噛ませ犬のクラフトワーク   作:刺身798円

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展開が長引いてグダついているとおっしゃる方がいらっしゃるみたいです。ご気持ちは、お察しします。
しかし展開を省略すると、作者は自分を納得させられなくなって話を完結させられなくなります。
ですので申し訳ないですが、その類の感想は今後スルーさせていただきます。

一応予告として、この編はあと十話ほどで完結します。


一発の銃弾

暗殺チームは、時に誰にも切り札を晒さない。

 

「おい、どうすんだよッッッ!!!ソイツに勝てる手立てはあんのか!!!」

「落ち着け!!!いつだってやる事は同じ。出来る事をするしかない!!!」

 

サーレーのクラフト・ワークが、スタンドの奥に隠された能力を行使する。

クラフト・ワークの裡にいる緑色の赤子が泣き叫び、廊下は揺れ、触手塊は振動の直撃を受けて小刻みに震え、粉々になって消滅していく。

 

「再生しているぞッッッ!!!異常だ!!!なんなんだコレはッッッ!!!」

 

マリオ・ズッケェロもシャボンを炸裂させるが、目に見えた反応はない。

攻撃して一時的に体積が減ったように見えても、すぐに細胞を掻き集めて復元してしまう。

捕まれば瞬く間に肉の芽の苗床にされ、分裂するために養分を吸い取られてしまう。

 

「そこまで強いわけではない。特に俺の能力で戦えば、相性が良い。しかし問題は、この建物に出口が無く、どれだけ潰しても際限なく再生してしまうことだ。」

 

サーレーは対応の困難さに、眉を顰めた。

 

「すまねぇ。………俺に出来ることが見つからねぇってのがストレスになっちまってたみてぇだ。」

 

マリオ・ズッケェロがサーレーに頭を下げた。

誰だって一緒だ。誰だって焦っている。サーレーはそれを傍目に見せないだけだ。

 

「気にするな。」

 

さて、いつまで見が許されるだろうか。

ホル・ホースは、彼らの慌てるその様子を俯瞰で眺めるように見ていた。

まるで他人事のように。

 

「お前に何か情報はねぇのか?なんかコレの弱点とかよぉ。」

「………すまん。聞いたこともない。」

「………まあそりゃあそうか。」

 

どこまでも延々と続く赤黒い廊下で、三人は得体の知れない不気味な生命体と対峙している。

それはどれだけ攻撃を加えても無限に再生し、触れたら触手を体内に伸ばされて脳を乗っ取られてしまう。

生命体の名称は、肉の芽という。

 

「………参ったな。俺たちは敵の首謀者を暗殺する任務を請け負っているというのに………こんなところでこんなわけのわからないものに捕まって………。」

 

暗殺チームは、時に切り札を晒さない。

それは信頼だとか友情だとか、そういった俗的な理由とは別の次元のところにある。

 

暗殺チームは、個の裁量を重んじる。

その最たる理由は、単純に自分の命が自己責任だからである。

ゆえに、納得を最優先する。

 

暗殺チームは、どうやってもいつかは欠員が出る。

総合的な観点から見れば、強力なリーダーにその判断の全てを委ねるのが最も損耗率が低いのかも知れない。

しかし、それでは暗殺チームは立ち行かない。

 

誰も彼もが命をかけているからこそ、自身が納得のいく判断というものを最優先する。

それを疎かにすれば、暗殺チームはいつか必ず空中分解してしまう。

 

なぜなら、命をかけさせられている側の人間が、納得できないから。

先代の暗殺チームも、扱いに納得がいかないという理由で壊滅した。

どうやっても死は免れない任務を請け負うことだってあるのだから、せめて納得させて欲しい。

 

故にギリギリの局面まで能力を隠す人間もいるし、場合によっては嘘をつく人間だっている。

それはよほどの状況でもない限りは、暗黙のうちに許容される。

 

