噛ませ犬のクラフトワーク   作:刺身798円

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イアン・ザ・スーパー

「一時退却!!!互いをサポートしながら引けッッッ!!!」

 

赤黒い世界に、グイード・ミスタの指示が響き渡る。

いわゆる転進、その実態は、不慮の事態に対する保守的な指示である。

が、致し方ない。前回は無理を通そうとした結果、多くの死者を出した挙句に実りはなかった。

 

「クソッッッ!!!本当にわけがわからねぇ!!!なんだってマネキンが動いて、いきなり敵の増援に現れるんだ!!!」

 

忸怩たる思いに、ミスタは爪を噛んだ。

ここまで順調だった敵地制圧計画、それが目前の敵と戦っている最中に、突如背後から謎のマネキン集団の奇襲を受けた。

煉獄は日毎に表面積を倍々に広げていっており、その進行速度は爆発的だと言って良い。

 

「一体あと時間はどれだけ残されている………。」

 

明日になれば二倍、明後日で四倍、四日後で十六倍、表面積が十六倍になれば、その一辺の長さは四倍になる。

煉獄の始動からすでに十七日が経過しており、最初は一辺十mほどだったその広さは、今はすでに一辺あたりおよそ2.5km。明後日になれば一辺5kmを超え、どんどん制圧することが困難になる。そしておよそあと二十五日前後、その時には煉獄は地球全体を覆い、全人類がイアン・ベルモットの狂気に侵されて殺し合いを始める。殺し合いを勝ち残った一人が人間を超えた何かに成り、創造主たるイアンに反旗をひるがえす。

その一連の劇が、イアンの狂者の煉獄の能力の全容である。

 

「サーレー………。」

 

本当に厄介な敵だ。

追い詰めたと思ってもわけのわからない手段で覆し、謎の強力な敵を擁し、目的も行き先も不明なまま誰も彼もが強制的に踊らされる。

頼みの綱は別動のパッショーネ暗殺チーム、そしてこちらの鬼札であるフランシス・ローウェン。

 

イングランド、クイーンズの親衛隊長であるジャック・ショーンを始めとした幾人かの強力なスタンド使いは、何かあった場合に融通の利く戦力、後詰として置いてきてしまった。こんな混戦に巻き込まれるとわかっていれば連れてきたのだが、ミスタは大量虐殺スタンド能力の行使による一網打尽で、強力な手駒が全滅する事を恐れていたために戦力を逐次投入の形にせざるを得なかったのである。

 

「五人一組、互いを守る事を最優先に考え、ウェザーは天候の利を敵に奪われないことに集中しろ!!!ウェザーの近くにいる人間は、命を張ってウェザーを守れ!!!急がず相手の行動を注視し、ここまでに確保したポイントを経由して退却だ!!!」

 

敵マネキンは、およそ三十体。恐ろしいことは、これが次に来た時に数が増えてないとも限らないこと。

敵を誰も落とせず、割合で見れば被害は前回よりも圧倒的に小さいが、総数で見ればマンパワーを大量投入した今回の被害は前回以上。その結果は前回と同じく、時間稼ぎからの暗殺チームに任せきりの同じ轍。確保したポイントを経由して、ポイントごとに小規模の遠距離戦闘を行いながら時間を稼ぎつつの退却。

 

グイード・ミスタは、胸の内の悔しさを噛み殺して退却する兵士を追い立てた。

 

◼️◼️◼️

 

「テメエ!!!サーレーをどこにやった!!!」

「コイツが………。」

 

軍事基地内部の廊下にて顔をつき合わせているのは、敵の金髪の男とマリオ・ズッケェロ、ホル・ホース、それに今回新たに参戦した空条徐倫。

 

彼らパッショーネ暗殺チームは、サーレーを先頭に赤黒く染まった軍事基地の内部を敵を捜索して徘徊していた。

そして突如目の前に金髪の男が現れ、サーレーは神隠しに遭い、今現在ズッケェロは敵意を剥き出している。

 

「あの男は、イアンのお気に入りだ。」

 

イアンからの指令(オーダー)は変な髪型の男を拐えというひどく雑なものであったが、実際に確認してみると簡単に判別が可能だった。

金髪の男はそれだけ返事すると、値踏みをするように目の前の相手をマジマジと眺めた。

 

