噛ませ犬のクラフトワーク   作:刺身798円

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心の地図

『いいか、イアン。人生には、哲学が必要だ。何のために生を授かったのか、人間には心に地図、生きる上での指針が必要だ。いったい何のために生きているのか?何を目的としているのか?豊かな人生を送るためには、日々を漫然と過ごすような生き方をしてはならない。地図が無くては、人生において道を見失ってしまう。明確な目標を持ってそれに邁進し努力することこそが、生を充実したものにするのだ。』

 

イアン・ベルモットが五歳の頃、彼の父親であり厳格な銀行員であったフランク・ベルモットは幼いイアン少年にそう教えを授けた。

きっとそれがイアンの根源(ルーツ)だったのだろう。この頃のベルモット家は、まだ平和だったと言える。

 

『言っていることがよくわからないよ、父さん。目的?地図?』

『権力に腐敗は付き物だ。平穏を手に入れた者はすぐに目的を見失い、堕落する。社会が豊かになれば、そこに住む人間の向上心は失われるだろう。必死に努力をしなくとも豊かな生活を享受できるのであれば、努力することの意義が薄れてしまう。だからこそ意識を高く持ち、己を律せねばならない。豊かな社会をより先の子々孫々まで受け継がせるために。イアン、それを忘れてはならない。』

 

幼いイアン少年に、フランクはそう教えを授けた。

彼は決して間違っていない。しかし、何がどうなってイアンはああいった人間になってしまったのか?それはきっと、正しく物事を進めても必ず正解にたどり着くわけではないという当たり前な出来事の、顕著な一例だったということだろう。世界は不確定要素に満ちあふれ、だからこそ素晴らしくもある。

イアン少年にとっても父親のフランクにとっても最もイレギュラーだったのは、ベルモット夫妻の息子であるイアンは生まれつきのスタンド使いであるということだった。

 

『父さん、僕のそばに白い人がいるのがわからないの?』

『またいつもの空想か。………イアン、変なことを考える暇があったら、勉強して立派な人間になることを目指しなさい。』

 

イアンはずっと不思議だった。

 

【イアン。君には力がある。誰も持たない君だけのオリジナルの力が。】

 

なぜ父さんにはこの人が見えないんだろう。生まれた時からずっとそばにいる。

白い服を着た(白衣である。少年イアンは当時その名称を知らなかった。)、機械仕掛けの不思議な人間。弟以外誰にもその人が見えない。その人がいるところでは、いつもイアンが思い描いていた空想が現実のものとなる。

 

『イアン、心の地図を忘れるな。』

 

五歳のイアン少年にとっての心の地図は、彼の両親が彼の誕生日に買い与えた冒険記であった。

それは15〜16世紀に実在した有名な船乗りの冒険記であり、散々な苦難を乗り越えて、天動説が主流であった当時に未知の大陸を求めて命がけで世界を広げた偉人の冒険記だ。イアン少年は、子供向けに書かれた児童書を宝物にした。

 

彼は一度の命懸けの航海で、当時の常識の何もかもを覆した。しかし彼は新大陸を発見した素晴らしい功績を持つ英雄ではあるが、同時に先住民の大虐殺と略奪を部下に許した史上稀に見る略奪者でもある。そういう時代だったということだろう。

 

『すごいなあ。』

 

少年は冒険記に幼いながらも感銘と憧憬を抱き、人生をかけて何かを切り拓くことを素晴らしいことだと考えるようになる。

彼の人生に最も影響を与えたのがその一冊だったのは、今になって鑑みれば誰しもにとって不幸だったと言えるだろう。

 

『誰も見ない、誰も知らない僕だけの何かを成し遂げたい。』

【ああ。君のことを応援するよ。】

 

誰も知らない何か。決定的な変革。

それは成熟された社会において残されているのは学問の分野くらいであり、成長したイアンにとって無聊を慰めるものとはなり得なかった。残された未知の領域である宇宙を開拓するのには数字に起こすのすら馬鹿げた金額がかかり、少なくともイアンが生きているうちに実現することはないだろう。そもそも、社会のコンプライアンスが高く保たれ、無人探査機が星間を駆ける時代である。急激な変革とは常に痛みと血を伴い、今の時代にそんなものを誰も望んではいない。