生きている人間が、勝者。

与えられた任務さえ完遂させれば、多少のことは皆目を瞑る。

嘘をつこうと、仲間を死なせようと。

 

今回で言えば、イアン・ベルモットさえ暗殺できれば、暗殺チームの仕事は完了する。

それに伴いサーレーが死のうとミスタが死のうと、最悪ジョルノが死のうと、大概のことは正当化される。

 

その判断を下すことがサーレーには難しく、ホル・ホースには可能だ。

それは暗殺チームの一員として、明確にホル・ホースがサーレーに優っている点である。

 

イアン・ベルモットはその次元の敵であるというのが、すでに裏社会の共通見解となっている。

もちろんそれを、ミスタもサーレーも理解している。だからミスタでさえも、立場を捨てて危険な最前線に出てきているのだ。

 

【おじさん、一回きりの切り札をあげる。私のスタンドにはもうパワーがほとんどない。ルールを破れるのは一度きり、私の能力を持って行って。】

 

与えられた銃弾が一発。スペインで死んだ暗殺チームの形見。

それがなぜホル・ホースに与えられたのかと言えば、切り札は予想しないところが切った方が効果が増すし、ホル・ホースにはそれを巧く扱うだけの老獪さがあるとメロディオが短い間に見込んでいたからである。

 

ホル・ホースは、直感でそれがイアン・ベルモットにさえ痛恨の一撃を与えることが可能なものであることを理解していた。

 

煉獄はイアンの妄想に則って、ルールを支配する。

銃弾は、どんなものであろうとルールを強制的に書き換えることができる。

それをイアンに打ち込めば、恐らくは煉獄のルールをホル・ホースの都合の良いように書き換えることが可能だ。

 

「………。」

 

彼の予定としては、リーダーであるサーレーが暗殺に成功すればベスト。

そうすれば、一番ラクだ。

 

失敗した場合は、どうにか乱戦に持ち込んで警戒に値しない弱者を装う。

敵が彼のことを忘れた頃合いに、背後からドスン。

 

それが彼が即興で思い描いた、戦略だった。

銃弾の存在を隠していたのは、単純にどこからそれが漏れるかわからないし、切り札があるという安心感がリーダーであるサーレーの戦闘力を鈍らせるのではないかという懸念があったからだ。

 

パッショーネは、とても居心地が良い。懐かしさというかなんというか。

特に何者にも拘らずに自由を愛する彼が、なぜだか守りたいと願うほどに。

 

ホル・ホースはかつて、ディオ・ブランドーの配下だった。

彼はジョルノ・ジョバァーナにかつての上司ディオ・ブランドーの面影を見ていた。

 

………出来れば、銃弾はイアン・ベルモットの暗殺用に隠しておきたかった。

最後の最後、究極の状況用の切り札に。そんな状況を想定したくはないが、最悪の場合を想定しておかないのは愚者の振る舞いだ。

 

ホル・ホースは、イアン・ベルモットが本当に恐ろしい。

これは恐らくは切り札を切った、ではなく()()()()()

 

使えと状況が迫ってくるからこそ、使いたくなかった。

使うことを強要してくるからこそ、これが敵に痛撃を与えられる証明になる。

 

普通に考えればここで彼が切り札を切らざるを得なくなったのは偶然だが、偶然を必然にするのが煉獄の恐ろしさ。

彼はそれを、数多の戦歴による経験則で朧げながら理解していた。今回の敵の首謀者は今まで戦ったどのような敵とも、全くの別物であると。

 

オリバーと似た敵とは、以前にも戦ったことがある。

あそこまで強烈なのは初めてだったが、それでも理解できる敵だ。

 

この世で最も恐ろしいのは、理解できない敵である。

 

「………ホル・ホース?」

「………永遠なんて存在しねぇ。不滅なんて有り得ねぇ。今この時、俺がそれをDIO(アンタ)が残した負の遺産に証明してやるよ。」

 