「前回のオリバーと戦った二人組。女は新顔だな。」

 

この世はつまらない茶番劇。

イアンがわけのわからない妄想力で、彼を信じられないくらい強力なスタンド使いとしてこの世に産み落としてしまった。おかげで必死になることもないし、力の行使に変な制限もかけられている。

 

仕方がないから退屈しのぎに手頃な敵と遊ぼうか。

それくらいしか彼にできることはない。

 

「お前らの相手はオリバー。なら俺の相手は女か。」

「徐倫ッッッ!!!」

 

金髪の男がそう呟くと、徐倫と金髪の男はサーレーが消えたように再び神隠しにあってしまう。

 

「お前ら、また来たのか。まあお前らの立場で考えりゃあ、尻尾巻いて逃げるってわけにもいかないわな。」

「テメエッッッ!!!」

 

廊下をふと振り返れば、ノスタルジー。

軽い笑顔でヘラヘラと笑ういじられ系の三枚目。そして、イアン・ベルモット唯一無二の腹心の配下。

 

金髪の男が消え去った後の廊下を、ズッケェロの背後からオリバー・トレイルが軽薄な笑みを浮かべて歩いてきた。

 

◼️◼️◼️

 

「久々、というほどでもなし。マイフレンド。立て続けの三回目の逢瀬。運命、気になるあなた。フレンド申請を送っておくから是非とも受諾してくれたまえ。」

 

不気味な手術室、軍事基地でも一際赤黒いそこで彼らは三度相見える。

サーレーは暗殺チームの同僚と一緒にいたはずが、気付いたら一人手術室、白衣をはためかせたイアン・ベルモットと相対している。

 

ーーイアン・ベルモットさんからフレンド申請の申し込みをいただきました。お受けしますか?

 

「………お前、なんでもアリかよ。」

 

サーレーの眼前の手術室の空中に、意味不明にシステムウィンドウが表示された。

イラついたサーレーはクラフト・ワークの拳を振り、こなごなに叩き割れたシステムウィンドウはガラスのように砕け散って空中に消えていった。

 

「ああ。ふられてしまった。世知辛いよ、マイソウルフレンド。人生心に余裕が必要だと、君はそうは思わないのかい?」

「………煙に巻こうったって無駄だ。」

 

もう三度目の邂逅。だいぶわかってきた。

この男は、話すだけ無駄だ。真面目に取り合おうとしても、時間を無為に浪費するだけに終わる。

 

いっそ清々しいまでに、凶悪極まりない暗殺対象。

サーレーはクラフト・ワークを具現し、刹那の間に脳裏に暗殺の手順を思い描いた。

 

ラニャテーラを展開、相手がわずかでも困惑した隙に的の大きい腹部を攻撃で突き破り、そのまま固定。トドメに逆手で頭部を消し飛ばす。

前回と同じ手順。しかし前回敵の腹部を破ったはずが、敵に後遺症は見られない。なんらかの回復能力持ちの可能性アリ。

 

周囲を旋回する炎は、喰らってダメージを受けても直撃を受けて即死さえしなければ許容できる。コマ送りを発動して軌道を見極め、致命傷だけは回避する。

一秒にも満たないわずかな時間に思考を定め、殺意に精神を凍らせ、サーレーはラニャテーラを展開してコマ送りを発動してイアンへと走り迫る。

 

「永遠に地獄で苦しめ、クソワナビ。」

いいや(Non!)私はワナビではない!(I’m not wannabe.)私は超人だ!(I am superman.)

 

サーレーが部屋を走ってイアンに詰め寄ろうとすると、イアンは拳を握って両手を上方に突き上げた。

その行動を合図のようにして、イアンとその背後に浮かぶ執刀医は手術室の中を浮遊した。

 

「はあ?!」

「君のその能力は、詳しくは知らないが部屋の壁や床を伝播しているのだろう?なら宙に浮いていれば効果が無い。スーパーマンが空を飛べるのは、この世の常識だろう?」

 

イアンは人差し指を立ててサーレーに説明した。

 

すでに、前回の戦いを踏まえたアップデートは完了している。

クレイジー・パーガトリィ、イアンの妄想は、彼の部屋の中で現実のものとなる。

イアンの妄想が肥大するほどに、その能力は進化する。

 

もともと、イアンのスタンドであるクレイジー・プレー・ルームは可能性の塊だった。何しろイアンが妄想を信じ込みさえすれば、それはなんであろうとイアンの部屋の中で現実に形を成す。

イアンのスタンドには、進化のための試練など本当は必要ない。イアンのスタンドがなぜこんなにも異常なスペックなのかと言うと、それはイアンのスタンドの部屋の正体が何なのかというところに依存する。

 

ならばなぜイアンは、矢のウイルスやパープル・ヘイズ・ウイルスで苦難だなんだのごちゃごちゃやっていたのか?

