噛ませ犬のクラフトワーク   作:刺身798円

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アンダー・ワールド

月曜日の午前中、サーレーは珍しく……本当に珍しく、勉強をしていた。

英語の勉強だ。明日は雹が降るのかもしれない。

学生時代から彼は一度も、一秒たりとも勉強なんてしたことがない。

何しろ彼は社会不適合者、勉強をするくらいならカツアゲでもしていた方が、有意義だ。

 

サーレーの行動の理由は簡単だ。

前回のイングランドでの護衛任務が終わった後、シーラ・Eからサーレーたち暗殺コンビに助言があったのだ。

 

『組織の中でもっと重用されたいのなら、せめてどこか他の国の言語を喋れるようになりなさい。フランス語やドイツ語やスペイン語なんかでもいいけど、英語をオススメするわ。それがアンタたちが下っ端を抜け出せる一番の方法よ。』

 

サーレーは、メンドくさかった。そんなもの時間の無駄だ。

わざわざ勉強するくらいなら組織の下っ端でも別に構わないと思ったのだが、相棒のズッケェロが乗り気になってしまった。

 

『トリッシュちゃんに、いい暮らしをさせてやるぜ!』

 

万が一、相棒が組織でももっと良いポストについてしまったら、サーレーは一人ぼっちで下っ端として置いていかれるかもしれない。それは嫌だし、自分よりダメ人間だと思っていたズッケェロに負けたくないという思いもある。

非常に面倒だったが、焦りがサーレーを追い立てた。

This is a pen.I am bob.

 

しかし、もともと乗り気でないサーレーの集中力は長く続かない。

サーレーの思考は徐々に他の事へと移っていく。

 

ーーあの時の正解は、なんだったんだ?

 

サーレーとズッケェロが決定的に敗北した戦い、麻薬チームとの戦闘にサーレーの思考は飛んだ。英語の勉強とは比べ物にならないほど、高い集中力だ。

 

麻薬を自在に生成し強靭なパワーを持つスタンド、マニック・デプレッション。

感覚を定着させるスタンド、レイニーデイ・ドリームアウェイ。

生命を探し回り無差別にヤク中にするスタンド、ナイトバード・フライング。

攻撃を七割反射するスタンド、ドリー・ダガー。

 

何がダメだったのかで言えば、スタンド使いを四人も同時に敵に回したのが最大のミスだが、それはこの際置いておこう。

あの時のサーレーたちは追い詰められていて、とても任務を断れなかった。

 

まずこの四体のうちで彼らにとって最も厄介なのが、予想外かもしれないがナイトバード・フライングだ。

ナイトバード・フライングさえいなければ、せめてまともな戦いになった可能性は高い。

 

ナイトバード・フライングがあたりの生命を探知してしまうせいで、ズッケェロのスタンド、ソフト・マシーンの厚みを無くして潜む能力がまるで意味を為さなくなる。探知タイプのスタンドは潜伏が生命線であるソフト・マシーンにとって天敵に等しいスタンドだ。麻薬の中毒症状を移されてまともな思考を奪われたのも致命的だった。

ドリー・ダガーも非常に厄介だが、能力さえ割れてしまえば対応のしようは実はいくらでもある。最も簡単で確実な対応法は、サーレーのクラフト・ワークで動きを制限してそのまま放置してしまえば良い。あのドリー・ダガーにはクラフト・ワークの固定を破るスタンドパワーはない。

たとえば、倉庫の扉を〝固定〟して倉庫に閉じ込めてしまえば、ビットリオ・カタルディは無力化できる。

 

結論から言えば、今のクラフト・ワークであればズッケェロと二手に分かれたりしなければ、あの時の絶望的な戦いでもどうにかなる可能性がある。

ナイトバードに麻薬漬けにされる前に冷静な自身の思考を固定して、囲まれないように退避しながらどうにかしてナイトバードさえ陥せれば、サーレーとズッケェロにも勝ち筋はある。ヴラディミール・コカキとマッシモ・ヴォルペは強力なスタンド使いだが、サーレーたちはスタンドの相性自体はさほど悪くない。ズッケェロのスタンドが対人の暗殺特化であることも大きなプラス要因だ。

