噛ませ犬のクラフトワーク   作:刺身798円

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崖から落ちていくマリオ・ズッケェロ

扉を開ければ、そこにノスタルジー。

 

『脳の感情を感じる部分を、麻痺させたらどうだろうか?』

『それは、あなた自身がどうなるかわからない。戦闘を継続できるか疑問が残るし、効果があるかどうかも不確か。一度きりの戦いで、それは勧められない。見えない不確かなものを信じるよりも先に、目に見える確かなものを信じるべき。』

 

崖の前に立つマリオ・ズッケェロは、背中を押された気分だった。

地面がどんどん近付いてきて、落下する速度はどんどん上昇していく。

彼はどこまでもどこまでも落ちていき、やがて地面に潰されて死ぬ。その未来が鮮明に見える。

 

『それを望んでいたんでしょ。誰かが崖っぷちから背中を押してくれるのを。』

『………ああ。』

 

嫌な役を任せてしまった。

しかし彼女は、さすがに的確だ。必要とあらば、ためらわずに背中を押してくれる。

 

それは、マリオ・ズッケェロが望んでいたことだ。

一人では怖くて、答えを出す勇気がなかった。死ぬのが恐ろしくて、ずっと迷い道を行ったり来たりしていた。

道の先に明確に死が見えていて、そこに向かうために他の道があるのではないかという言い訳に逃げそうになっていたのだ。

 

『聞く限り、ズッケェロさんの解釈でほぼ間違い無いと思う。その人、とんでもない怪物だよ。』

『………。』

 

幽霊となったジェリーナ・メロディオは、戦いに赴く悩める兵士たちの相談役となっていた。

いつもは不安を紛らわせるために人が訪れるそこには、今日はマリオ・ズッケェロただ一人。

最終決戦に向かう彼らに、ミスタが気遣って指示を出したその結果だった。ポルナレフも気を利かせて、その場を離れている。

 

『死んで始めて道は開かれる。………ズッケェロさん。』

 

ジェリーナ・メロディオは躊躇った。

彼岸と此岸の境目、それは間違いなく死線と呼ばれるものであり、超一流の殺し屋はほとんど例外なくそれを乗り越えている。

その境目で此岸に留まることが出来た者だけが、死を乗り越えた一流の殺し屋として名を馳せる。

一体彼女に、どれほどの助言が出来るというのか?嘘や気遣いには何も意味が無い。

 

メロディオも暗殺チームに所属したての新人の頃、マドリードでの銃撃戦でそれを乗り越えている。

フランシス・ローウェンでさえ、最初のリュカ・マルカ・ウォルコットとの戦いは間違いなく死線であった。

サーレーもグリーンドルフィンストリート刑務所ですでに死線を乗り越えており、ズッケェロはその戦いでは怪我で見学に徹していた。

それでもイタリアの異変では、ズッケェロも命懸けで戦った経験がある。

 

とは言え、あまりにも分が悪い。

よくて相打ち。しかし相打ち上等。相打ちでも敵を倒しさえすれば、死後のズッケェロは英雄として称えられる。

相打ちだったら勝ちだと胸を張る破れかぶれの戦いで、相手は恐らくはローウェンクラスの才能を持つ怪物。

マリオ・ズッケェロは、絶対に生きては帰れない。

 

そもそもがおかしいのだ。

マリオ・ズッケェロはそこそこの期間を殺し屋として、パッショーネに専門の教育を受けてきた。

必死に努力して、学び、苦しみ、ようやくサーレーを補佐できる、肩を並べられると胸を張れるだけの自信が持てた。

 

それが、なんの教育も受けていないただのトチ狂った一般人。

戦い慣れた、マフィアやギャングですらない。

 

ただただ苦しみに流され続けて、人生に翻弄され続けて、転び立ち上がりを繰り返した結果、それはホル・ホースとマリオ・ズッケェロを手玉に取る真性の怪物へと成り上がった。訓練を受けていない一般人が、ヘラヘラ笑ってプロの殺し屋を手玉に取っているのだ。

 

異常な耐久力、異常な応用力、異常な胆力、異常な戦術柔軟性。

その存在の何から何までもが異常。

 

本来は殺す方と殺される方の関係のはずだ。それが一体どれだけ異常なことか?

