噛ませ犬のクラフトワーク 作:刺身798円
意味も、理由も、道理もない。
無意味に停止した時間の中で、この糸女をいつまでも眺めていても仕方がない。
「面倒はさっさと終わらせて、フットボールゲームの続きでもするか。」
背伸びをしてから金髪の彼は懐中時計の針を、先に進めた。
空条徐倫が面白いように動き、時間を支配した世界の中で彼はそれを少し離れてぼんやりと眺めている。
自分は何のためにこの世に生まれ落ちたのか?何を目的としているのか?人生の意味とはなんなのか?
それが理解できないまま、誰かに望まれてここにいる。
彼が唯一執着するのは、ジョースター一族のみ。それさえも実は、捏造された記憶である。
とりあえずのところは仕方がないから、あの不気味な執刀医とフットボールゲームを楽しむのを趣味にしておこうか。
「………ッッッ!!!」
突然、とてつもない寒気を感じた。激しい頭痛と全身の痺れを感じ、手中の懐中時計を手からとり落とす。
「一体何が………?」
気のせいだったのか?理由がわからず、あたりを見渡すも今は特に異変は感じ取れない。
彼は床に落ちた懐中時計を拾い、気の迷いだと己を納得させて再び時計の針を先に進めた。
【ギャアアアアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ヴァヴァヴァヴァヴァアァァァァァッッッッッッッッッッ!!!】
「うぐあああああああああああああっっっっっっっっっっ!!!」
時間を進めた瞬間、どこからともなく凄まじい狂気の波動が彼を襲い、彼は時計を再び床に落として気絶した。
◼️◼️◼️
「………?」
何が起こっているのか、わからなかった。
サーレーの鼻からトロッと鼻血が流れ落ち、サーレーは無意識にそれを袖で拭った。直後に、特大の頭痛が彼を襲った。
「うああああッッッッッッッッッッ!!!」
「………ッッッ!!!」
【頭が、頭が痛いッッッ!!!脳が溶ける、崩れるッッッ!!!】
執刀医が宙から床に降り立ったその瞬間、煉獄全域を狂気の咆哮が襲った。
宙に浮かぶイアンは即座に失神して叩かれた蚊トンボのように床に落ちてうつ伏せになり、サーレーも床にへたり込んで、割れるような頭痛に本能的に体を丸めてうずくまった。あまりの痛みに動けない。やがてサーレーも意識を手放していく。
【絶望、焦り、悲哀、憤怒、そして………殺意!!!これはッッッ!!!アイツらッッッ!!!オリバーに一体何をしたッッッ!!!】
執刀医は、その波動がオリバーの回転木馬から発せられていることを瞬時に理解し、室内を見回した。
【ウグッッッ………クソッッッ!!!ルール違反だが、このままでは全てが台無しになるッッッ!!!仕方がないッッッ!!!】
執刀医はイアンのスタンドのふりをしている。
イアンの許可無しにそれを破って独断で行動するのは、本来ならばルール違反。
だが今はイアンも気絶していて、ルールにとやかく言う人間もいない。イアンとサーレーが気絶していることを確認した執刀医は、床と一体化していく。
普段は飄々として余裕ぶった執刀医が、本気で焦っている。
この咆哮は放っておけば、やがて執刀医さえも殺す殺傷力を持つ。すぐにでも対処しなければ、煉獄に廃人を量産することになる。何もかもが無意味になり、イアンの人生をかけた劇も台無しにされてしまう。
【脳が揺さぶられて、使える能力がひどく制限されているッッッ!!!なぜ、なぜオリバーのスタンドがここまでの凶悪な性能を………そうか、煉獄の特性と共鳴しているのかッッッ!!!】
クレイジー・パーガトリィの特性の一つ、狂気は無限大に膨れ上がる。
