噛ませ犬のクラフトワーク 作:刺身798円
「昔、いつだったか何かの映画で見たことがある。両親が共に深く宙返りする鳩は、より深く宙返りして地面に激突して死んでしまう。誰も彼に、それを教えてくれない。何も知らないままに、気付いたら死んでしまっている。しかし私が思うに、鳩の羽根をもいでしまえば、鳩は飛べなくなる代わりに地面に激突して死なないのではないだろうか?それが鳩にとって幸せなのかはさておいて。私たちの住む社会とは、もしかすると羽根をもいだ鳩の集まりなのかもしれないね。」
イアン・ベルモットは呟き、テーブルの上に置かれたチラシに目をやった。
それは施設を乗っ取る以前からそこに置いてあったものだ。オリバーの目が醒めるまで、彼は時間を持て余していた。
「逃げたら後悔する、か。」
「………?」
オリバー・トレイルは、柔らかい布団の上で目を覚ました。
体が重く、頭が痛い。全体的に違和感がある。空腹による飢餓感があるにもかかわらず、嘔吐感もある。
オリバーは自身の状態を把握しようと、布団から体を起こそうと動かした。周囲は、相変わらず赤黒い。
「む、目が覚めたか。」
「………俺は?」
オリバーの横たわるベッドの横には、椅子に座って白いビラのようなものを神妙な表情で眺めるイアン・ベルモットがいた。
「三日ほど寝ていたな。洗濯物が溜まってしまっているから、片付けておけ。」
三日………ゆっくりと自身の行動を思い返し、オリバーは自分がどうしてここで寝ているのかを思い出した。
「なあ、オリバー。これどう思う?逃げたら後悔すると書いてあるんだが。」
イアンが白いビラをオリバーに見せて、そこに書かれた文字列を指差した。
どうやらそれは、交通標語か何からしい。轢き逃げに対する戒めを呼びかけているのだろう。
イアンが何が言いたいのかわからずに、オリバーは困惑した。
「それが?」
「これは大衆を扇動するための嘘だよな。嘘は良くない。正確には、逃げても逃げなくてもどちらにしろ後悔する、だ。」
「………まあ確かにそうかもしんねぇが。」
ビラを作った人物の言いたい事は、きっとそういうことではない。
「こんなに大々的に嘘をついて、誰か指摘したりはしなかったのだろうか?人生において、後悔とは一つの味だ。後悔しない人生など、薄ら寒いつまらないものだとは思わないか?」
「出たよ。」
いつものイアン節が始まった。聞き流すに限る。
イアン独特の理論を展開し、決まって結論は現代社会に受け入れがたいところへと着地する。
オリバーはイアンとの付き合いが長く、それを熟知している。
「私には理解できんが、轢き逃げしたら常人であればきっと特大の後悔がその人間を襲うのだろうな。より長い間、孤独に苦しむことになる。どっちみち後悔するのなら、より深みと味わいがある方を選ぶべきだろう。後悔も人生の糧、人生が豊かになる。けしからん、是非とも政府で轢き逃げを推奨してほしい。」
「万が一人を轢いてしまったら、迅速で的確な救命措置と救急車の出動要請、そして警察への連絡を怠らないように!みんな、イアンの言うことは絶対聞いたらダメだぞ!」
「………オリバー、お前は何を言ってるんだ?」
「こっちの話だ。気にすんな。」
イアンは突然意味のわからないことを叫び出したオリバーに首を傾げた。
「戦いはどうなったよ?」
オリバーは前回の顛末を知らない。
現状を把握して最適な行動を取るための情報を、イアンに質問した。
「ああ、多分今戦っているんじゃないのか?」
「今!?」
前回の戦闘の顛末を聞いたつもりが、今現在戦っているという謎の返答がきた。
今現在戦っているのなら、なぜ首謀者のお前がここでのんびりしているのかとオリバーは問い質したい。
「一回休み、だ。たまの休日があってもいいじゃないか。」
イアンはどこ吹く風だ。
「それでも戦っている奴らもいるんだろう?」
「ああ、お前はまだ体を動かすな。」
イアンがオリバーを制止して、手術室に執刀医が入室した。
「今どうなっている?」
【バジルは死んだよ。金髪も多分もうダメだね。リュカとベロニカはここに逃げてくる可能性が高い。】
「………まずい状況じゃねぇか。」
戦況の悪さに、オリバーは眉を顰めた。
オリバーは報告を聞き動こうとして、それを再度イアンが止めた。
「泰然としていればいい。どうせ次はお前にも出番がある。」
代えの効かない駒は、イアン・ベルモットとオリバー・トレイルの二人だけである。
イアンはそれを理解しており、執刀医の報告にも微動だにしない。
「今回は私は不参加と決めた。結果がどうなろうとも、そのスタンスを変えるつもりはない。」
イアンは、そう宣言した。
◼️◼️◼️
ホル・ホースはチラリと後ろを振り返る。猛ダッシュ。
再び、振り返る。再び猛ダッシュ。
【あああああああああッッッ!!!】
意味がわからない。
なぜ自分は、奇声をあげる頭部の存在しない不気味な生命体に追われているのか?
