噛ませ犬のクラフトワーク   作:刺身798円

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最終幕

「うーん、こりゃあマズイね。」

 

イアンは空中で冷や汗をかきながら、ペロリと舌を出した。

イアンは宙を浮遊しながら逃げ回り、それをサーレーが追いかけている。

イアンは時折浄化の炎を操作し、それをサーレーは前に出ながらかわし続けた。

 

白衣を奪われたイアンの失敗したという表情から、サーレーはそれがイアンにとってなんらかの重要な意味を持つものであるとそう判断した。好機を見てサーレーは攻め立て、嵩にかかったサーレーを見てイアンは慌てて回避に専念する。

 

クラフト・ワークは近接戦闘に強く、詰めたらイアンを瞬殺できる。

強力な炎の直撃さえ避ければ、勝ったも同然だ。

サーレーはそう判断した。

 

「待てやコラァッッッ!!!」

 

そうと理解すれば話は早い。

瞬間移動になぜ白衣が必要なのかはサーレーには全くわからないが、それを渡すつもりはない。

実際は瞬間移動と白衣にはまるで関連性が存在しないが、イアン自身が瞬間移動に白衣が必要だと自身のルールでそう定めてしまったのだ。イアンはルールを破るつもりはない。

 

サーレーは自身で白衣を確保した。

もしもイアンがそれを取りに戻るようなら、近接に強いクラフト・ワークで確殺する。

逃げるのならば、捕まえられるまで追い回す。追い回し追い詰めて、やはり確殺する。

 

イアンは部屋の中を低空で飛行し、急上昇し、旋回し、下降し、ジェットコースターのように逃げ回る。

サーレーはそれを追いかけて床を走り、壁を蹴り、冷蔵庫を踏み台にし、飛び降りてその背中を必死に追った。

 

「待てと言われても困るよ、マイフレンド。」

「知るか!!!一人で勝手に困っていやがれ!!!」

 

サーレーは白衣を脇に抱えたまま、イアンの背中に肉薄する。

 

「おおおおおおッッッ!!!」

 

サーレーはクラフト・ワークの能力を解放して、逃げるイアンの背中を空間ごと固定しようと試みた。

しかしそれは、これまでの戦いで大幅にスタンドエネルギーを消費していたために頭痛と共に失敗に終わった。

 

ならばと床を蹴り、壁を蹴り、体をしなやかに回転させながらサーレーはイアンを追い詰める。

 

「絶対に逃がさんッッッ!!!」

「うーん、こりゃあここまでかなぁ。」

 

イアンは笑った。

サーレーはその笑顔にまだ何か隠している可能性を思案しつつも、殺害を目的として刺し違えてでも暗殺を完遂することを決意している。

 

「はぁっ!!!」

 

追いかけ回したイアンの背中はやがて手術室の壁にぶつかり、サーレーは壁を固定しながら蹴り登ってクラフト・ワークの右腕を振りかぶった。

 

「ぐぅッッッ!!」

 

クラフト・ワークの右腕の拳がイアンの右肩をかすり、宙に浮かぶイアンは殴られた慣性を利用して逃げようと試みた。

しかしそれは、クラフト・ワークの固定する能力によって防がれた。

 

「………言っただろう!!!絶対に逃がさないと!!!」

 

サーレーの瞳に漆黒の殺意が宿り、クラフト・ワークは全力を込めて再び右腕を振り上げた。

筋肉がありえないほどに収縮し、イアンには筋収縮する音が聞こえたように感じた。

 

「くっっ!!!」

 

イアンは浄化の炎を眼前に現出させ、それを剣状にして右腕に纏ってサーレーを斬りつけた。

しかしそれはコマ送りになる時間の中で、サーレーに滑らかにスルリとかわされた。

 

「はあああッッッ!!!」

「クソッッッ!!!」

 