オリバーの狂気混じりの殺意は煉獄の特性と共鳴して無限大に膨張し、あらゆるものを滅ぼす悪夢の咆哮と化した。
【オリバー、オリバー、オリバーッッッ!!!あああああああああああああ感情が、感情が揺さぶられるッッッ!!!感情が無限に流れてきて頭が痛いッッッ!!!破裂するッッッ!!!】
執刀医は自身の頭を押さえながら、床を這いずって必死に咆哮の発生源へと向かっていった。
◼️◼️◼️
「よう、お前ら。また来たのか。大変だな。」
「テメエが素直に死んでくれりゃあ、俺たちの仕事も減るんだがよ?」
軽薄にヘラヘラ笑いながらオリバー・トレイルが軍事基地の廊下を向こうから歩いて近づいて来る。
ホル・ホースは拳銃を構えた。
「そりゃあ無理な相談だ。願いが矛盾した時、強い方しか叶わない。俺は負けるつもりはねえ。」
オリバーの背後に、厳かに回転木馬が現出した。
それを見たマリオ・ズッケェロは、牧歌的な表情をした回転木馬の存在としての重金属のような分厚い重厚感に今更感嘆した。
「………お前、マジで強いな。スタンドを見ただけでわかる。お前のスタンドは、存在が重い。」
「俺はただの雑魚だよ。いつも死なねえように、必死になっているってだけだ。」
回転木馬は温和な表情ながらも、口を開いていつでも共振波を発することができる態勢でいる。
ズッケェロは、緊張で唾を飲み込んだ。
「お前一回いいようにやられたからって、ビビりすぎだろ。こんな奴にビビる必要なんてねぇよ。たしかにスタンドはちっとばっかし厄介かも知んねえが、殺しもできねぇただのトチ狂った
ホル・ホースがズッケェロの肩に手を置いて己の持論を述べた。
前回の戦いでオリバーが勝利しながらズッケェロとホル・ホースを殺さなかったために、ホル・ホースは未だオリバーを甘く見ていたのである。
「お前そんなこと言っても、あのヤバイ能力をどうすんだ?」
「フッフッフッフ。よくぞ聞いてくれた。俺っちにはとっておきの秘策がある。それは………。」
「それは………?」
ホル・ホースは自信ありげに笑い、オリバーは怪訝な表情で様子見をしている。
「それはどうするのかと聞かれたら。あ、こうするのよ。耳栓なりィーーーッッッ!!!」
ホル・ホースは片手を開いて前に突き出し、歌舞伎の見得切りのようなポーズを決めた。
そのまま懐から耳栓を取り出して、自分の耳にいそいそと詰めていく。
「ほら、これであの悲鳴も聞こえねえ。ほら見ろ!アイツ、やべえって表情してるぜ!」
「そうか?どっちかというと呆れているような表情に見えるんだが?」
オリバーは半目をしてなんとも言えない微妙な表情をして、後ろの回転木馬は眠そうにあくびをしている。
「おいおい、文句言うなら貸してやんねぇぞ?」
「なんか嫌な予感がするんだが………。」
【オァッッ!!!】
「ギニャアアアアアアアッッッ!!!」
回転木馬が軽く嘶くと、鳴き声は耳栓を通過してホル・ホースの脳に直接苦痛の感情を与えた。
ホル・ホースは舌を出して悶えた。
「感情は耳で聞くものではなく、心で聞くもの。頭で理解するものではなく、心で感じ取るもの。それが俺の能力。目を閉じて耳を塞げば、嫌な記憶が消えるとでも思っているのか?苦しい事実が消えて無くなるとでも思っているのか?辛い現実が解決すんのか?………お前ホント、人生幸せそうでいいな。」
オリバーはため息をついた。
オリバーの痛烈な皮肉に、ホル・ホースは一瞬悔しそうな表情をした。
だがすぐに気を取り直し、次の手札を開いていく。
「………おいおい、俺っちの秘策がこれだけだとでも思ってんのか。お前がそんな調子に乗っていられるのも、今のうちだけだぜ。………お前もう、全部バレてんだぜ?スイスの病院にガキがいるんだろ?そのガキの命が惜しかったら、素直に負けを認めた方がいいんじゃあねぇのか?」
