噛ませ犬のクラフトワーク   作:刺身798円

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何者か

【うーん、これはグロい。】

 

軍事基地の室内演習場で、執刀医は周囲を見回してつぶやいた。

周囲には爆死したリュカ・マルカ・ウォルコットの血肉と臓物が撒き散らされ、隅に体中が裂傷と火傷まみれでボロ雑巾のようになったローウェンが仰向けに倒れている。ローウェンの胸は、わずかに上下していた。

 

【凄いね。ゼロ距離自爆を防ぐんだ。君が元気だったら、イアンがさぞ喜んだだろうね。】

 

リュカが爆死する瞬間ローウェンは室内の湿度を最大限上昇させ、自身になけなしのスタンドパワーをかき集めて薄い氷膜を纏わせ、可能な限りダメージを軽減するように必死に行動していた。その結果即死は免れるも、瀕死で放置すればほどなく死に至るダメージを負っていた。執刀医が簡単に診たところ、当分は安静が必要だろうと推測される。

 

【まあ部屋の掃除はあとで金髪ゴミ男にでもやらせればいいか。】

 

リュカ・マルカ・ウォルコットはイアン・ベルモットの妄想より出でた存在。

本来ならば死亡とともにこの世から消滅するはずの存在だったが、元凶のイアン・ベルモットがモニター越しにリュカが爆死する瞬間を見ていて、それがイアンにとって非常に印象的だったために、死後の遺骸は消失せずに現世に残されていた。

 

「なあ、その男はどうするんだ?」

【どうするんだって?】

 

執刀医は首を傾げた。

彼が室内演習場に向かうことにした際、なぜか後をつけてきたベロニカ・ヨーグマン。

なんのためにわざわざ凄惨な爆死現場に付き添ってきたのか、彼女の意思を執刀医は図りかねていた。

 

「殺すのか?」

【いや。外に捨ててくるよ。この男が生き残れば、とりあえずはこの男の勝ち。この男が死ねば、リュカの勝ち。私たちは外野だからね。外からそれを楽しく見守ることにするよ。】

 

そう言いながらも執刀医は、結果がどうなるか知っている。しかし、それを言葉にするのは野暮なことだ。

イアンは楽しみを求めており、煉獄でこの男が今生きているということはつまりそういうことなのだ。イアンが楽しむためにまだ生かす価値があるから、死ぬか生きるかわからない局面で生き残っている。さすがに生き残る可能性がまったく存在しないのであれば、死んでいたはずだが。男が必死に抗った結果死ぬか生き残るかわからない局面へと移行し、その審判は煉獄に委ねられた。

 

因果なものだ。

イアンはリュカにまだ出番があると考えており、この男もまだ消すのは惜しい。

この男が生きている事実は、リュカが煉獄より帰還する最も強力なモチベーションだ。

リュカは自分が生きることとこの男を殺すこと、どちらを優先させているのだろう?

 

「ポイするくらいならコイツ私にくれよ。………私にだって楽しみが必要だろう?いらないんなら私がペットにする。」

【………。】

「やめろ!!!なんだその目はッッッ!!!」

 

執刀医の無機質なネジの瞳でもわかるゴミを見るような目つきに、ベロニカはいきり立った。

 

【いや、コイツ敵だよ?コイツが目覚めたら君普通に殺されるよ?君そんなんだから暗殺されるんだよ。奴隷が欲しいんならウチの金髪クソ野郎をあげるから、見えないところで好き勝手に盛ってて。】

「いやだ。アイツなんとなくキモい。コイツの方がいい。」

【………君もキモいよ。】

 

ベロニカ・ヨーグマンのスタンドは不定形。その内部から無数に細かい生物を輩出して、敵を体液の酸で溶かす。

本体のベロニカは毒や酸などの毒物劇物の類が一切効かない特殊な体質、効果のある攻撃も限られていて、まともに倒すのには困難を伴う。

 

