噛ませ犬のクラフトワーク   作:刺身798円

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何者にもなれない

「テメエ、何者だ?」

 

空条承太郎は、目前の金髪の男に問いかけた。

娘の徐倫から情報を聞かされた際に、予感があった。

あってはならないことが起こっている予感、過ぎ去りし因縁が再び運命に絡みついてくる胸騒ぎ。

 

「何者だ、とはどういう意味だ?」

 

外見は確かに、少しだけ面影がある。

あの男がもしも真っ当な人間だったと仮定して、歳月が人相を変貌させたのだと言われれば無理矢理に納得させられるくらいの説得力だけは。しかしあの男は不老の吸血鬼であり、目の前の男は外見は少しだけ似通っているもののあからさまな別人だ。

何より空条承太郎が別人だと判断したその最たる理由は、目の前の男からはそこまでの凶暴性が感じられない。あの男であれば否応無く感じる、傲岸不遜で独尊な、他者を己が糧としか見なさない凶暴性が。

 

「………。」

 

いまいち釈然としない。

この程度の男に娘の徐倫が敗北したのか。親の贔屓無しに、徐倫はアメリカ有数のスタンド使いだったはずだ。

それが敗北したのであれば、よほどスタンドのスペックが高いか、相性的な問題か、はたまたなんらかの特殊な能力ではめられたのか。

そのいずれだとしても、徐倫のスタンドは極めて融通の効く対応力の高いスタンドだったはずだ。

 

もしも本物のあの男が相手だったのならば、それならば娘が敗北したとて納得ができる。

しかし目の前の男はあの男とは別人、のはずだ。

 

考えても、詮無きこと。

負けられない戦いで目の前の男は敵だ。それが最優先される事情であり、加減や様子見は手ぬるい。

空条承太郎は力の化身スター・プラチナを現出させ、俊足で赤黒い大地を蹴った。

 

「お前、アジア人か?」

「その質問に、何の意味がある?」

 

承太郎に相対する金髪の男も、スタンドを現出させる。

その外見はかつてのザ・ワールドに少しだけ似てはいるものの、やはり別物だという他には言いようがない。深青色の色合いに鋭い目付き、首には鎖が巻き付いており、その先端に懐中時計が付属している。

 

「フン!!!」

「おおっっ!!!」

 

二人の中間地点で、二体のスタンドは交錯した。

金髪の男のスタンドは巨大で、そのスピードとパワーはかなりのものだった。

 

空条承太郎のスター・プラチナが右拳を握り、敵スタンドにストレートパンチを放った。金髪の男はスタンドの腕を交差させ、若干弾かれる。お返しとばかりに金髪の男もスタンドで殴り返し、スター・プラチナは腕を内側に入れて軌道を変えて逸らした。そのまま至近距離からスター・プラチナのミドルキックが敵の腹部を強襲する。金髪の男は腕を体との間に割り込ませて防御を試みたが、スター・プラチナの足は不意に軌道を変化させて金髪の男の足をへし折った。

 

「グッッッ!!!」

「………。」

 

そのままスター・プラチナは地を滑るように動き、金髪の男の腹部を突き破らんと右腕に力を込めて殴りかかった。

 

「うあッッッ!!!」

 

スター・プラチナの拳に、金髪の男は自身の左腕を前に出して防御を試みた。

承太郎は殴るタイミングを一拍外し、フェイントをかけてスター・プラチナが体を敵スタンドに当てて押し込んだ。さらに体勢を崩した敵に追撃で殴りかかった。巨体のスタンドは容易く押し負けて地を転がった。

 

「………。」

 

承太郎は、敵を観察している。

承太郎は経験に裏打ちされた百戦錬磨の戦士であり、僅かな戦いからでも情報を読み取ることができる。

ほんの僅かな交差で承太郎が敵から感じ取ったものは、チグハグさだった。

 

男のスタンドはパワーはあり、スピードもかなりのものだ。

承太郎のスター・プラチナの動きに反応するだけの動体視力と身体能力は備えている。

身体能力のスペックだけで言えば、金髪の男のスタンドは承太郎が出会った敵の中でも最上位に近い能力を持っている。

それこそ、最盛期のスター・プラチナと比較しても遜色ないと言える。

 