 

それが今のサーレーが出した結論だ。

 

ーーまあ、無意味か。

 

もしもも何もない。あの時二人は致命的に敗北を喫した。

二人は死んでいないのが逆に不思議で、今二人が生きているのはボスの慈悲と僅かな幸運のおかげだ。

敗北を反省することも大切だが、今の生活も大切だ。今は英語の勉強をしよう。

 

サーレーは目の前の語学の本に没頭するように努めた。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

「わざわざ来てもらって済まないね。実は君たちに個人的に頼みごとがあるんだ。」

 

ボスにまた呼び出された。ネアポリスの薄暗い図書館でジョルノと向かい合う。ズッケェロも一緒だ。

まだボスが姿を現して一年経っていないのだが、呼び出されるのはこれでもう二回めだ。

組織の任務だったら人を通して指示を出せば良いはずなのに。

 

……ボスは案外、人を呼んでおしゃべりをするのが好きなのだろうか?

 

「ああ、違うよサーレー。ぼくの方にもイロイロあるんだよ。今回君たちお願いすることはぼくの個人的なことで、組織とは関係ない。だからぼくが直々にお願いしてるんだ。だから断るのも自由だし、受けてくれるんならぼくのポケットマネーから特別にボーナスを出してあげるよ。」

「マジかよ、最高だぜボスッッ!俺はアンタに死ぬまで着いてくぜ!!!」

 

……思考を読まれてしまっている。

ズッケェロのアホは依頼内容を聞く前から任務を受けてしまった……。

 

「……君たちが組織に戻って来てくれて、ぼくは案外と助かっているんだよ。」

 

ジョルノが僅かに物憂げな表情をする。それは事実だった。

サーレーとズッケェロがさまざまな任務や雑用を担当したおかげで、有能な情報部のムーロロの手が空くことが多くなった。

そのおかげで、ジョルノは以前から懸念していた問題に着手することができた。

気にはなるものの、忙しくてなかなか手が回せなかった問題だ。

 

「さて、肝心な依頼の内容だが、君たちには別々の問題を担当してほしい。サーレーのほうには危険性がある。ズッケェロの方は、不明な点が多い。ムーロロとしばらく組んでくれ。ムーロロ。」

「ああ、ジョジョ。」

 

図書館の薄暗がりに、いつのまにか男が立っている。

形から入るタチなのか、古いマフィア映画のような格好をしている。相変わらずだ。

その男は、被っているボルサリーノ帽をキザったらしく指で押し上げた。

 

「ズッケェロ、仕事の内容は飛行機の中で話す。さっそく向かうぞ。」

「向かうって?」

「……アメリカだ。」

「マジかよッッッ!」

 

ズッケェロは大慌てで、となりの家に住んでいる年配の女性に電話をかけた。

アメリカに飛ぶんだったら、どう考えてもそれなりの日数になる。猫を放置するわけにはいかない。餓死してしまう。

 

「ああそうだよッッ。鍵は窓枠のところにおいてある。どうせとるモンなんてねーしなっ。帰れるのはいつになるかわかんねーから、トリッシュちゃんのこと頼むぜッッ。」

「さて、サーレー。君の方に任せたい案件のことだが。……ぼくは以前サルディニア島の近海に落し物をしてしまってね。」

 

ジョルノがサーレーに向き直った。

 

「落し物ですか?」

「ああ。出来ればさっさと片付けてしまいたかったのだが、手のほどこしようが無くて、仕方なく放置していたんだ。ティレニア海に魔の海域があるのは知っているね?ティレニアの胃袋と呼ばれている。」

「ええ。」

「あれは実はスタンドの仕業だ。本体が存在せず、スタンドだけが暴走している。」

 

ジョルノはサーレーの胸の中心を指差した。

サーレーは指さされた自分の胸を見た。そこはジョルノに治された箇所だ。

 

「敵は強力なスタンドだが、今のクラフト・ワークを理解した君だったらどうにか出来るだろう。それを片付けて来てほしい。やり方はわかるかい?」

「ええ、ボス。あなたの言うとおりに致します。」

「まあ、君のスタンドパワーを感じる限り間違いは起こらないと思うけど、万が一の場合に、極力被害を抑えないといけない。だから君は一人でやってもらうことになる。お願いしたよ。」

