噛ませ犬のクラフトワーク   作:刺身798円

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第二戦開幕

「クッソ、アタマいってぇ………。」

 

オリバーは、額を手で抑えよろめきながら、廊下の壁に手をついた。

いつもこうだ。スタンド能力を攻撃に使用すると、オリバーはこうなる。

オリバーのスタンドは、本来は非戦闘用。誰かに小さな幸せを届ける慶の回転木馬。

 

幸福を共有しよう。あなたが今日、幸せでありますように。世界がほんの少しだけ、平和でありますように。そんな能力。

それを無理に戦闘に転用すると、オリバーも精神に酷いダメージを受けることとなる。

 

「二発も撃っちまったからなぁ。」

 

本音は一発で決めてしまいたかった。一発でも負担が大きい技を、一日に二発。

相手が初撃を抜けて来たのは、可能性としては想定していたものの正直予想外だった。

 

オリバーの必殺技とも言える強力な能力、回転木馬の忘れ得ぬ記憶(ラスト・メモリー)

無類なほどに強力な能力で一見隙がないように思えるが、その実態は酷い欠陥技だ。

 

()()()()の世話もしねえと………。」

 

忘れ得ぬ記憶(ラスト・メモリー)、その能力の詳細は、感情の共振波である。

オリバーが人生でこれまで感じた苦難、怒り、絶望、そういったさまざまな苦悶の感情を周囲に手当たり次第撒き散らす。

共振波は周囲の人間の脳を無差別に揺らし、精神的な苦痛を与える。堪え難い拷問そのものと言ってもいい能力である。

 

「ふう………。」

 

オリバーは廊下に据え付けられた給水器に口を近づけて、水を飲んだ。

彼は落ち着いて深呼吸を繰り返し、息が整うのをゆっくりと時間をかけて待つ。

 

「………こりゃ今日も眠れねえな。」

 

ラスト・メモリーは、攻撃の対象を選ばない。

発動すれば、周囲にいる人間のその全てに悪意の感情が伝播する。本体のオリバーも例外でなく。

 

ラスト・メモリーは魂を削って叫ぶ自爆技なのである。

オリバーはラスト・メモリーを撃った日は、何度も何度も苦しみの感情が鮮明にフラッシュバックして眠れない。

 

オリバーは人生において実際に一度体感したことのある感情だから、くらってもかろうじて立っていられる。

しかし、だからと言ってオリバーのダメージが少ないというわけではない。往々にして人は耐え忍ぶより、いっそのこと倒れてしまった方が被害が少なくて済む。

 

「さて。」

 

まだ仕事が残っている。イアンやリュカは決してしようとしない仕事だ。

オリバーは自身の精神が落ち着いたことを確認し、扉に手をかけた。そのままゆっくりと扉を開いていく。

内部に入り、オリバーは周囲を見渡した。

 

「うう………。」

「だから言ったろ………。お前ら命乞いなんかして永らえるより、死んでいた方がマシだったって。イアンのおもちゃは救いがねぇぞ?」

 

手術室に、オリバーの声音が響いた。死んでいた方がマシだとは、一体誰に対して言ったのだろうか?

彼らに?それとも自分に対して?

 

ここはイアンのスタンドの本体、手術室のガラスの向こう側。

軍事基地に従事していた人員は、およそ百五十名。その多くは、イアン・ベルモットたちとの戦いによって死亡した。

 

「イアンも無茶を言うな。嬉々として面倒ごとを俺に押し付ける悪癖はどうにも………ならないんだろうなぁ。」

 

オリバーはボヤいた。イアンはオリバーの体調不良を知らない。

軍事基地にいた百五十名は、大半は死亡したが全てではない。マネキンを操るスタンド使い、マインロッテ曹長を筆頭に、投降した者、命乞いをした者、たまたまの巡り合わせ、そういったいくつかの理由により、およそ二十名ほどは未だ命を繋ぎとめていた。

 

イアン・ベルモットは、興味の無いものに対しては、邪悪で、冷淡で、基本無関心だ。

イアンが彼らを生かしているのは、決して慈悲ではない。彼らは魂のストックになるからである。

 