 

それは、イアンの能力のアップデートに必要な儀式だからである。

苦難という儀式を乗り越えた主人公は、成長していく。そういったイアンの妄想。それはイアンが自分のスタンドが進化したと信じ込むために必要な経過だったのである。イアンがそれを信じ込めるのであれば、実際はその儀式内容は問わない。

そして今のイアンはサーレーという好敵手を得てテンションが上がり極限まで集中力が跳ね上がっており、儀式を経由せずとも己のスタンドを進化させることが可能になっていた。

 

「さあ、まさかボスである私に、同じ戦法が二度通用するなどと考えていないだろう!見せてくれ!君の真髄をッッッ!!!」

「………コイツはどんだけ面倒でイカれてんだ?」

 

イアンは両手でそれぞれ丸を作って、それを自身の両目にあてた。

 

無限大を表すハンドシグナル、それが彼のトレードマーク。

煉獄の空の支配権を持ち、無限の妄想と狂気を力に変える超人、イアン・ザ・スーパー。

少年のその場の思い付きのスーパーヒーロー。

 

「さあ、本気でかかって来い!この俺が………この正義のヒーロー、イアン・ザ・スーパーが貴様を成敗してやるッッッ!!!」

「………。」

 

………一人称まで変わっている。

サーレーは理解したくなかったが、理解してしまった。この男、道理で言葉が通じないわけだ。

 

この男は、ズバリ宇宙人だ。

生物学的に地球人でも、地球とは違う常識、倫理、思考、行動原理に突き動かされている。ゆえに地球人の殺戮を躊躇せず、社会とまるで相容れない。根本的に、生物としてのカテゴリーが異なるのだ。

その辺の犬や猫の方が、まだ意思の疎通ができる。

 

無意味に疲れる。

サーレーはかぶりを振って、殺意を隠してイアンの下へと近付いていく。

 

◼️◼️◼️

 

時を操る具現、強大なスタンド、ザ・ワールド・アナザーヘヴン。

深い青色の大きなスタンド、その首には鎖で繋いだ懐中時計をぶら下げている。

 

「女、名を聞いておこう。」

「空条徐倫。」

 

軍事基地の室内演習場にて、金髪の男と空条徐倫は向かい合い、拳を交わす。

 

「むん!!!」

「はあッッッ!!!」

 

巨大な力を持つ金髪の男のスタンドが拳で殴りかかり、徐倫のスタンドの束ねた糸がしなやかに形状を変化させてそれを受け流した。

徐倫はそのまま男の懐に侵入して、反撃した。

 

「硬いわね。」

「糸のスタンド………。ふむ、強いな。」

 

男のスタンドは微動だにせずに、徐倫のストーン・フリーのラッシュを手の平で弾き返した。

 

「空条、空条か………。」

 

男に課せられたルールは、ジョースター一族以外の殺害禁止。

ジョースターと空条は、等号で結ばれている。しかし男は、それに気付かない。

 

「日本人か………。」

「一体何の話を………?」

 

気付かないのも当然だった。男は、イアンの妄想により生み出された存在。

イアンは裏社会の住人でもあり、裏社会で有名だったディオ・ブランドーの伝説も聞き及んでいた。眉唾な噂ではあるが、時間を操る最強のスタンド使いであると。

 

ただしイアンのそれはあくまでも伝聞で、イアンが知るのはブランドーとジョースター一族に因縁があるということだけ。その具体的な内容は知らず、ディオ・ブランドーは感覚でジョースター一族を感じ取ることが可能だということも知らない。男の記憶はイアン・ベルモットの妄想から生じた記憶であり、そのためにディオ・ブランドーと空条徐倫の間にエンリコ・プッチという因縁があるということも知らない。そこに齟齬がある。