暗殺チームには納得が最優先される。

ホル・ホースが切り札を切るのなら、それは彼が納得をした時である。

 

パッショーネを、イタリアを、ボスを、友人を。共に未来を歩むために、たった一枚きりの札をそこで切る必要があると。

ホル・ホースが、拳銃をカチャリと鳴らして一歩前に出た。

 

◼️◼️◼️

 

【ポッキン、ポッキン、精神(ココロ)がポッキン、ボッキン、ボッキン、背骨がボッキン、揺れて崩れて飛び散る脳髄、内臓グシャッ。みんな、応援ありがとう!!!イエー!!!】

「うぜぇッッッ!!!テメエ、なんだそれはッッッ!!!」

【うん?これはイアンが作詞作曲と振り付けを担当した、ポッキンダンスだよ。】

「………空条徐倫、そいつを相手にするな。」

 

吼えろ、魂のハウル。刻め、命のビート。踊れ、パッションの荒ぶるがままに。あなたに届け、私の電波!

空条徐倫たちが乗っ取られた承太郎と必死で戦う横で、執刀医は白衣を翻しておかしな歌を歌いながらDJの真似事をしていた。

 

「そんなことを言ってもッッッ!!!あいつ見てるとスッゲーイラつくッッッ!!!」

「………気持ちはわかる。だが………。」

 

グイード・ミスタは残弾数と装填数を確認しながら、目前の敵に目を向ける。

 

【一緒に踊るかい?】

「踊るかッッッ!!!」

【Check it out !Let us enjoy dancing !】

「あああああああああうぜぇ!!!クソッッッ!!!」

 

目の前には肉の芽に乗っ取られて意識が危ない父親。

横には電波を垂れ流して心のままに踊る不気味な機械。

 

空条徐倫は嘆きの感情とイライラが変に混ざって、無意味にストレスを感じた。

感情が整理できない。

 

「徐倫、落ち着け。奴は敵だ。奴が俺たちを惑わそうとするのは当然だろう。」

「ウェザー………。」

「空条徐倫、くるぜ!!!」

「おああああッッッ!!!」

 

スター・プラチナの助走をつけた体当たりをストーン・フリーは受け流し、承太郎の体を傷めないように糸が搦め捕った。

承太郎の腕に巣食う触手がウネウネと動き、グイード・ミスタが拳銃で撃ち千切っていく。落ちていく触手を、ウェザーの電流が焼き尽くした。

 

「オラァッッッ!!!」

【おや?】

 

徐倫のストーン・フリーの糸は世界を分かつ線となり、音を超える速さで空気を横に切った。

それは執刀医の首に絡んで、執刀医の首はボロリと取れて地に落ちた。

 

「どうだッッッ!!!」

【ひどいなぁ。私はただのガヤだよ?戦いに参加する気の無い外野にまで攻撃するのは感心しない。】

 

執刀医の体は落ちた首を拾い、自分の右目のネジを取り外した。

頭部を元の場所に据え付け、ネジを回して接合していく。ネジの外れた右目は黒い腔となり、中心に不安定な輝きを放つ黒玉が存在した。

執刀医のその姿は、より一層不気味さを増した。

 

「なんなんだテメエッッッ!!!気持ち悪りぃ!!!」

 

徐倫は承太郎をソフトに突き放して距離を取り、叫び声を上げた。

 

【気持ち悪いだなんてひどいなぁ。無粋だよー。私だって君たちの見た目がキモいと感じてるのは黙っているのに。肉の体って機械より不便じゃない?生体脳よりもコンピュータの方が優秀じゃない?ああそうだ、せっかくだから君たちを私が手術して機械にしてあげようか?】

 

いいことを思いついたという風な執刀医の言葉に、徐倫は背中に鳥肌が立った。

肉の体を機械にして、脳をコンピュータにしたのなら、すでにそれは別人だ。と言うか、人間ですらない。

面影が無さすぎる。

 

