噛ませ犬のクラフトワーク   作:刺身798円

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幕間劇2

「変人が変人たる所以は、自身が変わっていることに気づいていないからだという話を以前どこかで聞いた覚えがある。」

 

また変な講釈が始まった。イアン先生の狂人講座。

エプロンをして掃除をしているオリバーは、掃除の手を止めずに話半分で相槌を打った。

 

「へえ。そんで?」

「道理だな。自分が変わってることに気付かないから、変なところを矯正することもない。まあ多少変わっていた方が、ひょっとしたら人生は楽しいのかもしれないがな。それは私にはわからん。」

「ふんふん。」

 

掃除が終われば、次は洗濯だ。それが終わったら、ほつれた衣服の修繕をしよう。

 

「私は違う。私は、自分がちょっとだけ変わっていることに気付いている。そういう意味でも、私は普通の変人とは一線を画していると言えるだろう。」

 

突っ込みどころは満載だ。

ちょっとどころではない、とか。普通の変人って矛盾していないか、とか。イアンは変人枠ではなく狂人枠だ、とか。

その辺をあえて指摘すると話が長くなる上にストレスが溜まるので、オリバーは作業を進めながらスルーした。

 

「つい最近気付いたのだが、私は他の人間よりもほんの少しだけ怒りっぽいのだ!もしかしたら更年期障害の前触れかも知れない。これはいかんと直そうとしているのだが、なかなか上手くいかない。」

 

最近妙に不気味な笑顔を浮かべていることが多いと思ったら、そんなことを考えていたのか。

気持ちが悪いからやめてほしい。天変地異の前触れだとしか思えない。

オリバーはあらゆる突っ込みどころを華麗にかわして、ただ一言。

 

「お前も大変だな。」

「さすがオリバー、わかってくれるか!」

 

苦労人は、圧倒的にスルースキルが高かった。

 

◼️◼️◼️

 

火急時に、突発的に休養日が設けられた。

今まで慌ただしく動いていたのに、急に休みだと言われたところで何をして良いか思いつかない。

忙しく動いている間は考える余裕もなかったことが、立ち止まった瞬間に急に現状に不安感を感じる。

 

人間とは、そんなものだ。

サーレーは怠けることが好きだったくせに、手が空いた途端に不安が襲う現状に困惑していた。

 

『沙汰は追ってだす。それまでは待機して、コンディションを整えることだけに尽力しろ。』

 

ミスタからそう指示を出されたサーレーは、とりあえず暗殺チーム全体の休養を仲間に言い渡した。

個々に活動し、やり残したことがあればそれを遂行する。

 

『ま、個人で行動した方がいいだろうな。』

 

暗殺チーム全体と言っても、今現在仲間はマリオ・ズッケェロしかいない。

ホル・ホースは前回の戦いの撤収後に入院したし、アルバロ・モッタは情報部の人間だ。グイード・ミスタは今必死に軍略会議を行っている。

ミスタに関しては寝ているかどうか怪しい。

 

休息をとったサーレーは、考えることもなく何とは無しに実家に帰った。

 

「ただいま。」

 

返事はない。彼の母親は今現在行方不明だ。

掃除をしていない埃を被った廊下が、閑散としている。生活臭が無く、ひどく寂しく感じた。

 

「………。」

 

サーレーは、持ち帰った蝶の髪留めを強く握りしめた。

今回の事件での死者数は、今現在二万人超。イタリアに限定すれば、五千人に届かない。人口五千万人のイタリアの、0、01パーセント未満。一万分の一だ。

遺族も含めれば、関係者は0、05パーセントくらいになるのだろうか?

