噛ませ犬のクラフトワーク   作:刺身798円

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擦り合わせ

【結果がわかっているというのは、つまらないものだね。】

 

踊り飽きて地面に座り込んだ執刀医は、ボソッとつぶやいた。

 

今回の戦いに、紛れはほぼ起きない。

主人公はイアン・ベルモットであり、執刀医は主人公不在のつなぎに過ぎない。

煉獄は主人公の意を汲み展開を進め、彼がいない時に劇的な事態、面白いことが起きることは有り得ない。

 

イアンは宿敵にサーレーを据えてライバル視しており、主人公のライバルが主人公以外によって打倒されることは起こり得ない。

それが、狂者の煉獄の特性。主人公が無意識下で望むままに、展開は進んでいく。

 

故に執刀医は肉の芽の塊を、サーレーたちに丸投げにした。それでなんら問題ない。

もしもそれで彼らが死んだとしても、それは彼らにイアンのライバル足りうる能力が無かったというだけの話に終わる。

 

【まあ今回は、イアンにとっては茶番だ。いや、今回も茶番だと言うべきかな?そもそも人生自体が茶番なのかも知れないね。まあいいか。】

 

主人公が劇に帰還すれば、展開は変わる。劇的なことが起こりうる。

しかし劇はどこまで行っても劇であり、それが現実に何かを及ぼすことは有り得ない。本来ならば。

妄想を現実に像なす能力を持つイアン・ベルモットは、唯一無二の例外だ。悪い意味で特別な人間であると言える。

 

「何だテメエッッッ!!!」

 

空条承太郎を抑えていた徐倫が、不意に立ち上がった執刀医を警戒して声を上げた。

 

【ああ、彼らが勝利したから私も約束を果たそうと思ってね。】

「私の父さんに近寄るなッッッ!!!」

 

近寄る執刀医に承太郎の腕から伸びた触手が襲いかかるが、触手は執刀医を素通りした。

 

「テメエ、離れろッッッ!!!」

 

徐倫が悲鳴を上げ、ミスタとウェザーは警戒しつつもどうするか迷っている。

この不気味な生命は、戦っても勝てないのだ。力でどうにもならないから、それがアクションを起こすと止められない。

執刀医はそのまま歩き、承太郎も素通りした。

 

【はい。これで約束は果たしたよ。】

 

上に向けた執刀医の右手のひらの上に承太郎から切り離された肉の芽が浮かび、執刀医はそれを浄化の青白い炎で焼却処分した。

空条承太郎は地面に寝かされていた。

 

「父さん!!!」

【彼はここでリタイアかな。強いし貫禄があるけれども、彼は劇において役割を与えられなかった。】

 

徐倫が承太郎に近寄り、血の気を失った承太郎の顔に執刀医は長期間の休息が必要であることを確信した。

 

「………首謀者の元へ案内しろ。」

 

ミスタが拳銃を構えて、執刀医の背後から頭部へと銃口を向けた。

 

【いいよ。でもせっかく向こうも終わったのだから、君の仲間たちも拾って行こう。面倒は一度で済ませるに限る。】

「私は父さんを見てる。ウェザーはそっちに行って。」

 

頭部に銃口を向けられても何ら気負いの無い執刀医に、ミスタは敵に回すべき存在では無いと言う助言への確信を深めた。

執刀医は両手を上げて建物入り口へと向かい、その後ろをミスタとウェザーが付いてきている。

 

「副長。」

 

彼らが建物入り口へと向かった時に、背後にホル・ホースに肩を貸したズッケェロを従えたサーレーと鉢合わせた。

 

「サーレー、お前なぜこっちに来ている?まさかもう暗殺を完遂させたのか?」

 

ミスタはタイミングよく建物入り口から外へ出てきたサーレーたちに、詰問した。

彼らには、建物内部にいるはずの首謀者暗殺の至上命令を下していたはずだ。

 

「………すみません。それが首謀者がいると思しき場所の特定は済んでいるのですが………。」

【扉、開かないでしょ。】

「あッッッ!!!テメエッッッ!!!」

 

