噛ませ犬のクラフトワーク   作:刺身798円

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加速する激闘

持たざる者は、時に叛逆の刃となり、時に忠実な殺意の剣を成す。

 

人は時に、嫌でも戦わねばならない。戦うべき時に逃げれば、蹂躙されるだけだ。

たとえ相手がどれだけ悪辣で、狂気と殺意に満ち溢れていようとも。

 

戦闘において、常に勝利の為に十分な量の情報と戦力が用意されているとは限らない。だから彼らが先陣を切る。

狂気に対抗するためには狂気が、殺意に対抗するためには殺意が、必要だ。

 

家族を持つ者は家族を、誇りを持つ者は誇りを、金を持つ者は金を守るべきものと定め、苦境にあっても耐え忍ぶ精神を持つ。

彼らは守るべきものを守るために必死に戦うことができるが、浮世の幸福を甘受するためには命を捨ててまでは戦えない。

 

与えられた物が多いほど、高価なほど、人はその全てを失うこととなる死を恐れることとなる。

飢えが無く満たされた者は、凄惨な殺し合いには適性が低い。経験無き者は、生死を分かつギリギリの局面において、どうしても一手後手を踏んでしまう。その一手は、あまりにも致命的だ。

しかし持たざる者は、その最後の持ち物である命を対価に妥協せずに最後まで戦い抜くことができる。社会という大切な一つのそのために、人間性どころか命すら捨てて。彼らは権力を得た者が必然的に陥る、腐敗とも無縁である。

 

ジョルノは、ディアボロから王位を奪った簒奪者だ。

ジョルノはディアボロの治世が不愉快だったから、自身を部下と偽り、帝位を簒奪し、帝王を始末した。

同様に貴族、王族、支配者、為政者、その全ては始まりが簒奪者である。嘘を吐き、殺し、奪い、その果てに今の安寧がある。

 

それを誤魔化し、取り繕い、如何にもな綺麗事をもって民衆を扇動する。

それが悲劇を最小化するシステムである社会。それは大勢の人間の苦慮の末に、形を成したもの。

するとそこには当然、システムからはみ出る人間が存在する。

 

ゆえにその裏側には為政者の手先、必ず汚れ仕事を担当する専任者が存在する。

社会に敵対する最悪の犯罪者、思想犯。それに対抗するための人員。

 

それが間違えて表に出て大々的な戦功を挙げてしまえば、英雄という呼称で呼ばれることとなる。

殺して、逃げて、殺して、逃げて、殺して、殺して、逃げて、殺して、それでもなお戦えるのが英雄という存在だ。

 

ジョルノは偽りの王だ。

それは、ディアボロとの代替わりの時期のジョルノの心の内。

 

クラフト・ワーク。

銃弾を何発も頭部に打ち込まれ、心臓を吹っ飛ばされても生き残るしぶといスタンド使いが、正当性を掲げてパッショーネの構成員を扇動し、ジョルノ・ジョバァーナに叛逆することがジョルノにとっては本気で恐ろしかった。

 

偽りの王ジョルノ・ジョバァーナを打倒し、正当な王ディアボロの仇を討った英雄サーレー。

それはヨーロッパを戦火の渦に巻き込み、ジョルノたちの戦いを無意味なものにする最悪の可能性。

しかし実際は、本人は金に目が眩んだだけのどこにでもいるただの小者だった。

 

それはパッショーネやジョルノ・ジョバァーナにとってだけでなく、イタリアやヨーロッパにとっても最悪の事態となりうる可能性だった。ほんの僅かな可能性ではあったが、無視するべきでは無い。サーレーを消してしまえばその不安は無くなるが、自分にとって都合の悪いだけの人間を片っ端から殺すのであれば、それはディアボロの治世とさほど変わらない。現にディアボロは、その存在が自分にとって都合の悪いというだけの理由で娘のトリッシュを抹殺しようと試みた。

 

仲間を死なせてまで手にしたものを、放棄することは赦されない。

より良い未来を模索することを怠るのは、死んだ者たちに申し訳が立たない。

 

火種は早期に潰すべきだ。

英雄を輝かせる悲劇は、開幕する前に潰してしまうのが一番いい。きっと本人にとってさえも。

 