 

『イアン、何をやっているんだ!!!』

『ん?だって中身がどうなっているのか気になるから。大人の人だってこうやって分解してるでしょ?』

『イアン、あなたはこれをどうやってやったの!!!』

『いつも僕のそばにいる、白い人がやってくれたんだよ。綺麗でしょう。』

『イアン、あなたはこういうことをしてはいけないの!!!警察に行きましょう!人間でないのなら、器物損壊罪で済む!まだやり直せるわ!!!』

『バジル!なぜイアンのことを黙っていたんだ!!!』

『オヤジ、イアンは手遅れだよ。それよりも俺が被害に巻き込まれないようにしないと………。』

 

それがイアン・ベルモットが六歳、バジル・ベルモットが四歳の時の話。

 

『退屈だ。私の人生の地図に、何かを書き加える余地がなかなか見つからない。倫理を逸脱した行為は、禁忌として社会に許容されない。君は何かアイデアはあるかい?』

【私の存在は人類にとって未知の領域だよ。君が何かを開拓できるのであれば、それはきっと私の存在と密接に関係することだろうね。】

 

スタンドの中には、稀に自我を持ち本体と会話することが可能な存在もいる。

人はそれを時に無意識の自我の発露と判断し、時に精神分裂と判断する。イアンの場合は、周囲は後者であると見なしている。

しかし、真相は闇の中。イアンのスタンドは部屋自体であり、それに付属した執刀医が何なのかは実は謎である。

 

イアンが人生の目的で可能なものを手当たり次第探し、執刀医がそれを倫理に照らし合わせて提言する。しかし力関係で言えばそれは決して公平(フェア)ではない。当然イアンの意見が優先され、執刀医の提言はあくまでも忠告の域を出ない。せめて本体とスタンドの人格が逆であったのなら、イアンがここまで拗れることもなかった。

 

そしてそれは二人の人間の会話ではなく、その本質はあくまでもイアン一人で完結した会話であり、自身と会話を続けたイアンの価値観は孤独に寄せられていく。クレイジー・プレー・ルーム、見えない、誰も知らないところで狂気は肥大した。それがイアンのスタンドの特性だった。

 

『社会が退屈ならば、私が彼らに刺激を与える存在となればいいんじゃないか?私が敵となることで私は自分の欲求を満たすことが出来るし、彼らも私を打倒するという人生の目的、心の地図を見つけることができる。一石二鳥の素晴らしい考えだ!』

【イアン………君は本当にそれでいいのかい?そちらは血塗られた道行だ。その道へ一度踏み出してしまえば、もう後戻りは出来ないよ?】

『何を言ってるんだ?こんなに素晴らしいアイデアの、どこに否定の余地がある?』

 

誰も知らないところで孤独に肥大化した狂気は、誰にも止めることができない。

人生を費やして探す心の地図。それがイアン・ベルモットという男の、狂気の源泉だった。

 

◼️◼️◼️

 

「本日ヒトフタマルマルより作戦を開始する。各自配置につけ!」

 

乾いて冷たい空気、陽は頂点に登り、緑が灰色になって燻るある冬の日の朝。

グイード・ミスタは、彼の前に整然と並んだ屈強な男たちに指示を出した。

 

「アルバロ・モッタ。報告を上げろ。」

「はい。パッショーネとフランス、ラ・レヴォリュシオンの戦闘部隊との間で情報の共有が完了しました。敵に生物兵器系統のスタンドが存在する可能性を考慮し、拠点は依然フランスとイタリアで分けたままで別々に行動します。敵の反応を伺いつつ敵を休ませないように波状で交互に攻撃を加え、その必要が認められた場合は、その都度俺が渡りをつけてフランスとの交渉を行います。本作戦の本命は暗殺チームによる首謀者暗殺であるため、我々は敵殲滅よりも敵を疲労させることと陽動に主眼を置き、状況の変化に応じて適宜柔軟に対処を行います。」