イアンの手術室は、人間を具材に人間を生み出している。

何らかの事情で彼らに欠員が出た場合、捕虜を具材にして邪悪なスタンド使いは再び凶悪犯をこの世へと喚び戻す。

そのスペアとして、彼らは生きることを許されているだけである。

 

「俺一人に二十人の死に損ないを世話しろって………。イアンのヤロー相変わらずふざけたこと言いやがる………。」

 

ガラスの向こう側に血まみれの手が張り付き、不気味な手形が残された。

 

「マジで気が滅入るんだが………。」

 

リュカもベロニカもバジルも金髪の青年も、当然イアンも、彼らの世話など出来るわけがない。

不条理なババ抜き。最初からババはオリバーの手の内にあり、誰もそれを引く資格がある人間が存在しないのである。

オリバー以外に捕虜を世話しようとする意思のある人間も、世話する能力がある人間もいない。

 

マインロッテ曹長のスタンドのマネキンが、同情するようにオリバーの肩に手を置いた。

オリバーの人生はどこまでも、苦難に満ち満ちていた。

 

【君のスタンドは本当に不条理な能力だよね。他人の記憶は奪うのに、君の痛みの記憶は永遠に消えない。愛情は今や朧なのに、それに縋って鮮明な苦痛を耐え続けている。人は苦しみを忘れることによって、日々を生きていける。時間が痛みを和らげてくれる。オリバー、君は一見すると正気に見える。しかし辛いことを永遠に忘れられない君は、奇跡とわずかな希望に縋って痛みをこらえ続ける君は、たった一つのために全てを捨てて進む君は、きっとすでに狂っているよ。いつか積み重なった痛みが、君を殺すことだろう。君の悪夢がいつか覚めるといいね。】

 

どこかで、執刀医の声がした。

 

◼️◼️◼️

 

「暑い………。無粋な奴らだ。クソッッッ!」

 

軍用基地の一室で、金髪の彼は毒づいた。

基地の中は季節を無視してサウナ風呂の中のような状況であり、それというのも中距離誘導ミサイルが意味を成さなかった敵が遠距離攻撃と火力に長けたスタンド使いを頼って遠くから基地の破壊を試みているのである。

 

基地のコンクリートはまるで焼夷弾をいくつも投下されたように焼け焦げており、場所によってはドロドロに溶かされている。にも関わらず基地内部の人間へのダメージは有り得ないほどに軽微なものであり、それというのもイアンのスタンド能力、強力な加護である煉獄の起こりうる最上の結果という特性が猛威を奮っていることが原因に他ならなかった。

 

【しつこくいうけど、君は殺害禁止、適当に追い返すだけにしといてね。君が本気で戦うと興醒めするから。】

「一体いつまで俺にこのふざけた枷をかけるつもりだ!!!」

【………君はイアンを楽しませるために生み出された玩具だ。存在意義を満たせない玩具は、ゴミ箱行きだよ。】

 

彼には、執刀医がなんとなく立てた一本指が、とてつもなく不気味に感じられた。

 

「………クソったれが。」

 

彼はスタンドを現出させ、虚空から懐中時計を取り出した。時計のネジを、順回転とは逆の方へと回していく。

 

【ほんとズルいよね。こんなことができるなら、なんだってできるじゃん。壁は乗り越えることが可能であって初めて、意味があるんだよ?】

 

時計の長針と短針が緩やかに巻き戻り、時間は過去へと遡っていく。

世界は灰色に染まり、建物は復元され、基地を襲った炎は逆さ戻しに発射元へ帰還していく。

 

【あーあ、せっかくのフットボールゲームの対戦が、やり直しだ。】

 

彼らは暇潰しに防災対策がなされた兵士たちの寄宿舎で、フットボールゲームの対戦をしていた。

執刀医がスイスの代表チーム、金髪がエジプト代表チーム。試合の行方は執刀医が優勢で、残り時間はわずか。

テレビの画面のキャラクターたちは逆さ戻りをし、ゲームは試合開始時間へと巻き戻されていく。

 