 

そして空条徐倫の方も、ブランドーの存在を感じ取ることは出来てもそのまがい物までは感じ取れない。そもそもジョースター一族がディオの存在を感じ取れたのはディオの体がジョースター一族のものだったからであり、金髪の男の体組織成分には一ミリもジョースター成分が含まれていない。こんなもの、察知できるわけがないのである。

 

「こちらの話だ。………まあ時間潰しの相手にはちょうどいいか。」

 

男の筋肉が膨張し、一足跳びに空条徐倫に走り迫る。

しかし、男の体は突如停止した。

 

「何ッッッ!!!」

 

何があったのかと男が自分の体に振り向いた瞬間、空条徐倫が前に出て男に攻撃を仕掛けた。

 

「チッ!!!」

「甘い!!!」

 

いつの間にか男の体には糸がからみつき、それは幾重にも束ねられて膂力で引き千切れない。

体の動きをひどく制限された男に、空条徐倫は瞬時に懐に入りいくつもの拳を叩き込んだ。

 

「クソッッッ!!!調子に………!!!」

 

男が空条徐倫を見据えるも、空条徐倫の姿が見えない。いつの間にか消えた徐倫に男は困惑した。

しかし次の瞬間。

 

「グゥッッッ!!!」

 

男の首には糸がかけられており、男の背後に空条徐倫が現れた。

糸はギチギチと音を立てて男の首を絞め上げ、不死身の吸血鬼であるはずの男も苦しみに声を上げた。

 

「喰らえッッッ!!!」

 

ストーン・フリーが糸を束ねた拳を振り上げ、男の頭部を潰そうと振りかぶった。

男は堪らずに懐中時計を手に取り、ネジを動かして時間を停止させた。

 

「なんだコイツはッッッ!!!マジで強いッッッ!!!」

 

空条徐倫が強いのは当然である。

彼女は正当な存在であり、広大なアメリカでも強者の呼び名をほしいままにする。

男は時間を停止させる能力を使用するつもりはなかったのだが、空条徐倫はスタンドの能力無しにあしらえるほど簡単な相手ではなかった。

 

「どこだッッッ!!!」

 

停止した時間の中で、空条徐倫の存在が消滅した。

男は事態が飲み込めずに周囲を見渡した瞬間、男の首がボロリと地面に落下した。

 

ストーン・フリー、フリー・ワールド。

糸を極限まで薄く延ばせば、線になる。それはしなやかで鋭い二次元の刃。男の周囲にはそれが張り巡らされている。

空条徐倫は、二次元と三次元の世界を自由に行き来する。

 

「この女………!!!」

 

男は自身の落ちた首を拾い、接着した。そして懐中時計の針を巻き戻す。

すると時間が少しだけ巻き戻り、空条徐倫が輪郭を取り戻し、男は徐倫が世界に溶けていく様を懐中時計の針を操作してつぶさに観察した。

 

「………糸。なるほど。糸を極限まで薄く延ばして、大気と同化した刃。さて………どうするか?」

 

この女は強い。

彼は能力を十全に行使すれば殺せるが、それではつまらないとイアンに禁止されている。

 

中間がない。

一方的に甚振るか、敵の能力を好きに行使させて敗北するか。火花散る戦いという中間が存在しないのだ。

こんなもの、一体どうしろと言うのだ?

 

「………。」

 

男に出された指令(オーダー)は、時間稼ぎ。

ここでこの女を一方的に甚振って勝利したところで、あの不気味な執刀医に何と言って難癖をつけられるかわかったものではない。

つまらない玩具はゴミ箱行き。男は与えられた境遇に、不満を感じた。

 

◼️◼️◼️

 

「お前は………。」

 

基地の敷地内での戦闘は小休止を迎え、グイード・ミスタはいったん煉獄から退却して天幕にて休憩していた。

死者と負傷者を確認し、部隊を再編成し、再度戦場へと向かうために英気を養っていた最中。

 

「やめろよ。銃を向けないでくれ。俺を殺すとお前らは死ぬほど後悔することになるぜ。」

 

天幕に現れたのは髪を後ろに縛った男、バジル・ベルモット。

イアン・ベルモットの弟にして、軍事基地の屋上からミスタを眺めていた男だった。

 