どこかには、その0、05パーセントの不幸に当たってしまった人間が存在する。

 

蝶の髪留めが敵の本拠にあったということは、それは葬式をあげないといけないということだ。

事件での共同葬儀も行われている。イタリア社会は忙しく、当面は個別に葬儀を上げる余裕はきっとないだろう。

家をどうするのかも考えないといけない。処分するか、受け継ぐか。彼は一人っ子だ。

 

それは、未練だ。

死地に向かう人間は人によっては未練を清算するが、彼は未練を清算するつもりはなかった。

未練を残して死地に向かえば、きっとそれは帰還する理由になる。死地に向かう多くの人の帰還理由は、きっと家族だろう。

 

サーレーは生きて帰って、絶対に母親の葬儀をあげないといけない。

死んでしまえば、それこそ彼の母親をどうにかする人間はいなくなってしまう。

それはひどく、悲しいことだ。

 

赤黒く不気味に彩られた廊下で、サーレーは天井を仰いだ。

結婚を望む動機も消えて無くなってしまった。彼は母親を喜ばせたかった。

 

虚無に侵された人生、歓楽に生きるのもいいが、まずは生きる指針のヒントをジョジョに伺ってみるのもいいかもしれない。

きっとボスであれば、サーレーのような人生を送る者にも光となってくれるかもしれない。

光無き闇の中で、サーレーはわずかに笑った。

 

◼️◼️◼️

 

『ミスタ、済まない。フランスの動きを止められなかった。』

 

ジョルノ・ジョバァーナからグイード・ミスタに、そう連絡があった。

 

「あなた方の対応は手緩いのではないかッッッ!!!どれだけの非常事態なのか、状況がまるでわかっていないッッッ!!!だからこんな時にも、のんべんだらりと敵のアクションを悠長に待っていられるッッッ!!!会議なんてしている場合ではないだろうッッッ!!!」

 

戦略会議に招かれたのは、フランス陸軍の少将。

ヨーロッパ全土に不穏が満ち満ち、フランスの国境沿いにある軍事施設は得体の知れない集団に乗っ取られている。

(フランスが名乗りを上げた理由には、ヨーロッパ国家間の微妙な思惑が絡んでいる。イタリアとスペインはチョコラータの起こした事件の後始末に手を追われており、手が回らない。フランスは事件の首謀者が逃げ込んだ国家であり、かつ精強な軍を擁している。自然と周辺諸国家はフランスが事件を解決すべきだという空気を醸し出し、フランス自身もその気であった。)

 

パッショーネがいくら説得しようが、彼のような人間が出てくるのは仕方ない。気持ちも非常に理解できる。

決して彼らにも関係ないことではないから。彼らの命もかかっているのだから、ミスタに彼らが命がけで戦うという決断を止める権利は無い。表社会の我慢にも、当然限界がある。

 

問題なのは、三日後に戦いを開始する正確な理由を説明できないことにある。もしもそれを伝えれば、敵と内通しているという無用な嫌疑を招きかねないのである。この火急時に目的を同じくするもの同士の内輪もめこそが、真の最悪である。

 

「………わかっている。あんたらの都合も、気持ちもよくわかるよ。だが、あと三日は待ったほうがいい。」

「だから、待てないと言っている!!!」

 

仕方がない。

せっかくここまで相手のシナリオに沿って動いてきたが、不意の不確定要素。突発的な事態に敵の首謀者が激昂しないことを祈るしかない。

こうなってしまえば、ミスタは彼らと無関係を主張する以外に方法はない。

 

「あんた、スタンド使いかい?」

「………もちろんだ。」

「能力は?」

「他人に軽々しく見せられるわけがないだろう!!!」

 

ミスタは苦しそうな表情をした。彼らは祖国を思う、善良な兵士だ。

無為に死なせるのは心が咎めるし、彼らも命がかかっていて戦うなと言える権利も無い。

しかし大事を考えれば、突き放して目を瞑るほかに方法が無いのである。

 

「俺たちとあんたらは、無関係だ。あんたらに敵の情報は渡せない。一つだけ忠告するなら、せめてあと三日だけ待て。」

「話にならん!!!なぜそんな敵に利するようなことを言うのだ?まさか貴様、敵と通じているのではあるまいかッッッ!!!」

「………俺たちはあんたらの敵じゃない。こっちにも事情があるんだ。あんたらが勝利することを心底願っているよ。」

 

フェル・バフェット少将。

身長が190を超える黒人で、フランスの陸軍所属。外見に風格があり、乗っ取られた基地の責任者は彼の友人だった。

 