「了解。」

 

軍用ヘリ二機、軍用車十両、重火器多数。ミスタの後ろにはそれらが壮観に並べられている。

それは基地襲撃のためにパッショーネが集めた武装だ。

男たちは重火器を手に持って武装し、覚悟をした真剣な表情をしている。

 

「さて、戦争だ。戦え。お前たちの大事なものを無慈悲に奪った悪辣な敵が、図々しくも軍事基地を乗っ取ってのうのうと人生を謳歌してやがる。奪われたのは親兄弟、恋人、お前のすぐ隣にいる大切な友人。そいつらはつい先日まで、お前と共に時間を過ごし、お前の隣で笑い合っていた奴らだ。………お前ら、赦せるのか?海のように、聖人のように広い心を持って?そんなものはクソ以下だッッッ!!!………許せるわけがないよなぁ?もう戦うしか無いよなぁ?殺しあうしか無いよなぁ?………だが無策で突っ込んだところで、俺たちに勝ち筋は無い。敵は一万人を超える民衆を虐殺し、戦力が充実しているはずの軍事基地を乗っ取るようなイかれた奴らだ。お前たちは命懸けで、暗殺チームのために血路を拓け。俺が骨は拾ってやる。作戦開始ッッッ!!!」

「「「「「「「「おおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッッッッッッ!!!」」」」」」」」

 

冷たい空気に彼らの怒気が伝播し、周囲の寒さにも関わらずアルバロ・モッタは自分が冷や汗をかいていることに気が付いた。

 

◼️◼️◼️

 

イアンの狂者の煉獄が発動して今日で八日目。

その間煉獄は勢力を拡大させ続け、最初の面積の二の七乗倍の広さに広がっていた。それは十m×十mの手術室の百二十八倍の広さであり、すでに軍事基地の建造物を全域覆うほどの巨大さとなっていた。

 

「動いたぜ。」

 

マリオ・ズッケェロが、建物の外から聞こえてきた微かな炸裂音に対し言葉を発した。

それはグイード・ミスタ率いる戦闘部隊、彼らが基地を襲撃し、リュカ・マルカ・ウォルコットが軍事基地の敷地内に仕掛けた対人地雷を踏んでしまった音だった。

 

「それにしてもヤベエな。」

「ああ。」

「勘弁してくれよ。ったく。」

 

軍事基地の建物内部は全域が赤黒く染まっており、まるで毒を持つ危険生物のように一目見ただけでそれが危険色であると判別できる。

サーレーとマリオ・ズッケェロとホル・ホースは基地の廊下を慎重に歩いており、彼らの眼前には道案内をするように不気味に青白い浄化の炎が空間を揺らめき動いている。

 

「どうなってるんだこれは?」

 

サーレーは、目の前を揺らめく浄化の炎へと手を伸ばした。それは揺らめき、サーレーから逃げるように先へ進んで行く。

彼らは当初はマリオ・ズッケェロの厚みをなくす能力で奇襲する予定だったのだが、内装があまりに不気味に変異していたために予定を変更し、奇襲は不可能だが予想外の敵襲に速やかに対処できるように通常の状態へと戻って内部の探索を行っていた。

 

「奴らは俺っちのことを見てんのかねぇ。」

「まあまず間違いないだろう。」

 

ホル・ホースは廊下に据え付けられた監視カメラへと視線を向けて、手を振った。

 

「この赤黒い場所は、奴らのスタンドの一部だと考えたほうがいい。いつ危険が襲ってくるかわからない。」

 

サーレーは不気味な色をした壁に手をついた。壁は奥に進むほどに黒さを増していく。

狂った手術室に呪いと血が濃く染み付き、サーレーは壁が脈動したと錯覚した。

 

「大物気取りかよ。我を倒したくばここまで来ると良い、みたいな?」

「そのつもりなんじゃあねーか?」

 