「おい、ホル・ホース!!!それは会議でナシだって!」
「知られなきゃあいいんだよ!お前は負けられない戦いで何ぬりぃこと言ってんだ!パッショーネだって、建前だけに決まってんだろうが!!!お前ができねえことを、俺がやってやってんだよ!」
ホル・ホースがその言葉とともに、首を搔き切る仕草をした。
その言葉を受けたオリバーの変化は、顕著で劇的だった。
「動くんじゃねえ!動いたらすぐに組織に連絡して、ガキは首チョンパだ!お前、わかってんだろうなぁ………?」
「おい、ホル・ホースッッッ!!!」
マリオ・ズッケェロは気付いていたが、ホル・ホースは気付かない。
オリバー・トレイルの瞳に漆黒の意思が強固に表れ、張り付いたような軽薄な笑みは消えて無表情になり、温和だった回転木馬の表情は阿修羅の形相へと変貌を遂げていく。肌を通じて寒気がし、周囲の空気が微妙に重くなり流れが変わった。
………空気がピリついている。
「まぁ今さらテメエのガキだけは助けようってムシのいい話が通るとでも思ってんのか?お前は今すぐここで床に額を擦り付けて、俺たちに土下座するべきなんだよ!わかってねぇのか、アァン?」
「ホル・ホースッッッ!!!」
オリバーの豹変にズッケェロは猛烈に嫌な予感を感じホル・ホースを黙らせようとしたが、すでに時は遅かった。
………苦難を超えて、鯉は龍と成って天に上る。
ホル・ホースは、決して間違えているわけではない。
オリバーがトチ狂った一般人というのは事実だし、負けられない戦いに手段を選べないというのも褒められなくとも理解はできる。
ホル・ホースは間違いを犯さずに最も正解と思しき選択肢を選び、なるべく手軽に相手の優位に立とうとした。
しかし間違えていないということは、正解と同義ではない。
仮に正解だったとしても、正解が常に物事を上手く運ぶとも限らない。
戦場では正解や間違いなど、しばしば無意味に無価値になる。
机上の空論は殺意に蹂躙され、練った戦略は敵の一つの閃きや気まぐれで容易にひっくり返される。
藪を突いたら、蛇が出てきた。それが藪蛇。今回に限り、藪を突いたら蛇ならぬ龍が出てきた。
その行動は決して開けてはいけない匣を安易に開けてしまう行為であり、敵は犯罪組織の中核を務めてきた相手である。
ホル・ホースは、もう少し慎重に行動すべきだった。
テロが他人事では無いヨーロッパにおいて、人質を取られて敵に屈するのは下手の下手。オリバーにも根底にその考え方が根付いている。
要求は際限無くエスカレートし、人質もほぼ帰ってこない。たとえ人質がどれほど大切だろうと、それに屈するくらいなら死に物狂いで抵抗した方がまだいくらかマシである。
そしてオリバーは確かにトチ狂った一般人だが、同時に苦難を超えて成り上がった龍でもある。
簡単に優位に立てる相手ではないし、むしろ格上の相手だと最大限警戒して然るべき敵だ。
人間の多面性、人間には様々な面があり、たった一つの言葉のフレーズでその人となりを全て表すことなど決してできやしない。ホル・ホースが決定的に間違えているとしたら、まずはそこだったのだろう。オリバー・トレイルは最初は本当にただのザコ、ろくに戦えないスタンド使いだったが、時間が彼に首輪を掛けて苦境に倒れた彼を容赦なく引きずり回した。
苦しみに顔を伏せていても、状況は改善されない。時間経過と共に事態は悪化する一方だ。
オリバーは苦しみの濁流に流されながら、死に物狂いで立ち上がる。いつしかその顔に強がりの作り笑いを浮かべて。