チラリと振り返る。付かず離れず。
逃げ慣れたホル・ホースの経験則による、緩急をつけて全力ダッシュとスタミナを残す緩い走りを交互に繰り返すスタミナ配分。
それは、玄人芸の域に達していた。
生物を観察した結果判明したこと。
それはあの生物は、おそらくは触手に付随した眼球で捕食対象を捜索している。
例えばヘビのピット器官のような、固有の探知手段を持っているわけではなさそうだった。
【ああああッッッ!!!】
物陰に隠れても、きっとあの気味悪くうねる触手を伸ばしてこちらを探してくるだろう。
知能はそこまで高くない。その証拠が、攻撃を加えたホル・ホースを優先して追ってきたこと。乗っ取った空条承太郎と共闘という選択肢を選ばなかったことからも明白だ。
脳の無いクラゲやナマコのようなカテゴリの生物だと仮定すれば、しっくりくる。
少し息の上がって来たホル・ホースは、息を整えるために軍事基地の建物の陰に隠れて息を潜めた。
相手が近くに来たら、年甲斐もなくまた猛ダッシュする必要がある。
一体あの生命は、何をコンセプトにして生きているのか?どこに向かっているのか?
物陰から見れば見るほどに、気色悪い生き物だ。
先ほどまでは辛うじて頭部のない人間の姿態を保っていたが(頭部の無い人間という時点でもう完全にアウトではあるが。)、今現在は腕も綻びて袖から無数の触手がうねっている。ズボンに隠れて見えないが、きっと足もそうなっているのだろう。
トラウマ必至だ。パッショーネに特別手当をもらわないと割に合わない。
無数の触手が絡み付き、シルエットだけは人間の形を保っている。
もう想像しただけで、嫌すぎる。逃げ帰りたい。吐き気がする。関わりたく無い。見なかったことにしたい。
………誰か助けに来てくれないだろうか?
しかし彼は彼で、己が実力でいくつもの死地をやり過ごして今日まで生きて来たという自負もある。
ホル・ホースは首を振って、己の弱気と辟易感を思考の隅に追いやった。
【あああああああああッッッ!!!】
見つかった。
ホル・ホースは予め順序立てていた行動を起こす。
反射で近くの触手を撃ち抜いて、奇声が遠くなるまで全力ダッシュ。
最後にものをいうのは、己が脚力!