ホル・ホースは口でタバコを動かし、ズッケェロは慎重に傍の扉を開いた。

ここには誰もいない。閑散とした個室、壁が赤黒い以外には、特筆することは無い。

 

「外が心配だな。」

「相棒よぉ、わかるけども。」

「ああ、わかっている。俺たちは俺たちの仕事をする。俺たちが本命で、たとえ外が全滅したとしても俺たちが目的さえ達成すれば作戦は成功だ。」

 

敵の奇襲を警戒しながら、彼らは建物の奥へと進んでいく。

 

「おい、これ!」

「マジかよ………。」

「クソどもが!」

 

マリオ・ズッケェロが開けた扉の一つは、赤黒い部屋の中央に無数の焼死体が積み重ねてあった。

炭素が燃える悪臭がし、彼らの今際の際の無念の表情がひどく彼らの気持ちを沈ませた。

 

「奴らどこまでゲスな真似をすりゃあ気がすむんだ!クソッッッ!!!」

 

そこはリュカが手抜きをして基地内の死体を押し込んだ部屋である。

死体は腐敗臭と病疫対策に雑に燃やしてあり、それはベロニカの酸で以ってしてもあまりに大量であったために溶かす時間がなかったのである。

 

「胸糞悪りぃ奴らだ。ここも違う。」

 

ズッケェロが別の扉を開き、中に誰もいないことを確認した。ロッカールームだ。特に言うこともない。

扉に背を向けて閉めようとした時、部屋の中から機械仕掛けの腕が伸びてサーレーを強引に部屋の中へと連れ込んだ。

 

「なんだとッッッ!!!サーレーッッッ!!!」

 

開かない。

ズッケェロが慌てて閉じた扉のノブに手をかけて揺さぶるが、開かない。

 

「おい、そんなはずはねぇだろう!?」

 

ホル・ホースも扉に引っ付いてノブを引っ張ったが、開かない。

 

「クソッッッ!やられた!サーレー、サーレーッッッ!!!」

 

部屋の中は異界と化し、マリオ・ズッケェロのソフト・マシーンの能力でも入室を拒まれる。

開かない扉を前にズッケェロは慌てふためいて、ホル・ホースは拳銃で扉をガンガン叩いた。

 

◼️◼️◼️

 

誰もいないはずの部屋の隅、ロッカーが一人でにキイィと音を立てて開き、中から現れた男がサーレーへとにこやかに笑いかけた。

 

「やあ、マイフレンド。待っていたよ。運命は君を選んだ。感慨深いね。」

「消えろ。クソったれヤローが。」

「別に私のことを嫌っても構わないが、せめて君の名前くらい教えてくれないかい?」

「サーレーだッッッ!!!」

 

サーレーは初っ端から全開で部屋の対角上にいるイアンへと駆けた。

イアンはスタンドを発動し、殺風景なロッカールームがグニャリと歪んで手術室へと変容する。

 

「重量が乗っているね。まともに喰らえば吹っ飛ばされそうだ。まともに喰らえばね。」

 

床から執刀医の腕が現れ、クラフト・ワークの足をつかんだ。

サーレーがつかまれて立往生している一瞬に、部屋を浮遊する浄化の炎が変則軌道を描いてサーレーへと襲いかかった。

 

「………この時をずっと待っていた。」

 

青白く死を連想させる浄化の炎にサーレーは本能で危険を感じ取り、床から伸びる腕を力任せに叩き折ってその場を飛び退いた。

炎はサーレーにしつこく纏わり付き、サーレーは炎の動きをコマ送りにして見極めて反射で変則的な動きに対抗してかわしていく。

 

「さて、君はいつまでかわせるかな?それには手動追尾機能がついてるよ?」

 

部屋内の無数の浄化の炎、それは奇奇怪怪に中空を彷徨い、不規則にサーレーを襲撃を続ける。

壁を右腕を支点に固定し、腕の力と脚力でサーレーは体を捻り回転し、乱舞する浄化の炎を鮮やかにかわしていく。

イアンは白衣のポケットからメスを複数取り出し、炎をかわし続けるサーレーへと投げ付けた。

 