「余計なことすんな。俺たちはこの不便さも含めて気に入ってんだよ。空条徐倫、わかっただろう。コイツは別物だ。相手にすんな。」

 

ミスタの言葉に、徐倫は何度も頷いた。

この機械を相手取る方が間違いなのである。

 

承太郎は拘束が不可能で、時間経過と共に体力が低下して危険な状態へと推移する。

しかし、サーレーのクラフト・ワークがあればもっと別の手段が取りうる可能性が出てくる。

徐倫は、建物内部に侵入したサーレーたちの方に有利な動きがある事を願っていた。

 

◼️◼️◼️

 

「この世界に、一体幾つの生命があるのだろうか?例えば、人間に近しいDNAを持つ猿には知能があると断言できるだろう。牛や豚には?鳥には?」

「テメエ、誤魔化すなッッッ!!!」

 

リュカ・マルカ・ウォルコットは、イアン・ベルモットに当たり散らかした。

 

「知能はともかく、魂は?人間にそれが存在すると仮定して、猿や牛には?一寸の虫にも五分の魂。ひょっとしたら、虫にも本当に魂があるのかも知れない。それどころか、私たちの体内に存在する細菌にさえも魂があるのかも知れない。」

 

さほど広くないイアンの手術室では、オリバーがベッドに横になっている。

リュカとベロニカは、今までのイアンの態度を詰問している。

 

「テメエ、なんだったんだあの金髪ヤローはよ!!!俺たちごと攻撃しやがって!!!」

 

リュカだって、イアンに逆らうことの愚かしさは理解している。

しかしリュカ・マルカ・ウォルコットは自尊心が高く、裏社会を実力一本で乗り切ってきたという自負があった。

 

それがみっともなく幾度も逃亡せざるを得ない状況に陥ったことで、非常に強いストレスを感じている。逃げ切った後に感情が振り切れて、それを発散しているのである。

 

「………私は君が好きだよ、リュカ。君の哲学には一目置いている。今この時が全て、その言葉は私の魂に響いた。未来も大切だが、今を軽視する者に未来は未来永劫訪れない。それがなければ、そもそも私はこんな事件を起こさなかったかも知れない。未だに腐ったままだっただろう。」

 

イアンは熱に浮かされたように、独白した。

 

「彼らはヨーロッパ全土から集められた、裏社会のトップクラスだ。君もかつてはフランスの暗殺チームのリーダーを務めていたのかも知れないが、それでも上の中と言ったところだろうか?残念ながら、役者が一枚落ちる。逃亡も致し方なし。それでも私が君を重用しているのは、ストック数に限りがある魂を溶かしてまで君を使うのは、私が君を気に入っているからだ。」

「バジルは死んだだと!!!のんきに言いやがって!!!テメエが今までこんなところでバックれてチンタラしてたからだろうがッッッ!!!」

 

リュカの癇癪はなかなか収まらない。ベロニカもその剣幕に、一歩引いて様子を見ていた。

 

「この世界に一体どれほどの魂が存在するのだろうか?兆?京?垓?もしも細菌にさえも魂が存在するのならば、過去未来も鑑みれば、とてもそんな数じゃあ効かない。まさしく無限の大海の一雫。今この時ここに私がいることは、今この時そこに君がいることは、宝くじで百億円当選する事を歯牙にもかけないほどの奇跡なのだよ。」

 

イアン・ベルモットは微笑んだ。

 

「私は悩んださ。私が消した人間たちも、奇跡を乗り越えてこの世に生まれ落ちた者たちだ。彼らにも、きっと幸福を追求する権利があったんだろう。………誰に与えられた権利なのかは知らないがね。でも、今この時が全て。その言葉を聞いて、私は決意した。奇跡的にこの世に生を受けたのだから、己が望みのままに振る舞おう、と。私だって我が身は可愛い。しかしたとえ最後が地面に激突して死んでしまう悲惨な終わり方だったとしても、無数の怨嗟を一身に受ける事になる人でなしの道程を行くことになろうとも、私は空を飛ぶ事を選ぶ。」