「………何が言いたい?何をしに来たッッッ!!!お前は一体、何者なんだッッッ!!!」

「………俺はイアンのおもちゃだよ。主人のイアンが俺がここで戦って死ぬ運命にあると定めたから、俺は今ここにいる。リュカもベロニカも金髪も、皆同じだ。それに気づいているのはリュカだけだがな。」

 

ミスタは銃を構えて詰問し、バジルは両手を上げて降参のポーズをしたまま答えた。

 

「バジル・ベルモット。お前の親が国に戸籍を提出した時、お前の両親は役所でもめている。お前の親はお前を息子ではないとさんざん言いはった後日に、その発言を撤回している。役所に戸籍が提出された時期もおかしい。お前は四歳の頃、国に戸籍を提出された。それ以前はこの世に存在しないことになっている。お前は一体、何者だッッッ!!!」

「だから言ったろ。イアンのおもちゃだって。………お前らももうわかってんだろ?イアンは、妄想から人間を生み出すイかれたスタンド使いで、俺はイアンに生み出された都合のいいコマ。子供が砂場で捏ねた泥人形、妄想より出でて、時期が来たら消滅する陽炎のような存在だ。………知っているか?あいつマジに食材と生命の区別がついてないんだぜ。だから生命が冷蔵庫から生まれる。イかれてるにもほどがあるだろう。俺って、電子レンジと冷蔵庫から生まれたんだぜ?」

「副長ッッッ!!!」

「待てッッッ!!!」

 

バジル・ベルモットは、自嘲した。

異変に気付いた武装したミスタの部下がバジルを取り囲み、ミスタは部下を制止した。

 

「………お前がここに来れば俺たちに殺されることはわかっているはずだ。お前はここに何をしに来たッッッ!!!」

「取引だよ。」

「取引?」

 

ミスタは疑惑の表情を浮かべた。

 

「俺はここでどうやっても死ぬ。リュカもベロニカも金髪も同じだ。生き残る可能性がわずかでも存在するのは、おもちゃではないイアンとオリバーだけだ。………俺はどうせ死ぬのなら死に方を選びたい。イアンに作られたチョコラータって男は、死ぬ時に人間として処刑されたんだろ?出来れば俺も、捕まったら人間として処刑してほしい。」

「………。」

 

バジル・ベルモットは疲れた顔で、無表情をしていた。

 

「対価に情報をやるよ。値千金の情報だ。煉獄、あの赤黒い空間は、運命を操作している。実力じゃねえ。お前らは不運に見舞われて、敗北したんだ。だがそれは決して無敵の能力じゃない。イアンは苦難を乗り越えることを何よりも好む。実力のある人間であれば、攻略できないわけじゃねえ。煉獄を攻略するには数よりも質。そして………。」

「そして?」

「これが何よりも肝心だ。絶対に間違えるなよ。イアン・ベルモットは、世界が素晴らしいものだとそう信じることを願っている。世界が素晴らしければ、煉獄は失敗して未完成のまま消滅する。………イアンを攻略するためには、イアンを手段を選ばずに殺すんじゃねえ。劇的な展開を演出してイアンを楽しませるんだ。そうすりゃあ、アイツは喜んで自分から勝手に死地へと飛び込んでいく。逆に、世界がつまらないなら、イアンは絶望して世界の破滅を望むようになる。煉獄が完成すりゃあ、世界はイアンのおもちゃだ。そうなったら終わりだよ。好敵手を演出して、今のところはうまく行っていると言える。決して余計なことはすんな。」

 

イアン・ベルモットは童話の主人公。

苦境にあって仲間が助けに来、苦難を超えて成長し、物事の結末を思い通りに導いて行く。

それがイアンの能力の本質。イアンを倒せば勝ち、ではない。イアンを納得させれば勝ちなのである。

 

それだけ告げると、バジルは背中を向けて天幕を退出しようとした。

 

「待てッッッ!!!」

「………言ったろ?つまらないことをすると、イアンが逆上するぜ?俺を止めるなよ。せっかく今までは、上手く行ってるんだからさ。俺はイアンのコマとして動かなきゃいけねえ。お前らは十分警戒してるつもりだろうが、実際はお前らが考えているよりもイアンの能力ははるかにやべえ。いつか俺に感謝する日が来るぜ。」