「さすがに軍事基地ともなると、災害や敵襲には敏感なのだな。」

【君たちの言うところの、国を守る砦だからだろうね。】

 

寄宿舎のドアを開けて、彼は外に出ていく。

屋上に登り、攻撃の出所を探った。

 

「俺は難易度を調整するために生み出されたのか………。茶番じゃねえか、クソったれ!!!」

 

リュカ・マルカ・ウォルコットは正しい。

彼らは結局イアンの玩具であり、許された時間、許された範囲で自身の幸福を求めることが、彼らが最善の生を送ることである。

 

そしてそれは、人生も同じだ。

許された時間、許された範囲で可能な限り自身の幸福を求める。人生自体がそもそもそういうものでもあるのだ。

 

◼️◼️◼️

 

「作戦会議を行う。」

 

パッショーネのミラノ支部での、二回目の作戦会議。

会議の二回目が開かれたということは、一回目の方策はうまくいかなかったということである。

 

「………ここまでの作戦の戦果を報告する。」

 

あまり芳しいとは言えない沈鬱な表情で、グイード・ミスタが重々しく口を開いた。

 

「まずは中距離誘導ミサイルによる基地破壊攻撃。これは全くもって意味を成さなかった。発射したミサイルはことごとく空中でバラバラになって、不発のまま墜落した。」

 

サーレーも会議の末席に座り、難しい表情をしている。

 

「次に遠距離からのスタンド攻撃。ヨーロッパ中を当たって強力なスタンド使いに依頼をしたが、理解ができねえうちに攻撃部隊が敗北した。」

 

ホル・ホースがサーレーの横であくびをした。

 

「おい、真面目に聞けよ。」

「て言ってもよぉ。俺っちにできることがあるとも思えねぇし。」

 

周囲の人間が私語を発したサーレーとホル・ホースをにらみ、二人は萎縮した。

 

「コホン。続けよう。その他にも様々な手段で攻撃を試みたが、そのことごとくが失敗に終わった。あの赤黒い空間は、相当厄介な特性を兼ね備えているらしい。」

「………。」

 

サーレーは過去に二度ほど本体と思しき男と接触したが、そこまで危険な男だとは思わなかった。しかし、現に理解のできない事態となっている。

近接戦闘はさほど強くなくとも、スタンド自体が極めて特殊だということだろう。しかしてその真実は、本体のイアンの妄想が肥大するほどに強力なスタンドに進化するという、厄介な特性を備えている。

 

「この異常事態を受けて、ヨーロッパ裏社会全体で手を組み、総力戦を決行する。文句にある奴、異論のあるチームは、今ここで俺に申し出てくれ。」

 

ミスタのその一言に、場は静まり返った。

本来このテの事案は、被害を受けた国が自国の戦力で対処する。しかし前例を裏切っての、ヨーロッパ総力戦である。

パッショーネは強大で逆らえないが、それ以前に本当にヨーロッパが危機にあるということをこの場にいる人間は理解しているのである。

 

「パッショーネから暗殺チーム。フランスからはローウェンが捨て駒を志願した。」

 

裏社会にその名を轟かすローウェンの捨て駒宣言に、場にざわめきが起こる。

 

「あいつは生きてたんですか!!!」

「………ああ。フランスの病院で発見された。今回の作戦では、あの男も相当肝を入れている。他には、イングランドの暗殺チーム。スイスとオランダとベルギーからは、個で強力なスタンド使いが少ないという理由で個人ではなく兵の数を貸し出されている。それと、スペインからウェザー・リポート。」

「ウェザー!!!」

 

ミスタの視線に、会議の一角にウェザー・リポートが参加していることにサーレーは気が付いた。

パッショーネから現在スペインに貸与されているウェザー・リポートも、個人で参戦を表明していた。

 

「それと………スピードワゴン財団から、パッショーネとの友誼により空条徐倫が参戦を表明した。目ぼしい戦力はこんなところだ。他の国は余剰戦力がなく、戦闘力にも不安があって足手まといになると辞退している。必要とあらば、こちらから戦力の融通を申し出ることになるが………。」

 