ベロニカはその倒しにくい性質ゆえに、裏社会の組織の元ボスであったにも関わらず危機管理意識がイアンと同じくらいに低かった。

彼女がかつて敗北したのは、彼女の傲慢さにより情報が流出し、能力が完全に分析されたことが原因である。

 

「私はキモく、ないッッッ!!!」

【いや、もの凄くキモいよ。まあとにかく捨ててくるからちょっとどいて。】

「待て!!!ズルイだろう!!!イアンにはオリバーという奴隷がいるのに、私にはペットがいない!!!私はその男の所有権を、断固主張する!!!」

【ウザッ。】

 

ベロニカは自身の立ち位置をいまいち理解していない。

彼女が何を言っても決定は覆らない。所有権も持っているはずがない。

執刀医は呆れかえって、ベロニカを無視してローウェンを肩に抱えて運んでいく。

 

「待てッッッ!!!止まれッッッ!!!私を怒らせると後悔するぞッッッ!!!おい、そいつを置いていけッッッ!!!」

【………。】

「せめてそいつが起きるまで待てッッッ!!!その男だって、この美しい私のペットになれるのだから本望のはずだッッッ!!!」

【………。】

「ズルいズルいズルい、イアンだけズルい!!!」

 

駄々をこねる妖怪ババア。

………キモいししつこいし諦めが悪いし本気で鬱陶しい。ウザい。

執刀医は、どうしてイアンとリュカが彼女を喚び出すのを嫌がったのか理解した。

 

◼️◼️◼️

 

「第三回侵攻作戦会議を行う。」

 

グイード・ミスタは疲れた表情で会議の陣頭をとった。

やつれており、顔色があまりよろしくない。

 

「新しく入った情報を公開する。先に暗殺チームと共に攻め入ったローウェンだが、敵本拠地の観測員により傷だらけで発見された。生死の境を彷徨っており、当面は集中治療室行きだ。………アテにしていた戦力が減ったのは残念だが、死亡している最悪の事態だけは避けられたとも言える。」

 

行動不能と確定したのならそれはそれで、それなりの戦力で新たに侵攻部隊を組むしかない。

ローウェンが死亡した状態で消息不明で、侵攻に二の足を踏む最悪の状況は避けられた。

 

「あの赤黒い空間はパッショーネの情報部によると、日に日に面積を倍々にしていっているらしい。その計算でいけば、あと二週間とそこそこであの空間は世界を覆い尽くす。」

 

バジル・ベルモットによる情報が正しければ、あの空間が世界を覆えばそれは世界の終わりと同義である。

眉唾な話だと高をくくっているわけにはいかない。そこそこの真実味があり、そうでなくとも人心の不安は世界の混乱を誘発する。煉獄はすでにフランスとイタリアの国土の大半を覆い、あと四、五日もすればヨーロッパ全土を覆う。すでに各地では混乱が起きていて、ジョルノ筆頭のパッショーネの連中も表社会の混乱の収拾を図っているのが現状である。

 

「はっきり言って非常にマズイ。すぐにでも全力を傾けて敵を殲滅したいところなんだが………。」

 

遊びにはルールが必要。

あの不気味な機械仕掛けのスタンドは、ルールを重んじている。

バジル・ベルモットからの不確定な情報によっても、煉獄攻略は量よりも質だとそう宣言されている。

上手の戦い方が、イアンが独断で定めたルールが適用される煉獄に限っては下手になる。

 

イアン・ベルモットは物語の主人公のような存在であり、通常の道理が通用しない。

ミスタが煉獄攻略のために戦力を増強すればするほど、得体の知れない御都合主義的な展開で煉獄側の戦力も増強される。それが煉獄とイアン・ベルモットの能力である。前回唐突に戦えるマネキンが増量されたのが良い例だ。

 

イアンは劇的な展開を望んでおり、ミスタが侵攻の戦力を増やしたところでそれがイアンにとって不条理と思えるものであれば、イアンも同様に不条理に戦力を増強する。不毛に徒らに戦線は拡大され、収拾をつけるのが無意味に困難になる。貴重な時間が浪費される。

 