ミスタの前で銃口を向けられて両手を上げる執刀医を見て、サーレーは声を上げた。

 

「副長!!!そいつッッッ!!!油断してはいけません!!!投降したフリをして攻撃してきますッッッ!!!」

【投降してないよ。面倒だなぁ。】

「………やめろ、サーレー。」

 

クラフト・ワークを出して臨戦体勢をとったサーレー、ホル・ホースを放り出してソフト・マシーンを出して臨戦体勢をとったマリオ・ズッケェロの二人に、ミスタは抑えるようにジェスチャーを出した。

 

【君たちはメンツを重んじる。こうして投降したフリでもしないと、話も聞いてもらえないからね。】

「こいつ、堂々と投降したフリだと言い切りやがったッッッ!!!」

 

いきり立つサーレーを抑えて、ミスタが話を続けた。

 

「………テメエ、首謀者のところに案内するとは一体どういった腹積もりだ?」

【君が案内しろと言ったんじゃない?】

 

はぐらかす執刀医に、ミスタは無駄話は無用と続きを顎で促した。

 

【………君は苦手だなぁ。まあいいか。正直に言うと、彼がそれを望むだろうからだよ。遊び相手にヘソを曲げられて、誰も遊びに来なくなったら本末転倒だ。彼は君たちに勝ちの目を残そうと苦心しているんだよ。絶対に勝てない遊びなんて、つまらなくて誰もやらないだろう?】

 

ヘラヘラしながら衝撃的なことを言い出した執刀医に、ミスタは頭に血がのぼるのを抑えて話を続けた。

 

「絶対に勝てないだと?俺たちが絶対に勝てないとお前が思う根拠は何だ?」

【遊びのルールを支配しているのが、私たちだからだよ。その気になれば、何でもできる。でも絶対に勝てないチェスなんて、誰もやりたがらないだろ?それは君たちにとって非常に不公平だし、私たちも何も面白くない。だから今から、その辺の擦り合わせに向かうんだよ。イアンがそれを望んでいる。】

 

イアンの能力の煉獄は遊戯盤であり、それが展開される場所を彼が支配している。

ルールも遊戯盤もイアンが掌握しており、今のイアンはその気になればなんでもできる。

しかしイアンの目的は遊戯を楽しむところにあり、勝敗自体にはさほど頓着していない。

 

「テメエ、何人も殺しておいてさっきから遊び遊びと!!!」

 

スペインとイタリアにおけるチョコラータのバイオテロは、一万五千人を超す死者を出している。

軍事基地に従事していた人間も二百人ほどいたはずだし、彼らの逃走経路においても多数の被害者がいるはずだ。

 

「………やめろ、サーレー。」

「ですが副長ッッッ!!!」

「お前の気持ちはわかるし、正しい。しかし理屈の通用しないイかれたヤローは、いつの時代にもいるものだ。コイツらはその中でも、とびきりだ。」

「………。」

「第一にそいつをよく見てみろ。どう見ても人間の心を持っているようには見えないだろうが。人間の心を持たない奴に人間の道理を説いたところで、無駄に決まっているだろう。」

 

ミスタの言葉に、サーレーは執刀医のつま先から頭の天辺までまじまじと見つめた。

メカ、どこまでも機械だ。ミスタの言葉に尋常ではない説得力を感じて、サーレーは納得した。

 

【恥ずかしい。あまり見つめないでほしい。】

「サーレー、相手にすんな。」

 

いっちょ前に照れた反応を返す執刀医に、ミスタはサーレーが反応する前に制止した。

 

【君は本当に苦手だ。】

 

彼らは先頭を歩く執刀医の先導で建物内部を進み、歩いて行った先の扉の前に男が立って待っていた。

ちなみに余談であるが、ホル・ホースはズッケェロがその辺に放り出したまま忘れ去られている。

 

「テメエッッッ!!!」

「待っていたよ、マイフレンド。」

 

