噛ませ犬のクラフトワーク 作:刺身798円
「………物事の始まりは、すべからく混沌だ。全ては、混沌から始まる。」
「誤魔化すんじゃねぇ!!!俺の聞きたいことを答えろッッッ!!!」
グイード・ミスタは拳銃を構えて、屋上の貯水塔に寄りかかって座り込むバジルの頭部に銃口を向けた。
「いいや、誤魔化していない。説明に必要なことだ。この美しい世界を、何者かが作り上げたとする信仰は根強い。………だが混沌の泥を捏ねて世界を作り上げたのが神であるのなら、その神は一体何者が作り上げたのだ?」
「………。」
ミスタはバジルの頭部に銃口を向けながら、訝しげに首を傾げた。
話の要領を得ない。
バジル・ベルモットとグイード・ミスタの戦いは、一方的だった。
ミスタは拳銃戦闘の専門家で、バジルは特に訓練をしたわけでもないサポート特化の非戦闘用のスタンド使い。バジルの撃つ銃弾はことごとくミスタのスタンドであるセックス・ピストルズに弾き返され、バジルはミスタに容易く組み伏せられて敗北した。バジルはミスタに決闘を申し込むには、役者不足に過ぎた。しかし、バジルは自分の最期の相手にしては、ひどく豪華であると内心で喜んでいる。
「神を創り上げた者は、一体誰が作った?それを創ったものは誰が創った?普通に考えればどうやっても辻褄が合わずに、いずれ論理は破綻する。それは人が時間を不可逆と考えるから、辻褄が合わないだけのことだ。混沌が極まれば、時間の概念はあやふやになる。物事の真理は、環状だ。卵が先か鶏が先か。それはよく議論されるが、その答えは卵が先でかつ鶏も先、が真だ。生ある人間には決して時間の軛から抜け出せない。しかし超越者には、時間の概念は無意味だ。議論に値しない。」
「………。」
ミスタは警戒しながら、バジルの言葉に耳を傾けている。
ミスタが彼に投げかけた質問は、あの不気味な機械仕掛けのスタンドは一体何者なのか?
それを聞き出して、アレにどう対処すべきか対応策を練ることになる。
それに対してバジルがその答えを告げている。
「混沌より生まれた俺だからこそわかる。人は神が作りたもうた。しかし神も、人の心が生み出した。一見、それは時間系列が矛盾しているように思える。しかしそれは、どちらかが間違いなのでは無い。それはどちらも真理だ。一見矛盾しているようにも思えるが、物事は不可逆な一方通行なのではない。環状になっている。人はそれを本能で理解しているから、輪廻などという概念が生まれた。有が無から生まれ、無が有から生まれる。鶏も卵も共に先であり、共に後である。それが真理だ。」
「………。」
「イアンのスタンドは、混沌そのものだ。原初、無限の狂気と混沌の中からは、神でさえも生まれる。あの不気味な機械仕掛けのスタンドの本質は、審判だ。競技には須らく審判が必要なのと同様に、イアンはこの遊びにも公正な審判を求めている。審判とは試合においてそのルールに精通し、勝敗を決定する神のごとき絶対的な権限を持っている。それがイアンの考える審判。しかしあの機械仕掛けのスタンドは、自分が何のためにいるのか、自分がどこから生まれたのかを覚えていない。イアンも細かいことを覚えているような人間ではない。そのために、奴らには行動に若干一貫性が欠けている。アレは自分をイアンのスタンドではないと思い込んでいるようだが。しかしアレはイアンから独立してはいるものの、イアンの妄想の部屋から生まれた、間違いなくイアンのスタンドだ。………なんで機械なのかは、俺も知らん。多分デウス・エクス・マキナから連想した、イアンのイメージだろう。」
時折現れる無敵のスタンド、それは公平性に則って存在する。
例えばケンゾーのドラゴンズ・ドリーム、ミラションの取り立て人マリリン・マンソンなど。
それは本来ならば中立である必要があるのだが、それが間違えて一方に肩入れしてしまっている状況だと考えればいい。