クラフト・ワークは能力の特性上耐久性が非常に高く、揺蕩う不安定な人間の精神を強靭に固定できる。

ジョルノ・ジョバァーナは、暗がりで目を細めた。

 

暗殺チーム、ジョルノへとボスが代替わりしたパッショーネでは、以前とはその役割も微妙に変化を遂げている。

以前の暗殺チームが、その全て間違っていたとは思わない。物事は、良し悪しだ。いい面もあれば、悪い面もある。

ジョルノは、思考した。

 

ディアボロがボスであった頃のパッショーネの暗殺チームでも、やはり持たざる者である社会に居場所がない者たちが暗殺チームの人員を担当していた。それ自体は悪いこととは思えない。

問題は、持たざる者に与えなかったことだろう。だからディアボロは裏切られた。彼らが自身の生に空虚さや疑問を感じた時、彼らはそれを埋めれるだけの何かを持ち合わせていなかったのだ。

 

夢も無い、未来も無い、希望も無い。

身を粉にしてパッショーネのために戦っても、誰も尊敬してくれない。

 

そんな状況で人を使い潰そうとしても、当然忠誠心は育たない。

武功を挙げても、それに合う見返りを与えない。命をかけて戦っても、なしのつぶて。無い無い尽くし。

そんな状況に人が置かれれば、当然殺意の剣は叛逆の刃となって己に返ってくる。

 

殺意に対抗しうる持たざる者は、必要だ。しかしその制御を誤れば、それは自分たちに災禍を振りまくこととなる。

持たざる者、危険な力を正しく制御するためには、彼らに自らが制御されていることを納得するだけの理由を与えてやればいい。

 

分け与えればいい。それがジョルノたちの仕事だ。

与えるものは、社会を守護しているという誇り、或いはイタリアという国家への愛情、仕事への正当な対価、そういったもの。

自分たちが戦っている理由が、価値のあるもののためであるという自覚。イタリアという国家が、素晴らしいものであるという矜持。

そしてジョルノたちパッショーネの幹部連の仕事が、まさに社会の一員としてイタリアが素晴らしい国家であると彼らが誇りを抱けるように維持向上に努めることだ。

 

与え過ぎてはいけない。与えなさ過ぎてもいけない。

殺意の獣は飢えるほどにその嗅覚は鋭敏になり、その爪と牙は強靭になる。与え過ぎて餌の心配がなくってしまえば、獣はより愚鈍に、より脆弱になる。例えば野生の猪が、人に家畜として飼われることにより豚になるように。

与え過ぎれば彼らは満足し牙を失うであろうし、与えなさ過ぎてはジョルノは王に相応しくないと彼らの叛逆を誘発することになる。

 

それらを正当に贖えば、危険な力は納得し、仮に彼らが殉職したとしても次に続く者たちもその職務に納得しやすくなる。

しかし出来れば、次のことなど考えたくない。まだ彼らは生きている。

ボス代替わりの大変な時期は過ぎ去り、時々頓珍漢な事件を起こす馬鹿な部下たちが可愛いと思えるくらいには心に余裕が出来ている。

 

「………帰って来てほしい。」

 

ジョルノは、ぽそりと呟いた。サーレーをリーダーに据えた今代の暗殺チーム。

馬鹿で短絡的な男だが、愛嬌があり性根が救いようもなく腐っているわけでもない。

彼らは今現在、ミラノで凶悪な大量殺人犯と死闘を繰り広げているのだろう。

 

同じ人間にも関わらず、他者を害する敵に屈するわけにはいかない。

もしも一度敗北の痛みに屈すれば、坂道を転がるように被害が拡大し、どこまでも致命的な事態を引き起こす。

痛くとも苦しくとも、生きている限り戦うべき時は戦わねばならない。

 

彼らは牙を持たない民衆の代わりに、先鋒を勤める兵士だ。

帰ってきたら、パッショーネから彼らに纏まった報奨金を与えよう。

まあ彼は、またそれを雑に消費するのだろう。それもまたいい。

 