ミスタが場を見渡すと、幾人かの人間が頷いた。

 

「作戦の中核は、敵の首領と直接対峙した経験を持つサーレーが敵首領を討ち取ることを最上目的に据える。他の暗対は無視しても、最悪あとで対処が可能だとそう判断する。他の人間はみな露払いだ。命を捧げて血路を開け。」

 

ミスタの言葉に、一堂に会した人間は真剣な表情をした。

 

「戦闘部隊の総指揮は、俺が執る。個で強力な人間は、基本サーレーのサポートに回す。ローウェンは無為に使い捨てるにはもったいない。遊撃だ。勝手に考えて勝手に動いて、戦局を有利に回せ。パッショーネの暗殺チームは、みなサーレーにその身を捧げろ。サーレーはどんな手を使ってでも、敵を殺せ。」

 

会議室の扉が開いて、漆黒の殺意を目に宿したフランシス・ローウェンが入室した。

 

「最上暗対は首領のイアン・ベルモットだが、敵方には前回俺たちを軽くあしらった金髪の男もいる。奴を放置すれば、暗殺行動に支障が出るのは間違いない。戦力の配分は決定することが非常に困難だが、結局のところ各自自分たちにできる最善を尽くすしかない。健闘を祈る。」

 

会議室には殺意が渦巻き、作戦行動が開始される。

 

◼️◼️◼️

 

「あの回転木馬ヤロー、どうやって攻略するか………。」

 

マリオ・ズッケェロはホル・ホースと二人で、亀の中で頭を悩ませていた。

悩み事は前回遭遇した敵、オリバー・トレイル。感情と記憶を操る回転木馬を展開する難敵。

リーダーのサーレーが敵と雌雄を決する時、ズッケェロもオリバー・トレイルを超える必要が出てくるのではないかと、ズッケェロはそう予感していた。

 

「抗えない感情を支配するスタンド使いでしょ。その赤黒い空間の効果も考えると、攻略は非常に困難なものになると思うなぁ。」

 

亀の中のメロディオが、参謀として二人に助言をしていた。

ポルナレフが横で話に聞き耳を立てている。

 

「ふふふ。お前ら、まだそんなことに頭悩ませてんのか?」

 

ホル・ホースが自信ありげに、なにやら嬉しそうな表情を見せた。

 

「ホル・ホースおじさんは、なんか対策を思いついたの?」

「おい、言ってみろ!」

「ふふふ。とっておきは、本番で披露するものだぜ!」

「なんか嫌な予感がするな。」

 

いやに嬉しそうにニヤけるホル・ホース。首をかしげるポルナレフ。

本当に大丈夫なのかと、ズッケェロは首を傾げた。

 

「そろそろ作戦決行時間だ。準備は出来ているか?」

「バッチリよん。」

「おい!勝手に………。」

 

亀の外からサーレーが入室し、ホル・ホースの安請け合いにメロディオも微妙な表情を浮かべた。

 

「………まあいい。負けられない戦いだ。行くか。」

「ガンバってねー。」

「ガンバレよー。」

「………お前は気楽でいいな。」

 

ポルナレフと敗退したメロディオの間の抜けた応援に、サーレーは脱力した。

 

◼️◼️◼️

 

『ピンときた!!!インスピレーションを受けたッッッ!!!』

 

だ、そうである。

意味がわからない。と言いたいところだが、オリバーは経験上、イアンが唐突に何かを思いついた場合は実際にそれが必要となることが多いことを理解していた。イアンは直感が強い。イアンが天啓を授かれば、それはそのまま鬼札となる。

そして何かにインスピレーションを受けたイアンの指示。

 

『よし、イワシ!!!お前ちょっとショッピングモールに行ってマネキンをあるだけかっぱらってこい。』

 

わけがわからない。と言いたいところだが、イアンと長い付き合いのあるオリバーは、イアンが何にインスピレーションを受けたかその言葉で理解していた。わかるようになりたくなかったが、わかってしまった。それがわかってしまえば、イアンの同類、狂人の仲間入り。

イアンは、マインロッテ曹長のスタンドからマネキンが命を持って生きている妄想を抱いたのである。

 