しかし、強いか弱いかで言えば、はっきり言って弱い。

戦いにおいて地面に倒れ伏してしまえば、不利な体勢で追撃を受けることが確定する。敵はスター・プラチナの猛攻を受けてアッサリと地を転がった。戦い慣れた人間であれば、どれだけ攻撃を受けようが無防備で敵の攻撃を受けるような体勢を晒すわけがない。敵が攻撃を受ける際に、目を瞑ってしまっていたことも確認できた。

 

ここまでの戦いの流れでは相手の動きが読みやすく、身体能力にさほどの差はないにも関わらず簡単にあしらうことが可能だった。

戦いにおいて重要な要因。例えば小手先の技術、フェイント、重心移動、人体の関節可動域、展開予想、そういった敵の裏をかく能力。簡単に思いつくだけでも、単純な身体能力以外にこれだけの要素が挙げられる。そういう接戦を制するための能力が、決定的に欠けている。

百戦錬磨の空条承太郎は、わずかな戦いからそれだけの情報を読み取った。

 

例えば目線一つでフェイントをかけ、敵の行動を誘導したり欺いたりする能力、それは戦いにおける基礎中の基礎だ。

重心を上手く扱い慣性を無視したり、人体の関節を考えれば有り得ない動きだったり、そういった人よりほんの少しだけ異常な動きが出来るのなら、その特性一つで相手の裏をかくことができる。

戦闘の経験の数を積めば相手の狙いを高精度で予測できるようになるし、筋肉の微細な動きからでも相手の次の行動を予測可能だ。

 

身体能力は高い。スター・プラチナの動きに反応できるほどに。

しかしそれは、実戦で鍛えた強さでは無い。

 

野生の動物や鍛え上げた兵士のような実戦的な力ではなく、まるで見せるために筋肉をつけたボディビルダーのような。

訓練されていない一般人が、戦場の重装備を持たされたような。

戦うことをまるで知らない赤ん坊が、大人の体を手に入れてしまったというのが一番しっくり来るかもしれない。

 

それでいて徐倫が負けたということは、相当強力な能力を持ち合わせているのか?はたまた限定的なカウンターで発動するような能力か?あるいはブラフをかけていて、実は戦えることを隠しているのか?

空条承太郎は観察しながら、そういった不確定要素を思索していた。

 

そもそも承太郎が参戦したのは、パッショーネの要請を受けたという理由もあるが、娘の徐倫の敗北がまるで過去のあの男の能力を彷彿とさせたという理由である。しかし目の前の男からは、今のところかつてのあの男の片鱗を露ほども感じない。

はっきりと別人だと言い切ることができる。

 

承太郎は横目でチラリと、他の戦局を眺めた。

徐倫、ウェザー・リポートのコンビとリュカ、ベロニカのコンビ。そこは戦力が拮抗しており、リュカ、ベロニカ共に戦い慣れた強力なスタンド使いだと言い切れる。あの二人組であれば、どちらであってもこの目の前のこの金髪の男よりは苦戦するであろう。

 

目の前の男をさっさと倒してフォローに回ろうと僅かに思考したが、自分のノルマを達成していないうちから皮算用をするのは隙のある行為だと頭を振った。まずは確実に目の前の男を始末することだけを考える。先のことを考えて足元を掬われるのは、愚かの極み。

 

ここまで承太郎が思考した時間が、およそ三秒。

敵は地面に手をついて立ち上がり、若干足元が怪しい。追撃の好機だ。

何かを隠していたとしても、高確率で仕留められる機会を見逃すほどに承太郎はマヌケではない。

 

【オラァッッ!!!】

「うあッッッ!!!」

 

この男は、吸血鬼だ。それは確定した。

先程足をへし折ったにも関わらず、すでに骨は復元されて迫り寄るスター・プラチナから後ずさって距離を置こうとしている。

蹴りの手応えからして複雑骨折だったはずで、足を動かせるわけがない。

 

承太郎のスター・プラチナは、残像ができる速度で敵を蹂躙しにかかった。

それに対応して男は、自身の体を守るようにして距離を取ろうとした。何かを守るように体を丸めており、承太郎はその行動に違和感を感じた。

 

「………これは!」

「あはははははは!!!俺の勝ちだッッッ!!!」

 

周囲の空間が突如圧力が急上昇したように、承太郎の体の動きが鈍くなった。そのまま石のように、体が動かなくなる。

承太郎はその感覚に、覚えがあった。それはかつて、最初に因縁の男と対峙した時に感じた感覚だった。

 