結果として今や、彼は数多の苦しみを超えてやがていつか天に至る可能性を持つ本物の強者と相成った。
………そして龍には、必ず逆鱗が存在する。例外なくだ。
そこに触れてしまえば、あとはもうどちらかの存在が滅びるまで熾烈な争いが止むことはない。
宗教、矜持、慣習、国家、ある者は髪型だったり。
人によって異なる安易に触れてはならない大切な存在、希望の象徴、心の拠り所、生きるよすが。
オリバーにとってそれは、スイスの病院に入院する彼の息子だった。
オリバーは息子のために死ぬような思いを幾度もし、倫理も矜持も人間性もその何もかも全てをかなぐり捨てて、邪神の手先として降っている。
パンドラの箱の奥底に大切にしまわれた最後の希望、敵がそれを脅かすのだとすれば、あとはもう戦争するしかない。
オリバー・トレイルの内面を無理にでも端的に言葉で表すとしたら、狂った一般人でありながら災厄と混沌の権化。
たった一つの目的のために、何もかもを捨て去る人間性。
それこそが漆黒の殺意。
「………してやる。」
「ハァ、なんだって?」
「お前ら、殺してやるよ。」
怒りと憎しみの龍が、荒れ狂いて天を衝く。
ホル・ホースの軽挙への返礼は、殺意を満載した自爆特攻だった。
ホル・ホースは無神経にオリバーの逆鱗を逆撫でにし、オリバーの回転木馬の口腔に殺意の黒い波動が渦を巻いて回転した。
それは瞬く間に臨界点を突破し、即座にその場で弾け散る。あたりの空気は歪み、引き延ばされ、収縮し、瞬時に黒い風が疾った。
【ヴァヴァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ェェェェェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!】
回転木馬は、怒り狂って吼え猛った。
全ての色を混ぜると黒になるのと同様に、あらゆる感情を混ぜ合わせると黒い感情が出来上がる。
混然一体の黒に漆黒の意志が乗せられて、強固な黒い共振波は瞬く間に周囲に弾け散った。
殺意の黒い波動は瞬時に発散し、幾度も弾けて周囲に無差別に悪意を撒き散らす。
漆黒の殺意を乗せた、保身を一切考えない回転木馬の悪夢の咆哮。
怒り狂うという言葉があるように今のオリバーは狂っており、煉獄は狂気を無限大に増幅させる。
災厄と混沌の詰まったパンドラボックスは開かれた。
あらゆる負の感情、絶望、憤怒、焦燥、恐怖、苦悶、そして殺意。
混沌のドロリとしたタールのように重くて臭い感情が、ズッケェロとホル・ホースの精神を瞬く間に押し潰した。
オリバーが今まで人生で感じてきた苦しみを全て凝縮、余すとこなく殺意を乗せてあなた方にお届けします。もちろん着払いで。
遣る瀬無い感情、過ぎ去りし苦しみの日々、現行の生き地獄、いつまで経っても覚めない悪夢。
その溜まりに溜まったツケを、全部あなた方で支払っておいて下さい。
【ェェェェェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛アアアアアアアアアアアア゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェア゛ァ゛ァ゛ア゛ァ゛ア゛ァ゛ェ゛ァ゛ア゛ァァッッッ!!!】
「………ッ!!!」
「………。」
ホル・ホースは即座に失神し、失禁痙攣して床にうつ伏せになって横たわった。マリオ・ズッケェロもヨダレを垂らして目が虚ろ。
そして、煉獄は狂気を無限大に増幅させる。煉獄に響き渡る悪夢の咆哮。
醒めない夢、終末の鐘はいつまでも延々と鳴らされ続ける。