鯉はまさしく、龍と成ったのだ。

 

それがオリバー・トレイルという存在。

真性の稀代の怪物、理不尽の権化、まごうことなくローウェンと双璧をなす才能の麒麟。

 

回転木馬は攻撃であり、防御であり、逃走手段であり、技術である。

怪物は相手の感情を自在に揺さぶり、無理やり隙をねじ込んで背後から銃口を向けてくる。

 

『死なないで、とは言わない。私たちは暗殺チーム、死ぬのも私たちの仕事の一部。でももしもあなたがそれを生きて乗り越えることが出来たなら………。』

『出来たなら………?』

 

マリオ・ズッケェロはメロディオに続きを促した。

 

『きっとあなたは化ける。あなたの異名は、あまねくヨーロッパの恐怖の代名詞になる。』

 

それは二頭の殺意の龍同士の殺し合い。

空を征く二頭の龍が激突して、負けた方は闇に溶けて消え勝った方が天へと上る。

 

『死んで始めて道は開かれる………。』

 

ズッケェロは、メロディオの言葉を復唱した。

マリオ・ズッケェロの瞳に、静かに漆黒の意思が宿された。

 

◼️◼️◼️

 

扉を開ければ、そこにノスタルジー。

その先に終焉が待ち受けていたとしても、ズッケェロには扉を開く以外に選択肢は存在しない。

 

回転木馬は荘厳に部屋の中央に鎮座し、ひたすら周囲に凶悪な感情を振りまいている。

ひどい倦怠感だ。マリオ・ズッケェロは、頭を振った。

 

意識がはっきりしない。思考が定まらず、頭がぼんやりする。朧だ。

体がだるくて熱い。しかし、心は異様なまでに寒い。

 

「ラスト・メモリー、虚無の記憶。」

 

目の前には重厚な存在感を放つ小型の回転木馬。

口を開けて、真正面からズッケェロを見下ろしている。

 

「まあしんどくてやる気出んだろ。しばらくゆっくりしていきな。」

 

茶髪の軽薄そうな中年男。外見からは、とても強そうに見えない。

しかしてその実態は、訓練された殺し屋を手玉に取る最強クラスのスタンド使い。

 

オリバーはズッケェロにそれだけ告げると、部屋から入れ替わりに退出していく。

残されたのは吠え猛る回転木馬と、意識のボヤけたマリオ・ズッケェロ。

 

体がだるくて熱い。しかし、懐だけは妙に冷えこんでしまっている。

その寒さが、妙に空恐ろしい。

 

「………もうダメだ。」

 

ガチガチに震えるズッケェロは、無手で生きる寒さを知った。

涙は止まらず、ひどい虚無感を感じるのに苦しみだけはいやらしくジクジクと心を責め苛み続ける。

 

妻は交通事故で死んだ、息子は難病で払えない大金が必要だ。

社会には盗人と後ろ指を指され、時間は時限爆弾となり安らぎを与えてくれない。

 

オリバー・トレイルの苦しみの記憶。

彼が邪神にでも縋ってしまう気持ちが、マリオ・ズッケェロにも深く理解ができた。

邪神に縋った末に、彼の一番大切なものだけは守られたのだ。社会はそれを守ってくれなかった。

そしてオリバーは、その対価として邪神に忠誠を差し出した。

 

「寒い、寒い、寒い………。」

 

心が壊れるかと思うほどの苦しみと、愛する者を無くした虚無。

それは体にも変調を及ぼし、寒さと暑さが交互にやってきてはズッケェロのぼやける意識を時折いやらしく刺激する。

 

倒れて寝たままでいたいのに、起きないといけないという義務感。

急がないと、息子にはあまり時間がない。ほら、早くしろ!

