噛ませ犬のクラフトワーク   作:刺身798円

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強者の煉獄

【Yeah! Check it out.Let us enjoy crazy playing.】

 

執刀医が高らかに宣言するとともに、黒い球体は黒い渦を巻きながら強烈な吸引力を発し始めた。

 

小型のブラックホール(マイクロ・ブラックホール)だとッッッ!」

 

ローウェンは、目を見開いた。

積乱雲のスーパーセルは黒球に吸引され始め、輝き爆ぜる雷霆も一旦引き摺り込まれればそこからは出てこられない。

瞬く間に雲は球体に吸い込まれ、ゴリゴリと減少していっている。ローウェンの体も引っ張られ、彼はそれに必死で抵抗した。

 

「馬鹿な!!!オーバースペックだ!!!」

 

異常である。間違いない。

本物のブラック・ホールほどには強力ではない。もしもそれが本物ならば、地球が壊滅している。

しかし偽物であったとしても、ローウェンの至高技を破るほどには強力な能力であるということだ。

 

ローウェンは天球儀に大部分のスタンドエネルギーを費やしてしまっている。

天球儀を解除されれば、戦いが非常に苦しいものになる。さらに言えば、煉獄に戻れば執刀医のスペックは顕著に上昇する。

 

「あああああああああああああッッッ!!!」

【You are crazy!I am crazy!Here comes the crazy world!So let us enjoy ourselves!】

 

ローウェンはスタンドから遮二無二雲を生成し、天球儀を維持しようと試みる。

しかしそれは、生成する端から黒球に飲み込まれていく。光を逃さない黒球は、依然として虚空に鎮座して渦を巻き続けた。

 

「ぐうッッッ!!!」

 

ここに来て、ローウェンに選択肢が現れた。

天球儀を維持しようと膨大なスタンドエネルギーを追加し続けるか、天球儀の維持を諦めてスタンドエネルギーを温存するか。

一見後者が正解に見える。しかし、天球儀が解除されたらそもそも戦いにすらならない相手であることは明白だった。

 

「クソッッッ!!!なんなんだコイツはッッッ!!!時間稼ぎすらできないッッッ!!!」

 

ローウェンは珍しく声を荒げ、眼球を取り外した執刀医は彫像のように不気味に突っ立っていた。

 

◼️◼️◼️

 

「私が思うに………。」

 

イアンは空中に浮かんで、腕を組んで上を見ながら思考している。

彼なりの持論を展開した。

 

「スタンド使いとは、ウィルスに適応して進化した人類だろう?」

「………?」

 

サーレーにスタンドの原理はわからない。

当然、ウィルスによる進化など知る由もない。

 

「スタンド使いに凶暴な人間が多いのは、当たり前なのではなかろうか?彼らは皆人間ではなく、人間から進化した何かだ。故に無闇に攻撃性が高い。近隣種である人間に対して、本能的な敵愾心を抱く。殺さねば、滅ぼさねば、彼ら自身が滅ぼされる。そう本能で考えているのではなかろうか?」

 

イアンは青白い浄化の炎を、サーレー目掛けて投げつける。

サーレーはコマ送りで軌道と回転を見極め、イアン目掛けて高速で迫った。

 

「もしかしたらウィルスが人間を進化させているのではなく、ウィルスがもともと進化していた人間を選り分けているだけなのかもね。」

「んなわけあるかッッッ!!!」

「ノンノン、マイフレンド。根拠のない否定は、学会ではタブーだよ。人の意見を否定するのなら、相応の根拠を示さなきゃ。地動説だって、長い間否定され続けた。」

 

イアンは浄化の青白い炎を、複数弓なりに打ち出した。それは弧を描いて所構わずに着弾する。

コマ送りになる時間の中で、サーレーそれらをかわして、かわして、かわした。

 

