噛ませ犬のクラフトワーク 作:刺身798円
「私の両親は言っていたよ。」
サーレーに近接したイアン・ベルモットは、静かに語り始めた。
「この子はおかしい。頭がイかれてる。どうにかして矯正しないといけないって。」
サーレーの眼前に立ったと思った瞬間、イアン・ベルモットの姿が視界から消えた。
それはコマ送りでも捉えることができず、反射的にサーレーはクラフト・ワークの拳を背後に向けて振り回した。
「それを聞いて私は思ったよ。ああ、私は殺されるんだなって。」
親が子供の性格に難があると判断したとき、それをどうにかしようとすることは別段おかしなことではない。
しかし当時のイアンには、それは死刑宣告に等しく聞こえた。この子は頭がおかしいから、殺して私たちの理想のイアンを創り出そうと言っているように聞こえたのである。
その言葉はイアンの心に刺さり、ずっと今まで忘れずに心の奥底に残っていた。
それがクレイジー・プレー・ルームの能力の原初のアイディアだった。人間などいくらでも殺せるし、いくらでも創り出せると。
それ以来、イアンの能力は明確になった。
それ以前のイアンの能力は、無秩序の権化、もっと混沌としていたのである。
その混沌より、自我を持つ生命であるバジル・ベルモットと執刀医は生まれた。
そして以前の混沌とした能力こそがイアンの能力の本性であり、真髄でもあった。
驚異的な才能を持つイアン・ベルモットのスタンドの本質は、原初の土、混沌の粘土と呼ばれる理解不能なものと同じである。
イアンがそれを捏ね上げて作り上げたのが、生と死の境界が曖昧な狂気の手術室。
クレイジー・プレー・ルームは、イアンのスタンドの正体に比べればただのお遊びに過ぎない。
サーレーという好敵手と相対したことによって、イアンのスタンドの化けの皮は剥がされていった。
ルールを敷いて、強制的に相手に対応させる。
それがスタンドの本質であり、イアンのスタンドは例外中の例外、異端中の異端。
イアンの部屋の中で起こる出来事のルールは、イアンの脳内で決定される。
それはひょっとしたら、追い詰められて能力を増やす掟破りを行使した吉良吉影と少しだけ共通点があるのかもしれない。
当時のイアン・ベルモットは八歳。バジル・ベルモット六歳。
この直後にイアンの両親はなぜか異常なほどの放任主義となり、イアンがある程度の年齢になるとともに蒸発した。
その後のイアンは裏社会の組織に潜み、そこで普通の人間の擬態をして時を過ごす。本性を抑えて、偽りの仮面を被って。
恐らくは、親の一言が幼いイアンにとってトラウマだったのだろう。自分の本性を知られれば、他人が自分を殺しにくるのだと。
やがてベロニカ・ヨーグマンが首領を務める組織に拾われ、知能の高い彼は後々の組織の利益を見越してスイスの大学に通うことになる。
そこで教授に才能を見出され、表の顔は大学の講師としての人生を始める。イアンのイかれた発想は、時に斬新だった。
「殺されるくらいなら、私は人を殺して生きるよ。生物には、自分の生に必死になる義務がある。」
それが煉獄の論理。全ては強者が優先される。
自分のために必死に戦い、勝ったものだけが生き残る。勝ったものだけが生まれる。
イアンは経年と共に精神が強靭になり、やがてトラウマを克服する。
そしてその同時期に、彼が所属していた裏組織は壊滅した。
邪悪なスタンド使いを繋ぎ止める楔は存在しなくなり、一人立つ彼は行動を決意する。
結局、強いものが願いを叶えるのだと。強いものが、この世で幅を効かせるのだと。
たった一度きりの人生なのだから、自分のために必死になって願いを叶えよう、と。
「同情でも望んでんのか?」