 

嗚咽が止まらない。何を考えていいかすらも考えられない。

頭が痛く、現実の苦しみの中を都合のいい幻覚が時折差し込まれる。

そのギャップが、現実に戻った時にズッケェロに余計に苦痛を与えてくる。

 

目の前の回転木馬は、優しく微笑んでいる。

もう疲れただろう?全てを忘れて寝てしまえ。誰もお前を責めたりはしない。

その誘惑に負けてしまえば、起きた時に全てが手遅れになってしまう。

わかっているのに、その提案は非常に魅力的で抗い難い。

 

「あああああああああああああッッッ!!!」

 

狂気と失う恐怖。

死に物狂いで立ち上がろうとする意思と、それに意味はないのではないかという恐怖。

それは交互にやってきて、ズッケェロの意思をひどく揺さぶる。

 

息子はお前には救えない。お前に為せることは何も無い。

回転木馬が嘲り笑っているように、ズッケェロには思えた。

 

「嫌だ嫌だ嫌だッッッ!!!」

 

何も役に立てないのは、認められない。

駄々をこねる子供のようにみっともなくズッケェロは喚き散らし、そしてまた急に虚無感が現実味を帯びてきた。

ひどく精神を揺さぶられる。精神が不安定な危険な状態だ。

 

「………死のう。」

 

死出の旅路を行こう。黄泉の門を開こう。仲間のために、死ぬことを覚悟しよう。

その先にしか、希望が存在し得ないのだから。

 

………それで始めて、先へと進む道が開かれる。

光源のない暗闇の地雷原を、目を瞑って死に物狂いで突っ切るしか出来ることがない。

 

マリオ・ズッケェロは懐に入れた、黒く光る拳銃を取り出した。

それはグイード・ミスタに頼み込んで、無理を言って借り受けた物。

 

床に蹲るズッケェロは自身の腹部に銃口を当てて、弾倉に込められた銃弾を全弾発射した。

あたりに血液が飛び散って、周囲の赤黒い床をなおも赤く染めていった。

 

◼️◼️◼️

 

リュカ・マルカ・ウォルコットは、目の前の光景にしばし思案した。

仇敵フランシス・ローウェンが拘束具に拘束され、みっともなくもがいている。

 

………この状況で、殺すのは簡単だ。選択権は彼にある。

執刀医はそれを見越して、リュカに彼を譲渡した。

 

憎い相手、恨みのある敵。この男のせいで、リュカは全てを失った。

彼は復讐のためにイアンに頭を垂れ、今までずっと時を待っていた。

 

「………。」

 

殺せばそれでお終い。

リュカはこの先の戦いを絶対に生き残ることはできなくなる。

彼がこの先を生き抜く可能性があるのは、真っ向勝負でローウェンを捩じ伏せた場合だけである。

それで始めて、イアンにリュカの強さを証明することが出来る。

 

こうなってしまうと、裏社会にその名を轟かす男であっても非常に無様だ。

ローウェンにはスタンドエネルギーもろくに残っておらず、ただただ現状をなんとか打破しようとリュカの目の前で無駄な足掻きをしている。

 

ーー君へのささやかなプレゼントだ。いつだって、行動の選択権は君にある。君がしたいようにすればいい。

 

リュカは、悪魔に試されていることを理解した。

今この時が全て、彼がその哲学を貫くのであれば、迷いなく殺害する場面だ。

しかしその哲学を曲げなければ、彼に先が存在する可能性がゼロになる。

 

リュカはこの時、生まれて初めて未来に思いを馳せていたのかもしれない。

短絡的に殺害して、未来の存在しないままでいいのかと。

或いは一人勝って無人の荒野に佇む未来、それに一体如何程の意味が存在するのかと。

そんなものに意義を見出せるのは、頭がイかれているイアン・ベルモットくらいだ。

 

意義も無く理由も無く道理も無く。存在する未来に価値は無く。

今この時が全てで、恐らくはこれが最後の機会だ。

一度そう考えてしまえば、安易に単純に簡単に答えを出すのは躊躇われた。

 

(最後の戦いだ、ローウェン。)