「今ならオマケもついてくる。何というお得感。私からのプレゼント、フォーマイフレンド。」

 

浄化の炎を避け続けるサーレーに向けてメスが投げ付けられ、それはイアンのスタンドの特性によりかわせない攻撃となってサーレーに殺到した。クラフト・ワークは壁に固定させている方の腕の固定を解除し、クラフト・ワークの両手でメスを宙に固定した。立て続けにサーレーに浄化の炎が襲いかかる。

 

「おおう、そんなこともできるのか。君は面白いね、インスタ映えしそうだ。」

 

サーレーは壁を蹴って上方へ跳んだ。そのまま壁を登って天井に足をつけて固定し、天井を走ってイアンへと向かって行く。

しかし前方から浄化の炎がサーレーへと向かい来て、サーレーは天井に重力の自然な方向とは逆向きにしゃがみこんだ。

 

「うおおおおおぉぉぉぉぉ!!!」

 

クラフト・ワークが、強く緑色に染まり行く。

手術室の鋼鉄の天井を超強力な振動で分解し、分子を固定して再構成、即席で剣状に作り直した。

執行人の斬首剣、縦に長く刀身が厚く、先が潰してある首刈りの剣がクラフト・ワークの右腕に握られた。

 

「おあああああああッッッ!!!」

 

クラフト・ワークは天井に逆さ吊り状態で剣を振り回し、遅れて風を切る音が室内に太く響いた。

浄化の炎はことごとく斬り落とされて消滅していく。イアンは顔を顰めた。

 

「貴様の首を落とす。」

 

振動する剣は、滑らかに人間の首を落とす。

サーレーは標的を見据えて、音もなく天井から降りてきた。

 

◼️◼️◼️

 

「イアンの能力ってスゲえなあ。こんなやっても、全然当たらねえ。」

 

軍事基地の屋上で、バジルは嫌な笑みを浮かべながら呟いた。

軍用ヘリの機銃掃射に向けて両手を掲げて、全身を晒している。当たらない、当たらない、当たらない。

 

「撃てッッッ!!!撃てーーーーッッッ!!!」

「なぜだ!!!なぜ当たらないッッッ!!!」

 

クレイジー・パーガトリィの特性、イアンの煉獄の中で、起こりうる事態はイアンにとって最も都合よく推移する。

パラパラと風を切る音がし、タタタタと何かを打ち出す音がする。屋上の人影目掛けて軍用ヘリが機銃掃射をしているのだが、銃弾がなぜか当たらない。偶然当たらない。たまたま当たらない。運悪く当たらない。

イアンの能力の効果範囲は、すでに最初の頃の百二十八倍の広さになっている。建物を出て少し行ったところまでそれの効果範囲内だ。

 

「全然当たらねえぞ?どんだけの確率だ?」

 

バジルのカラスアゲハは屋上を飛び立ち、眼下に向って不幸の鱗粉を撒き続けている。

狂気と狂気のコラボレーション、場はイアンたちにとって奇跡的に都合よく、ミスタたちにとっては最悪に推移していく。

バジルは掃射を行う軍用ヘリを無視して、下の戦いを眺めた。

 

「頑張れ、頑張れー!!!」

「お前ももう少し必死感を出せッッッ!!!」

 

バジルは屋上にて無責任に高みの見物、眼下で戦うリュカとベロニカを応援し、リュカはバジルのその態度に不満を募らせた。

その時、屋上に着陸しようとした軍用ヘリがイアンの煉獄の端に触れてしまい、たまたま運悪く機械は動作不良を起こす。ヘリはバランスを失い、墜落して炎上した。

 

「あーあ、もったいねえなぁ。最新鋭の軍用ヘリ、あれ一機で五千万ユーロくらいすんのに。何人分の生涯賃金だっつー話だよ。」

 

すぐ近くで燃え上がるヘリを眺めながら、バジルは炎で暖をとった。

 

「うーん、あれ結構使えるじゃねえか。」

 

