噛ませ犬のクラフトワーク   作:刺身798円

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マリーシア

「予想外だ。全く驚かないんだね。」

「想定内だ。お前が瞬間移動するところを俺が何度確認したと思っている?」

 

サーレーの背後からイアン・ベルモットが体勢を低くして襲いかかり、サーレーはそれをクラフト・ワークで防御した。

 

「………傷付くな。私が瞬間移動をするためには、白衣を翻す動作が必要だ。」

「俺はお前が予備動作なしで瞬間移動をするところを、以前の戦いで確認している。甘く見るな。」

 

イアン・ベルモットが体を縦回転させて遠心力を伴い、上方からサーレーへと蹴りかかる。

サーレーはそれをクラフト・ワークで腕を交差させて防御し、そのまま固定した。反撃を試みるも、イアンは白衣を翻してその場から別の場所に現れた。

 

「私はルールを破るつもりはない。」

 

イアンはサーレーにそう告げると、腕を振り上げた。

巨大なマネキンの女性像が振り下ろした腕をどかし、その下からは体が潰されて血を流すイアン・ベルモットが現れた。

 

イアン・ベルモットが二人いる。

目の前の宙に浮かぶイアン・ベルモットと、巨大なマネキンの腕に叩き潰されたイアン・ベルモット。

 

サーレーはてっきり、敵が瞬間移動を行使して避けたものだと思っていた。流れる血は何かのトリックだと。

それが、この場にイアン・ベルモットが二人いる。

 

サーレーには何がなんだか、訳が分からなかった。

 

「は?」

「そう、それ!その表情が見たかったんだよ!」

 

サーレーは愕然とした表情をした。

イアンはいかにも残念そうな表情をしていたが、唐突にその表情を明るくした。

 

「いやね、ホラさ。私はあと一人人間を生み出せると君たちにそう宣言していただろう?でも君たちは一回こっきりの決戦を望み、私が一人人間を生み出せることの意味がほとんどなくなってしまったんだ。だからそれなら、君を何とか驚かせられないかなと思ってね。」

 

それは、イアンにとって想定外の事態だった。

深く考えればすぐに気付くことのはずだったのだが、イアンはあまり深く考えなかった。

何度も戦うのであれば戦闘で陥落した人間の戦力補充を行う意味があるが、それはグイード・ミスタの後出しの交渉で思惑を外された。

 

一回きりの決戦で、生み出すのに時間のかかる魂のストックを持ち続ける意味は無い。

ミスタのファインプレーで、イアンの切り札は効力を失った。

 

それならば少しでも面白い使い道はないかと、イアンは無駄に苦心していた。

その結果、サーレーの驚く顔が見たいというそれだけの理由でこんなにもおかしな使用方法になったのだった。

 

イアンはゆっくりと歩き、潰れて死にかけているもう一人のイアンへと近付いた。

 

「介錯はいるかな?まあ何と言うか………同じ人間が二人いると殺し合いになる。私は君を殺したくてたまらないのだが?」

「………それは勘弁してくれ。苦しみこそ、人生。今際の際の苦しみは、人生ただ一度きりだ。是非とも存分に堪能させて欲しい。」

「私ならそう言うと思ったよ。………生み出された恩があるしね。まあどうせすぐ死ぬだろうし、しょうがないから私が我慢しようか。」

 

サーレーには目の前の光景が理解出来ない。

二人のイアンは親しげに話し合い、一人は死にかけて一人は笑っている。

やがて死にかけたイアンの息は弱くなり、脈が弱くなっていった。そしてその死体は、人間を融かす手術室に食われて消えていった。

 

妄想から人間を生み出す、クレイジー・パーガトリィ。

生み出された人間はイアンの妄想の産物であり通常は本人とは微妙に異なるのだが、例外が存在する。

 

それはイアン・ベルモット本人である。本人だけは、イアンそのものとして生まれてくる。

一人一つのスタンドに関しても、イアンのスタンド能力の正体を鑑みれば問題なく目の前の現象を説明できる。

 

