噛ませ犬のクラフトワーク   作:刺身798円

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感想欄にて、ナポリタンはイタリアには存在しないという目から鱗の有難いご指摘をいただきました。不勉強で申し訳ない。スパゲティ・アッラ・ナポレターナに修正しました。
それとたくさんの誤字報告、くださった方々ありがとうございます。


クラフトワークとスパイスガール

ーーやった。……完全に、言い訳しようもなく、やらかした……。やっちまった……。

 

月曜の朝、サーレーは自宅で毛布にくるまって、震えていた。顔は真っ青で、歯がカチカチなっている。目にはクマが出来て、もともとあまり健康そうではなかった頬もこけている。

 

土曜日の任務で、サーレーはパッショーネから下された命令につい逆らってしまった。

組織から下された危険な子供を抹殺しろという命令にサーレーは真っ向から逆らってしまい、子供を殺せなかった。子供はヒーローのフィギュアを持っていて、サーレーに未来に希望を持っていた己の幼い頃を思い出させた。サーレーは子供に同情してしまった。

 

その後のことは定かではない。頭の中が真っ白になり、いつの間にどうやって自宅に戻ったのかも記憶にない。覚えているのは、記憶のある限りずっとこうやって自宅で毛布にくるまって震え続けていたことだけだ。昨日の夜は、何度もトランプのカードに襲われる幻覚を見た。サーレーはその度に発狂し、隣の家からうるさいと壁を叩かれた。

 

昨日は寝てない。一昨日も寝てない。眠れない。いつ冷酷無比なムーロロのようなスタンド使いが100人くらい送り込まれてくるかと考えると、眠れるわけがない。目を離すと、いつ室内に暗殺者のトランプが短剣を持って侵入しているかわからない。これほど恐ろしいことがあるだろうか?

一度寝てしまったらもう、二度と目覚めることのないような気がした。お腹も空いているが、外に出たらいつどこで刺されるかわからない。

このままでは、よくて衰弱死、最悪で拷問死だ。いずれにしろせっかく死を免れたと思ったら、まだ死線は超えていなかったということのようだ。

 

相棒(ズッケェロ)は無事だろうか?自分は処分されるにしろ、せめて相棒だけでも助かっていてほしい。連帯で責を負わされていないといいが……。

 

……いや、よく考えたら死ぬ時にまで格好つけていてもしょうがない。

処分されそうになったら、ズッケェロとドナテロもどうにかして一緒に巻き込もう。一人で死ぬの怖いし。

相棒とは、きっとこういう時のためにいるのだろう。今までずっと一緒に戦ってきたわけだし。アイツもきっとそう思ってくれているはずだ。そうに違いない。うん、よし。一蓮托生だ。

 

サーレーは死を目前にしてクソみたいな悟りを開き、心にはほんのわずかな毛先ほどの安らぎが生まれた。

サーレーの思考が、ゲスい方向に流れていたら、自宅の呼び鈴が鳴った。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

「サーレーの兄貴、一体どうしたんでしょうねえ?」

「さあな。ムーロロの旦那の口ぶりからすりゃあ、なんか訳ありって感じだったけどな。」

 

ドナテロ・ヴェルサスとマリオ・ズッケェロは、カンノーロ・ムーロロの電話を受けて、サーレーの自宅を訪れていた。ミラノにある築年数の経ったアパートだ。

ドナテロは英語を喋っているが、ズッケェロは英会話がだいぶ上達していたため、特に不自由は感じない。ドナテロもイタリア語を勉強中だ。

ズッケェロは、サーレーの部屋の呼び鈴を連打する。

 

「ズ、ズッケェロの兄貴!呼び鈴を連打しちゃあいけませんよ。」

「アン、なんでだ?」

「迷惑ですよ。今時借金の取り立てでもそんなことあまりやりませんよ!?」

 

ズッケェロが呼び鈴を連打している間、サーレーは部屋の中の魚眼レンズから恐る恐る訪問者の確認を行っていた。

どうやら、ズッケェロとドナテロがサーレーの家を訪れたようだ。

 

ーーマジかよ!?パッショーネは選りに選って、俺への刺客にあの二人を選びやがったのかッッっ!!チクショウ!血も涙も、ねえッッ!!