「………。」
「アレはイアンの意向に忠実で、イアンの悲しむことをひどく嫌う。………お前たちは、絶対にアレを敵に回してはいけない。イアンは楽しむことが目的で隙が大きいが、アレはイアンより沸点が低くキレたら手に負えない。アレは妄想が現実となるこの世界の戦いにおいて、絶対的な権限を持っている。普段は戦いに不干渉で、イアンの使役するスタンドの真似事をしている。アレにそのスタンスを変えさせるようなことをさせてしまえば、お前たちに勝ち目は無くなる。勝敗の決定を下す審判を敵に回せば、競技には勝てなくなる。」
バジル・ベルモットはそこまで喋ると、目を閉じた。
「ルールを守れ。イアンを絶対に逆上させるな。混沌、無秩序、手段を選ばない戦いを仕掛ければ、イアンの独壇場になる。………俺がアンタに話せるのはそこまでだ。せいぜい頑張ってくれ。」
「情報感謝する。………アリーヴェデルチ。」
必要なことは聞き出せた。あとは人間として殺してやる。
ミスタはバジル・ベルモットの頭部に照準を定めて、拳銃の引き金を引いた。
軍事基地の屋上の貯水塔に、血と脳漿が飛散してこびり付いた。それは時間経過と共に、薄れて消えていく。
「妄想から生まれた生命か。………テメエのことは、殺した俺が覚えておいてやるよ。」
人間らしく死ぬことを望んだ男は、戦いに敗北して死亡した。
◼️◼️◼️
「となると、俺の相手はテメエか。」
リュカ・マルカ・ウォルコットは、空条徐倫と対峙した。
「………。」
空条徐倫は、目の前のスキンヘッドの男を前にスタンドを現出させた。
男好きベロニカが男を所望し、金髪が前回と同じ相手を嫌がったために、リュカの敵は消去法で徐倫になった。
ベロニカ対ウェザー・リポート、金髪対空条承太郎、リュカ対空条徐倫。
承太郎は娘から聞かされていた金髪の男に思うところがあったために、この対戦図となった。
「ふーん。かなり強そうだな。」
リュカは目を細めて、ストーン・フリーに目をやった。
筋繊維のように無数に糸を束ねた、しなやかな野生の豹を思わせるような姿形。
リュカのスタンド、ケミカル・ボム・マジックが一足で距離を縮めた。
右腕の筋肉を膨張させて徐倫に殴りかかり、徐倫は糸を束ねた強靭な腕で拳を弾き返した。
リュカは逆の腕で爪を立て、徐倫の顔面を切り裂こうとした。
「ハァ?」
リュカは意表を突かれた。
徐倫の顔面は解けて糸になり、リュカのスタンドの強靭な爪を軽やかに躱した。
そのまま全身がバラバラに解け、リュカは徐倫を見失った。
「どこにッッッ!!!」
「ストーン・フリー、
上空から糸が降ってきて、リュカの首に絡み付いて締め上げた。
「あがッッッ!!!」
咄嗟に糸を引き千切ろうと振り回したリュカの腕に、いつのまにか周囲に張り巡らされた徐倫の不可視の極細の糸が食い込んで血が噴き出した。
「コイツッッッ!!!マジかッッッ!!!」
リュカは徐倫の外見でその戦闘力を推察したが、彼女の戦闘力はリュカの推察を遥かに上回っていた。
しなやかな糸は変幻自在な戦いを得手とし、リュカはそれに翻弄される。
「グッッ、アアアアアアアアアアアッッッ!!!」
糸はなおもリュカの首をギチギチと締め上げて、リュカは呼吸が困難になる。
危機を察したリュカは即座にギアを最上まで上げて、スタンドの力を振り絞って糸をなんとか千切ろうとした。
しかしそれをいち早く察した糸はスルスルと逃げて、力を空回りさせられたリュカは体勢を崩した。二次元より帰ってきた徐倫がリュカに追撃を加えた。
「オラァッッッ!!!」
「グッ!!!」
強靭な膂力でストーン・フリーがリュカを弾き、リュカは何とか防御したと思ったのも束の間、糸は殴ったついでにリュカの腕に密に絡み付き、リュカは徐倫に引き寄せられた。
「クソッッッ!!!」