しかし、今まで戦っていたイアンは、先程消えていったイアンである。

性格嗜好その何もかもが同じだが、今まで生きていたイアンは死んで消え去ることになる。

それでもそれがルールに抵触せずに可能でただサーレーを驚かせたいというそれだけの理由で、イアンは自分の命をひどく粗末に扱った。

遊びこそ、過程を理由も意味も無くただ楽しむことこそ、人生である。それがイアン・ベルモットの哲学。

 

「さあ、そろそろ真面目に戦おうか?」

 

新たに生まれたイアンは、好戦的に笑った。

サーレーにその思考は、理解出来ない。しかし敵は現にそこにいる。

イアンは浄化の炎を部屋内に浮かべ、白衣を翻した。

 

「………ッッッ!!!」

 

サーレーは素早く気をとりなおして、瞬間移動したイアンの移動先を予測する。

移動先予測、本命、背後。対抗、頭上。穴で左右。サーレーは、瞬時に集中して周囲に意識を張り巡らせた。

 

「ここだよ。」

 

イアンはサーレーの目と鼻の先に現れ、クラフト・ワークは反射で攻撃をしかけた。

しかしイアンは再度白衣を翻し、立て続けに別の場所へ移動した。

 

「クソッッッ!!!」

 

イアンの体で視界を遮られたその後ろから、浄化の炎が複数弓なりにサーレーへ襲いかかった。

それは軌道上視界に入りづらく、イアンに意識を取られたサーレーはどうしても反応が遅くなる。

身をかがめて横っ飛び、サーレーは間一髪でそれらを避けた。

 

「がッッッ!!!」

 

床に近いサーレーの頭を、イアンの膝が上方から重量と共に押し潰しにかかった。

しかしその可能性を予測していたサーレーは、クラフト・ワークで自身の頭にイアンの膝を固定した。

 

「ふッッッ!!!」

 

サーレーは床についた両手の力でその場で回転し、上方に浮かぶイアンを円運動の遠心力で蹴り飛ばした。

イアンは薄く息を吐いて、宙を滑るように吹き飛ばされた。

 

「さすがに強いね、マイフレンド。」

 

不安定な体勢からの無理な攻撃だったため、イアンに十分なダメージは入っていない。

そうでもしないと、瞬間移動できるイアンに攻撃が通らないのである。

しかしそれでも、イアンの口の端から赤い血が一筋流れた。

 

「貴様のような奴でも、血は赤いんだな。」

「私の血が赤くなかったら、私は輸血できずにとっくに出血多量で死んでいるよ。」

 

サーレーは立ち上がり、首を鳴らした。

クラフト・ワークがイアンを指差し、イアンはなおも楽しそうに笑った。

 

「何しろ私は面白そうなことに目がないんでね。何度好奇心で藪を突いて死にかけたかわからない。」

「お前以外の誰もが、その時にお前が死んでればよかったと思ってるよ。」

 

イアンは幾度も白衣を翻して、細かく移動してサーレーに対象を絞らせない。

イアンの部屋ではその能力に制限が無く、イアンが自身に課したルールがなければサーレーはひどく不利な戦いを強いられる。

サーレーはそれが手加減されているようで不快だったが、個人の感情を殺すことなどわけもない。

 

「今まで生きていてよかったよ。今はほら、こんなにも楽しいのだから。」

 

イアンが右手の人差し指を回転させると、周囲の浄化の炎が小分けにされていく。

それは無数の小さな虫に形を変化させて、サーレー目掛けて飛来した。

 

「物量作戦。君はどう捌く?」

 

宙を飛来してくるために、それにはラニャテーラも効果がない。

コマ送りで避けようにも、数があまりにも多すぎる。

 

「おおおおおおおおおッッッッ!!!」

「………満更頭が悪いわけでもないのかな?」

 

虫を避けきれないことを悟ったサーレーは、避けることを断念して自分から虫の群れに突っ込んだ。

下手に防御行動や回避行動をとれば、物量に押し潰される。その判断は一瞬だった。

 

「面白いね。」

 

群れの先頭に衝突した瞬間、クラフト・ワークのスタンドエネルギーが膨れ上がった。

周囲半径二メートルほどの空間を固定し、サーレーは致命傷を避けることだけを考えてイアン目掛けて突っ切った。

 

「思ったよりも速い。」

 