 

「……クラフト・ワーク。扉を固定しろ。」

 

こうなってしまってはもう、致し方ない。組織がサーレーの暗殺のために刺客を送ってきたのであれば、必死に抗う他はあるまい。いつまでもつかわからないが。それでもせっかく拾った命、座して死を待つつもりもない。

とりあえず敵は勝手知ったる二人のようだ。少なくとも初戦はまともな戦いになりそうなことに、サーレーはわずかに安堵した。

戦いを目前に、サーレーはひとまず扉を固定して心を落ち着かせる。

 

「出ねえな。一体どうしたってんだ?まあ、どうせ相棒の考えることだ……。」

 

ズッケェロはそう呟くと、部屋の前に置かれた植木鉢をどかした。

 

「ほら、ここに鍵がある。多分これが部屋の合鍵だろ。」

「……サーレーのアニキ……そんな不用心な……。」

「まあ俺たちゃあチンピラだからな。どうせ家には盗られるものなんて、置いてねえよ。」

 

ズッケェロはそう話すと、サーレーの部屋の鍵穴に鍵を差し込んだ。鍵を回してドアを開こうとするも、ドアがなぜか開かない。

鍵が外れた手応えはあったのだが?

 

「うん?開かねえぞ?建て付けが悪いのか?しょうがねえな。」

 

ズッケェロはそう呟くと、ソフト・マシーンを実体化した。ソフト・マシーンはスタンドの中ではパワーは大したことないが、それでも人間よりは力がある。

 

「ブチ破れ、ソフト・マシーン!」

「わあああ!ダメっすよっっ!」

「アン?なんでだ?」

 

なんでもクソもねーよ。常識を考えろ、とドナテロは叫びそうになる。月曜の午前中で、周囲には人目もある。

ドナテロは魂の叫びを飲み込んだ。その瞬間。

 

「うおおおおおおお!!!!ただではやられねえッッ!!!テメエらも道連れだッッッ!!!ヤれ!クラフト・ワークッッッ!!!!」

 

唐突にドアが中から開いて、サーレーがクラフト・ワークを構えて出てきた。

目が座っているし、痩せて不健康だ。少しすえた臭いもする。足取りもかなり怪しい。

サーレーの表情は、ズッケェロにはまるで麻薬の末期患者のように見えた。

心なしか、クラフト・ワークの表情も少し萎びて見える。

 

「オ、オイ!?どうした相棒?落ち着け!」

「黙れッッ!俺はただでは死なねえッッ!たとえ世界を敵に回しても、最期まで抗ってやるッッッッ!!!!」

 

サーレーのクラフト・ワークが玄関前で拳を振り回した。

 

しかし、サーレーは二日間飲まず食わず、さらに不眠である。

いくらクラフト・ワークがパワータイプでも、ズッケェロのソフト・マシーンに簡単に押さえつけられてしまった。

 

「オイ、いきなりどうしたんだよ、相棒?」

「わあああああッッッ!!!やられるくらいなら、ヤッてやるッッッ!!!」

 

サーレーは力の入らない体で暴れた。

ズッケェロは相棒の必死さに気圧されるも、油断せずに離さない。二日間食事を抜いていても、必死の人間は案外と厄介だ。

 

「オ、オイ!?落ち着けよ?何があったか話せよ。」

「うるさい、黙れッッ!!!!この組織の回し者がッッッッ!!!」

 

意味がわからない。ズッケェロは困惑した。

たしかにズッケェロは組織の回し者だが、組織の回し者と言うのならサーレーだってパッショーネの人間だ。

 

「何言ってるんだ?お前だって組織の人間だろうが。」

「うるさいうるさいうるさいッッッッッッッッ!!!!俺は死なない!!!!クラフト・ワークでこの世に固定して何が何でもしがみついてやるッッッ!!!!」

 

理解の出来ない相棒の反応にズッケェロが困惑していると、ズッケェロの携帯電話が鳴った。着信はムーロロからだ。

 

「もしもし、どうしたんだ、ダンナ?」

『……サーレーの携帯の電源が切れていたが、やっぱりこうなってたか……。ズッケェロ、サーレーとちょっと変われ。』

「あいよー。」

 

ムーロロはスタンドで彼らの様子見をしていた。

ズッケェロは持っていた携帯を体の下で押さえつけているサーレーの耳に当てた。

 