少将という地位には学歴も必要であり、叩き上げではなれない。戦闘能力が高く頭も切れる彼は、フランス市民の意向を受けて政府が派遣した先遣隊に自分から志願していた。

 

仮に戦時の特例法案が可決された場合であっても、恐らくはそのまま先遣隊の責任者に任命されるくらいに信望厚く、その実力は誰しもが認めていた。地位のある人間は普通軽々しく動かないものだが、今回は世界が赤黒く染まっていくという人心の不安を極度に煽る異常事態につき彼が現場の指揮を取る流れとなった。

 

勝てばいい。

勝てば喜んで、いくらでも文句を受け付けよう。好きに吊るし上げてほしい。

しかし、アレに勝てるとは思えない。明確に敵を判定することすら覚束ず、首謀者の気まぐれに翻弄され、何も残せずに消え去るヴィジョンしか見えない。

 

パッショーネですらまともに相手することができずに、無様に踊らされているのが実情なのだ。

グイード・ミスタは疲労から来る溜息を吐いた。

 

◼️◼️◼️

 

「………なんでテメエの隣なんだ?」

「パッショーネも案外気が利かないねぇ。」

 

空条承太郎とホル・ホースは、ベッドに横になりながら揃ってため息をついた。

パッショーネの擁護をするならば今現在社会は慌ただしく、戦いで甚大なダメージを負った二人は同じ病院の同じ病室に放り込まれてしまった。パッショーネ側に、そんな些末事に気を利かせる余裕がないのである。

 

「やれやれ。いよいよもって年寄り(ロートル)は引退か。」

 

空条承太郎は自身の不甲斐なさに、自嘲した。

 

「若い奴らに丸投げしちゃっていいでしょォ。お前はちょっと責任感が強すぎねぇか?」

「お前はいい加減すぎる。この話は平行線で終わるだろう。」

「まぁそうなるだろうねぇ。」

 

看護師が病室にやってきて、二人の点滴を確認した。

 

「年寄りは年寄りらしく、縁側で盆栽でも育ててりゃあいいのよぉ。」

「………お前の方が年上だろうが。お前はまず自分が落ち着いてから、人に忠告しろ。」

 

ホル・ホースがパッショーネの実働部隊に編入されたのは、イタリアの利権を狙って跳ねたせいである。

人に落ち着きを諭す前に、まずは自分の行いを正せと承太郎は切り返した。

 

「俺はほら、アレだから。色々と動いてないと、死んでしまう病なんだよ。」

「………マグロじゃあるまいし。やれやれ。」

 

パッショーネに入団してからは、ボスであるジョルノが上手く操縦してホル・ホースの素行は落ち着きつつある。

とは言っても真っ先に死地へ向かう、危険の大きい暗殺チーム所属だが。

 

「ま、事件が終わったらのんびりとお茶でも飲みに行きましょ。」

「………お前マジで言ってんのか?」

 

まさかのホル・ホースの誘いに、承太郎は固まった。

 

「マジマジ。お前も知ってんだろ?ディオ様が死んでから、仲間は大体音信不通なのよぉ。」

 

ディオ・ブランドーという巨大な柱が死んで以降、ディオの配下はそのほとんどがバラバラに行動した。

そのほとんどはディオとの生前の暮らしが忘れられず、跳ね返った挙句に敵対勢力に殺されたり刑務所に収容の憂き目を見たりしている。

 

「お前もエジプトの政府主導の大掃除に参加してただろ。」

「まあ、な。」

 

承太郎がせっかく命は残してやったやつも、結局はロクな末路を辿った奴は少ない。

わずかな例外は逃げ足が速い目の前のホル・ホースや、ホル・ホースに心配されて忠告を受けたオインゴ、ボインゴ兄弟くらいであった。

 

「それでヒマになった俺様は、イタリアに不穏の風を感じてやってきたってぇわけよ。まさかそこでもテメエと出くわすとは思わなかったけどもな。」

 

ホル・ホースにとって承太郎は、仇敵でありながら腐れ縁だ。

長年連れ添ってしまったせいで、根無し草のホル・ホースにとって他の誰よりも付き合いが長くなってしまった。

承太郎にとっても、ホル・ホースと過ごした時間は女房子供と過ごした時間よりも長いのではないかという鬱になりそうな疑惑がある。

 