【ヴェエェェェアババババッッッェェェェェ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァッッッ!!!】
呪い。怒り。殺意。
咆哮は決して止まない、たとえ本体のオリバーが死んだとしても。
呪いと怒りと妄執に満ち満ちた狂気の回転木馬は、己が息子を守るためにあらゆる存在を抹殺する。
そしてやがて煉獄が完成し全人類が死に絶えた後に、回転木馬は自身の咆哮の振動で自壊する。
【ェェェェゥゥゥゥゥ゛ェ゛ギャヴァアアアァァァァァァヒャアアッッッッッッッッッッ!!!】
【オリバーッッッ!!!オリバーッッッ!!!やめろ!!!その咆哮を、今すぐに止めろッッッ!!!】
「ろす………殺して………。」
オリバーの意識もすでに希薄で、止まない狂気と殺意に支えられて回転木馬は嘶き続ける。
焦る執刀医が廊下に現れて、オリバーの体に縋り付いた。
【オリバー!!!頼むッッッ!!!お願いだから、その咆哮を止めてくれッッッ!!!】
「アイツらが………俺の息子を………殺すって………。」
虚ろな意識のオリバーの言葉に、執刀医は状況をおおよそ把握した。
【オリバー、落ち着け!!!そいつらの言っていることは、ただの脅しだ!!!このままでは、お前がお前の息子を殺すことになるぞ!!!】
「脅し………?」
【ああ。そいつにお前の息子は殺せやしない。だがこのまま煉獄が拡大すれば、お前のスタンドの咆哮がお前の息子を殺す!だからスタンドを今すぐ停止しろッッッ!!!今すぐだッッッ!!!】
【ェェェェッッッ………。】
執刀医のその言葉に、オリバーの回転木馬は鳴き止んだ。
オリバーはひどく疲弊し、汗まみれになって壁に寄りかかっている。咆哮が止んだのち、執刀医はヌラリと廊下に立ち尽くし、マリオ・ズッケェロとホル・ホースに怒りの眼差しを向けた。
【だよなぁ?お前たち、ただの脅しだよな?じゃなければ………それは重大なルール違反ッッッ!!!………その時は、全てを台無しにしてでも、私がお前たちを根絶やしてやるよ!!!】
執刀医は意識がわずかにありそうなズッケェロに近付き、座り込むズッケェロの頭を片手でつかんで視線を合わせた。
執刀医は感情の脈動により機械の体がギチギチと鳴り、そのネジの瞳は冷酷な怒りに満ちている。
【チョンボを許すのは一回限り。お前たちッッッ、
執刀医は怒りに任せてズッケェロを喉輪で宙吊りにし、意識が朧げなズッケェロはなんとか頷いた。
【私が独断で裁定を行うッッッ!!!今回は続行が不可能になるほどの重大な違反行為により、
こうして、煉獄での二回目の戦闘は無効試合にて終了する。
◼️◼️◼️
【やあ、こんにちは。】
「誰だッッッ!!!」
煉獄の範囲から少し外れた天幕にて、部隊を再編して再侵攻の計画を練っていたグイード・ミスタの元にどこからともなく突如機械仕掛けの不気味なスタンドが現れた。ネジの瞳、白衣を羽織り、体からは機械の駆動音が鳴り響いている。
【君が戦いの総責任者だね。私は警告に来た。】
「警告だとッッッ!!!」
相手が敵だと即断したグイード・ミスタは、相手に向けて銃口を向けた。
【無粋なものはしまい給え。今回の戦いは没収試合だ。君の仲間たちは煉獄の端に捨ててある。回収して、出直しなさい。】
「テメエッッッ!!!」
ミスタが銃口を向けてアクションを取るか迷うわずかな時間に、不気味なスタンドはいつのまにかミスタの背後へと回っていた。
「副長ッッッ!!!」
【私は自分からは極力戦いに関与しない。イアンが興醒めするからね。だがそれが、平和主義者と同義だという意味ではない。むかつけば君たちを攻撃するかもしれないし、イアンにとって不利益な行動をとるのであれば、私が君たちを皆殺して君たちの代わりの遊び相手を探すことになる。】