男はスタンドの首からぶら下がった懐中時計の針をいじっており、承太郎はその様子からその懐中時計が能力の肝であることを理解した。

 

「俺は無敵の、ディオ・ブランドーだッッッ!!!」

「………。」

 

承太郎は内心で、ため息をついた。

何の関係があるのか、どういう因果か、どうしてこの男がその能力を保持しているのか。

気にはなるが、それは実は大した問題ではない。

 

大切なのは、この男はディオ・ブランドーではなく、この戦いが負けられないものであるということだけ。

承太郎は獲物を待つ狩り人のように、停止した時間の中で静かに時を待った。

 

「お前は俺の能力の前に手も足もせずにひれ伏す!!!喰らえッッッ!!!」

【オラァッッッ!!!】

「あがッッッ!」

 

自身の能力を盲信して不用意に近寄った男の鼻面を、承太郎のスター・プラチナの拳が弾いた。

承太郎は年を取り、停止した時間の中ではもう一秒程度しか動けない。しかし、この程度の敵ならば一秒もあれば十分過ぎる。

 

【オオオオアアアアアアオラオラオラオラ!!!】

「おあ、お、あが、ぺッッッ!」

 

承太郎のスター・プラチナは敵のスタンドに連打を喰らわせ、金髪の男は奇声を上げてなされるがままに攻撃を喰らった。

右拳で敵の頬を殴り敵の体を左に動かし、左の足で敵が倒れて距離を離さないように蹴り支えた。左の拳が敵の腹部に突き刺さり、返す右の裏拳が男の顎を痛烈に砕いた。脳がシェイクされグロッキーになる敵の胸元の懐中時計の鎖を、スター・プラチナの万力で引き千切った。

その一連の攻撃で男はイアンに無理に添付された時間を操作する能力を剥奪され、停止した時が戻っていく。

 

「あ………。」

【オラオラオラオラ!!!】

 

スター・プラチナの超高速の拳が無数に敵に突き刺さり、金髪の男は地面を削って転がった。

 

「ヒッッ………!」

「………?」

 

金髪の男は、地面にへたり込みながら承太郎を見て恐怖している。

一見承太郎が圧倒的に有利で勝利は時間の問題のように思えるが、承太郎は全く別のことを考えていた。

 

いきなり殴る感触が変わった。

先以上の出力で攻撃したにも関わらず、骨の一本も折れた手応えがない。

筋繊維の密度も上がっており、思ったよりも敵を吹き飛ばせなかった。

承太郎は即座に明確な異常であることに気付き、敵を観察した。

 

「お前は………なんなんだッッッ!!!俺は無敵のディオ・ブランドーだぞッッッ!!!」

「………テメエはディオなんかじゃねぇ。」

 

金髪の男は承太郎のその言葉の意味を即座には飲み込めず、首を傾げた。

 

「何を………。」

「ディオは俺が十年以上も前に殺した。テメエはディオ・ブランドーとは全くの別者だ。テメエは一体何者だ?」

「は………?」

 

そこには、齟齬があった。

イアン・ベルモットはブランドーとジョースター一族の因縁を伝聞でしか知らず、ディオを打倒した人間もジョースターという家名からヨーロッパ圏もしくは北米の人間であるとそう思い込んでいた。それはそのままイアンの妄想より生まれた金髪の男の記憶となる。

 

しかし実際は、承太郎は日本人とイギリス系アメリカ人のハーフだ。体格はいいものの、見た目にはアジア系の特色が色濃く出ている。その容貌は純粋な白色人種ではなく、コーカソイドとモンゴロイドのハーフであったために承太郎がまさにディオの因縁の相手であるとは露ほども考えなかった。

 

「お前が………ジョースター?」

「ジョースターはジジイの家名だ。テメエは誰だ?」

「俺はディ………。」

「テメエはディオ・ブランドーじゃあねぇ。」

 

金髪の男は、ディオ・ブランドーではない。

その正体は、イアンが無理矢理肉の芽の塊に妄想上の人格を被せた存在である。

金髪の男の時間を支配する能力は、イアンが肉の芽の永遠不滅の特性を無理矢理捻じ曲げて貼っつけたものであった。

それが時間を支配する能力が剥奪されたために、もとの肉の芽の特性となって男に還元された。

 