「まあうちのリーダーはアホそうに見えるし実際にアホだけど、アレで結構強いから。若い奴に苦労を丸投げして、年寄りは年寄り同士昔話に花を咲かせるのもいいんでないの?」

「………やれやれ。」

 

危機に焦っても何も変わらないし、自分に出来ることはもう無いのかもしれない。

承太郎は、真面目にホル・ホースの誘いを勘案した。

 

◼️◼️◼️

 

「勝てそうなの?」

 

シーラ・Eは質問した。

 

「さあな。」

 

サーレーは気の無い返事をした。

サーレーが休養日として英気を養っている最中に、シーラ・Eから連絡がきた。

 

「さあな、じゃないわよ。勝つって言いなさい!!!」

「無理を言う奴だ。嘘でいいならいくらでもつけるが?」

「そんなにやばいの?」

 

シーラ・Eがどうしても話を聞きたがるために、二人はミラノのカフェで待ち合わせた。

ミラノのカフェの一角で、サーレーは背もたれに右腕を回しながらカプチーノをすすっている。

赤黒く染まった不気味な世界を恐れて、真昼間なのに周囲は奇妙に静まり返っている。

シーラ・Eは前のめりになって、サーレーに問い詰めた。

 

「お前も裏の重鎮だからな。嘘をついてもすぐバレる。………尋常ではない。勝ち筋も、敵の能力の底も、はっきり言ってどれくらいヤバいのかさえ正確に把握できていない。」

「パッショーネがこれだけ動いてんのに?そんなにヤバい奴がこの世にいるの?アンタが何か思い違いをしてるんじゃない?」

 

パッショーネが必死に情報収集を行っていることは、人員の動きからシーラ・Eも把握していた。

 

「………わからないんだ。今までパッショーネがこんだけ動いて、解決しなかった事件があるか?察してくれ。」

「………。」

「じゃあ俺はもう行くぞ。期日までに仕上げないといけない。」

 

コンディションとモチベーションをどうにか最高まで上げる必要がある。

無駄話はここまでと、サーレーは席を立った。

 

「待ちなさいッッッ!!!」

 

シーラ・Eは大声を上げた。

 

「私が責任をもって、絶対にアンタを結婚させてやる!!!だからそれを楽しみにして、帰ってきなさい!!!」

 

平静を装って席を立ったサーレーの背中に、シーラ・Eは告げた。

 

今の彼女は知っている。

彼女は戦いに参加できない。

 

戦いに参加する彼は恐れ、怯え、しかしそれを守る対象である彼女に見せないようにして席を立った。

ならば帰ってきた彼を暖かく迎え入れるのが、彼女の役割である。

 

「………いいんだ。」

「………アンタ?」

 

以前とは言うことが違うサーレーに、シーラ・Eは戸惑った。

 

「もういいんだ。お前には迷惑かけたな。」

 

消えそうなサーレーの背中に、シーラ・Eは胸を締め付けられるような想いを感じた。

 

◼️◼️◼️

 

フランス全土が、怒りから来る熱に浮かされていた。

バフェット少将は、正確に判断すべきだったのだろう。

 

乗っ取られた軍事施設に従事していた人員は、およそ百五十名。その全員が、唐突に音信不通になった。普通であれば、なんらかの痕跡くらいはあってしかるべきだ。電話だったり、逃亡者だったり、そういったものが一切無い。異常だ。

それを正確に判断出来ていれば、今現在彼に付き従う三百名という部下が何の意味も持たない可能性を思案することが出来たかもしれない。それが砂漠に水を撒く行為でしかないことを。

 

「招かれざる客が来たようだ。」

 

グイード・ミスタらと意思のすり合わせをした翌日。イアンは手術室で、椅子に座っている。

本来であれば、あと二日は猶予があるはずだ。彼はミスタとそう約定を交わした。

とは言え、招かれざる者であっても客は客である。

 

イアンは、手術室のモニターを頬杖をつきながら眺めた。

 