殴りかかるクラフト・ワークの右腕に合わせて、イアンは体を無理にねじって左足を振り上げる。

クラフト・ワークの右腕と交錯したイアンの左足は引き千切れて、やはりそこを固定されて逃げられない。

 

「ここまでだ。死ね。」

 

再びクラフト・ワークが右腕を振りかぶった。

 

「イアン、逃げるぞ!!!」

「ッッッ?」

 

閉じられているはずの部屋に、第三者の声が響いた。

部屋の中央に唐突に回転木馬が現れ、サーレーはそれに目を奪われた。

 

「あの馬鹿………。なんで来たッッッ!!!」

 

イアンは急いで固定されているシャツを脱ぎ、下に履いているスラックスも脱ぎ捨てて、床に落ちた自身の左足を拾い上げた。

そのまま低空を滑るように飛翔し、部屋の中にいきなり現れたオリバーを抱えて入口の扉へと向かう。

 

「逃がさないッッッ!!!」

 

一瞬の隙に逃げ出したイアンを追い、サーレーはイアンの背中めがけて走った。

イアンは扉の外へと逃げ出し、それと共に部屋の中の回転木馬は消失する。

 

「一体何が………。」

 

サーレーの記憶は消失し、脳内に直近のイアンを追い詰めた記憶が蘇る。

それと自身が入口に向かっていることを総合して、サーレーは部屋の外にイアンが逃げたのだろうと類推した。

サーレーのその判断は早かったが、どうしても時間のロスは免れない。そしてオリバーは逃走にかけては、超一流だ。

 

「まあいい。どちらにしろ、あとは追い詰めて仕事を終わらせるだけだ。………ッ!!!」

 

扉の外に出て、サーレーは大変なことに気がついた。

イアンの能力、狂者の煉獄は時間制限が存在する。そう明言された。

サーレーたちが戦いを挑んだのはその最終日であり、逃げ出されたらタイムリミットを迎える可能性が出てくる。

 

「クソッッッ!!!」

 

オリバーはこと逃走にかけては超一流であり、観測員が周囲を囲んでいても平気で逃げられかねない。

サーレーは慌てて、ミスタへと連絡した。

 

◼️◼️◼️

 

「………なぜ来た?」

 

オリバーは、イアンの目付きに責められていることを感じた。

 

「………潮時だ。俺たちの敗北だ。」

「………それで?」

 

イアンがオリバーに続きを促した。

 

「………これが最後の逃げる機会だ。イアン、逃げるぞ。能力を解除しろ。」

 

狂者の煉獄は、イアンを中心に赤黒い空間が広がっていく。

その能力さえ解除すれば、敵にイアンたちを追う手立てはない。そしてオリバーは、逃走に関しては超一流。

オリバーの言う通り、イアンにとってこれが最後の逃げるチャンスだった。

 

「出来ない。」

「出来るだろうがッッッ!!!」

 

長く付き合っているだけに、オリバーはイアンのスタンドの実態に薄々気付いている。

何しろ、手遅れで絶対に助からないと言われたオリバーの息子を救ったのは、目の前のこの男なのだ。

オリバーが強力なスタンド使いになったのも、実はイアンの苦難を超えた人間は強くなるという妄想に色濃く影響を受けた結果だ。

 

ここはまだ軍事基地の建物内部の一室。

イアンはそこでスタンドを発動し、手術台に体を横たえて千切れた左足の接合手術を行った。

さらに点滴を使用して、輸血する。

 

「何度も言わせるな。それは出来ない。」

 

イアンは静かに目を細め、さらに言葉を紡いだ。

 

「お前を逃したのは、アレだな?」

【………うん。】

 

イアンのその言葉に、部屋の床からヌルリと執刀医が現れた。

執刀医はイアンの責めるような視線に、しおらしい態度をしていた。

 

「お前は、それが遊びのルール違反だとわかっているのか?」

【………うん。】

「お前の判断は?」

【警告。】

「そうか。」

 