一方で地上、ミスタ率いる戦闘部隊と、リュカ、ベロニカ、二体のマネキンの戦い。

マネキンはオリバーに銃撃されたマインロッテ曹長のスタンドであり、助命された曹長はイアンに薬漬けにされて廃人となっていた。本体が廃人になればスタンドは弱体化するが、イアンとバジルのバックアップを受けたここでは数合わせでも十分に戦力を見込める。マネキンには元警官で銃器の扱いに理解があるオリバーの戦闘力を模倣してあり、自分たちに都合よく物事が運ぶイアンのスタンド能力圏内を離れないように彼らは戦闘を繰り広げていた。

ダメージを無視して動けるマネキンがバジルの予想よりもいい動きをしていて、バジルはマネキンを称賛した。

 

一方地上のミスタの見解としては、敵はわかりやすく言ってこの上なく厄介なスタンド使いが手を組んでいると言えた。

まずはイアン・ベルモットの煉獄、イアンにとって起こりうる最上の出来事が起こるスタンド。これにより、遠距離からの射撃はまず敵に当たらない。

次にバジル・ベルモットの不幸のカラスアゲハ、鱗粉を浴びた者が不幸を招き寄せるスタンド。これにより、近距離の乱戦は味方を間違えたり距離感を図り違えたりして同士討ちを誘発し、散々な結果を招く。

マインロッテ曹長から奪った二体のマネキン、マネキンが技能を模倣するスタンド。これにより、銃火器で武装した死を恐れない二体の兵士が敵方に出来上がる。

リュカ・マルカ・ウォルコットの爆弾魔、近接戦闘に強く爆弾を作成するスタンド。これにより、基地の敷地内にはリュカの仕掛けた地雷がたくさん仕込まれており、軍用車の四両はすでに大破、二両が小破している。対人地雷を踏んで死亡した兵士も存在する。

ベロニカ・ヨーグマンの不定形生物、近寄れば集り、強酸でドロドロに溶かすスタンド。銃弾を撃ち込んでもダメージにならずに鉛も容易く溶かし、ミスタの部下もすでに幾人か溶かされている。

 

すでに配下の三十名のうち七名が死亡しており、四名が戦闘続行不可能として後方に送られている。

軍用ヘリは二機のうちの一機が墜落し、軍用車両は十両あるうちの四両が走行不可能となっている。

 

遠距離攻撃は意味を為さず、近接戦闘は絶望的。

結果として付かず離れずの中距離から消極的な敵の牽制に腐心している。力押しで勝てるのならそれがベストだったが、化けの皮を剥いで出てきた敵は殺害を主目的とした凶悪なスタンド戦闘集団。作戦の本命が暗殺チームによる暗殺であることを考慮しても、時間稼ぎの選択が最も有意であるとの判断である。

 

死兵は死に意味があると信じられるから、自分たちから死地へと向かっていける。ゆえに自己満足による無意味な玉砕は良しとしない。

最も勝算の高い戦術にこそ、かけがえのない命をかける価値があるのだ。

 

「とにかく撃てッッッ!!!撃ちまくれッッッ!!!残弾数は考えるなッッッ!!!」

 

リュカやベロニカにとっても、煉獄やバジルの能力の有効範囲から離れてしまえばあっという間に優位の戦闘が覆される。

彼らの優位は、場を有利に推移させる二つのスタンドの強力なバックアップあってこそなのである。

結果として、どちらにとっても付かず離れずの距離の時間稼ぎは落とし所であった。

 

「アイツはヤベェなぁ。」

 

リュカのスタンドの左腕は弾け、ダラダラと血を流している。

煉獄とカラスアゲハの二重苦であるはずにも関わらず、銃弾を命中させてきた男がいたのだ。

イアンの煉獄は、銃弾の外れる可能性が存在するから銃弾は外れる。銃弾が外れる可能性が存在しなければ、当然銃弾は命中する。

 