扉の前で両手を広げて不遜に佇むイアンに、サーレーは飛びかかろうとした。

 

【私の存在を忘れてもらっては困るな。】

「ッッッ?」

 

サーレーはリードで繋がれた犬のように首根っこを執刀医に掴まれて、制止させられた。

 

「すまないね。今回は私は戦いに参加しない。君たちにせっかく来てもらったのに、申し訳ない。」

 

ミスタたちは扉の前のイアンを囲んで半円状に展開した。

執刀医はヌルリと、イアンの横に並び立った。

 

「テメエの都合など知ったことじゃないな。俺たちにそれを聞く義理があるとでも?」

 

今にも発砲しそうな形相で、ミスタはイアンに銃口を向けた。

 

「君たちに都合があるように、私にも都合がある。戦いは三日後以降だ。」

「………聞けねぇな。聞く意味がねぇ。」

「まあ一旦落ち着いて、背後を確認してごらんよ。」

 

人数に嵩にかかったミスタの強気を受け流して、イアンはそう促した。

次の瞬間、カチャリという金属音がした。

 

「次あたりには閉幕になる予感を、私は感じている。私はそこに是非、オリバーにも参加していて欲しい。私の最高の晴れ舞台を、彼にも彩って欲しいんだ。だがまだ今は彼は本調子にない。ゆえの準備期間。それが聞けないのなら、残念だが君たちの人生はここで閉幕だ。」

 

イアン・ベルモットの表情に、暗い影が差した。

ミスタ、サーレー、ズッケェロ、ウェザーの四人の背後を、いつの間にか機関銃を構えたマネキンが大量に囲んでいた。

ざっと数えただけで二、三十人はいる。

 

「ッッッ!!!」

「君たちは全滅で、煉獄は成就する。君はそれを、望むかい?」

 

周囲を見渡し状況を正確に把握し、ミスタは思考した末に一つの結論を下した。

 

「………お前は今回戦いに参加しなかった。日付の指定も今初めて聞かされた。それはお前に不当に有利ではないか?それはお前の言う、ルール違反ではないのか?」

 

相手の土俵に乗ってあえて踊り、駆け引きをして持ち帰れるだけの成果を持ち帰る。

ここで無為に全滅するのは許容できない。しかしただ帰るわけにもいかない。

引き出せる限りの譲歩と優位をもぎ取る。

 

「………なるほど。ふむ。………ルール違反には該当しない。」

「………。」

「だが、マナー違反だ。私は招く側(ホスト)であり、常に君たちを持て成す義務が存在する。それを反故にするのは、私の沽券に関わると言えるだろう。私の不在は、確かに私の瑕疵だ。君はいいところを突くね。」

 

イアンはニヤリと笑うと、上機嫌に両腕を大仰に掲げた。

 

「決戦は三日後以降。これは譲れない。私たちは基本、私、オリバー、リュカ、ベロニカの四人で戦おう。君たちの人数は好きにすればいいが、人数を増やしても死人が増えるだけだと明言しておこう。それと拳銃の君。君のいう通り、私はホストとして面目ないことをした。その見返りに、君たちに有利になる二つの情報を渡そう。」

「情報?」

「ああ。情報は、時に万の兵士にも勝る。まず一つ目の情報。私の能力、この赤黒い空間は、あと十三日後に世界全体を覆う。それまではさほどの害は無いが、全世界を覆った途端に世界は私の支配下となる。世界は私の私室となり、私の法が適用される。人間は七十億皆最後の一人になるまで殺し合い、君たちは死に絶える。」

「なんだとッッッ!!!」

 

しょっぱなから、とんでもない情報をぶっ込んで来た。

この赤黒い空間は非常に不気味ながら、今のところ実害がないためなんとか暴動を抑えることができているのが実情だ。

それが実は、世界を覆った途端に世界を滅ぼす猛毒に変質するということである。

 

