噛ませ犬のクラフトワーク 作:刺身798円
「フハハハハハッッッ!!!雪だ!!!雪だッッッ!!!」
「おいイアン。犬じゃあるまいし、喜んでいる場合じゃねえぞ。こりゃどう考えても異常事態だ。」
煉獄に降る雪。
季節は寒さと無縁の時期であり、さらに都合のいいことが起こる煉獄で雪が降って行動が阻害される事態も考えづらい。
敵襲だと考えて然るべきだろう。しかしイアンは異常気象に無邪気にはしゃぎ、常識がないはずのベロニカが彼を諌める始末。
早い所イアン担当のオリバーの復活が望まれる。
【雪というよりかは、みぞれに近いかな。どうやらお客さんが、目を覚ましたようだね。どうするのか様子を見ていたけれど、これはまたイアンの喜びそうな攻撃をしてきたなぁ。】
雪は降る端から固まり、少しずつ建物内部にも侵入して侵食してきている。
気温が低下し、体が若干重い。恒温動物であろうとも、これだけ寒いと動くのが辛い。
「奴だ。奴が生きていた!生きていたッッッ!!!殺してやるッッッ!!!」
「リュカ?」
リュカ・マルカ・ウォルコットの気分が高揚し、イアンは彼に怪訝な表情を向けた。
「奴だ………ローウェンだッッッ!!!ノルマンディー橋で爆殺したつもりだったが、やっぱりしぶとく生き残っていやがった。OK、ローウェン。決着をつけようじゃねえか。」
リュカの青黒い目は、興奮で充血して不気味さを増していく。
漆黒の殺意が宿り、額に血管が太く浮かび上がった。
「待て、リュカ。お前一人で遊ぶなんてずるいぞ。」
「黙れ!!!イアン、お前が参加すると、わけのわからない展開になる可能性が高い。俺一人でやるッッッ!!!雪辱を注ぐ最後の機会だ。
「お、おう………。」
リュカのテンションの高さに、イアンでさえも若干引いている。
【私はオリバーの護衛につくよ。金髪には出来れば死んで欲しいけど、イアンの護衛をお願いね。】
「ああ。………えッッッ?」
金髪の男は執刀医の暴言を聞き流そうとしていたが、うっかりそれに気付いてしまった。
【じゃあリュカが一人で行くの?】
「本来ならば囲んで惨めにブチ殺したいところだが………。」
「おい待てッッッ!!!お前今、俺に出来れば死んで欲しいって言ってなかったかッッッ?」
リュカ・マルカ・ウォルコット。
ヨーロッパの社会の裏側を、その実力一本で渡り歩いた猛者。
しかしフランシス・ローウェンに惨めに敗北し死亡、イアンの妄想によってあるはずのなかった雪辱の機会を与えられた男。彼はその機会に、どれほどの価値があるのかはっきりと理解している。絶対に存在しないはずの機会、それは奇跡以外の何物でもない。
普段それを誰しもが頭では理解している。しかしそれを痛覚させられることなど滅多に無い。
生きていること、それそのものが奇跡だということ。
ここにいるリュカはイアンの妄想であり、死んだリュカ・マルカ・ウォルコット本人とは何の関係も無い。しかし、そんなことはどうでもいいことだ。イアンは生前のリュカ本人のことを知っていたため、妄想のリュカの再現度は非常に高い。
些末事など語る価値も意味も無い。ローウェンへの雪辱、それがリュカが今ここに生きていることの意味だと、リュカにはそう思えている。
「ヤハハハハハハ。ならば良しッッッ!!!因縁があるのなら、お前が自分の力でそれを成し遂げろッッッ!!!お前が負けたら次は私だからなッッッ!!!」
「………。」
「ふざけるなッッッ!!!撤回しろッッッ!!!そういう何気ない悪口が、人を傷つけるんだからなッッッ!!!」
【イアン、君は普通にアッサリ負けそうな気がするよ。それとゴミ金髪、何気ないんじゃあなくて、私には悪意があるよ。むしろ悪意の塊と言っていいかも知れない。】
「なお悪いわッッッ!!!お前どこまで口が悪いんだッッッ!!!」