イアンのスタンドの煉獄は日毎に倍々にその勢力を広げており、今やかなりの広域まで赤黒い空間が侵食してきている。

それを受けて国は近隣住民に避難の指示を出し、軍事基地の周囲にはすでにかなりの広範囲にわたって人の気配がなかった。

 

「これで全部か。なんだかなぁ。」

 

トラック型の軍用車の荷台には、三十体ほどのマネキンが積まれていた。不気味だ。

これが必要となるということは、次の戦いは前回にも増して敵の戦力が増量されているということなのだろう。

 

「となると、敵さんも本腰を入れてきたってことかねぇ。まあこれまでの経緯を考えれば、そりゃ本気で殺しにくるわなぁ。」

 

過去臓器密売組織の運営から始まり、スイスの暗殺チームを処分、スペインのカタルーニャで大量虐殺、イタリアのミラノで大量虐殺、フランスでは名所ノルマンディー橋を落とし、挙句に軍事基地を乗っ取り。最終目標は全人類の残り一人までの選別。これだけやれば、それは悪辣極まりないテロリストとして即刻処分されても仕方がない。とは言っても、イアンに政治的な思想があるわけでもないが。

 

テロリストが社会を攻撃する理由は、社会に不満があり、思想にいわゆる問題を抱えているからだ。

イアンは社会に不満を持ち、思想というよりはどちらかというと思考回路に問題がある。

まあ誤差の範囲だと言っても良いかもしれない。

 

「さっさと帰るとするか。」

 

今は周囲に人の気配が無いが、いつまた本拠地に敵襲があるとも知れない。

オリバーはさっさと運んで、帰還することにした。

 

◼️◼️◼️

 

「めっちゃ攻められてる………。」

 

オリバーがショッピングモールから軍事基地に帰還した時、そこはすでに戦場だった。

 

「………どうしたものか………。」

 

合流しようにも、オリバーのスタンドに戦闘力はない。

敵は前回よりも戦力を充実させ、煉獄のバックアップがあるにもかかわらずリュカとベロニカは劣勢、時間稼ぎに徹する様相。イアンの煉獄の特性も分析され、用心を重ねて地雷探知を周到に行なっている。不用意に攻撃を仕掛けず、遠巻きに精神を少しずつ削り取る持久戦、物量の差を活かした戦いを繰り広げている。

 

「タイミングが悪すぎるだろう………。」

 

回転木馬で一瞬注意をそらすことは出来ても、合流することは現状非現実的。

忘れ得ぬ記憶(ラスト・メモリー)を放って一網打尽にしてもいいかもしれないが、仮に上手くいったところでイアンがそんな戦いで満足するか甚だ疑問だ。

 

「うーん………やるか?」

 

銃弾が飛び交い、炎が舞い、砂塵が巻き起こる。

そんな基地の敷地を遠巻きに眺めながら、オリバーは腕を組んだ。

背後から急襲をかけてラスト・メモリーを放てば、敵の動きを停止させることが可能なはずだ。しかしそれにはリュカとベロニカと屋上のバジルも巻き込まれてしまい、結局オリバー無双が展開されることになる。オリバーは無意味に殺しを楽しむ性質ではない。

やれば圧勝できる可能性も高いが、躊躇してしまっていた。それに背後からの急襲には、敵に先に勘付かれてしまうリスクもある。先に勘付かれれば、煉獄の加護も戦闘力もないオリバーは遠距離から無数の弾丸の斉射を喰らい、お陀仏だ。

 

「グズグズしてたら俺もそのうち見つかるよなぁ………。」

 

オリバーが悩んでいると、トラックの荷台に乗せられたマネキンの目が光った。

 

「お、おい!!待てよ!勝手に動くなッッッ!!!」

 

慌てるオリバーを尻目に、荷台に乗った三十体ほどのマネキンは勝手に武器を携行してトラックを次々に降りていく。

 

「おいおい、どうなるんだコレ?」

 

オリバーは事態がどう動いても対応可能なように、緊張した。

 

◼️◼️◼️

 