「いいや、別に。でもマイフレンド。君との友情なら、考えないでもないな。」
「抜かせッッッ!!!」
コマ送りでも見極められない消失に、サーレーは即座にイアンが瞬間移動を行ったことを理解した。
故に弱点である背後に向けて拳を振るったのであり、しかしイアンはサーレーの頭上に浮かんでいた。
イアンは空中でアクロバティックに体を捩り、サーレーの延髄に体重をかけて蹴りを放った。
「フ………ッ!!!」
攻撃を受けることを察知したサーレーは、首に力を入れて集中し、敵の攻撃を受けた瞬間にクラフト・ワークの固定する能力を発動する。
そのまま固定したイアンに反撃の拳を振るった。イアンはそれに反応し、回転したかと思うとその場から消えて別の場所に現れた。
「まずは小手調べだよ、マイフレンド。君は近接戦闘に非常に強いからね。私もある程度反則的な能力を行使させてもらうよ。これはその宣言だ。それで始めて公平な戦いになる。」
イアンの周囲に、浄化の青白い炎が浮かび上がった。
「なぜそんなにも公平性にこだわる?」
「私が納得したいからさ。後悔は好きだし、苦難に塗れた人生も悪くない。でも、自分の人生に納得できないのだけは我慢できない。私は死ぬときに、私の人生のために必死になって生きたのだと、そう思いたい。」
イアンの言っていることは、サーレーにも理解出来ないわけではない。
ただ、理解出来ることとそれを実行することには深い深い溝がある。
「………我慢できないのか?」
「その意義を感じられない。社会の本質だって、そうだろう?資本主義社会では、札束を持った強い奴が幅を利かせる。それが暴力に置き換わっただけだ。」
イアンの周囲の浄化の炎が揺らめき、鳳仙花の種のように弾け飛んでサーレーを襲った。
同時にイアンは白衣を翻し、サーレーが視線を奪われた直後に姿をくらました。
「お前が殺してきた奴らは、お前と同じ人間のはずだ!!!」
「………もしかしたらそうなのかもしれないね。」
サーレーは瞬時にコマ送りを発動し、弾け飛ぶ炎の被害の少ない箇所を見極めた。
そこが死地だ。イアン・ベルモットの狙いは恐らく、サーレーが攻撃を避けた瞬間。
サーレーはあえて弾幕が濃ゆい場所に留まり、クラフト・ワークの裏側に潜む緑色の赤ん坊の力を行使した。
「お前はなぜそんなにも非道になれる!なぜそんなにも邪悪な行為を行える!答えろ!!!」
「………あまり深く考えたことはないな。」
クラフト・ワークの能力と、その裏側に脈付く緑色の赤ん坊の力。
固定する力と、振動させる力。対を成す二つの相反する力が混ざり合い、クラフト・ワークは原子の海の支配者となる。
手術室の壁を振動で分解し、固定で剣に再構成。処刑執行人の剣。
無数の弾幕をコマ送りで見極め、剣を溶かしながらも全て切り落とした。
「………ッッッ。」
イアン・ベルモットは少し離れた場所で、わずかに顔を歪めた。
サーレーはそれを、アテが外れたからだとそう認識した。
「………こちらの番だ。」
サーレーは溶け落ちた剣を投げ捨て、地を走り壁を蹴り宙に浮かぶイアンに迫った。
「恐らくは我慢………していたからだよ。」
「何?」
浄化の炎がイアンの前で薄く横に伸びて燃え上がり、それは炎の壁となってイアンとサーレーを分断した。
「我慢には、いつかは限界が来るものさ。それは長い期間であるほどに、苦痛が大きいほどに、反動は大きくなる。私は自分が他人と違うことも、他者と相容れないことも、ずっと前からきっと理解していた。」
イアンは再び白衣を翻し、その場から消え去った。
サーレーは四方八方を警戒し、しかしその瞬間目の前の浄化の炎の壁が形態を変化させた。