捨て身に近い突貫をしてきたサーレーに、イアンは白衣を翻す余裕がなかった。

イアンは、自身が定めたルールを破るつもりはない。それをやったら、イアンは自分が赦せなくなる。

 

イアンはクラフト・ワークの突き出した拳を下半身を後ろに回転させて、まるで逆回転の逆上がりをするように上方へと逃げていく。

サーレーは部屋の壁に足を固定し、壁を登って逃げるイアンを追った。

 

「逃がさないッッッ!!!」

「ふむ。」

 

サーレーは空中に己の被っていた帽子を投げて、それを固定する。

それを踏み台に足を乗せ、イアン目掛けて跳躍した。

 

「ああああああッッッ!!!」

 

宙に身を投げ出したサーレーのクラフト・ワークと逆さまのイアンは拳を交わし、イアンは力負けして吹き飛ばされて背中を壁に痛打した。イアンは白衣の袖で、口から流れ出る血を拭った。

 

「………クフッ。だが君の距離から逃げることは出来た。前の戦いでも、君は捨て身でかかってきたからね。私だって学習する。」

 

飛来した無数の浄化の炎がサーレーの着地点に集まり融合し、口の形を模してサーレーを飲み込もうとしている。

魂を浄化する炎は、まるで鳥の雛のように口を開けて餌が落ちてくるのを心待ちにしていた。

 

「ああああああッッッ!!!」

 

サーレーは立て続けに首に巻いていたマフラーの端をつかみ、逆の端を宙に浮いたままの帽子に当てて固定した。

それを力づくで引っ張り、無理やり自身の着地点をずらして浄化の炎を回避した。

 

「………やはり君の能力には、応用力がある。近接戦も超一級だし、私の目に狂いはなかった。君は私の最高の敵だ。」

 

衝撃で内臓を痛めて白衣を血で汚したイアンが、瞬間移動して体勢の安定しないサーレーの頭部に体重をかけた肘鉄を食らわせた。

反撃を受けるよりも前に素早く、白衣を翻してその場から逃げていく。

 

「チッ。」

 

額が割れて頭から血を流したサーレーが立ち上がった。

カンノーロ・ムーロロに救われた。サーレーは宙に浮かぶマフラーに目をやって、心の中で先達に感謝した。

 

ーー………それにしても。

 

サーレーに違和感が増えた。

クラフト・ワークは防御に優れたスタンドであり、生身の人間の肘鉄くらいでは頭を割られることはない。

それが現にサーレーの頭には裂傷ができて、血を流している。

さっきからずっとだ。ずっと生身のイアンは、クラフト・ワークにダメージを与え続けている。

 

敵のスタンド能力にしても不明だ。その法則がわからない。

最初はあの執刀医だと思っていたが、敵に出来ることが多すぎて謎は増えるばかりだ。

 

「よそ見をしている余裕を与えるつもりはないよ。」

「クソッッッ!!!」

 

クレイジー・パーガトリィの起こりうる最善の未来の特性で、サーレーの瞼の内に血が垂れて視界が赤く染まった。

視界が制限されたその瞬間に、イアンはサーレーの背後に瞬間移動して強烈に蹴りを放った。

サーレーはつんのめり、次の瞬間視界全体が巨大な浄化の炎で青白く染まった。

 

聖母(サンタ・マリア)二号だ。さあ、どうかな。」

 

浄化の炎が巨大な女性の上半身を象り、それは大きな右腕を力任せに振り下ろそうとしている。

 

「あああああああああああああッッッッッッッッ!!!」

 

サーレーはとっさに能力を全開で行使して、空間を固定して敵の動きを押し留めた。

ブチブチとサーレーの脳の血管が切れるような、嫌な音がした。

 

「………甘いッッッ!!!」

 

サーレーはチカつく視界を無視して、クラフト・ワークの上半身を無理やり背後に捻った。

何回も敵の攻撃を受けている。どのタイミングで敵が瞬間移動して攻撃を狙ってくるかなど、嫌という程わかっている。ここで来るはずだ。

 

「ぅおっ。」

 