「無理をするな!突出するな!互いを守り合うことを考えて、着実に一歩一歩進め!!!」

 

グイード・ミスタの率いる戦闘部隊本体は、互いに守り合い地面に埋められた地雷を警戒しながら、煉獄の陣地を少しずつ侵攻していく。

前回の戦いでは想定外に痛手を受けた。その理由は、戦いを殲滅戦だとそう認識したことにある。

 

どちらかがどちらかを撃滅する戦い、それはこの戦いの本質ではあるのだが、その前段階として周囲に展開された敵に有利な煉獄(ホーム)を攻略することが必須条件となる。前回の戦いでは煉獄を考慮せずに戦いを挑んだ結果、不運の連続で地雷が数多炸裂し、力攻めに終始し混乱した挙句、無為に幾人も部下を失ってしまった。

 

「ウェザー、爆煙を消し飛ばせ!!!」

 

今回の戦いでは分かりづらい要素を極力排除することにまず勤め、攻めよりも守りを重視し、早急な殲滅戦ではなく煉獄の勢力をそぎ取る陣取り合戦であるとそういう認識で戦いを挑んだ結果、これが今のところ想定以上に手応えを感じ取れる結果を出している。

 

不確定要素である天候を支配するスタンド使いウェザー・リポート、地雷を探知する器具、もともと敵よりも圧倒的に優位に立っている人数の力(マンパワー)、これらをフルに駆使し、まずは敵を赤黒い空間から追い出すことを主眼に置いた戦いを仕掛けているのである。

 

「いいぞ!その調子で、奴らを日干しにしてやれ!」

 

敵に近づき過ぎず、敵の嫌がることに終始する戦い。

遠距離からの射撃は当たらなくても敵の精神を疲弊させ、ウェザーが天候を支配することによって前回よりも射撃の精度が若干上昇している。地雷を前もって判別することで人員の離脱を防ぎ、人の力でサポートすることによって持久戦を可能にする。敵はそもそも寡兵で、近接に特化したスタンド使い。焦れて前に出てくるようなら狙い通り、どれだけ犠牲が出たとしても囲んで人数で圧殺する。

敵が攻めてくれば引き、浮けば囲み、少しずつ攻撃のための橋頭堡として部隊は相互補助しながら煉獄の空間を確保していく。

 

「うーん。やっぱり、冷静になられたら地力が違うね。コリャマズい。」

 

ウェザー・リポートの参戦は、ミスタの与り知らぬところで思わぬ収穫を出している。

空気中を漂うバジル・ベルモットの不幸のカラスアゲハの鱗粉を、吹き飛ばして無効化しているのである。

 

ここでの戦いは本戦ではない。

ここの戦いは暗殺チームの露払いであり、時間稼ぎでも許容できる戦いではあるのだが、だからといって無意味な戦いではない。ここで勝利することによって、敵の首謀者を焦らせることができる。敵が焦れば、采配を誤る可能性が出てくる。采配を誤れば、本戦の暗殺チームに対する強力なサポートとなる。戦場は無数の細かな要素で成り立ち、負けられない戦いを少しでも有利に動かすために必死に知恵を絞るのも宜なるかなである。

 

懸念事項である大量虐殺スタンドの可能性は消せていないが、敵の情報が足りてない状況で万事に卒なくというのは無理がある。

万一ここで負けても裏社会側にはマンパワーがあり、無差別大量虐殺スタンドを使用した場合敵も無傷とは思えない。万が一全員死んでも情報さえ遺せればよしと、ミスタは開き直った。

しかし、ここまで上手く運んでいた戦局が唐突に転機を迎える。

 

「馬鹿な!敵に援軍だと!!!」

 

敵は小規模の犯罪集団。今までほかに仲間と思しき存在は確認できておらず、自分から特級の殺害標的にされた犯罪者に加担しようとする酔狂な人間がいるとも思えない。

必然的に今見えている敵が全てであり、軍事基地の敵を掃討すれば勝利が確定するとミスタはそう思い込んでいた。その矢先。

 