「………今回はあえて、少数精鋭で挑むことにする。」

「え?」

 

ズッケェロとサーレーは唖然とした表情をしている。周囲のミスタの部下も困惑した。

 

「………人は誰しもが、換えの効く歯車に過ぎない。俺も安穏と安全圏にいるわけにはいかない。今回の侵攻はパッショーネからサーレー、マリオ・ズッケェロ、ホル・ホース。スペインから借りたウェザー・リポート、財団から空条徐倫および空条承太郎。それと俺が参戦する。俺が死亡したときは、その全権をパッショーネ情報部に移譲する。アルバロ・モッタ、その時はあとを頼んだぞ。」

「は?」

 

パッショーネに入って日の浅いアルバロ・モッタは、ミスタの突然の宣言に困惑した。

彼は今回の事件でパッショーネの情報部下っ端としてヨーロッパ各組織と渡りをつけており、即席ではあるがコネクションを築きつつあった。ミスタは彼に、パッショーネの未来を感じていた。

 

「………今まではずっと戦力を整えて敵を襲撃していたが、それでまるで結果が出ない。あの赤黒い空間は爆発的に勢力を広げていて、時間がねぇ。………俺たちが考えているよりも、恐らくは状況ははるかにマズい。チンタラしている余裕はねぇんだ。」

 

時間に余裕があるのであれば、こんな賭けのような行動に出る必要は無い。

幾度も戦力を整えて侵攻し、その都度情報を持ち帰り分析しつつ攻略法を確立するのが常道の手段である。

 

しかし、どうにも時間があるとは思えない。

あの爆発的に増殖する赤黒い空間が世界を終わらせるという情報を、眉唾だと笑い飛ばすことが出来ない。

 

分の悪い賭けだったとしても、バジル・ベルモットのもたらした情報は一考の余地がある。

なぜなら、ここまでの戦いでミスタはあまり手応えを感じられていないのだから。

 

それならば変化をつけて、相手の反応を探る。

時間がないからと言ってこれまでと同じ力押しに出ても、ミスタにはそれが上手くいくとも思えなかった。

 

「内部侵入班はサーレー、マリオ・ズッケェロ、ホル・ホース、そして俺。外部援護班はウェザー・リポート、空条徐倫、空条承太郎。外部援護班の指揮権は戦歴豊富な空条承太郎に任せ、敵打倒よりも戦力維持に努める戦いに終始してもらう。内部侵入班は俺が指示を出すが、個々人の判断を優先するべき局面が来る可能性が極めて高い。気を引きしめろ。」

 

こうして、煉獄三度目の侵攻が開始された。

 

◼️◼️◼️

 

「おい、イアン!!!敵が攻めてきたぞ!!!」

「聞いてるのか、おい!!!」

 

ベロニカとリュカが、閉め切られた手術室の扉をドンドンと叩いた。

リュカはすでにイアンが手術室の人質を使って煉獄より蘇らせており、残りの人質のストックは十人少々。あと一度誰かを蘇らせれば、魂のストックが切れてしまう。

 

「おい!!!開けろ!!!出てこい!!!」

【イアンはやる気が出ないそうだよ。今回は私が指示をだそう。】

 

扉の表面よりニュルリと執刀医が現れ、彼らに告げた。

 

「やる気が出ねぇだと!!!ふざけたことを抜かしやがってッッッ!!!テメエが事件の首謀者だろうがッッッ!!!」

 

イアンは寝込むオリバーの様子にモチベーションがだだ下がって、今回はパスすると執刀医にダルそうに告げていた。

イアンの不遜な態度に激昂して声を荒げた金髪の顔を、機械仕掛けのネジの瞳がじっとりと舐めるように見つめた。

 

「なんだよ。」

 

不気味極まりない執刀医の視線に金髪は鼻しらみ、気勢を削がれた。

 