「多くのスタンド使いは人間に擬態して、社会に溶け込んで生活する。それは人間との共生が利益が大きいからなのかね?サーレー、マイフレンド。君はどう考える?」

「俺は人間だ!!!」

「なるほど。君はそういう結論を出したわけか。」

 

イアンはサーレーの返答に、満足げに頷いた。サーレーの答えにも一定の理があると認めたのである。

しかしそれは、イアンの答えを覆すものではない。

 

イアンの周囲に浮かぶ複数の浄化の炎が横長く形態を変化させ、丸鋸のように空を切る金属音を鳴らしながらサーレーに迫った。

サーレーは身を屈め、壁を蹴り、影を残すような速度でそれら全てを滑らかにかわした。

 

「確かに私の説も、仮説の域を出ない。スタンド使い同士が殺しあうことに説明がつかないからね。しかしよく考えてみるといい、マイフレンド。君ほど強い人間はそういないよ?君は逸脱している。」

 

もともと万能性の高かったクラフト・ワークはジョルノに出会い飛躍し、緑色の赤ん坊と融合することによって異常と言えるほどのスペックを有している。それこそ、狂人イアンの土俵で、まともに戦えるほどに。

 

「私は自覚している。私は異常だ。」

 

浄化の炎がイアンの周囲に複数浮かび上がり、それらは融合した。

巨大な青白い腕が虚空に浮かび上がり、それはサーレー目掛けて迫り来る。信じられないほどの質量と熱量を伴っている。

同時に、イアンは白衣を翻した。

 

「ほら、マイフレンド。これが証拠だ。この攻撃を捌けるのは、私は君の他に知らない。」

 

サーレーは恐ろしく集中し、クラフト・ワークは空を飛ぶ青白い腕を空間を固定することによって押し留めた。

さらに瞬間移動によって移動したイアンを目の端に捉え、上体をひねって挟み打つような攻撃を鮮やかにかわした。

 

「………お前のその白衣を翻す動作は、ルールだな?」

「マイフレンド、君は賢そうには見えないけれど、案外と良く見てるんだね。」

 

サーレーも必死だ。普段は気付かないようなことまで敵を観察している。

イアン・ベルモットは前回の戦いで、予備動作なしに瞬間移動を行使した。

 

しかし今回の戦いでは、移動する直前に毎回白衣を翻している。

それは予備動作なしでの瞬間移動は、強力すぎて反則に値するとのイアンの判断だった。

 

「白衣を翻す動作にかかる時間が、およそ0、2秒。これは確かに君のいう通り。私が自身に課したルールだよ。破ったらイエローカード。二枚でこの世から退場だ。」

 

クラフト・ワークは素早く移動し、巨大な青白い腕の射線上から逃れた。

それと同時に巨大な青白い腕は、誰もいない空間を削り取っていく。イアンが指を振って、巨大な青白い腕は霧散した。

 

「じゃあ次に行ってみよう。これはどうかな?」

 

イアンが両手の指で三角形を作り、その先に三角錐の浄化の炎が現出した。

イアンが指を折り曲げて狐を作ると、浄化の炎は狐の姿に変化した。

 

「追尾する炎だ。コン!」

 

イアンが両手の指でそれぞれ狐を作り、浄化の炎が二尾の狐になってサーレーに迫り来る。

イアンが唐突に指を蝶々に変形させると、それはサーレーの目の前で融合して一匹の巨大な蝶へと変形した。

 

「君たち暗殺チームは、実力が高くなるほどに神格視される。強くなるほどに神に近づいていると、みんなきっとそう認識しているんだろうね。本当は君たちも、私と同じことを考えているのだろう?スタンド使いの進化の行き着く先が、どこなのか。」

 

蝶はサーレーの眼前で突如羽を広げ、サーレーはそれに目を奪われた。

羽がサーレーの視線を遮った瞬間にイアンは白衣を翻し、サーレーの背後に回って背中に蹴りを放った。

 

「グッ………!!!」

「マイフレンド、君は搦め手にそこまで強くないようだね。」

 