リュカは絡み付く細い糸に何とかストローを突き刺そうと試みるも、糸は生き物のように自在に動き、まるで捉えられない。
リュカは、実体のない亡霊を相手にしているような錯覚に囚われた。
「手加減するつもりも遊ぶつもりもない。アンタはここでお終い。」
糸を厚く束ねたストーン・フリーの拳がリュカに迫り、リュカは体を丸めて必死にダメージの軽減を試みた。
「私のストーン・フリーは、守りに徹して凌げるほどヌルくない。」
「クソッッッ!」
まるでトラックと衝突したような衝撃。それはひどく重く、リュカの骨に響いた。
重い拳が幾度もリュカの防御に突き刺さり、リュカは防御越しにひどく体を揺さぶられた。
「これで終わり。」
徐倫は無慈悲に宣告し、束ねた糸を引っ張った。
リュカは引きずられまいと足に力を入れて踏ん張り、その瞬間に徐倫は引っ張る力を抜いた。リュカは自身の踏ん張りによって後ろに向けて体勢を崩し、徐倫が少し空いた距離を一足に詰めて拳を振りかぶった。
「あ………。」
リュカの眼前にスローモーションでストーン・フリーの拳が迫り、リュカは自身の敗北を理解した。
しかし敗北を覚悟した瞬間にリュカに絡み付き拘束する糸はなぜかボロボロに千切れて、リュカは即座に判断を下し必死に背後に飛び退いた。
「貸しだ。これでお前も私の奴隷決定だな。」
「チッ。」
リュカを仕留め損なった徐倫は舌打ちをした。ストーン・フリーの糸に黒い小型の生物が纏わり付いている。
リュカの近くにベロニカが寄り添った。
「ババア、助かった。」
「私はババアじゃねぇ!!!お前ぶっ殺すぞ!」
危地に陥ったリュカのフォローをしたのは、ベロニカ・ヨーグマン。
彼女は酸を出すスタンドで、リュカに絡み付き拘束する糸を溶かしてリュカを逃した。
「で、どうだい?こっちはハッキリ言ってかなり分が悪い。」
「………相性が悪い。組むぞ。」
戦闘には相性がある。
リュカ、ベロニカ共に敵との相性が良くなかったために、ベロニカはリュカに急遽手を組む提案をした。
ベロニカの相手はウェザー・リポート。
彼女のスタンドは毒や物理には強いが、万能性が高く遠距離攻撃も可能なウェザーのスタンドはあまり得意ではない。
その代わりに彼女は、徐倫のスタンドに対してはめっぽう強い。
リュカの相手は徐倫。
リュカのスタンドは耐久が高く近接に強いが、徐倫のようなトリッキーなスタンドはあまり得意ではない。
その代わりにリュカは、ウェザーのスタンドに対してはそこそこ以上に戦える見込みがある。
「奴ら思ったよりもずっと強ぇ。OK、ババア。今回限りの即席タッグだ。」
「男はもらうぞ。」
「手を組まれたか………。徐倫、厄介だぞ。」
「ええ。わかっている。」
徐倫が前面に立ち、ウェザーがそのやや後方でサポートする。
二人は互いのスタンドを理解し、高い連携能力を誇っていた。
「糸女が前に出るなら私だな。」
一方でリュカとベロニカのコンビも、共に戦歴が豊富で即興のコンビネーションを組んできた。
ベロニカが前面に立ち、リュカは変化する戦況を柔軟に立ち回り支配する役目を請け負った。
「OK、ババア。ヘイ!!!」
「ッッッ!!!」
リュカは地面にスタンドのストローを突き刺し、即席の爆弾が爆発して周囲に砂塵が舞った。
徐倫が視界を失い、ストーン・フリーに強いベロニカのリビング・アシッドがウネウネと迫る。
「大丈夫だ。」
ウェザーが徐倫のサポートに回り、周囲に雨粒が落ちて舞い上がった砂塵を抑えた。
そのまま風が逆巻き、不定形であり体幹の弱いベロニカのスタンドは立ち往生する。巻き起こる強い風圧に、ベロニカは腕で眼球を保護した。
「ヘイ、ババア。そこでしゃがめ。」
リュカが足元の地面にストローを突き立てて即席の爆弾に変化させて、土塊を次々に徐倫めがけて投げつけた。