「三日後を過ぎれば、私は常に戦いを受け付けよう。今後はバックレは無しだ。いつでも、何人でも、何回でも攻めてくるといい。ただし、十三日後という時限は存在するがね。そして二つ目。これも私の能力。」

 

イアンは、指を二本立てた。

 

「君たちも知っての通り、私は人間を創り出している。しかしそれは無制限というわけではなく、ある制約が存在する。」

 

イアンは、嘘をついた。

最終アップデートを済ませた今のイアンであれば、制約なしに何人でも人間を生み出せる。

イアンはそう確信していた。

 

しかし、それは致命的なルール違反だ。一発でレッドカード。イアンは自分を許せなくなる。

人間を何人も無制限に生み出せてしまえば、イアンに有利すぎて遊戯は破綻する。

それはイアンが狂人の沽券にかけて、自身に対して絶対に譲れないルールである。

 

「制約?」

「ああ。細かいことは、知らなくていい。君たちが知っておくべきことは、私が創造できるのは、あと一人が限界だということだ。」

 

イアンのスタンドの心臓部である手術室には、現在十人ほどの捕虜が囚われている。

元は二十人、それは軍事施設にいた捕虜だが、その半分はリュカの復帰に使用してしまった。

その十人を材料として、一人の人間を生み出す。十人の人間を溶かして、勝った一人の人間が現世に顕現する。

 

その事実を彼らが知れば、彼らは捕虜の安否に気を病むことになる。

心理的に追い込むのも面白いかも知れないが、まあ今さらあまり意味は為さないだろう。おそらくは割り切るはずだ。

故にそれは、伝える必要は無い。

 

「………お前の話に信じられる根拠がねぇ。」

「そうだね。君たちにとってはそうだろう。だがこれは、遊びのマナー違反に対する私自身へのペナルティだ。戦いの中で、嘘やハッタリをかますこともあるかもしれない。しかしペナルティで嘘をついてしまえば、遊戯は破綻する。遊戯に対する冒涜は、人生に対する冒涜に等しい。それは私の完全敗北だ。」

 

勝敗など、どうでもいい。金も心も命でさえも、人生という劇を彩るスパイスに過ぎない。

最上の目的は、遊戯の過程を楽しむこと。遊戯が破綻すれば対戦相手から苦情が来るし、イアン自身も誇りが傷つけられ苦い思いをすることになる。しかも、イアンは舞台を整えるために命がけだった。

 

………敗北は許容できるが、破綻は絶対に認められない。

何があっても。たとえ命を失ったとしても。

 

「………お前の譲歩はそれだけか?」

「強欲だね。」

 

どこまでも貪欲に情報を入手しようとするミスタに、イアンは笑った。

 

「でももうこれ以上は出せないよ。さて、ではまた三日後に。互いの意思確認も終わったことだし、お開きにしようか。」

「………まだこちらからの要求がある。」

「ハテ?」

 

話を続けるミスタに、イアンは首を傾げた。

 

「三日後から攻略は行う。しかしこちらがサーレーを出すのは、三日後にはならない。おそらくは十三日後のギリだ。」

 

ミスタの思惑は二つ。

一つはもっとも勝率の高いチームのために捨て駒の捨て駒を作り、情報収集を行う。

もう一つは、ダメージで休養中のローウェンの復帰である。

捨て駒の捨て駒など狂気の沙汰だが、絶対に負けることが許されない。

 

「出し惜しむね。」

「まだ切り時じゃあねぇ。限りある札を惜しまないと、ゲームには勝てない。」

「わかっているじゃあないか。オーケー。私は暇になるが、まあ君たちは負けたら最後だ。それくらいは私が我慢しようか。」

「いいんですか、副長ッッッ!!!」

 

周囲を武装したマネキンに囲まれながらも、サーレーは納得がいかずにミスタに声をかけた。

 

「………どちらが優位っつー話だ。ここは奴らの本拠地(ホーム)で、わずかでもコイツらに関する情報を持つ俺たちは、今ここで死ぬわけにはいかねぇ。相打ちなら上等なんだが………。」

 