サーレーは蹴られて床を転がり、青白い蝶はその場で爆発した。

それはサーレーを巻き込んで、サーレーは体に火傷を負った。

 

「まあ二度通用する攻撃だとも思えないが、新鮮だろう?」

 

イアンは指揮者のように腕を振り、浄化の炎が周囲に現れた。

それは燃焼し、熱で周囲を揺らめかせている。

 

「………。」

 

サーレーは火傷を無視して立ち上がった。致命傷には程遠い。

強い。攻撃が非常にトリッキーなのは、イアンの性格的なものだろう。厄介なそれを差し引いてもイアンの操作する炎は柔軟性が高く、妄想を形にするこの空間はイアン・ベルモット本体と信じられないほどに相性がいい。前回の戦いに比べて、わずかな期間で戦い慣れている。しかも、まだこれが底だとも思えない。

 

暗殺チームは後がない最終手段であるだけに、戦闘能力と万能性が重視される。サーレーはそれなりに腕っ節に自信があったし、過去に死線を乗り越えたという自負があった。しかしそれでも、今回の敵は底知れない。理解が出来ない。

何しろ殺し合いを遊びと称して、自身に不利になり得るルールを勝手に自分に課しているのである。

 

サーレーは、無意味な思考を振り切った。

考えても事態が好転しないのならば、考えても無駄だ。サーレーに出された至上命令は、目の前の男の処分。

それを倒す手段であればいくらでも考える意味があるが、どうせ見えないだろう敵の底力を推し量る意味は無い。

 

「さてお次は、これでどうだろう?」

 

浄化の炎が揺らめき、部屋の隅に待機しているマネキンの顔をそっと撫でた。

それはドロリと変形し、チョコラータの顔を象った。

 

【おいイアン!!!テメーなんてマネをしやがるッッッ!!!】

 

チョコラータの顔面に、首から下は全裸のマネキン。非常に奇怪で、不気味極まりない。

 

「彼はマイフレンド、チョコラータ。とは言っても、本物じゃあないけどね。」

【アハハハハハハハハハハ!!!】

 

マネキンのチョコラータは、馬鹿笑いをした。

浄化の炎は片っ端からマネキンの顔をそっと撫で、それは次々と顔が変形していく。

 

【俺は帝王だッッッ!!!俺の人生は、永遠の絶頂だッッッ!!!アハハハハハハハハハハ!!!】

【ボスッッッ!!!俺たちは二人揃えば無敵だッッッ!!!アハハハハハハハハハハ!!!】

【ヘイ、ユー。レッツパーリー!!!アハハハハハハハハハハ!!!】

 

マネキンは次々とサーレーが見たことある顔やそうでない顔に変形していき、それはことごとく馬鹿笑いをする。

馬鹿笑いの狂ったオーケストラ。イアンは指揮者のように、軽やかに腕を振るった。

 

「彼らは皆、私が過去に生き返らせたことがある者たちだ。マイフレンド、私を倒したければ、まずは彼らを乗り越えたまえ。」

「………。」

 

サーレーは唖然として、三十体ほどのマネキンが次々に顔を変化させていく様を見ていた。

 

「なあに、ビビる必要はないよ、マイフレンド。これはラスボスと戦う時の演出の一環に過ぎない。彼らは皆、スタンドを使えない。本命はあくまでも私で、ただ単にラスボスらしい演出をしてみただけさ。前からずっと憧れてたんだよね。」

 

イアンは楽しそうにうっすらと笑い、サーレーにウィンクした。

彼の前に、およそ三十体のマネキンが整列した。

 

◼️◼️◼️

 

マリオ・ズッケェロは困惑した。

 

「よぉ。………やっぱし来るよなぁ。」

 

オリバー・トレイルは頭を掻いて苦笑いして、まるで旧知の友にするように片手を上げている。

自分から姿を見せた敵に、ズッケェロはそれに一体何のメリットがあるのかと訝しんだ。

 