徐倫はウェザーの雨を吸った糸の束を音速を超える速度で打ち出し、次々に飛びくる土をまとめて弾き落とした。そのまま糸は捻れてどこまでも細長くなり、空中と一体化して不可視になり、触れたものを切り裂く二次元の刃の罠と化す。
「この辺りだな。」
「ッッッ!?」
徐倫が糸を仕掛けた周辺に当たりをつけて、ベロニカが手を伸ばした。
張られた糸はベロニカの腕を薄く裂き、糸の罠は彼女の酸の体液を被って溶けて消えていく。
さらに徐倫の足下から、ベロニカがスタンドから排出した不気味な甲殻類が無数に湧き出てきた。
「グッ!!!」
足に甲殻類の吐き出す酸が触れて彼女のブーツが溶け、痛みに徐倫は思わず呻いた。
ウェザーがサポートに回り、しとしととアルカリ性の雨が降って徐倫の足下の酸を薄めて洗い流していく。
「助かる。」
「お安い御用だ。」
仕返しとばかりにウェザーが積乱雲を作り出し、濡れた地面に電流を流した。
ウェザーはローウェンほど強力に雲を操ることは出来ないが、能力の幅が広く応用力が効く。
ベロニカとリュカが電流に巻き込まれて、行動を阻害された。
空条徐倫はベロニカ・ヨーグマンに視線をやった。
糸を束ねたスタンドであるストーン・フリーにとって、小型で隙間に侵入してくるベロニカの酸を吐くスタンドはどうにもならないほどに天敵だと言っていい。酸に触れる表面積がどうしても大きくなり、細い糸はどれだけ強靭でも瞬く間に溶かされてしまう。多数の小型の甲殻類に糸の隙間に入り込まれたら、徐倫の敗北が決定してしまう。しかも彼女のスタンドは、倒しづらい不定形だ。ゆえに先に陥すのは相性のいいリュカ・マルカ・ウォルコットのスタンドから。そこを陥して二対一でベロニカを翻弄する。
「ヘイ!!!」
あらかじめ周囲に対人地雷を仕込んでいたリュカは、戦闘の主導権を渡すまいと地面にストローを突き立てた。
あさっての場所で複数同時爆発が起こり、爆風と舞い上がる砂塵は視界を阻害していく。それは電流を喰らって筋肉が硬直した、リュカとベロニカのフォローとなった。
「徐倫ッッッ!!!」
「ええ。」
それぞれ苦手な相手を持つウェザーと徐倫は背中合わせに互いをフォローし合い、ウェザーの降雨が舞い上がる砂塵を地に落としていく。
「足下ッッッ!!!」
「ッッッ!!!」
砂塵の中から無数の甲殻類が湧き出てきて、その不気味さに徐倫は気を取られた。
それはベロニカのスタンド、あらゆる物質を溶かす王水の体液を持つ。
「ハッッッッ!!!」
徐倫がウェザーの肩に飛び乗り、ウェザーがスタンドの拳を固めて雨に濡れた地面を殴った。
スタンドの拳から電流が迸り、地面を這いずる多数の甲殻類を焼き切っていく。
「ウェザー!!!」
規模の小さくなった砂塵からリュカが飛び出て、ウェザーに攻撃を仕掛けようと試みた。
徐倫がウェザーのサポートで前に出て、その徐倫と相対するようにベロニカも現れて参戦する。
四人の戦いは、乱戦の様相を呈していた。
◼️◼️◼️
「手を上げて、大人しく投降しろ!!!不審な動きをすれば、その瞬間に蜂の巣にしてやる!!!」
【蜂の巣、蜂の巣か。】
不気味な機械仕掛けのスタンド、執刀医を前に、サーレー、マリオ・ズッケェロ、ホル・ホースは散会し、それぞれスタンドを現出させていつでも攻撃できるような態勢で囲みながら警戒していた。
執刀医は両手を高く上げて、首を傾げながら上の空でなにやらブツブツ呟いている。
「大人しくしろ!!!そうすれば今すぐに殺害することだけはしない!!!」
【蜂の巣、ハニカム構造。囲まれた私、遊ぶことこそが生きる意味。私はイアンの代わりならば、イアンの行動原理に沿ってお客様をもてなす義務が存在する。】
執刀医はニヤアと笑うと、掲げた両手の上にミラーボールのような球体を作り出した。
それは六角形を連ねたハニカム構造をしており、サーレーたちは否応無くその球体に視線を奪われた。