 

イアンは歌うように言葉を紡ぐと、指揮棒のように腕を振った。

青白い浄化の炎が室内を揺らめき、手術室の隅に佇む無機質なマネキンの顔をドロリと撫でた。

 

【おいおい、イアンに逆らうなんて、死にたがりすぎるだろ。生きる意志がないんなら、もったいないから俺と代わってくれよ。いくらだ?貯金通帳から5万ユーロまでだったら下ろせるぜ。】

 

マネキンの顔はバジル・ベルモットのものとなり、それは嫌な笑みを浮かべた。

浄化の炎が再び、ドロリとマネキンの顔を撫でた。

 

【是非とも僕を生き返らせてくださいッッッ!!!手段を選ばずにッッッ!!!そうすれば今度こそ、あなたの敵とあのオリバーとかいうクソヤローを、まとめて皆殺してみせますよッッッ!!!僕たち、友達でしょう!!!なぜならばッッッ!!!】

 

マネキンの顔はチョコラータのものとなり、やはり嫌らしい笑みを浮かべる。

浄化の炎が三度、ドロリとマネキンの顔を撫でた。

 

【命を寄越せッッッ!!!帝王に敗北は許されないッッッ!!!俺に今一度のチャンスをッッッ!!!今度こそ禊を成功させるッッッ!!!我が世の春を取り戻すのだッッッ!!!】

 

マネキンの顔はディアボロのものとなり、不快な笑いを浮かべた。

 

【ヒハハ。】

【ウフフ。】

【イヒヒ。】

【【【アハハハハハハハハハ!!!】】】

 

マネキンの顔が三つになり、その場で不協和な笑い声を立てた。

不気味の谷を永遠に飛び越えられない、不快極まりないケルベロス。

 

「………。」

「だからこまケェことを愚痴愚痴うるせぇんだよ。私はバジルにおよそ三十年という猶予を与えた。彼はきっとその限られた時間で、許された範囲の幸福を手にした事だろう。それが普通の人間の幸福な人生なのだろう?それに感謝こそされ、文句を言われる筋合いなど無い。存在しないはずの者に、奇跡的に与えられた時間だ。」

 

イアンが彼らを生き返らせているのは、世界による大いなる無償の愛などではなく相応の見返りを求めてのものである。

 

それは生にかかる税金のようなものだ。イアンの求めるタスクをこなさねば、イアンを愉しませねば、彼らに生きる価値は無い。

もしも造物主が被造物に見返りを求めたら、きっとこの世は地獄になる。

 

リュカはようやく頭が冷えた。これは危険な兆候だ。

イアン・ベルモットはリュカにとって普段は何もかもを楽しむタチが悪いだけの人間だが、キレたらとても手に負えない。手に負える人間など、この世のどこにもいない。ヤバさにかけては、他のどんな存在に比べても桁違いだ。

 

「リュカ。今この時死んだはずの君はそこにいる。君の時間も本来、存在しないはずのものだ。その価値を今一度、考え直してみるといい。………私は君が気に入っているよ。実に気に入っている。だからただの一度だけは、傲慢な物言いにも暴言にも目を瞑ろう。今この時に全てを賭して、無様に地面に激突して死んで私を楽しませてくれ。」

 

イアンはニッコリと、慈愛の笑みをリュカに向けた。

すでにリュカの癇癪は綺麗さっぱりと消え失せ、心胆に寒々しいものだけが残っていた。

 

◼️◼️◼️

 

「リーダー、それを抑えていろ。絶対に一片たりとも逃すんじゃねぇ。」

「一体何を?」

 