周囲にミスタの配下が現れ、拳銃を構えた。
しかし、不気味な敵はユラユラとあちらこちらに消えては現れ、現れては消え、いつのまにか配下の手にした全ての武器はバラバラに分解されている。
「なんだと!?」
【詳しくは、しょっぱいツラ構えのハゲとションベンたれのテンガロンハットにでも聞いてくれ。今回の戦いは、あの男たちが不用意な行動をとったために台無しになった。チョンボを許すのは一度限り。もしも同じことが次もあるようなら、君たち全員の内臓を取り出して、剥製にして便所に飾ってやるよ。どんなポーズがいいかくらいは選ばせてやる。】
天幕に機械の駆動音が鳴り響き、ネジの瞳が回転し、背後から蒸気を発散している。
無機質な機械仕掛けのスタンドが怒りを露わにし、その不気味さにミスタは圧倒された。
【覚えておいてくれ。なんでもアリにしてしまえば、私たちが勝つのはわかりきったことなのだよ。それはひどくつまらない、無意味な行為だ。………イアンは楽しむことを生きる最上の目的に据え、遊びのルールを遵守することを望んでいる。君たちが今一度、煉獄ワクワクランドに遊びに来てくれることを職員一同心より待ち望んでいる。】
「待てッッッ!!!お前は一体、何者だッッッ!!!」
【さあ?全ては皆、混沌から生まれてくる。恐らくは、私も誰かの狂気と混沌より生まれ出でた何者か。誰も彼もが秩序と道義を重んじるが、全ての始まりは例外なく混沌だ。混沌を否定することは、新たな何かを否定すること。それはすなわち世界の終焉を意味する。私が何者だったのかは、私が死んだ後にでも君たちで勝手に議論してくれ。】
そう告げると、不気味なスタンドはユラユラと揺らいでその場から消え去った。
◼️◼️◼️
「………反省会を行う。」
微妙にテンションの低いイアンの前には右からリュカ、バジル、ベロニカ、金髪の順で席に座っている。
執刀医は、オリバーの看護でこの場にいない。
イアンの言葉に、リュカはおもむろに口を開いた。
「おい、イアン。イワシヤローはどこだ?」
「前回の戦いの反省会を行います。」
取りつく島のないイアンだが、リュカにも黙っているわけにはいかない事情があった。
「ヘイ、イアン!イワシヤローはどこだ!アイツがいねえと、家事をする奴が誰もいねえんだよッッッ!!!」
「イワシは寝込んでいる。リュカ、お前が家事をしろ。」
リュカは当然家事などやったことがない。
「待て、イアンッッッ!!!俺に家事は出来ねえ!俺にさせるくらいならこのバジル何ちゃらとかいうのにやらせろやッッッ!!!」
「俺も家事は今まで女に任せきりだったしねぇ。俺がやるくらいならベロニカちゃんが………。」
バジル・ベルモットは、隣の席に座るベロニカに視線を送った。
「そこのいかず後家に家事なんざできるわけないだろうが!」
「アァン、喧嘩売ってんのかテメエ?」
リュカの暴言に、ベロニカはリュカをにらめつけた。
「じゃあお前が家事すんのか?」
「私がそんなものするわけないだろう!それだったらこの金髪が………。」
「俺はそもそも吸血鬼だ。」
「関係ねぇだろうがッッッ!!!」
言い争いが始まり、いつまで経っても反省会は開始されそうな雰囲気はない。
イアンがテーブルを叩いた。
「お前らッッッ!!!静かにしろッッッ!!!そんなに誰も家事が出来ないなどと情けないことを言うのなら、仕方ないから私が家事をしようではないかッッッ!!!」
「「「「それだけは、絶対にないッッッ!!!」」」」
イアンのセリフに、全員の意見が一致した。