 

バジル・ベルモットのこの行動さえも、イアンの無意識の支配下にある行動だ。

バジルにはそれがわかっていたが、あえて黙っていた。

 

彼らはイアン・ベルモットの人形。

イアンの望む行動をしている間は生かされるが、イアンが興味を失ったりその存在意義に疑問を感じたりした途端に消滅する。

 

イアンに敵対するなどできない。

イアン・ベルモットの恐ろしさは、たとえ彼らがイアンの不利益になる行動をとったとしても、最終的にイアンの思い通りの結末に収束するところにある。それがイアンのスタンドの特性の一つ、起こりうる事象のうちで最もイアンにとって都合のいい展開の真髄である。

バジル・ベルモットはそれを熟知していた。

 

イアンを暴君だとは思わない。

物事が全てイアンの思い通りだったとしても、運命が縛られていたとしても、無であった彼らが今生を受けているのは奇跡でしかない。

生きることができるのならば、誰かに支配された人形であったとしても構わない。生にはそれだけの価値がある。

バジル・ベルモットは、そう解釈していた。

 

たとえイアン・ベルモットに支配された人形であったとしても、許された範囲の中で人生の幸福を求めることは可能だ。

たとえ誰に望まれなくとも後ろ指を刺されても、自分は今ここにいる。それが全てだ。

 

うるさい奴は、力で黙らせればいい。それが煉獄の掟。

煉獄に生まれた者たちは、他者を押し退けてでも生まれただけあって皆精神的にタフなのである。

 

「副長!!!」

「………行かせてやれ。」

 

ミスタはバジルの言葉の真偽を疑ったが、バジルが危険を犯してまでここまで来たことを鑑みて手出しは危険だとそう判断した。

バジルがもたらしたのは、少なくとも検証する価値はある情報ではある。生かして返せば、また情報が入る可能性がある。今は喉から手が出るほどに、情報が欲しかった。

 

「………俺たちもお前らも本質は一緒だ。限られた時間、許された範囲、定められた制約の中で、可能な限り自身の幸福を追求する。それが生きるということ。俺は他人が不幸になるのを見るのが好きなろくでなしだが、何もしてねえ他人を無意味に殺したいと願うほどにはイかれちゃいねえ。俺は狂人に生み出された妄想に過ぎないが、それでも生まれてきたことに感謝している。」

 

バジル・ベルモットはミスタにそれだけ告げると、天幕から去って行った。

 

◼️◼️◼️

 

「ふふふふふ。さあどうした、サーレー、我が終生のライバル!!!お前の実力は、こんなものか!!!」

 

地平の果てまで面倒臭い男、イアン・ベルモット。

イアンは向かい来るサーレーから白衣を翻し部屋の空中を飛翔して逃げ回り、サーレーめがけて浄化の炎を投げつけてくる。サーレーはイラついて最短距離を走るが、走行路を浄化の炎が行く手を塞ぐ。イアン・ベルモットは天井付近で高笑いをしており、ムカついたサーレーは近くにある冷蔵庫を力任せにぶっ叩いた。冷蔵庫は音を立ててドアが半開きになる。

 

「ああッッッ!!!私の冷蔵庫!!!貴様ッッッ!!!よくも!!!」

 

イアンは空中で顔を歪めて、サーレーを指差した。

フルスロットル・イアン・ベルモット。妄想は極限を迎える。

 

「おおおおおおおおッッッ!!!貴様!!!私の怒りを喰らえッッッ!!!イアン流星群ッッッ!!!」

 

狂人の妄想は天を突破し、イアンの声に呼応して赤黒い部屋は拡張された。

拡張された部屋の上空を浄化の炎が無数に浮かび、あたかも流星群のごとく地上のサーレーめがけて降り注ぐ。

 

「クソッッッ!!!」

 

イアンは、実力だけは本物だ。実力だけは。

サーレーは空間を固定して降り注ぐ炎を停止させようとするが、イアンのクレイジー・パーガトリィの能力が作用した部屋の空間はなかなかうまく固定できない。空間を固定する能力は発現が比較的最近で、スタンドパワーも多く使用する。

サーレーはコマ送りを使用して、迫り来る無数の浄化の炎を紙一重でかわし続けた。

 