ざっと数えておよそ三十のマネキン。

セックス・ピストルズで対応しようにも、火門が多すぎる。

首謀者のイアンさえ殺せればいいのだが、そんな都合よく行くとも思い難い。

 

「まあ、無理だね。」

 

イアンはうなずいた。

ここは煉獄であり、飛び交う銃弾は起こりうる限りイアンに有利な軌道、有利な状況を進むことになる。

クレイジー・パーガトリィは、こと乱戦では無敵を誇ると言い切っていい。

イアンはサーレーと遊ぶことを望んでいるが、何もかもを台無しにされるくらいならここにいるパッショーネの人間を全員始末する。それくらいには無慈悲な人間だ。

 

「大丈夫だよ。私も君たちに勝ちの目が残るように、苦心している。それが信じられないのならば、今ここで全てが終わるだけの話だよ。私はその展開は、非常に残念だがね。」

 

ゾッとする微笑みを浮かべたイアンの眼差しは、場違いに優しげなものだった。

 

「………帰るぞ。」

 

暗殺チームや情報部はパッショーネの中でも暗部であり、煉獄の攻略に力を割いている。

パッショーネの顔であるジョルノ・ジョバァーナ、幹部連、交渉部などは表の社会の安寧に力を割いている。

唐突に世界が赤黒く染まっていくなどという事態が起これば、不吉の予兆として市井に不安が広がるし、これ幸いと終末論を振りかざす怪しげな連中や火事場泥棒などが跋扈することとなる。それらを抑えるためには大変な労力が必要であり、ジョルノはジョルノの仕事をこなしているのである。

 

ミスタもミスタで、攻略部隊のトップとして必死である。

必死だが、遮二無二のゴリ押しが通用しない。今までの問題は、どんなに厄介でもパッショーネの力による力任せの解決が可能だった。

そのためにミスタは今回の件を今までの事件とはまるで別の枠組みに位置させ、敵方の意図を把握しながらあえてそれに沿って展開を進ませるというある意味敵の目的を補佐する裏切りとも思えるような解決法を試みている。

 

それは今までの展開を鑑みつつ、敵方の情報源であるバジル・ベルモットの言葉を勘案しての苦肉の解決策だった。

結局パッショーネの目的は被害の最小化であり、そのためであれば大概のことは目を瞑る。イアンを消して社会が安寧を取り戻すのであれば、イアンが目的を達成するかどうかなど些末事に過ぎない。いい気分にさせて、思う存分踊り狂って、最後に実利をいただく。

 

結果さえ残せれば、受けた被害に対して言い訳が立つ。

逆にどれだけ善戦しようと、結果が残らなければ特A級の戦犯。未来永劫許されることのない咎人。

怨嗟の海で、永遠の罪悪感にとらわれることになる。まあその時は生きてはいないだろうが。

その重圧に、ミスタでさえ本心の奥底では震えている。もちろんそれを、表情に出したりはしない。

 

「しばらくは休息だ。暗殺チームの体調(コンディション)動機(モチベーション)を万全に仕上げておけ。そのために金が必要なら、いくらでも出す。」

 

ミスタはサーレーにそう指示をだした。

 

◼️◼️◼️

 

「あっ、サーレー。」

 

建物内部から帰還した一行を、外で承太郎を心配する徐倫が出迎えた。

倒れたホル・ホースも、オマケ程度に徐倫に看護されている。

 

「どうなったの?」

「しばらくは休息だ。動きはない。詳細は追って、パッショーネから告知が入る。」

 

何はともあれ戦略会議。

次回も主力になる可能性の高い空条徐倫は、サーレーと同じく十日と少々の休息期間に入ることだろう。

 

「………敵は倒せなかったの?」

「………マジでヤバい。三度目の撤収。次がラストチャンスだと考えておいたほうがいい。」

 

物事には常に、裏目が存在する。

どんなに物事がうまく運んでいても、天には魔が潜む。

 