【………なんでもないよ。今回は私が内部に侵入した敵を相手にする。君たちは前回同様に、外で敵を迎え撃って欲しい。】

「おい、あの戦うマネキンは?イアンがいないとアイツらも動かないんじゃねぇか?」

【今回はナシだ。イアンにまるでやる気が無い。敵はそれならそれでやりようのある程度の戦力だということだろう。さあ、ごちゃごちゃ言わず行った行った。】

「なんなんだよまったく………。」

 

前回同様にバジル・ベルモットは建物の屋上に向かい、リュカ、ベロニカ、金髪は外で敵を迎え撃つべく移動していく。

執刀医は、その移動する金髪の背中をじっと眺めていた。

 

【私が君を嫌いな理由が理解できたよ。同族嫌悪か。生きる意味とは誰かに与えられたり最初から存在するものではなく、生きている最中に自身で生み出すものだ。人は何を成したかで、何者かが決定される。素性に寄る辺のない私もイアンの想像だけで生み落とされた君も、まだ何者でも無い。私たちはそれを常人のように、先達から学ぶことも出来ない。………このままでは君は、イアンの都合によって生み出され、イアンの都合によって死ぬだけの存在で終わってしまう。………生まれたこと自体には君自身の意図が無かったとしても、生きる過程に意味を持たせることは出来る。君の人生に意味を持たせられるのは、君だけだ。君が何者かになれることを、私は願っているよ。】

 

執刀医は自身の生まれたそのルーツを覚えておらず、金髪もイアンの妄想から出ただけの存在。

不確かであやふやな自身の存在を確固たるものにするには、人生の行動によって結果を残していくしかない。

冷蔵庫が生命を生み出す煉獄において、戦うだけであれば中身のないマネキンにだって出来る。

 

リュカとベロニカには前世という拠り所があり、バジルにもこれまで生きてきたという経緯がある。

しかし金髪の存在は何から何までイアンの妄想であり、植え付けられたその記憶も伝聞によるイアンの想像によるものである。

 

たとえ煉獄とイアン・ベルモットに縛られていたとしても、生きている以上はその生が虚無であるべきではない。

執刀医は、金髪が虚無から何かを生み出すことが出来るのか、生に意味を持たせることが出来るのかを試される予感を感じていた。

 

◼️◼️◼️

 

予感があった。

娘の徐倫が何をされたかわからないうちに敗北、その外見の特徴、ヨーロッパに訪れた奇妙奇天烈な異常事態。

 

「なんなんだ、コレは………。」

 

ヨーロッパに延々と広がる不気味な赤黒い空間、そして娘の徐倫は親の欲目を抜いても、非常に強力なスタンド使いだ。

それが理解出来ないうちに敗北し、気付いたら病院で寝かされていた。そしてパッショーネからの緊急救援要請。

 

パッショーネは非常に規模が大きく、戦闘用の構成員も質が高く数もかなり揃えているはずだ。

それが尋常では無い事態に振り回され、形振り構わずにスピードワゴン財団に救援を要請したということ、しかも敵は寡兵で十名にも満たない集団だという情報だ。パッショーネの実働部隊の最高権限者であり、副長であるはずのグイード・ミスタは命を張る最前線に出張り、ヨーロッパの裏社会で最強と噂された男は病院で生死の境をさ迷っている。彼が招集を受けたのも、宜なるかな。

 

「………敵の能力は不明なのか?」

「マジで何をされたのかわからなかった。途中から記憶が無くて、いきなり恐ろしい何かが襲ってきたとしか言えない。」

 

煉獄の外で陽動作戦を担当する人間は三人。

パッショーネから要請を受けた空条承太郎、その娘の空条徐倫、スペインからのサポートとしてウェザー・リポート。

前回までと比べて圧倒的に少数だが、戦力としてみれば精鋭中の精鋭といえる。

 

「お前がそんなに簡単に敗北したとなると、相当にまずい事態だな。」

 

外見の特徴、何をされたのかわからないうちに敗北する能力、承太郎の知るある男と符合が一致するのだが、その男であれば感じ取れるはずのその存在を一切感じ取れない。本物の彼であれば首から下がジョースター一族のはずであり、承太郎がその存在を感じ取れるのはそれが理由である。