「違う!俺はディオだッッッ!!!」

「何度でも言う。テメエはディオ・ブランドーなんかじゃあねぇ。第一あの男は、とうの昔に死んだ。」

「俺はディオだッッッ!!!」

「くどい。俺たちジョースター一族は、ずっと昔からあの男とは因縁があった。俺たちがディオを見間違えるわけがねえ。」

 

金髪の男はイアンの都合により生み出された存在であったため、イアンの都合通りに動く。そのために、記憶の矛盾にも気付けなかった。

よくよく思い返そうとしてみれば、彼は自分を殺したはずの人間の顔も思い出せないことに今更気が付いてしまった。

 

「え、俺はディオ。え、俺はディオ・ブランドーじゃあない。では俺は一体?」

【オラァッッッ!!!】

 

隙だらけの金髪の男を、スター・プラチナは力任せにぶん殴った。

吹き飛ばされた男の体に風穴が空いたが、それは周囲の肉が埋めて復元されていく。

 

「え、じゃあ俺は何のために生きてるんだ?俺は誰?俺は………俺は………?」

【オラオラオラオラッッッ!!!】

 

スター・プラチナのラッシュをまともに受けて男の体はベコベコに歪み、それは直後に元どおりになった。

あからさまな敵の異常性に、承太郎は眉を顰めた。

 

「なあ、俺はディオじゃないんならどうすればいいんだ?人間はいったい何を目的に生きているんだ?」

【オラオラオラオラ!!!】

「なあ、教えてくれよ。イアン、アンタは俺を何のために生み出したんだ?」

【オラァッッッ!!!】

「オレハ………オレハ………イアンッッッ!!!」

 

スター・プラチナに殴られた金髪の男の顔面が崩壊し、多数の肉の芽の触手となって周囲の動くものに手当たり次第に襲いかかった。

 

◼️◼️◼️

 

【君は何者にもなれないんだね。人は生まれてから教育を受け、倫理道徳を理解し、先人の生き方を見続けることで、生を学ぶ。それが何のバックボーンもなしに、周囲が敵の真っ只中にいきなり成人として放り出されても、人生に確固たる方針を持てない。その上信じていた過去は、偽りだった。】

 

ミスタが慌てて立ち去った屋上で、執刀医は地上を俯瞰して少し悲しそうにポツリとつぶやいた。

 

こうなる可能性が高いことは、わかっていた。

泳げない人間を大海原のど真ん中に放置すれば、溺れるに決まっている。

 

必要だから生み出してみたものの、生みの親のイアンに彼に対する執着が薄かったためにその個性も精神も脆弱だった。せめて金髪がリュカやベロニカ、オリバーらともう少し友誼を深めていれば、彼らのために戦うという目的を獲得出来ていたのかもしれない。イアンが金髪に与えたスタンドは最強クラスのスペックを誇っていた。それは、全盛期のスター・プラチナと同レベルのスペック。しかしどれだけ高性能のマシンを与えても、男にはそれを手足のように操縦するだけの能力も意志もなかった。その結果が今だ。これだったら素材に使ったディアボロの方が、遥かに強かった。

 

生物は行動に強い目的が無い場合は、生存本能が優先される。

あの肉の芽の塊は今現在煉獄、この赤黒い空間が彼を使い潰そうとしていることを本能で理解して必死に抵抗しているのだろう。

憐れなことだ。

 

【私個人としては、無責任に君を生み出した私たちへの叛逆で構わないから君なりの確固とした意志に基づく行動を期待していた。しかし、それは叶わなかった。だがこれは、無意識下でのイアンが望んだ展開だということだ。………私としては非常に残念だがね。】

 

執刀医は踵を返し、ミスタが走っていった屋上の扉の方に目をやった。

一方で、屋上から急いで階下へと向かったグイード・ミスタは、階段を降りたその先で倒れて寝込む暗殺チームの三人を確認していた。

 

「おい、サーレー!!!起きろッッッ!!!」

「………は!」

 

ミスタはサーレーを乱暴に揺さぶり、サーレーは目を覚ます。

立て続けにマリオ・ズッケェロとホル・ホースも叩き起こし、ミスタは三人に指示を出した。

 

「ホル・ホース!!!お前は俺と一緒について来い!!!サーレーとズッケェロは引き続き首謀者を捜し出して暗殺しろ!!!」

「………副長?」

 