「テメエ………どういうつもりだ?」

「おおっと、ストップ。そこでストップだ。」

 

回転木馬はズッケェロを鋭くにらみ、マリオ・ズッケェロは五メートルほどの距離を置いて停止した。

 

「なぁに。殺し合いをする前に、最後に意思の疎通を図る意味があると思ってな。」

「意思の疎通?」

 

相手は赦されざる者に与する人間で、今さら意思の疎通をする意味があるとはズッケェロにはとても思えない。

オリバーは人懐こいような、胡散臭いような、諦めたような微妙な笑いを浮かべている。

 

「俺の人生、先はそう長くない。」

「!?」

 

いきなり告げたオリバーの言葉に、ズッケェロは戸惑った。

相手の意図が見えてこない。

 

「お前、戦わずにバックれる気はないか?」

「ふざけんなッッッ!!!」

 

思わず詰め寄ろうとしたズッケェロを、オリバーの背後にある回転木馬の重圧がその場に押し留めた。

ヘラヘラと笑うオリバーの後ろの小型の回転木馬が、無闇に大きく見える。

 

「………大したことじゃねぇよ。どうせ俺の先はそう長くない。そんな俺に付き合って、お前まで一緒に破滅する意味はないだろう?」

 

オリバーはもともとは、真っ当な感性を持つ人間だ。

オリバーは殺人を幾度も犯しているが、それはイアンに目をつけられて先のない人間に対してだけだ。

実際どうかはわからないが、オリバーはそれが彼らへのせめてもの救いになると、そう信じていた。

 

故にイアンに目をつけられていない人間を、無意味に殺そうとは思わない。

わずかな延命であったとしても、無意味な提案だったとしても、目の前で破滅しそうになっている人間がいたら押し留めようとする。

 

「お断りだ!!!俺は俺の任務を全うする!!!」

「はあ。やっぱそうだよなぁ。」

 

オリバーはため息をついた。

 

「俺なりに必死に前へ前へ進んできたんだが、もうどうしていいかわかんねぇんだよ。進んだ道が正解だったのか、致命的な間違いだったのか。他に方法がなかったのか?何もかもがわからねぇ。だから………。」

 

マリオ・ズッケェロはジリジリと、オリバーとの距離を詰めにかかった。

 

「どうやっても、一度きりの人生。わからなくても、結局は前に進むしかねぇ。這いずっても、苦しくても、死にそうになっても、生きている限りは結局それしかない。俺はそう開き直った。だから向かってくる人間がいたら衝突するし、俺から道を譲るつもりは微塵も無い。」

 

オリバーは自身の背後の扉を開いて内部に入り、扉を閉めた。

 

「はッッッ………!!!」

 

回転木馬は消失し、それと共にズッケェロの記憶が消え去る。

ズッケェロは、オリバーを追いかけようと扉に手をかけている。

記憶は消えたものの、自分が何を行おうとしていたのかは推測できる。

 

………この先にいる。

ズッケェロは、懐の冷たく重い感触を強く意識した。

それはズッケェロが怪物木馬に対抗するためにグイード・ミスタから借り受けた、お守り。

 

目の前の扉は、死出の旅路へと続いている。黄泉へと繋がる門。

それは恐ろしく重く、心の底が震えるほどに冷たく、緊張で汗が垂れて歯がカチカチと鳴った。

ただ開けるだけの扉が、信じられないほどに重い。心が凍えるほどに冷たい。

 

ズッケェロは、長く付き合いのあるサーレーのことを考えた。

彼は今現在首謀者と対峙し、死に物狂いで戦っているはずだ。

………ならば、自分だけ死を恐れて立ち止まっているべきではない。

 

仲間のことを考えれば、ボスのことを考えれば、守るべきもののことを考えれば、たとえ死出の旅路だろうと勇気が湧いてくる。

その勇気がたとえ、錯覚であったとしても、ただの強がりだったとしても。嘘でも錯覚でもそれを頼りに立てるのならば、酔って狂って這いずって、強がりで笑って必死に前へと進もう。