「お前らなんか仲良いな。そういう関係なのか?」
「撤回しろッッッ!!!仲良くないッッッ!!!そういう関係ってどういう関係だッッッ!!!俺とこの不気味な機械が、そう見えるのかッッッ!!!」
上からイアン、リュカ、金髪、執刀医、金髪、ベロニカ、金髪のセリフ。
金髪はさんざんにいじられて、仏頂面でソッポを向いた。
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フランシス・ローウェン。
フランス裏社会組織、ラ・レヴォリュシオンの暗殺チームに所属するリーダー。
その実力はヨーロッパの裏社会に遍く轟いており、知る人ぞ知る伝説だと言って良い。
単体でもチームでも数多の戦果を挙げており、友誼に厚く各所からの信頼も強い。
今現在ローウェンの発動している能力は氷河期。
降る雨を端から凍らせ、即席の永久凍土を作り上げて対象を氷塊に閉じ込める天球儀と双璧を成すローウェン最強の必殺である。
もともとローウェンは軍事基地を遠所から氷河期で覆い事件を葬り去ろうと目論んでいたのだが、煉獄の特性である起こり得る都合のいい事象により、雲が風に吹き飛ばされるなどして上手く基地に雨を降り注がせることが出来なかった。
その後にパッショーネが音頭を取り、軍事基地攻略作戦を立案決行。
ローウェンは遊撃として、個人の裁量で行動することが出来る独裁権を獲得する。
ローウェンは敵首謀者であるイアン・ベルモットの暗殺を至上目的に据え、軍事基地を単独で隠密に行動していたが、対象を選ばないオリバーのカオス・メモリーが発動、当然ローウェンも巻き込まれて酷いダメージを負って気絶した。
やがて気絶から復活したローウェンは、パッショーネが煉獄より撤退した事実を確認、自身の体調と相談して自分もろとも全てを終わらせることを画策して氷河期を発動した。遠距離からの氷河期は雲の制御は困難だったが、基地内部からの制御は可能だった。
雨は基地に降り注ぎ、このまま放って置けばさほど時を経ずに基地は巨大な氷塊に包まれてイアンたちは全滅する。
彼らにとって都合のいいことは、ローウェンの氷河期は本来なら本体のローウェンが遠く離れた場所から発動するはずの能力だったこと。
しかし煉獄の加護により遠距離発動が効果をなさず、止むを得ずローウェンは基地内部に侵入して氷河期を発動した。内部に侵入したローウェンを仕留めさえすれば、氷河期は停止する。
基地内部に潜むローウェン討伐に、ローウェンと強い因縁をもつリュカ・マルカ・ウォルコットが名乗りを上げた。
◼️◼️◼️
「見つけた………見つけたぞッッッ!!!ヒャハハハハハ。やっぱりテメエ、弱ってんな?道理で攻撃が消極的なわけだ。普段のテメエなら、単騎で全員ブチ殺して回っているところだろう?」
「………。」
ノルマンディー橋の戦闘から、まだせいぜい三週間程度しか経たない。
うち最初の一週間は寝込み、直近にオリバーの無差別攻撃の巻き添えを喰らったばかり。
お世辞にも万全とは言えない自身の体調を考慮して、逃亡して身を眩ましながら氷河期によって凍殺、それがローウェンの最上の展開。
しかし、敵も当然事態に対応する。
敵は隠れ潜むローウェンの捜索に乗り出し、追い詰められたローウェンは軍事基地の室内演習場にてリュカ・マルカ・ウォルコットと対面。否が応でも戦闘のために氷河期を解除せざるを得なくなった。
困難な判断ではあった。
パッショーネが撤退してから些少ではあるが時間が経過しており、次にいつ彼らが煉獄攻略に乗り出すか定かではない。