狂人の家事は、自己満足に全振り。どう考えても酷いことになる予感しかしない。
一体どんな料理が出されるかわかったものではないし、洗濯を頼めば服を魔改造されそうだ。捕虜はほぼほぼ全滅待ったなし。
あり得ないだろう。怖いもの見たさも少しだけあるが。
「あの男がいなければ、一体誰が私の着るドレスの着付けをしてくれるというんだ。」
「お前そんなことあの男に頼んでたのか!お前はお嬢様かッッッ!!!」
「ええい、黙れッッッ!!!いつまでも反省会が進まんではないかッッッ!!!」
「アイツ、重要人物だったんだなぁ。」
上からベロニカ、リュカ、イアン、バジル。金髪も、なんとも言えない微妙な表情をしている。
「黙れッッッ!!!とにかく反省会だッッッ!!!これから評価点を告知するッッッ!!!」
「またかよ………。」
イアン・ベルモットの独断による採点。
その採点の評価基準は明言されておらず、どうにもイアンが気に入って何かあるごとに開催されそうな予感のする茶番。
時間の無駄の極みであると、リュカは冷めた目付きをした。
「そんなことよりも、あのぶっ飛んだ能力はイワシが………?」
「そんなこととは何だッッッ!!!」
ベロニカは、甘く見ていたオリバーの凶悪極まる能力に疑問を呈し、イアンはマイペース。
「おい、イアンよぉ。説明しろよ。どうなんだ?私たちは敵味方問わず、アレで全滅するところだったんだぞ?」
ベロニカの言葉に金髪の男が渋い顔をした。
彼は執刀医に救助されなければ、本当に停止した時間の中で干物になるところだった。
「………イワシだ。お前らも、軽々しくイワシを怒らすなよ。アレをまた喰らわされたらかなわん。」
藪蛇すぎる。絶望、苦悶、憤怒、悲哀、殺意、思い出しただけで脳の血管が切れそう。吐き気がする。
脳を直接万力で緩やかに圧殺され、水中に沈められ、じわじわとホルマリンで〆られていくような感覚。拷問の満漢全席。
全ての苦しみを、あなたの脳が潰れるまでプレゼント。
誰も彼もが、カオス・メモリーがトラウマになっていた。
「………アイツ、やばかったんだな。もう雑用を頼むのやめとこうかなぁ。」
「反省会をッッッ!!!開始する。」
「ハイハイ。」
「家事どうするよ?」
イアン一人が反省会にこだわり、残りの人間は家事の相談を行なった。
「しょうがねえ。イアンとベロニカを除いた人間で持ち回りにしようぜ。」
「おい待てッッッ!!!なぜ私も除くのだッッッ!!!」
「バジル・ベルモット、評価点、6,0!特に言うことはありません。」
「お前の家事もイアンと同じくらい嫌な予感がすんだよ。」
「リュカ・マルカ・ウォルコット、評価点、1,5!ゴミだな。マジ使えん。」
「おい待てイアン!なぜ前回より点が下がってるんだッッッ!!!」
「そんなことより、テメエ私に喧嘩売ってんな?アアン?」
「ベロニカ・ヨーグマン。評価点、0,5!ゴミその2。こんな恥ずかしい評価で、よく生きていられるな。」
「ざっけんな!!!誰がゴミだ!そう言うお前はどうなんだよ!!!」
「ベロニカちゃん。イアンの話にムキにならないで先に家事の話をしようよ。」
「ふん、くだらん。」
誰も彼もが思い思いに会話し、反省会は混沌の様相を呈していた。
「そこのスカしたクソ金髪。評価点、マイナス10,0。」
「ふざけんな!評価点にマイナスなんざ、あるわけないだろうがッッッ!!!」
「今回は前回よりも酷いな。まさか平均点が前回を下回るとは………。」
「アホらし。家事は持ち回りってことでいいな?俺はもういくぜ。」
「じゃあ俺も。」
「待てッッッ!!!まだ反省会が………!!!」