煉獄より生まれ出でた金髪はイアンの妄想の産物であり、その実態は本物とは乖離している。もちろん首から下もジョースター一族ではない。

 

「………情報にある敵は三人。酸を吐き出す不気味な不定形のスタンドを行使する女、口のストローで爆弾を作成する爆弾魔のスタンド使い、それと徐倫が戦ったとされる金髪の男。他に武装して動くマネキンの集団か。」

 

空条徐倫は正確には金髪に敗北したわけではなく、時間経過とともに発動した無差別攻撃に巻き込まれて気絶したところを執刀医に外に打ち捨てられたのが正確なところなのだが、その辺は些末な部分だ。病院に運ばれた彼らはさほど間をおかずに復帰し、今回で三度目となる煉獄侵攻部隊。

 

「ウェザーは何か気付いたこととかある?」

「………この世界は、何かがおかしい。まるで全ての物事に誰かの意志が働いているような。」

 

赤黒い空を眺めて、ウェザー・リポートは返事した。

 

「誰かの意志?」

「徐倫も気付いているだろう?なぜか物事が上手く運ばない。俺は戦いのサポートに徹していたが、俺がスタンドを解除すると瞬く間に天候は俺たちにとって不都合な方へと推移していく。不運に見舞われましたと諦められる戦いでは無い。そこに何らかの事情があって、俺たちはそれを跳ね除けて戦わないといけない。」

「………。」

 

徐倫はウェザー・リポートの言葉を吟味し、彼女自身も同じことを感じていたことを自覚した。

 

「そうね。確かにそれは………。」

「避けろッッッ!!!」

 

承太郎が目の端で地面が不自然に膨れ上がるのを視認し、咄嗟の反応で徐倫を突き飛ばした。

徐倫のいた地面は、徐倫が突き飛ばされた直後に爆発した。

 

「ヘイ、ユー。よくもまあそれを避けられるもんだね。アンタ、名前は?」

「おおッッ!!!いい男が二人もッッッ!!!」

「………。」

 

地面が膨れ上がって炸裂し、砂塵の舞った後から三人の男女が現れた。

スキンヘッドに目にタトゥーを入れたリュカ・マルカ・ウォルコット、豪奢な服装をした妙齢の女性ベロニカ・ヨーグマン、肉の芽より生まれた能力だけは無駄に強力な最強のスタンド使いの劣化模造品。

 

「テメエらが敵か。」

 

承太郎が目を細めて三人を見据えた。

軍事基地の外で、三対三の戦いが始まった。

 

◼️◼️◼️

 

「副長、どうしてここに?」

 

パッショーネの重鎮であるグイード・ミスタは生存の優先順位が高く、本来ならば危険の大きい前線に出張ることはない。指揮権を持ち、戦闘を分析して戦力を組み立てるのが彼の仕事のはずである。それが最前線に出張ってきた。

サーレーは疑問を感じて、質問した。

 

「………恐らくは、それが必要だからだ。まだ敵に関する情報が足りていねぇ予感がする。それは俺自身が確かめるのが、一番正確で手っ取り早い。」

 

軍事基地は、横に広い三階層と屋上の構造になっている。

前回の戦いでサーレーとズッケェロは敵に一階で遭遇したため、彼らは下層からの捜索を、屋上で戦況を眺めていたバジル・ベルモットに用事のあるミスタは、高層からの捜索を。彼らはそう行動する。

 

「俺っちはアンタについていくかい?」

「いや、お前は今回は遊撃だ。建物の入り口付近に待機して、必要そうなところのフォローに随時回ってくれ。」

 

マリオ・ズッケェロのソフト・マシーンを前回同様に使用して、彼らは建造物の二階の窓から建物内部に侵入した。

 

「………戦力を分散していいんですか?」

「………まあ下手だわな。普通なら戦力を集中させて、一ヶ所ずつ弱いところを落としていくのが定石だ。だが………。」

 