ホル・ホースの瞳に、黒々と漆黒の殺意が宿された。

ホル・ホースが拳銃を構えた瞬間、本能のみで動いている肉の芽は危険を察知し、個々でバラけて逃走しようと試みた。

本能のみで生きている分勘が鋭く、ホル・ホースの構えた拳銃から危険な予感を察知したのである。

 

「………切り札だ。なるべくならここで使いたくはなかった。」

 

メロディオから渡された一発きりの切り札。可能であれば、イアン・ベルモットに使用したかった。

しかしどこを突き詰めても突破口が無く、サーレーが死ねばそれこそ危険な狂人に対する切り札が存在しなくなる。

 

簡単な引き算だ。

切り札は二枚。ホル・ホースの銃弾と、事件の首謀者イアン・ベルモットが変に執着を見せるサーレー。

その二枚が切り札であり、それは今ここに両方とも存在する。

 

一枚切っても一枚残る。

サーレーが死ねば、最悪二枚の切り札は両方ともここで消滅する。絶望だ。

今のところは戦いは安定しているが、変化に乏しく、不用意にエネルギーを使用すればここから出た後に困難な状況に直面する可能性も出てくる。

切り札を着ると決断したのなら、可能な限り迅速であるべきだ。リーダーの体力が万全な内に。

 

「アンタにかけるよ、リーダー。こんな気持ちは久々だ。俺は前の主人(ディオ・ブランドー)が死んでから、久しくこんな気持ちになることはなかった。アンタの主人は最高だ。俺みたいな根無し草で、マトモに対応する人間が少ないような奴の未来までしっかりと考えてくれている。」

 

サーレーがクラフト・ワークのラニャテーラを肉の芽の至近で発動し、拘束を試みた。

バラけようとする細かい肉片を殴り潰し、細胞片を最も大きな塊に殴りつけて混ぜ込んだ。

 

「俺たちみたいな人間は、刹那を愛する。享楽的で、歓楽的で、しかしそれも度が過ぎると社会に受け入れられ辛く、必然的に居場所が社会の裏側になる。」

 

サーレーはうなずいた。

サーレーも、目の前のポルポの遺産を欲したせいでここにいる。マトモに人生を築こうとせず、一攫千金に失敗して結果、裏社会の組織の都合の良い捨て駒だ。サーレーはギャングだから金を奪おうとしたわけではない。もともと金を奪おうとするような人間だからギャングとして生きていたのである。

 

しかしボスは、捨て駒で下っ端でも粗雑に扱わない。

捨て駒にも捨て駒なりの幸せを考えてくれている。なるべく長生きさせて、可能な限り良い人生を送らせたい、と。

 

それを思うだけで、勇気が湧いてくる。イタリアに対する愛情と、誇りが湧き上がる。

 

「ディオ様よぉ。アンタのことは嫌いじゃなかったぜ。色眼鏡で見ず、無理な注文も無く、俺が最もハイパフォーマンスを発揮する状況を整える方法を理解してくれていた。評価は公平で、人をその気にさせることが上手く、俺を可愛がってくれた。」

 

ホル・ホースは、テンガロンハットを斜めにして目元を隠した。

イタリアへの愛情の裏側、ホル・ホースの瞳にイタリアを害なす敵への漆黒の殺意が強く浮かび上がった。

 

追い詰められた肉の芽は、最終手段とばかりにホル・ホースに向かって触手を伸ばした。

ホル・ホースはこれっぽっちも慌てずに、それをしっかりと見据えている。

 

間違えても外せない。ホル・ホースは、彼を乗っ取ろうとする醜い意志から絶対に目を離さない。

決して目をそらさず、見落としが無いか、思い違いが無いか、不確定要素が無いか、相手が予想外の行動をとる可能性が無いか、冷静に幾度も幾度もホル・ホースは確認した。

 