「クソッッッ!!!宇宙人が!!!」

「………ふむ、私が宇宙人。ふむ。」

 

イアンは上空で腕を組んでなにかを考え込み、突然片手を天に向かって突き上げた。

 

「出でよ!!!UFO!!!」

「なにッッッ!!!」

 

まさか………サーレーは呆気にとられて、唖然とした。

クレイジー・パーガトリィ、イアンの妄想は、イアンの部屋で現実のものとなる。

 

「………なにも起こらないぞ?」

「むっ!!!」

 

残念ながら、UFOはこなかった。

これはイアンの無意識下の、自重である。さすがにこの大一番で戦いに全く関係ないUFOと支倉未起隆がどこからともなく現れて、勝敗を分けるなどとなったら、なんかもう色々と台無しな感じが凄い。マジで萎える。

テンションの上がりきったイアンではあったが、ギリギリUFOを呼び寄せないだけの理性はまだ残されていた。

 

【イアン、ノリで行動するのは良くないよ。もうちょっと考えて行動しようよ。】

 

イアンは、背後の執刀医にも窘められた。

イアンは一瞬ブスっとした表情を浮かべたが、すぐに気を取り直す。

 

「………さあ、君はこの私を攻略できるか!あ、攻略とは言っても恋愛的な意味では、断じてないッッッ!!!」

「んなもんわかっとるわ!!!」

 

イアンのあまりのカオスっぷりに、無視を決め込んでいたサーレーも反射で突っ込んでしまった。

 

「さあ行くぞ!これを喰らえ!!!」

 

コマ送りに流れる時間の中で、雨霰となって降り注ぐ浄化の炎をサーレーはかわし続ける。

クラフト・ワークが強く緑色に染まり、原子の海のスタンドは床に両手をついた。床の材質を振動で分解、のちに固定して再構成。床から剣を取り出して剣舞、浄化の炎を撃墜した。回転し、踊り、流れに逆らわずに剣を振るクラフト・ワークのその様は、流麗な戦舞い。その姿にイアンは見惚れ、しばし恍惚とした。少年心(ワクワク)が止まらない。

 

「はッッッ!!!私を攻略するために、まさかそんな手を使ってくるとは………。私は恋愛対象ではないと言っているのに………。」

【イアン、もう少しだけ真面目に戦わない?】

 

つくづく理解の出来ない男だ。

残虐非道な行為を行い、無数の屍を作り出したにも関わらず、自分のスタンドとまるでコントのようなやり取りをしている。

サーレーは心の中で首をかしげる。

 

イアンはふざけているわけではない。大真面目だ。

ただ完成された本物の狂気とは、常人には決して理解出来ないだけである。

イアンは他者の死に対して、なんの感慨も抱いていないのである。

 

そんなサーレーとは無関係に、イアンの若干下がったテンションは再び上昇していく。

 

「ならばこれは撃ち落とせるかッッッ!!!喰らえッッッ!!!イアン・ストームッッッ!!!」

「グゥッッッ!!!」

 

イアンの妄想は室内に旋風を巻き起こし、燃え上がる浄化の炎が風に溶けて熱波を撒き散らす。

サーレーは避けきれないと見るや、体を半身にして最小限に被害を抑えて防御した。体の表面が焼け焦げて、髪がチリチリになりタンパク質の燃える匂いが室内を漂った。

 

「立て続けにッッッ!!!イアン・スパイラル!!!」

 

室内で起こった旋風は回転し、球体化した浄化の炎を運んで螺旋を描いて上空からサーレーへと殺到した。

コマ送りになって緩やかに流れる時間、ある球体は剣で撃ち落とし、ある球体は飛んで避ける。一つのミスが先行きを詰ませる、紙一重の詰将棋。戦闘経験豊富なサーレーは、冷酷に間違いを犯さずに時間を一コマ一コマ丁寧にさばいて、戦局を進めていく。

 

「フハハハハ!!!今が好機なりッッッ!!!」

 

旋風に伴う熱波の被害を減らすために、まぶたを下ろして半目になったサーレーに好機を見たイアンは、両手を前に突き出して空中からサーレーめがけて突進した。

サーレーは冷静に思考を凍らせ、最善の対応を模索する。

 

「喰らえッッッ!!!」

 