 

人は希望があるから、前へ進める。

彼らの希望が黄泉の門のその先にしか存在しないのであれば、それすらも超えて行こう。

 

ズッケェロは必死に、己を奮い立たせた。

ズッケェロは覚悟を決めて、力を込めて目の前の扉を開いた。

 

◼️◼️◼️

 

【予想外なことを楽しむ、か。】

「う………。」

 

執刀医は、目の前で鋼鉄製の拘束具に拘束された男に目をやった。

地面に落ちてばらけた顔面を拾い集め、頭部において接着していく。

 

【痛くはない。怖くもない。ただただ、予想外だった。君が強いことは知っていたのにね。】

 

黒球を発動した執刀医。

それはローウェンの天球儀を瞬く間に吸い込み、打つ手を制限されたローウェンはひたすらに天球儀の維持に努めた。

そしてやがてそれすらも困難になった時、彼は残された全ての力をかき集めて漆黒の殺意へと昇華させ、死に物狂いで執刀医に攻撃を仕掛けた。

 

その行動は執刀医にとって想定の範疇であり、しかしその威力は想定外だった。

ローウェンのハイアー・クラウドのしなる腕は執刀医の予測を超えた速度で迫り、その威力は顔面を粉々に砕き、砕いた後に雷霆がその場で弾け散って執刀医の体を粉々にした。砕け散った執刀医は己の体を拾い集める必要があり、それに予想よりも時間がかかってしまった。

 

ローウェンは敗北したが、捨て駒として可能な限りの時間を稼ぐという目的は遂行した。

そのさほど長くない稼いだ時間に、いかほどの意味があるかはわからない。意味が無いかもしれない。

執刀医は楽しそうに、拘束されたローウェンに笑いかけた。

 

【じきに君の敵がくる。さっきの技は、さすがにもう使用不可能だろうね。まあもう少しだけ時間に余裕があるから、それまではゆっくり休んでおきなよ。】

 

予想外を楽しむ。イアンがずっと前から、大切なことのように繰り返していた。

自分にも果たしてそれが楽しめたのだろうかと、執刀医は首を傾げた。

 

【ここはイかれた世界。狂った煉獄。強い者が生まれ、そして狂った願いを叶える世界。お客様、ぜひごゆるりと楽しんでいってくださいね。】

 

執刀医は拘束されたローウェンに慇懃無礼に一礼をすると、地面と同化してニュルリと何処へともなく消え去った。

 

◼️◼️◼️

 

狂者の煉獄は、強者の煉獄。

全ては強い者が優先され、そして生まれる。

強者が我を通し、そして踊り狂ったその挙句に何も残らないという不毛な理論で運営されている。

 

「………ッッッ!!!」

「はああッッッ!!!」

 

リュカ・マルカ・ウォルコットのスタンドが、身を低くかがめて徐倫めがけて突進をした。

徐倫はアクロバティックな動きで蹴りを放ち、当たった反動で身をかわす。

 

「ああああッッッ!!!」

 

上空からストーン・フリーの鋼鉄の糸が降り注ぎ、リュカのセミの幼虫のようなスタンドの背中に突き刺さった。

それは鈍い音を立て、リュカはわずかに表情をしかめた。

 

「浅いッッッ!!!」

 

徐倫の予想よりも攻撃は浅く、リュカは上空から自分の背中に降り落ちた糸を引っ張った。

徐倫は糸を自分から切断し、出血しながら致命的な事態に陥るのを防いだ。

 

「………!!!」

 

リュカが素早く徐倫に向けて突進し、徐倫は全身を糸にして世界に溶け込んで逃げようと試みた。

しかし糸の一部をリュカのスタンドに素早くつかまれ、リュカのスタンドのストローを突き刺されようとしている。

それが刺されたら体内をかき混ぜられて爆弾にされてしまう。敗北確定だ。

 