『オイ、聞こえるか?サーレー。』

「ヒィッ!!」

 

サーレーは電話口から聞こえてきたムーロロの声に恐怖し、頭を振った。

 

『落ち着け、サーレー。組織からお前に対する処罰はねえ。』

「嘘だッッッッッ!!!そうやって油断させておいて、俺を暗殺する気だろう?この人でなしッッッ!!!」

『オイオイ、俺だって怒るぜ?サーレー。お前の行動は、ボスのジョジョが支持したんで不問になったんだよ。ジョジョに感謝しな。』

「へっ?マジで?」

『ああ。マジだ。』

「絶対?」

『絶対だ。』

「ああ、よかった。よかったああァァー。」

 

サーレーは安堵し、弛緩し、放心し、緊張の糸が切れた。

涙と鼻水が垂れて、急激に睡魔と空腹感が襲ってくる。

 

『ただし、組織に逆らったわけだから当分は昇給はないものと思え。お前らの暗殺チームにはタダ飯ぐらい(ドナテロ)もいることだしな。』

 

ムーロロはドナテロを勝手に暗殺チームに押し付けたにも関わらず、平然と告げた。

 

「構いませんッッッ!!それでッッ、構いませんッッッ!!!ああーっ生きてるうぅぅぅ!!!!よかったよォーーッ。ボス、死ぬまでついて行きますッッ!!!」

『それでお前に任せる次の仕事の話だ。明後日にお前たちに護衛任務を任せたい。』

「やったーやったよォォォ!クラフト・ワークの力で、この世にしがみつくことができたあぁぁぁ!最ッ高だああぁぁぁ!」

『……お前ちょっとズッケェロに代われ。』

 

サーレーは若干ヘヴン状態で話を聞かなそうなため、ムーロロはズッケェロに電話を変わるように指示を出した。

 

「変わりましたぜ、ダンナ。」

『お前らに次の仕事を言い渡す。とは言っても、どっちかと言うとサーレーの慰労みたいなもんだ。明後日、ミラノの街のビルで、トリッシュ・ウナのスタジオ収録が行われる。それの警備を行え。場所は追って連絡する。』

「慰労、ですか?」

『まああまり気にすんな。それよりも仕事内容は理解したのか?』

「ああ、了解です。」

『任せたぜ。』

 

それを告げると、ムーロロからの電話は切れた。

ズッケェロは、サーレーを見る。サーレーは地面に倒れ伏しながら恍惚の表情を浮かべている。

相棒に何があったのだろう?ズッケェロは疑問に思ったが、それは放置して地面に寝転ぶサーレーに部屋に戻るように促した。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

「護衛任務?」

「オメー、やっぱり聞いてなかったな。おととい説明したろうが。早めに来といてよかったぜ。」

 

水曜日の昼前、ズッケェロはサーレーの家を再び訪れていた。傍らにはドナテロも伴っている。

サーレーは昨日は一日中、疲れ果てて寝こけていた。

サーレーはズッケェロに、覚えのない護衛任務の仕事の迎えに来たと言われて首を傾げていた。実際はズッケェロはキチンとサーレーに説明していたのだが、サーレーは極限状態だったため全くこれっぽっちも記憶にない。

 

「ミラノ市の中央付近にあるラジオ局で、トリッシュ・ウナの収録の護衛を任されたって言ったろうが!早く行くぞ!」

「うん?ああ。そうだったか?」

「オイ、相棒よー。しっかりしてくれよ。」

 

今更なぜそれが暗殺チームの仕事に回ってくるかなど無粋なことは聞かない。ただでさえ少ない給料が減らされたら堪らない。

サーレーたち暗殺チームは、本業がさほど多くないためにどちらかというと何でも屋という立ち位置だ。

 

「ホレ、行くぞ。」

「兄貴、しっかりしてくださいよー。」

「うん?ああすまん。じゃあ行くか。」

 

サーレーは道行くタクシーを止めた。

三人はタクシーに乗り込み、向かう先を告げた。

 

「ミラノ・セントロ・エディフィシオまで頼む。」

「あいよー。」

 

三人を乗せたタクシーは、ミラノ中央の市街地へと向かった。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

「やっぱこの辺りは、なんつーかオシャレだな。俺たちじゃあ似合わねえ。」

 