本来ならば彼らを巻き込むことを是としてでももう少し体調を整えるために時間を置くべきではあったが、人の良いローウェンは極力彼らを巻き込みたくない。結果として尚早な攻撃、その理由の一つとしてローウェンはカオス・メモリーの効果が敵方にも波及していることに期待していたのだが、不幸にも敵方にはダメージが比較的小さくなおかつ医術に通じた執刀医が存在した。執刀医は、煉獄勢を薬剤投与や手術によって早期に回復させた。
執刀医が想定外の存在だったとしても、ローウェンが判断を誤ったその根底には疲労があったことは否定しきれない。
氷河期を完成させるために基地内部を潜伏逃亡するローウェンであったが、やがてリュカ・マルカ・ウォルコットに捕捉される。
追う者と追われる者はかつてと立場が逆転し、やがて逃げ場を失ったローウェンは広さのある室内演習場で仇敵リュカと相対することになる。
「正々堂々なんざ、クソ喰らえだッッッ!!!最後に生きている者が勝者ッッッ!!!本来ならば数を揃えてテメエを圧殺したいところだったが………。」
遊びには、ルールが必要だ。
単騎で遊びに来て疲弊しきった敵を数で囲むのはルール違反、それがイアン・ベルモットの意向だ。
リュカとしても、リュカには理解出来ないイアンの遊びのルールとやらで変な茶々を入れられるのは避けたい。
恨みを晴らすのであれば、自身の力でそれを成し遂げろ。
因縁、面白い。苦難を超えて君が成り上がるのであれば、私はそれを祝福しよう。
それがイアン・ベルモットから贈られた言葉。
「今だ。今、俺は貴様を超える。貴様を葬り俺が最終的な勝者となる。」
「………。」
ローウェンの額には玉の汗が浮かび、壁に背を預けている。
生きている時から合わせて都合四度目の邂逅、ここまではリュカの二敗一分け。因縁の戦いが始まる。
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「悲報。ホル・ホース、ぐうの音も出ないほどにやらかす。」
「うるせぇッッッ!!!」
パッショーネ報告会議。
パッショーネミラノ支部の会議室で、ズッケェロは頬杖をつきながら上役のミスタに煉獄で起きた事の次第を説明した。
「ハァ、そうか………。」
ミスタは頭を抑えて、ため息をついた。
マリオ・ズッケェロから聴取したオリバー・トレイルと思しき人物のスタンド能力。この能力をパッショーネの情報部で検証した結果、下手に突くと非常に危険だという結論に落ち着いた。
後に喰らった強力な攻撃は言うに及ばず、ラスト・メモリーも非常に対処が困難だ。
さらに言うと、過去にノトーリアスやリンプ・ビズキットという死後に発動する能力もその存在が確認されている。
万が一オリバーの回転木馬が死後も呪いで発動するのであれば、オリバーを下手な殺し方をすれば、回転木馬は周囲に死の感情を振り撒くさらなる凶暴なスタンド能力へと変貌しかねない。
そのために間違っても、オリバーの子供を交渉のテーブルに持ち出すわけにはいかなくなった。パッショーネとしても、無力な子供を人質のように扱うことには当然抵抗がある。将来的に社会に不信感を抱いたオリバーの息子が反社会勢力に属する可能性も高くなり、その判断は百害あって一利なし。
「もう頼むからホント………軽々しい行動は控えてくれ。」
「ウググ………グヌヌヌ………。」
ミスタは疲れた顔で通達し、ホル・ホースは悔しそうな表情をした。
「………アレはマジでヤバい。発動すれば、逆らえる人間がいるとも思えない。」
無差別攻撃を受けたサーレーも、オリバーの回転木馬の対処の困難さに眉を顰めた。
オリバーの回転木馬の対処が困難なのもある意味当然である。
回転木馬の共振波は、当時のオリバーの感情そのものを再現している。
当時のオリバーが苦難に膝を屈したのだから、その膝を屈した感情そのものを伝達された人間も当然膝を折ることになる。受ける側の当人の精神の強さなどにまるで意味は無い。その振動は発動すれば銃弾よりも早く、全方位に向ける攻撃のために囲んで数での圧殺も効果が無い。