サーレーの首目掛けて蹴りを繰り出そうとしていたイアンは、宙で体の回転を横回転から縦回転に強引に変更させて蹴りの軌道を無理やり捻じ曲げた。

クラフト・ワークのカウンターの拳はイアンの白衣の裾にかすり、サーレーはとっさにそれを固定する。

イアンはそれに対応して急いで白衣を脱ぎ捨て、後面に退避した。

 

「………参ったな。白衣がないと瞬間移動できない。」

 

白衣を翻す行為が、破格の能力である瞬間移動発動のための条件。それが遊びのルール。

本当はそんなものがなくても行使可能なのだが、イアンはそのルールを破るつもりがない。

一気に劣勢に追い込まれたことを自覚したイアンは、冷や汗を流した。

 

◼️◼️◼️

 

赤毛の高身長の青年の瞳とスキンヘッドにタトゥーを入れた髑髏顔の男の瞳は、共に漆黒の殺意に染まっていた。

 

ローウェンは悪し様な凶悪犯から社会を守護するために、リュカは自分の実力を自身に証明するために。

今この時を超えねば、共に先は無い。

 

「………また一段とひどいツラになったものだな。」

 

口が爛れて崩れているが、それがリュカであることは理解できる。

リュカが拘束具を破壊したことは、ローウェンにとって予想外だった。

彼ならば問答無用で殺害しにくると、ローウェンはそう考えていたのだ。

 

リュカの顔を見て、ローウェンはそれだけつぶやいた。

返事など期待していない。

 

およそ五メートルほどの距離をとった二人の間に、少しずつ緊張が高まっていく。

不意にリュカが動いた。

 

次の瞬間、二人の間の空間が無数に弾け飛ぶ。

リュカは力に明かせた回転の高い連打を、ローウェンは技に頼った相手の攻撃のベクトルを外すような連打を。

拳をかわすローウェンは、リュカの馬力が上がっていることに即座に気がついた。

 

「おおおおああああッッッ!!!」

「………。」

 

リュカの右拳をローウェンは左腕でそらし、返す左の拳を右腕で受け止める。ローウェンは力負けして、後ずさった。

続け様にリュカは右足でミドルキックを放ち、それを左膝で受けたローウェンの体はよろめいた。

 

「………ッッッ!!!」

 

よろめいた隙にリュカは両腕でローウェンの右腕を包み込むようにつかみ、そこにスタンドのストローを突き刺そうとしている。

ローウェンは瞬時に、それが回避不能であることを理解した。

 

「あああああああああああああッッッ!!!」

 

ローウェンは力の限り叫んだ。

スタンドの左腕で自分の右腕を薙いで、ローウェンは自分から右腕を切り離した。

あたりにローウェンの血が盛大に撒き散らされる。

 

突然抗う力がなくなったリュカは一瞬ふらつき、ローウェンのハイアー・クラウドがリュカに力の限りに前蹴りを喰らわせた。

 

「………ッッッ!!!」

 

リュカの蝉の幼虫のようなスタンドの腹部に深く蹴りがねじ込まれ、その衝撃にリュカは内臓をひどくかき混ぜられるような感覚を味わった。

 

「あああああああああああああッッッ!!!」

 

立て続けにハイアー・クラウドの残った左肘がリュカのスタンドの顎を襲う。

リュカはそれに、ひどく脳を揺さぶられた。ローウェンはさらに右足を高く上げて、回転蹴りでリュカの頭を吹き飛ばそうとした。

 

「………!!!」

 

しかしそれにはリュカのスタンドも反応し、ローウェンのスタンドとリュカのスタンドの右足と左足が高く交差した。

ローウェンは力負けして、地面にしたたかに背中を打ち付ける。

 

「クソッッッ!!!」

 

爆弾と化したローウェンの切り離した右腕が投げ付けられ、それはローウェンの顔の近くで炸裂して瞼の中に砂が入った。

ローウェンは視界が潰されたことに即座に反応して、気流の動きで敵の行動を読み取ろうと試みる。

一方のリュカも、顎に決まった肘打ちが脳を揺らしていて、千載一遇の機会になかなか行動を起こすことができない。

 

「あああああああああああああッッッ!!!」

 

ローウェンは視界を潰されたまま起き上がり無我夢中で相手に体当たりし、脳を揺らされた状態のリュカは体を丸めて体当たりを受けた。

二人は縺れ合い、地面を転がった。共に有利な体勢を取ろうと、上を取るためにもみ合った。

 