彼らが生きて帰って来れば、パッショーネにとって得だ。育成に大金を費やしたのだから簡単に死なれては困る。

そういった理屈はいくらでも付けられる。しかしそれはどうでもいいことだ。

彼らは普段はさほど役に立たないが、イタリアの危機に瀕し命懸けで戦ってくれている。

 

愛は金で買えない。

ジョルノの本心は、ただただ可愛い馬鹿な部下が生きて帰って欲しい、それだけだった。

 

イタリアに平穏を。

ネアポリスの夜に、ジョルノはイタリアと馬鹿な部下たちの幸運を祈った。

 

◼️◼️◼️

 

疫病の如く死を振り撒くスタンド使いと、街灯に照らされたミラノの煩雑なビル群。

その明るさにはそぐわない不自然な静けさをたたえた繁華街の中心で、パッショーネの暗殺チームメンバーは物影から一つのオフィスビルを見上げていた。

 

「ここか?」

「ええ。」

 

シーラ・Eは頷いた。

サーレーは、チラリと己の右足に目をやった。そこには、いつの間にか赤いカビが繁殖していた。

しかし彼はそれを視認すると、直後にそれを意識の外に追いやった。

 

「作戦行動の最終確認を行う。まずは、アルバロ・モッタ。」

「ああ。」

 

サーレーの右後ろにいる若いソバカスの男が、返事をした。

 

「お前のスタンドが建物内部に侵入して、偵察を行う。偵察順序は下層から始めて、上層に向かう。これは敵の低所に向かうことで繁殖するカビの特性を避けるためである。」

 

低所に向かうことで繁殖するのはチョコラータの緑色のカビで、現在発現している赤いカビは時間経過増殖なのだが、彼らは念のために作戦行動にそれを決まり事として組み込んでいた。

 

「細かくスタンド同士を入れ替えて密に報告を行い、敵を確認したらその場で待機。」

 

暗殺チームのサポート役であるモッタのスタンドは群体であり、一つ潰されてもそれがそのまま本体の致命傷には直結しない。罠に強いのである。

敵がどのような布陣を引いているのか不明である現在、彼のように使い潰せる群体のスタンド使いは先行偵察として非常に有用な存在だった。

 

「ああ。」

「そして敵を確認できたら、俺とホル・ホースが突入して強行する。当然罠の可能性が高い、危険な役割だ。」

「危険なのは勘弁してほしいねえ。」

 

ホル・ホースがタバコを咥えながらそうごちた。

 

「危険な敵だ、対象の生死は問わない。情けをかけたら自分が死ぬことになる。シーラ・Eとズッケェロは建物の外部で待機して見張りを行う。内部から何者かが逃走した場合、ズッケェロが追跡、シーラ・Eが報告を担当する。この役割分担は、状況次第で適宜柔軟に変更することを可とする。」

「了解。」

「ええ。」

 

ズッケェロは軽く返答するも、その表情は真剣なものだった。シーラ・Eも緊張から、こめかみに薄く汗をかいている。

 

「現時刻は、2246。2300より作戦を開始する。2400まで俺たちから連絡が一切なかったら、俺たちが死んだ可能性を後続のミスタ副長に上申しろ。気をぬくな。すでに俺たちは敵に捕捉され、作戦が筒抜けになっている可能性さえ存在する。」

 

敵の情報が足りていない。敵がどの程度の戦力を保有しているのか定かではない。

不確定な情報として、フランスの暗殺チームからは処理したはずの死人が化けて出たという奇妙な情報も寄せられている。スイスの暗殺チームも、行方が杳としてしれない。情報は足りていないのに、敵の危険性だけが鮮明に浮き彫りになっている。

 

確定しているのはチョコラータと名乗る、カビを使うスタンド使いが敵方に所属していること。あとはスペインの暗殺チームが煮え湯を飲まされ、そのリーダーが敗死したことだけだった。

それにしたってチョコラータという名は死人のものであるという情報を、彼らはボスのジョルノから伝えられている。

不気味極まりなく、どれだけ用心してもし過ぎることはない。

 

「命令優先順位は、俺を筆頭にズッケェロ、シーラ・Eの順番とする。不慮の事態としてこの三人が死亡するか連絡が取れなくなった場合は、個人の裁量での逃走を許可する。情報を組織に持ち帰るのも大切な任務の一つだ。………以上をもって、本作戦を開始する。」