ズッケェロがつぶやいた。あたりには巨大な建物がそびえ立っている。

ミラノ市の中心街。ミラノはヨーロッパでも有数の都市で、イタリアで最も大きな都市であり、人口も130万人を超える。

近くには世界的に有名なドゥオーモが存在する。ドゥオーモとは神の家を意味し、カトリック教徒が500万人在籍するミラノ大司教区の司教座聖堂だ。とても荘厳で、美しい建物だ。

チンピラのサーレーやズッケェロ、ドナテロには明らかに場違いだ。金の匂いはするのだが。

 

「……まあ俺も、きらびやかすぎてあんまり長居してー場所じゃあねえな。だが、仕事だ。」

「パッショーネの幹部の方は、結構この辺りに住んでる人が多いらしいっすよ。」

 

ドナテロがどこからか仕入れてきた豆知識を披露した。

 

ミラノ・セントロ・ディフィシオ。

日本語に直せばミラノ中央ビルとでも思えばいい。そこの3階のラジオ局で、トリッシュ・ウナのラジオ収録は行われる。

サーレーたち三人が到着してから間も無くして、ビルの前に高級そうな黒塗りの車が横付けされた。

 

「あら、今日の護衛はあなたたちなの。」

「ハイッ!」

 

車から時の人、トリッシュ・ウナが降りてきた。

芸能人を前に、ドナテロが興奮する。サーレーは若干彼女にトラウマがある。

 

「よろしく頼むわね。あなた本当に役立たずだったりしたら、許さないわ。」

 

トリッシュが綺麗に笑った。

サーレーは胃が跳ね上がるような甘酸っぱい感覚を覚えた。

サーレーは単純だ。サーレーの頭の中から、トラウマがどこかへと吹っ飛んでいった。

 

 

◼️◼️◼️

 

「……なんで俺たちはここなんすか?」

「今日は相棒の慰労だ。ムーロロのダンナがいうにゃあ、サーレーのやつ精神的にダメージを負っているみたいだからな。俺たちは脇役だからここでこうやって目立たないように護衛するんだよ。あんまり俺たちみたいなのがたくさんウロついたら、カタギを威圧しちまうだろうが。」

 

ラジオ局のスタジオの中で、収録は行われている。

サーレーが中で彼女の護衛を行い、ズッケェロとドナテロは外で不審者がいないかの見張りを行なっていた。

 

「そもそもよォー。パッショーネとしてもあまり本気で護衛任務を行なっているわけじゃあないんだろう。多分サーレーのフォローが本筋でやってることだと思うぜ。」

「うーん、でも俺も生でトリッシュさんの歌を聞きたかったっすよ。」

「まあ俺もそれはそうなんだが……。」

 

ズッケェロとドナテロは局に用意されていたパイプ椅子に座り、毒にも薬にもならないようなことを駄弁りながら時間を潰していた。

無為に費やす時間は長い。

すると、彼らの目の前を一人の男が横切った。

 

「オイ、兄さん。ここは今使用中だぜ?何の用があるか知らねえが、来る場所を間違えてるぜ。」

 

男の見た目は30過ぎだろう。見た目はほぼカタギに間違い無いと思うが、トリッシュの収録が行われているスタジオに一体何の用があるというのか?

男はチラリとズッケェロを見たが、無視をして行動を続けた。トリッシュの歌の収録が行われている扉に手をかけている。

 

「オイ、テメエ聞いてんのか?ここはお前が用がある場所じゃあねえっつってんだろ!」

 

ズッケェロが不審感を感じて立ち上がった。しかし、なぜか彼はそのまま床に倒れ伏した。驚いて立ち上がったドナテロも引き続いて床に倒れ臥す。

男は床に倒れたズッケェロのポケットから、スタジオの扉の鍵をまさぐった。

 

「オイッッッ!テメエ何もんだ!俺たちがパッショーネだと知ってやってんのか!」

 

ズッケェロが凄むが、彼は床から立ち上がれない。目の前がグルグル回り、天地が判別付かず、伸ばした手は明後日の方向に向けられて空を切った。

「フンッッ!」

 

ズッケェロは男に顔面を蹴られた。

明らかに敵だが、行動がマトモにとれない。蹴られた鼻から血を流した。

 

「オイ待て!待ちやがれッッ!!」

 