ホル・ホースは遊撃担当だったはずだ。

戦いに余裕を持たせることは重要なことであり、あえて浮かせて余裕を持たせた駒を引き連れていくということは、どこかの戦局でマズイことが起こった可能性が高い。それに対応するための遊撃だ。

サーレーは自身が寝ていたことへの失態と疑問を置いて、より重要そうな事態の把握に努めた。

 

「副長、いったい何が起こって………?」

「………最優先は首謀者の抹殺だ。お前たちはそれだけを考えろ。」

 

グイード・ミスタはそれだけ答えると、ホル・ホースを引き連れて建物の入り口へと向かって行った。

 

◼️◼️◼️

 

十人の生贄を与えて、人間の血肉の味を覚えた肉の芽。

それは生きる意味を見失った時、本能に任せて自身の存在の保護を最優先と判断した。

移動手段として首から下は人間の姿形を保っており、頭部が存在するはずの場所からは無数の触手が伸びている。触手には対象を見つけるための無数の目玉が動いており、不気味極まりない。

 

それは周囲に存在する生命を手当たり次第喰らって増殖し、己が存在を肥大させて彼を押し潰そうとする煉獄に対抗する。

目の前の空条承太郎を襲い、近くで跳ね回る空条徐倫とウェザー・リポートを襲い、仲間であるはずのリュカとベロニカをも襲った。

 

【ザ・ワールドッッッ!!!】

 

不意に襲いかかってきた無数の触手に、空条承太郎はとてつもなく嫌な感触を感じた。

触手は空条承太郎のスター・プラチナの右腕に幾重にも絡まり、空条承太郎は静止した時間の中で力任せに絡み付く触手を引き千切った。

 

「これは………。」

 

空条承太郎は即座に、非常にまずい事態が起こっていることを把握した。

承太郎の右腕には触手によって無数の肉の芽が植え付けられており、その数には精密動作性と速度に優れるスター・プラチナにさえ対処のしようがない。植え付けられた肉の芽は触手を伸ばし、それがまた別の箇所に肉の芽を植え付ける。

 

心臓部にもすでに肉の芽が植えられている。

それはさほど時間を置かずに承太郎の脳まで到達し、承太郎を操り人形にすることだろう。

 

僅かな時間で取れる選択肢と先の展開を判断し、選択する。

頭を吹き飛ばして自害すれば体を乗っ取られることはないが、ウェザーと徐倫が触手への対応を誤れば瞬く間に全滅する。

 

それならば娘たちを信頼して生き延びて、情報を渡して後のことを任せるべきだ。

承太郎は自分の成すべきことを理解し、静止した時間を解除した。

 

「徐倫、ウェザー!!!この触手には触れるなッッッ!!!俺はすぐにでも乗っ取られる!!!」

「ッッッ!!!」

 

必死に張り上げた承太郎のその声を聞いた徐倫は、迫り来る触手を体を糸状にしてかわしていく。

ウェザーに迫る触手を、あらゆるものを断つ極細の二次元の刃で斬り落とした。

 

「クソッッッ!!!」

 

リュカ・マルカ・ウォルコットが苛立ちの声を上げた。

触手はすでにリュカの腕にも絡み付き、そこにはやはり無数に肉の芽が植え付けられている。

 

「………貸しだ。もうお前は私に逆らえんだろう。私のことをいい女だと崇め奉るがいい!」

 

肉の芽にとって数少ない天敵と呼べる存在、ベロニカ・ヨーグマンのスタンドがリュカの腕に植わった肉の芽を次々に溶かしていく。

それは微細な生物の集団であり、細胞の隙間に入り込む肉の芽にさえ効力を発揮した。

 

「………チッ、しゃあねぇ。ババア、逃げるぞ。」

 

不確定要素の塊と言える金髪の暴走、それは見境無く周囲の生物を襲う。

放っておけば近場の徐倫とウェザー・リポートを襲う事が確定的であり、うまく運べば二人を始末してくれる可能性が高い。

無理に戦う必要の無いリュカは、即座に撤退を決断した。

 

「………あっちのイケメンの方が良かったが、まあお前で妥協するか。」

「ハア。」

 

嫌な奴に借りを作ったものだとリュカは意気消沈しながら、二人は建物内部へと逃走していった。

その最中に二人は、建物の外にフォローに向かうグイード・ミスタとホル・ホースのコンビとすれ違った。

 