「最後に役に立つのはスタミナだッッッ!!!」
ホル・ホースはひたすらに建物の外周を逃げ回り、触手の攻撃圏ギリギリをダッシュして逃げ続けた。
「に゛ゃ゛っ!!!」
思わず変な声が出た。
必死に逃げ続けるホル・ホースの前方には、暴れる空条承太郎とそれと戦う面々がいた。
どうやら建物の外周を一周して、元の場所に戻って来てしまったらしい。
向こうも拮抗状態らしく、不確定要素は望まないだろう。引き連れて合流するのはナシだ。
ホル・ホースは僅かに逡巡し、建物外周を走るコースを変更して建物の内部へと逃げ込んだ。
◼️◼️◼️
「………。」
「なんだテメエはッッッ!!!」
金髪の異変を受けて外から建物内部へと先立って逃走したリュカとベロニカは、廊下の曲がり角でサーレーたちと鉢合わせた。
その場で即座に戦闘となり、先手必勝とばかりにリュカはサーレーへと殴り掛かった。
「ヘイ!!!」
「らぁッッッ!!!」
サーレーはズッケェロを庇うように前に出て、即座にラニャテーラを展開する。
リュカのスタンドは力強く、防御をした腕ごと少し後ろに弾かれた。
「何ッッッ!!!」
攻撃をした方のリュカが驚愕した。
敵の攻撃圏に入るとともに体が少し重くなった。それは敵の能力と推測される。それはいい。
自身が攻撃を加えた腕が敵の腕に引っ付いて、カウンターのような形で敵が反撃をしてきたのである。
「っあッッッ!!!ババア!!!」
「すまん。私はこれは苦手だ。」
リュカは必死に敵の攻撃を防御して、とっさに敵に有利な戦域を離脱しようと試みた。
しかしベロニカがラニャテーラに捕まってしまっている。彼女のスタンドは不定形のスタンドから無数の群体を排出するものであり、パワーがない。ラニャテーラの拘束を振りほどくほどの力がなかった。
「気を付けろ!!!一人いないッッッ!!!」
ベロニカの声が廊下に響いた。
サーレーとリュカが交錯した瞬間、ズッケェロは自然にラニャテーラの効果圏内から移動して姿をくらました。
恐らくは奇襲特化のスタンド、敵が何をしてくるかわからない。それらの事態を受けて、リュカはさらなる逃走を決断した。
「逃げるぞ!!!ババア!!!
リュカは捕まったベロニカを担ぎ、力任せに逃走していく。
サーレーはその後ろ姿を見て、判断に迷った。敵の頭数を削りにかかるべきか。彼の任務は首謀者暗殺であり、ミスタにそれを念入りに言い渡されて送り出されている。
雑兵と戦っても、無用にリスクを負うだけではないのか?それとも奴らを消せば、今後の戦いに有利に働くのか?
サーレーの隣に、奇襲のために姿をくらましたマリオ・ズッケェロが姿を現した。
「まあ迷うよな。追い詰めると思わぬ敵の反撃を喰らう恐れがある。首謀者と相対しないうちにそれは、大失敗もいいとこだ。かと言って首謀者と合流されれば、敵戦力が増強される恐れがある。差し当たっては、逃げた奴らの後を追って敵の拠点へとたどり着くってのはどうだ?」
「ああ、それが………。」
サーレーはそこまで返事して、固まった。
「おい、どうした相棒?」
「おーい、リーダー!逃げろー!!!」
サーレーの視線は元来た道の方へと向いており、そちらからホル・ホースの声がした。
ズッケェロも釣られて視線をそちらへと向ける。
「なんじゃありゃあああ!!!」
マリオ・ズッケェロが、キャラを投げ捨てて頓珍漢な悲鳴を上げた。
◼️◼️◼️
「ハァ、ハァ、ハァ。奴らは追って来ていないか?」
ベロニカは、脇腹を押さえてチラリと背後を振り返った。
彼女の美しく撫で付けられた金髪は、走り通しで千々に乱れている。
高価なドレスもシワになって、ヨレヨレだった。
「早く逃げないとマズイんだが?ハァ。ババア。運動不足だぜ?もうちょっと痩せろよ。」
「なんだとこのッッッ!!!」
廊下を進んだ先で、敵から逃げ出したリュカとベロニカは小休憩を取っていた。
敵が追いかけてくる可能性も高かったが、敵は幸運にも追ってこなかった。
ベロニカは疲れきって床に座り込んでしまい、テコでも動こうとしない。
見捨てて先に戻っても良かったのかもしれないが、仮にも共闘した仲であり少しぐらいは待っても構わないかとリュカは考えた。
「私はお前を助けてやっただろう!!!第一か弱い私を逃げ出す時に肩に担ぐとか………そこは、お姫様抱っこだろうがッッッ!!!」
「………置いてくればよかった。」
「何だとテメエッッッ!!!」
思わず口を出たリュカの本音に、ベロニカは大いに反応した。
「人生は助け合いだッッッ!!!助け合いだろうがッッッ!!!お前一人で生きているとでも思っているのかッッッ!!!」
「………静かにしろ。」
喚くベロニカの声に遮られて聞きづらいが、廊下を走る音が聞こえた気がする。
リュカはお前がそれを言うなという言葉をグッと飲み込んだ。
「第一お前は冷たすぎる!!!か弱くて美しい私をお前がサポートするのは当然だろうがッッッ!!!」
「黙れババア!!!奴ら追って来ているぞッッッ!!!」
リュカは背後を振り返った。
一つ手前の曲がり角まで、およそ五十メートル。成人で走って七秒前後といったところか?