男はズッケェロを無視してスタジオの中に侵入した。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

サーレーは、パイプ椅子に腰掛けてスタジオで歌うトリッシュを眺めていた。

彼女の収録が行われている現場は、サーレーのいる場所からは防音の壁で区切られている。

そのために残念だが彼女の歌は聞こえない。だが、ガラス越しに彼女の表情は見える。

 

しかし彼女が真剣に歌うその表情は、とても艶っぽく美しい。人気が出るわけだ。

あの真剣な表情と綺麗な歌声で切ないバラードなんかを歌っていると考えたら、、、それだけでサーレーは身震いした。役得だ。パッショーネに入ってよかった。

 

サーレーが目を細めてトリッシュの歌う表情に見惚れていたら、唐突に彼のいる部屋の扉が開いた。

 

ーーなんだ?ズッケェロの野郎問題でも起きたか?せっかくいいところなのによぉ。

 

「どうした?ズッケェロ?何か問題か?」

 

サーレーはトリッシュから視線を逸らし、立ち上がってズッケェロに対応しようとした瞬間、床に倒れた。

 

おかしい?地面が回っている。

意識ははっきりしているし、記憶もある。

ただ、立ち上がろうにも変な方向に力を入れてしまい、何回も床を滑る。立ち上がれない。

なんとか顔だけを動かして状況を把握しようとする。

 

男がいた。そこそこの年だろう。風邪を引いたときにつけるようなマスクをしている。

今ここにいるということは、あからさまに不審者だ。

男の後ろにはスタンドと思しき存在がいる。

能面のような表情、鼻と口はなく、背中にパイプのようなものがついていてそこから蒸気みたいなものを発していた。恐らくはあの蒸気を吸い込んだから今現在の状況に陥ったのだろう。

 

スタジオで収録中のトリッシュも異変に気付き、こちら側へと来ようとしている。

彼女は仕切られている扉に手をかけた。

 

「ダメだ!!トリッシュ!!こちらに来るな!!鍵をかけて籠城しろッッ!!!」

 

残念ながら、サーレーの声は防音の壁に区切られてトリッシュには届かない。

サーレーの目の前の男は不気味に微笑んだ。サーレーは嫌な予感を感じた。

 

「何があったのッッ!あなたは……!!!」

 

トリッシュが不審人物に詰問しようとした瞬間、彼女も床に崩れ落ちた。

スタジオで収録のための人員もことごとく地に伏している。

 

「うっへ。やっぱトリッシュまじ色っぺーなぁ。」

 

確定した。変質者だ。しかもスタンド使い。

パッショーネが護衛している対象を平然と襲おうとしている、プッツンしているやばい類の。

 

「エッヘッヘ。本物の方が、テレビで見るよりキレーだな。ウヒヒヒヒ。」

 

男は徐々に床に倒れたトリッシュの方へ向かっていく。

 

マジかよ。なんでこんないい時に変なトラブルが起きるんだ?

サーレーはため息をついた。

護衛対象が変質者に襲われたとなれば、まず間違いなくサーレーの首は飛ぶ。

 

しかし一見危機のようなこの状況で、サーレーは決してあわてない。前回の任務に比べたら屁でもない。

この程度であれば、サーレーが今まで潜ってきた修羅場に比べればぬるい。笑わせる。

 

「オイ、テメーわかってないようだから言っておくが、もうすでにあたりはパッショーネに包囲されているぞ?」

 

サーレーが男に宣告した。もちろん大嘘である。

 

「ハン?嘘をつくなよ。オメーらがいつ仲間に連絡を取る暇があったってんだ?」

 

交渉の第一歩は、まずはなんとしても会話を成立させることである。

相手の興味のある話題を振って興味を持たせることが最優先だ。相手に聞く耳を持たせなければ、ともかく始まらない。

この場合は、何もできないサーレーがむやみに凄んでも相手はまず聞く耳を持たない。

まずは嘘でもなんでも相手に興味がある話題を振ることが、先決だ。

 

「嘘じゃねえよ。もともとお前が今日ここを襲撃する情報は組織で共有されている。お前、パッショーネの恐ろしさ知らないんだな?」

 

サーレーは真っ赤な嘘を平然とつき、男を鼻で笑った。サーレーは続ける。

 