イアンはゆっくりと天井を見上げて、しばし思案した。

やがてゆっくりと視線を下ろすと、オリバーに向かって宣言した。

 

「オリバー、お前はここまでだ。」

「は?」

 

イアンのその言葉に、オリバーは意味がわからずに言葉を聞き返した。

 

「何度も言わせるな。お前の仕事はここまでだ。お前は私の求めた対価分の仕事をこなした。ならば、契約はお終いだ。お前だったら逃げられるはずだ。あとはどこなりとも好きなところへ行ってしまえ。」

 

イアンはオリバーに向けて、部屋の外を指差した。

イアンのその指示に、オリバーはひどく動揺した。

 

「お、おい、待てよ!それは………。」

「大丈夫だ、オリバー。私はお前の息子の手術の際に、何も仕掛けを施したりはしていない。私が死んでも、何も問題はない。」

 

イアンは入り口の方へと視線を向けて、オリバーと視線を合わせない。

オリバーはその言葉に、イアンが拒絶していることを理解した。

 

「い、今さらのうのうと俺だけ逃げ延びられるわけがッッッ!!!」

「出来るさ、オリバー。」

「人殺しの俺がどんなツラをしてッッッ………。」

「大丈夫だ。」

 

イアンは笑った。

 

「大丈夫だ、オリバー。お前はどんな苦境にあっても、立ち上がって前へ歩き続けてきた。私が知る限りでは、お前よりも強い人間は存在しない。ここを生きて逃げ延びれば、いつかお前も息子の顔を見る機会が来るはずだ。だから行け。」

「………お前は?」

「私は自分の始めた遊戯に、決着をつけねばならない。」

 

イアンはそれだけ喋ると、手術台から体を下ろして真新しい洋服を着た。

 

【私のルール違反は構わないの?】

「お前の判断では、それは警告なんだろう?退場ではない。お前が審判である以上、審判でない私がその判断にケチをつけるつもりはない。」

 

イアンはポケットを探って、時計を取り出した。

時間を確認し、再びポケットにしまった。

 

「さて。」

 

少しの間、思案する。

 

「ちょうどいい。私たちが逃げ出したと知れば、奴らは総力を挙げて私たちの捜索に乗り出すだろう。そうすれば、奴らの監視網も緩むことになる。その隙をついて、オリバー、お前は逃げろ。」

 

イアンは立て続けに執刀医を指差した。

 

「お前は好きにしろ。逃げたければ逃げればいいし、最後まで見届けたければ着いてくればいい。ただし、勝手にマイフレンドを害するようなマネは許さん。」

【私はイアンじゃないし、他人を害して喜ぶ趣味はないよ?】

「そうか。」

 

イアンは微妙な顔をして、頷いた。

 

「それでは元気でやれよ、唯一無二の我が部下よ。」

「ちょっと待て!!!まだ話は………。」

 

イアンはそれだけ喋ると、部屋のスタンドを操作した。

イアンの拒絶の意思により、オリバーは部屋の外へと弾き出された。

 

「さて、最後の遊びだ。」

 

イアンはそれだけつぶやくと、能力を発動した。

アレがあの男に渡っているだろうから、それでイアンの場所を把握できるはずだ。

 

◼️◼️◼️

 

「はい。追い詰めましたが逃げられました。叱責は後でいくらでも受けます。申し訳ありませんが、奴を探すための人員をこちらに回してください。」

 

サーレーはグイード・ミスタに電話をかけながら、まとわりつく自身の違和感について思案していた。

なにかをつかめそうでつかめない、もどかしい感覚。

 

おかしい。

これを逃してしまえば、何か致命的な事態に陥る予感。

 

一度はいい。二度目もまだ理解できる。

しかし、これで四度目だ。

 

最初のミラノの戦いで、サーレーはイアン・ベルモットを取り逃がした。

二度目の戦いで、サーレーはイアン・ベルモットの腹部に穴を開けときながら戦いはうやむやになった。

三度目の戦いでは、突然不慮の無差別攻撃を受けてやはり戦いは中断された。

そして四度目、戦いの最中に敵にいきなり味方が現れて取り逃がした。

 