「どうやっても相容れないのだから、殺し合いになるのは仕方がないだろう?」
長く蛇のようにうねる浄化の炎を体を捻りながら退避して避けたサーレーの頭上に、イアンが膝を立てて降ってきた。
鈍い音がして、サーレーは頭部に強烈な衝撃を受けた。
「グッッッ!!!」
「君が言ったんだろう、マイフレンド。私が宇宙人だと。道理で相容れないわけだと、私は君のその意見にひどく納得したよ。ネアンデルタール人は、ホモ・サピエンスに滅ぼされたという学説がある。」
イアンは幾度も白衣を翻し、その度に違う場所に現れた。
頭上から攻撃を受けたサーレーは、衝撃に目をチカチカさせながらも必死に敵の動きを追った。
「私はきっと、人間ではない何かだ。私の身体構造は人間そのものだ。しかし、精神がきっと人間ではない。」
サーレーはイアンのその言葉に、なんて反応するべきか戸惑った挙句に沈黙した。
「たとえ隣の種族であっても、それは世界の覇権を奪い合い殺し合うライバルだ。それを歴史が証明している。」
イアン・ベルモットは、楽しそうに笑った。
◼️◼️◼️
マリオ・ズッケェロと、オリバー・トレイルの間には、致命的な温度差がある。
「チッ、ここにもいねえ。」
建物一階奥の奥、便所まで捜索して、ズッケェロは上の階層へと向かった。
マリオ・ズッケェロは、何が何でもオリバーと戦わなければいけない。
オリバーという強力なコマを浮かしておけば、サーレーとイアンの決戦に致命的に不利な要素になりうる。
イアンの助勢をするかもしれないし、イアンが危地に陥ったら逃亡幇助を行う可能性がある。
ズッケェロの戦場での駒としての役割は、それらの可能性を潰すことである。そうでなければ、ズッケェロがここにいる意味がない。
一方で、オリバー・トレイルは無理にマリオ・ズッケェロと戦う必要は無い。
オリバーは自身を殺してくれる敵を探しているものの、それはあくまでも表層に現れない彼の心理の奥底の願望である。
表層での彼は息子を案じ、息子のために何が何でも最後まで生き残ることを望んでいる。
別にリスクを犯して今ズッケェロと戦う必要は無く、戦いには出るものの無理をする必要はない。
そしてこれらの要素とは無関係に、煉獄の理論が働いている。
イアンの願望によりその道程はイアンにとって劇的なものとなり、イアンは唯一こだわりを見せる腹心の部下の幸福だけは真に心から願っている。
起こり得る事象のうち、イアンが望んだ展開が選ばれる。それがイアンの能力クレイジー・パーガトリィの、一つの特性。
それらが複雑怪奇に交わり合っているのが、彼らの戦いの現状であった。そしてその結果の展開。
「チッ!無駄にだだっ広い構造をしやがって!!!」
その建造物の構造は、テロ対策のために上階への階段が別の場所に付けられている。
乗っ取りを警戒して迷路のように曲がりくねった廊下、多数の人間が住み込みで働いているがゆえの多数の個室、機密が多いために厳重に施錠された扉。
それらを逐一ソフト・マシーンの能力で慎重に通り抜け、端から端まで丁寧に確認をしていった。
マリオ・ズッケェロは、覚悟をして建物に乗り込んできた。
しかしその返答は、その覚悟を受け流すようなはぐらかし。
どこにオリバーがいるのか判然とせず、いきなり鉢合わせる危険性もある。
戦闘の主導権を奪うことは、極めて困難であると言えた。
「落ち着け、よく考えろ、落ち着け。」
マリオ・ズッケェロは目をつぶり、懐に忍ばせた重量のある物体に集中した。
それは戦いに使うものであり、ズッケェロは普段は使わないものであり、パッショーネから借り受けたもの。
ズッケェロなりの、オリバーへの対抗手段だった。