三日後から戦いを受け付ける敵に対して、仮に真っ先にサーレーをぶつけたとする。

そこであっさりとサーレーが死ねば、それでお終いだ。時間は残りチャンスはあれど、敵に対する強力な切り札を失うことになる。

それくらいならば、捨て駒を補佐する捨て駒を作り、敵を消耗させてこちらはあえて一度きりに控えたチャンスを万全に仕上げて戦いを挑む、それがミスタが即興で描いた理想図だ。

とは言っても、戦略会議でサーレーを真っ先に出すべきだと言う結論が主流になってしまえば、その決断はアッサリと覆る。敵に律儀に合わせる義理は無い。

 

裏目が存在するからこそ、捨て鉢にならず吟味に吟味を重ねて慎重に検討した末に結論を出す。

わずかでも勝率を上げることこそが、彼らにできるイアンに対する最大の対抗策だ。

 

「………マジかよ。一体何があったの?」

 

過去にパッショーネが関与した事件で、ここまでの大事になったことはない。

大概の事件はパッショーネの力に押し潰されるか、威光に恐れをなし呆気なく終息する。

 

捨て駒のための捨て駒とか、敗戦濃厚の戦時下の発想である。

ミスタは、実はここ最近ロクに寝ていない。常に自身が追い詰められている重圧を感じている。

 

「………先に触りだけ話しておくか。この赤黒い空間、あと十三日で世界を覆い、世界が終わる。」

「はあ!?」

 

想像を遥かに超える大事になっていた。

世界の終わり?それ、歌のタイトルとかじゃなくて?

 

「とにかく、敵のボスがマジでヤバい。部下も大概だが、ボスの能力が少し明らかになった。」

「それで?」

 

空条徐倫は続きを促した。

敵のボスの能力が明らかになったということは、敵のボスとの接触があったということだろう。

 

「これ特級の極秘情報だからな。世界があと十三日で終わるなんて民衆が知ったら、暴動じゃ済まなくなる。」

「わかってるわよ。」

 

ミスタに口止めされたことを、サーレーは徐倫にも伝えた。

これが民衆に知れたら、恐らくは殺人と強姦が横行する末世になる。

金は価値を失い、株価は暴落し、社会の基盤は不能になる。

壊された倫理はたとえパッショーネが勝利したところで容易には復旧せず、社会に尋常ならざる破壊痕を残すことになる。

それがミスタの簡単な見立てだ。

 

「敵が人間を創り出していることを認めた。それと、万全でないから三日間の準備期間を与えることになった。」

「はあ?そんなの認めるの?」

 

空条徐倫の疑問も当然だ。

敵の事情にこちらが付き合う道理も義理も、意味も無い。

敵が万全でないなら、それこそ攻め込む好機であるはずだ。

 

「………言ったろ。マジでヤバいって。あのままじゃ虐殺されて終わりだったから、敵の提案を呑まざるを得なかったんだ。」

 

敵は複数いる。

その敵も全員それなりの実力を持ち、特にイアンの懐刀と言えるオリバー・トレイルは、イアンさえも殺すポテンシャルを持つ怪物だ。

だが本当に危険なのは、イアン・ベルモットただ一人。イアンが遊び心を失えば、世界はそれだけで終幕を迎える。もっともその遊び心のせいで、こんな事件が起きたのではあるが。

 

事ここに至り、さすがにサーレーも真に危険なのは誰なのか把握するようになった。ミスタが首謀者の暗殺に腐心するわけである。

奇しくもここに来て、サーレーの物事をあまり深く考えない適当な性格がプラスに働いてきている。もしもその重圧が自分に全部かかっていることを正確に把握していたら、今頃サーレーはプレッシャーで潰れている。

 

「………無用にビビって芋引いてんじゃないの?」

「………お前それ、ミスタ副長に直接言えるか?」

「何言ってんの、馬鹿。言えるわけないじゃん。」

「だよな。」

 

サーレーは徐倫と話をしながら、何気なく地面から鈍色に光るなにかを拾い上げた。

 