やがて土まみれの二人は離れた場所で立ち上がり、リュカは首を鳴らした。ローウェンの視界も元に戻っている。

二人は同時に突進し、それぞれの全力を込めた右足と左足が首上で交差した。

 

「っあッッッ!!!」

 

ローウェンの左足は複雑骨折して皮膚を突き破り、リュカの右足も痺れた。

 

「………これで最後だ。」

 

ローウェンの複雑骨折した足は不恰好に曲がり、リュカの右足に絡みついている。

その上からなけなしのスタンドエネルギーにより薄い氷が生成され、二人の足はくっついて離れない。至近の間合いだった。

 

実力は拮抗しており、わずかな弾みの一瞬で戦いは決着する。

拮抗する二人の勝敗を最後に分けるのは、実力ではなく幸運の女神。

イアン・ベルモットの能力である狂者の煉獄は、苦難を超えて必死に何かを成そうとする人間の戦いに影響を与えるような無粋な行為はしない。

 

ローウェンの左足はリュカに力負けして後方に弾かれ、その慣性に引きずられてリュカの体も前に引きずられた。

ローウェンのスタンドの残された左腕の水平薙が空を切り、カウンターとなってリュカの首をへし折った。

へし折れたリュカの頚椎は、脊髄神経をズタズタに切り裂いた。

 

ーーチッ………最後まで勝てなかった。だが、引退には追い込めたはずだ。結局いつまで経っても二番煎じ………情けねぇ。クソみたいにつまらねえ人生………まあ、それなりには楽しめたぜ。

 

リュカの体とローウェンの体は、絡まったまま地面を転がった。

リュカ・マルカ・ウォルコットは目を閉じ、二度とその瞼を開くことはなかった。

 

◼️◼️◼️

 

扉から廊下に出れば、そこにノスタルジー。

 

死出の道を行こう。黄泉の門を開こう。

それで初めて、先へと進む道が開かれる。

 

「よぉ、シニョーレ回転木馬(giostra)。」

「ッッッ!!!それは俺のことか?」

「あんた以外に誰がいるよ?」

 

軍事基地の廊下の三階で、オリバー・トレイルは冷や汗を流した。

可能性としては考えなかったわけではない。しかしまさか、本当にやるとは思わなかった。

なぜなら、それをやったら相手は絶対に詰むからだ。

 

それが有効な手段であることはすでに証明されていたが、もっと他に手段を探すのが普通のやり方だ。

それを無視して、この男は死道を真っ直ぐに突っ切ってきた。それがオリバーにとって、最も嫌なやり方であることに気付いている。

 

「………あんたよぉ、嘘吐きだ。とんでもねぇ嘘吐き。なにが雑魚だよ。なにが上手くないやり方だよ。」

 

マリオ・ズッケェロは左脇腹を抑えながら廊下を歩いている。

マリオ・ズッケェロの歩く赤黒い床の上に、新しく赤い雫が滴り続けていた。

 

「死を覚悟する痛みは、あんたの回転木馬の唯一の弱点。あんたの正体は、俺が死を前提に戦って初めてまともな戦いになる真性の怪物。あんたはマジの強者で、初見の戦いではあんたにゃまず敵わない。あんたが殺す気でいたなら、一体俺は何度死んでいたことか。あんたがまるで自分が取るに足らない雑魚のような口ぶりをしたせいで、ホル・ホースのヤローが迷走して散々な目にあったぜ。」

 

回転木馬の攻撃を受けたマリオ・ズッケェロは自身の腹部に、六発の弾丸を撃ち込んだ。

それは腹部にいくつも風穴を開け、止めどなく血を流している。ズッケェロは、麻薬の中毒症状でなんとか痛みを和らげているのが現状だった。

 

「………俺たちは前の戦いで、たまたまアンタのスタンドの唯一の弱点を引き当てた。前の戦い、あんたはヘラヘラと笑うその顔の下で、実は回転木馬唯一の弱点がバレて焦っていた。そうだろ?」

 