「だからこそ()()()許せねぇ。アンタは高い知能を持った、瀟洒で粋な存在だったはずだ。他の奴は知らねえが、俺はアンタが人殺しであったとしても、身の毛のよだつ邪悪であったとしても、それはそれとして許せる。だが………アンタがカッコ悪いのは絶対に許せねぇッッッ!!!いけねぇよ。絶対にそれはいけねぇ。間違っても知能無く、周囲を不幸にするだけで何も生み出さない負の遺産を遺すような存在であって欲しくねぇ。」

「おい、ホル・ホースッッッ!!!」

 

触手はホル・ホースの頭部へと伸びた。

眼球周りに集り、粘膜から脳へ侵入しようと試みている。

ラニャテーラの効果でゆっくりとではあるが、サーレーはそれに慌てた。

 

「問題無い。さようなら(アリーヴェデルチ)、DIO。俺は今はイタリアパッショーネ、暗殺チーム所属のホル・ホースだ。」

 

肉の芽は、遺伝子に終止コドンが存在しないために無限に増殖し続ける。

それが肉の芽の特性であり、ホル・ホースに託された銃弾はその遺伝情報を書き換える。

 

発砲音が鳴り響き、一発の銃弾が放たれた。

肉の芽は必死に自身に孔を開けて銃弾を避けようと試みた。

しかしスタンドであるホル・ホースの銃弾は無慈悲に軌道変化し、肉の芽の中央部を撃ち抜いた。

 

「リーダー、後は頼んだぜ。」

「ホル・ホースッッッ!!!」

 

ボロボロと崩れ落ちる肉の芽が、悪足掻きとばかりにホル・ホースの肉体のエネルギーを奪って増殖した。

しかしそれは、蝋燭が消える寸前の最後の輝きに過ぎなかった。

 

ホル・ホースは消え行く肉の芽に体力を急速に奪われ、ガックリと崩れ落ちた。

 

◼️◼️◼️

 

「健やかなるときも、病めるときも、互いを思いやり共に歩むことを誓いますか?」

「なんだコレッッッ!!!」

 

リュカ・マルカ・ウォルコットは激しく突っ込んだ。

 

「何って、お前が私に文句を言うから。」

「言うからッッッ?」

「罰が必要かなと。」

 

新郎、リュカ・マルカ・ウォルコット。新婦、ベロニカ・ヨーグマン。

参列者、イアン、オリバー。意味がわからない。

普段着のオリバーが、ベッドに座ってやる気無さげに拍手した。

 

「ベロニカがおとこおとこ煩いんだよ。お前と違って物分かりが悪いから。」

「悪いから?」

「生きている間に生贄の儀式を嗜んでみるのも悪く無いかなぁ、と。」

「生贄って俺のことか!!!生贄って言うな!!!」

 

タキシードを着たリュカ・マルカ・ウォルコット、花嫁衣装のベロニカ・ヨーグマン。

なぜ挙式用の衣装が軍事施設にあるのか?野暮なことを言ってはいけない。もちろん、イアンの妄想の産物だ。

 

「それで今現在私に自由になる男が私、オリバー、お前しかいないんだよ。後は死にかけたイナゴのような捕虜が十人ほど。ババアがそいつらは嫌だと駄々をこねるもんでな。私は論外、オリバーも死に別れたとは言え既婚者だった。」

「そこのマネキンはッッッ!!!そこのマネキンに俺よりイケメンの顔を彫ればいいだろうがッッッ!!!」

 

イアンは何言ってんだコイツ、と言った風の嫌な表情をした。

 

「………お前には人の心がないのか?死地に行く者の最期の願いを、マネキンで誤魔化すなど言語道断ッッッ!!!最低だぞッッッ!!!」

「俺の願いはッッッ!!!」

 

ベロニカ・ヨーグマンはチラチラと頬を染めて、リュカに視線を送っている。

 

「そんで聞いたところによると、彼女は笑わせることに結婚願望があるらしいが、今まで捕まえた男は彼女と粘液の交換をするたびに死んでしまったそうで。」

「結婚式を今すぐに取りやめろッッッ!!!」

 