 

ジョルノは依頼の内容の詳細をサーレーと詰めた。

サーレーは、サルディニア島に飛んだ。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

サーレーは、ソレに慎重に近付いていた。

近くまで船で送ってもらい、そこからはボートでやって来た。

念のためにパッショーネで最も広域の探知能力を持つスタンド使いを伴い、ソレの居場所を探ってもらった。

 

サルディニア島は、地中海に位置している。

目的を考えれば、海はなるべく荒れている方が好ましい 。

ボートが食われてしまえば、サーレーも危険に晒されることになる。

なるべくゆっくり、ゆっくりと、目標に近付いた。

 

『GYYYAAAAHHHHHHHHッッ!! !』

 

ソレは、海の上で行き交う波を相手に荒れ狂っている。

本体が存在せず、恨みのパワーだけで動く強力なスタンド、ノトーリアス・B・I ・G 。

ジョルノも手のほどこしようがないと言って放置したスタンドだ。サーレーはそれの処分のためにここまでやってきた。

 

サーレーは、目標の前でクラフト・ワークの拳を横に振った。

『WOOOGYYAAAAA ッッ!!!」

 

ノトーリアス・B・I・Gは周囲で動くもののうち、最も素早いものに無差別に襲いかかるスタンドだ。

ノトーリアス・B・I・Gは、形態を変化させてクラフト・ワークの拳へとからみつく。

サーレーはクラフト・ワークの拳にスタンドパワーを送り込んだ。

 

「貴様の外殻を〝固定〟した。貴様はしばらく動けない。俺のスタンドパワーでは長くは保たないが、別にソレでいい。」

 

サーレーは懐よりナイフを取り出した。

ナイフでノトーリアス・B・I・Gの侵食して来た場所を深く刮ぎ落とす。

出血を血小板を固定して処置を行った。

 

「貴様が再び動き出すとき、貴様は海の底だ。そこでカニとでも戯れてるんだな。」

 

サーレーは念のためにノトーリアス・B・I・Gに重しを乗せ、〝固定〟した。

海底で巻き上がるヘドロを追いかけ続け、そのうち堆積する土砂に埋もれていくことだろう。

ノトーリアス・B・I・Gは、冷たく暗いティレニアの海の底へと静かに、静かに沈んでいった。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

「んでよォー。俺の任務はなんなんだ?」

「俺たちの、だ。任務の大部分は俺が行うことになる。お前を連れて来たのは、用心のためだ。相手の詳細がわからねえ。」

「危険なのか?」

「それもなんとも言えねえ。相手を見てみねえことにはな。」

 

リナーテ空港を出立した二人は、雲の上で話をしていた。雲上人という意味合いではない。物理的に、だ。

ズッケェロはムーロロに問いかけた。

 

「俺は何すりゃいいんだ?」

「俺から指示を出す。基本は俺の護衛だと思ってくれりゃあ、いい。」

 

調査を行う対象の名前は、ドナテロ・ヴェルサス。

情報部のムーロロの手が空いたおかげで、ジョルノは長い間気にかけていた対象を探し出すことが可能となった。

 

ジョルノ・ジョバァーナは、ディオ・ブランドーという名の男の息子である。

ジャン・ピエール・ポルナレフからの情報だが、ディオという男は冷酷で、極めて危険な男であったらしい。その血を引くものも、危険な因子を宿している恐れがあると、ポルナレフはジョルノにそう伝えていた。

そもそもスピードワゴン財団がジョルノの調査を行ったのも、ジョルノがディオの息子だったからであり、スピードワゴン財団とポルナレフからディオの情報を得たジョルノも独自にパッショーネの情報部に指示を出して調査を行わせていた。

 

ドナテロ・ヴェルサスはジョルノと同様に母親がディオの食料とならずに済んだ稀有な例であり、存命中の彼の母親からパッショーネの情報部はドナテロという人物に行き着いた。

ジョルノはドナテロの人物像などの調査をとり行おうと考えたが、さすがにムーロロのオール・アロング・ウォッチタワーでもアメリカまでは独立して動けない。仕方なしにムーロロにはアメリカのフロリダ州に飛んでもらうこととなった。