命中させてきた敵はグイード・ミスタ、拳銃のスタンド使いにしてスペシャリスト。

ミスタのセックス・ピストルズは、歪められた道筋を丁寧になぞってリュカに銃弾を命中させた。銃弾はそれを容易く弾くはずのリュカのスタンドを以ってして、弾いたはずの腕に絡み付いて筋繊維をズタズタに引き裂いた。リュカもベロニカも、グイード・ミスタだけはひどく警戒している。しかしミスタは指揮官であり、リュカにとって都合の良いことに前にはあまり出てこない。

 

砂地を爆炎とともに砂塵が舞い、銃弾が飛び交い不気味な甲殻類が地を這いずり回る。黒蝶の鱗粉が爆風に乗って空気中を動き回り、死を恐れぬマネキンが機関銃を携えて戦場を駆け回る。リュカとベロニカはマネキンを背後からバックアップしながら物陰をつたって敷地内を煉獄からはみ出ないように戦闘を繰り広げる。

 

「隊列を崩すなッッッ!!!銃弾を撃ち尽くしたやつは、一旦下がって補給しろッッッ!!!」

 

想定よりも練磨された戦闘を行うリュカとベロニカに、ミスタは渋い思いをしていた。

 

◼️◼️◼️

 

「おい、俺たちはどーすんだよ。サーレーは捕まって、部屋は開かない。」

 

軍事基地の廊下の扉の前で、ホル・ホースがマリオ・ズッケェロに問いかけた。

ズッケェロはしばし思案したのちに、ゆっくりと言葉を返した。

 

「………俺たちの仕事は首謀者の暗殺だ。だが………。」

 

ズッケェロは開かない扉の前で腕を組んで、目を細めた。

暗殺チームに対する敵の対応から鑑みるに、敵のスタンドは基地内部の彼らの動きは手に取るように把握している可能性が高い。

 

「………遊んでいるわけにもいかない。かといって首謀者が中にいる可能性が高いここを離れるという決断を下すのも難しい。悩みどころだ。」

「………リーダーが負けるんなら、俺たちがここにいても役に立てねえんじゃねえか?」

 

ホル・ホースのその言葉に、ズッケェロはさらに苦渋の思考を続けた。

やがて何かを諦めるような表情をして、返答した。

 

「………オッケー。ここはサーレーに任せるか。俺たちは外に向かって、ミスタ副長が戦っている相手を内部から挟み撃ちにする。」

「りょかい。」

 

苦渋の選択だった。

暗殺チームの至上目的はイアンの暗殺であり、そのためにはイアンが部屋の中にいるここを離れるべきではない。

しかし、ホル・ホースの言葉も一理ある。サーレーが敗北するようなら、二人が敵に勝利する見込みは恐ろしく低い。それならせめて、外で戦うグイード・ミスタのサポートでもすれば、戦いにおける何らかの役には立てる。意識の外から攻撃するソフト・マシーンと拳銃使いのホル・ホースは、非常に奇襲に適している。

判断し選択することは裏目や苦痛を伴い、しかしそれでも待ちぼうけの現状を打破するために彼らは行動を起こすことを決意した。

 

「よし、入り口に向かうぞ。」

「それはいただけねえなぁ。」

「誰だッッッ!!!」

 

廊下を歩く二人に、廊下の曲がり角の先から男の声が聞こえてきた。

ズッケェロとホル・ホースは、警戒しつつも走って廊下の角の先を確認した。

 

「これはッッッ!!!」

 

曲がり角の先に、なぜか脈絡無く小型の回転木馬が現れた。

 

廊下を先に進めば、そこにノスタルジー。

料理、洗濯、掃除、捕虜の世話。煉獄最強の女子力を持つ、イワシの香り系新感覚アイドル。

 

そしてイアン・ベルモットの最高の懐刀。

感情の波動を操る愛と狂気のスタンド使い。

ここは煉獄の遊園地。回転木馬は、楽しい楽しいアトラクション。

 

「悪いがお前たちはそこから先に進ませないよ。ここで俺と隠れんぼをしようか?」

 

回転木馬に気をとられた二人に、唐突に背後から声がかけられた。

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