次の瞬間、ホル・ホースが執刀医に容赦なく発砲する。
【私は大人しくしているつもりだが?君たちは私を今ここで殺すことはないと言わなかったか?】
ホル・ホースが放った銃弾は執刀医のいた場所を通過し、執刀医はホル・ホースの背後にいた。
瞬間移動ともいうべき速度、囲んだ三人は誰も執刀医が動いた瞬間を視認できていなかった。
執刀医はホル・ホースの背後で、不気味にユラユラと揺れる。なびく白衣が尾を引き、それを視認したサーレーは幻惑されるような錯覚を覚えた。
「その不気味な球体を消滅させろ!!!」
【やなこった。】
当然ここにいる全員はスタンド使い。
執刀医の生み出した不気味な球体が、どんな能力を持っているかわかったものではない。それを生み出しておいて大人しくしているなどという理屈は通用しない。三人は即座に体勢を変えて、執刀医に殺意を向けて動いた。
【さて、今回は私の遊び。イアンとオリバーの穴埋めが責務。君たち相手に戦いをはぐらかし、オリバーが復活するまで時間を潰すことが私の役割だ。】
執刀医はそう呟くと、ミラーボールのような球体を床に投げ付けた。
その行動に意表をつかれた三人は、どうすればいいか困惑して誰も反応出来ない。ミラーボールは床に叩きつけられると同時に粉々に粉砕され、閃光を発するとともに床に溶けて消えた。閃光は脳裏に鮮烈な白光を焼き付け、サーレーの視界に映る世界はボヤけていく。
【モザイク・ルーム。君たちはモザイクに囚われる。時間稼ぎにはもってこいだね。】
「ズッケェロ、ホル・ホース、返事をしろッッッ!!!」
球体が破砕すると同時に三人の視界は解像度が劇的に低下し、モザイクに覆われていく。
或いは、世界自体がモザイク状に変化しているのか?
サーレーにはそのどちらが正解なのかわからない。それでも即座に事態を把握し、同士討ちを避けるために声を張り上げた。
「相棒、今のところ俺は問題ねぇ。」
「俺っちもここにいる。」
【私も問題ない。】
「テメェッッッ!!!」
サーレーの耳元で機械のような声がし、咄嗟にクラフト・ワークの拳を振るった。
しかし、拳に手応えはない。
「どうする!相棒ッッッ!!!」
サーレーは思考した。
視界が不全の状況で、手当たり次第に動くものを攻撃するわけにはいかない。そうすれば極めて高い確率で同士討ちを引き起こす。
非常に厄介な状況に陥ったと言える。
「三人で背中合わせになるぞッッッ!!!」
そうすれば、視界に映る動くものが敵だと確定する。
サーレーの意図を理解して、二人は互いの認識のために声を上げた。
「了解、相棒ッッッ!!!」
「これは面倒だねぇ。」
ズッケェロが集中しながら返事をし、ホル・ホースが眉間にしわを寄せながらサーレーに近寄った。
【了解した!!!視界に入る動く相手を倒せばいいんだな!!!】
「テメッッッ!!!」
おちょくられている。
サーレーの背後で執刀医の声がして、サーレーは反射で拳を振るった。
「おい、リーダー!危ねぇじゃねぇか!!!」
「すまん。」
クラフト・ワークの拳がホル・ホースの帽子をかすめ、ホル・ホースは抗議した。
【君たち!!!仲間割れなどしている場合じゃあないッッッ!!!力を合わせて、不気味な敵を打ち破るんだッッッ!!!】
「この………ッッッ!!!」
執刀医のおちょくる声に、サーレーはイラついた。
しかし頭に血が上っては、戦闘に支障を来す。サーレーは深呼吸をした。
サーレーは短い間思考に没頭した。
ラニャテーラは味方を巻き込み、味方に反撃の機会を失わせてしまう。コマ送りは、視界の解像度が低い現状意味を成さない。
マリオ・ズッケェロの能力は攻撃を当てられれば効果があるかもしれないが、同士討ちの危険を孕む。ホル・ホースも同様だ。
人間は情報の大半を視界に依存しているということを、嫌という程痛感させられた。