ベロニカ・ヨーグマンの体液は強酸性であり、例えばキスをすれば口内が爛れて普通の男は死にかける。

彼女は幾度も男を捕まえて結婚しようとしたが、拷問と言える行為に耐えかねて逃げ出そうとした男を彼女は幾人も殺害していた。

 

「たとえ死ぬほど整形していたとしても、年齢を有り得ないくらいサバ読んでいたとしても、戸籍にバツが二十個くらい付いていたとしても、家事という概念が存在しなかったとしても、あなたは彼女を生涯愛し続けますか?」

「おいやめろッッッ!!!」

 

イアンのいきなりの暴露に、今度はベロニカ・ヨーグマンが悲鳴を上げた。

 

「ちなみに、私は二回ほど整形手術を担当している。その時の代金は踏み倒されたが。………死ねばいいのに。」

 

イアンはボソッと呟いた。

 

「いやほんとうに、なんなんだよ。」

 

リュカは困惑し、呆れた。

 

「ふむ。少し真面目な話をすると、そこのババアにこれから先のことを詳細に聞かせた。すると結婚させてくれるなら、なんでも手伝うと言うしょうもないクソみたいな回答が返ってきた。クソみたいな要請であっても、それで協力が取れるのならば仕方がない。」

 

イアンは面倒だったが、ベロニカに正直なところを伝えた。

彼女はこれから先どうやっても長く生きることは不可能であると。

イアンは変なところで律儀なのである。

 

すると彼女は、短い生に思い残したこととして、結婚したいとかトチ狂ったことをほざき出したのである。

その結果が、唐突なリュカとベロニカの結婚式であった。

 

「私としてはどうでもいい。本当にどうでもいい。自由恋愛だ。私も自由だ。」

「俺に自由がないッッッ!!!」

「どうでもいい、どうでもいい、結婚おめでとう、どうでもいい。」

「どうでもいいって何回言ってるんだッッッ!!!」

「まあ真面目な話。」

 

イアンは不意にリュカに向き直った。

 

「ババアの特殊体質は、ウィルスが彼女の体に影響を及ぼした後天的なものだ。もしかしたらそのウィルスが彼女の体内にまだ残っているかもしれない。彼女の特異体質は、彼女がウィルスと共存しているからなのではなかろうか?苦難を超えた時に、スタンドは成長する。どうだい、私からの課題をこなしてみる気はないかい?………お前がローウェンを超える最後のチャンスだと、私は思うがね。」

 

普通ならば、有り得ない。

しかしここにおいては、現実よりもイアン・ベルモットの妄想の方が優先され、都合のいい展開が繰り広げられる。

薄々イアンのスタンドの特性を理解しているリュカ・マルカ・ウォルコットは、黙り込んだ。拷問に耐えたら強くしてやると、悪魔は暗にそう言っているのだ。

 

「ただの言葉遊びだよ。拷問と試練は、本質は同じ。どちらも苦痛を受けることになる。脳がその苦痛をはねのけることができればスタンドは飛躍し、それを試練と呼ぶ。脳が苦痛に負ければスタンドは弱体化し、それを拷問と呼ぶ。結局は脳が強いものが成長するというだけの話だ。私の煉獄は、それをより顕著にわかりやすい形にしただけに過ぎない。」

 

イアン・ベルモットは、ニッコリと微笑んだ。

 

◼️◼️◼️

 

ちょこっと裏知識・・・ベロニカ・ヨーグマンが死んだ際、彼女の組織の資産の大半は国に没収された。しかしその一部はイアンが逃亡の際に着服し、オリバーの息子が入院している病院にオリバーの息子の術後費用として匿名で支払われた。イアン本人はそれは過去の整形手術代金に利息をつけたものであり、正当な権利だと考えている。オリバーがイアンに逆らえない要因の一つである。

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