「すでに沢山の殺し屋がこの部屋に向かっている。お前の人生はもう終わりだな。」

「嘘をつくんじゃあねえ!!」

 

サーレーのあまりに荒唐無稽な宣告に、男はサーレーが嘘をついていると判断した。

襲撃がバレてる?そんなわけねえだろうがッッッ!しかし万が一事実だったらという恐怖心だけは、どうやっても拭えない。そのせいで男はついサーレーの口車に乗ってしまった。

サーレーはここで、会話の切り口を唐突に変えた。

 

「世間に馴染まない。親しい友人はおらず、だから情報を得るツテもない。ゆえにパッショーネの恐ろしさも知らない。平然とパッショーネの護衛対象に手を出そうとして、ゴミのように死んでいく……。お前の5分後の未来だ。」

 

サーレーが静かな声で男に告げた。

執行人の言葉は、静かに男の心を抉った。

 

「テメエ!ふざけんじゃあ、ねえッ!」

 

男は激昂してサーレーの顔面を蹴り飛ばした。サーレーの鼻の骨が折れ、鼻から止めどなく血が流れてくる。

サーレーは鼻から血を流したまま男になおも冷酷に告げた。

 

「荒事の経験もロクにないから、激昂して不用意にスタンド使いに手を出す。お前のそれは、間違いだぜ?」

 

サーレーはダメージを負いながら平然と笑っている。

男の足は、サーレーのクラフト・ワークによってサーレーの顔面に固定されていた。

 

「テメエ!?なんだこれはッッ!?」

 

男はくっついた自分の足を剥がそうと慌ててサーレーの頭に両手の手のひらを置いた。当然両手もそのまま固定される。

 

「オイ、テメエ!!なんだこれはッッ!離せ!ブッ殺すぞ!!」

「お前は話す言葉も軽い。俺はパッショーネから送られた護衛だ。どちらにしろ護衛対象になんかあったら俺は組織に確実にブッ殺される。となりゃあ、死んでも離すわけねえだろうがよッッ!!!」

「離しやがれッッ!!!」

「好きに抵抗してみればいい。疲れるだけだがな。諦めろ。お前に打てる手はない。」

 

男はパニクっている。

男は左足以外の四肢をサーレーに強力な磁石のように吸いつけられてしまっている。スタンドも一緒にだ。理解ができない。

できないが、さすがにここに来て自分の置かれている立ち位置に恐怖しないバカはいない。

四肢の三つが拘束されて動けないのだ。しかも手を出そうとしたのは裏の組織の関係者だ。

男は念のためにポケットにナイフを忍ばせていたが、両手を塞がれた状況ではそれも意味がない。

挙句にクラフト・ワークは自身を床に〝固定〟していて、微動だにしない。

 

これは以前はサーレーがあまり意識していなかった、クラフト・ワークのあまりにも強力な利点である。

ジョルノのゴールド・エクスペリエンスやブチャラティのスティッキー・フィンガーズなどの近距離タイプの多くのスタンドは、両腕で攻撃することによって、その能力を発動する。

翻ってクラフト・ワークは、実はスタンドの全身でその固定の能力を発動できる。殴るというプロセスを踏む必要がない。その証拠が、ミスタの銃弾を頭部に喰らってなおも固定して防いだという事実である。

 

「テメエッッ!チクショウ!離せ!離してくれ!!!」

 

男は焦り、ついに命令口調が懇願に変わった。

 

「俺から連絡がなけりゃあ、組織はそう遠からず異変を感じて人員を送り出す。残念だったな。もう時間の問題だ。お前ごときに俺が根気勝負で負けることなんざ、ありえねえ。」

「いいえ、その必要はないわ。」

「トリッシュ?」

 

トリッシュ・ウナは鮮やかに笑った。

床に倒れてなおも、彼女は美しく気品高い。

 

「本当は私がその男をボロ雑巾のようにしてやりたかったのだけれど、あなたのタンカがほんのちょっとだけかっこよかったから特別にあなたに華を持たせてあげるわ。まあジョルノほどじゃあないけどね。スパイス・ガールッッッ!!!」

『イイノデスカ?トリッシュ。アナタハゴ自分デ、アイツヲボロ雑巾ニシタイトカンガエテイタノデハ?』

 