奴らが姿を見せれば、構えていないとあっという間に追いつかれてしまう。
「何ッッッ!!!」
ベロニカが廊下を振り返ると同時に、目を見開いた。
「何をチンタラしているッッッ!!!さっさと逃げるぞッッッ!!!」
「ハァ。ババア、テメエ元気じゃねぇか。」
さっきまでの駄々が何だったのかというほど素早くベロニカは走りだし、リュカもその後を追った。
その直後にサーレーとズッケェロが角から姿を現し、その後ろを追う者の存在にリュカは何が彼らを駆り立てたのかを否応無く理解した。
【あああああああああッッッ!!!】
「キモいキモいキモい!!!テメエら追ってくんな!!!」
「ババア!!!テメエのスタンドのキモさも大概だろうがッッッ!!!」
「クソハゲ!!!テメエどっちの味方だッッッ!!!」
最後尾の化け物が奇声を発し、先頭を走るベロニカは泣き言を漏らした。
サーレー、ズッケェロ、その少し後ろにホル・ホース。
そこからさらに少し距離を置いて、頭部のない触手人間が彼らを追いかけている。
捕まったらどんな目に合うかわかったものではないために、誰も彼もが必死だった。
「ホル・ホース!!!あれは一体なんなんだ!!!戦って倒すことはできないのかッッッ!!!」
「俺っちにもよくわかんねぇよ。銃弾をいくつもぶち込んでみたが、まるで効果がなかったぜ。」
廊下を駆けながら角を曲がり、赤黒く色塗られた床は靴音で喧騒を奏でた。
触手人間は走るほどに人間の原型を保てなくなり、今や床を眼球付きの触手塊が蠕動運動で這いずって追いかけて来ている。
見た目に非常にグロテスクであり、恐怖しか感じない。
「おい、これ。」
「ああ。」
逃げるベロニカがそれに気が付いた。
基地内部の構造が変化しており、いつのまにか一本道になっている。やがて彼らの逃げる先の突き当りに扉が現れ、逃げる二人を執刀医が出迎えた。
【やあ、おかえり。帰って来たのなら、君たちは次の戦いに参加する権利がありそうだね。】
「待てッッッ!!!」
後から追うサーレーが叫んだ。執刀医が扉を開いた。
赤錆びた色合いの金属質な扉は、ベロニカとリュカが逃避すると同時に閉じられていく。
「クソッッッ!!!」
「おい、どうすんだよ!」
扉に到着したサーレーがドアノブを回すが、当然のように扉は開かない。突き当りの扉は固く閉ざされ、サーレーは毒付いてぶん殴った。
鈍い音がして扉はたわんだが、それは開くことはなさそうだった。彼らは今現在突き当りの袋小路におり、すぐ背後から地を這う触手が迫って来ている。
「リーダー、あれに触れんなよ。触れたら体内に触手を伸ばして、脳を乗っ取られる。」
引き続いてホル・ホースが合流する。
サーレーは一瞬のうちに精神を集中させ、ラニャテーラを発動した。
「突っ切るぞッッッ!!!俺に掴まれッッッ!!!」
サーレーはズッケェロとホル・ホースを抱え、能力を駆使して壁を走っていく。
突発的に発動したラニャテーラの拘束によって行動が一拍遅れた触手は、壁を走って逆側へと逃げていくサーレーたちの背中へと触手を伸ばした。
「来てる、来てるぞ!!!」
「マジで勘弁してくれよ。」
ホル・ホースが発砲し、サーレーの服の背中に千切れた触手が張り付いた。
サーレーは受けた感触に、咄嗟にクラフト・ワークの能力を発動して防御を試みた。
「うげぇっっっ!!!なんだこれ、気持ち悪りぃ!!!」
触手は張り付いたまま、クラフト・ワークの能力でサーレーの背中に固定された。
大元の触手塊は復元され、背中に張り付いた少量の触手はなんとかサーレーの体内に侵入しようと肉の芽を植え付けようとしている。しかしクラフト・ワークの能力を受けて、背中に張り付いた触手は上手く動けなかった。
「キモい!!!取ってくれッッッ!!!」