 

サーレーの瞳に宿った漆黒の殺意が強く揺らめき、シーラ・Eは息を飲んだ。

 

◼️◼️◼️

 

天球儀は、一つの宇宙を象る。

宇宙は生まれてから膨張を続け、やがて臨界点を迎えてのちに収縮してその寿命を終える。

 

ローウェンの展開した世界、天球儀もそれと似通った経過をたどる。

積乱雲の一生は、成長期、成熟期、減衰期に分けられる。

 

上昇気流と共に規模を拡大させる成長期、摩擦による下降気流と共に雲内外で強烈な放電を伴う成熟期、上昇気流が弱まり、消滅へと向かう減衰期。

減衰期に到達すると、ガストフロントを伴い積乱雲は消滅していく。それがローウェンの展開する世界の終焉。

ローウェンの天球儀は、力の具現である積乱雲をハイアー・クラウドの雲を支配生成するスタンド能力によって強引に地表付近に滞留させる。

 

「ふざけるなッッッ!!!」

「………。」

 

世界は、時間の経過と共にローウェンに有利なフィールドになっていく。

今現在の雲内は、未だ成長期。激しい上昇気流を伴い、雲内の雷霆の密度は加速度的に上昇していく。

気流に巻かれて頻繁にフラッシュを伴うその世界で、水色の雷神はその本性を剥き出しにしていた。

凶暴な乱気流と雷霆を伴う小さな世界の中で、ローウェンのハイアー・クラウドは絶対の支配者として凶暴な戦闘能力を発揮する。

 

厄介極まりない。それがディアボロの心情である。

ディアボロのキング・クリムゾン・タボロの能力で時間を未来に向けて消し跳ばしても、能力が効力を発する時間を過ぎた瞬間に激しい乱気流に巻かれて体の方向感覚を見失い、神経を焼き千切る無数の雷霆の牙が八方から襲いかかって来る。罅割れたアスファルトの石礫が飛散し、姿を現したディアボロの顔面を強打した。しかも最も警戒するべきなのは乱気流でも雷霆でもなくローウェンのスタンドそのものであり、ヴィネガー・ドッピオもディアボロとほぼ同じ状況であることは想像に容易い。

 

しかし、この世に無敵のスタンドは存在しない。ディアボロは、戦いを続ける先に僅かに見える光明を見据えていた。

一見敵が無敵で最悪に見えるこの状況、しかし積乱雲とは、減衰期を終えれば自然消滅していく。

 

これだけ膨大なエネルギーを内包する能力を発動した敵が、いつまでも疲弊しないことなど有り得ない。

そこにディアボロは一縷の望みを抱いていた。しかしそのためにはこの先、敵スタンドが最高のパフォーマンスを発揮するであろう積乱雲の成熟期を凌がなければならない。

 

かき乱されて意識が攪拌される乱気流の中を、ディアボロとドッピオは空間を飛び交い、ローウェンは力任せに攻め立てる。

ディアボロの顔面を橋梁から巻き上げられた砂塵が覆い、眼球を守るために手を顔面に交差させて視界の確保が出来ない。その僅かな時間にローウェンはディアボロの背後へと回った。ハイアー・クラウドの右腕が鋭利な槍と化しディアボロの心臓部を貫き、次の瞬間ヴィネガー・ドッピオのキング・クリムゾン・インディエトロが過去に向かって時間を消し跳ばす能力を発動してダメージが消滅したディアボロは反転して攻勢に出た。ディアボロとローウェンの間で拳が複数交差し、乱気流に体を引きずられながらもローウェンの背後に詰め寄ったドッピオが攻撃を仕掛けた。その狭間の時間に積乱雲は周囲に雷霆を撒き散らし、ディアボロがキング・クリムゾン・タボロの時間を消し跳ばす能力を発動してそれは回避された。

 

「ボスッッッッ!!!」

 

ドッピオがディアボロに向けて手を伸ばした。

 

「ドッピオ!!!集中しろッッッ!!!」

 