トリッシュ・ウナもスタンド使いだ。能力はスパイス・ガール。

自我を持っていて、スタンドエネルギーを送り込んで自在に物体を柔らかくする能力を持っている。

 

「いいのよ、スパイス・ガール。いい女は、気に入った男には華を持たせてあげるものよ。あなたも覚えておいて損はないわ。」

『ワカリマシタ。WAANNNAABBBEEEE ッッ!!!』

 

スパイス・ガールは平衡感覚を失った状態で拳を滅法に振った。

そのうちのいくつかは床に当たり、床にスパイス・ガールのスタンドエネルギーが流れ込んでいく。

 

「うわあぁッッ!!!なんだこれ!!!!」

「トリッシュ、アンタスタンド使いだったのか。」

「せっかくのプレゼントなんだから、きっちり締め上げなさいよ?」

 

トリッシュはジョルノの大切な仲間だ。トリッシュとジョルノとミスタの間には、強固な絆が存在する。

彼女はスタンド使いであり、護衛として送り込まれる人材の能力は組織から綿密に報告されている。トリッシュはサーレーの能力の報告を思い出していた。

 

サーレーと男が固まって一箇所になっている場所の床が、重みで沈んでいく。

床は重みでどこまでも柔らかく引き伸ばされていき、サーレーはクラフト・ワークで薄くなった床を硬く固定した。

 

「了解だ。トリッシュ。キチンとカタにハメてくるぜ。」

「ボスのジョルノが舐められないようにキチンとやりなさいよ。」

 

トリッシュがサーレーにウィンクを飛ばした。サーレーのテンションがまた一段と上がった。

 

サーレーのクラフト・ワークは拳をやたらめったらに振った。

クラフト・ワークの拳は薄くなった床を突き破って、二人の男は階下へと落ちていった。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

「さて、と。テメエ、覚悟は出来てんだろうな?」

「ううっ。」

 

階下もラジオ局の持ち物で、男性の4人組のシンガーが歌を録音しようとしていた。

彼らとその関係者は、唐突に上から降ってきた闖入者に驚いて目を見張っている。

 

サーレーのクラフト・ワークの右腕は男の顎を掴んで宙吊りにしている。

男のスタンドは部屋に充満していた蒸気を吸い続けなければ効果を発揮しない。落下したサーレーはさっさとまともなうちに己の平衡感覚を〝固定〟した。男はサーレーが蒸気を吸い込んでもなんともないことにひどく恐怖している。

 

「………さっさと済ませちまおう。トリッシュの収録がまだ残っている。まずは俺がやられたぶんだ。」

 

サーレーはそう告げると、クラフト・ワークの左手が男の鼻を捻じ曲げてそのまま鼻の骨を折った。

男は鼻の骨を折られ、あまりの痛みと流血で呼吸もままならないことにひどく驚いた。男は荒事に慣れていない。スタンドが発現して何人か痛めつけたが、彼らはこんな苦しい思いをしていたのかと少しだけ後悔した。そして、この痛みを感じているにも関わらず平然としているサーレーにさらなる恐怖心を覚えた。

 

「次は俺の同僚のぶんだ。部屋の前にいる同僚が不審者を黙って部屋に通すわけがねえ。お前どうせ、なんかしたろ?」

 

サーレーは怒り、三白眼が男を睨みあげる。男は恐怖で震え上がった。

クラフト・ワークは蒸気を発する男のスタンドのパイプを左手で握りつぶし、その形状のままで〝固定〟した。

 

「これでテメエのスタンドのその厄介な能力はもう使えねえ。テメエのスタンドはさほどパワーはなさそうだな。」

 

サーレーが男の顎を掴む腕に一層の力が込められた。

 

「特別に、トリッシュに粗相をしようとした件は見逃してやる。床に伏しただけだからな。だが、テメエには一番の罪が残っている。それはパッショーネを甘く見たことだ。裏社会の組織を甘く見ることは、社会の基盤を揺るがす事態に繋がる。ボスはそうおっしゃった。テメーみてーな跳ねっ返りどもが好き勝手に出来ないのは、パッショーネが裏に睨みを効かせているからだと。」

「ヒ、ヒイイッッ!」

 

サーレーの頭の血管は膨れ上がり、その忿怒の形相に男はついに涙目になる。

 