「どうするんだ?」

「お前たちは、何もしなくていい。今回は幕間劇だ。私はお前たちに明後日までの休息を約束した。」

 

手術台に腰かけたオリバーが、イアンに問うた。

体の調子がだいぶ戻ってきたようだ。

 

「私が応対しよう。コツは、それが生き物であるということを深く理解することだ。妄想によって力を得たものは、それはすでに意志を持つ一個の生き物であると。顕著な例を出せば、経済が該当するだろう。人々の妄想によって力を得た紙切れは、意志を持つ生き物となって人の世を動かす。彼らも同様に生き物だ。さあ行ってこいッッッ!!!私の配下たちよッッッ!!!」

 

イアンが左手の親指と人差し指を突き立てて無意味にカッコつけたポーズをとり、彼の背後には短機関銃のベルトを肩に袈裟懸けにかけた多数のマネキンが整列していた。マネキンは整然とした隊列をとり、手術室の扉から外へ出て行った。

 

「というわけで、私たちはあとをのんびりとモニターで見守ろうか。」

 

そうして始まる、三十体のマネキンと三百人の兵士の戦い。

 

【マネキンは生き物よりも修理がラクでいいよね。】

「おいッッッ!!!ついさっき私がアイツらは生き物であると力説したばっかりだぞッッッ!!!私の立場が無くなるようなことを言うなッッッ!!!」

 

綻びたマネキンを修繕する役割を与えられた執刀医がそう呟き、イアンは恥ずかしさに大声を上げた。

 

しかし、まさしくマネキンの強みはそこにある。

痛みを感じず、四肢の欠損以外で行動不能になることがない。

 

【思ったよりも連携が取れてるね。】

「ふむ。」

 

モニター越しでもわかる。いきなり投入された不死で奇怪な兵に対する敵の動揺が小さい。

この平和な世情で、三百人もの大部隊を一所に向けて投入することなどそうそうない。

前もって訓練する時間があったはずもなく、その割には敵方の兵士の動きの練度が非常に高いことに執刀医は感心した。

 

【スタンド使いもチラホラ混じっているね。さすがにスタンド相手じゃ分が悪いか。】

「ほほう。」

 

特に中央で戦う背の高い男のスタンドが、そこそこに魅力的だ。

今回はゴリゴリの武力制圧が目的なので、フランスは戦闘能力に特化したスタンド使いを複数送り込んできた。

中央の男の周囲には巨大な刃が二枚浮かび、それがマネキンの四肢をスライスして切り落としている。

 

イアンは必死に戦う彼らを眺めて、彼らに頭上から脈絡無く槍が降ってきたら面白いだろうかと思案した。

しかしそれはあまりにも不条理であるため、そんなことは起こり得ないと妄想を振り払った。

 

イアンは、外で戦う大きな男に少し興味があった。

しかし彼は、空から槍が降れば死ぬ程度にしか実力がない。(空から槍が降れば、大抵の人間は死んでしまう。)

もしも彼がそれでも生き残る強者なのであれば、イアンは槍を降らすことをやめようという気持ちにならない。

 

彼がそれで死んでしまうから、彼に少しだけ興味があるイアンは槍を降らせないのである。

それが煉獄の論理。

 

「どうすんだ?」

「だから待つさ。もしも彼らがここまでたどり着くのなら、私が遊んでもらおうか。」

 

リュカはベロニカとの行為によって、死の境を未だ彷徨っている。

ベロニカはリュカの看護を申し出たが、彼女にロクな看護が出来るとは思えない。余計なことをして悪化させる未来しか見えない。魂のストックももう一人分しか無く、リュカが死んだら生き返らせるつもりはもうない。よってベロニカは余計なことをしないように拘束具で拘束して、部屋の隅に放置している。

オリバーがイアンに質問して、イアンは優雅にコーヒーを飲みながらそう答えた。

 

◼️◼️◼️

 

「ようこそ、私は君を招いた覚えはないが。招かれざる君は、私に一体何の要件だい?」

 