「諦めろよ。誰もそんな茶番に参加する気はないぞ。」
反省会に意義を見出せないと主張するリュカが真っ先に席を立ち、ぞろぞろと続いて席を立っていく。
「じゃあリュカ、言い出しっぺのお前が今日は家事をしろ。んで次はバジル、金髪の順な。イワシが戻るまでそれで決定。」
「チッ。」
リュカ・マルカ・ウォルコットは、廊下をブラついた。
◼️◼️◼️
【オリバー。君はやはり、死を望んでいるんだね。】
基地内の一室で、オリバーは布団に寝かされて点滴を投与されている。
その顔色は優れず、脳にもダメージを負っている。その横には、執刀医がいて彼の看護を行なっている。
【だがすまない。君にはまだ役割が残されている。まだ君を死なせるわけにはいかない。】
オリバー・トレイルは、ひどく苦しんでいる。
もともとただの一般人だったオリバーが犯罪組織の片棒を担がされ、息子はよりによって狂人の代名詞とも言えるイアン・ベルモットに手術を頼んでしまった。心労と疲労は山のように積み上げられ、しかも息子のためにはまだ死ねないという重圧もかかっている。
強迫観念と罪悪感、さらにスタンドの自傷効果。
オリバーは今までヘラヘラ笑って苦しみを誤魔化し続けていたが、いつかは限界が訪れる。
オリバー・トレイルは戦いに強固に参戦を主張し、それをイアンは止められなかった。本来なら、イアンはオリバーを危険な戦闘には参加させたくない。
オリバーは、無意識下で彼を殺してくれる敵を望んでいる。
イアン・ベルモットが、これならば負けるのも仕方ないと納得するような敵を。
【心とは、厄介なものだ。君は息子のために死ねないと思いながら、同時にもう苦しくて死んでしまいたいとも願っている。強敵と戦って死ねれば、イアンがそれは仕方がないことだと見逃してくれることに、慈悲をかけてくれることに期待している。生きては地獄、死後は虚無、そして完成するのは不毛な世界。救いは無い。………せめて君が死ぬ時、君の目的が達成されていることを願うよ。】
苦しみと疲労、そして人で無しの罪は延々と天高く積み上げられ、矛盾した心は終わりを望む。
しかし彼は有能で、イアン・ベルモットはまだ彼の死を望まない。イアンにとって彼の代わりは存在しない。
イアンがそれを望まない以上、彼に終わりはまだ訪れない。オリバーに安息の時はこない。
【君には、本当に悪いことをしたと思っている。君は普通に生きて普通に死に、普通の幸福を手に入れたはずだった。イアンは見も知らぬ他人には冷酷無比でまるで興味を持たないが、君は例外だ。】
「………テメエは、一体何者なんだ?」
扉を開けて、リュカ・マルカ・ウォルコットが入室した。
【まさか君が他人の見舞いとはね。これは今日は雪が降るんじゃないのかな?】
「茶化すなよ。それより、答えろや。」
もともと、リュカも執刀医のことをイアンのスタンドだと思っていた。
しかしそれにしては、執刀医の言動に違和感がある。理解不能なイアンのことだと今までは気にも留めなかったが、ふと思いついたリュカは執刀医を問い詰めた。
【さあね。人は生きている間に何をしたかで、何者かが決定づけられる。私はそういう意味では、別に何者でもないよ。】
「ごちゃごちゃ理屈をこねて誤魔化すな。結局、お前はイアンのスタンドではないのか?」
リュカは青黒い目で執刀医を力強く睨むが、執刀医はそれをさらりと受け流した。
【私がイアンに全面的に協力しているからには、私はイアンのスタンドであるという認識で間違い無いのかもね。私はイアンの意向に逆らうつもりはないし。スタンドとは、本体に忠実なものだろう?】
「屁理屈こねやがって。」
その日、煉獄に季節外れの雪が降った。