「………にしても、どうにか対処を考えねぇとなぁ。奴を倒さない限り、首謀者は逃走手段を確保した有利な状況での戦いってままだ。」
「ローウェンはどうしたんすか?」
「………奴はまだ軍事基地から帰還していない。奴のことだから、俺たちが心配してもしょうがない。」
単独で裁量権を持つ遊撃のフランシス・ローウェンは、軍事基地に攻め込んだまま音信不通。
頼りになる戦力であり、次回の侵攻でも是非加えたい駒だ。
「それにしても奴ら………遊びにはルールが必要、か。」
「なんの話ですか?」
「………不確定な話だ。」
サーレーたちが軍事基地で戦闘を行っている最中、ミスタの元にはバジル・ベルモットという人物が来訪した。
その後に、不気味な機械仕掛けのスタンドも訪れている。
彼らは共に首謀者のイアン・ベルモットは遊びをしているのだと告げ、それは検証する価値のある情報だと言えた。
しかし、確証が無い。不確かな敵方に持ち込まれた情報をどう扱うのか、ミスタは決めかねて頭を痛めていた。
「………?」
「眉唾で聞いてくれ。今まで雲を掴むような話だったんだが、奴らの目的の手がかりと思しき情報が入った。………そのスジによると、奴らは楽しむためだけに事件を起こしたらしい。奴らが暗対という事実に変わりはないが、どうにも想定以上に状況はマズイって予感がする。あの赤黒い空間がなんなのかも、はっきりとしていねぇ。敵によればあの空間が世界に広がれば世界が終わるとのことなのだが………。」
どうにも判断がつかない。
あの赤黒い空間が爆発的な速度で周囲を侵食して行っているのは把握しているのだが、詳しいことは情報部の解析待ちだ。
………解析しきれるかわからないが。
「奴らの首謀者を楽しませることが、奴らを倒す唯一の手段らしい。………敵からの情報であまり確度は高くない。サーレー、お前に思い当たることはないか?」
ミスタは直接首謀者と戦闘をしたサーレーに、意見を問いかけた。
「奴は俺たちとはまるで違う思考で動いていると感じました。奴が楽しむためにことを起こしたというのであれば、それはそれなりに説得力があるかと。………なんて言うか、子供みたいな、それともまたちょっと違うような………すいません、うまく言葉にできません。」
「………いや、十分に参考になった。よし、このままお前を奴との直対に当て、その上で戦力を補充しよう。俺たちは奴らと違っていつまでも遊んでいるわけにはいかねぇ。」
差し当たっての方針は、ローウェンの帰還を待ちつつ戦力の選定。
次回の煉獄攻略は量よりも質というバジル・ベルモットの意見を参考にする。不安は多く、あまり気分は良くないが。
とは言ってもローウェンがいつ帰還するのか、そもそも帰還能うのか定かではない以上、煉獄の爆発的な拡大に備えて可及的速やかに次期侵攻戦力を選定しなければならない。
「空条徐倫、パッショーネ暗殺チーム、ウェザー・リポート、それとスピードワゴン財団に渡りをつけて、引退した空条承太郎を引っ張れるか………。」
ミスタは使えそうな手駒を頭の中で計算した。
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「あのイワシヤロー、人畜無害なツラしてマジでおっかねぇよなぁ。まさかテメェがここまで弱っているとはよぉ。」
リュカのスタンド、ケミカル・ボム・マジックは、近接戦闘力が非常に高い。
リュカ・マルカ・ウォルコット。セミの幼虫の姿を模したスタンド、ケミカル・ボム・マジック。その両腕は筋肉がはち切れんばかりに膨れており、口蓋に付随したストローを突き刺して爆弾を生成する。