以前の戦いではズッケェロは自身の腹部に一発の銃弾、それでは完全な攻略とは言えず、敵の能力に抗いきれなかった。

今回はそれを踏まえて六発。挙句に敵地のど真ん中であり、ズッケェロの補佐をするホル・ホースもいない現状、仮にオリバーを倒してもズッケェロは出血多量死を免れない。

 

ズッケェロは痛みを堪えて、無言のオリバー・トレイルへと近付いていく。

やがておよそ五メートルの距離を取って、二人は真正面から対峙した。

 

「なあ、あんたわかってんのか?あんたの息子は、社会が育てるんだぜ?あんたはそれを裏切ってるんだ。………あんたは一体どんな気持ちで、今そこに立っているんだい?」

「………痛いところを突くな。」

 

オリバーは苦笑いをした。

それはオリバー自身何度も迷い、苦悩し、ずっと考え続けてきたことだった。

 

真っ当な人間も、そうでない人間も、皆必ずどこかで社会と関わっている。

社会無しには、人は生きられない。

 

裏社会も反社会も、その本質はなんらかのルールを定めた人との関わりである。

反社会という名の、一つの社会なのである。

それはあまりにも、当たり前すぎる事実である。

 

「………まあいいさ。俺は説教をしにきたわけじゃあない。あんたを殺しにきたんだ。」

 

マリオ・ズッケェロの瞳に、漆黒の殺意が宿された。

周囲に不気味に静けさが漂い、張り詰めた空気が流れた。

 

「最後の戦いだ。………使ってこいよ、あのイカれた咆哮を。あの一番ヤバい能力にだけは、全く抗える気がしねー。」

 

マリオ・ズッケェロの前にソフト・マシーンが立ち、細剣を構えた。

同時にオリバーの横に、重厚な回転木馬が現出する。

 

「決着をつけようぜ。どっちが速いか、って奴だ。よくある在り来たりな手法だが、在り来たりということはその有用性が証明されているってことだ。」

「………お前が俺を殺してくれるのかい?」

 

オリバーはいつものように、ヘラヘラと笑った。

それはなけなしの、彼のプライドだ。苦しい顔をして人を害するのならば、最初からそんなことをするべきではない。

 

どうせ社会の敵として悪辣非道な行為を繰り返すのならば、悪らしく人を小馬鹿にしたままでいよう。

同情を乞うくらいなら、死んだ方がマシな行為を繰り返しているのだから。

 

オリバーは嘘を吐き、偽りの仮面を貼り付け、たとえ行き先が不毛の荒野だろうとも死に物狂いでひたすらに前へと進む。そして回転木馬はオリバーが苦しみを感じるたびに、その能力は肥大化する。

 

「………ああ。俺がアンタを殺してやるよ。」

 

二人の間の緊張が、徐々に高まっていく。

ズッケェロは痛みと麻薬の症状で意識が朧で、さらにずっと血を流し続けている。そう長く対峙し続けることはできない。

オリバーは敵がさほど間を置かずに攻撃してくると判断し、ズッケェロに向けて意識を集中した。

 

「行くぜ。」

 

ソフト・マシーンの足の筋肉が収縮する。

ソフト・マシーンがオリバー目掛けて飛び掛かり、それに対応してオリバーの回転木馬が口を開いた。

 

マリオ・ズッケェロは、獰猛に笑った。

 

「………あんたよぉ、今までいくつもの苦しみを乗り越えてきたんだろぉ?夜を越えて、時間を超えて。………だがよぉ、麻薬の中毒症状の苦しみは、今までに乗り越えたことがあるかい?」

「ががっっっ!!!」

 

決闘を意識させれば、どうしても目の前の相手に注意が向く。

さらにだめ押しに会話で相手の弱点を突き、精神を揺さぶる。

ズッケェロは会話で己に注意を向けさせておいて、オリバーの周囲に麻薬の症状を引き起こすシャボンを密かにばらまいていた。

 

そっちがズッケェロの本命の攻撃。

オリバーの攻撃方法はズッケェロに把握されていて、ズッケェロの攻撃方法はオリバーに把握されていない。

それがマリオ・ズッケェロのオリバーに対する最大のアドバンテージであり、ズッケェロが相打ちに持ち込むための道筋である。

 