四回中の四回。

四度目ともなると、それは偶然ではなく必然だ。

つまり五回目の戦いも、このままでは絶対になにかの横槍が入るはずだ。

サーレーはそう確信していた。

 

それに付随する四つの違和感。

なぜあの不気味な機械は敵のスタンドのフリをしていたのか。

なぜ時折、敵は理解できないタイミングで苦痛の表情を浮かべるのか。

なぜ敵は、サーレーを好敵手だと認定したのか。

なぜ生身の人間が、クラフト・ワークの防御を抜ける攻撃ができるのか。

 

不気味な機械が敵のスタンドのフリをしていたのはミラノでの戦い、そしてここでの最初と二回目の戦い。三回目はあの男が戦いに不参加で、今回は機械はあの男のそばにいない。

敵が苦痛の表情を浮かべるのは、戦いのほんのわずかな時間。大体はあの男の話術で、そのまま誤魔化されてしまう。

敵がサーレーを好敵手だと認めたのは、ミラノでの惨劇の夜。ミラノの惨劇でなんらかの条件を満たして、サーレーを好敵手だと認定した可能性が高い。

 

そしてメロディオの言葉。

敵の行動には、そこに何かの意味がある。

 

理解不能な敵スタンドの法則性。

敵のスタンドに出来ることが多すぎる。

 

シーラ・Eが何気なくポツリとつぶやいた、サーレーが勘違いをしていることの示唆。

 

サーレーは何か決定的に、自身が勘違いをしている可能性を感じていた。

このまま戦いを続けたところで、その先には時間切れが待っているのではなかろうかと。

 

『了解した。こちらから五十人ほど人員を送る。追加でさらに人数を増やす予定だ。すぐに捜索を行う。それまでお前は、次の戦いに備えてわずかでも休んでおけ。』

「ありがとうございます。」

 

スタンドには、簡単な区分で二通りのスタンドが存在する。

前面に出てゴリゴリに肉弾戦を行う、サーレーのクラフト・ワークのようなタイプ。

なんらかの法則性に則って相手をはめる、例えばミュッチャー・ミューラーのジェイル・ハウス・ロックのようなタイプ。

他にも例外的なスタンドはいく種類か存在するが、戦いを主とするスタンドはだいたいその二パターンだ。

 

イアンは部屋の中で直接戦闘を行っていたため、サーレーはイアンを肉弾戦を得意とするスタンド使いだと、そう解釈していた。

しかしそれが間違いだったとしたら?サーレーが何か決定的な勘違いをしていて、実は敵がなんらかの法則性に則ってはめるタイプだったとしたら?

 

最初の違和感は、執刀医の存在だった。

サーレーはそれが敵のスタンドだと思い込んでいたが、アレが敵のスタンドでないのなら一体敵のスタンドはなんなのか?まずはそこから。

敵のスタンドに出来ることが多過ぎて、その法則性が解析できない。敵スタンド自体も法則性と同じように理解不能だとサーレーはそう考えていたのだが………。

 

「………。」

 

今回ばかりは、頭を使うのが苦手だとか言っている場合ではない。

この戦いに、全てがかかっている。サーレーは必死に思考した。

 

「………部屋そのものがスタンド………?」

 

執刀医がスタンドでないのなら、それ以外には考えられない。

それならばなぜ、執刀医がスタンドのフリをしていたのか?

サーレーの頭を、閃きが過った。

 

決まっている!

奴自身のスタンドがなんなのかを隠すため!サーレーの目を誤魔化すためだ!

そのために執刀医はイアンのスタンドのフリをして、イアンは今までずっとサーレーが気付かなかったから執刀医を独立させて動かしたり、どこかへと移動させたりしたのだ。あまりにも気付かないから、遊び心で。

 

「………ということは………。」

 

筋道立てて考える。

なぜ部屋がスタンドだとバレてはいけないのか?