「声を出し続けろ!声で味方を判別する!!!幸運にもあの不気味な敵は、こっちを全力で殺しにきているわけではないッッッ!!!」
「了解!」
「アイアイ。」
【よし、わかった!!!】
「テメェッッッ!!!」
クラフト・ワークが可能な限りの速度で、執刀医の声がした場所に裏拳を振るった。
【マンネリは停滞となり、停滞は退廃へと繋がる。人生に必要なのは適度な刺激と遊び心。ならばこそさあ、次の遊びだ。】
サーレーの拳は空振り、しかし別の何かを壊す音がした。
モザイクの世界にクラフト・ワークの拳を中心にひびが入り、ひびは放射状に広がり足元が崩壊していく。
「これはッッッ!!!」
周囲が崩壊し、どこまでも落ちていく感覚。地に体が叩きつけられたが、痛みは感じない。
サーレーはそれを不可思議に思うことなく、落ちた先で急ぎ立ち上がった。
【モノクロの精神世界、少年漫画。自分との戦い、さあ試練を乗り越えて見せよ。】
意味がわからない。試練など課せられるいわれはない。
立ち上がった周囲は黒と白のみで色合いが構成されており、サーレーの眼前にはサーレーがいた。
上空には巨大な執刀医が鎮座して、ネジの瞳が不気味にサーレーを見つめている。
【クレイジー・ドリーム、さあ、己との戦いだ!今こそ試練を乗り越えるんだ!!!】
「………試練を乗り越えてどうなるんだ?」
【どうにもならないよ?試練を乗り越えても何も変わらない。大切なのは日々の積み重ね、たゆまぬ鍛錬。たった一回の試練を乗り越えたくらいで、そうそう簡単に人が変わるわけないじゃないか。】
執刀医は肩をすくめた。じゃあ何のための試練だと、サーレーは声を大にして叫びたかった。
サーレーの眼前にいるサーレーは、無言無表情でたたずんでいる。
とりあえず何をするにしても、目の前の自分が何なのかわからなければ話にならない。
「おい!」
サーレーが声をかけると同時に、目の前のサーレーの眼球が左右で独立して別の方向に動き、後頭部からニョキリとモンシロチョウのような羽が生えた。
「は?」
羽は羽ばたき、サーレーの特徴的な髪は昆虫の足のようにワシャワシャと動いた。
そのまま首がボロリと胴体から離れ、モノクロの空を舞って遠く離れて逃げていく。
「お、おい、逃げたぞ!」
【………。】
あまりにも意味不明な展開にサーレーは上空に鎮座する巨大な執刀医に説明を求め、執刀医もその展開に呆気にとられている。
執刀医は手を口元に添え、一拍おいて言葉を発した。
【コホン。………奴だ!!!奴こそが君の試練!!!倒すべき相手ッッッ!!!】
執刀医は首がなくなったサーレーの胴体を指差し、首のなくなったサーレーの胴体はサーレーに向かって走りながら拳を振りかぶった。
◼️◼️◼️
【おやすみ。良い夢を。】
執刀医が、固い床に倒れて寝込む三人に視線をやった。
【さて。】
執刀医は階段に目をやって、白衣を翻し静々と段差を登っていく。
二階に上がり、三階に上がり、屋上へと続く鉄製の扉に手をかけた。
【おや?】
「テメエッッッ!!!」
執刀医が屋上の扉を開いた。
屋上には屋外の戦いの趨勢を確認するグイード・ミスタがおり、ミスタは反射で執刀医に拳銃を向けて発砲した。
【なかなかの野蛮さ。でも、嫌いじゃあない。私は君と戦うつもりはないのだが?】
「………。」
【ミスタ、イマノハアタッタハズ!!!】
銃弾は透過し、ミスタのスタンドであるNo.1は困惑した。
執刀医はいつのまにか、ミスタの拳銃の射線から外れた場所に移動している。
瞬間移動としか言えない速度に、ミスタは警戒しながら恐る恐る銃口を下ろしていく。
審判を敵に回すべきではない。
ミスタの脳内には、バジル・ベルモットが最期に残した忠告がこびりついていた。
「………テメエ、サーレーたちはどうした?」