 

因縁ーーー因果は巡るものだと、ジョルノ・ジョバァーナは考える。

ムーロロたち情報部の人間が対象を見つけ出すことができたのは幸運だし、サーレーとズッケェロが手下になったのも僥倖だ。

 

サーレーとズッケェロがパッショーネの仕事をいくつか担当してくれたおかげで、高い諜報能力を持つムーロロの組織内の仕事の負担が軽くなり、運命はジョルノに因縁の相手を探し出すことを可能にした。運命は巡りうねって、マリオ・ズッケェロをアメリカの地へと導いた。運命とは強大なものである。

人は、運命の奴隷である。

 

しかし、そこに人の意思が介在する余地がないわけではない。

人は運命の奴隷であるが、それでも時にソレに逆らって何らかの爪痕を残すことができる。

 

ブローノ・ブチャラティ、ナランチャ・ギルガ、レオーネ・アバッキオらが命を賭けてジョルノに意思を遺してくれたように。

ジョルノ・ジョバァーナがディオという悪鬼の息子にも関わらず、黄金の精神を宿しているように。

死を運命付けられていたはずのサーレーが、死という絶対的存在に逆らったように。

 

「着いたぜッッ!」

「はしゃぐんじゃあねえ。みっともねえ。」

 

ムーロロとズッケェロが、運命的にアメリカのフロリダ州に降り立った。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

ドナテロ・ヴェルサスは子供の頃を思い出していた。

ドナテロは社会の裏側で、隠れ潜むようにして生きている。

こんなはずではなかったのだが?

ドナテロは裏社会に憧れていたわけでも、社会不適合者だったわけでもない。

 

彼の人生のケチのつき始めは、一足のスパイクシューズだった。

彼は子供の頃に両親に反発して家出を起こし、その時にスパイクシューズを球場のそばで拾った。それはピカピカでカッコよく、太陽のような香りがした。

 

『この盗っ人の、クソガキがッッ!』

 

それは有名な野球選手の私物で、少年時代のドナテロは窃盗を起こしたとして更生施設に送られることとなる。

それを皮切りに彼の人生に覚えのない不幸な出来事が立て続けに起こり、心身ともに疲れ果てた彼は社会の裏側へと身を落とすことになる。しかしそこでも不幸な出来事が彼を待っており、馴染めなかった。

 

ドナテロは、考える。

自分の人生とは一体何だったのだろう。どんなに努力しても報われない、何をやっても上手くいかない、ことごとく裏目にでる人生。幸福とは、天国とは、一体何なのだろう?

疲れ果てた彼は、やがて健常だった精神を失っていった。

 

ーーヤッてやるッッ!

 

ドナテロは、彼の冴えない人生のために、強盗を決意していた。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

「対象はブラッドフォードに住んでいる。」

 

アムトラックの駅の購買で新聞を買いながら、ムーロロが言った。

アムトラックとは、アメリカの鉄道旅客輸送の公共団体である。

 

「んでどうするんだ?ソイツと直接接触するのか?」

「まだだ。すでに俺のスタンドを先行させた。そいつの接触を待つ。」

 

フロリダの駅近くの路上喫煙所で、ムーロロはタバコをふかした。

 

「フーン、じゃあしばらくは俺のやることもなさそうだな。」

「……緊張感は持っておけ。何が起こるかわからん。」

ムーロロはタバコを灰皿に捨てた。

何事かあったのか、唐突に眉をしかめる。

 

「……妙なことになった。動くぞ!」

「妙なこと?」

「対象が強盗事件を起こそうとしている。」

「ハア?」

 

意味がわからない。

アメリカまでわざわざ飛んだと思ったら、調査対象が強盗事件を起こそうとしているそうだ。

刑務所に入所でもされたら、調査が長引くことになる。非常に面倒だ。

二人はフロリダのブラッドフォードに急行した。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

ブラッドフォードにある借家が、ドナテロの住処だった。

ドナテロはこのままでは家賃も払えない。それどころか明日の食費にも事欠く始末。

何ヶ月か忘れたが家賃の滞納もしているし、いつ追い出されるかわからない。

頼りにできる人間はいない。両親はドナテロに無関心だ。金の無心をしてもどこかでのたれ死ねという答えが返ってくることだろう。兄弟はいないし、親戚はいるのかどうかすらも知らない。

 

ドナテロは強盗を決意していた。持っているところが少しくらい恵んでくれてもいいだろう?