「無理言うなよぉ。多分リーダーの能力が一番相性が良さそうだから、自分でやってくれよ。じゃねぇと俺っちも乗っ取られちまう。」
ズッケェロとホル・ホースは触手を超えた時点で床に降りて、自力で走っている。
二人は心持ちサーレーから距離を取った。若干凹んだサーレーは、走りながら上着を脱ぎ捨てた。
「相棒よぉ、どうするよ?」
「………ホル・ホース、外はどうなっている?」
「あっちはあっちで大変よ。アレに承太郎が乗っ取られて、それを抑えるために戦力を割かれている。まあ幸運にもアレ、敵味方の見境なしだから、敵はさっき逃げてた奴らだよ。」
積極的に合流するべきか迷うところだ。
現状明確な打破手段がなく、敵の動きは不透明。敵は逃げたという事実を、どれだけ鵜呑みにできるものか?
選択肢はどこまでも細分化されて行き、サーレーには局面で正しい選択を選べているという自信がなかった。
しかし実は、正しさは肝要ではない。
事態が切迫するほどに、暗殺チームは無理を押し通す必要に駆られる事態が頻発する。
そこでゴリ押せるかどうかが、生還し続ける有用な暗殺チームとあっさり死亡する無能な暗殺チームの境目となる。それはいつだって、紙一重だったりする。最も大切なのは、正しかろうが何だろうが開き直ってブルドーザーのように強引に道を拓き、進み続けることである。
「おい、どうなってるんだッッッ!!!」
マリオ・ズッケェロが悲鳴を上げた。
いつまで走ってもずっと一本道。延々と赤黒い壁と床が続く。気が滅入りそうだ。そしてなぜか分かれ道が現れない。
サーレーとホル・ホースも薄々それに気付いていたが、不安を煽りたくなかったためにあえて口にしなかった。
【やあ。こんにちは。】
「テメエッッッ!!!」
道の先から、フラリと執刀医が現れた。
コイツと遭遇するとロクなことにならない気がする。
【彼は、私たちの仲間だった。敵味方の区別もない生命に堕とされて、こんな終わり方はあまりにも哀れだ。せめて君たちが戦って、彼を戦士として葬ってやってほしい。】
「何だとッッッ!!!」
【私の独断だよ。彼はイアンによって戦いに必要なコマとして生み出されたが、生みの親であるイアンは彼に興味を持たなかった。そしてこんな幕切れだ。知能も無く、ただ周囲の人間を襲うだけの存在に成り果てた。ならばせめて、戦いのために生み出されたという最初の目的を遂行させてあげてほしい。君たちはそれを倒さないとここから出られないよ。そこは無限の廻廊、私が建物をそう作り変えた。】
「ふざけるなッッッ!!!」
執刀医はユラユラ揺れると、壁と一体化して消えていった。
【君たちにも利があることを、約束しよう。それを君たちが倒せたのなら、私から君たちにプレゼントをする。頑張って、倒して見せてくれ。】
遠くに聞こえる無責任な執刀医の声に、サーレーは苛立った。
「落ち着けよ、相棒。もともと奴らはイかれた殺人集団だ。ムキになったら戦いに不利を来すだけだぜ?」
「………ああ。」
走りながらサーレーは思考した。どうするか決定せねばならない。
もう結構な距離を走っているが、周囲の景色に一向に変化は訪れない。ずっと同じ赤黒い壁を見ながら走り続けている。
いつまでも走り続けられない。ずっと代わり映えのしない同じ景色は見ていると誘眠効果があり、サーレーは頭を振った。
「どうするよ、リーダー。」
「体力が少しでも残っているうちに、なんらかの打開策を模索するしかないだろう。」
サーレーは振り返って走る速度を落とし、追ってくる敵を視界に入れた。
見たくない。見れば見るほど、なんのために存在しているのかその意義を問いたくなる謎生命だ。
地を這い動き回る、不気味な色をした巨大なサンゴとでも言うべきだろうか?あるいは食虫植物?