ディアボロは周囲を見渡して、消し跳ばした時間の中で僅かな間思考した。

このフィールドは敵の土俵であり、ここにいる限りディアボロとドッピオは絶対に戦闘を優位に運べない。

周囲は分厚い雲に覆われており、そこは高圧電流の潮流が渦巻いている。雲の厚みが定かではなく、闇雲に能力を発動してこのフィールドから逃走が可能なものか。この場さえ凌げば、スタンドエネルギーを消費している敵に対してアドバンテージを取れる可能性が高くなる。

ディアボロは、キング・クリムゾン・タボロの能力を使用して強引にこの場を抜けられる可能性を思案した。

 

しかし、苦しい。

息をするのも難しいほどの強風に、僅かに対応が遅れれば四方八方から襲い来る雷霆。

敵スタンドは二体のキング・クリムゾンと互角以上に戦っており、対応を誤れば瞬く間に敗北に引きずり込まれる。

 

一方で、ローウェンもローウェンで苦しい。

先日の死んだはずのリュカ・マルカ・ウォルコットによるフランス襲撃。異常事態であることは明白であり、即座にヨーロッパの裏社会でその情報は共有された。死人が化けて出て来るのなら強力なスタンド使いであるディアボロはその本命の一人であり、パッショーネから入手した情報によりローウェンはディアボロの能力を把握していた。

 

敵方の最も打破すべきスタンドは、誰も把握するものがいないラウンド・ラウンド・アンド・ラウンド・アラウンド。

強力な隠密能力を操るスタンド使いの存在のせいで、現時点で入手している敵の情報は少なく、敵の首魁がイタリアにいる可能性が高い現状でなおヨーロッパの裏社会の組織はイタリアに戦力を集中させることができない。前回のスペイン襲撃においても、同時にリュカがフランスを襲撃してきた。彼らが繋がっている可能性は高い。

 

敵戦力の全体像が、敵の目的の全貌が、まるで見えてこないのだ。

そのような状況で周辺諸国の組織がパッショーネに対してできる最大の援護は、自国の守りを固めて敵が戦力を分散させてきた場合に確実に仕留めることだ。そういった結論が出されている。戦力を移動させて自国が大きな被害を被れば、それは本末転倒である。

 

ローウェンに出来るイタリアへの援護は、強力な敵を逃さないこと、合流させないこと。

普段は、ローウェンは天球儀をほとんど使用しない。天球儀は激しく強力な能力だが、決してコストパフォーマンスがいいとは言えないのだ。スタンドエネルギーの消費が激しく、一度使用すれば使用後の戦闘力が著しく低下するからである。

さらに言うと、弱点も存在する。ヴァニラ・アイスのクリームのような空間に強力に作用するスタンドや、風を起こして雲を吹き飛ばせるウェザー・リポートなどは天敵である。敵の保持するスタンド能力次第で、顕著に効力が増減する。

 

それでもローウェンが天球儀を使用したのは、パッショーネを通じてディアボロとドッピオの正確なスタンド能力が判明していたこと、ディアボロとドッピオの危険性、現状で判明している敵方の情報の少なさ、そういった諸々の要素を総合的に鑑みてのことである。わからないことがあまりにも多く、不確定要素が多いのなら、せめてここで確定している強力な敵であるこいつらは確実に葬る。

 

最悪なのは、出し惜しんだせいで何の役にも立たず、何も貢献できずに退場すること。敵の情報が少ない現状、出し惜しみは下策だとそう判断したのである。それにさらに付け加えるならば、ディアボロとドッピオのコンビは出し惜しみをして楽に葬れる敵ではない。時間が経過するほどに、天球儀を展開するローウェンの体からはゴリゴリとスタンドエネルギーが失われていく。

 

「逃さないッッッ!!!お前らは必ず仕留める!!!必ずだッッッ!!!」

 

ディアボロが能力を解除し、ローウェンが吼え猛った。

ローウェンのこめかみに血管が太く浮かび上がり、殺意を乗せた咆哮にディアボロとドッピオは気圧された。

 