用心して、ポケットにナイフを忍ばせた。銃は高くて買えない。

 

ドナテロはヤケクソだった。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

「バカなやつだ。コソ泥くらいにしておけばいいものの、よりによって銀行強盗なんぞ決意しやがった。銀行強盗なんぞ、まず成功しねえ。」

「マジかよ。」

 

ムーロロとズッケェロはレンタカーを借りて、ブラッドフォードに急行していた。ムーロロが運転をしている。

銀行強盗なんぞ、スタンド使いでもそうそう成功しない。

 

「前情報で、社会の底を這いずっていると聞いてはいたが、こんなに早くことを起こそうとするほど切羽詰まっていやがったとは……。」

車はアメリカの広大な道路を速度を出して進んでいく。やがて車は、ブラッドフォードにある通りの前に停められた。

対象が借家から出てくる。

ムーロロは小走りで男の元へ向かい、ズッケェロはムーロロを後から追いかけた。

 

「間に合ったかッッ!オイ、そこのお前、待て!少し話がある。」

 

ドナテロは、テンパっていた。

強盗を決意して精神が昂ぶり、彼に声をかけてきた男を確認する前から敵だとそう思い込んだ。

 

「な、なんだキサマらッッッ!ちっ、近寄るなあああッッッ!!!!」

 

ドナテロはポケットに隠し持っていたナイフをその場で振り回した。

ズッケェロがムーロロの前に出て、ナイフを持ったドナテロの手を取り押さえた。

 

「オイ!どーする。」

「とりあえずソイツの家に入るぞ。気絶させろ!一旦冷静にさせてから話し合いを行うッッ!」

「ウグッ!!」

 

ソフト・マシーンでドナテロに当身を入れて、二人は気絶したドナテロの家に侵入した。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

「お、オイ?これは一体どういうことだ!?」

「チッ。どうやらソイツは当たりだったようだな。」

 

ムーロロは舌打ちをする。

辺りは暗い。土の匂いがする。どこかの洞窟だろうか?

ひなびた借家に入ったと思ったら、そこは洞窟のような場所に通じていた。出口のドアを見ると、なぜか土砂が崩落している。

辺りには亡霊のような生気のない人々がたむろしている。彼らはムーロロたちに、まるで関心を持たない。

 

ムーロロは即座に決断した。

 

「どうやらソイツは危険な奴だったようだ。処分を行う。」

ムーロロのウォッチタワーがナイフを構えた。

ドナテロの首を刺そうとして近付いていく。

 

「待てよ。殺すのか?」

「ああ。さっさとココを出るぞ。」

「オイ、そこまでしなくても起こしてコイツにスタンドを解除させればいいだろう?」

「ソイツは気を失っているだろう?だがスタンドが発動したままだ。これは非常に危険な兆候だ。本人がスタンドを制御できていない可能性が高い。」

 

そう告げるとムーロロのウォッチタワーはドナテロに近づいていく。

敵スタンドの詳細もわからないのに後手を踏んでいる、これは長年暗殺を生業にしてきたムーロロに言わせれば、非常に危険な現状だ。いつ敵のスタンドに致命的な行動を取られるかわからない。

 

「ヤメろッッッ!」

「どうした、ズッケェロ?」

 

薄明かりの洞窟内で、二人は向き合った。

ズッケェロは気を失ったドナテロを抱えて、ムーロロのウォッチタワーから距離をとった。

ムーロロは暗殺を阻止したズッケェロの真意を測りかねた。

 

「どうした?ソイツは今日会ったばかりの奴だろう?」

「生かしておいたら危険だから消すというなら、俺もパッショーネに消される寸前だった。俺もだったんだ……。」

 

ムーロロはジョルノの腹心であり、組織の前ボスのディアボロのこともジョルノの戦いのことも知っている。

ズッケェロが何を言っているのか理解できていた。

 