色は黒みがかった灰色をしており、眼球が付随したうねる触手が無数に存在しそれが手近な生命に手当たり次第に襲いかかってくる。
全長は三メートルほどの大きさの触手が、無数に絡まっている。捕まったら脳に触手を植えられて、操られてしまう。
これだったら蛆虫の方が、まだよっぽどマシである。
「………見ればみるほど気持ち悪いな。」
「………見ないわけにはいかないだろう。アイツら、こんな生き物を作って嫌がらせかよ。本当にこれ、なんなんだ?」
「………肉の芽、もともとディオの細胞で作ったものだが、ディオが死んで暴走したものだ。こんなにも巨大なはずじゃあなかったんだが………。」
「ホル・ホース、お前コレ知ってんのか?」
「………まあ昔ちょっと縁があってな。他人がこれに侵食されるところだけ。なんでこんなことになっているのかは、わからんが。」
サーレーは薄目にして、覚悟を決めて立ち止まった。
「………しかたない。俺がやる。ホル・ホースは遠距離攻撃で援護を、ズッケェロは無理をしない程度に独自の判断で行動しろ。」
「………やんのかよ?」
「しょうがないだろう。本当に出口がないのなら、走るほどに体力を落とすことになる。状況が詰む前に、いろいろ試してみるしかない。」
サーレーは渋るホル・ホースにそう告げると、クラフト・ワークの能力を前面に押し出して敵に突っ込んだ。
触手は突如立ち向かってきたサーレーに、逃さないように包み込む形で無数の触手を伸ばしてきた。
サーレーは触手が僅かに体に触れるたびに、次々にそれを固定して動きを固めていく。ホル・ホースが固まった触手に銃弾を撃ち込み、弾き飛ばしていく。
「ウラウラウラウラッッッ!!!」
気持ち悪さも敵の脅威も無視して、サーレーのクラフト・ワークは肉の芽の中心にラッシュを叩き込んだ。
肉の芽は攻撃を受けて爆ぜ散り、すぐに集まって元の形を成した。
間髪入れずにサーレーはさらに広範囲にばらけるように触手を握り潰し殴り飛ばし、敵がバラバラになったところでラニャテーラを発動する。サーレーは敵のどこかに中核のような弱点が無いかを観察していた。そのために細切れにして、再生する動きを遅らせて観察しているのである。
「………ホル・ホース。お前がコレについて知っている情報を全部話せ。」
「それはディオ・ブランドーという男の細胞から作り出したものだ。人間の脳に寄生し、乗っ取ってディオの操り人形にする。ディオが死んで以来、暴走しているという話を聞いた。スピードワゴン財団がそれに体を乗っ取られた人間を解放しようと試みているらしいが、成果は芳しくないとのことだ。」
「弱点は?」
「小さな肉の芽であれば、スタンド攻撃で消滅させることが可能だ。しかしその大きさになっちまうと、消滅させるのは不可能だとされている。」
「………。」
虹村億泰の父親は、暴走した肉の芽に体を乗っ取られた。
未だもって、それを治す方法はおろか消滅させる方法も見出されていない。
「ズッケェロ、本当に出口がないか先に進んで確認してくれ。」
「サーレー、お前はどうすんだ?」
「俺とホル・ホースは、コイツに本当に倒す手段がないかの検証だ。」
サーレーはそう告げると、スタンドに強固にエネルギーを送り込んだ。