イラつけば、判断を誤る恐れがある。いやらしい戦い方だ。
ズッケェロは無理に自身の精神を集中させ、冷静に捜索を続けた。
「二階にもいない。となると残りは………。」
建物の三階、もしくは屋上。
敵が自身の隠密性を生かした戦いをするのであれば、行き止まりである屋上で戦う可能性は高くない。
そうすると必然、次に捜索する三階のいずこかに潜んでいる可能性が高くなる。
ソフト・マシーンの厚みを無くす能力を自身に行使するのは、極力避けたい。
敵はどこかでズッケェロを待ち伏せている可能性も高く、そうであればズッケェロがどちらから来るか理解しているはずだ。待ち伏せて集中されていれば、ズッケェロの能力であっても見つかってしまう。厚みを無くした状態で見つかってしまえば、その時点で敗北確定だ。
マリオ・ズッケェロは足音を忍ばせて慎重に階段を上っていく。
「三階………。」
重圧を感じる。額を汗が流れ、むやみに喉が乾く。
ズッケェロは唾を飲み込み、ゆっくりゆっくり廊下を先に進んでいく。
「………ッッッ!!!」
いた。間違いない。
オリバーのスタンドの基本の能力は、スタンドを視覚に入れている間の記憶を残せないというもの。
それはどういうことかというと、ディアボロのキング・クリムゾンのようにいきなり時間が跳んだように感じるのである。
オリバーのスタンドを目にし、記憶できない時間が始まり、オリバーのスタンドが消失する。
中抜けの記憶になり、いきなり時間が跳んだように自身の立ち位置が変わっているのである。
そして、不思議な多幸感だけが残される。
「まあ俺は、時間稼ぎでも別に問題ないからな。特に好戦的な性格でもない。お前を無理に殺そうとする意味も無いし、イアンには悪いが適当に過ごさせてもらうぜ。」
ズッケェロの背後に重厚な回転木馬が現出し、その柱に背を預けてオリバーが立っている。
小型の回転木馬は強烈な存在感を放っており、それと以前戦ったズッケェロはそれが見た目通りの遊具からは程遠い凶暴なものであることを知っている。
「テメエッッッ!!!」
ズッケェロがソフト・マシーンを発動し、オリバーに向けて廊下を走った。
「それ。」
オリバーがすぐ横の廊下の角をヒョイと曲がり、その姿がズッケェロの視界から消える。
それと同時に回転木馬は消失した。
「………ヤロウッッッ!!!」
オリバーがいた記憶が、ズッケェロの脳裏から消失する。
間違いなく、いる。
ズッケェロは廊下を進んでいたのに、いつのまにか引き返す方向に向かっている。
恐らくは今向かっている方に敵は逃げたのだろうが………。
「クソッッッ!!!」
向かう先には、扉が多数ある。
それらは行きがけにズッケェロが一室一室丁寧に調べたものであり、そのどれかに隠れられていたらお手上げだ。
一つの部屋を調べているうちに、他の部屋から移動されてしまったら手の打ちようが無い。
「なんて厄介な能力ッッッ!!!」
オリバー・トレイルは、本気で厄介だ。
叩き上げだけに自身の能力を熟知し、自分に出来ることを完全に理解しきっている。
そして可能な戦闘手段から、変幻自在に戦い方を選んでくる。
戦い慣れており、知恵が回る強力なスタンド使い。
変化をつけられれば、その都度対抗策を講じる必要性が出てくる。
ガチンコの弱さなど、なんの弱点にもなりはしない。
回転木馬は攻撃であり、防御であり、技術であり、逃走手段でもある。
このままはぐらかされ続けたら、ズッケェロは自身の任務を全うできない。
「………バケモノがッッッ!!!」
焦りで、汗が引かない。
向かってくるのならその対策を仕込んでいたのだが、時間稼ぎに徹されたら手の打ちようが無い。
