り替える指示を出していたためにサーレーたちがミラノに到着した時は殺傷性の高い緑のカビではなく、時間経過増殖の赤いカビが猛威を奮おうとしていた。
「敵の本拠はどれくらいまで絞れている?」
「情報部によれば、高い確度で一つの建物。事件発生から今まで、敵が移動した形跡は見られない。」
「さすがパッショーネの情報部だな。」
「油断しないで。リアルタイムで移動されたら、パッショーネでも追跡に時間がかかる。スタンドを解除して逃げられたら、追跡が困難になる。」
ミラノ近隣は突然の凶事に混迷しており、パッショーネの情報網も十全には生かせない。
パッショーネにもそれなりの数の死者が出ているのである。
訓練されたパッショーネの人材でそれであり、訓練されていない一般人は混乱の極地にある。パッショーネの情報網をアテにして行動するには、不確定要素が多すぎる。シーラ・Eがサーレーに、そう忠告を行なった。
「俺たちがなんとか成果を上げないといけねえってことか。」
「ええ。」
ボックスカーの周囲に、シーラ・E、マリオ・ズッケェロ、アルバロ・モッタ、ホル・ホースが次々に降り立った。
彼らの脚部には、一様に赤いカビが張り付いている。
「指示を出す。先行偵察要員、アルバロ・モッタ。突入担当リーダーを俺にして、俺の補助にホル・ホース。シーラ・Eとズッケェロは、外でなんらかの動きがあった時に、それに対応した動きをしてくれ。」
指示を出すサーレーの傍に、鋼鉄に覆われたような体躯の薄緑に染まったクラフト・ワークが具現した。
大まかな行動指針をサーレーが指示し、細かい部分や見落としをシーラ・Eとズッケェロが詰めていく。
さほど時間が経たずに、作戦は立案された。
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フランシス・ローウェンは、スタンドパワーを大量に消費する二つの至高技を持ち合わせている。
無差別に周囲を巻き込み、広域に凍りつく無慈悲な雨を降らせる
狭域を覆うようにドーム状の分厚い積乱雲を展開し、莫大なエネルギーを内包した雲の中心で決闘を強制する
その二つが、ローウェンを白兵戦において不動の最強たらしめているハイアー・クラウドの真髄とも言うべき必殺だった。
天球儀の外には世界があり、天球儀の内にも世界がある。分厚い雲は、世界の隔壁。
閉じた世界に雷神が降り立ち罪人に天意を告げ、荒れ狂う積乱雲は裁きの暴威を成す。
天球儀の内側は、ローウェンが支配する一つの宇宙。
そこは氷雨と雷光を司るハイアー・クラウドの闘技場。雷神は雲海の支配者。
その世界において、ローウェンのハイアー・クラウドは絶対に近しい戦闘力を誇る。
「………。」
「マジかよ、コイツッッッ!!!」
「チッッッッ!!!」
赤毛の青年の瞳には漆黒の殺意が宿り、その瞳に弾ける雲内放電が細やかに反射して怪しく輝いた。
爆ぜて光る暗い雲の層の中心で、三人のスタンド使いは回転するように忙しく動き回りながら、戦闘を繰り広げている。
「速いッッッ!」
ヴィネガー・ドッピオが、声を上げた。
雲内は薄暗く、時折発光する僅かな光でしか敵の姿を明確に把握できない。そのような状況でもドッピオとディアボロは密に連携をとり、気流を読むローウェンは見えているのと同じ精度で攻撃を繰り出してくる。闘技場を覆う雲には強力な電流が流されており、時折それに触れてしまうドッピオはその都度に悲鳴を上げた。
「うッッッッ!!!」
ローウェンのスタンドが地面を滑るようにディアボロに迫り、ディアボロはキング・クリムゾン・タボロで時間を跳ばしてローウェンの攻撃を体を斜めに引いて死角に回った。同時にキング・クリムゾン・インディエトロを操るヴィネガー・ドッピオにもディアボロのキング・クリムゾン・タボロの消し跳ばした時間を行動する能力は効果を及ぼし、ローウェンの右前に陣取ったドッピオが二体がかりで挟撃にかかった。
二体がかりのキング・クリムゾンに対し、ローウェンは体を90度回転させた。右足を前に、左足を後ろに。二体のキング・クリムゾンによる前後の挟撃を、体の角度をずらす事により左右からの攻撃に変換して対応する。ディアボロのキング・クリムゾン・タボロの攻撃を右手と右足で捌き、ドッピオのキング・クリムゾン・インディエトロの攻撃を左手と左足で捌く。二体のキング・クリムゾンによる初撃を踊るように受け流し、素早く前に飛んで弾けるように回転して二体のキング・クリムゾンと相対して構えた。
雲内放電が雲の内部を蛇のように走り、ローウェンは電撃を喰らい硬直したディアボロに飛びかかった。瞬間にドッピオがキング・クリムゾン・インディエトロの時間を巻き戻す能力を発動させて、硬直から復活したディアボロはローウェンの攻撃に合わせてカウンターを試みた。
予想外のタイミングで体勢を立て直したディアボロにローウェンは即座に反応し、つま先にかけた荷重の方向を変換しサーカスのようにスタンドの体躯を捻って重力を加えた縦の回転蹴りを放った。ディアボロはキング・クリムゾンの腕を上方に交差させてそれを防ぎ、ローウェンの背後からドッピオのキング・クリムゾンがローウェンに迫ってきた。
ローウェンのハイアー・クラウドは地に着いている方の足に力を加えて飛びのき、同時に背後から迫り来るドッピオのキング・クリムゾンに肘鉄を喰らわせにかかった。ディアボロのキング・クリムゾンがドッピオとローウェンが交差する瞬間に時間を跳ばし、消し跳んだ時間の中でディアボロとドッピオがローウェンを左右から挟みこんだ。
頻繁に脈絡無く変化する戦況にも関わらずローウェンは雷速で反応し、挟み込む二体の暴虐のスタンドを回転しながら顎部に拳を喰らわせて弾き飛ばした。追撃で雲内を電撃が走り、ドッピオは受けた電撃を時間を巻き戻して無効化した。
「厄介な………。」
それは誰が誰に対して呟いた言葉だったのか?
気流が荒れ狂う積乱雲の内で、光を捻じ曲げる二体の悪魔と、光を支配する雷神の戦いは、なおも苛烈さを増していく。
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名称
フランシス・ローウェン
スタンド
ハイアー・クラウド
概要
ヨーロッパで不動の最強と呼ばれる、二つの世界を展開する雲を生成し操るスタンド使い。フランスの裏社会組織、ラ・レヴォリュシオンに所属し、暗殺チームのリーダーを勤めている。
名称
ディアボロ
スタンド
キング・クリムゾン・タボロ
概要
苦難の果てにエピタフを失いながらもジョルノのレクイエムから帰還したディアボロのキング・クリムゾン。時間を未来に向けて消しとばす。能力は、自身とドッピオに有利な効果を及ぼす。元パッショーネのボス。
名称
ヴィネガー・ドッピオ
スタンド
キング・クリムゾン・インディエトロ
概要
ディアボロの唯一無二の相棒。元はディアボロの体の二人目の人格だったが、イアンのスタンドにより分離摘出された。エピタフが変質したスタンドを操り、その能力は過去に向かって時間を消し跳ばす。能力は、自身とディアボロに有利な効果を及ぼす。