 

本来リュカは、自身の行動に時間をかけるタイプではない。

しかし彼は、時間をかけて吟味した。

 

選択肢を渡され、そのどれを選ぼうとも自己責任。

人生、自分の行動に自分以外に責任を持つべき人間はいない。

ここにはリュカの行動に口出しできるイアンもいない。

 

リュカが迷った末に出した答えは、自身の自己満足。

どう行動しても選択を誤る可能性は、後悔する可能性は、絶対的に付き纏う。

それはどうやっても消せない。一生付き合っていく以外に方法が無い。

そもそもそれが人生だから。

 

たった一度きりの最後の機会。

ならば一切のしがらみを無視して、どうすれば自分が納得するかを最優先させよう。

後のことは後で考え、今この時にここにいる自分がどうすれば一番満足するか。

 

原初の願い、彼は裏社会で誰にも負けないことを誇りに思っていたはずだ。

無抵抗な人間を、ただ嬲り殺すことに意味が見出せない。満足出来ない。

 

実力で彼を乗り越え、自分が誰にも負けないことを自身に対して証明する。

それが最大の目標であり、それに比べれば他の願いなど全て次善策に過ぎない。

ローウェンに正面から勝てないから、手段を選ばない殺害に拘っていたのだ。

リュカはそれを思い出した。

 

(最後に思いっきり遊ぼうか、ローウェン。)

 

リュカ・マルカ・ウォルコットのスタンドは、力任せにローウェンを拘束する拘束具を引き千切った。

因縁の最後の戦いが始まる。

 

◼️◼️◼️

 

【よし、ベロニカ。力を合わせて奴らと戦おう!!!】

「来るな来るな、近寄るな!わぁぁぁぁ!!!」

 

ベロニカの近くに立つ執刀医は、リュカのスタンドを真似て自分の口腔部をストロー状に変形させた。

それを見たベロニカは、気持ち悪がって執刀医から咄嗟に後ずさった。

 

【いや、これ君のダンナのスタンドの真似だけど?】

「やめろ、寄るな!!!キモい!!!アイツを倒せッッッ!!!」

 

ベロニカは執刀医を気持ち悪がって、徐倫とウェザーに倒すように指示を出した。

二人は仇敵のその行動に、困惑する。なんだコイツ?

 

「やれ!!!私も全力でサポートする!!!三人で力を合わせてあの気持ち悪い機械をぶっ倒すんだ!!!」

 

いや、そう言われてもアンタも敵だろう?何言ってんだ?

徐倫とウェザーは顔を見合わせて、わずかに逡巡した。

 

執刀医の今の外見。

機械の体に黒球の二つの瞳、口はストロー状になっており、血塗れた白衣を羽織っている。

確かにあまり見目麗しい類ではない。ゲテモノの部類だ。

 

だがあんな凄惨な事件を起こしておいて、たかが見た目が気持ち悪いくらいでなぜこの女はこんなにも拒絶反応を起こしているのか?

お前は裏社会の臓器密売組織のボスではなかったのか?

お前のスタンドも見た目が気持ち悪いのだが?

徐倫とウェザーは、揃って首を傾げた。

 

ウェザーは黙って、ウェザー・リポートでベロニカの顔をぶん殴った。

 

「ぶえッッッ!!!何をするッッッ!!!」

【ホラ、言わんこっちゃない。さっさと二人がかりで戦うよ。】

 

ニュルリと執刀医はベロニカの横に立ち、ベロニカはやはり後ずさった。

生理的に受け付けないものは、受け付けない。どうやっても、無理。無理なもんは無理。絶対に無理。

 

「オラァッッッ!!!」

「ぐぇッッッ!!!」

 

徐倫のストーン・フリーが、糸を束ねた拳を振り切った。

それはベロニカの顔面をとらえて、吹き飛ばした。

 

【大丈夫かッッッ!!!】

 

執刀医は徐倫ウェザーコンビと、ベロニカの間に颯爽と立ちはだかった。

白衣をはためかせ、まるでヒロインを救う正義のヒーローのように。白衣血塗れてるけど。

 