窓を背にしてミスタは拳銃の撃鉄を外し、弾倉の確認をした。

都合の悪いことが起きる煉獄においては、誤射や暴発を防止するためのこまめな点検は大きな意味を持つ。

 

「この赤黒い空間は、とても普通だとは思えねぇ。前回、前々回と普通にやって散々な結果に終わった。時間制限もありそうだし、今回はあえてムチャをする。」

 

グイード・ミスタは敵方の一番の弱点、直接戦闘能力が低いと推測されるバジル・ベルモットのいる屋上へと向かって、情報を搾取する算段。サーレーとズッケェロは主戦力として敵を暗殺する役割。ホル・ホースは遊撃としてある程度自由裁量で。

ミスタが単騎で階上に向かう階段へと向き直り、サーレーたちは固まって階下へと向かう。

 

「護衛はいいのかい?」

「いらねぇ。撤退、合流、戦闘、全て各自の判断で行う。撤退する際は誰かを待つ必要はねぇ。もちろん俺のこともだ。目的を達成するか或いは何らかの成果を上げることを目標とし、作戦続行が不可能だと判断したら撤退。それが基本方針だ。それでは散会、各自作戦行動を開始する。」

「了解。」

 

サーレーがミスタに返事をして、四人はそれぞれ上下階へと向かった。

 

◼️◼️◼️

 

「ところでズッケェロ、回転木馬の対応策は考えついたのか?」

 

鉄製の階段を降りながら、サーレーはズッケェロに言葉をかけた。

周囲に靴が鉄を鳴らす音が響き、それは周囲の赤黒い空間と相まって不気味さを醸していた。

 

「いや、それがよぉ。一生懸命考えてはみたんだが………。」

「ケッ。あの程度のヤローによー。」

 

ホル・ホースが文句をグチグチこぼしている。

どうにもホル・ホースはオリバーにいいようにやられたことを根に持っているらしい。

 

「相当厄介な能力としか言えねぇなぁ。まあ一つ対策は考えてみたんだが、あまり気が進まないというか………。」

「どんな方法だい?」

 

ホル・ホースがズッケェロに質問して、ズッケェロは浮かない表情をしている。

 

「本当にあれをどうにかできんのか?」

「効果があるのは間違い無いんだがよぉ。」

「その男を陥せれば、俺たちの戦いにも大きな影響があるはずだ。」

【私も知りたいな。オリバーの能力は、喰らえば私だって手こずる厄介なものだ。それを君に本当にどうにか出来るのならば、私はその方法に興味がある。私の知的欲求が満たされる。】

「誰だッッッ!!!」

 

彼らの会話に唐突に割り込まれた、聞き覚えのない機械の駆動音のようなかすれた声。

即座にサーレーとズッケェロは反応し臨戦態勢を取り、ホル・ホースも拳銃を構えた。

 

階段を下に降れば、そこにノスタルジー。

否、そこに回転木馬はいない。ノスタルジーは今日はお休み。オリバーは今日は休日で、ベッドで睡眠を貪っている。

窓から陽の光が柔らかに差し込んでいて、階段の下の赤黒い壁には不気味な影がユラユラと映し出されていた。

 

【お客様、ようこそ煉獄ワクワクランドへ。総責任者のイアンとオリバーは今日はお休みだから、私が代理で君たちのお相手をすることにしたよ。】

 

曲がり角の先から歩いてきた、謎の生命体。

ネジの瞳、冷たい体、鋼鉄の心臓、白衣を着た機械仕掛けのスタンド。

敵方で最も不気味で、得体の知れない存在である執刀医がそこにいた。

 

◼️◼️◼️

 

「驚いたな。まさかアンタが直々に俺を殺しに来るとは。アンタは立場がある人間なんじゃないのかい?」

 

煉獄の赤黒い虚空を見上げて、バジル・ベルモットは静かにつぶやいた。

空に不吉の蝶が舞い、バジルはそれに向けて指を伸ばした。周囲は拓けた屋上であり、少し離れた場所にポツンと貯水塔が設置されている。

 