 

もしかしたら、目の前にいる倒すべき敵であるイアン・ベルモットでさえも囮なのではないか?

可能性をいく通りも考え、最も可能性が高いものを選択する。

 

それは部屋がスタンドとバレることが、致命的な事態に繋がるからだ。

そこから派生する他の可能性を思案し、さまざまな疑問点を解消できる仮説を構築していく。

 

やがて、サーレーの思考がピッタリとはまった。

敵がなんなのか、敵スタンドがなんなのか、一体どういう能力なのか、その全てをサーレーは理解した。

 

それはイアン・ベルモット唯一の、計算外。

イアンにも理解できない能力を行使して逃げ延びた、メロディオの助言がサーレーへの大きな手助けとなった。

 

必ず意味があるのなら、筋道立てればいずれ答えにたどり着くことが可能だ。

メロディオはサーレーに、値千金の助言を贈っていた。

 

「なるほど。奴は確かに遊んでいやがったんだな。」

 

その時、サーレーのポケットが灰色の光を発した。

 

「………これは。俺を呼んでいるのか。」

 

それは、敵が落とした懐中時計。

その光に導かれて、サーレーは最後の戦いの場へと赴いた。

 

◼️◼️◼️

 

「よう、イアン・ベルモット。」

「やあ、マイフレンド。やっと私の名を呼んでくれたね。」

 

都合五度目の邂逅、イアンはにこやかに笑った。

白いシャツに、紺のパンツ。白衣は着ていない。吹き飛ばしたはずの左足は、元に戻っている。

 

「………イアン・ベルモット、お前に聞きたい。遊びとはなんだ?」

「遊びとは公正な戦い。どちらにも勝つ可能性があり、人生を豊かにするものだよ。」

 

つまりこの戦いには、イアンにもサーレーにも公正に勝利の可能性があるということだ。

サーレーはイアンのその言葉に、自分の推測の確信を得た。

 

「そらよ。」

 

サーレーはイアンめがけて、奪った白衣を投げてよこした。

 

「はあ?いいのかい?これがないと、私は瞬間移動できないよ?」

「これが最後だ。お前はここで死ぬ。遊びたいんだろ?最後くらいは思いっきり遊ばせてやるよ。」

 

イアンはひどく意外そうな顔をした。

サーレーは首に手を置いて、骨を鳴らした。

 

「どうせそれ以外にも隠し持ってんだろ?最後だ。全力で来い、全部使ってこいよ。お前の全てを乗り越えて、俺は未来へと進む。」

 

黒いコートを着たサーレーの瞳に、静かに漆黒の殺意が灯された。

 

「本当に………?」

「ああ。お前は身の毛もよだつクソヤローだが、自分なりのルールはもっていた。それに敬意を表して、お前の人生の最後に思う存分お前の土俵で遊んでってやるよ。」

「最高だ!!!Let us enjoy crazy playing!」

 

イアンはそう高らかに叫ぶと、白衣に袖を通した。

宙に浮かび上がり、周囲に数多の浄化の炎が浮かび上がった。

向き合う二人は即座に戦闘体勢をとり、激突した。

 

「条件を満たさない限り、終わらない劇。それがお前の言うところの遊びだ。」

 

サーレーが、イアンへと語りかけた。

 

「ふん?ご教示願おうか?」

 

サーレーが残像を残す速度でイアンに詰め寄った。

イアンの周囲で浄化の炎が不規則に渦を巻き、サーレーはそれをかわしながら寄せていく。

 

「お前のスタンドは、何もかもがおかしい。最初に俺が違和感を感じたのは、あの不気味な機械だ。あれはお前のスタンドなどではなかった。あれがお前のスタンドでないのなら、お前のスタンドは一体なんなのか………。」

「なんなのか。」

 