「俺たちもイロイロと知りすぎて危険だからって、消される寸前だった。ただ、生かしておいたら危険だからって……それだけの理由で……消される寸前だったんだッッッ!!コイツは俺だッッ!俺なんだッッ!本人がどういうやつなのかもわからないのに、スタンドを制御できなくて危険だからって、それだけで殺したりすんなよ!」

「なるほど。お前の言いたいことはわかった。だがな……。」

 

ムーロロは鼻をヒクつかせた。

息苦しさを感じる。辺りには僅かな鉄錆たような匂いと、剥がれて落ちた爪が散乱している。

 

「現状はお前が考えているよりも、多分良くない。お前はここから脱出する方法が思いつくか?」

「コイツを起こして制御させりゃあ……。」

「スタンドが一朝一夕で制御出来るとは限らねえ。情が移る前にヤるのが一番だと思ったんだが……。」

 

その時、あたりをウロついていた男の亡霊がムーロロに近付いた。目が虚で、感情が読み取れない。

 

「なんだ、テメエ?」

 

危険を感じたズッケェロが護衛としてムーロロの前に出る。

 

「待て!」

『アンダー・ワールド。俺たちは地面の記憶だ。1950年代、フロリダ州のとある炭鉱で崩落事故が起きた。死者は126人。崩落事故に爆薬で対応するわけにはいかない。当然手作業での救出作業だ。多くは落盤に巻き込まれて命を失い、多くは酸欠か喉の渇きで気が狂って自分で命を絶った。』

 

男の亡霊の爪は剥げ、指は血まみれになっている。

生々しい、とても生々しい記憶だ。あたりの鉄錆の匂いも、きっと人々が助かろうと必死に落盤を掘り返そうとした血の痕跡なのだろう。

 

『俺たちは、ドナテロが小さな頃に読んだ本の知識を元に再現されたものだ。スタンドは〝公平さ〟がパワーになる。だから教えておこう。凄惨な事件ではあったが、生還者が全く存在しなかったわけではない……。』

「お、オイ。待てッッ!」

 

それだけ喋ると男は二人に背を向けて、その場に座り込んだ。

 

「ヤメろ、ズッケェロ。……それよりツイてたな。」

「ツイてただと?」

「ああ、ツイてたよ。俺たちも、気絶したソイツもな。どうにかなるんだったらソイツを今ここで無理に殺さなくても済む。」

 

ムーロロは手のひらをヒラヒラと振った。

 

「これだけ大規模なスタンドだからな。能力を発動した際に詳細を巻き込まれた人間に説明するのは必須なんだろう。生還者がいたというのなら、ソイツのマネをすりゃあ、いい。俺のスタンドがすでにフロリダ州立図書館に向かっている。」

「スタンドが?」

「ああ。俺のスタンドは群体だ。一つ所に全てを纏めるなんて危険なことはしねえ。すでにソイツらが図書館で起きた事故の詳細と生還方法を検索している。」

 

 

 

◼️◼️◼️

 

「助かったな。」

「ああ。」

「オイ、コイツどうする?」

 

ズッケェロがムーロロに問いかける。調査対象はのんきに寝こけている。

 

「チッ、のんきな奴だ。コイツのせいで死にかけたってのによ。」

 

例の事故は、人命救助が遅くなったせいで多くの人間の命が奪われた。

意識のある人間たちはパニックを起こし、気が狂い、場合によっては殺人や自殺などを行い、そうでないものも刻々と失われ行く酸素に慌てて行動を起こしたせいで酸欠で苦しんで死亡した。殺人を犯した人間たちの弁によると、生きている人間が減れば、酸素消費量が減るという理屈らしい。これもカルネアデスの板の適用案件なのだろうか?まあ、そいつらも結局は死亡したのだが。

さらに加えていうと、洞窟内には空気より比重の軽い微有毒ガスが充満しており、最初の崩落に巻き込まれて意識を失って、生命維持活動が弱って横たわっていた人間たちだけが生還を果たしていた。

 