対するはフランシス・ローウェン。水色の波打った形状の輪郭をした人型のスタンド。雲を自在に操り、その強力なスタンドエネルギーで硬柔自在な戦いを可能とする。
過去三戦においては、そのうち二回はフランシス・ローウェンが全てにおいてリュカの能力を完全に上回り完勝。
一度は、リュカが不意を突く形で地形ごと爆破、しかしローウェンはしぶとく生き残っている。
煉獄勢において、バジル・ベルモットとリュカ・マルカ・ウォルコットの二人だけは、現状を正確に把握している。
イアン・ベルモットの殺し文句、煉獄が完成して勝ち残れば、イアンが創造した生命もイアンから独立した一つの存在に昇華される。
ベロニカ・ヨーグマンはイアンのその言葉につられて、イアン・ベルモットに協力している。
イアンのその言葉は、嘘では無い。嘘では無いが、真実からは程遠い。
イアンの煉獄の能力の特性は、イアンにとって都合のいい展開。
仮に煉獄が成就したとしても、そこで何者かに成り上がってイアンの前に敵として立ちはだかるのが、イアンが見知りイアンの妄想から生まれ出でたリュカや金髪であるのは展開的にひどくつまらない。イアンがそう考えているだけで、その展開は否定される。
確率がゼロに近い、ではなくゼロそのものなのである。煉獄が完成しても、そこを勝ち上がる存在はイアンの想像をいい意味で裏切る何者かであると決まっている。
ゆえに彼らに先は無い。煉獄が完成すれば、彼らは存在意義を失い消失する。絶対に最後まで勝ち残ることは無い。
それに同じ敵に何度も敗北を喫すれば、いくら精神が強い人間でもいつかは心が折れて煉獄より帰還が不可能になる。
今が全て。今この時は千金と比べてもはるかに価値が高い。それがリュカとバジルの出した当然の結論。
今ここでこの男を冥府送りにすることが、未来の無いリュカ・マルカ・ウォルコットにとってその全てなのである。
一秒を百分割する刹那を縫うような時間の狭間で、二体のスタンドは幾度となく殺意をぶつけ合う。
リュカのスタンドはまるで蒸気機関車のようにパワフルに、ローウェンのスタンドはまるで鞭のようにしなやかに。
躍動し、艶めかしく蠢き、弾けて再び、三度、何度でも決着がつくまで向かい合う。
リュカのスタンドの丸太のように太い右腕が筋収縮し、銃弾をはるかに超える速度でわずかに弧を描いてローウェンに襲いかかる。ローウェンのスタンドの左手がしなやかに素早く敵の拳をはたき落とし、そのまま勢いをつけて右拳をリュカに向けて放った。リュカは前に出て拳を避け、拳がかすった額から流血した。そのままローウェンに頭突きをかまし、フラついたローウェンとの間合いをつめて力任せに右腕を振りかぶった。ローウェンは振るわれたその拳を左腕でなんとかすらして軌道をずらし、同時に体を斜めに倒して間一髪避けた。
「テメエの厄介な能力も打ち止めか?ヘイ、喰らいな!!!」
無理に回避を行い体勢を崩したローウェンの背中に、リュカのスタンドが口腔のストローを突き刺そうと迫った。ストローを刺されて内部をかき混ぜられれば、ローウェンは爆弾にされて敗北が決定する。
「………ッッッ!!!」
ローウェンのスタンドは見えていないにも関わらず迫り来るストローを左手でつかみとり、手前に引っ張った。そのまま逆の右手でリュカのスタンドの頭部を潰そうと裏拳を振るう。
「マジウゼェ。チッ!!!」
リュカのスタンドが右手で手刀を作り、自身のストローめがけて振るってストローを切り離した。自由になったリュカのスタンドがローウェンのスタンドの拳を引いて避け、右足で蹴りを放った。ローウェンはそれを喰らい、防御するも吹き飛ばされて壁に激突した。ローウェンの口から一筋血が流れる。壁際のローウェンと勢いをつけたリュカの蹴りが交錯し、鈍い音とともに両者たたらを踏んだ。
「いい加減にくたばってくれよ。クソったれ!!!」