「うわぁぁぁぁぁッッッ!!!」

【あ、これ嫌いなやつだ。】

 

しかしベロニカは気持ち悪がって、味方であるはずの執刀医にスタンドで攻撃をしかけた。

無数の甲殻類が執刀医の体にたかり、機械の体はみるみるうちに錆びて黒ずんでいく。

 

【はぁ。こうも予想外のことが立て続けに起こるのはどうにもなぁ。………仕方ないか。】

 

執刀医はため息をつくと、ベロニカの顔を一瞥した。化粧が剥げている。

彼女は失っても、痛くも痒くもなんとも無いコマだ。決断は簡単だった。

 

【じゃあ頑張ってね、君一人じゃあかなり厳しいだろうけど。】

「え………?」

 

執刀医はニュルリと地面と同化して、その場から消え去った。

一人になったベロニカに、徐倫とウェザーはジリジリと詰め寄っていく。

 

「ま、待てッッッ!!!話せばッッッ!!!話せばわかるッッッ!!!」

 

絶対に話しても分かり合えない。

しかし投降するのであれば、この場で戦いを続ける意味はなくなる。

戦力に余剰が出来て、ほかのアクションを起こす余裕が生まれる。

負けられない戦いでコマに余裕ができるのは、非常に大きな意味を持つ。

 

「じゃあアンタは、私たちにおとなしく投降するのね?」

「それは嫌だッッッ!!!」

 

最大限温情をかけた措置で、この返答である。

徐倫の目は、点になった。

 

「じゃあ戦いの続きだな。」

「ま、待てッッッ!!!落ち着けッッッ!!!ひとまずは、落ち着けッッッ!!!」

 

落ち着きがないのはお前だという言葉を、ウェザーはグッと飲み込んだ。

 

「二択だ。大人しく投降するか、戦いを続けるか。」

 

ベロニカも投降したところで、自分に先がないのは理解している。

しかし戦ったところで勝ち目は薄く、どちらの選択肢も選べない。

その結果が、見苦しいとも言える悪足掻き。どちらの選択も選べないのだから、どうにかして第三の選択肢を作り出すしかない。

投降した後で隙を見てどうにか逃げ出せないか、ベロニカは思案した。

 

「ち、ちなみに投降した場合は?」

「パッショーネを通じて、すでにお前の情報は入ってきている。専用の薬剤を投与させてもらう。」

 

ベロニカ・ヨーグマンは特異体質であり、通常の薬剤が効かない。

そのために過去の事件の資料をもとに、パッショーネで特殊な薬剤を制作済みだった。

拘束しても無駄な彼女を二人がかりで厳重に監視し、彼女が無力化されたことを確認してほかの戦局のサポートに回る。

多少時間は食うが、それが現状のベストアンサーだ。

 

「私を薬漬けにして、どうしようってんだッッッ!!!この変態ッッッ!!!」

「拘束。」

 

徐倫が、普通に返答した。

 

「拘束のちにパッショーネで協議。処分するかその他の対応するか、そこで正式に決定される。」

 

ウェザーも、冷静に通達した。

ベロニカの顔が真っ青になった。

 

「や、やめろッッッ!!!ナシだナシッッッ!!!この人でなしッッッ!!!」

「じゃあ戦闘の続きだな。」

 

人でなしはお前だと、突っ込む時間ももったいない。

ウェザーが一歩前に出て、ベロニカは一歩後ずさった。

 

「待て、話せばわかる、話せばッッッ!!!」

「………時間稼ぎにいつまでも付き合う気は無い。」

 

徐倫が冷酷に宣言し、ベロニカは視線をさ迷わせた。

彼女の脳はフル回転し、結果一つの結論を導き出した。………三十六計、逃げるに如かず。

 

勝てない敵に対する答えは、皆同じ。最後にモノを言うのは自身の脚力!