雷霆を纏い光に切迫する速度でハイアー・クラウドがドッピオに詰め寄り、ドッピオをフォローするためにディアボロがそばに寄り添った。積乱雲内部はいつのまにか豪雨が降り出し、雨粒と暴風にボヤける視界の中で二体の悪魔は必死に抵抗を試みる。

 

分厚い鉈のようなハイアー・クラウドの右腕がドッピオの首筋を水平薙に襲い、攻撃がドッピオに直撃する瞬間ディアボロのキング・クリムゾン・タボロが時間を消し跳ばして攻撃を受ける事実を消し跳ばした。消し跳ばした時間は、コンマ以下のほんの僅かな時間、ローウェンの強力な能力に時間制限があるように、当然ディアボロの能力にも時間制限がある。

 

雷神の闘技場に巻き込まれたディアボロは、攻め立て続ける敵に精神的な疲労感を覚えており、敵の能力である天球儀の正確な効果発揮時間がわからない現状にディアボロは自身の能力を浪費することを惜しんだ。ローウェンはすでに何度もディアボロのキング・クリムゾン・タボロの能力を受けてその概要を把握しており、時間が跳んだ直後にそれを理解して、慣性を強引に捩じ伏せて力任せに右腕を切り返した。ドッピオの肩から斜めにハイアー・クラウドが辻斬りにし、ドッピオの肩からは大量の血が溢れ流れた。

 

「グウッッッ!!!」

「ドッピオッッッ!!!」

 

深く露出したドッピオの肩から心臓にかけた肉は、ドッピオのキング・クリムゾン・インディエトロの能力を受けて復元していく。

続けざまに追撃を行うローウェンに対して、ディアボロが横槍を入れた。細かく刻んで時間を跳ばしながらディアボロはローウェンに迫ってくる。時間が跳ばされるたびにローウェンは違和感と現状把握を必要とし、一方のディアボロも体に乱気流の煽りを受けて、力任せの行動が出来ない。互いに少しずつずれた感覚で拳を躱し、そのままディアボロはドッピオを引きずってキング・クリムゾン・タボロの能力を使用して、ローウェンから距離を置いた。

 

「ドッピオ!!!バカがッッッ!!!」

 

ドッピオ・ヴィネガーが、傾斜のある斜張橋の濡れたアスファルトに足を取られて転んだ。ディアボロは毒づきながら必死にドッピオのフォローに回り、隙を逃すほど緩くないローウェンはドッピオの蹂躙に回った。雷霆は縦横無尽に空間を喰い削り、ディアボロは能力を行使して攻撃を躱し続けた。

 

雷光と、それを捻じ曲げるブラックホール。

雷神と二体の悪魔はそれぞれ眼前の敵を葬らんと幾度となく交錯し、雷神の断罪の鉈が振るわれるたびに悪魔は時間を捻じ曲げてそれを必死に回避する。

 

そして積乱雲は、成熟期を迎える。

 

◼️◼️◼️

 

青白い色彩の研究室で、パンナコッタ・フーゴは手術台に乗せられて気を失っている。

イアンはパイプ椅子に腰掛けて、廊下に設置された監視カメラのモニターをのんびりと眺めていた。

 

「御一行の、ご到着だ。」

 

イアンのスタンドの執刀医が偵察の小人をつかみ取り、メスで壁に縫い縛って笑った。

 

「もう少し緊張感を持てよ。奴ら俺たちを殺しに来てるんだぜ?」

「緊張しているさ。もしかしたら彼らは、私の死を看取ってくれる相手なのかもしれない。運命の出会いを前に、緊張に胸が高鳴っているんだ。」

 

オリバーは馬鹿馬鹿しいとばかりにイアンに向かって肩をすくめ、奥の部屋へと退避した。

チョコラータは室内を確認した。手前側の外から入室するドア。奥側の先の区画に進むためのドア。かたわらにはガラス張りの隔離室が存在し、そのわきのガラス棚には薬物瓶、劇物瓶、そしてシャーレやフラスコなどの実験器具が設置されている。何に使うのか常人には理解できない巨大冷蔵庫と電子レンジ、遠心分離機も設置してある。そして部屋の中央には手術台と、寝かされたパンナコッタ・フーゴが存在した。

 