糸の切断が間に合わないと判断した徐倫は、ストーン・フリーの拳を強く固めてリュカの顔面めがけて殴りかかった。

しかしそれはリュカのスタンドであるケミカル・ボム・マジックの片腕にやすやすと弾かれてしまう。

そのまま敵のスタンドの顔が動き、ストローが徐倫めがけて突き出された。

 

「徐倫、大丈夫かッッッ!!!」

「ウェザー!!!」

 

徐倫の戦いを気にかけていたウェザーは徐倫の危地に割って入り、ウェザー・リポートの拳がリュカのスタンドを殴り飛ばした。

 

リュカのフードが取れ、マスクが落ちて、死人のようなその凶相が露わになる。頬はこけて不健康な土気色をし、顎は多量の糸で縫いつけられてそれでもまだひどく形が崩れている。鼻も溶け落ち、黒い白目の中央に三白眼の青い瞳、頭部に髑髏と龍のタトゥー。多数のピアス。

その形相を見て、徐倫はファッション雑誌によくある骸骨のアクセサリーを思い出した。

 

「そっちは大丈夫なの?」

「何とも言えない。雲が使用不可なのがどうにも。しかし乱戦に持ち込むしかないだろう。」

「アナタッッッ!!!」

 

ウェザーが徐倫と背中合わせに立ち、ベロニカがリュカに駆け寄った。

リュカは首を鳴らして、ゆらりと幽鬼のように立ち上がった。

 

「行くぞ。」

「ええ。」

 

徐倫が前に出て、ウェザーが後ろでサポートをする。

起き上がりで体勢を立て直しきっていないリュカは徐倫のストーン・フリーの突貫によろめき、ベロニカがリュカのサポートに回る。

不得手とするベロニカに陣取られ、徐倫はリュカに追撃できない。

 

「馬鹿なッッッ!!!」

 

ウェザーが突然叫んだ。

 

「どうしたのッッッ!!!」

「雲が使用可能になっている!」

 

ウェザー・リポートが雲を使用可能になった。

それは戦局を有利に運びうる好条件であるが、それだけではない。

 

「いくらなんでも早過ぎるッッッ!!!」

 

フランシス・ローウェンは執刀医の足止めのために招集された人員だ。

その至高技の片割れ天球儀は、近隣の雲を辺り構わず自分の技の一部として支配下に置くという特性があり、ウェザーが雲を使用可能になったということはローウェンの天球儀が解除されたということに他ならない。

 

そこは負けても許される戦局であり、大勢を決しない。

敵は得体が知れない強力な存在であり、手出しが不可能ならば放置する他に手立ては無い。

それでもローウェンはヨーロッパ裏社会伝説の男であり、それがこうも短時間の足止めしか叶わなかったという事実がウェザーに精神的なショックを与えた。

 

「ウェザー、落ち着いて。私たちは私たちにできることをやるしかない。」

「………ああ。」

 

ウェザーは目を細めて、彼我の戦力を分析する。

空条徐倫とウェザー・リポート。対するはリュカ・マルカ・ウォルコットとベロニカ・ヨーグマン。

戦闘の相性で見ればウェザーはベロニカと相性が良く、徐倫はリュカと相性がいい。しかしリュカがなぜか強化されており、綱渡りの互いの支え合いの戦い以外の選択肢は取れない。雲が使用可能になったことはこの戦局において大きなプラス要素であり、ウェザーはベロニカの相手をしながら徐倫のサポートに回る必要がある。

 

「はあッッッ!!!」

 

徐倫が前に出て、それに反応したリュカが右腕を突き出した。

徐倫のストーン・フリーは滑らかに空中で解け、鮮やかに収束してリュカの全身を拘束する。力任せにリュカはそれを振り解こうと試み、それをいなすように徐倫は拘束に遊びを作った。