「………それはこちらのセリフだ。死んだはずの貴様がいつまでこの世にしがみつく?」
ローウェンは蹴りを放った後の慣性に体を委ねて、体を回転させて連続蹴りを放った。リュカは体を沈ませて肘でその足を跳ね上げる。さらに壁に寄せ詰めて、スタンドの厚みのある両手で掌底をローウェンのスタンドの腹部へと放った。
「グッ………!!!」
「あああああああああッッッ!!!」
腕をギリギリ差し込んで致命傷は避けるも、ローウェンの体は壁と板挟みに衝撃を受けて腹部が凹んでさらに口から血反吐を吐いた。ここが勝負所と見極めたリュカは、嵩にかかって本能で連続の拳打を放った。
「おあああああああああッッッ!!!」
「ああああああああああッッッ!!!」
引いたら負けて死ぬ。
ローウェンも必死に拳打を連続で放ち、時間の狭間で二体のスタンドは火花を散らした。
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「ははははははは!!!楽しそうで何よりだッッッ!!!」
「あのハゲ、結構やるじゃねぇか。」
イアンは高笑い、ベロニカはリュカの戦いぶりに感心した。
イアンのスタンドクレイジー・パーガトリィ、そこの部屋の内装は、常備である冷蔵庫と電子レンジと遠心分離機と手術台、そして隔離室。その他に部屋に置いてある物は、イアンのその時の気分によって変化する。
今は手術室にモニターが設置され、彼らはそれで二人の戦いを観戦していた。
「どっちが勝つか賭けるか?」
「………賭けになりゃしねぇよ。イアン、結局はお前が望んだ通りの展開になるはずだ。」
手術台にはオリバーが寝かされ、平常運転でテンションの高いイアンにバジルはため息をついた。
「そんな身もふたもないことを言うな!!!私は賭けに負けるのも、案外嫌いじゃあないぞ?ほら、どうだ?カモだろう?」
賭け事がどうとかではない。
賭け事に勝とうが負けようが、結局は物事はイアンの都合よく収束する。バジルはイアンとやり取りすることの無意味さを痛感していた。
【イアン、静かにしなよ。オリバーが寝ているんだよ?】
「む………。」
執刀医のその一言に、イアンはわずかに眉を顰めた。
手術台に寝かされたオリバーの胸部が、呼吸でわずかに上下している。
「………その男は一体いつになったら目が覚めるんだ?」
【さあ………。外傷はない。私にも中身がどうなっているかまでは、ちょっとわからない。そこは不可侵の領域だ。】
イアンは手術台に寝かされたオリバーを一瞥すると、再びモニターに向き直った。
「おッッ!!!あいつら勝負に出たぞ!!!なあ、あの敵の水色のスタンドって強いんだろ?」
「ベロニカ、静かにしろ。というかお前は裏社会の要人なのに、なぜローウェンを知らない?アイツは一部では死ぬほど有名だ。お前の組織を潰した連中の中にも、アイツがいたはずだぞ?」
「なにッッッ!!!」
衝撃の事実にベロニカはイアンに向き直ったが、イアンの機嫌がすぐれなかったために相手にされなかった。
「あいつ、私の部下にならねぇかな。」
「あいつってどっちだ?」
「どっちにしろそりゃあ無理だよ。馬鹿らしい。」
「………静かにしろ。」
【はーい、お口にチャックね。イアンの機嫌が悪くなったから、みんな黙っておいたがいいよ?】
イアンの機嫌が悪くなったために、手術室に急激に静寂が訪れた。
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「今、この時が全てッッッ!!!今俺が生きているという事実のみが真実ッッッ!!!愛する家族もいねぇ!!!築く未来もねぇ!!!死後の天国もねぇ!!!裏社会でも都合よく捨て駒として使い捨てられる俺たちみたいな人間には、今が全てッッッ!!!そうだろう!!!違うか!!!ローウェンッッッ!!!」