要件なぞ、わかりきっている。しかし様式美は必要だ。

イアンは椅子に座ったまま、傲岸不遜な態度で転がるように入室してきた男に対応した。

それに対する男の反応は、問答無用の攻撃。男の仲間は外で全滅し、男だけが命からがら敵の首謀者の下へとたどり着いた。

男は、激怒しているのである。

 

「もう一度聞くよ。一体何の要件だい?」

 

巨大なカッターの刃のようなものが二枚、回転しながらイアンに向かって突っ込んできた。

椅子に座っていたイアンは、コーヒーカップを持ち上げて立ち上がって避難した。カッターの刃は、音を立ててモニターを乗せた机に突っ込んだ。

 

「………つまらない男だな。わざわざ呼び込む意味もなかったか。」

 

話をする意志を見せないバフェット少将に、イアンの興味は早くも薄れつつある。

イアンの周囲に、複数の青白い浄化の炎がボウっと浮かび上がった。

 

「しょうがねぇだろう。そいつ生まれつき喋れねぇんだよ。」

 

イアンの背後でオリバーが、自分の耳を指差した。

 

「むっ、そうなのか。」

「そんなわけないだろうがッッッ!!!」

 

あーあ、馬鹿が喋っちまいやがった。

オリバーが、心の中で舌を出した。

 

喋ろうとしない男に、このままでは救いの無い末路を迎えることを敏感に察知したオリバーは、何気なく助け舟を出したのである。

 

ただでさえ、三日間の準備期間というイアンの定めたルールを破って攻めてきた敵だ。今のイアンは、表情には出さないが若干不機嫌だ。死ぬにしても、せめていい死に方をさせてやろうと。

 

イアンを機嫌よくさせれば、見せ場を作ってやれる。マシな死に方をさせてやれる。

イアンを不機嫌にさせれば、情け無く死ぬことになる。

イアンは変に素直で、オリバーの言うことはすんなりと聞く場合が多い。

 

「じゃあ君は、なぜ今まで喋ろうとしなかったんだ?」

 

イアンは目の前の黒人の大男に質問した。しかしその返答は、やはり拒絶であった。

無言のままに人型のスタンドは二枚の刃を取り出し、イアンに向かって投げつけた。それは空間を縦に回転して、丸鋸のようにイアンを切断しようと迫ってくる。

 

「うーん。やはり喋ろうとしない。じゃあその口は、要らないな。」

 

イアンは回転しながら迫り来る刃を、一枚は周囲を旋回する浄化の炎で消し飛ばし、一枚は軽やかに躱した。

そのままバフェット少将の前に向かって、イアンは早足で近寄っていく。少将は懐から拳銃を取り出し、イアンめがけて発砲した。

それは浄化の炎に飲まれて、アッサリと消し炭になった。

 

「君はせっかくのスタンド使いなのだから、いざという時ほど拳銃よりもスタンドを頼りなよ。」

 

無人の荒野を行くが如く、イアンの歩みを遮れるものはいない。

少将の目の前に立ったイアンは、少将の顔を浄化の炎を操作して焼いた。

浄化の炎は青白い腕を象り、少将の顔をそっと撫でた。

 

「あああああああああああああっッッッッ!!!」

「そんなに喚くなよ。必要ないものを取っ払っただけだ。盲腸の手術だとでも思えばいい。」

 

少将の顔面は口元が焼け、口が溶けてくっついてふさがった。

命の危機を感じてパニックを起こした彼は、スタンドを操作して再び二枚の刃を放った。刃は、イアンを前後から挟むように回転しながら迫った。

 

「惜しいんだよなぁ。それなりに戦えそうにも見えるんだけど、視線で狙いがバレバレなんだよ。他にも一枚は後出しするとか、片方の攻撃のタイミングをずらすとか、戦いにもうちょっと工夫があっていいんじゃないかな?焦っていることが見え見えだよ?」

 

表社会の兵士同士の戦いであれば、視線で銃弾の射線がバレたところで何ら問題ない。

人間に銃弾を跳ね返すことはできないのだから。

 

しかしそれは、裏社会のスタンド使い同士の戦いではそのまま勝敗に直結する。

スタンド使い同士の戦いは、いかに相手の裏をかいて有利な戦局を展開するかというのがその本質である。

 