一方で建物に突入したサーレーとホル・ホースは、すでにイアンたちが滞在している部屋の近くまで来ていた。

偵察を担当したアルバロ・モッタのスタンドが敵の所在地と罠の有無を探り、群体の一体が敵の攻撃を受けて本体のモッタが血を流した。その情報で敵の所在地を確定し、暗殺を遂行するためにサーレーを先頭に二人は建物内部へと突入していた。

 

「ヤベエぜ。嫌な気配がプンプンしやがる。」

「ああ。」

 

ホル・ホースが後ろからサーレーに警告を告げた。

ホル・ホースは今まで危機を感知する能力の高さと、生存本能の強さでここまで生きて戦い続けてきた。

場所は七回建のオフィスビルの最上階。そこに邪悪な造物主は巣を張って待ち構え、彼らは直後に激突する。

 

サーレーが扉を蹴り飛ばして、室内に乱暴に突入した。

 

◼️◼️◼️

 

ディアボロとドッピオは苦しい。しかしローウェンも決して楽ではない。

 

ディアボロとドッピオは、温和な仮面を脱ぎ捨てて殺意に塗れた雷神と相対することの重圧へ。

ローウェンは天球儀という隠し技を使用してしまったことにより、何がなんでも勝利を収めねばならない重圧へ。

 

積乱雲を繰り出すローウェンのハイアー・クラウドは恐ろしく強く、ディアボロとドッピオが互いにフォローし合うキング・クリムゾンは非常にしぶとい。

ディアボロとドッピオは対処を誤ると一方的に蹂躙されることへのプレッシャー、ローウェンは天球儀を展開している間に仕留めきれなければスタンドエネルギーが枯渇して敗北してしまうことへのプレッシャーを感じながら荒れ狂う雲海の中心で死闘を繰り広げている。

 

状況は、緩やかに変化する。

積乱雲は成長期を終えて、成熟期へと突入した。成長期は積乱雲の生成およびに成長、制御にスタンドエネルギーを消費する。それが成熟期を迎えると、使用するスタンドエネルギーが積乱雲の制御のみへと変化する。天球儀展開のために消費するスタンドエネルギーは減少し、戦闘に回すスタンドエネルギーが増加する。それによりローウェンは、十全の暴力を振るうことが可能となる。

成熟期の天球儀こそが、ローウェンの真の土俵である。

 

ローウェンの周囲を無数の雷霆が走り、黒い殺意と白い雷光は世界に混ざり合って乱雑にモノクロのアートを描いた。

短時間のうちに周囲は有り得ないほどに気温が低下し、橋梁の角度のある路面はアイスバーンを引き起こす。

 

そこから先は、どう行動したのかディアボロには記憶がない。

人が真に追い詰められ必死になって抵抗するとき、物事を記憶するほどの余裕が無いということをディアボロはこの時に初めて知った。

生存のための本能が、最後の拠り所だった。何をどうやって対応したのか記憶にないまま行動し、ディアボロは気付いたら周囲を覆う積乱雲の海を無理矢理抜けて逃げるという結論を下していた。可能であるかどうか不確定な逃走であっても、現状よりは遥かにマシだという結論である。

 

横に侍るドッピオの表情にも当然余裕が無く、体中が傷だらけになっている。

能力で修復しないのか?キング・クリムゾンの特殊な能力が生命線である現在、よほどの傷でなければ修復は行わない。一度能力を使用すればインターバルが必要であり、詰将棋の如くギリギリの判断でここまで保っている。

 

「ドッピオ!!!積乱雲を抜けるぞ!!!」

 

了承の意を組むだけの余裕が無い。

ディアボロはドッピオに一方的にそれを告げると、今までで最長のキング・クリムゾン・タボロの能力を行使した。

消し跳ばされる時間の中で、ディアボロは外周を覆う積乱雲の海を抜けるべく遮二無二突っ切った。

 

「天球儀の外には世界があり、天球儀の内には世界がある。矮小な人間ごときが、世界の枠の外に飛び出すこと能わない。」

 

必死に手足を動かし積乱雲の壁を走り抜けたはずのディアボロは、ローウェンの漆黒の殺意に心を飲まれた。

氷と雷の分厚い雲を抜けた先は、やはり氷と雷の分厚い雲の中心だった。

 