腹立たしいことに、ムーロロたちを巻き込んだ張本人だけがちゃっかりと生還の条件を最初から満たしていたことになる。

ムーロロたちはズッケェロのソフト・マシーンで厚みを無くして、仮死状態になって生命活動を抑えて、生還を果たした人間たちの体に念のために巻き付いておいた。彼らが次に気付いた時、彼らはドナテロの部屋の中と思しき場所で横になっていた。

 

「んでコイツどうするんだよ?」

 

ズッケェロがムーロロに問いかけた。

 

「まあ、スタンド使いだということは判明したが……。」

 

ドナテロは気絶する前、極度の緊張と恐怖、同類のスタンド使いに始めて出会ったことにより、朧げだった自身のスタンドを明確に形にしていた。

ムーロロは考える。ドナテロはアメリカの社会で上手くいっていない。このままではどんなスタンドの使い方をするか、わかったものではない。

 

「オイ、起きろ!」

 

ムーロロが台所から水をコップに入れて持ってきて、ドナテロの顔面にぶち撒けた。

どうしたものか、正直ムーロロにも決まっていない。ジョルノの異母兄弟ではあるが、ムーロロは処遇についてジョルノから全権を任されている。

これがイタリアだったなら、要警戒対象ということで監視くらいで済むのだが、ここはアメリカだ。

迷ったが、こういう答えの出ない時は馬鹿になった方が手っ取り早い。何しろメンドクサイ。

 

【ヒッ!!】

【オイ、お前……社会で上手くいってないようだな。なら……俺たちのところに来るか?】

【ハァ!?】

 

ドナテロは目を丸くした。当然だ。これほど怪しい勧誘もない。

相手はわかりやすいマフィアの格好だ。どう見てもうさんくさい。

たとえ相手の身なりがしっかりしていたとしても、まともな人間ならついていかないであろう。

 

【俺たちはイタリアの裏社会の人間だ。……ちょうど今、組織の暗殺チームの人間の人手が足りてねえ。】

「オイ!ちょっと待て!!!」

 

ズッケェロが慌ててムーロロに詰め寄った。

こんな人間をいきなり押し付けられても、使い道があるかどうかわからない。

 

「何だ?」

「何だ?じゃあねーよ!!いきなり変な奴を押し付けようとすんなよ!!!」

「お前が自分で言ったんだろうが。コイツはお前だって。だったら自分の面倒くらい、自分で見ろや。」

「言葉の綾だよッッ!!!」

 

ズッケェロとムーロロは揉めて、ドナテロは目を白黒させている。

場には英語とイタリア語が入り乱れていた。

 

【まあどっちにしろ最初は完璧にスタンドを扱えるようになるところからだな。安心しろ。組織にはお前の異母兄弟だっている。】

【は?】

 

ドナテロはもうわけがわからなかった。

強盗を決意したら、わけのわからない二人組がやってきて気絶させられて、イタリアにドナテロが知らなかった兄弟がいるらしい。

そしてイタリアに勧誘されている。もしかしたらこのまま臓器とかを売り飛ばされるのかもしれない。

 

【どうせ銀行強盗を決意していたくらいだろ?人生なんざすでに捨てたようなもんだ。なら俺たちのところに来い。アメリカに未練がありそうでもないし、アメリカの社会からお前一人くらい消えたってどうってことねえ。俺たちがお前を導いてやるよ。】

「だからッッ!面倒ごとは全部俺たちに来ることになるんだろうが!!!」

 

フロリダの気候は暖かく、比較的過ごしやすい。イタリアに移住したとしたら冬の寒さに慣れるだろうか?

ドナテロは的外れに、そんな事を考えた。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

スタンド名

ノトーリアスB・I・G

概要

サルディニア行きの飛行機の中でジョルノたちを襲ってきたスタンド。本体のカルネはすでにミスタに射殺されている。恨みだけで動くスタンドで、倒すのは不可能に近い。

 

本体

ドナテロ・ヴェルサス

スタンド

アンダー・ワールド

概要

ストーンオーシャンに出てきたスタンド使い。地面の記憶を掘り起こして、再現する。再現された記憶は覆らない。飛行機事故などで墜落時に死亡、などカウントダウンでハメ殺す。今回はスタンド自体はドナテロの精神として体の中にいて、アンダー・ワールドは自意識を持っていて本体の防衛のために勝手に能力を発動させた。

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