回転木馬が悪夢の黒い波動を拡散させようとした瞬間、マリオ・ズッケェロの麻薬の禁断症状を起こすシャボンがいくつも回転木馬周りで弾けた。

 

オリバーの意識は混濁し、その混濁した一瞬の時間にソフト・マシーンが飛びかかった。

ソフト・マシーンの細剣が、オリバーの胸を貫いた。

 

「…っふぅ。これで俺の任務は完了か。全くしんど過ぎるぜ。」

 

細剣で貫かれたオリバーは厚みを無くしてペラペラになり、ズッケェロはミスタに借り受けた拳銃の弾倉に新たに弾を込めた。

ズッケェロはそのまま銃口を、厚みを失ったオリバーへと向けた。これが終われば、ゆっくりと横になれる。

 

オリバーは、二度と目覚めない。そしてズッケェロも、おそらくは二度と目覚めない。

処置も無しに腹部に六発も銃弾を撃ちこめば、さほど間を置かずに人は死に至る。

 

「あばよ。」

【マリーシアって言葉、知っているかい?】

「ッッッ!!!」

 

唐突に、機械の駆動音のような音がした。マリオ・ズッケェロは、慌てて背後を振り向いた。

廊下の床からにょっきり生えるように、そこに執刀医が現れた。

 

【よいしょっと。まあ知らないわけはないか。】

 

マリーシアとはフットボール用語で、ズル賢いプレーという意味を持つ。

日本人には受け入れがたい価値観かもしれないが、相手の裏をかくプレーはヨーロッパにおいて称賛されている場合も多い。ざっくり言えば狡いプレーは勝ちに貪欲であることの証明であり、フェアプレーは勝ちにこだわるサポーターへの裏切りであるという価値観だ。

 

例えば現代フットボールにおいて、相手に酷い怪我をさせるようなプレーでない限りは、得点機をイエローカードの一枚で防げるのならば安いものだと、そう彼らは考える。

ルールを最大限上手く利用して自分たちに最も都合のいい状況に持ち込むのは、彼らにとっては常識だ。

 

【凄いね、大金星だ。まさか本当にオリバーを倒すなんて。彼は甘いところもあるけれど、実力は超一流だよ?でも彼にはまだ劇の役割が残されている。ごめんね。彼の身柄は私がいただいていくよ。】

「………ッッッ!!!」

 

痛みで声が出ない。

執刀医は悠々とズッケェロの真横を横切った。

執刀医がズッケェロの目の前で厚みを無くしたオリバーを攫い、ズッケェロの伸ばした手は空を切った。

 

「ふっ………。」

 

ふざけるなと言おうとしたが、ズッケェロの体は痛みで縮こまった。

ここは敵地のど真ん中。これは想定した内でも最悪の展開だと言っていい。

 

【ごめんね。相手が攻撃してきた場合ならともかく、私が自分から動くのは、本来なら違反行為。でもゲームのルール上、警告(イエローカード)一枚ならもらっても何ら問題ない。イアンは潔白を好むからね。私が汚れ仕事を請け負わないと。】

 

それがルールの裏側の側面。罰を受けることを覚悟したら、どのような行為も行うことができる。

この行為がイアンにバレたら、退場(レッドカード)に値する違反行為だと判断される可能性も高い。

現実のフットボールでも、審判の違反行為への判断の基準は個人によって微妙に異なってくる。

その時はその時でまぁ仕方がないと、執刀医は諦めたように笑った。

 

ズッケェロの役目は逃走手段(オリバー)の始末であり、絶対に逃すわけにはいかない。

ここでオリバーを逃したら、本命のサーレーの戦いに不利な展開を来す可能性が出てくる。

 

ズッケェロは痛みを無視して、必死になって執刀医に銃口を向けた。

連射された銃弾は当たらず、ことごとく執刀医の体をすり抜けていく。

 

【代わりに(ペナルティ)を受けよう。違反行為には罰だ。とは言っても、私に攻撃は意味を為さない。その代わりに死にかけた君の傷を治してあげるから、君もどうにかそれで納得して欲しい。】

「ふざけ………るなぁぁぁぁッッッ!!!」

 

マリオ・ズッケェロはその場で力の限りに叫び、腹部の鈍痛で気絶した。

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