一つの大きな積乱雲の中には、無数の小さな積乱雲が存在している。

これは降水セルと呼ばれている。小さな積乱雲が多数集まって、大きな積乱雲を成すのである。

ディアボロとドッピオが戦っていたのは、雷神の闘技場のほんの一角に過ぎなかった。

 

広大な宇宙は、複数の銀河の集合体だ。

そして銀河の内部には、無数の星々が存在する。

 

二人は、無数に存在する雲海の一つを宇宙の全てだと勘違いをしていたのだ。

狭い世界をこの世の全てだと勘違いする愚者を戒めるのは、寓話では昔からありがちなテーマである。

 

「絶対に逃がさないと言ったはずだ。」

 

雷神が、二人の後を追ってきた。

積乱雲の中は暗所であり、ローウェンのハイアー・クラウドは気流を読む。

ローウェンが展開した天球儀の中において、ローウェンは敵の一挙一動を気流で感知することができる。

たとえ時間を跳ばして目前から消えようが、ローウェンには二人がどこにいるのか手に取るようにわかる。

 

「終わりだ。」

 

ディアボロとドッピオのキング・クリムゾンは強力だが、決して無敵ではない。

例えばドッピオのキング・クリムゾン・インディエトロの能力。致命傷であっても即死でさえ無ければ死を回避することが可能な強力無比な能力ではあるが、能力の行使にインターバルが必要である。そしてそれとは別に、致命傷を受ければその度に痛みを感じることになる。キング・クリムゾン・インディエトロの能力は強力であり痛みすら消すが、実は致命傷を受けたという事実までは消し跳ばせない。

 

ヴィネガー・ドッピオは勘違いをしている。自身の能力が過去の不都合な事実を消すものであると。

しかし実際は微妙ながら異なる。痛みを覚えるたびに精神は疲弊する。痛みの記憶は残る。

簡単に言えば、戦いに嫌気がさすのである。ドッピオよりも堪え性のないディアボロならば、なおさらの話である。

 

不都合な過程をキング・クリムゾンで省略し続けてきたディアボロは、逆境に弱い。

これまで苦しい今を消し跳ばして生き続けてきたから、今を超える力を持たない。

 

ローウェンのハイアー・クラウドは手心を加えることなく二人を蹂躙し、精神の痛みに屈したディアボロにはもう抵抗するだけの余力は残されていなかった。ディアボロが落ちれば総合力が下がり、簡単にドッピオも落ちる。戦いは終結し、アスファルト製のノルマンディー橋はボロボロに剥がされ、後には物言わぬ二つの氷像が遺されるのみ。

 

そして戦い終えたローウェンも同様に疲労の極みにあり、天球儀を解除して橋梁の中央で座り込んで休息をとっていた。

積乱雲は減衰期に入り、空中へと霧散していく。

 

「ヒャハハハ。こりゃあ珍しい。フラフラじゃねえか。あのディアボロとドッピオってやつら、なかなかやるじゃん。ヘイ、テメエがそんなに警戒せずに座り込んでることなんざ、初めて見るぜ。ヒャッホーウ!」

 

品の無い笑い声がした。

爆弾を生成するスキンヘッドで眼球にタトゥーを入れたスタンド使い、リュカ・マルカ・ウォルコット。

彼はディアボロとドッピオの監視権補佐役として二人の後をつけていた。

 

ローウェンは自分で理解している。

天球儀を使用した後の自身は、疲弊により戦闘力や判断力、注意力などが著しく低下する。

しかし、わかっていても打つ手がない。

 

ノルマンディー橋は揺れ、膨らみ、その上に座るローウェンを巻き込んで跡形も無く破裂した。

 

◼️◼️◼️

 

名称

リュカ・マルカ・ウォルコット

スタンド

ケミカル・ボム・マジック

概要

イアンにより再び煉獄から呼び戻されたリュカ。ディアボロとドッピオの後をつけ、その戦いを監視していた。漁夫の利を得ることが可能と判断し、橋の上で疲労して座り込むローウェンをノルマンディー橋ごと爆破することで襲撃した。

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