ホル・ホース流処世術は、もの凄く万能だった。

 

「待てッッッ!!!」

 

ベロニカは唐突に後ろを振り返り、全力ダッシュした。予想よりもずっと足が速い。

彼女が逃げ出したことを理解したウェザーと徐倫は、走って彼女の背中を追った。

 

◼️◼️◼️

 

【ウフフフフ。】

【アハハハハ。】

 

赤黒い部屋で蠢く多数のマネキンは、はっきり言って非常に不気味だった。

顔だけ人間の不気味なマネキンが笑い、サーレーはクラフト・ワークでマネキンの頭を吹き飛ばした。

マネキンのチョコラータの首は吹き飛んで、首から下だけのマネキンがその場に残された。

 

【イヒヒヒヒ。】

【エヘヘヘヘ。】

 

マネキンに戦闘能力はほぼ無い。

ただただ不気味なだけで、首謀者であるイアンのただのおふざけに過ぎない。

サーレーはさらに、ディアボロのマネキンの頭を吹き飛ばした。

 

【オホホホホ。】

 

クラフト・ワークは最後のドッピオのマネキンの頭を吹き飛ばした。

それと同時に、サーレーはイアンへと向き直る。

 

「素晴らしい。さすがはマイフレンド、この程度の相手は物の数では無いね。」

 

敵の思考が全く理解出来ない。ことここに至っても、その狙いがハッキリしない。

マネキンは戦闘力こそ下の下で、クラフト・ワークの相手にもならなかったが、数だけは多くサーレーがそれと戦う隙を突くことができたはずだ。しかしイアンは、戦うサーレーを満足げに観察していただけだった。

 

グイード・ミスタからサーレーへの指示。

敵首謀者の意向を無視するな。それは敵を理解することが敵を打倒することに繋がるという意味であり、しかしサーレーはその言葉にどれほどの意味があるのか判別しかねている。しかし相手はグイード・ミスタ、パッショーネのナンバーツーだ。

彼は戦い慣れた武闘派のスタンド使いであり、サーレーと同じく死闘の経験値を持ち、その彼が真剣にサーレーに指示を出したからにはそこに何がしかの意味があるはずだ。その全てが、サーレーの判断にかかっている。

 

サーレーは、キツく敵を睨んだ。

………サーレーには、現時点でいくつか気になっていることがある。

 

一つ目は、あの不気味な機械のことだ。

あの不気味な機械は、これまでの戦いではこの男のスタンドのフリをしていた。

だが今は、どこにいるのかわからない。前回の戦いでも単独で行動し、今もこの男から独立した行動を起こしている。

パッショーネはあの機械を、敵勢力の最大の警戒対象だと判断している。

 

アレは何だったのか?

一体なんのためにあの機械は、以前の戦いでこの男のスタンドのフリをしていたのか?

 

二つ目は、この男の表情である。

ほとんどのタイミングでニヤケているこの男が、戦いの最中時折わずかに眉を顰める瞬間が存在する。

それはこの男の話術によって巧みに誤魔化されているのだが、しかしそれが気のせいだとはサーレーには思えなかった。

 

三つ目は、なぜサーレーがこの男の宿敵に選ばれたのか?

強いだけならばサーレー以外にも、戦える人間は数多存在する。

それこそ表社会にだってスタンド使いはそれなりにいるはずだ。

それがなぜかこの男は、サーレーを宿敵だと確信している。

 

『物事には須らく、意味か理由のどちらかがある。おじさんが違和感を感じたのなら、そこにはきっと何かの意味がある。』

『今回の敵は、頭のイかれたヤローだ。そこに意味なんてないんじゃねーのか?』

『………その可能性は否定できない。でも、必死に考えることをやめないで。その男を倒せるのは、きっとおじさんだけだから。』

 

それが出発前にサーレーがメロディオからもらった助言だ。

彼女はシビアな裏稼業を、その卓越した頭脳で渡り歩いてきた強者だ。その助言を無碍には出来ない。

 

さすがのメロディオでも、現場にいない状況で完璧な助言は出来ない。

そのせいで言葉のトーンが若干弱気だったものの、その言葉はサーレーの印象に強く残されていた。

 