クラフト・ワークは緑色に染まり、発散するエネルギーが周囲の空間を揺らめかせた。
「おおおおおおおおおッッッ!!!」
クラフト・ワークが床に蠢く肉の芽を殴り潰すと同時に、建物が揺れた。
眼球が飛び散り、肉片が壁にこびり付き、粉々になった肉の芽の欠片はそれでもなおも元に戻ろうと不気味に蠕動する。
「ホル・ホース、お前タバコ吸ってただろう?ライターはあるか?」
「ああ。」
サーレーは先程投げ捨てた上着にライターで火を点けて、肉の芽に投げ付けた。
「ダメか。本当に一体、どうなってるんだ?」
「………。」
肉の芽は最初のうちは少し燃えていたが、やがてある程度集まると炎に集って喰らうようにして消した。
観察しても、体積が減ったような兆候は見られない。むしろ燃やす前よりも増えているようにも思える。
「サーレー、ダメだぜ。本当に出口がなくなってやがる。」
先に行かせたはずのマリオ・ズッケェロが、サーレーたちの来た方から戻ってきた。
道は環状になって繋がっていると推測される。
「クソッッッ!!!」
サーレーは苛立って、壁を蹴っ飛ばした。
◼️◼️◼️
【オオオオラオラオラオラ!!!】
「父さん………。」
スター・プラチナのラッシュを、空条徐倫はストーン・フリーで受け流すことによって無力化する。
ミスタが銃弾を発砲し、肉の芽の触手を刮ぎ切った。
承太郎の体は徐倫の糸に縛られて怪我だらけであり、肉の芽に無理に酷使されているせいで満身創痍だった。
それを見ている徐倫は、ひどく心が痛んだ。
しかし現状手の施しようがなく、戦いを引き延ばしても承太郎にとっても徐倫にとっても好転は見込めない。
かと言って当然の話、命を奪うことは躊躇われる。しかしこのままいつまでも同じ状況が続けば、いつかはそういう話が出てくることになる。そもそも暴走した肉の芽が取り付いた人間を処分可能なのかという疑問も付き纏う。
【大変だねぇ。】
「ッッッ!!!」
いつのまにか彼女の側には機械仕掛けの白衣を着た不気味なスタンドがいて、彼女を観察していた。
「テメッッッ………!!!」
「徐倫、そいつは無視しろ!!!」
【つれないね。私は君たちにいい話を持ってきたのに。】
ミスタの上げた声に反応し、執刀医はその場にしゃがんでひとりごちた。
肉の芽の触手が執刀医も襲い、それはまるで無いもののように執刀医を透過した。
【約束したよ。ルール追加だ。建物の中で戦っている君たちの仲間がそれの大本を倒すことができたなら、私が彼を手術してそれを取り払ってあげるよ。】
「何をッッッ!!!」
ミスタは混乱した。
現状彼らでは肉の芽を分離させる手立てを持たない。かと言って敵の言うことを鵜呑みにするのも憚られる。
一体どう言った理由でこの不気味なスタンドがそんなことを言っているのか、わからなかったのだ。
【遊びには、ルールが必要だ。私は無理に倒す必要の無いそれを、君たちの仲間に強制的にけしかけた。彼らから逃げるという選択肢を奪って、ね。私が独断で無理やり戦わせたからには、勝った暁には相応の見返りを差し出すべきだと私は考えている。ただし、君たちには内部の彼らの状況はわからない。内部の彼らにも君たちの状況はわからない。互いの見えない苦しい戦いだが、まあ頑張ってくれ。】