「安心しろ。命までは取らねえ。だが、痛い目にはあってもらう。二度とパッショーネ相手に上等をこけないくらいにはな。やれ、クラフト・ワークッッ!!!」

『ウラアッッ!!!』

 

サーレーは固定せずに男の顔面にラッシュを叩き込んだ。

 

クラフト・ワークの固定する能力は、本気で使用すれば近接戦限定で無類の強力さを誇る。

あまりに強力すぎて、相手を簡単に死に至らしめてしまうのだ。

 

心臓をはじめとした重要な臓器を固定したまま殴れば相手は簡単に即死するし、そうでなくとも固定された状態で人間が殴られたら、運動エネルギーを逃がせずに全部もろに食らってしまう。その衝撃は凄まじい。

ボクサーがコーナーに追い詰められて袋叩きにされるようなものだ。しかもレフェリーストップもない。

スピードに関しても、スタンドパワーが弱い相手だったら、動くことさえもできなくなる。

 

「特別にお前に一つ、教えておいてやる。美しい花は、目で楽しむものだ。それがイタリアの男の粋な楽しみ方だ。俺たちみたいなゲスが、みだりに汚そうとするもんじゃあねえ!」

 

今回の件に関して言えば、殺害まではするつもりはない。だから固定しなかった。

男は窓を突き破って、無様に階下へと落下した。

 

「あら、サーレーさん。私のやられた分でビンタ一発くらいかましておいて欲しかったのだけれど?」

 

トリッシュが上階の窓から外に吹っ飛ばされた男を見て、綺麗に微笑んだ。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

「どう思う?ムーロロ。」

「俺の意見もアンタと同じです。ちょっと多過ぎますぜ。」

「だよね。何事も起こらなければいいけど……。」

 

ネアポリスの図書館で、ジョルノとムーロロは情報の分析を行っている。

サーレーの報告によれば、トリッシュの収録スタジオがスタンド使いに襲われたらしい。

前回はテロリストにスタンド使いが混じっていた。その前はスタンド使いの連続殺人鬼が暗躍していた。トリノクラブチームの件もある。

 

約一年間に四件だ。

社会にスタンドを使用する不穏因子が存在して、その対策にパッショーネが存在するのは織り込み済みだが、ちょっと件数が多すぎる。

 

「それに、今回の相手がどこからトリッシュの非公開収録の情報を仕入れたのかも気になる。……なんていうのかな、意図を感じるんだよね。威力偵察というか……パッショーネの対応力を測ってきているような感じがさ。」

「なるほど。しかし俺も一応その可能性は考えて、裏を洗ってはみてますぜ。」

「ムーロロ、もしもだ。もしも敵がいて、そいつが君の監視の目さえも欺くような相手だったら……。」

「……。」

「可能性はいくつかある。そいつが隠形に長けたスタンドを持っていて、恐ろしく用心深いか……。」

「または、俺の能力を知っているか。ですね。」

「……考えすぎだといいけど、有事に対する備えは必要だ。」

「ええ。引き続き不穏な動きがないか探ってみます。それにしてもジョジョ、ここ一年のトラブルの件数を考えれば、アンタがサーレーたちを手懐けたのは、案外と鬼手だったのかもしれやせんね。」

「彼らが活躍するような事態は、なるべくなら起こらない方が好ましい。」

「……そうですね。」

 

若干、社会に不穏な気配を感じる。何事もなければいいが……。

 

それにしても、サーレーはツイてない。面倒ごとにまた巻き込まれている。

特別手当のつもりでトリッシュの護衛に向かわせたはずなのだが……?

ジョルノは心の中で、少しだけ笑った。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

本体

ジュゼッペ・サニーニョ

スタンド

ロスト・アンド・ロール

能力

背中のパイプから出す蒸気で、吸い込んだ相手の平衡感覚を失わせる。密閉した空間でないと作用が薄い。

スタンドは実は近距離パワータイプだが、本体に闘争心が弱く荒事に慣れていないためあっさりと敗れた。ちなみにスタンドには専用のマスクが一つ存在し、本体はそれを被ることでスタンドの影響を防いでいた。

もし仮にあのままクラフト・ワークとガチの戦闘になっていたら、クラフト・ワークもそこそこまともに対応せざるを得ず、本体のジュゼッペの惨状を引き起こしていた可能性は高い。そういう意味では彼はツイていたと言えるかもしれない。

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