サーレーが今現在感じている違和感はその三つ。

しかしそれがどういう意味を持つのかは、今のサーレーには判別し兼ねている。

 

「おお、怖い怖い。じゃあ次の遊びだ。これはどうかな?」

 

イアンが指揮者のように腕を振ると、浄化の炎が宙をフラついて動いていく。

サーレーはその動きを警戒するも、それはサーレーとは無関係な方向へと向かっていった。

浄化の炎は複数体のマネキンを融かし、一体のマネキンの獣を生み出した。

 

「次はさっきよりも戦えるよ。まあ君の相手を出来るほどかはわからないけれども。さあ、セカンドラウンド、ファイッッ!!!」

 

マネキンはおよそ三十体。それが十体で一つの物質と変化していく。

三十体のマネキンは、溶けて融合して三体の巨大な虎へと変化した。

 

虎は獰猛に牙を剥き出しにして唸っている。

イアンが戦闘開始の合図をかけると同時に、塩化ビニール製の三体の虎はイアンの部屋をしなやかに跳躍してサーレーへと迫り躍った。

 

「マネキンだけど爪はあるし、牙もある。油断していると君だって大怪我するかもよ。」

 

サーレーに油断は無い。

コマ送りとラニャテーラを同時発動し、短期決着を試みる。

ラニャテーラを受けて虎の動きは鈍くなり、コマ送りを発動したサーレーは上体を動かして襲い来る爪をかわし、口を開けた虎を固定して攻撃を防いだ。そのまま回転して背後に回った虎の攻撃をいなした。カウンターでまずは背後の虎の首を飛ばし、二体目に近場にいる虎の首を落とし、最後に固定した三体目の胴を右腕で串刺しにした。

三体のマネキンはその場で空気が抜けたようにへたり、動かなくなった。

 

「やはりこのくらいでは相手にならないか。」

「………お前自身がかかってこい。」

「………お遊びは次で最後だ。」

 

イアンが腕を指揮者のように振ると、浄化の炎がフラフラと動いて三体の虎を融かした。

三体はそのまま融合して、一体ののっぺらぼうの巨大な女性を象った。

 

「さあ、最後の試練、聖母(サンタ・マリア)だ。それは今までの敵とはちょっと格が違うよ。サードラウンド、ファイッッッ!!!」

 

三十体のマネキンは融合し、巨大な一つの女性となった。

体長十五メートルほど、見上げる高さから巨大なマネキンは腕を振り上げ………その場でそれを強烈に振り下ろした。

 

「あべッッッ………。」

「は?」

 

サーレーは唖然とした。

巨大なマネキンは力任せに腕を振り下ろし、それは宙に浮かぶイアン・ベルモットを蠅のように叩き潰した。

何が起きたのか、意味がわからない。マネキンの腕の下からは、赤い血が流れている。

 

困惑するサーレーを尻目に、手術室の隅に据え付けられた冷蔵庫の扉が音も無く開いた。

 

◼️◼️◼️

 

【さあて、もうそろそろ最終局面も近い。】

 

唐突に建物内部の床から現れた執刀医は、現状を俯瞰した。

彼はイアンに任された煉獄の管理人でもあり、その内部で行われる一挙手一投足が手に取るようにわかる。

 

イアンはサーレーという男と喜んで遊んでいて、オリバーはマリオ・ズッケェロという男と戦っている。

リュカはローウェンとの因縁の決着をつけるつもりでいるし、ベロニカは………。

まああそこはどうでもいいか。なんか助勢も断られたし。

別にムカついてなんかいない!私はいつも平常心だ!

 

【私の役割は………。】

 

執刀医は光を映さない黒球の目で、上を見上げた。

建物の三階では、今現在オリバーとズッケェロが戦っている。

 

【イアンは目的を達成し、私たちの仲間は逃げ延び、私はのうのうと生き延びる。全能の私からの、君たちへのささやかな叡智のプレゼントだ。】

 

執刀医は、建物の内部で不気味に笑った。

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