「懐中時計………?」

「あ、それアイツが落としたやつだ。」

「アイツ?」

「ほら、あれ。あの気持ちの悪い触手。」

「うゲェッッッ!!!」

 

触手の気持ち悪さを思い出し、サーレーは懐中時計を遠くに投げ捨てようとした。

 

「………持っておいたほうがいい。」

「ウェザー?」

 

唐突に会話に加わったウェザーが、意味深なことを言い出した。

 

「この赤黒い世界は、何かしらの意思を感じる。それがそこにあったのは、必然。誰かの思惑の範疇だ。敵の首謀者がお前に執着しているのだから、きっと何がしかの意味があるのだろう。」

「………むぅ。」

 

汚い物を触るように指先でつかんでいた懐中時計を、サーレーは思い切って懐にしまい込んだ。

 

◼️◼️◼️

 

「………ッッ!!!」

 

狂人に乗せられた。

リュカは軍事施設の赤黒い壁に手をついて、冷や汗を止めどなく流しながら心の中で毒づいた。

 

声が出ない。

下顎は崩れ落ち、頬は穴だらけで、臓腑は焼け爛れ、舌は溶けて消えて言葉もしゃべれない。

もともと髑髏のような容貌はより一層不健康さを増し、まさしく死人の形相。青黒い目だけが強く存在を主張している。

さっきから血液と唾液と涙が止まらない。皮膚は水気を失い、喉が乾くのに飲もうとした水は崩れた顎から滴り落ちていく。

イアンによって簡易の吸血鬼化手術を受けたリュカであっても、死にかねない苦痛とダメージだった。

 

ひどい拷問もあったものだ。

ババアはこれを、気に入って捕まえた男に何度も繰り返していたわけだ。

何を考えて気に入った男にこんなひどい末路を辿らせていたのか。到底理解出来ない。

 

「よりいっそう男前になったじゃあないか。」

 

面白そうにニヤニヤ笑うイアン・ベルモット。

ぶっ殺してやりたいが、この男に逆らう愚は犯せない。見逃すのは一度きりだと前回明言されてしまった。

この男は変なところで律儀で、狂人のくせに約束を違えるようなことはしない。聖人のように馬鹿正直だというわけではないが。

まあ間違いなく次に機嫌を損ねたら殺される。

 

「………。」

「神無き世に、世界の隅で過去を清算しようと足掻く獣か。詩的だね。おいで、私が君の傷を縫合してあげよう。」

 

いやに上機嫌だ。イアンの機嫌は乱高下する。

合意の上での決戦を望む形で取り付けられたことが、とても嬉しいのだろう。

機嫌を損ねるのは、よほどの馬鹿がすることだ。リュカは黙ってイアンの後をついて行った。

 

「君がベロニカの酸に負けて死ぬ可能性は、まだ消えていない。だが私が、ささやかながらの祝福をしてあげよう。君が良き未来を辿るように。」

 

邪神の祝福。

どう考えても、ろくな未来を辿る予感がしない。

しかし今を重視する彼に、それを拒む権利も理由もない。未来を否定したのは彼自身だ。

邪神も神の一柱であるからには、それを支える奉者が存在する。

 

人は希望があるから、先に進める。

リュカはローウェンに敗北して、金も立場も信用も命すらも失った。

何もかもを失った彼に、最後に残された希望はイアン・ベルモット。

彼は命すら自在に操り、お気に入りのおもちゃにチャンスを与えた。彼から何もかもを奪った、ローウェンに復讐する機会を。

ローウェンを殺さなければ、リュカは永遠に先に進めない。今現在立ち塞がる、ぶち破ることの出来ない分厚い壁。

それが果たせていないのは、偏にリュカの実力不足である。

 

「このマスクで、その見苦しい容姿を隠すといい。何もかもを無くした君が、最後に目的を果たせるといいね。」

 

イアンはリュカに、口元を隠す黒いマスクを差し出した。

イアンは慈愛の眼差しをもって、リュカにニッコリと笑いかけた。

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