クラフト・ワークの拳をかわして、イアンはサーレーの背後に瞬間移動した。

サーレーは瞬時に反応し、背後に向けて蹴りを放った。

 

「この部屋だ。だがこの部屋は異常だ。スタンドにしては、出来ることが多すぎる。だがこう考えれば辻褄があう。」

「どう考えれば?」

 

イアンはさらに瞬間移動した。

サーレーの頭上に移動し、不規則な軌道を描きつつ急降下した。

 

「ここはこの赤黒い世界の中枢、そして………お前の脳内!お前のスタンド能力は、場所をお前の脳と融合させる能力だ。」

「ふんふん。」

 

サーレーはコマ送りを発動し、奇妙な動きをするイアンを集中して避けることにつとめた。

 

「お前の脳内で戦っているんだから、本当はお前はなんだって出来る。戦いの筋道だって、細かい部分をいくらでも手直しや辻褄合わせをすることができる。」

「それで?」

 

クラフト・ワークのカウンターに、イアンは白衣を翻して瞬間移動した。

 

「人間だって、本当はいくらでも生み出せる。お前自身の強さも、いくらでも強くできる。俺に制限を課すことだって可能だ。」

「全部、一発退場もののルール違反だよ。」

 

イアンは笑った。

 

「全てはお前の脳内の妄想なんだからな。本来ならば、俺はお前にどうやっても勝てないはずだった。だがお前は一貫して、遊びに徹している。だから俺にも公平に勝利の可能性を残した。」

 

最初から最後まで、イアンは独自のルールで自分を縛っていた。

イアンが下手に自身の行動にルールを設けたせいで、サーレーはそこに法則性を探してしまった。

しかし本当は法則など存在せず、イアンはその気になればなんだってできる。

 

法則なく無秩序に戦えば、イアンは容易にサーレーに勝利できたし、サーレーはもっと早くイアンのスタンドの正体に気付いていた。

なるべく長く遊びたいイアンはそれを嫌い、自身の戦力の調整を細かく行っていた。それがこの基地での一回目と二回目の戦い。

一回目はイアンは自身を弱く設定しすぎ、二回目は自身の定めたルールに抵触していた。そのために、イアンはやり直しを行った。

 

「君がここを私の脳内だと考える、その根拠は?」

「一つ、戦いの最中に時折歪めるお前のその表情。俺がお前の部屋の備品や壁を攻撃した時、お前はいつも苦痛に顔を歪めていた。そしてお前はいつもそれを、話術で気を逸らして誤魔化そうとしていた。脳内を殴られてるんだ。本当は凄まじい痛みだっただろうにな。」

 

イアンは回転し、浄化の炎が風に乗って熱波を手当たり次第撒き散らした。

 

「二つ、生身のお前が俺にダメージを与えられることも、その根拠だ。俺のクラフト・ワークは防御に秀で、普通の人間が殴りかかったくらいでビクともするわけがない。それもお前の脳内で戦っているのだと仮定すれば、説明できる。」

 

サーレーは両手を顔面の前で交差させ、熱波を防御した。

それはひどく熱を持っていたが、今のサーレーは涼しい顔で受け流した。

 

「その二つの根拠をもとに、お前の部屋を注意深く眺めてみればわかる。この部屋の壁や床は、どれだけ戦っても炎で焼け焦げたりはしない。お前が自身の頭蓋を傷つけないように戦っているからだ。」

 

イアンは防御したサーレーに近付き、攻撃を加えようとした。

 

「お前の脳内であると仮定すれば、他のことも全て説明がつく。この赤黒い世界でお前がなんでもできてもおかしくないし、お前に都合の良いことばかりが起こっても何もおかしくない。お前は内部で起こる不確定要素を支配し、事象を継ぎ接いで継ぎ接いで、辻褄を合わせて破綻しないように劇を進行させて行った。」

 

サーレーは、近づいたイアンにカウンターをくらわせようとした。

 