そしてそのズッケェロの焦りにつけ入り、いきなり攻勢に回る可能性も存在する。
ズッケェロを放置したまま、イアン・ベルモットを逃走させる可能性も存在する。
恐ろしい。
ただのトチ狂った一般人が、マリオ・ズッケェロには心底恐ろしい。
「回れ回れ、狂気と共に。ふんふふーん。」
「!?」
回転木馬が現れ、オリバーが鼻歌を口ずさみながら近場の扉から出てきた。
◼️◼️◼️
「ぐっッッ!!!」
「………。」
空条徐倫は敵の振り下ろしを肩で受け、よろめいた。
敵はそのまま横回転して、遠心力を乗せた回し蹴りを徐倫の腹部めがけて放ってくる。
「はッッッ!!!」
徐倫の腹部の糸がほどけて、回し蹴りは空を切った。
「やッッッ!!!」
そのまま敵の足に糸を引っ掛けて、徐倫は宙吊りにしようと試みる。
しかし。
「うッッッ!!!」
「………。」
敵は力任せに、ストーン・フリーの糸を引き千切った。
徐倫は敵を確認する。
髑髏のような形相をした、目が青黒い男、リュカ・マルカ・ウォルコット。
少し顔が変わったが、徐倫が前回戦った敵と同じ男だ。
敵はそのまま地面を走り寄り、無造作にストーン・フリーにつかみかかった。
「く………。」
前回の戦いに比べて、敵は明らかに馬力が上がっている。速度も上がっている。
こんなに力はなかったはず。パワーだけに限定すれば、全盛期のスター・プラチナ以上だ。
徐倫は、開戦直後に敵の首に糸を巻き付けて切断を試みた。しかしそれは、逆に糸が千切れるという驚くべき結果に終わった。
徐倫は即座に警戒し、引き気味に戦っている。あからさまに前回とは異なり、油断して即敗北などという展開はあり得てはいけない。
作戦の至上目的は首謀者の暗殺であり、この敵の殺害は優先順位が低い。
徐倫の戦いは、サーレーの戦いに水を差させないためのものだ。
対するリュカ・マルカ・ウォルコット側は必死である。
リュカは敵を劇的に蹂躙せねばならず、それは辛勝であってもいけない。
リュカは誰よりも強いことをイアンに証明せねばならず、それに失敗すれば人生の先は存在しない。
無口で異常なほどの迫力で向かってくる敵に、徐倫は思い出せないほど久し振りに気圧された。
「………。」
「ああああああッッッ!!!」
リュカの蝉の幼虫のようなスタンドの右腕と、徐倫のストーン・フリーの左腕が手のひらを握り合った。
リュカのスタンドが力任せにストーン・フリーの左腕をねじり上げ、ストーン・フリーは左腕の糸をばらけさせてダメージを受けるのを防いだ。直後にストーン・フリーの腹部に、リュカのスタンドの蹴りが突き刺さる。
「うぐあッッッ!!!」
攻撃自体は、遊びを作った糸で衝撃を緩めることができた。
それがなければ、腹に穴が開いていた。
徐倫は、煉獄の赤黒い地面を転がった。
リュカは徐倫に走り寄り、馬乗りになってスタンドの口腔のストローを突き刺そうとする。
「うッッッ!!!」
徐倫の頬めがけて突き出されたストローに、徐倫は顔面の糸を解いてその攻撃を避けた。
近くにあるリュカの顔面めがけてストーン・フリーが糸を束ねて、力一杯に殴り付けた。
「………なんだかわからないけど強くなっているみたいね。」
「………。」
ストーン・フリーの拳を顔面に受けたリュカは、吹っ飛んでいった。
フードが取れて、頭部の髑髏と龍のタトゥーが露わになった。顔面は細っており、彼に何があったのか徐倫には想像だにできない。
倒れたリュカはゆっくりと起き上がり、徐倫とリュカは睨み合った。
◼️◼️◼️
「ごめんなさい!!!私はあなたの気持ちには、答えられないッッッ!!!」
「………?」
ウェザー・リポートとベロニカ・ヨーグマンの戦い。