 

「!!!」

 

力を逃がされてリュカは体勢を崩し、ウェザー・リポートが追撃を試みる。

しかしベロニカがリュカのサポートに回り、徐倫を溶かされないためにウェザーは咄嗟にアルカリの雨を降らせた。

 

「………!!!」

 

体勢を立て直したリュカが、徐倫を仕留めようと空に浮かぶ糸に右手の指を伸ばした。

それに対応するためにストーン・フリーの上半身が束ねられ、糸がリュカの右腕の関節に絡まった。

 

「………ッッッ!!!」

 

リュカは束ねた糸を関節に絡められたまま腕を力任せに動かし、徐倫はそれに引きずられる。

ベロニカの酸の甲殻類もすでにリュカの体を這い上がってきており、危機を察知した徐倫は即座に絡まる糸を解いて退避しようとした。

 

「グッ………!!!」

 

ウェザーが徐倫の危機に降り注ぐ雨に電流を流し、神経の命令が阻害されたリュカと徐倫は揃って一時的に硬直した。

ウェザーはリュカに攻撃しようと前に出て、それを押しとどめるべくベロニカも同時に前に出る。

 

「どけッッッ!!!」

 

ベロニカの不定形のスタンドは、殴りかかるウェザー・リポートの拳をすり抜けた。

ウェザーの拳は、酸に焼かれて爛れた。

 

「あああああああああああああッッッ!!!」

 

しかしウェザーは痛みを無視して小型の積乱雲を生み出し、ベロニカのスタンドの内部に電流を流した。

ベロニカの体内を電流が蹂躙して、爆ぜてタンパク質の焼ける匂いがした。

 

「徐倫ッッッ!!!」

 

リュカがウェザー・リポートの殴りかかる右手を右手でつかみ、その隙にリュカの背後に徐倫が現れた。

二人は目で通じ合い即席の連携を組み上げ、挟み込んでリュカと拳を幾重にもかわした。

 

「何があったッッッ!?なぜコイツはこんなにも強化されている?」

 

リュカは二対一の攻撃をさばき、ベロニカが復帰して再び乱戦へと戻る。

先の見えない戦いにウェザーが詰将棋のように戦局の推移を想定しようとしたときに、唐突に変化が訪れた。

 

【Hello!Everyone.やあやあ、みんな戦いに熱が入っているね。】

「馬鹿な………。」

 

ウェザーの額に、冷たい汗が流れた。

それはローウェンが押しとどめるはずだった、敵方最大の不確定要素。

不確定要素だが、ローウェンをもってしても短時間の足止めしかできない相手。

未知数ながらも、恐ろしいほどの実力を持っていることだけは確定している。

 

【リュカ、君の準備ができたよ。さあ、行って因縁に決着をつけてくるといい。】

 

唐突に地面から現れた、新たな敵。

機械の体、ネジの無くなった黒ずんだ不気味な瞳、鋼鉄の心臓、白衣を羽織り、無機質な表情をしている。

表情が読めず、何を考えているのかさっぱりわからない。

 

ウェザーは困惑し、狼狽し、動けなかった。

リュカは無言のまま執刀医の側に近付き、二人はそのままどこかへと向かって歩いて去っていく。

 

「ま、待てッッッ!!!私を置いていくな!!!」

 

ベロニカのその言葉に執刀医はしばし思案すると、リュカに耳打ちして場所の指示を出した。

 

【OK!配役チェンジだ。ここから先は、私がリュカの代わりを果たそう。彼には彼の、戦いがある。】

「嫌だッッッ!!!キモいッッッ!!!お前と共闘なんか、断るッッッ!!!」

 

ベロニカが高らかに、駄々をこねた。

 

【まあそう言わずに。私も出来るだけリュカの能力を模倣できるように頑張るよ。】

 

得体の知れない不確定要素。

リュカ・マルカ・ウォルコットの代わりに、敵方に執刀医が参戦した。

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