片手を振りかぶって上空から加重した一撃を、クラフト・ワークは歯を食いしばって耐え忍んだ。

そのまま攻撃を受けた箇所を能力で固定し、イアンを拘束する。反撃の剣を縦切りに振りかぶった。

 

………逃さない。

このタイミングなら、真っ二つだ。サーレーの瞳が漆黒の殺意で、怪しく黒光りした。

 

「むっ…………これはまずい。瞬間移動(テレポート)ッッッ!!!」

「お前ッッッ、なんでもアリかッッッ!!!卑怯だぞ、このインチキヤローがッッッ!!!」

 

攻撃が当たるはずの瞬間にイアンの体はブレて、別の場所に姿を現した。サーレーの剣は空振りする。

あまりにあんまりなイアンの能力にサーレーは、無意味と知りながら思わず負け惜しみを叫んでしまった。

しかし無意味なはずのそれは、イアンに劇的な効果をもたらした。

 

「インチキ………卑怯………私がッッッ………。」

【あーあ、指摘されちゃった。ほらー、後先考えずに行動するから。】

 

狂人には狂人なりの、矜持が存在する。

イアンは遊びのルールを守ることを大切にしており、それを破ることを決して良しとしない。

遊びはルールがあるからこそ、楽しいのである。

 

ギャンブルのイカサマは許す。スポーツの八百長も許すし、詐欺師や愉快犯、なんなら殺人だって許す。

奴らは、よくわからんが多分奴らなりの利害関係や金が絡んで奴らなりに本気だからだ。

イアンは他人の本気にケチをつけるような無粋なことはしない。

 

だが、遊びのインチキだけは許せない。遊びのルールを犯す奴は、絶対に許さない。

なぜなら、遊びの楽しむという神聖な行為をコケにしているからであるッッッ!!!

人生は結末が死であると決まりきっているのだから、過程を楽しむことは人生の意義そのもの。

 

人生をコケにする奴は、ぶっ殺すッッッ!!!

神聖なそれを犯す者はまさしく、吐き気を催す邪悪だと言っても過言では無いだろう。

 

では何がインチキで、何が卑怯なのか?何がルール違反なのか?

 

まずスーパーマンは空を飛ぶ。

これはいい。これは万民の共通認識だと言っても差し支えない。

 

だがスーパーマンは瞬間移動をするかと聞かれると疑問符が浮かぶし、イアン流星群やイアン・ストーム、イアン・スパイラルも正義の味方的に完璧にアウトだ。絵面が完璧に悪役だし、主人公が万能超人でそうなんでも思い通りに出来てしまえば本人はきっとつまらない。

スーパーマンは、卑怯であってはならない。

 

これはもうインチキと言われても致し方無いし、そもそもイアンは正義の味方などではない。

イアンは自身の定めたルールを逸脱したと、自分で認めてしまった。

 

「………。」

 

狂人が疑問を感じた瞬間に、狂気の魔法は解けてしまう。

イアンのテンションは急激に降下し無口になり、イアンの機嫌の乱高下にサーレーは戸惑った。

 

この戦いはイアンにとって劇であり、遊びであり、人生の全て。

だからこそ、少なくともイアン自身は狂人の誇りにかけて定めたルールを守らねばならなかった。

 

「………ぁとはまかせた。」

【ちょ………イアン!!!】

 

ーーハイパーイアンタイム終了の、お知らせです。

 

おかしなタイミングで、システムウィンドウが自己主張する。

イアンはひどく落ち込んで、しょげ返った。わかりやすく言えば、調子に乗った酔っ払いが突然素面に戻った状態である。

戦いを全て執刀医に放り投げ、拡張されて無意味に広くなった手術室の空中に、体育座りをした。

 

「テメ、降りてこいッッッ!!!」

 

空を飛ぶのはスーパーマンに許された権利。だがそれだけ。それ以上は認められない。

イアンの能力はイアンの妄想に依存しているため、恐ろしく不安定でピーキーなのである。

 

【しょうがないなぁ。】

 

イアンのわがままを受けて、執刀医が手術室の床に降り立った。

イアンの代わりにサーレーと戦おうと周囲の浄化の炎を操ったその時………。

 

誰にとっても想定外の出来事。

特大の狂気が、煉獄全域を無差別に襲った。

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