【サーレー?侵入者なら、階下で惰眠を貪っているよ?】
ミスタは、自分がどう動くべきか迷った。
眼前には散々忠告された得体の知れない機械、屋内には惰眠を貪っていると機械が発言したサーレーたち、屋外では三対三で戦う仲間たち。ミスタが戦局を判断できるのは、今現在屋外で戦っていることを視認できている仲間たちである。
最重要目的は敵の首魁の暗殺。眼前には審判だと敵が発言した存在。屋外の戦いは仲間たちは劣勢に陥っているわけではないが、今まで見た展開はどうにもキナ臭い。
消去法で行動を絞り込むとすれば、目の前の機械が真実バジル・ベルモットが語ったような存在であるのなら、ここで敵対して戦うことは下手である。そうなると残る行動は階下のサーレーたちとの合流、屋外で戦う仲間のフォローのどちらか。単騎で敵の首魁を探し出して暗殺するくらいならば、階下のサーレーたちと合流した方がまだ先行きの見通しが明るい。あえてどこのフォローも行わず、バジル・ベルモットから入手した情報を持ち帰って検証するという選択肢も存在する。情報の優先度は極めて高い。
ミスタは、それらの中から自身で行動を選択しなければならない。
どう行動するにせよ、ネックになるのは時間制限。バジル・ベルモットの言葉が正しければ、あと何回攻め込むことが可能なのか。情報を持ち帰って精査している最中に、時間切れを迎えてしまう可能性も高い。
無理して戦うことも、無理せず退くことも、どちらにも利点と裏目が存在する。
「………ルールとは、一体なんなんだ?」
迷った末にミスタが下した決断は、さらなる情報収集をすることだった。
バジル・ベルモットの言葉を信用して、あえてさらに敵の懐に飛び込む選択肢。
たとえ殺すべき敵であっても、知ることで被害を抑えられるのならばそれを躊躇する意味はない。
この機械が本当に審判であるのなら、戦いのルールに精通しているはずだ。
そもそもミスタは、敵が言うところのルールというものを全く聞き及んでいない。
一体何がルール違反になるのか?
仮にルールが存在するのなら、それを知らずに戦ってもとても戦局は有利に運べない。
【ルールは、イアンが決めている。イアンが卑怯だと思ったり、不公平だと感じたら、それはルール違反になる。ひどいルール違反は、私が直接手を下すことになる。君たちはそれをひどくファジーで不公平だと憤るかもしれないが、もともとこの世界自体が公平ではない。君たちはイアンの接待役だ。曖昧な部分を引っくるめて、その全てを楽しんで欲しい。………ああ、気に入らないなら別にルールを無視しても構わないよ?好き勝手しても構わない。あまりオススメはしないが。その時は、互いに手段を選ばない殺し合いになるだけだ。君たちはもともとそのつもりだっただろう?】
「お前がルールを支配しているわけではないのか?」
ミスタは引き続き、疑問点をぶつけた。
【ルールは、イアンのために存在する。私はイアンの感情をシミュレートして、イアンが極度に憤慨したりひどく悲しんだりした場合はそれをルール違反だと判定している。まあ君たちの方に、ルール違反に該当する事案はそんなに多くない。どちらかというと、イアンがゲームが公平になるために自分のために課しているものだ。………ああ、オリバーの息子に手を出したら、一発でレッドカードだよ。】
執刀医は眼下の戦いを一瞥し、さらなる言葉を紡いだ。
【私はイアンを喜ばせるためにここにいる。確かに私は戦いの審判なのだろう。だが正直言って、ルールや勝敗などどうでもいい。私がルールを判定しているのは、それがイアンが喜ぶからだよ。だから戦いなどどうでもいい。ほら、外の戦いに動きがあった。君はそれを鑑みて、どう動くのかな?】
執刀医が眼下を指差し、ミスタもそれにつられて視線をやった。
ミスタは踵を返し、大急ぎで屋上から建物外ヘと向かった。