「お前は、遊びを始めた時に二つの終了条件を定めた。一つは時間切れ。」

 

イアンは急停止し急上昇、そのまま体をひねってサーレーに蹴りかかった。

サーレーはその攻撃を、コマ送りにして見極めた。

 

「もう一つは、俺が勝利条件を満たすことだ。それは………。」

「それは?」

 

サーレーはイアンの蹴りを、腕を交差させて防御した。

イアンはそのまま、他の場所へと瞬間移動した。

 

「この部屋を破壊することだ。」

「その根拠は?」

 

浄化の炎が複数浮かび上がり、サーレーの周囲で弾け飛んだ。

サーレーは空間を固定し、軌道を見極めて攻撃が当たらない場所へと移動する。

 

「お前がなぜ俺を選んだのか、ずっと考えていた。お前が俺を選んだのは、ミラノでの惨劇のあの夜だ。」

「そうだね。」

「お前の遊び相手の最低条件、それはこの部屋を壊せる人間だ。」

 

サーレーは体を低くしたまま、イアンへと近付いた。

 

「お前のスタンドの中心であるこの部屋を壊せば、お前を打倒できる。ここはお前の脳内なんだからな。この部屋を壊せば勝利なのだから、そもそもこの部屋を壊せない人間にはお前の遊び相手は務まらない。………だからあの夜にお前の部屋を脱出した俺が、お前の遊び相手に選ばれたんだ。お前はずっと、お前の部屋を壊せる遊び相手を探していた。」

 

サーレーはミラノの夜にイアンの部屋を半壊させ、部屋内から脱出した。

その時に初めて、サーレーはイアンに正式にロックオンされた。

 

狂気の夜を力で乗り越えることこそが、遊びの開幕条件。

イアンは凶悪なテロを起こしながら、勝利条件を満たせる遊び相手が現れるのを待っていたのである。

 

「だから毎回勝負が決まりそうになると、必ず横槍が入る。何回戦っても、まともにやっていたら絶対にお前には勝てない。俺が部屋を破壊するという勝利条件を満たしていないのだから。お前はその都度脳内で細かく劇を調整し、ヒントを紛れさせ、俺たちが四苦八苦する様を眺めて楽しんでいた。時限が来るのが先か、俺が気付くのが先か、ワクワクしながら楽しんでいたんだ。それがお前の遊びの正体だ。」

「なんか私が底意地の悪い人間のような言い方だな。」

 

イアンは楽しそうに笑い、寄せるサーレーに縦回転して蹴りを放った。

サーレーはそれを、クラフト・ワークの拳で弾き返した。

 

「イアン・ベルモット。お前が遊んでいることを理解しないと、この戦いには絶対に勝てない。」

 

それは、意外な盲点だった。

ミラノの夜に、サーレーはイアンのスタンドの部屋を脱出のために破壊した。

一度行った方法が、相手を打倒する唯一の手段だとはサーレーは露ほども考えなかった。

 

イアンは、完璧に遊んでいたのだ。

弱点をむき出しにして戦って、敵がいつ気付くのか。それに気付かないまま終えるのか。

運良く気付くかもしれないし、気付かないまま全てをオモチャにしてつまらないエンディングロールを迎えるのかもしれない。

 

世界も自分も何もかもを粗雑に扱い、その結果は完全に他人任せ。

過程が楽しければ、その他のことは全て些末事に過ぎない。

それが、狂人イアン・ベルモットの哲学である。

 

その気になればなんでも出来るがゆえに、絶対に自身の全能性を濫用しない。

他人を犠牲にして遊ぶ以上は、自分の命も粗末に扱う。

それは、イアン・ベルモットの何があっても絶対に譲れないルールである。

 

「お前がメロディオを的にかけたのも、厄介な頭脳がいると遊びが成立しなくなる恐れがあったからに他ならない。」

 

頭が良く経験豊富な人間がいれば、外野の入れ知恵で遊びが破綻しかねない。

それは、遊びを行う上でのイアン最大の懸念事項だった。

 