ベロニカはウェザーを見た瞬間に開口一番、それである。まるで悲劇のヒロインのようなセリフだ。
ウェザーはキョトンとしている。
「足が長いしまつ毛も長いし、スッゲーイケメンでうちのダンナに比べて圧倒的に美男子だけど、私は最愛のダンナを裏切れないの!!!ごめんなさいッッッ!!!」
「………?」
ウェザーはこれは攻撃していいものか、思案している。
首を振って、ウェザーはウェザー・リポートを発動してベロニカめがけて殴りかかった。
「ぶぐぇッッッ!!!」
ベロニカ・ヨーグマンはウェザー・リポートに顔面を殴られて、盛大にすっ飛んでいった。
ウェザーは雲が支配できないことを確認し、近場であの男が全力で戦っていることを理解した。
「テメエ、何しやがるッッッ!!!」
殴られたベロニカの頬の化粧が剥げて、下から年相応の素肌がのぞいた。
「ちょっと顔がいいからって調子に乗りやがってぇ!!!」
激昂したベロニカのスタンドが現れた。
黒みがかった灰色で、不定形。焦点の合わない二つの目と無数の口。
その口から、数えきれない量の小型の甲殻類が現れ、地面を覆い尽くす。
「やれッッッ!!!」
ベロニカの号令の下、それらの甲殻類はウェザーめがけて迫ってくる。
甲殻類は王水の体液をしており、触れたものを瞬く間に溶かして消してゆく。
雲が使用不可能なウェザーは、取れる選択肢が大幅に減らされていることを自覚した。
「ふっっっ!!!」
「うッッッ!!!」
気圧差による強風を叩きつけ、不定形で体幹の弱いベロニカのスタンドはよろめいた。
しかしそれは一時しのぎに過ぎず、地面を潜って甲殻類はウェザーめがけて襲いかかってくる。
ウェザーは気温を操作して甲殻類に対応した。
甲殻類に気化熱を発生させて、無数の甲殻類の甲羅はひび割れて体液を撒き散らす。
「あああああああああッッッ!!!テメエッッッ!!!」
ベロニカの顔面の皮膚もついでにひび割れ、体液で溶け落ちて美しく飾った化粧はどんどん剥がれていく。
ウェザーは、チラリと徐倫の様子を確認した。
◼️◼️◼️
煉獄の片隅、軍事基地からほど近い場所。天変地異の渦の中心地。
天衝き縦に伸びた分厚い積乱雲の中で、雷光と氷雪の支配者と正体不明の機械は戦いを繰り広げる。
スーパーセルと呼ばれるそれは、内部に人知を超えた莫大なエネルギーを内包している。
「あああああああああああああッッッ!!!」
漆黒の闇の奥底に身を沈めたローウェンが吼えた。
巨大な雷塊が弾け散り、それは辺り構わずに周囲に高圧電流を放電する。
【………暴れん坊だなぁ。あつッッッ!!!】
地面と同化した執刀医を逃がさないとばかりにローウェンはスタンドエネルギーを全開にし、神々しいほどに巨大な雷柱を複数生成して執刀医を囲った。それは地面を溶かし消し飛ばし、隠れる場所を失った執刀医はその場で雷の直撃を受けた。かのように見えた。
【雷は苦手だなぁ。ほら私、機械だし。】
「抜かせッッッ!!!」
雷が直撃する瞬間、執刀医の体が黒く染まった。
執刀医の体はその瞬間影となり、この世の虚像へと変化する。
【おおわぁ。】
煉獄から隔離された今、執刀医はあまり長時間全能の力を振るえない。
影から実体に戻ったその瞬間に、ローウェンのハイアー・クラウドが殺意とともに鉈のような水平薙で執刀医の頭を飛ばそうと詰め寄った。
【うーん。これは相当なもんだね。】
執刀医は右手で自分の頭部をつかみ、自分から頭部を分離させて攻撃を避けた。
分離させた頭部を再びくっつける。立て続けに執刀医を落雷が襲い、執刀医はメスを避雷針がわりに投げて落雷から避難した。
「………!?」
【君強いね。………手加減できないよ?】