「副長さんよぉ、いいのかい?奴ら敵だぜ?」

「向こうにもさほど余裕はなさそうだ。無視しろ。」

 

互いに横目で確認しながら、ミスタは外の仲間のサポートを優先させた。

 

「………やべえな。」

 

ミスタは外の様子を把握して、つぶやいた。

先ほど屋上から彼が俯瞰していた時には、不吉な印象を受ける触手塊が空条承太郎を捕食するように襲いかかっていた。

それを見咎めて、泡を食って階下にフォローのために降りてきた。

それが今は事態が推移し。

 

【オラァ!!!】

 

空条徐倫とウェザー・リポートが引きながら互いをフォローし合い、それを体中から触手を伸ばした空条承太郎が追い詰めている。

そしてそれとは別に、承太郎の後方に頭部のない触手人間がいる。

 

触手人間の方は見るからにヤバいが、まだマシだ。

真に問題なのは、凄まじい速度と膂力で味方に襲いかかるスター・プラチナ。

おそらくは空条承太郎は触手に体を乗っ取られたということだろう。ミスタは即座に事態を把握した。

 

「ホル・ホースッッッ!!!頭のない方をお前が攻撃して引き付けろッッッ!!!」

「えっッッ!?」

 

あんな不気味なのを、俺が?近接戦闘もできないスタンドなのに?

あまりの無茶振りに、ホル・ホースは愕然とした。

 

「あっちの空条承太郎よりはマシだろうがッッッ!!!パッショーネはお前の逃げ足だけは、非常に高く評価しているッッッ!!!」

 

ミスタはそう叫ぶと、承太郎の体から伸びる触手めがけて発砲した。

 

「………まあしかたねぇか。」

 

ホル・ホースも拳銃を構えて、頭部のない不気味な方めがけて銃弾を連射した。

頭部のない怪物は銃弾に反応して触手を伸ばし、ホル・ホースの方へと向かった。

 

「あとで助けに来てくださいよ!!!」

「………生きてたらな。」

 

直後に二人は二手に分かれた。

空条徐倫とウェザーをサポートするグイード・ミスタ。頭部のない不気味な触手人間を引きつける、ホル・ホース。

 

触手人間は触手の動きこそ素早いが、歩みの速度自体はさほどでもない。

素早い空条承太郎が触手を喰らってしまったのは、触手が至近距離から面制圧とも言うべき飽和攻撃をしかけてきたためである。

 

グイード・ミスタは、スター・プラチナに目をやった。

世界の名を冠する、裏社会で最も有名なスタンド。それは噂で人の口にのぼる時は常々闘神そのものであると認識されており、その噂と醸す威圧感により実際の大きさより遥かに巨大に見える。空条承太郎は最盛期を過ぎて下り坂ではあるものの、それでも尋常ではない実力は健在である。

 

「空条徐倫、ウェザーッッッ!!!」

 

ミスタは別に徐倫とは仲が良いわけではない。アナスイの結婚式で面識があるくらいである。

それでも非常事態の極みにつき、呼び方にこだわるなど馬鹿げたことだ。

 

「触手をお願いッッッ!!!」

「了解したッッッ!!!」

 

空条承太郎に取り付いている触手は非常に厄介であり、それのせいで徐倫とウェザーは互いを庇い合いながら承太郎の攻撃を避け続けるしかない。遠距離攻撃が可能なグイード・ミスタの援護は、彼らにとって天佑とも言うべき僥倖であった。

 

「行くぞッッッ!!!セックス・ピストルズ、気張れよッッッ!!!」

【【【【【【オウッッッ!!!】】】】】】

【オラァッッッ!!!】

 

暴虐の化身と化したスター・プラチナがエンジン全開で迫り来た。

空条徐倫がそれに対応し、ミスタは頭の中で残弾数を計算した。

 

戦いとは予期せぬことが起こり得るものであり、ことこの場での戦いでは当然のように想定を覆してくる。

そのためにミスタは、普段よりも圧倒的に多くの銃弾を持ち歩いていた。キャップの裏、ブーツの底、ポケットの中、腰には軍用ポーチをぶら下げ、全弾合わせて二百発程度。しかし先行きの怪しい戦いで残弾を無為に浪費するのは愚かしい行為であり、極力節約して時間を引き延ばし、あらゆる展開に備えて来るかわからない好機が来るのを待つ。

 