「切迫した事態においては、立場なんぞ意味を持たねぇ。俺がここに直接出張る必要があると俺自身が感じたから、俺がここに来たんだ。」

 

軍事基地の屋上で、グイード・ミスタは拳銃を構えてバジルに銃口を向けていた。

 

「当たりだ。この異常な空間では、直感は大きな意味を持つ。………敵の弱点から攻めるのは、戦術の常道だ。」

「その常道を信じて攻めて、前回前々回と酷い目にあったんだがな。」

 

煉獄においては、戦術の常道が意味を成さない。常道で攻めても、狂気とご都合で容易くひっくり返される。

しかし今回に限って言えば、主犯のイアン・ベルモットがやる気を失っているために煉獄が十全に機能しない。それ故に敵方の弱点であり、戦闘能力自体のないバジル・ベルモットから攻める行為が意味を持っていた。

バジル・ベルモットから情報を搾取する意味は大きいし、手の届かない屋上から味方をフォローする厄介なスタンド使いを確実に仕留められることも大きな意味を持つ。

 

「テメエには聞きたいことが山ほどある。大人しく投降しろ。そうすれば、まだ生かしておいてやる。」

「アンタ、わかっちゃいねぇな。」

「………何?」

 

バジルはミスタを小馬鹿にしたように笑った。

圧倒的に不利な状況で泰然としたバジル・ベルモットに、ミスタは不安を抱いた。

 

「言ったろ。俺は死を待つだけの屠殺場の豚じゃねぇ。人間として生きて、人間として死にたいって。人間として生きているからには、自分の生のために必死になる義務がある。それが俺にとって人間として生きて、人間として死ぬという意味だ。」

「………。」

 

バジルの言っていることは、ミスタにも理解できるし共感できる。

それが正解かどうかはさておいて、真っ当な人間の価値観として許容できることをバジルは告げている。

 

「俺はイアンに不必要な存在と見なされた時点で、その生に先が無くなる。どっちみち詰んでるんだよ。それならば俺は、自分と自分を生んでくれたこの世界のために戦おう。アンタは自分の命を少し延命するために、自分の住んでるイタリアを憎い敵に売り渡すのかい?俺にとってのこの世界は、アンタにとってのイタリアと同じなんだ。」

 

赤黒い世界、不気味な空、真っ当な世界の理とはかけ離れた狂人の妄想の世界。

しかしそれでも、バジル・ベルモットはその世界から生み落とされた。

 

生まれた世界のために生き、人間らしく生きて人間らしく死ぬ。

それがバジル・ベルモットの願い。生きているということは、それだけで必死になる価値がある。

 

人間ならば、たとえどれだけ苦境や逆境にあっても自分の生のために必死になるものだ。

それがバジル・ベルモットの考える、人間らしい生き方であり死に方。たとえ勝ち目が無くとも、死ぬのならば自分のために戦って死ぬ。

 

「全てを話すつもりはない。それはどうせ、アンタにとっては価値のない情報だ。しかし、必要なことを話すのは構わない。条件がつくが。」

「条件だと?」

 

ミスタはバジルに銃口を向けたまま。緊張した表情で先を促した。

バジルはユックリと、ミスタへと向き直った。

 

「………決闘だ。アンタが俺を殺してくれ。俺は人間として、自分を生んでくれた世界と自分の生のために必死に戦う。アンタがそれを受けてくれるのなら、俺はアンタに話せる情報を渡そう。」

 

バジル・ベルモットは、いつか来るこの日のためにイアンに生み出された。

その役割は簡単な遊戯説明であり、その対価に彼はおよそ三十年の命をイアンからプレゼントされたのである。

三十年間好きに楽しんでいいから、代わりにいつか役割を果たせ、と。それが彼が悪魔と交わした契約。

彼は今、その生まれた意味を果たそうとしている。

 

バジル・ベルモットは、ジャケットの内ポケットに手を入れて拳銃を取り出した。

バジルは引き金に指をかけ、即座に銃弾をミスタに向けて放った。

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