「なに?」
執刀医の残っていた片目のネジが外れて、地面に落ちて消えた。
両目が黒球になっており、ローウェンは不気味なそれに不吉で吸い込まれそうな印象を受けた。
【君には手加減できない。ここは私にとって不利だし、君の攻撃は非常に強力だ。】
「………。」
ハッタリとも思えない。何をしてくるかわからない。
ローウェンは敵の言葉に耳を傾けて、集中した。
【私は自分が反則なのを知っている。だから滅多に戦いには参加しない。】
「………。」
ローウェンはいつの間にか、自分の背中がじっとりと汗をかいていることに気がついた。
動いたせいではない。それは目の前の存在から受ける恐怖だ。敵の底が知れない。理解不能な恐怖。
初めて受ける感覚に、彼は戸惑った。
【私が敵を倒してしまえば、イアンがひどくつまらない思いをする。だから私は極力戦わない。でも………。】
二つの黒球が黒い渦を巻いて、強烈にその存在を主張した。
【たまには遊んでもいいかな。君は相当やるようだし、まあ多分死にはしないだろう。死なないならば、多少は痛めつけても構うまい。】
執刀医の二つの黒い眼球が宙に浮かび、くっついた。
◼️◼️◼️
暗い部屋。明かりをあえて消して、思考に沈む。
様々な事態を思案するも、どんな事態になっても、ミスタにできることは些末事。
それでも思考をやめない。
それしかできることがない。腹立たしい。
グイード・ミスタは両手を机の上で組んで、椅子に座っている。
気が気ではなかった。
送り込んだ人員は五名。
そのどれもが一騎当千と言って差し支えのない強烈な人材であり、これ以上は鼻血も出ない。
出ないことは無いが、出す意味が無い。
「………マジで、頼むぜぇ。」
自分が乗り込むことも考えた。
しかし、バジル・ベルモットとの邂逅がミスタにそれを思いとどまらせていた。
この世界はイアンの都合のいいように、イアンの望むように進む。
そうであるのならミスタのこの選択も、イアンの望んだものである。
ミスタは敵に一切の因縁を感じず、敵が執着する人間や運命を感じた人間のみを突入員にして構成した。
その結果のサーレー、マリオ・ズッケェロ、空条徐倫、ウェザー・リポート、フランシス・ローウェン。
敵の数は四名だと申告されていた。しかし数で押し潰そうとしたところで、死体の数が増えるだけに終わる。
サーレーは敵の首謀者に因縁を感じ、ズッケェロはオリバーに、徐倫は入院した父親の代わりに戦う必要性を感じ、ウェザーは体が不自由なアナスイの代わりに徐倫の手助けをする運命を感じ、ローウェンはリュカ・マルカ・ウォルコットとの因縁を。
通常ならば相手の思惑を外すのが常道の戦い方だが、この敵に限定すれば相手の思惑に乗ることが正着となる。
「腹を切っても………赦されねぇわな。」
期限ギリギリまで待ち、乾坤一擲の一戦を交える。
何度も戦える機会をあえて全て捨てて、ただただ一度きりの万全の状態での決戦。
その選択を決意したのは、ミスタだ。相手の思惑に乗って踊れるだけ踊り、最後に実利をもぎ取る。
もしも敵に敗北したら、パッショーネを差し出しても赦されることはない。
とてもミスタ一人の命で贖いきれるものではない。考えても結果が良くなることはない。
白髪が増えたかもしれない。皺も増えたかも知れない。
「ほんと、頼むぜぇ。白髪が増えたら、前以上にモテなくなっちまう。」
軽口でも叩いていないとやってられない。
プレッシャーが尋常では無い。
世界を終わるのが事実であるのなら、じっとしていられる人間などいない。
聞かなきゃよかった。
ミスタは静かに目をつぶり、目を開けて万が一の事態のために代用品の拳銃の整備をした。