「ウェザー、銃弾は消耗品だ。極力お前で対応して、それでもフォローが追いつかない時に俺がサポートする。」

「了解!!!」

 

空条承太郎のスター・プラチナが、その巨大な力に任せた振り下ろしを前に出たストーン・フリーに放った。

徐倫は右手を開いて斜めに構え、攻撃を下方へと受け流した。

 

「ウェザー!!!」

「ああ!!!」

 

スター・プラチナの腕の側面に無数に伸びた触手がストーン・フリーを搦め捕ろうと迫り、ウェザーのスタンドが触手に電流を流して焼き切った。それでも雷撃を受けた場所から遠くダメージの小さい触手が徐倫に迫り、ミスタはそれを銃弾を発砲して根元付近から抉り飛ばした。

 

【オラァッッッ!!!】

 

スター・プラチナは振り下ろしから逆の腕をすくい上げ、徐倫は後方に若干退避しつつ再び受け流した。

雷撃で焼けた触手はみるみる再生し、一拍おいて徐倫へと襲いかかる。ミスタは二発の弾丸を発砲し、それらを弾き消した。

 

「拘束はできねぇのか!!!」

「無理!!!縛ったらそこから触手が侵入して、父さんみたいに乗っ取られるッッッ!!!」

 

徐倫は、取れる手立てをいく通りか思考していた。

しかしそのどれもが承太郎を死に至らしめるか、上手くいっても重大な障害が残るであろう手法だった。

 

承太郎は若干顔色も悪い。おそらくは乗っ取った触手に栄養を吸われているのだろう。

それを鑑みれば、銃弾で手足を撃ち抜いたら出血多量を起こす可能性が高い。

最悪どうにもならない場合はそれらの手段も視野に入れるべきだが、今はまだ助けられる可能性を模索する時だ。

 

【おおおおおおおおおッッッ!!!ザ・ワールドッッッ!!!】

 

瞬間、スター・プラチナのスタンドエネルギーが、信じられないほどに肥大した。

それはザ・ワールドを行使する予兆であり、娘の徐倫はそれを熟知している。

世界の法則を捻じ曲げるほどの膨大なスタンドエネルギーが、空条承太郎の体から発せられた。

 

「はあああッッッ!!!」

 

それに対応可能な手段は、たった一つ。

スター・プラチナに一秒間も好きにされたら、間違いなく全滅してしまう。リスクを負って、仲間のフォローに身を委ねる他にない。

 

実はスター・プラチナのザ・ワールド発動の瞬間には、達人と言える域にいるスタンド使いのみが把握できる時間の狭間とも言うべきほんの僅かな溜めの時間が存在する。その僅かな時間にストーン・フリーの体はバラバラに解けて、スター・プラチナのいる場所で収束した。

 

【おああああああああッッッ!!!】

 

静止した時間の中で、スター・プラチナはストーン・フリーに雁字搦めに拘束された。

徐倫にとって幸運なことは、肉の芽は止まった時の中では動けない。それに適性があった懐中時計は空条承太郎に弾かれ、能力を失った代償に不滅の再生力を手にしたからである。

 

分厚い糸束に拘束された承太郎は、止まった時間の中でそれを振り解こうと足掻いた。

スター・プラチナを拘束する糸はスター・プラチナの膂力を受けて綻び、空条承太郎も力任せな行動により筋繊維が裂けて体から血を噴出した。そして空条承太郎の絶対時間は終わりを迎え、空条徐倫は血塗れになりながらも鮮やかな動きでスター・プラチナから距離をとった。

 

「行くぞッッッ!!!ナンバーズッッッ!!!」

 

徐倫を追って迫り来る肉の芽を、グイード・ミスタの放った銃弾が弾き消した。

セックス・ピストルズは宙に浮かび、ミスタが新たに放った二発の銃弾の軌道を変幻自在に変化させて次々に触手を撃退した。

 

「徐倫ッッッ!!!」

 

ウェザー・リポートの放つ電撃が、徐倫の体を疾った。

即座に退避した徐倫の体にもすでにいくつかの肉の芽が植え付けられており、電流が徐倫もろともそれを焼き切った。

 

「ありがと、ウェザー。」

 

空条徐倫は空条承太郎の様子を警戒している。僅かに息が上がっているのが見て取れる。

空条承太郎は肉の芽に養分を吸われ無理な動きを強制され、疲弊して小休止を取っていた。

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