イアンは二枚の刃を見もせずに両手で一枚ずつつかんだ。

 

「君は、スタンドの戦闘経験がろくに無いだろう。軍事訓練はまじめにやっていて、部下にも恵まれている。体格が大きく、身体能力も高い。部隊の運用もできている。恐らくは、表社会では大きな支持を得ているのだろうね。でもスタンドでの戦いが、まるでなっていない。今まで真面目に生きてきたから、きっとそういう奴らと揉めたこともないんだろう。社会の裏側で隠れ潜むように息をする、頭のおかしい奴らとの命懸けの戦いの経験が無い。」

 

ジョースター一族のように天賦の才を持つ人間でもなければ、スタンド使い同士の戦いは経験の差が如実に勝敗に直結する。

だから裏社会がスタンド犯罪者に対応し、サーレーのような万能性が高く経験豊かな専門家を育て上げるのである。

 

イアンはつかんだ刃に目をやった。

細長い刃には、カッターの刃のように切れ込みが入っている。

 

「ほら、これ。ココ。君のスタンド能力、刃に切れ込みがあるだろう?これは例えば、これが敵につかまれたり何かに引っかかったりした時に、刃を自分から折ってまだ攻撃を続けることができるように切れ込みが入ってるんだよ。今みたいに私がつかんだりしたときに、私の意表を突いた攻撃を仕掛けるために。君は自分のスタンドの特性も理解していないようだね。」

 

イアンはつまらなさそうに笑った。

 

「それくらいもわからないのなら、その目も要らないかな。君の目は節穴だ。とても物が見えているとは思えない。」

「………ッッッ!!!」

 

イアンが浄化の炎を操作した。

炎が少将の顔を再び焼き、両目のまぶたが焼けてトロッと溶けてくっついた。

 

「さて、君はきっと家族や友人、祖国のためになると思って死地に赴いたことだろう。覚悟を持って。自分ならやれると。だが君が成せることは何も無いし、君が今回の事件で家族のためにできることは何も無い。………切ないな。本当に、切ない。君のことを考えると、私は涙が出そうになるよ。君がここに来た意味は何も無く、君の部下も無駄死にだ。私がわざわざ殺す意味もないから、もう帰ってもらって構わないよ。」

 

イアンがそう嘯くと、手術室の扉が開いた。

イアンはおかえりのジェスチャーを少将に向けた。

 

少将は立ち上がると、イアンに向かって体当たりをした。

イアンはそれを突き飛ばし、少将は床に無様に転がった。

 

「ふむ。せっかく私が逃してあげようというのに、君はまだ立ち向かって来るんだね。君が敵である私に見逃されて屈辱を感じたのは、よくわかる。部下を皆殺しにされて、引くに引けないのもわかる。だが君は、実力不足だ。生きていればチャンスは残る。その悔しさをバネに、生きて帰って成長してからまた立ち向かってきて欲しかったよ。部下を無駄死にさせたとの、周囲の非難を跳ね除けて。こんな愚かしい行動を取って欲しくなかった。君の頭の中には、脳みその代わりにクソが詰まっているのかな?」

 

クレイジー・パーガトリィ、イアンの妄想は、イアンの部屋で現実のものとなる。

少将は動きが停止し、突然鼻と耳から汚物を垂れ流した。

 

「ああそうかわかった!君は失敗できない任務に、ズバリ自分の脳に爆弾を仕込んでたんだね。万が一敵に捕まった時に、速やかに自決できるように。だから思考能力がロクに働かなかった!納得だ。素晴らしい!侮辱してすまなかった。見上げた愛国心、君は覚悟を持った兵士だ。」

 

クレイジー・パーガトリィ、イアンの妄想は、イアンの部屋で現実のものとなる。

少将の頭部が膨れ上がり、無惨に爆発して飛散した。

 

「いや、イアン。そいつただ単に、お前のせいで目が見えなかったんじゃねぇか?口も喋れねぇし。」

 

オリバーの言葉を受けて、イアンは腕を組んでしばし思案した。

 

「………うん、まあどちらでもいいかな。次に期待しよう。オリバー、それを外の木に吊るしてこい。」

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