リュカは、心の底から叫んだ。
もとより刹那的な生き方をしていたリュカ・マルカ・ウォルコットだったが、煉獄の生命となってそれに拍車がかかっている。さらに煉獄は狂気を増幅させ、リュカの顔中に血管が浮かび上がり青黒い目は飛び出さんばかりに見開かれている。
「………否定はしない。」
いつ死ぬかわからない暗殺チームにとっては、今が何よりも優先されるという風潮がある。
ローウェンはそれを否定しない。使い捨ての兵士に過度に倫理を求めても士気を下げるだけであり、同じ人間であるならせめて生きている間だけは幸福であってほしいから。もとよりそうした性質を持つ人間が暗殺チームに所属しやすいという事情もある。
かつて荒れていた頃のローウェンも、そうだった。
暗殺チームの人間は、多少の素行の悪さは組織に庇ってもらえるし、融通もきかせてもらえる。
ただし、それはいざとなったら死んでもらうことを了承済みの特権だ。
リュカ・マルカ・ウォルコットは、その特権で許された範囲を著しく逸脱したために暗殺対象となり、今ここにいる。
「今だッッッ!!!今、俺は貴様を殺すッッッ!!!今ここで貴様を殺して、痛みを消してやるッッッ!!!俺は俺の方が強いことをこの世界に証明するッッッ!!!」
今が全て。
ゆえに今ここでこの男を凌駕することができれば、全ては報われる。敗戦の痛みは禊がれる。
過去の因縁云々を抜きにしたとしても、互いに目の前の男の存在が受け入れられない。
狂気を宿したリュカ・マルカ・ウォルコットは、全てを賭して殺意に身を委ねた。
「あああああああああッッッ!!!」
拳の応酬は限りがないように感じられたが、実際はそこまで長い時間では無い。
いつまでも続くかに思えた均衡は、決着がつく時は意外にアッサリとしている。
「ぐっ………。」
体がわずかに重い。
リュカが自身の体に違和感を感じたその瞬間には、決着がついていた。
ローウェンのスタンドは雲を操る能力。
雲とは大気中の水滴や氷の粒であり、ローウェンのスタンドの本質は大気中の水滴や氷の粒を操作する能力。
スタンドパワーが著しく減衰した現在、普段のように雲を自在に作り出すことは不可能だが、大気中の水分をわずかに操作することは可能だ。
リュカは操作されて水分が増え湿度の増した室内でわずかに体温が低下して体調不良を来し、そのわずかな差が如実な命運の差となって現れた。
刹那にも満たない時間の狭間で、ほんのわずかな動作の遅れを突かれたリュカのスタンドの拳は弾かれ、流れるような動きでリュカの体を前足で蹴り離した。そのまま助走をつけて詰め寄り、リュカの心臓部をローウェンのスタンドが貫手で貫いた。
心臓を貫かれたリュカは口から盛大に血を吹いて虚ろな目をしている………。
「………今、この時が全て。未来も過去も無い。魂も天国も死後も無い。俺たちに後先は、存在しない。そこにまごう事無く存在するのは、俺たちが今生きているというたった一つの真実ッッッ!!!
煉獄では、狂気は無限大に膨れ上がる。
リュカはローウェンの貫手に体を貫かれたまま、ローウェンに抱きついた。
リュカの体がぶくぶくに膨れ上がり、爆弾となって炸裂してローウェンを巻き添えにして吹き飛んだ。
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補足事項
イアンの煉獄の能力で生まれる存在は姿形は同じでも、よく似ているだけの別人である。今生きているリュカと次に生まれるリュカは記憶の共通項は存在するが、同じ存在では無い。息子が親と同一の存在ではないのと同様に、自分自身は今ここにいるただ一人。
リュカはそれを決して同一視することなく、よく理解している。