集中力が極限まで上がった二人は、これまでで最高の激突を繰り広げる。

拳を交わし、避けて、弾いて、何度でも殺意をぶつけ合う。

 

何もなくても、全てを失っても、今この時さえあればそれでいい。

時間が止まるほどに、息がつまるほどに、狂おしいほどに、今この時が全て。

イアン・ベルモットにとって、この時間が人生の全てなのだ。

 

「考えれば考えるほど、それ以外の答えが見つからない。………さあ、もうそろそろ遊びは終わりでいいか?」

 

漆黒の殺意が、サーレーの精神の中で静かに収束していく。

処刑執行人の精神は宇宙を描き、一瞬でそれは膨張した。

楽園の守り人は、鮮やかに緑色に染まった。

 

「何事にも、終わりはいつか必ずやって来る。さよならだ(アリーヴェデルチ)、イアン・ベルモット、赦されざる者よ。俺は終わりを告げる者。」

 

クラフト・ワークの右腕の上腕二頭筋が膨れ上がり、部屋の壁を力一杯殴った。

それは部屋を揺らし、頭蓋の内側から攻撃を受けたイアンは痛みで頭を抱えて停止した。

 

「おあああああああああああああッッッ!!!」

 

クラフト・ワークは部屋の壁を二度、三度殴り、部屋が揺れた。

四度、五度殴り、部屋の壁にヒビが入っていく。

凄まじい音を立てて部屋内は揺れ、ヒビが入った壁から得体の知れない赤黒い液体が周囲に飛び散った。

 

イアンは眼球から出血した。

頭部を内側から破裂させようとする攻撃に、顔中の穴から血液を垂れ流した。

そのあまりの痛みに、イアンは頭を抱えて部屋の中でうずくまった。

 

サーレーは壁を殴るのを止め、イアンへと振り向いた。

トドメは確実にこの男を消し飛ばして、暗殺を完遂させる。

 

クラフト・ワークが詰め寄り、うずくまるイアン目掛けて拳を振りかぶった。

それを振り下ろす瞬間………顔中から血液を流したイアンは突如両手を広げて立ち上がった。

 

「ありがとう、人生!!!ありがとう、マイフレンド!!!」

 

常人に理解できない男は、最期にそう言い残してクラフト・ワークの拳に心臓を吹き飛ばされた。

イアンの後ろに青白い浄化の炎が口を開けて………イアン・ベルモットの体は燃え盛る浄化の炎に包まれて消えていった。

 

◼️◼️◼️

 

「グッ………。」

「………。」

 

オリバー・トレイルは、軍事基地の床に組み伏せられていた。

相手はその瞳に漆黒の殺意を湛えた百戦錬磨の強者、フランシス・ローウェン。

 

ローウェンは右腕を失い、左足を複雑骨折しながらも、傷口を氷で固めて出血を防いで基地内に置いてあった棒を支えにしてなんとか帰還を試みていた。

その帰還の最中にオリバーと鉢合わせ、片腕片足でも戦い慣れたローウェンにオリバーは至近距離であっけなく組み伏せられた。

 

息子は助かった。ならば後はもう、自分が闇に消えるだけだ。

組み伏せられたオリバーの表情は、ひどく穏やかだった。

 

「最期に何か言い遺すことはあるか?」

「………息子との思い出の中で死にたい。スタンドを発動することを赦してくれるか?」

 

ローウェンはしばし思考するも、死に行く者の最期の頼みに静かに首を縦に振った。

 

「………構わない。」

「ありがとう。」

 

回転木馬は、周囲に幸福を分け与える。

それは、息子との幸福な記憶の感情。

 

回転木馬は、近くにいるローウェンにも真の忘れ得ぬ記憶(ラスト・メモリー)を伝達した。

それは、ローウェンが亡くなったヴィオラートに対して抱いていた感情と、同じであった。

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