「うわああああ!!!背後から、敵襲、敵襲だあああぁぁぁぁぁッッッ!!!」

「ありゃ、イアンはまたなんか変なことを思いついたんだねぇ。相変わらず頭がおかしいな。」

 

敵は二人の凶悪犯と、武装した二体のマネキン。

それに背後を付く形で不意に増援として現れたのは、三十体の武装した不死のマネキン集団。

不気味な上に、銃撃が大したダメージにならない。動くために必要な四肢を吹っ飛ばしてダルマにするまでその動きは止まらず、しかも前方の敵を襲撃していた最中の突如背後からの挟撃。

 

戦局は、混迷する。

 

◼️◼️◼️

 

【やあ、オリバー。ご苦労さん。】

「イアン………状況はどうなっている?」

【リュカとベロニカとバジルは外の奴らの対応中。金髪のクソヤローはイアンに制限解除の直談判。前回と同じで建物内部に数名の潜入者。その中でインチキ金髪に手に負えない獰猛な奴らと遊んでもらって、イアンは前の相手とランデブー。君も手頃な相手を充てがうから、適当に時間稼ぎをお願いね。】

 

軍事基地の廊下で、外の混乱のどさくさに紛れて帰還したオリバーは執刀医と鉢合わせをした。

オリバーは、執刀医のことをイアン・ベルモットのスタンドだと勘違いしており、執刀医も特にその誤解を解こうとはしていない。

 

「いいご身分だな。好きなことをやって、俺たち駒をアゴで使って。」

【そう邪険にしないでくれよ。君は有能で、私は君を気に入って応援している。人間は、力の及ぶ限り自身の幸福を追求するものだ。君の必死の努力を嘲笑う人間はきっと多いし、君の行為を糾弾する人間も多いはずだ。でも人間ではない私には、そんなもの一切関係ない。君は、君を応援している数少ない者を粗末に扱うべきではないと思うよ。】

「………しらじらしい。」

 

執刀医とイアン・ベルモットが等号で結ばれているオリバーは、煉獄の主人で最終決定権を持つイアンのその言葉に空寒さを感じた。

イアンは煉獄における最終決定権を持つが、それを行使するつもりはない。あくまでも個で煉獄を勝ち上がり、天へと上ってきた強者を尊重する意向だ。

 

【君が最後まで勝ち続ければいい。どこまでも勝って、天へと上り詰めるんだ。奇跡は起こせないから奇跡だなどと、知ったような口を利く赤の他人の言葉に耳を傾けるな。イアンも君が実力で残るようだったら、一切文句は言わない。イアンは煉獄を這い上がった猛者と戦うつもりだが、もしも君が残るようなら多少の融通はきかせるはずだ。イアンはあれでも君を評価しているし、感謝してるんだよ?】

「………。」

 

複雑な心境だ。

オリバーをここまでどうにもならない境遇に追い詰めたのはイアンであるが、イアンがいなければ息子は今頃この世にいなかった。それがたとえ問題の先送りに過ぎなかったとしても。

オリバー・トレイルは、大切なもののために邪神の手先となってしまったのだ。恩を受けた後で今さらそれをどうこう言うのは、恩知らず。しかし他人を害する呪われた生き方を強要された現状を厭う気持ちもある。

 

感情の混沌、迷い、苦しみ、怒り、懊悩、絶望。

その最後に残ったのは、無数の感情の混沌を勝ち抜いたのは………息子への愛情とそれに伴う邪神への忠誠心。

それがオリバーの心のパンドラの箱の奥底に存在する、希望だった。

 

【イアンからの指令(オーダー)を伝えるよ。あのど腐れ金髪が必要な人間を攫って、手頃なので暇潰しをするから、残ったのをいつものようにお願いね。】

「了解。まあ怒っても焦っても、現状は変わらない、か。」

 

諦めが上手くなった。イアンの狂気に馴染むこともできる。作り笑いも板についてきた。

結局、やれる事をやるほかない。

 

環境に慣れ、柔軟な対応をしてきたオリバーは、軽薄に笑って軍事基地の廊下を歩く。

いつも通り偽りの笑みを浮かべて、主人から出された指示をこなしに向かった。

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